通された応接間で出された紅茶をちびちび飲みながら過ごしていると、ノックの音と共に誰かがこの部屋に入ってきた。

「失礼します」

 部屋に入ってきたのはメーラではなくペスカ──いや、モモコだった。

 彼女とウーヴァが初めて会ったのは、ウーヴァが全てを捨てて町外れの小さな家に住み始めた時だ。

 二回目は、その時の無礼を謝ろうとこの伯爵家を訪ねた時。あいにくこの時は騒ぎになってしまったが。三回目はさらにその謝罪に。

 そして今日が、四回目となる。

「こんにちは。モモコ様」

「こ、ここここっこんにちは、ウーヴァさん」

 少々俯きがちな様子で近づいてきたモモコに立ち上がって挨拶をすると、戸惑いながらもぎこちない笑顔で返事をしてくれた。

(彼女がペスカだった頃、僕はどのように彼女に接していただろうか)

 その初々ういういしい笑顔に魅せられながら、ウーヴァはそんなことをぼんやりと考える。

 確かに大切に思っていた。自分と同じ、やりきれない思いを抱える彼女を守りたいと思った。

 ──そこに、打算がなかったとは言えない。

 家族を出し抜き、自由になりたかったウーヴァの自分勝手な考えと行動に、ペスカを巻き込んでしまったことは事実だ。

 この前その点をこの〝ペスカ〟となったモモコに叱られ、目が覚める思いがした。

「きょ、今日はどういうご用件ですか?」

 モモコが辿々たどたどしく尋ねる。

「ああ、えーっと、実はメーラに呼び出されたんだ」

「お義姉様に……?」

 未だに拭えない罪悪感と共に、ウーヴァがモモコの問いかけにそう答えると、彼女は愛らしく小首を傾げた。

 姿かたちは愛した彼女と同じ。だが、『別人になった』というメーラの言葉どおり、モモコはペスカと違っていた。

 ペスカの母親であるメローネと遭遇し、叱責を受けていたウーヴァの前に颯爽と現れた彼女は、身を挺ていしてウーヴァを庇った。

 その時の意思の強さと真っ直ぐさ、そして清廉さに、ウーヴァは射抜かれたような気持ちになった。

 彼女の一挙一動から目が離せず、今も俯きがちにぶつぶつと呟いている彼女をゆっくりと眺める。

「今はお邪魔だし……」「呼びにはいけない」「でも、推しと二人でこの空間……!?」などなど、様々な声が漏れてくる。

「メーラは不在なのかな? だったら出直した方がいいだろうか」

「ぴえっ! い、いえ、いらっしゃるんですけど! でもあの、のっぴきならない事情でちょっとあの、顔を出せないというか」

「そういえば、リーベスの姿もないね」

「あーーっ、リーベスさんもお忙しいみたい!?」

 きっとメーラとリーベスは一緒にいるのだろう。

 モモコはそれをどうにかして誤魔化そうとしているようだが、その慌てた様子も可愛らしく、ウーヴァはついつい意地悪をしてしまう。

 ふ、と思わず笑みが漏れてしまい、ウーヴァは慌てて口を押さえた。

「あ! そうだ、ウーヴァさん。もしお時間があるなら、一緒にチョコレートフォンデュを食べませんか? お義姉様が、素晴らしい魔道具を作ってくださったんです」

「ふぉんでゅ?」

「ええ。ほらほら、行きましょう。厨房に置いてあるので!」

 名案とばかりに目を輝かせた彼女は、立ち上がるとウーヴァの方に来てぐいぐいと手を引っ張る。

 その勢いに圧されて、手を引かれるままについていく。

 それを周囲の使用人たちは温かい目で見守っていて、今度はウーヴァが慌てる番だった。


「これは……素晴らしいね」

「そうでしょう! お義姉様ってほんと神だし天使だし、なんかもう尊いんですよ」

 モモコに勧められた菓子は、これまでに見たことがないものだった。とろけている温かなチョコレートに、果物などを直接つけながら食べるなんて、想像もしていなかった。

「……ふふ。モモコ様はメーラが好きなんだね」

「はい! お義姉はいつも優しいし、リーベスさんは厳しい時もあるけど、あの二人のカップリングはもう天の采配さいはいって感じでたまりません。この家の方たちも皆よくしてくださってます。あんなわたしだったのに」

「……それは、君の力もあるんじゃないかな。君が素敵なレディだから」

 愛されるのは、才能だ。

 ウーヴァやペスカがずっと渇望かつぼうして、それでも得られなかったもの。だからモモコのその持ち前の明るさは、ウーヴァの目にはこうして輝いて見えるのだろう。

 少し掠れた声でウーヴァがそう返すと、彼女はきょとんと瞬きをする。

 ペスカの口の端に少しだけチョコレートがついていて、ウーヴァは思わず親指の腹でそれを拭った。

「……えええええええええええ!」

 一拍おいて、モモコは素早く後ずさる。

 顔が真っ赤で、まるでこの皿いっぱいの苺のようだ。

「とても美味しいよ。──モモコ」

「ふわっ、推し、推しの破壊力がやばい……っ!」

 もう少し、近づきたい。

(君の明るさと眩しさを、これからも見ていたい)

 心の中に新たに生まれた渇望を確かに感じながら、ウーヴァはチョコレートフォンデュに舌鼓したつづみを打った。

「このフォンデュ鍋というのは、メーラが作ったものなのかい?」