閑話 憤慨するテッド




「説明して貰えますか?」

 正直言って私はもの凄く怒っている。

 ガランとした指令室で、ガインさんは気まずそうに椅子に座って頭をいていた。壁には数々の地図や計画書が貼られ、薄暗い照明が部屋全体を包んでいる。


「これにはちゃんとした事情があるんだ。とりあえず座れって」

 仁王立ちで怒る私に、愛想笑いのフェルネットさんが椅子を差し出した。

 ……そういうことか。私だけが何も知らなかったのか。

 ──マリーに危険が及ぶとは考えなかったのか!

 そう言いたい気持ちを抑えて、まずはその事情とやらを聞くことにした。


 私は一口お茶を飲むと、軽く息を吐いて気持ちを整える。

 そして目の前に座る三人の顔を順番に見た。

「で、どういう事情なんですか? その『ちゃんとした事情』とは?」

 ガインさんは赤い頭に手を置いて、言いづらそうに口を開く。

「実はな、今日来た女はマリーの双子の妹だ」

 あの薄汚いみすぼらしい女がマリーの双子の妹?

 脳内で必死に容姿を思い出して顔を歪める。

「……あれが?」

「ああ、お前に隠していたわけじゃないぞ。マリーが五歳の時に家族と縁が切れている。だから今まで話題にならなかったんだ」

「家族のことは聞いていますよ。妹に加護を奪われたマリーが家を出たということは。ガインさん、あなたから直接ね。今回言っているのは、その妹がここへ来る可能性のことです」

 三人は顔を見合わせて文字通り『まいったな』という顔をした。

 その程度の話でこの私を誤魔化せるとでも?


「お前がこくりゆうに入った頃、俺たちは遠征したろ? あの時マリーの家族と旅をしたんだ」

「妹が友人にステータスを見せちゃって、村にいられなくなったんだよ」

「移住先がこの町の隣の村で、もしかしたらとは思っていた」

 ガインさん、フェルネットさん、ハートさんが順番にそう言った。

「は? それなら先に言ってください。隠すことですか?」

「違うんだよテッド。続きを聞いてくれ」

 はぁぁ。まだあるのか。私は深く息を吐き、再び気持ちを整える。

「分かりました。すべてお話しください」


 するとハートさんが、話し出そうとしたガインさんを手で制した。

「ここは俺に言わせてくれ。テッド、俺は万が一の時を考えた。リリーが人質にされたら? 盾にされたら? それを何度も、何度も自問した。一瞬の迷いや遅れ、判断ミスを恐れたんだ」

 ハートさんは苦悩の表情を浮かべている。

「そうなんだ。マリーは何を望むのか。俺たちはきっとそれで迷う。どうしても迷っちまう。だから先入観の無いお前に任せたんだ」

 ガインさんが後に続いた。


 甘い。甘すぎる。

 人質? 盾? 何を迷うことがある。最優先はマリーの安全だ。余裕があれば、他の命を救えばいい。そんなに家族が大事なら、彼らに人質としての価値を与えるな。

「なるほど。私は皆さんと同じように、甘い人間だと思われていたのですね」

 嫌味たっぷりにそう言うと、ガインさんは席を立って私の前で膝を突いた。

「すまない。完全に俺たちの判断が間違っていた」

 ハートさんとフェルネットさんもガインさんの横に来て、膝を突いて頭を下げる。

 謝って欲しいわけじゃない。私が怒っているのは、マリーの安全のためだ。

「いいですよ。許します。ただ、先輩たち保護者と違って私の目は曇りません。今後そう言ったお気遣いは、一切、なさいませんようお願いいたします」

 まったく、いい大人がガックリ項垂れて。

 マリーを害するものならば、たとえそれが自分の親でも躊躇ためらわない。後でマリーに恨まれたって構わない。私がどんな人間か、ガインさんなら分かっていたはずなのに。


「でもハートの依頼人だと思ったんだろ?」

 急にガインさんが私の肩に手を回し、ニヤニヤしながら聞いてくる。

 ……しばらく許さなければ良かった。

「そうですね。ハートさんにれた女性が付きまとっているか、現在の依頼人が急用で来ているのかと」

「事情も聴かず、問答無用で魔法を当てまくったって?」

「当り前です。『無傷で追い払え』なんて無茶な要求がなければ、相手の出方次第では殺していましたよ」

「さっすがー。今回のことで、僕はテッドを見直したよ。ごめんね!」

 今度はフェルネットさんが、ガインさんとは反対側から肩を組んでくる。

 本当にこの親子は暑苦しい。


 暗殺部隊にいた頃、救出作戦に参加したことがある。敵のせんめつが任務だったが、生かす方向で動くのは難しい。それでも彼らは、その道を行くのだろう。


 ──お前は誰かの右腕やサポート、補助的役割に向いている。


 昔、ガインさんにそう言われた。

 確かに私は、戦うマリーの背中を守るサポート役だ。それがもどかしくもあり悩んでいた。彼女の背中を見つめながら、時折自分の無力さを痛感していた。

 だが今回指揮を執ってみて、明確に分かったことがある。

 私は盲目的に命令を実行する駒に向いている。そしてようやくその価値に気が付いた。


「テッド、悪いが俺はこれからも悩む。その時は遠慮なくお前に頼るよ」

 そう言って笑うハートさんからの信頼は素直に嬉しい。彼がマリーの件で間違えることは絶対にない。おそらく彼の導き出した最適解が、私を使うことなのだ。


 それにしても、あれがマリーの妹か……。堂々と会いに来るなんて。

 光の加護の横取りは死罪なのに。

 マリーの家族だから悪く言いたくないが、品性に欠けるとても頭の悪い女だった。