リリーと馬鹿王子
城の応接室でソファーに
この応接室はとても広く、天井にはシャンデリアが輝いている。壁には古い絵画が掛けられ、歴史を感じさせた。少し早いが暖炉には火が
「こちらはいかがでしょうか?」
「うううん、あっちの白いレースのやつがいい。後は、これと、これ。やっぱり私、そっちがいい!」
商人は、リリーに向かって様々な生地を広げて見せている。
彼女を連れ帰って数日後、城に商人を呼んだのだ。
ふふん、私はきちんと約束は守るからな。決して誘拐じゃないぞ。
「なぁ、ブリッド。侍女を付けて身なりを整えさせたら、立派な令嬢になっただろ?」
「見た目だけですがね。本当に、問題が無いと思いますか?」
ブリッドがゴミを見るような目で私を見た。彼はずっと反対している。
「決して強制はしていないぞ。自由にさせるつもりだし」
「そういうことではなくて……」
ブリッドが呆れた顔で首を振り、リリーに目を向けた。
早く言葉遣いも直さないと。それにきちんとしたマナーを身に付けさせたいな。
文字の読み書きは出来るし、そこまで馬鹿ではないらしい。
彼女があの聖女みたいになったらと、想像するだけでも楽しいな。
「ねぇ、メイルスー。これから冬だしぃー、コートもいいー?」
リリーと商人が、満面の笑みで私を見た。
……先は長いな。
私は「好きにしろ」と手をひらひらさせて部屋を後にする。廊下は窓から差し込む陽光で、とても眩しく感じた。
女性の買い物は長くて退屈だ。モテる兄はこういう時はどうしているのだろう。教えて欲しいが嫌われてるし、ブリッドはモテないから参考にならない。
「で、教育係は見つかったのか?」
横を歩くブリッドの方を向く。
「いえ。優秀な者は第三王子に付いておりますので、一流と言えない者であれば……」
彼は『仕方ないですよね?』と言わんばかりに私を見た。
「シェア出来ないかな?」
ブリッドが鼻で笑う。
だよな。王子の教育係を貸し出すはずがない。
「ブリッドが教育するっていうのは?」
「私の最高傑作が王子なのですよ?」
彼と目が合って、ふたりして微妙な顔になる。
そうか。私はブリッドの最高傑作だったのか。
じゃ、ダメだな。
「三流でもいいからだれか探しておいてくれ。それと今日の夕食は、こっちで摂る」
「はい」

カチャカチャと食器の触れ合う音だけが、静かな離れの部屋に響いている。
私の目の前で、リリーが食器を鳴らして食事をしていた。
顔は似ているんだよなぁ、顔だけは……。私は顔だけ笑って心の中でため息を吐いた。
「あ、リリー。お皿に口を付けてはいけないよ」
スープを飲もうと皿を摑んだリリーを慌てて止める。
「なんで?」
彼女は皿をテーブルに置くと、不思議そうに私を見た。
「手は熱くなかったかな? スプーンでこうして飲むといい」
私がスープを飲んで見せると、侍女はリリーにスプーンを持たせた。
気になっていた食事の姿勢も、侍女が綺麗に直してくれる。
出来ないわけではないのか……。
「肉はこうやって切って食べるんだ。ここでは好きなだけ練習すると良い」
手摑みで食べようとしたリリーを止めて、侍女が彼女にナイフを渡した。
意外に器用だな。教えると彼女はそれなりに出来る。ギシギシと皿を切る音はするけれど。
「リリーは飲み込みが早いんだな」
「うふふ。やったことあるんだよ。ルディが前に、少しだけ教えてくれたの」
ルディが誰だか知らんが、ありがとう。
だが、きちんと教えておいて欲しかった。
この時の私は気付いていなかった。人生最大の間違いに。
私にとって、リリーはとんでもない災いだったのだ。

あれから数日後、朝食を終えた私は執務室に向かって廊下を歩いていた。
「王子、あれは……」
荷物を抱えた護衛主任のダジールが、向こう側の渡り廊下を歩いている。
まさか、違うよな?
「何か聞いてるか?」
「いえ、何も……」
今日の護衛担当は、何も知らないと首を振る。
「ブリッドを部屋に呼んでくれ。大至急だ!」
「はい!」
後ろを歩いていた側近の一人が走って行った。
「王子! お急ぎの件とは?!」
ブリッドが慌てて執務室に入って来る。
「大変だ! さっきダジールが、荷物をまとめて歩いていたぞ!」
ブリッドには心当たりがあるようで「ああ」と言いながら項垂れた。
「まさか?」
「はい。また、リリーがクビにしたそうです」
「は? 何言ってんだ、急いで連れ戻せ!」
「もちろんお引き止めはしましたよ? でも、もう我慢出来ないと、先ほど荷物をまとめて……」
なんてことだ。とうとう護衛主任までクビにした。
このままだと私の部下が一人もいなくなってしまう。
「それと……、またもや教育係が辞めてしまいました」
「はははは、あれだけ待遇を良くしたのにか!」
笑っている場合じゃないが、もう笑うしかない。私の運も尽きたのだろうか。
「次が見つからなけりゃ、ブリッドが担当な」
「荷物をまとめるので時間をください」
「行かないで!」
あああ。もう三人目だぞ。このまま放置するわけにもいかないし。この際、食事のマナーも言葉遣いもどうでもいい。とにかくあの暴走を止めなくては……。
執務室に差し込む光が部屋を照らしていたが、私の心は重かった。
「ブリッド、せめてリリーの暴走を止めて」
「それが出来たら私はもっと出世しています」
だよな。
「彼女は普段、何をして過ごしているのだ?」
「使用人の子供と遊んでおりますが……」
ブリッドがポンと手を打った。
「子供同士ならクビに出来ませんよ!」
「それだ! うちでやってる使用人の子供専用のマナー教室で、リリーも一緒に学ばせよう」
ブリッドは嬉しそうに頷いた。
「流石王子、頭がいいです!」
「あはは。初めて言われたわ」
二人でひとしきり笑い合うと、ソファーにぐったりと凭れ掛かった。
今までも散々馬鹿はやってきたが、今回は流石に身に染みたな。
昔、洞窟で花火を試したら、爆発して大惨事になった時を思い出す。住み着いていたS級の魔物を偶然討伐出来たから、ブリッドがどうにか処理してくれたけど。
これ以上ブリッドに負担はかけられないし、これからどうしよう……。
「ところで王子。彼女を一体どうするおつもりで?」
「うむ。私も同じことを考えていた」
ブリッドは鋭いな。
「同じ顔だからと下心で連れて帰ってみたが、だんだん自分が変態に思えてきた。罪悪感すら湧いて来たぞ」
「やっとご自分が変態だと自覚してくれたのですね。王子の成長がとても嬉しいです」
「……すまんな」
ブリッドに笑顔で「いつものことですから」と追い打ちをかけられる。
ちょっとは『そんなことありませんよ』とか言って欲しい。
「せめてもの償いに、リリーには最低限のマナーだけでも身に付けさせて家に帰してあげよう」
「それが良いです! 一刻も早く帰しましょう」
ブリッドは勢いよく立ち上がり、笑顔で振り返る。
「早速マナー教室の手配をしてまいります!」