「あ、はい。こういうものが欲しいとわたしが言ったら、お義姉様がサクサクっと作ってくださいました!」

「……君が考えただって?」

 思いもよらない答えが返ってきて、ウーヴァは眉を顰めた。

 家を出るにあたり、ウーヴァはずっと準備していた事業を始め、その目処がついたこともあり、メーラとの婚約解消に踏み切った経緯がある。

 その事業というのが、輸出入業……いわゆる貿易業だ。

 魔力なしだと露見しないよう、殊更ことさら人当たりよく過ごした学生時代のおかげで、ウーヴァは人脈を広げていた。

 おかげさまでこの国の貴族や領地の状況、それぞれの強みや不足しているものなどを把握しているため、それらの需要と供給をマッチングさせることによって商売を進める方法を思いついた。

 手始めに行ったのが領地同士の取引のサポートであるため、今はまだ諸国との貿易というには程遠いが、いずれはそのあたりまで手を出したいという気持ちはあった。

 ラフルッタ王国の特産品を諸国に広め、見知らぬ外国の品を国内に持ち込み、市場を獲得する──非常にロマンのある職業だと思う。

 家族や友人は、ベラルディ家に婿入りする予定のウーヴァがそのような起業をすることに首を傾げている様子だったが、構わず進めた。魔力はないが、腐っても貴族家の子息であるため、そのコネを最大限活用することにしたのだ。

 中でもウーヴァは、幼少からこのベラルディ家と懇意にしていたこともあって魔道具への造詣が深い。

 この国の一部界隈かいわいでは発達しているこの道具は、諸国ではありがたがられたり、珍しがられることが多いのも知っていた。

 そして家を出た今、本格的に魔道具を取り扱う貿易業にシフトしようと思っていたところで、この新しい魔道具を紹介されたのである。

 メーラの優れた技術は昔から知っていたが、今の話では、この魔道具を考えついたのはモモコのように聞こえた。

「ハイ! わたしもお義姉様のお手伝いをさせてもらっています」

「驚いたな。君は以前は工房には近寄らなかったのに……ああ、すまない。それはペスカのことだったか」

 モモコはにこにこと明るく返事をする。ペスカの行動とは思えず驚いてしまったが、そういえばこの子は〝ペスカではない〟のだと再確認する。

「お義姉様も同じことを言っていました。……でもね、ペスカも本当はずっと工房に行ってみたかったし、心の奥底ではお義姉様と仲良くしたかったみたいです。絡む方法が最悪すぎて、絶対仲良くなれるわけないのに」

「……」

 自嘲気味に語るモモコの中に、ペスカという存在があることに、ウーヴァは言葉を失ってしまった。

 モモコとペスカはまるで違う性格の別人だ。だけれど本当は、ペスカもモモコのようになりたかったのかもしれない。

「あっでも、わたしなんかがお手伝いしたなんて偉そうに言っていいのかな? ってくらいにしか関わってないですけどね! ほとんど見学です」

 照れたように笑うモモコを見て、ウーヴァは目を細める。

(そうか……君は望みを叶えたんだね。よかった)

 ペスカとウーヴァは、お互いに傷を舐なめ合うような、どこか歪な関係だったように思える。

 そんなペスカが、今は心から笑っているように見えて、ウーヴァはグッと胸が熱くなる。

「ど、どうしました?」

 込み上げてくるものがあり、ウーヴァは一筋の涙を流してしまっていた。それをモモコに見つけられて、慌てて手の甲で涙を拭う。

「ごめん、なんでもないよ。はは、どうしてだろう。君が幸せそうで、僕もとても嬉しい」

「ウーヴァさん……」

 モモコには絶対に変に思われたに違いない。それでもやはり、ウーヴァの胸中きょうちゅうに去来きょらいするのはペスカに対する思いだ。

 一緒になろうと約束していたのに、いろいろと不義理をして傷付けてしまった。そのことがずっと心残りだったのだと痛感する。

 モモコは謝罪を受け入れてくれたが、本当は、ペスカにちゃんと謝るべきだったのだ。

「大丈夫ですよ、ウーヴァさん」

 最初の緊張した様子とは打って変わって、モモコの声色はとても落ち着いていた。

「ペスカももうあなたのことを許していると思います。なんなら貴方の幸せだって願っているはずです。だってわたしがそうだから。わたしとペスカは二人で一つです」

「……っ、ありがとう」

 また何かが双眸から溢れそうになるのを、ウーヴァはぐっと堪えた。

 そう何度も泣いているところを見せるわけにはいかない。

(僕はやっぱり、君のことが好きだったんだ。そしてまた、こうして君を好きになる)

 ウーヴァの中には確かな気持ちがあった。とても温かで心地よい。

「もう少し、このフォンデュ鍋を堪能してもいいかな?」

「はい、もちろん! 私のお勧めはパンです」

 気を取り直して、また目の前の新鮮な調理魔道具に目を向ける。

 それから二人でいろいろな会話を交わしながら、メーラの到着を待ったのだった。


◇◇◇


「あら?」

 いくつか話を終えた私とリーベスが応接間に行くと、そこにモモコとウーヴァの姿はなかった。

 使用人たちの話によると、どうやら彼女たちは厨房へ行ったらしい。

 その使用人に頼んで二人をこの場に連れてきてもらうことにして、私とリーベスは並んでソファーへと腰掛ける。

「……モモコとウーヴァも、私の提案を了承してくれるかしら」

「断ったとしても、了承させましょう」

「メローネ伯母様も、協力してくださるかしらね?」

「あの方こそ、最も働くべきではないですか」

「ふふ、リーベスったら」

 強気な発言をするリーベスに、私は目を細める。彼も同じように微笑んでくれていて、美しい赤い瞳がゆらりと揺れている。

 もともと、今日ウーヴァを伯爵家に呼んだのは、これからの話をするためだった。

 もしかしたらリーベスが黒い狼の姿のままかもしれないと考えての策だったが、元に戻った今となっても、方向性は大きく変わらない。

 ──これから、私たちそれぞれが役割を見つけてそれぞれ幸せになるため。

 その道筋を、しっかりと作りたい。

 しばらくしてこの部屋に現れたモモコとウーヴァだったが、モモコは俯きがちに目を伏せたままウーヴァに手を引かれていて。彼女の淡い茶色の髪の隙間からかすかに見える耳は、紅く色づいていた。

「ウーヴァ。私が呼び立てたのに、遅くなってしまってごめんなさい。それにモモコ、ありがとう。あなたがウーヴァをもてなしてくれていたのね」

 私がそう言うと、ようやくモモコは顔を上げた。その頬は瞳以上に桃色だ。

「いいよ、メーラ。ゆっくりできたおかげで、モモコともたくさん話ができたし、ね」

「ひえっ、またナチュラルな呼び捨て……! 推しの押しが強い……!」

「君はまた不思議なことを言っているね。……まあ、そんなところも可愛らしいのだけど」

「な、な……! ウーヴァさん!?」

 モモコの髪を一房手に取ったウーヴァは、その髪にそっと口づけをした。

 その自然な動作にも驚いたが、何よりも驚いたのはウーヴァの表情だ。

 こんなに爽やかな笑顔のウーヴァをこれまで見たことがない。何か吹っ切れたかのように、モモコに晴れ晴れとした笑みを向けている。

 慄いている様子のモモコは相変わらず何かを言っているが、やっぱり何を言っているのか私にはわからないのが残念だ。ただ、彼の手を振りほどかないところから、嫌がっているわけではないのだろうと推測する。

 二人の雰囲気は、以前見た喧嘩別れの時よりはずっといい。そのことに安堵する。

 何だかわちゃわちゃとしている二人に私たちの向かいの席を勧めて座ってもらったところで、呼び寄せた爺やにも同席してもらい、私は今後の展望について全員に話すことにした。

「みんな揃ったわね。──じゃあ、聞いてもらえるかしら」

 全員を見渡して、私はそう切り出した。

「とりあえずこれから、我がベラルディ家は資金を稼ごうと思うの」

 静まり返った室内で、私が唐突にそう言ったため、全員がぽかんと呆気に取られた顔をした。詳細を知っているはずの爺ややリーベスまでも同じ顔をしているものだから、少しおかしくなってしまう。

 とはいえ、端的すぎたかと思い直した私は、順を追って話すことにした。

「──私は、ベラルディ伯爵家の現当主であり、この家を継いだ者として、領地の繁栄を守る義務があるわ。とはいえ、私にできるのは、魔道具を開発することだけ。だから、皆の力を借りて、もっとこの家を盛り立てていきたいと思っているの」

 私は自分が、貴族として重要な社交や政治的な部分に疎うといことはわかっている。これまでずっと領地に引きこもって開発ばかりしていたのだ。王都がどうなっているのかなんて、まるでわからない。

 でも、このままではいけないと思った。

「……それは立派な志だと思うよ、メーラ。だけど、もう僕は平民の身だし、君の力になれるようなことは何もできないと思う」

 少し自嘲気味に、ウーヴァは静かにそう語る。確かに、伯爵家を飛び出したらしい彼は、もう社交界に戻ることを厭いとうだろう。