「まったく……。オレたちに無断で、コイツをこんな所に放りこんでくれた阿呆には、どう落とし前をつけさせてやったもんかな。なあ、ライニール」
「ああ。……精々、後悔させてやるさ」
少女が気を失う寸前にその傍らに現れていたのは、一見細身ながら、隙なく鍛えられた体躯をした金髪の青年だ。彼もまたふたりと同じ、黒と赤を基調とした騎士服を着ている。やはり全身が血で汚れ、強い焦燥の浮かぶ顔には、大量の汗が滲んでいた。
荒く乱れていた呼吸を、すぐに整えた金髪の青年は、魔獣の返り血で汚れた少女の額に指先で触れる。そこから伝わる体温の低さに、顔をしかめた。
──先ほどまでの少女のやたらと高いテンションは、彼女が完全に冷静さを欠いていた証だ。自分の力の使い方をようやく把握したばかりの少女にとって、目の前で暴れ狂う魔獣の姿は、恐怖以外の何物でもなかったに違いない。その恐怖を乗り越えられずに飲みこまれ、理性が吹っ飛んでしまった結果が、この惨状である。
「上層部は、ナギが危機に直面すれば、いやでも『聖歌』を歌うと考えたのかもしれんが……。ご丁寧に、おれたちとの通信手段も断ってくれるとは。よほど、命が惜しくないらしい」
憤りを隠さない口調で言いながら、金髪の青年が袖から抜いた上着を気絶した少女の体に掛ける。黒髪の青年が、皮肉げに笑う。
「ちゃんと、上には報告しているはずなのにな。──うちの聖女さまは、歌えない。ナギが聖女の力を使ってできるのは、直接触れた対象の魔力に干渉して、正常な状態に戻すことだけだ、って」
聖女の固有魔術である『聖歌』は、あらゆる魔力の乱れを整え、癒やすもの。
世界に調和をもたらす『聖歌』による福音こそが、聖女が聖女たる所以。
だが、半年前にこのルジェンダ王国で存在を確認された聖女ナギは、歴代でも類を見ないほど強大な魔力を持ちながら、『聖歌』を歌うことができなかった。今の彼女に叶うのは、あくまでも対象への直接接触による、乱れた魔力の正常化のみ。
そんな彼女は、やがて人々からこう呼ばれることになる。
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