閑話 不機嫌なフェルネット ガイン視点
温泉がある野営ポイントにして正解だった。マリーも聖騎士たちと出店で楽しんでいる。遠くで行商人の笑う声が
風呂から上がった俺は、布で仕切っただけの個室で気分よく剣を磨いていた。
「ガインさん、一人?」
フェルネットが顔を覗かせる。
「おう、どうした?」
フェルネットは黙って防音結界を展開した。
おい、またかよ。
俺はこいつが何を言いに来たのか理解して、剣を
「ねぇガインさん、本当に行くの? 引き返そうよ」
俺の隙をついてはこの話。
そして子供のように頰を膨らませる。
「今更キャンセル出来ねぇよ」
「もう一人の聖女様は? 僕なら連れて来れるけど?」
軽くあしらうと、こいつは
「はぁー」
フェルネットの肩を押さえて椅子に座らせる。その肩は緊張で硬くなっていた。
俺は安心させるように、こいつの目線に合わせて膝を突いた。
「彼女は先日引退したろ? もう自由にしてやれよ」
「ごめん、本気じゃない……。でも僕はリリーが怖いんだ」
フェルネットは俺をまっすぐ見つめて首を振った。
リリーのあの、無自覚に人を従わせる威圧感。人の話は聞かず、言葉は足りねぇ。
どうしたものかと頭を抱えていると、そこにハートが顔を覗かせた。
「ガインさん、ちょっといいか? あ、フェルネット……」
防音結界に気付いたハートが気まずそうな顔をする。いいところに援軍だ。
「待て! ハート!」
一緒にフェルネットを説得して貰おうと、慌ててハートを摑まえる。
「ハートさん! 王都に引き返すようにガインさんを説得して!」
フェルネットに先を越されて舌打ちをした。
「なるほど、そういうことか」
しかしハートは『任せろ』と言わんばかりに俺を見る。
よっしゃ、俺に付いた。俺が
ハートがフッと息を吐いてフェルネットの隣に腰を下ろす。
「ガインさんから石を投げた子供の処分の話は聞いたよな? 目的は、加害者を作らないことだ」
とても優しい声だ。
「ハートさんまでそんなこと! リリーが近くにいるんだよ。その意味分かってる?」
「マリーは聖女だ。逃げてばかりじゃいられない。それに、リリーは何もしない」
「でも、リリーは唯一、マリーの心に傷を付けることが出来るんだ。怖くないの?」
フェルネットが不安そうにハートを見る。
「俺もお前もそんなこと、させないだろ?」
「それはそうだけど……」
ハートはフェルネットの頭を優しく撫でた。
俺は勘違いしていた。こいつが恐れているのは、リリーがマリーを傷つけることか。
石を投げたトラブルが、フェルネットを更に不安にさせたのかも。
リリーがマリーに危害を加える気なら、シドさんが確実に始末している。あの人はそういう人だ。そのシドさんがハートに委ねたんだ。どんなことをしても、ハートなら必ず守るからと。そんな二人を俺は信じている。
だが、フェルネットはマリーの友達だから、親目線の俺やシドさんと違うんだろうな。
「フェルネット、一緒にマリーを守ろうな」
ハートの言葉に、やっとフェルネットが頷いた。
さすがハート、説得が上手い。シドさんに育てられただけはある。
でもそれだけでは終わらないよな……。お手柔らかに頼みたい。
「ガインさん、俺も話があってここに来た」
ああ、重そうだ。ガサツな俺に、繊細な息子のメンタルをどうにか出来るのだろうか。
俺は腹を
「おう、何でも言ってみろ」
「今回の警護の指揮を辞退したい」
「「は?!」」
予想外の展開に、フェルネットと二人で立ち上がった。その勢いで椅子が倒れる。
ハートが俺に、何か言いたげなのは気付いていた。でもこれだけは、絶対にあり得ないと思っていた。
「理由を聞いても?」
俺は動揺を隠してそう聞いた。いや、隠せているのかも分からない。
丸投げした俺が悪かった。待遇改善するし、何でもする。お前がいないと困るんだ。
思い詰めた男前は、たっぷり間を空けて頷くと視線を
「リリーは……マリーの家族だ。いざという時、判断を間違える可能性を……どうしても捨てきれない。一瞬の迷いが、怖い」
最後は俺をまっすぐ見つめて、悔しそうに顔を
相当、思い悩んだ結果だろう。まさかハートが自分を疑うなんて。
「ハートさん……」
フェルネットもハートの決断の意味が分かり、言葉を失っている。
フェルネットが俺を見ながら頷いて、ハートの肩に手を置いた。
目の前で家族を殺されたハートにとって、家族は特別な意味を持つ。あの
「言ってくれてありがとう。それも考慮に入れるべきだった。悪かったな」
ハートがフッと肩の力を抜いた。
随分と悩ませちまったようだ。悪いことをした。
「そう決断出来たのは、テッドがいるからだ。かなり腕も上がったし、どうだろう?」
「確かにテッドなら、たとえ相手がマリーの身内でも、いや、自分の家族でさえも
「だろう? それなら俺も、周りを無視してマリーだけに集中出来る」
ハートがそう言うのなら間違いはないだろう。
「分かった。しかしそれは〝マリーに危険が及ぶなら〟の話だ。出来ればリリーを傷つけずに済ませたい。それでいいな?」
ハートとフェルネットが黙って頷いた。
世の中には、本当に腐った奴が存在する。リリーは違うが、利用する奴はいるだろう。姉妹揃って警戒心の
「ハート、テッドに必要な知識を叩き込め」
「はい!」

あれから数日後、俺たちは山を越えてフィアーカの町の外壁門に辿り着いた。馬に付いた教会の紋章の旗が秋風にはためいている。紅葉した木々から落ち葉が舞い散り、花吹雪のように美しい。外壁にはデカデカと〝聖女様歓迎〟の横断幕が
「ようこそお越しくださいました。すぐに教会まで案内させて頂きます」
町に入ると白神官たちが両手を広げて歓迎してくれた。
「ようこそ、聖女様ー!」「ようこそー!」「聖女様ー!」
教会へ向かう大通りを彼らと一緒に進んでいると、あちこちから声援が上がった。
こりゃあ、ちょっとしたパレードだな。すでに多くの見物客は教会によって整理されている。
テッドに同乗しているマリーは声援に応え、馬の上から手を振っていた。
教会門広場に着くと俺は聖騎士たちを整列させる。
「みんなここまでご苦労だった! 引き続き気を抜くな!」
「「「はっ!」」」
「明日からの役割分担を決める。全体指揮は俺。すべての情報を俺に回せ」
「「「はっ!」」」
「聖騎士団長は町と会場全体の警備。聖騎士、兵士、冒険者の指揮を頼む」
「はっ!」
「フェルネットは神官を指揮し、情報収集と伝達役」
「はっ!」
「テッドは聖女警護の指揮、補佐にハート。サポートに聖騎士と神官を数名借りてこい」
「「はっ!」」
「以上! 何が何でも、民と聖女を守り抜け!」
「「「民と聖女を守り抜け!」」」
聖騎士たちの叫び声が広場に大きく響いた。