隣国の二人の王子




「ブリッド。今週も、クビになった使用人はいないよな?」

 執務室で仕事をしながら、私はふと顔を上げる。窓からの光が眩しかった。

「はいメイルス王子。ここ最近は誰もクビになっておりません」

 手を止めたブリッドがドヤ顔で私を見た。

 お前が威張ることじゃないけどな。

「子供と一緒作戦は成功したな。ホッとしたぞ」

「ええ。それに、最近は料理人の子供と一緒に料理を作っているようです」

 料理?

「もしかして、食事のマナーが一通り出来るようになったのも?」

「そうですね。料理人の子供は、自分の作った料理の食べ方を親に教わりますから」

 なるほどなぁ。

「勝手に身に付けてくれるとは……。私は本当にツイている」

「その王子の運を私の手柄にされたり、有能だと誤解されたりで困っているのですけどね」

 そういや先日の隣国訪問の時も、旅行気分で追いかけて来たと言っていたな。ブリッドめ、休暇申請までしていたそうじゃないか。


「ふふん、いいことではないか」

「敵が私を襲いそうです」

 ブリッドが『ニッ』っと顔だけで笑う。

「王子の私が襲われた方が良いみたいに言うなって」

「ははは」

 でも、ブリッドにも護衛を付けた方が良いのかな。

「なぁ。もう春だし、そろそろリリーを帰らせても大丈夫かな?」

「肌艶も髪もとても美しくなり、見た目は聖女そっくりですよ?」

 ブリッドが意地悪そうに私にそう言った。

「ふふふ。私を変態王子にしたいのか?」

「いえ、確かめただけですからお気になさらずに」

 気にするわ。

「あ、言い忘れました」

「どうした?」

「リリーが先日のドレスはもう飽きたと……」

「またか……」

 はぁ……。

「あはは。冗談ですよ」

 くそ。

「全然面白くないぞ」

「私が面白いだけです」

 随分とご機嫌だな。リリーが帰ることがそんなに嬉しいのかな。いや、嬉しいな。私も凄く嬉しいな。リリーが来てから半年近く。色々あったからなぁ。

「ははは。いいから早く帰らせろってー」

「はい、はい」

 私は笑いながらブリッドを部屋から追い出した。

 でも、これだけでは終わらない気がするのはだろう……。



 一方その頃第一王子の最側近であるラーセンのもとを、リリーにクビにされた護衛主任が訪れていた。


「ラーセン様。極秘で会いたいと、メイルスデビアス第二王子の元護衛が来ておりますが、いかがなさいますか?」

第一王子の最側近の私に、第二王子の元護衛? 誰だ?」

「護衛主任だったダジールです」

 ──元、護衛主任? 第二王子からの刺客か? それにしてはあからさますぎる。あのブリッドなら証拠を残さないはずだ。とすると目的はなんだ?

 ラーセンは警戒しながらも、真意が摑めずダジールに会うことにした。

「通せ」

「はっ」

 ダジールは姿勢よく部屋に入ると、ラーセンの前で最敬礼をした。警戒されていることは、彼にもよく分かっている。彼はそうすることでしか、誠意を見せる方法が無かったのだ。


「……何の用だ?」

 護衛二人がラーセンを守るように立っている。ダジールはそれを見て鼻で笑った。自分が刺客なら既にラーセンは死んでいる、と。

「メイルスデビアス第二王子の護衛主任をしておりましたダジールです。本日は突然の訪問にもかかわらず、貴重なお時間を割いて頂き……」

「前置きはいい、本題に入れ」

 ラーセンは挨拶を遮って、不機嫌そうに言った。

「はっ! メイルスデビアス第二王子が半年前の視察で隣国に行った際、新しく誕生したあの聖女の偽物を連れ帰ったことはご存じでしょうか?」

 ラーセンは、第二王子が隣国から女を拾って来たという噂を思い出した。

「で? 第二王子はその聖女の偽物を、どうするつもりだ?」

「はい。今は綺麗に着飾らせ、見た目を磨き上げております。また、マナー教育もされています」

 ──あの馬鹿王子のすることだ。ろくなことじゃない。偽物を着飾らせてどうするつもりだ……。

 そこまで考えて、ラーセンはハッと顔を上げた。


「まさか聖女の代わりに? 変態じゃあるまいし、それはいくら何でも……」

「顔が全く同じなのですよ? 本物と入れ替えれば、噂の聖女を我が国に迎え入れることが出来るのではないかと」

 ──顔が全く同じ? なんてことだ! 毎回、毎回、ブリッドが関わると暗殺は阻止されるし、馬鹿王子の失敗も全部手柄に成り代わる。きっとブリッドは、聖女を馬鹿王子にめとらせて王位継承権を奪う気だな。


「ダジール。何故お前は私の所に来た」

「あの女には借りがありますからね。きっちり返させて貰おうかと」

 ダジールは憎悪に満ちた顔をした。

「訳ありか。まぁよかろう。今後のことは、そこにいる私の側近と話せ」

「ありがたき幸せ。感謝します」


 ──大変だ。急いでヨルスアージュ第一王子に報告しなくては……。



「第一王子、大変です! 第二王子が!」

 部屋で書類を確認していると、最側近のラーセンが青い顔をして部屋に飛び込んで来る。

 また弟のメイルスが陰謀を企てているのか?

「今度はどうした?」

 私はうんざりした気持ちで、泡吹く彼の話を最後まで聞いた。


「は? ブリッドが、聖女の偽物を作ってるって? しかも顔が全く同じ? ラーセン、それは確かな情報か?」

「はい、王子。第二王子に近い者からの情報です。裏も取れました」

「罠じゃないのか?」

「わけは言えませんが、敵の敵は味方ということで……」

 なるほど、利害の一致か。

 あいつも敵が多いな。

「メイルスの奴め。もしかして聖女とすり替えるつもりなのか?」

「はい。私もそれを懸念しております。もし本物の聖女を娶ることが出来れば、次期国王の座は揺るぎないものかと……」


 メイルスは馬鹿だから何も考えていないはず。ブリッドが何か企んでいるのだ。先日の暗殺も失敗したし、次期国王の座を狙ってあの手この手で私のことを……。

 最近の私はメイルスからの仕返しにおびえて熟睡も出来ないのに。いや、最も私が恐れているのはブリッドだ。あいつがいるからメイルスは死なない。


「よし! その聖女の偽物を手に入れろ! その計画を、丸ごとこっちで引き継ごうじゃないか!」

「はい。その前に、情報源が王子に直接お会いしたいとのことです」

「情報源が?」

「はい。彼の前の肩書は、大変利用価値があるのですよ。いざとなれば使い捨てましょう」

 彼なりに、何やら考えがあるらしい。

 そんなラーセンがとても頼もしく見えた。