隣国の教会
「メイルス王子。昨夜、白神官長をしている私の兄からリリーの件を聞かれました。聖女の妹だということも含めて、包み隠さず話しましたよ」
「いいよ、ぜんぜん。教会に隠し事をする方が問題だ。でもちょっと恥ずかしいけど……」
ちょっとじゃないな、かなり恥ずかしい。変態だと教会の人たちに思われちゃうのかな。
ん? ちょっと待て、何か引っかかるぞ。昨夜聞かれたって言ったよな? 私の所には、先ほどリリーをシルバリークの王都に送り届けたと連絡が来た。実際の到着は二日前……。なぜ教会が先に? そういえばリリーの家は、山を越えた小さな村……。なぜ王都なのだ? 嫌だな。なにか
「……ブリッド。悪いけど何のための調査か、聞いて来てくれないか?」
「はい。兄に聞いてまいります」
「何かあれば、お前の判断で対処してくれ」
「もう! また私に丸投げですか?」
「そう言うなって、お前を信じてるってことだから」
「……。責任は取りませんからね」
ブリッドは不満そうに出て行った。
そもそも教会は、何故リリーがここにいたことを知っていたのだ? 聖女の妹だと誰も知らなかったはずだ。本当に妹だったのかも怪しいのに。顔か? 顔でバレたのか? いや、城にいた誰もが、リリーを見ても何も言わなかった。馬鹿王子の気まぐれだと、誰も気にも留めなかった。
……私かな? 私じゃないよな? 私だな。絶対に何かやっちゃった気がする。
考えても仕方ない。食事でもしてブリッドの情報を待つか。
椅子から腰を浮かせた所で、ブリッドがノックもせずに慌てて部屋に飛び込んで来た。
「どうした? 忘れ物か?」
「違います! 今、私の部下から報告が!」
「ははは、いいから落ち着けってー」
ブリッドが青白い顔で珍しく取り乱している。
水でも入れてやろうと、水差しに手を伸ばしかけた。
「聖女様がこの王城にいるそうです! ヨルスアージュ第一王子が連れて来たと、第一王子の侍女からの情報です!」
「は?」
あの美しい聖女がこの王城に?!
わーい。
じゃなくて、なぜ兄上が? 国賓としてではなく? 教会の騒ぎってもしかして……。
「ブリッド、調査の件はいい。急いでお前の兄に『第一王子が聖女様を王城で保護している』と伝えて指示を仰いでくれ」
「はっ!」
ブリッドは再び慌てて出て行った。
落ち着け、落ち着いて考えろ。
ブリッドの兄からリリーの件を聞かれた。ということは、教会がリリーを調べている。リリーの届け先がシルバリークの王都で、聖女はヘンゼッタの王城にいる。まるでリリーと聖女が入れ替わるように……。
「なんてことだ」
ブリッドに渡し損ねた水を一気に飲んだ。
もし、そうだとしたら……。聖女はここに攫われて来た可能性が非常に高い。だが、手続きの要らない教会所属の聖女とはいえ、本人の同意なしに国境を越えるのは不可能だ。国境警備が必ず止める。……そうか、国境門は王族の直轄だった。王族の、兄上の命令があれば、どうにでも出来るのだ。
「なんてことだ」
私の中で、バラバラだったパズルのピースが次々と嵌まっていく。
兄上はなぜそんな大それたことを……。まさか私と同様に聖女に恋を?
本日三回目の「なんてことだ」を言いそうになったところで、ブリッドの部下から聖女の居場所を突き止めたと連絡が入った。
どうしよう、どうしよう。このまま放置も出来ないし……。
「そのまま監視して、聖女様に危害が及ばないようにするのだ。絶対に見つかるなよ」
「かしこまりました」
聖女様の安全が第一だ。とりあえず監視して、ブリッドが帰るまで時間稼ぎして……。ブリッドの部下は優秀だから、きっと何とかしてくれるだろう。

またトラブルに巻き込まれたよ。
メイルス王子は単純だからすぐに騙されるし、浅慮だから巻き込まれやすい。性格はいいんだよ、性格だけは。
私は馬車で兄のいる教会に向かっていた。
……いや、運が一番か。運がなければ死んでいる。何度死にかけたか数えきれない。
第一王子はなぜ、それほどまでに王子を警戒する? 賢い第三王子でもなく、馬鹿王子と言われているメイルス王子を。誰もが馬鹿王子に国政は無理だと思っているのに。
確かに王子は人に好かれやすい。使用人や国王様からも愛されている。昔は第一王子だって、弟を可愛がっていた。第一王子の側近が代わってからおかしくなったのだ。
メイルス王子がご自分のことを、馬鹿王子と触れ回りだしたのも同じ時期……。王子に何か深い考えが? いや、リリーを連れ帰るようなアホ王子だし、何も考えていないのだろう。
ふと気が付くと、馬車は教会の正門前に停まっていた。いつの間に着いたんだ。考え事をしていて気付かなかった。馬車を降りると、何やら部下が門衛たちと揉めている。何やってんだ。私は急いでその場に向かった。そこへ白神官長服を着た兄上が、別の門衛と一緒に歩いて来る。
「あ、兄上!?」
「ブリッド! お前が私に会いに来たって連絡が……」
兄上はペンを持ったまま、慌てて駆けつけてくれたようだった。
「何かあったのですか?」
いつもなら、白神官長の弟である私は顔パスなのに。
「今は厳戒態勢で、関係者以外は入れない。お前だから特別に、門衛が知らせに来てくれたんだ」
兄上の言葉に門衛が、頭を搔きながら会釈をくれた。
彼は確か……。そうか、第二王子派の門衛だ。こんな所で味方に出会えるとは。ツイてるな。
「兄上。ご存じかも知れませんが、第一王子が聖女様を王城で保護しています。メイルス王子から兄上に指示を仰ぐように言われて来たんですが……」
私は兄上だけに聞こえるよう、声を落とした。
「なんだって?!」
兄上が目を見開いて私を見る。まさか……知らなかったの?
「ブリッド、ちょっと来てくれ。……お前だけだ」
兄上が目配せすると、門衛たちが道を開けてくれる。私は護衛と部下をその場に残し、兄上の後を追った。
厳戒態勢って、聖女様絡みかな? どうか、関係ありませんように……。
本館の中はそれほど混乱しているようには見えなかった。ただ、私服職員の姿が無い。本当に関係者以外を排除したらしい。帰りたい。
作戦本部らしき大きな会議室に通されると、中は想像したよりも大騒ぎになっていた。
「メイルスデビアス第二王子からの伝令が参りました!」
兄上はドアを開け放つと、いきなりそう叫んだ。
は? 伝令?
時間が静止したように周りの者が手を止めて、一斉にこちらを向く。
兄上が私の背中を押して前に突き出した。いや、指示を仰ぎに来たのに……。私は腹に力を入れた。
「メイルスデビアス第二王子からの伝令です! 現在ヨルスアージュ第一王子が、聖女様を王城で保護しております!」
その場にいた全員が、息を吞んだ。
「やはり王城か! 裏が取れたぞ!」「聖女様は無事だ!」「すぐに教会本部に連絡を!」
突然白神官たちの怒号が飛び交い、私は立ちすくんだ。いったい何が……。
「ブリッド、司教様に会わせるから付いて来い」
……もしかして教会は、聖女様の安否すら知らなかったのか。まるで第一王子が聖女を攫って来たみたいじゃないか……。何がどうなっているんだ。
暗闇に放り出された気分で、奥の部屋まで兄上の後を付いて歩いた。
「司教様。こちらは、私の弟で、メイルスデビアス第二王子の最側近をしているブリッドです」
「は、初めまして。ブリッドと申します。メイルスデビアス第二王子の最側近をしております」
「ブリッドと二人で話したい」
司教様は兄を部屋から出すと私と二人きりになった。
部屋の中は薄暗く、重厚なカーテンが窓を覆っている。壁際の本棚は本で埋まっていた。そして部屋を埋め尽くすほどの大きなテーブルに、古びた地図が広げられている。
「そう緊張するな。お前たち、聖女様の替え玉を作ったんだって? 今その替え玉は拘束済みだ」
司教様は親し気に微笑んだ。拘束済み……。冷や汗が
「意図したことではないのですが、……結果的にそうなりました」
「単刀直入に聞こう。なぜ情報を持ってきた? 第二王子は、第一王子を嵌めるつもりか?」
司教様の顔が影に包まれて、眼光が鋭くなった。
嵌める? そうか、そんな見方も出来るのか。
馬鹿にするな。メイルス王子は馬鹿だしアホだし適当だけど、汚い真似は絶対にしない。
「フン! くだらない! 第一王子を嵌めるため? 彼が動くのは民のため、国のため。そのためならいくらでも道化を演じます。馬鹿王子から悪魔となり、すべての罪を背負うことも
司教様は何かを確かめるように、私の目の奥をじっと見つめた。
「……そうか。そこまでの覚悟があるのなら、ぜひやって欲しいことがある」
「はい、なんなりと。私も王子と共に、死ぬつもりです」
にっこり笑った私を見て、司教様が苦笑する。
「いい覚悟だ。だが、第二王子が一人で行う必要がある。お前は手を出すな」
司教様は地図に手を突き、国境から王城への道を指でなぞった。
「聖女救出部隊を王城に向かわせる。第二王子には、聖女様を城の外に連れ出して救出部隊に直接引き渡して欲しい。命に代えても聖女様を守って貰う。護衛もなしに〝一人で〟だ」
「はっ、必ず!」
救出部隊が編成されている? となると、第一王子が聖女様を監禁しているってこと? でも護衛もなしに王子自ら行うことに、何の意味が?
私は心の中で首を傾げた。
「フフッ、そう不思議そうな顔をするな。実は聖女救出部隊の隊長に〝神の託宣〟が発行されてな、これから正式に国王にも通達する。くれぐれも第一王子側に計画を悟られるなよ。詳細は追って連絡する。上手くやれ」
「っ、かしこまりました!」
大変だ! 大変だ! 大変だ! 〝神の託宣〟が発行されたって!
やっとすべてを理解した。第一王子は聖女様を拉致したんだ。それなら〝神の託宣〟が発行されてもおかしくない。そのうえで、司教様は国を救うことを選んでくれた。このままでは城は落とされ、王族の血筋は見せしめに連座だろう。だからメイルス王子を英雄に仕立て上げ、国王に第一王子を断罪させるつもりか。王族の関与を否定するために。
──第二王子は、第一王子を嵌めるつもりか?──
司教様は第一王子を英雄に仕立て上げ、メイルス王子を断罪するつもりだったのかも。
一生分の運を使い果たした気分だ。
「話はすんだのか?」
「兄上……」
小部屋を出た私は、深く深く頭を下げた。白神官長である兄上も、複雑な立場だっただろうに……。
「いいから早く行け」
兄上はそう言って私の背中を押してくれた。
「兄上! ありがとう!」
私は急いで本館を出ると、待機していた馬車に飛び乗った。
「急いで城に戻れ! 大至急だ!」
「はっ!」
私は馬車の中で、部下にすべてを話した。部下たちの顔は青ざめ、緊張が伝わってくる。私だって、震えが止まらない。
城壁門を抜けたところで、私は見覚えのある背中を見つけた。
「おい、あれは元護衛主任のダジールじゃないか?」
私がそう聞くと、同乗していた護衛と部下が窓の外を見た。
「そうですね。一緒にいるのは第一王子の最側近の、ラーセン様の部下ですよ」
「ラーセンの?」
護衛と部下が力強く頷いた。なんてタイミングだ。怪しすぎる。
「後を付けて、一人になったところを拘束しろ。これを持っていけ」
私は拘束の魔道具を差し出した。彼はそれをしっかりと握りしめ、走る馬車から飛び降りる。
拘束の魔道具があれば、いくらダジールが強くても問題ない。当てればいいだけだし。
なんせ〝神の託宣〟が出ている状況だ。やり過ぎなくらいで丁度良い。
「後で彼に、ダジールを極秘で地下
「はっ!」
部下は当然と言わんばかりに頷いた。
彼らと別れた私は、全速力でメイルス王子のもとへ向かった。

「王子ー! はぁ、はぁ、大変です!」
ブリッドがドアを開け放ち、いきなり私に向かってそう叫ぶ。
「大丈夫か? とりあえず座ろう」
フラフラになって入って来たブリッドに肩を貸し、ソファーに投げ捨てた。
「王子。はぁ、はぁ。〝神の託宣〟が……はぁ、はぁ……発行されました」
「はぁ? 〝神の託宣〟!? やっぱり兄上は、聖女様を拉致したの?」
私の言葉にブリッドが目を丸くする。
「どこからそれを?!」
「いや、お前が出て行ってから色々考えて、その可能性もあるのかなって」
「真相は分かりません。はぁ、はぁ。ただ、救出部隊が編成されたということは、そういうことだと思います」
今回ばかりは、勘が外れていて欲しかったなぁ……。
「そうだ。ブリッドが出て行った後、お前の部下から聖女の居場所を突き止めたと連絡が入ったんだ」
ポンと手を打ってそう言うと、ブリッドが勢いよく私の胸倉を摑んだ。
「それで?」
「そ、そのまま監視させている。聖女に危害が及ばないようにと、お前の部下に指示を出した」
私の言葉にブリッドが手を離す。そのままぐにゃりとソファーに沈み込み、天井を仰いだ。
あれ? まずかったのかな?
「ブリッド?」
「王子ー。素晴らしいですよー」
彼は天井を見たままそう言った。
「なんだよ! 脅かすなよー」
ブリッドが「そうだ!」と急に体を起こし、姿勢を正してこちらを見る。
「王子、よく聞いてください。リリーは既に拘束されたそうです。彼女がこの件に関与しているということは、私たちも無関係じゃないのです」
「だよなー。見た目をそっくりに変えちゃったもんなー」
やっぱり私は、無自覚にも聖女の偽物を作り上げていたのか。
命の恩人の聖女様にも迷惑かけちゃったな。そんなつもりは無かったのに。
「……あんまり驚かないのですね?」
「いくら何でもここまでピースが揃えば、私にだって覚悟は出来る」
私がニッと笑って見せるとブリッドは大きくため息を吐いた。
すべての罪を被って馬鹿王子の暴走にすれば、国だけは助けられそうかな。問題はブリッドをどう逃がすかだ。
「残念でした。その覚悟は必要ありません」
「なんで? 教会は〝神の託宣〟っていう切り札を出したのに?」
「司教様が、私たちにチャンスをくれました」
今度はブリッドがニッと笑う。
「チャンス?」
教会はどう決着をつけるつもりなのだ。
「王子には、王城に来た救出部隊に、直接、聖女様を引き渡す役をやって貰います」
「……教会は、兄上が、わが国の王太子が、黒だと判断したってことか?」
偽物を作った私が、すべての罪を背負うと思っていたのに。
「はい。司教様はメイルス王子を信じました。実際に、第一王子が拉致したのは間違いないですし」
だろうな。私でなければ兄上だ。
「証拠もないのに良く信じたな。いや、教会は真相などどうでも良かったのかもな」
「よく分かりません。私も
司教様には子供の頃に会ったことがある。とても聡明そうな人だった。何でも見透かすような目が、ちょっとだけ怖かったな。
「ふふ、ブリッドはすぐ顔に出るし、それで無実だと信じたのかもな」
良かった。ブリッドを巻き込まずに済んで、本当に良かった。
「そうだ。お前の部下は、事情を知っているのか?」
「はい。すべて話してあります。信用していいのは、私の部下だけです」
「なるほど。流石だな。父上には私から説明しよう」
「いえ、王子はいつも通りにお過ごしください。少しでも動けば、第一王子に気取られます」
「すまないな。結局全部、丸投げだ」
「今更ですよ。詳細は追って連絡します」
ブリッドは跳ね上がるように立ち上がると、また急いで出て行った。
はぁ、これからどうなるのだろう。
国が滅ぶフラグがあちこちに転がっている。避けるのが難しいくらいだ。
兄上が助かるには、私を殺して罪を被せるしかない。それに父上が、兄上側に付く可能性も……。その可能性は少ないか。とにかく、聖女様が巻き込まれたら大変だ。
ま、いつものようにブリッドが上手くやってくれるはず。
あいつはなぜか、私が死なないように動くから。
それにしても、兄上は何故こんなことを……。