国境 テッド視点




「止まれ! テッド!」

 急に馬を止めたハートさんが私に叫ぶ。周囲は夜明けを前に薄暗く、空気が冷たい。

 何故だ! あと少しで賊を目視出来るのに!

 慌てて手綱を引いて苛立つ気持ちで前を見ると、ここが国境門だと気が付いた。


「まさか賊は隣国へ?」

 ハートさんが頷いた。

「その可能性が高いな。教皇様に連絡する。しばらくここで待機だ」

 彼はふところから紙を取り出すと、馬に乗ったまま手紙を書き始めた。


 道にポンと存在しているこの門には、扉も無く壁も無い。緩衝地帯を挟んでヘンゼッタ側にも同じような門がある。国全体に結界が張られ、人も魔獣も通れない。ここを抜けるには、どちら側の門にも魔力の登録が必要なのだ。

 だが、例外もある。教会だ。教会に国境は関係ない。そして教会所属の私たちも。なぜハートさんは馬を止めた。あの袋の中身がなんであろうと、今は緊急時と判断されたはず。強行しても問題ないはずだ。

 がゆい思いで門の先に目をやると、ヘンゼッタ側の国境警備隊が武装して緩衝地帯を塞いでいた。


 どういうことだ? 向こうは私たちが強行することを予想していた? 賊が教会関係者私たちに追われていることを知っていたのか? 勢いで突入しなくて助かった。何かシナリオが用意されていたのかも知れない。マリーの安否が分からない今、敵の策に乗るのは危険すぎる。


 ハートさんを横目で見ると、ちょうど綿毛の先に手紙を付けて風に乗せていた。

 ふわふわの綿毛が朝焼けのピンクに染まった空を飛んで行く。もう夜が明けたのか。

 ハートさんはいつだって冷静だ。

 私は心の中で綿毛に向かって『急げ』と念じて目をつぶる。ああ、まずい。疲れで気絶しそう。


「平気か、テッド」

「……川を下って山に向かうと思っていました」

「あの手際の良さとスピードだ。山に行くなら小細工はしないだろう」

 確かに。不意打ちでもハートさんから逃げ切るなんて、相当な手練れだな。

「そうですね。あのまままっすぐ山に向かわれたらお手上げでした」

 賊は今頃、仲間と合流しているはずだ。マリーは無事なのだろうか。


「おはようございます、聖騎士様。シルバリーク国境警備の者です。何事ですか?」

 国境警備の兵たちが三人、剣を抜いたまま歩いて来た。

 我々が聖騎士と色違いの制服を着ていたので、教会関係者だと気付いたらしい。

 彼らはすぐに武器を下ろした。

「ここは安全とは言えませんのでこちらへどうぞ」

 緩衝地帯を埋め尽くした隣国の警備兵たちを見て、彼らは不快な顔をする。


 私たちは警備兵に保護されながら待機所まで案内された。

「先ほど何者かが国境を越えました。違法な魔道具を使用したようで、身元は分かりません」

「我々はそいつを追って来た。通り抜けた人数は分かるか?」

 警備兵は「分かりません」と首を振る。人数が分かっても、マリーとは限らないか。

「ヘンゼッタ側は、こちらから誰も国境を通す気はないようですね」

「そのようだな。先ほど教会に手紙を送った。指示が出るまで、しばらくここで待機させて貰いたい」

 それからハートさんは彼らに、分かる範囲で簡単に状況を説明した。


「こちらをお使いください」

 待機所は想像よりもしっかりとした建物で、一階には文字通りの待機所と隣に会議室がある。二階には仮眠室やら食堂など、生活出来る設備が整っているらしい。

 我々は誰もいないガランとした待機所に案内された。

「仮眠するぞ。ベッドが無ければ寝られないなんて言うなよな」

 ハートさんはニヤリと笑うと、そのまま壁に凭れ掛かって崩れ落ちる。流石のハートさんも限界か……。私も気絶するように眠りに落ちた。

 ガタン! 激しく開けられたドアの音で飛び起きる。寝起きの頭でボーっとしながらドアを見た。

「第二聖騎士団が到着されました!」

「通せ」

 ハートさんが警備兵にここへ聖騎士たちを通すように伝えると、まだ頭がはっきりしない私の手を取り引っ張り上げる。

 出て行く警備兵の背中を見ているハートさんの目はとても険しかった。