リリーとマナー教室
「えー? リリー様は、メイルスデビアス第二王子とお付き合いしているのではなくて?」
「違うよー。メイルスは友達だってばー。それに公務? ってやつで
「でも、見染められて、お隣の国から来たのよね?」
「そうだよ! まるで物語のお姫様じゃない!」
私の周りには十歳くらいの女の子たちが集められ、マナー教室が開かれた。といっても柔らかな
「ほらほら、ヘレンさん『そうだよ』ではなくて『そうよ』と。リリーさんは『違うよ』ではなく『違います』と」
中心にいる先生が、私たちの言葉遣いを注意した。
「えへへ。はーい」「……はい」
私はカッとしたのに、ヘレンは気にも留めずに笑っている。
子供の前で騒ぐのも躊躇われて、私も笑顔で流してみたら平気だった。
実はそのことに、自分でも驚いている。ほんのちょっと、気持ちをひっこめただけなのに。
「リリー様は他にお付き合いしている方がいらっしゃるの?」
みんなが興味津々に私を見る。
大人の私はハートを思って得意げに顎を上げた。
「好きな人がいるだけよ。私を守ってくれる護衛なの。とっても強くてかっこよくて」
「素敵!」「憧れちゃう」「キャー」
私の話に彼女たちは、両手を組んでうっとりしている。
「それよりも、クリスティは? 付き合っている人がいるって聞いたけど……」
少し大人びた雰囲気のクリスティは、端っこで黙って聞いていた。彼女は十二歳とは思えない
「私の彼は二つ年上の庭師の息子よ。みんなが騒ぐような人じゃないわ」
「でも、いつも花を贈ってくれるのでしょう?」
「そうよ。あれだけ愛されたら幸せじゃない?」
へぇ、お城の庭師か。偉そうにしてた割に、土地持ちのキリカより下じゃない。
私の中でクリスティの評価がグッと下がった。
「そうね。とても大事にしてくれて、絶対に私を裏切らない。そう思えるのって彼だけなのよ」
クリスティはとても幸せそうに笑っている。
キリカだって私を大事にしてくれるし絶対に裏切らない。
「そうですね。そう思えるような男性に巡り合えるのはとても素敵なことよ」
先生までそんなことを。
探さなくても、キリカはいつも

子供に交じっての教室だけど、意外におしゃべりは楽しかったな。そういえば、女の友達はミーナしかいなかった。でもあの日、ミーナに裏切られた。友達と思っていたのは私だけ……。
「リリー!」
「あ、ナイア!」
ひんやりとした廊下を歩いていたら、仲良くなった料理人の娘の十四歳のナイアに会った。年も育ちも近いから、一緒にいるとホッとする。それにここでは誰も私とマリーを比較しない。だから私も、ただのリリーとして過ごせている。
「ねぇ、ナイア。今日はスープを作りたい気分なの。調理場に案内して!」
私は彼女に笑顔を向けた。
「いいよ。使用人の食事を作る調理場なら、使っても怒られないよ」
ナイアは「こっち、こっち」と私の手を引く。二人で使用人用の狭い調理場に忍び込んだ。
「うふふ、ナイアはそこで待ってて!」
腕をまくって芋や野菜を皮も
キリカがおいしいって食べてくれたスープ。私の唯一の得意料理。
「お湯が沸いたら出来上がるよ」
彼女は笑いながら鍋の中を覗いた。
「
「下茹で?」
ナイアは黙って椅子に座ると、先ほどの教室の話を聞きたがった。
「結局、女子が集まったら恋の話になるんだよ」
彼女は「恋がしたい」と青い目を潤ませた。
「ナイアはどんな人が好きなの?」
彼女はしばらく考えて、笑顔になる。
「第一は、私の料理を美味しいって食べてくれること!」
ぴしっと人差し指を立てるナイアに思わず苦笑した。
「そんなのキリカだってしてくれる」
まったく、子供なんだから。
「じゃーん。食べて、食べて!」
差し出したお皿をナイアが両手で押し返した。せっかくスープを作ったのに。
「どうしたの?」
「ちょっと待ってよ。これ、ほとんど生だし。それに泥臭いから食べられないよ。貸してみて」
私からお皿を受け取ると、ナイアは別の鍋にお湯を沸かして具材を洗って全部入れた。
慣れた手つきで塩や香草を入れた後、焼いたお肉も加え始める。
「もうちょっとだよ。リリーはそこで座ってて」
鍋がぐつぐつと音を立て始めると、あっという間にいい香りが調理場に広がった。
「でもキリカはおいしいって食べてくれてたんだよ」
「へぇ。
ナイアがニヤニヤ笑いながら鍋をかき回す。
「失敗すると温めなおそうって。キリカは料理上手だし」
「何それー。最高じゃない! のろけちゃってー。愛されてたんだねー」
だってキリカだもん。当然じゃない。
「キリカはそういう人なの」
「へー?」
キリカはいつだって褒めてくれるし、私が失敗しても責めたりしない。
「私が作るものなら何でもいいって言ってたもん」
「そんな馬鹿な。リリーだって、
「んー、そうだけど……」
「キリカ君みたいな人は貴重だよー」
出来上がったスープをお皿に入れて、スプーンと一緒に渡された。
ナイアは使用人の子供なのに、きちんとスプーンで食べるんだ。
私は、自分がナイアと同じように食べられることにホッとした。
「あ、美味しい」
スプーンを口から離してナイアを見ると、彼女は嬉しそうに微笑んでいる。
「でしょう? 皮を剝けないなら茹でる前に食材を綺麗に洗うといいよ」
そうなんだ。でも、考えてみたらそうだよね。
ナイフが上手く使えないからって諦めていた。でも、そうすれば良かったんだ。
「でも羨ましいなー」
「何が羨ましいの?」
「だって憧れるじゃない。キリカ君ってリリーの王子様じゃない? そんな風に愛されたいよー」
「そう? キリカは働き者だけど、どこにでもいるような農民だよ」
「働き者なんて最高じゃない! 手放したら二度と手に入らないんだから」
キリカはいなくならないし。
ハートみたいに強くてかっこよくて、私を守るために怪我をしてくれる人がいいの。
「先生も同じようなこと言ってたけど、私はハートの方が良いんだけどな」
「……自分じゃ自分を見れないもんね」
ナイアは意味深に笑って私に向かって芋を投げた。
「どういうこと?」
芋を受け取って首を傾げる。
「ふふふ。リリーには、料理の勉強が必要ってこと。一緒に皮むき競争をしよう!」
ナイアは笑顔で、私にナイフを握らせた。