あの日、リーベスが顔を赤らめながら、カミッラと親しげにしているところを見た。それで初めて、私は恋心というものを知ったのだ。

「何故……あの小屋には誰も近づけないはず……! どうして、お嬢様が……」

 青ざめたリーベスは、私を掴む手に力を入れたまま、混乱したように何かを呟く。

 カミッラとの交際を私が知ってしまうのは、そんなに問題のあることなのだろうか。

 それに、小屋とは何のことだろう。

「……リーベス? 顔色が悪いわ。やっぱり、無理に言わなくても……」

 話してくれないのは寂しいけれど、事実を突き付けられる機会が延びたと考える私は、少しずるいのかもしれない。

(でも……そうよ。カミッラと結婚したら、今までみたいにはいかないかもしれない。彼女が最優先になって、そのうち子どもだって生まれるかもしれない。そうしたら、私のことなんて、後回しに──)

 そう考えると、さっきまで高揚していた気分があっという間に急降下した。

(それに、モモコがお嫁に行ってしまったら、この屋敷には私一人だわ。爺やたちだっているけど、でも、そんなの……)

 脳裏には、楽しそうにウーヴァと思おぼしき人物画を描き連ねるモモコの姿が浮かんだ。

 頑かたくなに否定しているけれど、冷静になって分析した結果、彼女だって、私と同じ『恋の病』というものなのではないだろうか。

 ウーヴァだって、モモコのあの素直さと可憐さに触れたら、きっと可愛がってしまうと思う。

 リーベスとモモコが幸せになるのは嬉しいけれど、言いようのないこの寂しさはなんなのだろう。

「……大丈夫よ、リーベス。無理には聞き出さないわ」

 苦悶の表情を浮かべたままなかなか口を割ろうとしないリーベスに、私はそんな言葉を投げかけた。

 私がこうやっていつもリーベスに甘えているから、言いだせないのかもしれない。

「いえ」

 戸惑っていたように見えたリーベスの表情が、覚悟を決めたように引き締まる。

「……もうそこまでご存知なのであれば、全てお話しします」

 赤い瞳に吸い込まれそうだ。未だに抱きしめられたまま、その表情を見上げる。

「──メーラ様。ではそのまま十秒ほど目を閉じていてください。いいですね?」

「わかったわ」

 私はこくりと頷いた後、瞼を閉じた。

 リーベスが私から離れるのを、気配で感じる。

(十秒。この時間が終わったら、どうなるのかしら)

 一体、なんのための時間なのだかさっぱり見当もつかないけれど、私は言われたとおりに待つことにした。

「いち、に……」

 ゆっくりと声に出して秒数を数える。その間もずっと、心臓が忙しなく動いて痛いくらいだ。


◇◇◇


「……さん、よん」

 リーベスは、目の前で目を瞑って数を数える主人のメーラをそっと見下ろしていた。

 眉の上で切り揃えられた前髪。

 緩くまとめられて、下ろされた髪。

 いつもとは違う、可愛らしいワンピース。

 そして、ふるふると震えるように揺れる濡れたまつげ。赤く染まった頬。

 リーベスは、目の前にいる彼女の全てをこの機会に目に焼きつけた。

(メーラ様は、全てを知っている)

 何故秘密が露見ろけんしたのか、まるでわからない。

 誰かが彼女にそう告げたのだろうか。でも、この屋敷でリーベスの秘密を知るのは、家令のアルデュイノだけのはず。だがメーラが何かを知っていることは間違いないだろう。

 彼女は先ほど『知っている』と言った。『見た』とも。

 ──あの姿を見られてしまっては、もう言い逃れができないことはリーベスにもわかる。

 もしかしたらメーラは随分と前から知っていて、それでも追及せずにいてくれたのかもしれない。

 優しくおおらかな彼女が、大人たちに理不尽に傷付けられる様子を、これまでも度々目にしてきた。

「ご、ろく……」

 その度にリーベスは、己の無力さに嫌気がさす。声を殺して泣く姿を、最初の頃はよく見ていた。ずっと、何とかできたらと思っていた。

 だがその前に、自らの体質の問題を自力で解決してからと思っていたのだ。

(──どうか、メーラ様を恐れさせることがありませんように)

 思い浮かべるのは、変化したリーベスの醜悪な姿を瞳に映して、恐れ慄くメーラの表情。

「なな、はち」

 この大切な主人に拒絶されてしまったら、自分はどうなってしまうか想像もつかない。

 俺はゆっくりと瞼を閉じて、自らの本当の姿を現すことにした。

「きゅう………じゅう! リーベス、いいかしら? 目を開けるわね」

 ゆっくりとした十秒が経過した後、律儀に断りを入れ、メーラの瞼がゆっくりと開かれた。強く瞑りすぎていたせいで視界がぼやけるのか、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。

 そしてその緑の瞳は、真っ直ぐにリーベスがいた方向に向かった。

「……えっ!」

 突然部屋の中央に現れた黒い狼を見つけて、案の定、メーラの瞳は溢れそうなくらい大きく見開かれた。

 それ以上の悲鳴を聞きたくなくて、リーベスは思わずふいと顔を背ける。

 突如として現れた獣に対する反応としては、なんら間違っていない。誰だって驚き、忌避きひしたくなるものだ。

(──ああ、やっぱり……)

 獣となり話せないリーベスが心のどこかでそう諦めていた時、そのもふもふの身体にぱふりと柔らかい衝撃を受けた。

「えっ、どうして? どうして犬さんがここに……!? とっても可愛いわ、もふもふだわ」

(??)

 咄嗟のことに、狼の姿になったリーベスは固まってしまう。

 おすわりをした状態で、メーラからの沙汰さたを待っていたはずだったのだが、現在リーベスの首元に体いっぱい抱きついているのは、メーラその人だ。

「ふわふわ……可愛い……! いい匂い」

 俺の視界からはメーラ様の表情は見えないが、彼女の手が首回りの毛をふわふわと撫でる。それから、毛並みに顔を埋めて、クンクンと匂いまで嗅かぎ始めた。

「……わ、わふん!」

(ちょっ……メーラ様……!)

 それがくすぐったくて声をあげようとしたら、とても情けない声が出てしまった。

 リーベスは、獣の姿では人語が話せない。本来の獣人は獣の姿でも人語が話せて意思疎通が可能というから、やはり自分は不完全な獣人なのだと思い知らされる。

 それにしても、随分と気の抜けた声だ。本当に。

「どうしたの? あら、この赤いお目目は……」

 首元に埋まるのをやめたメーラは、少しだけリーベスから離れて、今度は顔をじっと眺めてきた。

 座っている状態のリーベスの方が頭の位置が高いため、自然とメーラを見下ろす形になる。

「いろいろ、あの子にそっくりだわ……! もしかしてあなた、うちに帰ってきていたの? リーベスが探してくれたのかしら」

 もふもふと撫でながら、メーラはとても上機嫌だ。仔犬時代の面影おもかげまでも見出し、嬉しそうにしている。

「あら、そういえば、リーベスはどこに行ったのかしら」

 狼のリーベスにくっついたまま、メーラは周囲をきょろきょろと見渡し、不思議そうな顔をした。

「きゅう?」

(……何かが、おかしい)

 その様子に違和感を覚えたリーベスは、首をこてりと傾げることになる。

「リーベスの秘密って、この犬さんを見つけ出して隠していたことだったのかしら? てっきりカミッラのことだと思っていたのに。リーベス、どこに行ったの?」

「わふ! わふ!」

(俺はここです! カミッラとは何のことですか?)

「よしよし、可愛い犬さん。私はちょっとあなたの飼い主を探してくるわね。それまでお利口でここにいてね」

 名残惜しそうにまたリーベスを撫でる彼女の瞳は、とても優しげだ。

 最後にぽふぽふと俺の頭に触れると、メーラは部屋を出るために扉へと向かう。

(もしかすると、メーラ様はこれが俺だと、気がついていない……?)

 メーラとリーベスの話が噛み合っていないことに、ここでようやく気がついた。てっきりメーラがこの姿を見たことがあるのだと誤認していたが、この様子を見ると絶対にそうではない。

 このままメーラが部屋を出て行けば、ますますややこしいことになる。そう判断したリーベスは、慌てて彼女の背中を追った。

 ──ドン、と開きかけた扉に手をつく。再び人型に変化したリーベスは、片腕でメーラの後ろ姿を抱き寄せて、もう一方の手で開きかけた扉を押さえ、鍵をかけた。

「……メーラ様、絶対にこちらを振り向かずに、話を聞いていただけますか」

 あまりに近く抱き寄せたためメーラの髪が揺れ、甘やかな花の香りが鼻腔を満たす。

「それで、できれば、また目を閉じていただけるとありがたいのですが。俺が、着替えるまで」

 獣型から人型へと急に戻ったリーベスは、現在全裸だった。

 こんな姿は、メーラにも、他の誰にも見られるわけにはいかない。特にモモコには。

「きっ、着替え……? え、ええ、もちろん……!!」

 腕の中のメーラの頭が、ぶんぶんと強く振られるのを感じて、リーベスは変化前に脱いだ服の場所へと急いだ。

 絶対に誰にも見られたくない光景だ。リーベスはこれまでの人生で一番素早く着替えを済ませた。


◇◇◇


「メーラ様、お待たせしました。もう目を開けていただいてかまいません」

「わかったわ」

 リーベスに目を開けるよう促されて、私はそのとおりにする。

 すると、先ほどまでそこにいた大きな黒い犬の姿は掻き消えて、代わりに髪型も服装も乱れたリーベスが立っていた。

 リーベスは私にひとまず部屋のテーブル席に腰掛けるよう促し、それから断りを入れて、その向かいの席に座る。

 そして告げられたのは、彼が獣人であり、黒い狼は彼が完全に獣化した姿であるということだった。

「ええと、つまり、さっきの黒い大きな犬さんが、リーベスだったってことなの?」

「……はい」

 私が確認するように言葉を選ぶと、少しぐったりした様子のリーベスは、伏目がちにそう答える。

(──リーベスが私に話そうとしていた秘密は、このことだったのね)

 かつては迫害された歴史もある獣人。

 今でもその名残はあると、爺やに勧められて読んだ書物に記されていた。

 私が思っていたより、ずっと大きな秘密だ。これを話すのに、どれほどの勇気が必要だっただろう。

 現に、リーベスは既に傷付いたような顔をして、私と全く目を合わせない。

「……リーベス」

 私が彼の名前を呼ぶと、彼の肩は大袈裟なくらいに大きく揺れた。

「顔を上げて、リーベス」

「……メーラ様」

 赤く揺らめく、美しい瞳。

 とんだ勘違いで、彼の秘密を暴いてしまったことに罪悪感すら抱いてしまう。

 でも、それと同時に、彼が私に話してくれたことを、嬉しくも思ってしまう。

「ありがとう、話してくれて。その……私、ちょっと勘違いをしていて。貴方の秘密は、恋人のことだと思っていたから」

「恋人ですか……? なんのことでしょう」

 リーベスは本当に心当たりのないような顔をする。それを嬉しく思ってしまう自分は、いつの間にか欲張りになってしまっていたようだ。

「リーベスとカミッラが以前とても親しげに話していたから、私はてっきり二人がそういう仲だと邪推してしまったの。それで、応援しようと……」

「カミッラとは、ただの仕事仲間です」

 リーベスはそうきっぱりと言い切る。その発言に迷いはなかった。

 リーベスに近づいて、彼の手を取る。大きな手だ。これがさっきまであんなにもふもふしていたかと思うと、不思議な気持ちになる。

「……俺に触れるのは、気持ち悪くないですか」

「え?」

「俺は……穢けがらわしい獣人で……ずっとそのことをお嬢様に隠していました」

 見上げると、リーベスは泣きそうな顔をしていた。彼が爺やに連れられてこの家に来たのは、確か私が十歳の時だったと記憶している。

 その時には既に大人びた表情をしていたリーベスだったから、こんな風に幼い表情を見るのは初めてかもしれなかった。

「まあ……誰かにそう言われたの? リーベスが穢らわしいだなんて、そんなことちっとも思わないわ。いつも助けてもらっているし、それに、もふもふした犬さんの姿も楽しめるなんて、すごくお得じゃないかしら!」

 彼の手を両手でぎゅうと握りしめながらそう告げると、泣きそうな顔のまま、リーベスはくしゃりと笑った。

「──は、はは……。お得って……全く、メーラ様は……」

「たまにあの姿のリーベスをもふもふさせてくれるなら、これまで内緒にしていたことは許してあげるわね」

 彼の笑顔が嬉しくて、私もついつい頬がゆるむ。私はリーベスが好き。どんな姿でも。

 モモコに相談した時は曖昧だった気持ちも、ようやく輪郭がはっきりしてきたように思う。

「あなただけ秘密を言うのは、フェアじゃないわね。私にも、とっておきの秘密があるの」

「メーラ様の秘密、ですか……?」

 首を傾げるリーベスを前に、私は心臓に手を当てて、ゆっくりと息を吐いた。

 私のとっておきの秘密を、あなたにあげる。

「私、あなたが好きよ。リーベス。今の姿も、さっきのもふもふの姿も──それに、小さい頃のあの仔犬の姿だって」

 真っ直ぐに彼の瞳を見てそう言うと、彼の顔は弾けたように真っ赤になる。

 そして、次の瞬間、彼の姿は先ほどの大きな黒い犬さんのものになり、その場に伏せるように座り込んだのだった。


◇◇◇


 モモコは部屋でそわそわしていた。とっても。

 義姉のメーラとリーベスを二人にしてから、小一時間ほど経った。

(な、何か進展があったかな!? 漫画だと良きハプニングが起こっている頃合いなんだけど)

 そんな邪よこしまなことを思いつつ、モモコの心臓はずっとドキドキし続けている。

「……モモコ様、絵がとてもお上手ですね。ウーヴァ様の姿絵、でしょうか」

「うぎゃっ!? ち、ちち、違いますぅぅぅ! これはわたしの理想の男性で……」

「ふむ。モモコ様の理想はウーヴァ様なんですね」

「違うってばあああ!!!」

 無意識にモモコの手は、また推し様の絵を描いてしまっていたらしい。

 これは断じて決して絶対にウーヴァではないのだけど、もしかしたら、ほんのちょっとの可能性があるとしたら、それはウーヴァにそっくりなのかもしれなかった。

 モモコの私室と化している客室で、側に控えているカミッラとプルーニャにしたり顔で頷かれて、居た堪たまれない気持ちになる。

(リアルな推し様が目の前にいて、なんだか寂しそうな笑顔で、いろいろと切ない事情もあって、未だに婚約者なんだって思ったら、そりゃ意識してしまうでしょ!? そんなものでしょ!?)

 心の中で大きく言い訳をしてみるも、もちろん誰にも聞こえていない。

 モモコは手元のイラストに視線を落とす。

 ──確かにこの絵の人物は、推し様よりも少しだけ淡い金髪だ。推しよりも少しだけ優しげな表情だし、服装なんかもまさにあの初めて会った時のラフな格好で……

「ああああ! お義姉様よりも、わたしの方が重症っぽいいいいいい!」

 思わず雄叫おたけびをあげてしまうくらいには、結論としてそのイラストの人物は『推し様』より『ウーヴァさん』にそっくりだ。

 とりあえず部屋を出て、モモコはなんとなく義姉の部屋の方へと向かう。

 邪魔してはいけないことはわかっているから、近くの廊下をうろうろしているだけだ。

「……おや、モモコ様」

「あっ、爺や様」

 廊下で出会ったのは、爺やのアルデュイノだった。

 ペスカだった時にはこちらに鋭い眼差しを向けていたように思うけれど、今ではその目尻は優しくゆるめられている。

「爺やに『様』は不要ですよ。お嬢様」

「……えっと、でも……じゃあ、爺やさん!」

 穏やかな口調で話しかけてくれるのが嬉しくて、モモコはついつい笑顔になる。

 そんなモモコに、アルデュイノは「ところで」と質問をした。

「リーベスを見ませんでしたか? 手伝って欲しいことがあるのですが、ここ一時間ほど姿が見えないのです」

「あっ、リーベスさんですか。えーっと」

「ご存知ですかな?」

「……今は、お義姉様のところにいます」

 誤魔化ごまかすことができず、正直にそう告げる。

 アルデュイノは顎あごのあたりをひと撫ですると、ふうむ、と訝しげな視線を奥の扉の方へと向けた。

 メーラの部屋の方向だ。

「……少し、声をかけてみますかな。ありがとうございます。モモコ様」

「あっ! 爺やさん、ちょっと待ってくださいいいいいい!」

「ほっほっほ、どうしたんですかな。そんなに焦って」

「いや全っ然焦ってないですよ! でもほら、大事な話をしてるかもしれませんし! ね?」

 敢えてメーラとリーベスを二人きりにしたのだ。

 モモコはなんとか爺やを引き留めようとするが、笑顔を崩さずに早足で進むアルデュイノは、あっという間にメーラの部屋の前についてしまった。

(ああああ! もし、大事な告白シーンだったらどうしよう! ……あっでも、ちょっと見たい。ダメダメ、止めないと。……いや、やっぱり見たいぃぃー)

 心の中で、天使と悪魔なモモコが暴れ回る。どちらかというと悪魔の方が優勢だ。

 モモコが立ち止まってもだもだしている間に、アルデュイノはあっさりとその扉をノックしてしまった。

「……メーラ様。失礼ながら、リーベスはそちらにいらっしゃいますか?」

(ああーーーっ! 爺やさんっ!)

 モモコの耳には、部屋からの音は何も聞こえてこない。だが、アルデュイノの声かけのすぐ後に、鍵が開く音と共に扉が開かれた。

「爺や! ちょうど良かったわ、リーベスが大変なの」

 部屋から顔を覗かせたのはメーラだった。困った顔をして、アルデュイノを手招きする。

「……え? おっきなわんこ……」

 ちらりと見えたその扉の向こうには、大きな黒い犬が寝そべっていた。

 アルデュイノは中の様子とメーラ、それからモモコへと視線を順番に移すと、「おやまあ」と小さく言葉を漏らす。

(え? いや、全く状況が掴めないんですけど……?)

「モモコもいたのね。二人とも、いいから早く入ってちょうだい」

 呆然としているモモコに気がついたメーラは、アルデュイノとモモコを二人まとめて部屋に入れると、また鍵をかけた。

「……メーラ様。知ってしまわれたのですね」

「ええ、さっきね。そんなことより、リーベスがぐったりしてしまっていて……どうしたらいいかしら? いっぱい撫でてもいいかしら?」

「ふむ。状況を詳しく教えていただけますかな」

(……ふむ。ふむ!? えええっ、あれ、リーベスさんなの!?)

 深刻そうな顔をしている二人を尻目に、空気と化していたモモコの視線は、黒いわんこに釘付けになる。

 これってあれだ。獣人。なんて甘美な響きなんだろう。まさにこの前モモコがこっそりと書き上げた、薄い本第二弾そのものだ。

 お嬢様と大きな黒い犬の組み合わせ。それから獣人という、一粒で二度美味しい上に従者属性まで兼ね備えた稀有けうなヒーロー。

(尊い。ううっ、尊いよぉぉぉ)

 異様な空気のこの部屋で、モモコはある種の感動に包まれていたのだった。