救出作戦前後の国王様




 ああああああ。大変だ、大変だ。

 ヨルスアージュは何てことをしてくれたのだ。我が国始まって以来の一大事じゃないか。

 教会から通達された書状には、昼間ブリッドから聞いた内容と同じことが書かれていた。

 何度見ても夢じゃない。現実だ。

「国王様、城壁が聖騎士に包囲されています。突入されたら終わりです」

「わ、分かっている。もう、私が何をしたって言うのだ。それで、ヨルスアージュはどうした?」

「側近のラーセンと共に拘束し、ダジールのいる地下牢へ入れました」

「よくやった」

 ブリッドのおかげでなんとか首の皮一枚繫がった。

 メイルスは本当に周りの者に恵まれている。


「そうだ。城の外に聖女を連れ出すメイルスを、陰で支えて成功させよ」

「かしこまりました」

 側近が下がるとすぐに城内に明かりが灯り、窓の外が明るくなった。

 あ……そんなに露骨な支援をしろとは言ってないのに……。まぁいいか、どうせあいつは気付かない。まさかメイルスにこの国の命運を任せる日が来るとは……。ああああ、不安すぎる。

「ああ、そうだ。ヨルスアージュ派の貴族はどうしている?」

「誰もご存じなかったようです。まぁ、そうでしょうね。本気なら兵くらい集めるでしょうし」

 そうだよな。私の密偵すら気付く前だったのだ。貴族が巻き込まれる前で助かった。

「それを聞いて安心した。だが念のため、第一王子派は要職から外さないとな」

「そうですね。教会に潔白を証明することにもなりますし」


 先ほどから入れ代わり立ち代わり、側近の出入りが激しくなっている。

 私は焦燥感にさいなまれ、落ち着くためにソファーに座った。

「本当に大丈夫なのか?」

「国王様。第二王子は我々が監視しております。ご安心を」

 彼は私に向かって力強く頷いた。

 じっと座っていられず部屋の中を歩き回るが、それでもちっとも落ち着かない。

 遅いな、まだ報告が来ないのか……。


「国王様。第二王子が、無事に聖女様と城の外に出たと報告が」

「やっとか! ただ歩くだけなのに、何故そんなに時間がかかるのだ」

 使用人の格好をした者たちが、続々と部屋に戻って来る。

 変装して監視していたのか……。苦労をかけたな。

「メイルスが戻ったらここに呼んでくれ」

「かしこまりました」

 メイルスには王太子の自覚を持って貰わなくては。



「国王様。メイルスデビアス第二王子がいらっしゃいました」

 しばらくしてメイルスが、ブリッドと侍女を連れてやって来た。三人は私の前で膝を突く。

 なんで侍女?

「う、うむ。この度はご苦労だった。そこに座りなさい」

「はい」

 三人が正面に座るとなんだか気まずい。え、侍女も座るの?

 私はとりあえずにっこり笑って、どう切り出そうか思案した。

 嫌がるだろうなぁ。

「メイルス、兄が拘束されたのは知っているな」

「はい」

「後処理は、メイルスが王位継承者として対応してくれ」

「困ります、父上!」

 メイルスが立ち上がろうとして、侍女に腕を摑まれる。

 ナイス侍女!

「父上、私に国政が出来ないことは周知の事実。今回の引き金だって、私が引いたわけですし……」

 メイルスの声がどんどん小さくなっていく。

 ん? 引き金?

「なんだその話は。聞いていないぞ」

 ブリッドが『しまった』という顔をしている。

 おい、お前たち。

「国王様、実は……」


 暗殺未遂に蛇の毒? 聖女の偽物? 私は話を聞きながら頭を抱えた。

 もうだめだ。変態がどうだとかはどうでもいいわ! 私の息の根を止める気か!

「国王様。私は聖女様から、第二王子の監視役兼教育係を仰せつかりました。なので今後のことはご安心を」

 侍女がニッコリと微笑んだ。

 よく分からんが、彼女が一番信用出来る。


「王子には無理ですよ、国王様。ここは第三王子に王位を継承させるために帝王教育を……」

「そう、そう、父上。ブリッドの言うとおりです」

 馬鹿息子と側近が、二人揃ってニッコリ笑う。

「お前にだって出来るだろ? この間の洪水の時も、食料の確保を……」

「何を言っているのですか。それは女性たちと雑談している時に、な? ブリッド?」

「そうですよ。偶然だったのですよ。豊作の時に多く買い取れば農家も助かるだろうって」

 二人で顔を見合わせて頷きあっている。仲が良くて結構だ。

「王子が『なんか雨少ないよね、来年は洪水とか起きちゃったりして』とか『洪水起きたら作物全滅じゃない?』とか、女性の前でカッコつけて備蓄を増やしただけなんですよ」

「あははは、それは言うなよー」

 メイルスが笑いながらブリッドの肩を叩いた。

 ダメだ、この馬鹿どもは。もういいや。


「その話は後にする。お前たち、これから地下牢に行くぞ」

「「「はい!」」」



 カツン、カツンと父上のおうしやくが床を突く。

「国王様、足元にお気を付けください」

「うむ」

 父上の側近に案内され、私たちは地下牢へ続く薄暗くてジメジメとした階段を下りていた。

「ブリッド。スージーも連れて来て大丈夫だったかな?」

「あら王子。私は気にしませんよ」

 スージーはむしろ楽しそうだった。それを見たブリッドが苦笑いで肩をすぼめる。

 女性は強いな。私の方が怖くて震えそうだ。


「こちらです」

 地下牢の前に着くと、父上の側近がガチャガチャと腰の高さまでしかない低くて分厚い扉の鍵を開けた。

「どうぞ、こちらから」

 腰を屈めて通り抜けると、個室になっている牢が廊下の両側にずらりと並んでいる。

 青白い魔法陣がいくつも描かれ、辺りを照らしていた。

「なんだか不気味な所だな」

 私がそう言うと、ブリッドが露骨に嫌な顔をして頷いた。


「父上!」「国王様!」「メイルス王子!」

 一番奥の広い牢屋に、兄上とラーセン、私の護衛主任だったダジールがいた。

「メイルスが犯人です!」「ブリッドが嵌めたんです!」「私はブリッドの指示で!!

 三人は格子を両手で摑んで叫んでいた。

 あ、ダジールが拘束の魔道具を付けている。あれはブリッドの名前を入れて私が特注した物だ。


 父上は持っていた王笏で、カツンと格子を軽く叩いた。

「静かにしないか」

 呆れたようにそう言った。

「既に聞いていると思うが、お前たちをこれから教会に引き渡す」

「父上! 誤解なんです! そこにいるブリッドとスージーが、私を嵌めたのです!」

 突然、兄上が格子の間から腕を出して私の横の二人に指を向ける。

めつそうもございません」

「そうですよ。失礼な」

 二人は平気な顔で兄上を見た。


「ヨルスアージュよ、もう諦めろ。調べはとうに終わっている」

 父上の言葉に兄上ががくぜんとして、両手で格子を摑んだままズルズルと落ちて膝を突いた。

「そんな……。スージー、助けてくれ。私を愛しているのだろう? 私じゃないと証言してくれ」

「困りましたね。私はあなたから直接聞いたことしか話せませんよ?」

 スージーは花でもでているかのような、軽やかな笑顔になる。

「側室に……いや正妻にしてやってもいい! これがどういうことか、賢いお前なら理解出来るだろ?」

「うふふ、口封じを命じたそうですね」

 スージーが首を傾げてにっこり笑うと、兄上ががっくりと項垂れた。

 口封じ? スージーを?

「兄上、私の暗殺計画だけではなく、スージーにまでそんなことを?」

 よく分からないが、生まれて初めて腹の底から怒りが湧いて来た。

「王子」

 ブリッドがたしなめるように私の腕を引く。

「ああ、すまん」

 今は私情を挟んでいる場合じゃなかったな。


「父上、私は何も知らなかったのです! ラーセンに唆されたのです!」

 スージーが助けにならないと分かると、兄上は再び父上に泣きついた。

「何をおっしゃいますか! 私はダジールの情報を王子に報告し、指示に従ったまでです!」

「私はラーセン様に情報を渡し、ヨルスアージュ第一王子の指示で実行しました!」

 ラーセンとダジールがそれに反論を始めた。

 三人は王子とか関係なく罵倒しあっている。情けない光景だ。

 ガシャン!!

 父上は先ほどより強めに王笏で格子を叩いた。

「黙りなさい!」

 怒気を含んだ父上の声に、三人が同時に息を吞む。

「最後に少し話せたらと来てみたら。お前たちの醜い争いなど、見に来たわけではないわ」

「では、私も教会に引き渡すのですか?」

 兄上が縋るように父上を見た。

 父上も辛そうな目で兄上を見る。

「ヨルスアージュよ。事情はどうあれお前がこの件の責任者だ。教会本部へ不法侵入、聖女様への傷害および拉致。国境警備まで動かして……。なんて馬鹿なことをしてくれたんだ」

「父上……」

 そこにいるのは息子を失う一人の父親だった。

「私はお前をとても愛している。だが、民のためにお前のやったことを許すことは出来ない」

「私は……、私は……。ただ、聖女を、彼女を私の妻に出来ればと……」

 兄上がその場でむせび泣きだした。

 兄上も彼女に惚れたのか……。

 動機が自分と同じせいなのか、とても居たたまれない気持ちでいっぱいだ。

 涙を拭いて隣を見ると、ブリッドの目にも涙が浮かんでいる。

 スージーだけが、ゴミを見るような蔑みの目で兄上を見ていた。


「父上。どうか、どうか私だけでもどうにかなりませんか?」

 涙ぐむ兄上に向かって父上が辛そうな顔で首を振る。

 まだ食い下がるのかよ。

「神の託宣が発行された。それがどういう意味か理解出来るな?」

「か、神の託宣……」

 兄上だけではなく、ラーセンやダジールの顔からも表情が消える。

 王族全員の連座もあり得ると、三人とも、やっと事の重大さが理解出来たようだった。

 下手したら教会は、国ごと始末出来たんだからな!


「国王様。そろそろ時間です」

 ずっと黙って控えていた父上の側近や近衛の目にも涙が光っている。

 父上は兄上想いで有名だったからな。

 こんな時に母上が生きていてくれたら……。


「時間だ。彼らを教会に引き渡しに行く」

「かしこまりました」

 後ろに控えていた兵士がぞろぞろと牢の中に入っていった。