リリーとマナー教室




「えー? リリー様は、メイルスデビアス第二王子とお付き合いしているのではなくて?」

「違うよー。メイルスは友達だってばー。それに公務? ってやつでほとんどお城にいないし」

「でも、見染められて、お隣の国から来たのよね?」

「そうだよ! まるで物語のお姫様じゃない!」

 私の周りには十歳くらいの女の子たちが集められ、マナー教室が開かれた。といっても柔らかなじゆうたんの上に置かれたソファーに座り、お茶をしながら話すだけ。お部屋は豪華な一室で、みんなそれなりの格好をしている。私一人が十七歳。年が違っても女の子はみんな恋愛の話が大好きよね。


「ほらほら、ヘレンさん『そうだよ』ではなくて『そうよ』と。リリーさんは『違うよ』ではなく『違います』と」

 中心にいる先生が、私たちの言葉遣いを注意した。

「えへへ。はーい」「……はい」

 私はカッとしたのに、ヘレンは気にも留めずに笑っている。

 子供の前で騒ぐのも躊躇われて、私も笑顔で流してみたら平気だった。

 実はそのことに、自分でも驚いている。ほんのちょっと、気持ちをひっこめただけなのに。


「リリー様は他にお付き合いしている方がいらっしゃるの?」

 みんなが興味津々に私を見る。

 大人の私はハートを思って得意げに顎を上げた。

「好きな人がいるだけよ。私を守ってくれる護衛なの。とっても強くてかっこよくて」

「素敵!」「憧れちゃう」「キャー」

 私の話に彼女たちは、両手を組んでうっとりしている。

「それよりも、クリスティは? 付き合っている人がいるって聞いたけど……」

 少し大人びた雰囲気のクリスティは、端っこで黙って聞いていた。彼女は十二歳とは思えないようえんな笑みで「フッ」と息を吐く。

「私の彼は二つ年上の庭師の息子よ。みんなが騒ぐような人じゃないわ」

「でも、いつも花を贈ってくれるのでしょう?」

「そうよ。あれだけ愛されたら幸せじゃない?」

 へぇ、お城の庭師か。偉そうにしてた割に、土地持ちのキリカより下じゃない。

 私の中でクリスティの評価がグッと下がった。

「そうね。とても大事にしてくれて、絶対に私を裏切らない。そう思えるのって彼だけなのよ」

 クリスティはとても幸せそうに笑っている。

 キリカだって私を大事にしてくれるし絶対に裏切らない。

「そうですね。そう思えるような男性に巡り合えるのはとても素敵なことよ」

 先生までそんなことを。

 探さなくても、キリカはいつもそばにいるのに。



 子供に交じっての教室だけど、意外におしゃべりは楽しかったな。そういえば、女の友達はミーナしかいなかった。でもあの日、ミーナに裏切られた。友達と思っていたのは私だけ……。


「リリー!」

「あ、ナイア!」

 ひんやりとした廊下を歩いていたら、仲良くなった料理人の娘の十四歳のナイアに会った。年も育ちも近いから、一緒にいるとホッとする。それにここでは誰も私とマリーを比較しない。だから私も、ただのリリーとして過ごせている。


「ねぇ、ナイア。今日はスープを作りたい気分なの。調理場に案内して!」

 私は彼女に笑顔を向けた。

「いいよ。使用人の食事を作る調理場なら、使っても怒られないよ」

 ナイアは「こっち、こっち」と私の手を引く。二人で使用人用の狭い調理場に忍び込んだ。

「うふふ、ナイアはそこで待ってて!」

 腕をまくって芋や野菜を皮もかずにそのまま鍋に。水を入れて、火を付けたら出来上がり。

 キリカがおいしいって食べてくれたスープ。私の唯一の得意料理。

「お湯が沸いたら出来上がるよ」

 彼女は笑いながら鍋の中を覗いた。

したでするの?」

「下茹で?」

 ナイアは黙って椅子に座ると、先ほどの教室の話を聞きたがった。


「結局、女子が集まったら恋の話になるんだよ」

 彼女は「恋がしたい」と青い目を潤ませた。

「ナイアはどんな人が好きなの?」

 彼女はしばらく考えて、笑顔になる。

「第一は、私の料理を美味しいって食べてくれること!」

 ぴしっと人差し指を立てるナイアに思わず苦笑した。

「そんなのキリカだってしてくれる」

 まったく、子供なんだから。


「じゃーん。食べて、食べて!」

 差し出したお皿をナイアが両手で押し返した。せっかくスープを作ったのに。

「どうしたの?」

「ちょっと待ってよ。これ、ほとんど生だし。それに泥臭いから食べられないよ。貸してみて」

 私からお皿を受け取ると、ナイアは別の鍋にお湯を沸かして具材を洗って全部入れた。

 慣れた手つきで塩や香草を入れた後、焼いたお肉も加え始める。

「もうちょっとだよ。リリーはそこで座ってて」

 鍋がぐつぐつと音を立て始めると、あっという間にいい香りが調理場に広がった。


「でもキリカはおいしいって食べてくれてたんだよ」

「へぇ。うわさのキリカ君は、あれを美味しいって食べてくれたんだ」

 ナイアがニヤニヤ笑いながら鍋をかき回す。

「失敗すると温めなおそうって。キリカは料理上手だし」

「何それー。最高じゃない! のろけちゃってー。愛されてたんだねー」

 だってキリカだもん。当然じゃない。

「キリカはそういう人なの」

「へー?」

 キリカはいつだって褒めてくれるし、私が失敗しても責めたりしない。

「私が作るものなら何でもいいって言ってたもん」

「そんな馬鹿な。リリーだって、い料理しか作らない旦那さんは嫌でしょう?」

「んー、そうだけど……」

「キリカ君みたいな人は貴重だよー」

 出来上がったスープをお皿に入れて、スプーンと一緒に渡された。

 ナイアは使用人の子供なのに、きちんとスプーンで食べるんだ。

 私は、自分がナイアと同じように食べられることにホッとした。


「あ、美味しい」

 スプーンを口から離してナイアを見ると、彼女は嬉しそうに微笑んでいる。

「でしょう? 皮を剝けないなら茹でる前に食材を綺麗に洗うといいよ」

 そうなんだ。でも、考えてみたらそうだよね。

 ナイフが上手く使えないからって諦めていた。でも、そうすれば良かったんだ。


「でも羨ましいなー」

「何が羨ましいの?」

「だって憧れるじゃない。キリカ君ってリリーの王子様じゃない? そんな風に愛されたいよー」

「そう? キリカは働き者だけど、どこにでもいるような農民だよ」

「働き者なんて最高じゃない! 手放したら二度と手に入らないんだから」

 キリカはいなくならないし。

 ハートみたいに強くてかっこよくて、私を守るために怪我をしてくれる人がいいの。

「先生も同じようなこと言ってたけど、私はハートの方が良いんだけどな」

「……自分じゃ自分を見れないもんね」

 ナイアは意味深に笑って私に向かって芋を投げた。


「どういうこと?」

 芋を受け取って首を傾げる。

「ふふふ。リリーには、料理の勉強が必要ってこと。一緒に皮むき競争をしよう!」

 ナイアは笑顔で、私にナイフを握らせた。