その直後、鈍い衝撃とともに、肺に勢いよく酸素が流れこんできた。
「バッカ野郎! ナギを絞め落とす気か!?」
シークヴァルトの怒鳴り声に、彼にどつかれたらしいライニールが頭を下げる。
「すまない、ナギ。きみの攻撃力の高さを、少々甘く見ていたみたいだ」
「それは……わたしのセリフだと、思います……」
この世界で目覚めてから最初に感じた命の危機が、唯一の家族であり、保護者であるライニールから与えられたものとは、これいかに。
肩で息をしていると、ソレイユが深々とため息をついた。
「詳しい事情は知りませんが、とりあえず副団長が、うざいくらいのナギちゃんラブを発症していることはわかりました。今後のナギちゃん護衛計画には、副団長も警戒対象に加えておきます」
「……うざい?」
ライニールが、あからさまにショックを受けた顔になる。一瞬、フォローしようかと思ったけれど、たった今彼に絞め落とされかけたばかりの身としては、黙して語らずが正解だろう。今後、ライニールには不用意に近づかないようにしておこう、と決意する。
そこで、一連の騒ぎを黙って見ていたオスワルドが口を開いた。
「ナギ嬢。きみは、治癒魔術を使えるのかい?」
「え? あ、はい。なんていうか……上手く説明はできないんですけど、こうすれば傷が消えるんだろうな、っていうのは、感覚的にわかっている感じがします」
触れるだけで、シークヴァルトたちの汚染痕を消したときとは、少し違う。正常な状態ではなくなった肉体を前にしたときの、集中の仕方。何より、自分の中にある膨大な力を少しずつ集めて、それをゆっくりふんわりと温めていくような感覚。それらはもう、この体が覚えている。
ソレイユが、ひどく複雑な顔で言う。
「ナギちゃんをお風呂に入れたとき、もしかしたら──っていうか、たぶんそうなんだろうな、とは思ってたけど。やっぱり、ナギちゃん自身の治癒魔術だったんだね。あのときナギちゃんが着てた服、すっごく悲惨な状態だったもの」
「んー。わたしもあのときは、いろいろ忘れていたんだけどね。一眠りさせてもらったあとに、森の中で刺されたときのことを思い出したんだ。で、わたしを刺したのが、ユリアーネ・フロックハートさんと一緒にいた白い魔導士だったんだけど……。これがもう、ホンットに気持ち悪いやつでねー」
凪は、思い切り顔をしかめた。
──下賤の者どもに、その身を暴かれるよりはマシだろう。愚かな聖女。無垢な体のまま殺してやったことを、感謝するがいい。
「わたしの心臓に剣をぶっ刺しながら、下賤の者どもに強姦されるよりはマシだろう、とか真顔で言ってたんだよ? 大体、十五歳の女の子に無理矢理そういうことをしようって時点で、下賤どころか救いようのない、未成年趣味のゲス野郎だと──」
思う、と最後の言葉を言い終える前に、アイザックがライニールを背後から羽交い締めにしていた。同時に、シークヴァルトが片手でライニールの顔を掴み、そのまま力尽くで押さえこんでいる。
呼吸がしにくくなるほどの圧迫感の中、バチバチと激しい静電気のような音を立てながら、彼らの周囲で無数の小さな光が弾けていた。
凪は目を丸くしたあと、何度か瞬く。
とても美しいが、同じくらいに危うい光。
(えぇっと……。ひょっとしてこの光って、ライニールさんの魔力、なのかな?)
もしかしなくても、これは非常に危険な状態なのではなかろうか。
アイザックとシークヴァルトの青ざめた額に滲む汗を見た凪は、くりっとソレイユを振り返って首を傾げた。
えへ、と笑う。
「ごめん。兄さんが、キレた」
「だろうね!? ていうかむしろ、なんでキレないと思ったかなあ!?」
ちょっと、うっかりしただけである。悪気はない。