「毛布を持ったガインさん?」
「うふふ。そうです。星を見ながら将来の話をしたのです」
「へぇ? どんな未来を想像したの?」
──薬草を育てて暮らすこと。
当時はお母さんの呪縛と思っていたのに、今じゃ私の天職だ。私もすっかり変わったな。もう、お母さんの顔も思い出せない。あの時は感情に任せて絶縁したけれど、どうしているのかな。私のことまだ怒っているのかな。それとも忘れてしまったかな。胸がチクリと痛くなった。
言葉に出すと心に傷が付きそう。私は弱いな。
「忘れました。ガインさんに抱っこをされて寝てしまって……うふふ」
私は笑って抱っこの仕草の真似をする。
「ははは。ガインさんは意外と面倒見が良かったんだね」
テッドさんがとても自然に微笑んだ。
彼も変わったなぁ。最初は無表情な無口君だったのに。

翌朝テッドさんは朝食を食べながら、ガインさんに予定を聞いていた。
ちょっと寝坊した私はスッと隣に座り、前から起きていたフリをする。
「山を下りたらいくつか小さな村がありますが、どこにも立ち寄らないのですか?」
「ああ、寄らない。すでに告知をしてるから、立ち寄るとパニックになる」
テッドさんは相変わらず細かくメモを取っていた。
「なるほど……と。では山を下りたら一気に目的の町に行くのですね」
「そう遠くはないからな」
「はい」
「それよりマリー。お前は聖女に会いに来る人々に、笑顔を振りまけ」
ガインさんが話を変えて私を見た。
セーフ。寝坊はバレていないみたい。
いや、笑顔って何? とりあえずニッと笑顔を見せた。
「聖女信仰の布教活動だと思ってくれたらいい」
「笑顔で布教? 怪しさ満点ですね」
「そう言うな。前にも説明したが、本来の目的は、金のない怪我人や病人を治すこと。だが今回は、お前の顔を売るのも目的の一つだ」
何それ、恥ずかしい。アイドルのツアーじゃあるまいし。
「ははは、歌とか歌っちゃったりして?」
私がふざけて笑うと「緊急派遣時のトラブルを減らすためだ」と真面目に返された。
あー、あの時のことか。別にあのくらい、どうってこと無かったのに。
「あの手のトラブルは、今まで無かったのですか?」
テッドさんが人でも殺しそうな目で、周囲の温度をひんやりさせる。
彼はまだ気にしているのだ。本人は擦りむいた程度も気にしていないっていうのに。
「いや、他国でもたまにあったらしい。今後も無くなることはねぇだろうな」
「……そのための根回しですか」
「そういうことだ」
テッドさんは悔しそうに唇を嚙みしめた。言いたいことは分かりますよ。
結果論だけど、その可能性を事前に知らせて欲しかった。でも教会にも言い分がある。当時はシステムが変わりギルドを通すことで、その対応に追われていたから……。
あれ? よく考えると、悪いのは全部私か!
「やっぱり地道に恩と顔を売ることが、効率的なのですね……」
私はしみじみとそう言った。あの時、ドヤ顔でギルド長に語った自分が恥ずかしい。なにが『みんなが儲かる仕組み』よね。結局全員損しかしていない。既存のシステムがなぜそうなのかを理解せず、安易に変えるものではない……という大人な事情が分かっただけでも良しとしよう。
それにしてもテッドさんには申し訳ないことをしてしまった。ガサツな私と違って繊細なのに。
早く立ち直ってくれるといいのだけれど。
今回はとにかく笑顔で頑張ろう。歴代の聖女様も通った道なのだから。