第一章 婚約は解消されました


「──私たちの婚約を解消する、ですって?」

 私は思わずそう聞き返していた。

 目の前のソファーには、申し訳なさそうに眉を下げる金髪の青年と、桃色のドレスで着飾った義妹いもうとのペスカが寄り添うように座っている。

 私の方をちらりと見た義妹は、勝ち誇ったような笑顔から一転して目に涙を溜めると、隣にいるその青年に縋すがり付いた。

「ほら、お義姉様は怒っていらっしゃるわ……ダメよ、ウーヴァ……! やっぱり許されないことなのよ」

「そんなことはないさ。話せばわかってくれるよ、メーラなら」

「そうかしら……わたし、怖いわ」

「ああ、大丈夫だよペスカ」

 男女二人は私などお構いなしに勝手に会話を進めつつ、見つめ合うとひしと抱擁ほうようを交わす。ちなみにメーラというのは私の名前だ。

 強制的に眼前で繰り広げられる寸劇に、目眩めまいがしてきた。

 その理由の大半は徹夜で作業をしていたせいなのだけれど……寝不足の朝に、この訳のわからない光景はきついものがある。

「ちょっといいかしら……ええと、ごめんなさい、頭が回らなくて。ウーヴァ、貴方はさっき、私との婚約を解消すると言ったわよね。それは間違いないのよね」

 状況を整理するため、私はズキズキと痛む頭を押さえながらそう繰り返した。先ほども聞いたつもりだが、寸劇が始まるだけで、明確な回答は得られなかったので仕方がないと思う。

「ああ、間違いない。そう言った」

 私を真っ直ぐに見た婚約者殿は、無駄に曇りなき眼でしっかりと頷うなずいた。きらきらの貴公子であるが故に、眩まぶしさで私は目を細める。

「メーラには申し訳ないと思っているが、僕はもう、自分の気持ちに嘘はつけない。真実の愛を見つけた。僕はペスカを愛してしまったんだ」

 愚直なまでに胸を張るその男──ウーヴァはケルビーニ伯爵家の次男である。

 幼い頃からの婚約者であり、ゆくゆくはうちのベラルディ伯爵家に婿に来て共に生涯を歩むはずだった。

(まあ、悪い人ではないんだけどね……)

 祖父世代の取り決めによって、長く婚約者同士だった私たちだ。これまでもそれなりに親交はあった。

 不仲というほどではなかったし、どちらかといえば良好だとさえ思っていた。社交をほとんどしないこの伯爵家だから、普通の婚約者同士がどのようなものかはよくわからないけれど。

 少なくとも、私の両親よりはずっとマシだと思っていた。

 ──だがそんな婚約者様は、いつの間にやら私の義妹のペスカに心底惚れ込んだらしい。

 そして婚約を解消するために、自ら私に説明に来たということのようだ。

「お義姉様、ごめんなさい。わたしも、自分の気持ちを抑えられなくって……!」

 ふるふると震えながら、桃色の大きな瞳を揺らして見つめてくるペスカに、起き抜けの私は対応しきれない。

 確かに彼女の柔らかなミルクティー色の髪とまん丸な瞳はとても愛らしく、日々屋敷にこもっている私の地味な姿とは対照的だ。

 そういえば前髪を切るのをずっと忘れていたせいで、視界が暗い。いや、これは眠いからなのか。

(もう限界かもしれないわ)

 気合いを入れないと、重すぎる瞼まぶたがすぐに閉じそうだ。既に半目になっている自信がある。

 きっと半目で二人を見ている私は、傍目はためには大層目つきが悪いだろう。

「……ウーヴァ、あなたの両親が了解しているのならば問題はないはずよ」

 取り決めをした祖父たちは既に天に召されているため、互いの家の当主の了解が得られればそれで問題はないはず。

 ついに頭がぐわんぐわんと揺れてきた。昨日、新しい魔道具を思いついて、開発作業が楽しくてやめられなかったのが原因だ。

「その点は大丈夫だ! ほら見てくれ、ここにその書類がある。この部分に君のサインをもらえたら、婚約解消は成立する」

 私が尋ねると、ウーヴァは目を輝かせながら誓約書を取り出した。そこには確かにケルビーニ伯爵家当主のサインがしっかりと記されている。

 家同士で結ばれた婚約。

 向こうの当主が認めたのならばよいのだろう。あの偏屈そうな人物が、こうもあっさりと婚約解消を認めたことが不思議に思えたが、今は頭が働かない。

 長年の婚約が、まさかこんな形で解消になるとは思わなかったけれど。

「そう。じゃあさっさと済ませましょう」

 釈然としない部分はあるが、とにかく眠いのだ。早く済ませてベッドに行きたい。

 私はウーヴァからその書類を受け取ると、目を通したあと、空いているところに名前を書いた。

 内容は紛まごうことなく婚約解消の書類だ。ケルビーニ伯爵家の公印もあり、ご丁寧ていねいに既にウーヴァの署名は済んでいた。

(それにしても……)

 私の意識は手にしている羽ペンに向いた。

 この新しく作ったペンの書き心地は最高だ。滑らかでインクの出もいい。

 特殊な素材を組み合わせて作ったインクは、水に濡れても滲にじまないようになっている。紙自体がボロボロになってしまわなければ、きっと百年でももつだろう。

 さらに見た目は細いこのペンには、ひと瓶びん分のインクを付与しているため、つどつど羽ペンをインク瓶に浸さなくてもいい優れもの。

(いつか市販化できたらいいわね。今のコストだと難しいけれど、まだ改良の余地はあるわ。素材も大量に仕入れることができれば一つあたりの単価はグッと下がるはずだし、インクも魔法の付与の仕方さえコツを掴つかめば、今あるもので対応できるはず。そのためには……)

 私が暮らすこの国では、強弱の差はあれど、貴族には魔力がある。

 かく言う私も貴族の一員ではあるので、幼い頃から魔法を使うことができた。

 だけど、平民のほとんどは魔力がない。身分の違いだけでなく、貴族と平民の間にはそんな差もあるらしい。

 お陰で、平民たちは暮らしも不便なことが多い。私の目標は、そんな彼らでも便利に使える安価なものを作ること。

 そのため、昼夜を問わず研究に没頭している。これは、我が家の特性でもあるらしいけれど。

「……こっちにもいいか?」

「ええ。もちろんよ」

 いけない。思考が完全に飛んでいた。私はウーヴァの言葉に現実に戻り、彼から差し出されたもう一枚の紙をまじまじと見つめた。

 それは、新たな婚約の誓約書だった。

 ウーヴァとペスカ、それにケルビーニ伯爵家の当主のサインが記入済みのそれにもサラサラとペンを走らせる。

 本当に書き心地がよくて、あと何枚でも書けそうだ。だけどもう書類は終わりらしい。残念だ。

「これで全部?」

「ああ。大丈夫だ」

 確認をすると、ウーヴァはゆっくりと頷いた。

「……じゃあ私はこれで失礼するわ。あとのことは爺じいやと話をしてちょうだい。私、死ぬほど眠いの。ウーヴァ、ペスカ、お幸せに」

「メーラ……ありがとう!」

「……お義姉様、どうして」

 古くからこの家に仕えている家令の爺やに目配せをすると、彼は小さくため息をつきながらも頷いてくれた。

 そのことに安堵あんどした私は、二人を残して部屋をあとにする。

 去り際に見た義妹のペスカは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。私が元婚約者に泣いて縋るとでも思ったのだろうか。

 ──残念ながら、私にとってウーヴァとの婚約は、本当はどちらでもよかったのだ。というより、寧むしろ……

「……やったわ、合法的に解決できた! これで私は自由ね!!」

 自分の部屋に戻った私は、そう言いながらベッドにダイブした。

 いつもは面倒なペスカの我儘わがままも、今回は感謝しかない。

 きっと彼女の持病である『お義姉様のものが欲しい病』が発動したのだろうが、まあ相手のウーヴァも無事に陥落しているようだからいいだろう。

 今回の事件が起きたのは、『そろそろ結婚の準備を』と本格的に事が運ぼうとしていた矢先のことだった。

 今はお祖父じい様から引き継いだ工房でものづくりをするのが楽しくて仕方がなくて、そんなことに時間を取られるのがとても憂鬱ゆううつだったのだ。

 こんな考え方は貴族令嬢としては失格かもしれないが、もともと社交的でもないから問題はない。

「……お嬢様」

 足をバタバタして喜んでいると、頭上から呆あきれたような低い声がした。

 バタ足をやめて枕に埋めていた顔を上げると、端正な顔立ちをした黒髪の執事が、折角の綺麗きれいな顔を険しく歪ゆがめて私を見下ろしていた。

「なあに、リーベス」

 明らかに怒っている様子のその執事に、私は寝転んでいた身体をなんとか起こして、ベッドの端に座り直す。

「なんなのですか、アレは。義姉の婚約者を奪うなど……どうしてお嬢さまはいつも、ペスカ様の傍若無人な振る舞いをお許しになるのです……!」

 声を震わせて、怒りの形相ぎょうそうを浮かべる彼は、自分のことではないのにとても苦しそうだ。

 いつも、というのは、ペスカが私のドレスや宝石を欲しがるたびに、私が折れるしかなかったことを言っているのだろう。

 貴族でありながら、私と同じく魔道具師であった先代が築き上げた資産がそれなりにあるので、我がベラルディ伯爵家は社交もしないのに比較的裕福だ。

 それを知っているからか、抵抗すると彼女の母親までもが出張ってきて、ヒステリックに騒ぎ立てて対応に時間がかかるため、仕方なく彼女の要求を呑んでいた。

 そこに取られる時間がもったいなくて。

 私がそんな態度でいるからか、古くからこの家に仕えている忠臣たちは、やきもきした気持ちを抱えていたことだろう。申し訳ない。

「それは違うわ、リーベス」

 彼の言を訂正するために、私はベッドから降りて、彼の元へと歩み寄った。

 綺麗な黒髪と、鮮烈な赤い瞳をもつ執事は、私より二つ歳上だっただろうか。

 出会った頃は大差ないように思えた目線も、今はずいぶんと違ってしまった。

 身長の高い彼を見上げると、前髪のカーテンが目に入って痛かったので、やっぱり早めに前髪を切ることをそっと心に決めた。

 リーベスに近づいた私は、そっと彼の手に触れる。

 手袋ごしではあるが、じんわりと温かい。

 私のその行動に驚いたのか、リーベスはわかりやすくびくりと肩を揺らした。

「宝石やドレスは渡してしまったけれど、私は本当に大切なものは何一つあの子にあげたことがないのよ? この家だってそうだし──そういえば、貴方のことだって」

「俺……ですか?」

「以前ペスカに、貴方を自分つきの執事にしてほしいって言われたけど、それはちゃんと断ったもの。しつこかったから骨が折れたけれど」

 思い出してもげんなりしてしまう。

 いつもはすぐに譲る私が「嫌だ」と言うと、ペスカは火がついたように泣き喚わめき、飛んできた伯母様も一緒になって騒ぎ立てた。

(でも、それだけは絶対に嫌だったもの)

 私の中にその選択肢はなかった。

「ドレスや宝石は、本当に興味がないだけなの」

 そう言い切った後に「ね?」と微笑みかけると、リーベスはなぜか頬を赤らめる。

「……それは、存じ上げませんでした」

「リーベスだけは絶対に譲れないわ! だって、貴方以上に私の面倒を見てくれる人なんていないもの。ウーヴァのことも友人として大切には思っていたけど、結婚は現実味がなかったわ。こうなって良かったとも思ってしまっているし」

「っ、メーラ様……」

 リーベスはどこか切なげに私の名を呼ぶ。

 研究に没頭するとすぐに寝食しんしょくを忘れてしまう私にとって、甲斐甲斐かいがいしく世話を焼いてくれる執事のリーベスは神のような存在だ。

 ペスカの悪癖には困ったものだが、今回の件で憂いが全て解決するのならば、それでいいのではないか。

 願わくば、彼女がウーヴァを選んだのが、私への当て付けではなく、きちんとした気持ちを伴ったものであって欲しい。

 二人が心から愛し合っているというなら、邪魔するつもりは毛頭ない。幸せになってくれたらいいなとさえ思う。

「二人に真実の愛があるというのならば、私よりきっとあの子の方がウーヴァを幸せにできるわ。私、本当に愛とか恋だとかよくわからないもの」

 お互いを想い合い、かばい合っているように見えたウーヴァとペスカの様子に、私はどこかそんな気持ちまでも抱いていた。

「そういうことだから、これからもよろしくね、リーベス」

「はい……お嬢様。いえ、ご主人様」

「なあに、それ。いつもどおりに呼んで欲しいわ」

 やけに仰々ぎょうぎょうしいリーベスの呼び方に、私は思わず笑ってしまう。

 結婚の義務もなくなり、これからまた暫しばくは研究に集中できる。

 いずれは私も家のために世継ぎをもうけなければならないのだろうけれど、養子をもらうという手もあるし、そのあたりは何とかなるだろう。

「流石さすがに徹夜明けは眠そうですね。よ……っと」

「わっ」

 あっという間にリーベスに抱え上げられた私は、柔らかなベッドの上に下ろされた。

「それに、こんな分厚ぶあつい眼鏡をしたまま寝てしまうのは、とても危険です」

「あら……すっかり忘れていたわ」

 研究中からずっとつけていた分厚い眼鏡──目を保護するためのゴーグルを取ってもらった私は、こんな姿でペスカたちと対峙していたのかと思うと、おかしくて少し笑ってしまった。

「……俺がずっとお側にいます」

 そう聞こえたのは、夢だったのだろうか。

 ベッドの引力に呑み込まれた私は、徹夜明けであることも相まって、あっという間に眠りについてしまった。


◆◆◆


 あれは──私が五歳の頃。

 ベラルディ伯爵家のエントランスに、一頭立ての馬車が停まった。

 そしてその前には男女が立っていて、視界が低い私は、誰かと手を繋つないでその様子を眺ながめている。

「こんな家、初めっから嫁いできたくはなかったのよ!」

 そう宣のたまうのは、私と同じ緑の瞳を憎々しげに揺らす女性だ。彼女の瞳はしっかりと私をとらえ、奥深くまで絡んでくる。

「さようなら、メーラ。もう二度と会うことはないでしょうね。ようやくこの家から離れることができてせいせいするわ。研究しか能がない一家なのだもの」

「やめないか。幼な子相手に」

「あら、今になって父親顔するの? これまで私にもメーラにも無関心だったくせに」

「……」

 お母様の言葉に、お父様は黙り込む。

 その様子を見たお母様は、ますます歪んだ顔で笑った。

「いつもそうだわ。最後は黙り込んで。私のこと、ずっと馬鹿にしてらしたのでしょう」

「そんなことはない」

「……っ、なんなの」

 お母様の顔が、怒りと悲しみに歪むのを、幼心に理解した。

「奥様、参りましょう」

 口論を始めた両親の間に立つ男は、私も見たことがある人物だった。

 お祖父様と懇意にしている商人の息子で、度々たびたび我が家に出入りしていた人だ。

 私も商談をしているところに入っていって、甘いお菓子をもらったことがある。

「おかあさま、どこにいくの? おでかけ?」

 馬車にはたくさんの荷物が積まれている。私がそう尋ねると、お母様は一度私の方を見たあと、プイとそっぽを向いた。

 そしてそのまま、何も言わずに馬車へと消えてゆく。

「では……」

 出入りの商人が、帽子を取って頭を下げる。それをお父様は何も言わずに見つめている。

 ただ、私の手を握るお父様の手に力が込められて、痛いくらいだった。

 そのまま馬車は走り出し、朝靄あさもやの中に消えて、すっかり見えなくなった。

「おとうさま、おかあさまはいつかえってくるの?」

「メーラ、お母様はもう帰ってこない」

 見上げたお父様の顔が、とても悲しそうだった。

 私はそれ以上何も言えなくなって、ただただ馬車が走り去った方をじっと見つめた。

 その時はよくわからなかったけれど、その日お母様はこの家を出ていったのだとあとで知った。


「奥様もよくやるわよねえ、若い男と出ていくなんて。メーラ様も小さいのに」

「まあでも、旦那様も研究ばかりだもの。ほとんど社交もしないここの暮らしが、派手好きの奥様には耐えられなかったんじゃない?」

「お金だけはあるのにね、はは」

 お母様が去ってから一週間が経とうとする頃、メイドたちがそんな会話をしているのを聞いた。

「もともと、お互いに愛し合ってはいなかったのよ。旦那様も、奥様の不貞を知っても全然動揺していなかったでしょう。淡々と離縁を進めて」

「でもほら、小さい子がいらっしゃったら、普通は躊躇ためらいそうなものだけど──」

「だからさ、メーラ様のことも愛してはいなかったってことでしょう。年齢の割におとなしくて聞き分けが良すぎるもの。愛嬌あいきょうがなさすぎてちょっと怖いくらい」

「いやわかるけど……言いすぎじゃない? ふふ」

「その分、世話も楽だけどねえ。あはは!」

 偶然聞こえてきた会話は随分と楽しげだが、耳を塞ふさぎたくなるような言葉が並ぶ。

 気付けば私は、その場から走り出していた。

 お母様の部屋は、この長い廊下の先だ。

「はあ……、は、どうして」

 主人がいなくなり、どこか空虚な部屋の真ん中に置かれたテーブルに、複数の魔道具が並べられていた。

 どれも、お父様がお母様のために作ったものだ。そしてその中には、私が作った拙つたいものも紛まぎれている。

 お祖父様に教えてもらった魔道具作りはとても楽しくて、筋がいいと何度も褒められて嬉しくなった。出来上がると嬉しくて、お母様にプレゼントした。

 ──でも、お母様は全て置いていった。

 笑って受け取ってくれたように思うのに、そのどれもが彼女にとっては〝不要〟だった。私もお父様も、何もかも。

 ぽたり、ぽたりと、床に涙が落ちて、敷物に染しみを作る。

 お母様は、私をこれっぽっちも愛してなどいなかったのだ。


 そうしてそこから、私とお父様とお祖父様の三人で暮らし始めた。

 お祖父様に魔道具の扱い方を学びながら過ごしていたけれど、私が十歳になった年に、お祖父様は病やまいで亡くなってしまった。

 そしてそれから二年ほど後に、お父様はこの家に伯母様とペスカを迎えた。

 家を出ていた伯父様が、不慮の事故で亡くなったのだという。そんな彼女たちを支えるために、お父様が言い出した話だった。

(義妹いもうとって……どんな感じなのかしら)

 これまでほとんど会ったことのない従妹いとこが義妹として迎えられることに、私は期待と不安が入り混じった不思議な感情を抱いていた。

 仲良くできたらいいなあと、漠然と思う。一緒に魔道具開発ができたりしたら、きっと楽しいかもしれない。

「メーラと言います。メローネ伯母様、ペスカ、これからよろしくお願いします」

「……ええ、よろしく、メーラ」

「……ペスカです。お義姉様、これからよろしくお願いします」

 一瞬言葉に詰まったように見えたペスカだが、最後はその愛らしい顔でにっこりと微笑んでくれた。伯母様もどこか含みのある笑顔を見せる。

 家族になれる、という淡い期待は、ほんの数日で打ち砕かれることになった。

「……研究ですか? わたしも……ううん、わたしはそんなことしたくないわ。そんなことより、お義姉様のクローゼットにあるドレス、一つ借りてもいい?」

「え、ええ。どうぞ」

「そこにある素敵な宝飾品も、つけてみたいの。いい?」

「……ええ」

 ペスカは綺麗なドレスや宝飾品を何よりも喜んだ。そして『貸して』という言葉が『ちょうだい』に変わっていき、断ると癇癪かんしゃくを爆発させるようになった。

「お義姉様はなんでも持っているじゃない! わたしにちょっとした宝石をくれるぐらいいいじゃない!」

「でも……あなたはあの時、別の宝石を買っていたじゃない」

「まあ。良き義姉であれば、こういう時は譲るものなのに。メーラはそんなこともできないのね。母親の教育が……まあごめんなさい、これは失言だったわ。わざとではないのよ」

 抵抗しようとすると、横から伯母様が口を出してくる。

 それを言われると、もともとそんなに興味のなかった宝石やドレスがますます色褪せて見える。

「お父様、あの……」

「悪い、メーラ。疲れているから、急ぎじゃないならあとにしてくれないか」

「……わかりました」

 父はますます書斎にこもりきりになり、私と話などをする余裕はなかった。そのことがますますあの二人を増長させてしまうことになっているとはわかっていても、目の下に隈くまを作り、睡眠時間すら削っている様子の父に、これ以上心配をかけることなどしたくなかった。

(私が我慢すればいいのよ。うん、簡単なことだわ)

 私はまた、すっかり全てを諦あきらめた。

 そして、母がこの家を去ってから、何かに取り憑つかれたように研究に打ち込んだ父は、無理が祟たたって、私が成人を迎えた数日後に儚はかなくなってしまったのだった。