魔力なしが露見することをずっと恐れていたのだ。望まれても戻りたくなどないはず。

「いいえ、ウーヴァ。貴方にも手伝ってもらいたいの。以前言っていたわね、事業を手がけていると。あなたのその手腕を見込んでお願いしたいのは、商会の設立と、その会長になることよ」

「商会……僕が?」

 ウーヴァが貿易事業を手掛けようとしていることは、リーベスが報告してくれていた。既に国内での取引実績もあり、ウーヴァは有能な商人であるらしい。

 であれば、その伝手つてを借りない手はない。それが私の出した結論だ。

「ええ。それに、モモコ」

「はっ、はいいっ!」

 ウーヴァの隣にいたモモコはぱちぱちと目を瞬かせ、私の指名に飛び上がるように立ち上がる。その様子を見て微笑ましく思いながら、私は言葉を続ける。

「貴女には、私の助手として、この家に留まって欲しいと思っているわ。もう一度、ちゃんと私の義妹になって欲しいの。それで、また楽しい魔道具をたくさん作りましょう」

「……お義姉様……うう、もちろんです!」

 彼女がもたらす知識は、とても楽しく、それでいて斬新だ。それに何より、彼女自身──モモコという存在は、私にとって初めて家族の温ぬくもりを感じさせてくれた。

「モモコが教えてくれる知識で、私が魔道具を作って、それをウーヴァが売るの。そうしてみんなで資金を得て、誰からも文句を言われないような体制をつくりたいの。……お願いします」

 全員を見渡して、私は頭を下げる。

 机上きじょうの空論かもしれないけれど、それぞれの得意分野を活かした上で、皆で盛り立てていけたら、それは素晴らしいことだと思える。

 メローネ伯母様には、この後で協力を仰ぎに行く予定だ。これまで好き勝手に振る舞ってきた方ではあるけれど、あの方はこの家で唯一、社交が得意なお方だ。

 これまでも、勝手ではあるがベラルディ家の伯爵夫人として振る舞ってきた実績もあり、お茶会への参加も難なくこなす。

 そんな彼女には、ぜひこの新しい事業の宣伝をお願いしたいのだ。夫人たちのネットワークは強大で、その中で他の貴族たちの興味を引ければ、きっと追い風になる。

 これまでに作ったハンドミキサーやアイスクリームメーカーなどを売り込む一大市場となる。

 あの意地っ張りな伯母様のことだから、きっと、すぐには納得しないだろう。それにまずは、ペスカへの暴力についての謝罪もしてもらわないと。

 そんなことを考えながら、ちらりと隣に視線を移す。

 私を見守るリーベスは、優しい笑みをたたえていて、爺やは少し涙ぐんでいる。

「リーベス。貴方も忙しくなるわよ。私を支えるために、たくさん勉強してもらうわ。従者としてではなく、ゆくゆく私の旦那様になるために」

「ぐえっ」

「はい、メーラ様。必ずやり遂げます」

「ほっほっほ、メーラ様。この爺にお任せください。叩き込みますぞ」

 リーベスと爺やが返事をする前に、カエルが潰れるような声が聞こえたが、それはきっと真っ赤になって口をおさえているモモコから発せられたものだろう。

 私と目が合うと、ぱちぱちと大きな目が瞬きを繰り返す。そういえば、リーベスに結婚を申し込んだことをまだ彼女は知らないのだった。

 リーベスは獣人で、出生は不明。そのことは、貴族の婚姻にきっと影を落とすことになるだろう。リーベスも気にしていたことだ。

 ──だから、お金がいる。ベラルディ伯爵家の地位を確固たるものにして、誰から文句を言われようとも動じない体制を作りたいのだ。婚姻はそれからでも遅くはない。

 リーベスと見つめ合っていると、こほり、と咳払いが聞こえた。

 少しだけ顔を背けたウーヴァが、わざとらしく口の前に拳を置いている。

「メーラ、君の考えはわかった。僕としても、ぜひ協力したい。手がけた事業はちょうど軌道に乗ったところだし。だが、僕にも条件がある」

「まあ、何かしら」

 そう問うと、ウーヴァの紫色の瞳が、燃えるような意志を持って私を見た。これまでになく、凛々しい表情だ。

 さっと立ち上がった彼は、胸の前に恭しく右手を添えると、姿勢を正した。

「ベラルディ伯爵に申し入れます。この一大事業が成功した暁には、ペスカ──いや、モモコ・ベラルディ嬢に婚姻を申し込むことをお許しいただけますか」

「まあ」

「えっ!」

 びっくりした顔で固まるモモコを尻目に、ウーヴァは私の返事を待っている。彼にこんな情熱的な部分があったなんて……と驚きはしたものの、その真剣な眼差しに、私はついつい笑みをこぼしてしまう。

「そうね。成功したら、考えましょう。でも、それはモモコの同意を貴方がしっかり得てからの話だわ。モモコが望むなら、許します」

「ありがとう、メーラ。新しい事業も、婚約者どのをその気にさせるのも、どちらも全力で頑張るよ」

「えっ、あっ、ちょっとお義姉様にウーヴァさぁん。わたしを置いてかないでくださいっ」

「聞いてのとおりだ、モモコ。僕はこれから全力で君に求婚する」

「いや待って、推しの押しが強い……! キャパオーバーですからぁぁぁ!!!」

 顔を真っ赤にするモモコと、吹っ切れたように爽やかな笑顔を見せるウーヴァ。彼女たちの行く末も、幸せな結末であればと私は心から願う

「ではメーラ。早速だが、君はその魔道具をどこに売りたい?」

「そうね。まずは国内で一旗挙げてからとも思ってるけれど、最終的にはモルビド共和国に」

 事業者モードにさっと切り替わったウーヴァに、私は最終目標を口にする。

 獣人の国モルビド。魔力のない彼らに、安全で楽しい魔道具を提供できれば、魔道具師としても大きな一歩になる。

「……うん、僕も同意見だ。国交が開かれていない障壁はあるが、その分見返りも大きいだろう。ちょうど使節団も来ることだし……うん、作戦を練ろう」

「ええ。それにほら、これも使ってみようと思って」

「それは……!」

 私がとある封筒を取り出すと、ウーヴァもリーベスも目を見張った。後回しにしていたあの封書を役立てる機会がやってきたのだ。

 私たちはそれから、みんなでいろんな案を出し合った。

 こうして全員で何かを目指すということを今までやったことはなかったけれど、話し合いが終わって就寝する時になると、その充足感がまじまじと思い出される。

(とっても楽しかったわ。いい夢が見られそう)

 ふわふわの枕に顔を埋めながらそんなことを思う。

 これからはあんな悪夢を見ることはなさそうだ。そんな確信めいた気持ちに包まれながら、私はあっという間に眠りについた。