初めての野営ポイント
道幅もそこそこ広い通常ルートには、荷馬車や歩行者が行き交っていた。トンネルもあるし、この道は物流の要なのか。そりゃあ発展するよね。
山の向こうは薬草の産地。ルバーブ村の近辺は芋や穀物の畑が多い。通常ルートの安全確保に国が力を入れるのも頷ける。
山に入って数時間、何もないまま順調に進んでいた隊列が急に止まった。周囲の木々が風に揺れ、馬が
なんだろう?
「待機! 待機!」
前から馬に乗った聖騎士が、叫びながら駆け抜けた。
トラブルかな?
ガインさんが馬でゆっくりこっちに来る。
「前に
聖女巡礼だし、困っている人は放っては置けないものね。
先頭でフェルネットさんが聖騎士に守られながら索敵に集中している。私たちの隊列は、前方に停まる馬車から少し距離を置いて待機していた。
あの馬車の装飾は、師匠の持っている双剣に似ている。外国の細工が施されたその双剣は、この馬車と同じ国で作られたのだろうか。
ガインさんは馬を下りて聖騎士二人と歩いて行った。
御者と何かを話しながら馬車に乗り込むガインさんが遠目に見える。
「どうしたのですかね?」
私はハートさんを見上げた。
「馬車が故障している様子もないし、
「罠? ふふふ、まるでフェルネットさんみたいなことを」
「聖女で
彼はいたずら顔で片目を閉じる。
「タダで派遣も巡礼もするのに。儲かるのですか?」
「まあな。聖女はいくらでも金になる」
ハートさんが「これだって」と私の髪を手に取った。
「私が? 毛皮も肉も余す所なく売れる、ホワイトリヨンみたいですね」
頭の上から「怖くはないか?」と優しい声が降って来る。
「ぜーんぜん。私には、ハートさんがいますからねー」
ふざけて寄りかかると、クスクスと笑っていた。
「まったく、減らず口だ」
だって本当のことだもの。私には師匠にガインさん、フェルネットさんやテッドさんもいる。怖いものなんて何もない。
「マリー、ハートと一緒にちょっと来てくれ。テッドはフェルネットを守ってろ」
馬車の前にいるガインさんが手招きをする。馬から下りて歩いて行くと、御者がわなわなと震えて立っていた。
「大丈夫ですか?」
「マリー、そっちじゃない」
呆れた顔のガインさんが、燃やした蛇を剣に突き刺して振っている。
何それ、蛇の串焼き?
「食べるのですか?」
「あほ。
そう言いながら親指で馬車の中を指す。なるほど。
ドアに手をかけて中を覗くと、まるで絵にかいたような王子様が、青白い顔でぐったりしていた。
ちょっと! 何を悠長な!
幸いなことに意識がない。解毒の魔法をかけてから、回復魔法を慎重に重ねてかける。
良かった。内臓は大丈夫そう。
徐々に顔色が元に戻ると、青年はゆっくりと目を開けた。
「あぁ良かった。ご気分は?」
「い、良いです」
「もう大丈夫。お水をたくさん飲んで、しばらく安静にしてくださいね」
安心させるようににっこり笑うと、青年はホッとした顔をする。
「お美しい……」
「ふふふ、冗談が言えるくらい回復されて、安心しました」
脈を確かめるつもりで手を取ろうとしたら、ハートさんにその手を
「行くぞ」
私はすぐさま腕を引かれて馬車を降ろされる。
「まだ健康状態を……」
「問題ない」「もう平気だ」
いやいや、二人
それにしても、あんなに高級な馬車と身なりで侍女も護衛も無しの旅? 訳ありなのかしら。
二人はいつもより警戒しているし、私のことになると病人相手にも容赦ない。
聖女巡礼なのだから、もう少しサービスしてもいい気がするのにね。

日が暮れる前に目的地の野営ポイントに
初めて見る野営ポイントは思ったよりも近代的だ。馬を休ませる場所もあるし、キッチンに食事、宿泊スペースと、清潔だしかなり広い。周囲には木々が生い茂り、鳥のさえずりが聞こえる。商人さんが色々な屋台を出しているのでとても
道の駅というより、大規模なキャンプ場付きの
「今日はここで宿泊だ。当番以外は各自自由、解散!」
「「「はっ!」」」
集められた聖騎士が一斉に散開する。
鎧を脱いだ彼女たちは普通の女の子に早変わり。みんな楽しそうにお店を見て回っていた。
「まだ時間が早いですが、この先の野営ポイントには行かないのですか?」
テッドさんがノートを片手にガインさんに聞いている。
確かに外はまだ明るい。
「次のポイントは設備が小さいんだ。ここなら温泉もあるし、設備も大きいからな。それに、安全のためにも予定は変えない」
「そうなんですね」
テッドさんが感心し、一生懸命にメモをしていた。
テッドさんは本当に真面目だな。調べて分かることなんて、覚える気にもならない。
「ありがとうございます聖女様」「お会い出来て光栄です」
もちろんここでも笑顔を振りまき、
野営ポイントは簡易の壁で区切られており、そのひと区画を私たちが占領した。
食事は屋台でそれぞれ買って、設置されたテーブルに集まった。
「聖女様、ここは天然温泉らしいのですよ! それも美肌の湯!」
「え? それは絶対に外せませんね!」
この世界に来て温泉は初めて!
私はお姉様たちに連れられて、野営ポイントを見て回った。もちろん温泉も。
「聖女様、こちらにお座りくださいませ」
ハートさん以外の人に、風魔法で髪を乾かして貰うのも初めての経験だ。カトリーナとのお泊り会とも違う、大勢での自由な女子会。フラフラとお風呂上がりの買い食いも、お祭りみたいで楽しかった。
「あちらに水魔法使いの行商人がいて、アイスを売っていたのですよ」
「なんですって! 行くしかないでしょう!」
「きゃはは、聖女様ったらー」
ガインさんたち男性陣は、仕切りの向こうにいる。時折、低い笑い声が聞こえていた。
これまでと違い、夜は彼女たちが交代で護衛をする。豪華なテントが聖女のために用意され、周囲には
私も冒険者の依頼で、警備の仕事をしたことがあるから分かるのだ。厄介なのは魔獣よりも人間の方。私専用の万能薬も渡してある。分かりやすいように、ピンクのラベルを付けた。
怖いから寝る時は結界を薄く張ろうかな。フェルネットさんも張っているだろうけど。
「おやすみなさいませ、聖女様」
「おやすみなさいませ」
夜空には星が瞬いていた。テントの中は暖かく、心地よい眠りに誘われる。
明け方近く、結界内の違和感で目が覚めた。魔力の揺れがおかしいな。向こうの方だ。ま、いっか。どうせフェルネットさんも気付いたはずだ。
翌朝、聖騎士に囲まれてキッチンに行くと、二人の男性が捕縛されていた。私を見て何度も頭を下げている。
「おはようございます」
「おはよう、マリー」「おはよう」
テッドさんとフェルネットさんが、先に朝食を
朝日が差し込み、彼らを照らしている。
「おう、おはよう」「おはよう、よく眠れたか?」
ガインさんとハートさんは既に食事を終え、お茶を飲んでいた。
「ええ、ぐっすりでした。やっぱり、昨日の侵入者は彼らだったのですね」
「え? 彼らは
テッドさんがサラダを渡してくれる。
「え? まあ、そうですね。安全のために、じっとしておりましたが……」
「そこまで考えて……。やはりマリーは流石だね」
テッドさんがキラキラとした目で私を見ている。
あ、いや、そこは突っ込むところで……。
「テッド、
「そうだぞ。しかも面倒で放置したんだ」
ガインさんとハートさんがすかさず突っ込んできた。そうそう、この突っ込みよ。
「そんなことはありません」
でもこうなったテッドさんに、いくら訂正しても無駄なのだ。
「テッド、お前今までそんな感じで、色々と騙されて来たんじゃねぇのか?」
「ガインさん? 人聞きが悪いですよ」
「そうですよ。マリーは人を騙したりしませんからね!」
やめて、テッドさん。これ以上追い込まないで。
フェルネットさんが生暖かい目で私を見る。
違うから。テッドさんが勝手に……。それに最初はちゃんと訂正してたし。
「……騙してはいませんからね」
「テッドは純粋培養だから、ほどほどにね」
「それを言うならフェルネットさんもですよ?」
普段テッドさんで遊んでいるのは、フェルネットさんの方なのに。

私が朝食を終えた頃、聖騎士がガインさんのもとに来た。
「ガイン様、侵入者の件です。あそこの冒険者が引き受けてくれました」
『あそこ』と指した方向に冒険者パーティーが立っていた。
「悪いな。後で教会宛に手紙を書くから渡してくれ」
「はっ!」
王都に行く冒険者が侵入者を連行してくれるらしい。彼らはお金持ちを狙った物盗りだった。気の毒になるくらい謝られたよ。暗くて教会の旗が見えなかったと泣いていた。
「出発前に話がある。マリーは前に」
なんだろう。聖騎士たちは、ガインさんの前に整列している。白銀の鎧が朝日に反射して少し
「今後、警護の指揮はテッドが執る。ハートはテッドのサポート。聖騎士たちもそのつもりで」
そんな! ハートさんが私から離れるの? 向こうで並ぶテッドさんは少しだけ誇らしそう。前に『指揮を執りたい』って言ってたものね。でも、私の心は複雑だ。
「マリー。ちゃんとサポートに入るから、心配するな」
いつもと変わらない声でハートさんがそう言った。
これはガインさんが決めたこと。不安だけど笑わなきゃ。
「はい!」
私は動揺を隠して笑顔を作る。それを見た聖騎士たちが
こんなことで気を遣わせるなんて。ビジネスだから割り切らなきゃ。
「大丈夫、僕もガインさんも付いているから! ね、ガインさん!」
フェルネットさんが前に来て、乱暴にガインさんの肩に手を回した。
「わはは。そうだ、そうだ。これを機会にヒヨコを卒業しろ!」
「ちょっ! ヒヨコって! 私はもう大人です!」
ふざけてプンプンして見せると、みんなにドッと笑われる。
「もっと駄々をこねると思ったのにねー」
「なー。寂しいって泣き出すかと思ってたのに」
心外だ。この親子には言われたくない。
「お仕事ですよ? 人事に口を出しません」
「な!」「生意気な!」
二人の砕けたやり取りに、聖騎士たちの緊張もすっかり解けたようだった。
私はうるさい親子は放置して、ハートさんとテッドさんに向き直る。
「ハートさん、テッドさん。これからもよろしくお願いします」
「ああ、大丈夫だ」「こちらこそ、よろしく」
私たちはすぐにそれぞれの馬に向かって歩き出した。
「マリーはこっち」
テッドさんに腕を引かれて馬に乗る。なんか違和感。
振り返ってハートさんを見ようとしたら、テッドさんに
「もうヒヨコは卒業でしょ?」
そうなんだけど……。いや、いや、この態度はテッドさんに失礼だ。私ったら甘えすぎ。
「そうだ! 風魔法で浮くのですよ!」
「浮く?」
誤魔化すように明るい声で話題を変えた。
「馬のためです。師匠から言われたのですよ。キラービーの崖は、このためだったらしいのです」
「なるほど。あの時二人で苦労した
テッドさんは「早く、早く」と尻尾が見えたら全力で振ってそう。時々ワンコになるのよね。
全身で
「こんな感じです」
「凄いな、違和感がない。これは良いね」
「でしょう?」と私は振り返る。
バレないように後ろを見ると、ハートさんが控えていた。
とても不思議な気分。私たちはゆっくりと野営ポイントを後にした。

数日後、私たち一行は山頂を越えた先の野営ポイントに辿り着いた。とはいえトンネルを抜けたので、あの厳しい山頂を越えた実感がない。通常ルートって本当に最高。
「マリー」
寝る前に広場の
「山では星が
「本当だね。マリーは星が好きなの?」
彼はそう言うと、私の肩に毛布を掛けて隣に座る。
「大抵の女の子は、キラキラしたものが大好きなのですよ」
「キラキラしたものねぇ」
後ろに両手を突いて、彼は夜空を見た。
「そう言えばさっき、毛布を持ったテッドさんを見て、昔のガインさんを思い出しましたよ」