タダでは貸しませんが何か?

コヒン豆栽培や、水飴、手押し車、リヤカーに新型馬車等、そしてチョコと、ランドマーク男爵家の王国南東部での知名度は大きく高まっている。

その割には、当人達はさほどその意識がなかったが、最近になって面識のない他所の貴族から面会希望の手紙や使者が訪れる様になってきた。

内容は様々で、以前からあった派閥への勧誘、借金の申し入れや、なぜか同情を誘う身の上話、懇意にしてほしいというお願い、上級貴族による圧力、特許の売却要求、共同生産の為の誘致など様々だが、ほとんどが自己利益の為にランドマーク家を利用する気満々の内容だった。

「……一気に増えたな」

ファーザがため息をつくと、手紙の山を前にリューを見た。

「今だけだよお父さん。スゴエラ侯爵派閥である事をアピールして上級貴族の無茶は受け流し、借金の申し込みは保証人を用意させて担保をちゃんと取りそれを契約書にすると言えば、ほとんどは怖気づいて借りに来ないよ。同情を誘う人は特徴として『自分の利益を第一にして他人の損失には無頓着』と危険だから基本無視、特許の売却要求は論外だよ」

「そうなのか? この手紙の伯爵なんか、不幸続きで可哀想なんだが……」

「お父さん、初対面の人物がわざわざ同情を誘う内容の手紙とか、騙す為以外にないから。詐欺の手口に多いから気をつけてね?」

「言われてみれば、私が赤の他人に同情する理由がないな」

相変わらず、お父さん良い人過ぎる……。

リューは心配になりながら、アドバイスをした。

「ほとんどは、無視でいいものだから、一度目を通したら二度目からは読む必要の無いものだと思うよ」

前世で言うところの、詐欺メールや、ダイレクトメールの類だ。

前世の組の下部組織がよくやっていたものだ。

そういうのは相手にしていたら切りがない。

「だが、誘致の件は良い話だと思わないか?」

ファーザが、領内の生産状況を気にかけて言った。

「その事なんだけど、うちと同じく新興貴族で信用できそうな、利益を共有できそうな人がいるんだけど」

「おお! それはいいじゃないか! 誰だ?」

「ベイブリッジ伯爵だよ。タウロお兄ちゃんとエリス嬢の仲も良いから、今後、付き合いは長くなりそうだし、何より信用できるよね」

「……確かに。伯爵も新興貴族で資金繰りも大変だろうし、今後の事を考えると繋がりを強める事が出来ていいかもしれない……」

「家同士の繋がりが強まれば、二人の仲の進展にも繋がるよね」

「そうだな。タウロの幸せにも繋がるなら、それが一番だ。よし、こちらから手紙を書いてお願いしてみよう」

早速ファーザは、ベイブリッジ伯爵に「共同生産誘致の提案」の手紙を送った。

格が上なので、あくまでもお願いだ。

返事はすぐ返ってきた。

内容は快諾するもので、感謝の言葉まで綴られていた。

後日、ベイブリッジ伯爵に権限を一任された腹心がランドマーク家に訪れると、細かい交渉をする事になった。

コヒン豆の栽培については、先が長い事から一旦保留されたが、今現在、生産が追いついていない新型馬車や、手押し車、リヤカーなどの製造を共同で行う事が締結された。

この両家の結びつきにより、ベイブリッジ伯爵家は領民への仕事の斡旋と利益を、ランドマーク家は弱点であった生産力の強化と、今後の長男タウロの将来についての見通しが明るくなったのであった。


執務室を訪れたリューは、ファーザの元にいつもの如く届く手紙の中に気になる宛名が目についた。

ブナーン子爵……、どこかで聞いた様な……。

「あ、お父さん、ブナーン子爵って、南部の貴族の方ですか?」

「うん? ああ、そうだな。そういえば、そういう貴族が南部にいるが、私もなぜ知っているのか覚えてないな……」

ファーザはリューに答えながら、自分がなぜ接点のない貴族を知っているのか思い出せなかった。

リューも同じだったが、記憶を遡っていくとタウロの学友でライバル関係にあるという貴族がブナーン子爵の子息だった気がする事を思い出した。(※八九ページ参照)

「タウロお兄ちゃんと友人だったかも……」

「……うん? ……ああ! タウロの手紙に、書いてあった気がするな!」

リューの指摘にファーザも思い出した。

「この手紙、読んでみていい?」

リューはファーザの確認を取ると中身を見てみた。

その内容は、息子同士が学校で仲良くしている事などが前置きで書かれていたが、つまるところ、借金の申し込みだった。

どうやら子供の交友関係をだしにお金を借りようと思っている様だ。

兄タウロの話ではブナーン子爵の息子は負けん気が強いが潔く、清々しい気性の持ち主と聞いている。

手紙の内容からするに、息子には内緒の様だったので、親の方は息子の様に立派とは言い難い人物なのかもしれない。

ファーザとリューは顔を見合わせるとどうするか悩むのだった。


ファーザやリューにしたら、他の赤の他人の貴族同様、ブナーン子爵の借金の申し込みは無視しても良かったが、子供がタウロの友人である以上、将来は関わりを深める可能性は大きい。

「いつもの内容で返信すれば、怖気づいて軽はずみな借金は踏み止まるんじゃないかな?」

リューの提案で、ファーザは連帯保証人や担保など契約書にしますよ? と、気軽に借りられない雰囲気の内容をしたためて返信する事にした。


十日後。

ランドマーク家にはブナーン子爵と、その連れのマミーレ子爵が満面の笑みで訪れていた。

(リュー! 本当に来てしまったぞ!)

ファーザが貴賓室に二人を通しながら、横を歩くリューに耳打ちした。

これにはリューも内心驚いていた。

ブナーン子爵の領地まで往復八日かかる。

つまり返信の手紙を貰って二日でマミーレ子爵という連帯保証人を用意してやってきたのだ。

マミーレ子爵は、ブナーン子爵と領地が隣接する貴族というのはわかっている。

執事のセバスチャンに聞くと、マミーレ子爵は南部の古参の貴族の一つで、子爵にしては広い領地を持っているらしい。

だが、古い割にそれ以外の話は聞かないらしくセバスチャンの情報網でもそれが限界だった。

リューの前世で培った観察眼では、連れのマミーレ子爵は、全くお金があるとは思えなかった。

袖を通した派手な服はよく見るとデザインが古く、タンスの奥から引っ張り出してきたものと思われた。

その服装から古参の貴族らしく昔は栄華を極めた時期があったのだろうが、今は鳴かず飛ばずの印象だった。

これはお金を貸しても回収できない恐れがある。

一方、ブナーン子爵の服装はまだ、新調して間がないものに見えたが、こちらも派手で無駄にフリフリが、襟や袖に付いていて正直ダサい。

足元を見ると靴はそれなりだが、擦れた傷が数か所あって手入れは行き届いていなかった。

これにはリューは前世の経験上、最低評価を下した。

せめて古くても手入れが行き届いてれば、誠実さを見て取っただろうが、この人にはそれはないと見極めたのだ。

リューはお金を貸す相手を見てきた結果、靴に性格が出ると思っていた。

マミーレ子爵に関しては見るまでも無かったが……。

このブナーン子爵には貸しても返済する誠実性はないだろうし、マミーレ子爵には返せる経済力がない。ブナーン子爵は、『一発飛び』(最初から返さず逃げる事)する可能性があるゴロツキだったし、マミーレ子爵はいわゆる『能なし』(借りた金銭を返済する能力がない人のこと)の可能性が大きい。

だが、ブナーン子爵こと、ゴロツキの子息には兄タウロの言う通りなら、貸す価値がある。

将来、立派な人物になる可能性があるからだ。

マミーレ子爵こと、能なしはその名前と、広い領地を担保に出来るなら、貸す見込みがあるかもしれない。

二人は貴賓室に通されると、ランドマーク男爵のここ最近の快進撃を讃え始めた。

褒めて気持ちよくさせて借りる作戦の様だ。

だが、ファーザはそういうのを一番苦手としていたので、不機嫌になっていった。

ブナーン子爵達は、ファーザの横に座ってこっちを見ている子供は一切気にかけていなかったが、ファーザの雲行きが怪しいと気づいたのか、話をリューに振った。

「ご子息ですか? 聡明そうな子だ。今日、君はお手伝いかな?」

冗談のつもりで聞いたのだろうがリューが、「はい、お二人の査定をさせていただいています」と、返してきたので、二人はギョッとして目を見合わせた。

「……査定ですか?」

ファーザに真意を確認する様にチラッと視線を送った。

「……うちの息子に今回の事は一任しています。どうだ、リュー?」

ブナーン子爵とマミーレ子爵はまた目を見合わせると、泡を食った顔をしてリューの返答を待つ。

「お二人とも、お互いが連帯保証人になるつもりでしょうが、不足と見ました。担保も必要と判断しますので、お二人の領内で査定して担保を決める必要があると思います」

「リューがそう言うなら、その様にしよう」

「え? 本当に子供に判断させるのですか、ランドマーク男爵!?

ブナーン子爵が慌てて質問した。

「うちの子に不満がおありですか、ブナーン子爵殿」

「い、いや……」

「それでは、うちの者をお二人に同行させますので、担保が決まったら望まれていた額をお貸しします」

「わ、わかりました。担保さえ納めれば貸していただけるのですね?」

ブナーン子爵は念を押すと、ファーザに代わってリューが頷いた。二人は思わぬ展開にただただ、顔をしかめるのであった。


ブナーン子爵達の査定の為に、リューとセバスチャンが派遣される事になった。

リューはまだ、初歩とは言え『鑑定』のスキル持ちだ。

物の鑑定に関しては名前がわかる程度で価値はわからないのだが、贋物はすぐわかる。

リューが名前を伝え、セバスチャンがその膨大な知識から担保に見合う物を判断すればいい。

これなら、騙される事はないはずだ。

もちろん、リューが行くところにはリーンが付いてくる。

本当は連れて行かずに帰りは『次元回廊』ですぐ帰るつもりでいたが、それは出来なさそうだ。

ブナーン子爵達は一日滞在後、帰路に就いた。

リュー達も馬車を出してそれに同行する。

その道すがら、この二人のゴロツキと能なし、ブナーン子爵とマミーレ子爵はランドマーク家の特別製の馬車に強い関心を示していた。

特にブナーン子爵はこの特注の馬車の価格を聞いて、「……実に興味深い!」と、買う気満々の様子で、途中の宿屋でセバスチャンを相手に優先的に買えないか、割引は可能か、デザインは変える事が出来るのかなど交渉してきた。

まだ、子供のリューを責任者と思っていない様だったが、セバスチャンがきっぱりと、「私には裁量権はありません」と断った。

断られたブナーン子爵は一緒に連れているエルフの娘の美しさに目を奪われ、子供のリューには目もくれていなかった。

それにいくら今、勢いがあるランドマーク男爵とはいえ、男爵の三男は普通、ごく潰しも良いところだ。

三男は成人したら、自分の食い扶持を稼ぐ為に家から追い出される未来しかないので、力は全くないのが普通だ。

ましてやまだ子供とあっては、ブナーン子爵でなくても、相手にしないところだろう。

だが、ランドマーク家の執事が、リューというこの子供に裁量権があると言う。

どうやら本当の様だ。

子爵である自分が、男爵のそれも三男のご機嫌を窺って値切ったり、お金を借りる為に、気を遣わなくてはいけないのは屈辱的だったが相手は子供だ。

馬車の値切り交渉も、借金も自分が有利に交渉できそうだ。

ブナーン子爵は完全にリューを甘くみていた。

実際、馬車の値切り交渉も優先的に購入できる契約を結べたので、相手はやはり子供、楽勝だと高を括り始めていた。

リューにしてみると、値下げ自体想定の範囲内で、購入自体も優先的に買えると思わせただけであった。

顧客を満足させられれば良かったリューは、このブナーン子爵こと、ゴロツキをご機嫌にさせただけだったのだが、当人は勘違いしていた。

そんなリューも意識しない前哨戦が行われながら旅程は進んだ。

リューにはスゴエラの街への旅以来の片道五日間の長期の旅行になるのだったが、同行者が借金の申し入れをしてきたブナーン子爵とマミーレ子爵という暑苦しい二人だったので嬉しいものではなかった。

リーンも同様で、宿屋ではリューにブナーン子爵とマミーレ子爵が付き纏っていたので、一緒にいるリーンにも厭らしい視線を向けられウンザリしていたが、幸い一日の大半が移動であり、馬車が別だったのが救いだった。

「あの二人、途中からリューへのゴマすりが酷くなったわね。私への厭らしい視線も遠慮なくなってきたし」

リーンが馬車内で、不満を漏らした。

「あちらもお金を借りるのに必死なんだろうけど、ゴロツキは確かにリーンを見過ぎだよね」

リューもブナーン子爵(ゴロツキ)には呆れて、リーンに同情した。

「あんな奴に本当にお金貸すの?」

「それが、お父さんの決定でもあるし、今後、こういう機会は増えると思うから、しっかり見定めて今後に繋がる結果を残そう!」

「「「おー!」」」

リューにリーン、セバスチャンの三人は馬車内で一致団結するのだった。


リュー一行は、まずはブナーン子爵の領地の手前にあるマミーレ子爵の領地に到着した。

ブナーン子爵は、先に自領に戻って歓迎の準備をするとリューに伝えると先に戻る事になった。

マミーレ子爵はブナーン子爵がいなくなると、一気に不安になったのか屋敷までの案内の間、汗を拭くシーンが多くなった。

元々太っている事もあるが、緊張しているのは見てわかった。

到着すると、屋敷は古いが大きくて立派だった、だが所々修繕が必要そうな部分があるのは見てわかった。

リューは一帯を観察しつつ、まずはマミーレ子爵の執務室に通され、資産について確認したが、予想通り借金まみれだった。これは、本当に『能なし』かもしれない。

領内の商人からはもちろん、他の貴族からも借りていた。

「……とりあえず、担保になりそうなものを見て回りましょう」

リューの提案で、マミーレ子爵は汗を拭きながら屋敷内を案内するのであった。


マミーレ子爵の所有する宝物や骨董品、絵画などはあまりなかった。

あったとしても、リューの『鑑定』スキルで確認すると、偽物、贋作、複製品、模倣品と価値が無い物しか残っていなかった。

マミーレ子爵曰く、価値ある物はほとんど借金のかたに持っていかれた、そうだ。

だが一つ、マミーレ子爵にはマミーレ家秘蔵のお宝が残っていた。

それが、先祖が王家より下賜かしされたという宝石で、これだけは担保に入れる事なく守り続けたらしい。

「残念ながらマミーレ子爵。今の段階では担保になりそうなものは王家から下賜されたというこの宝石のみです」

「……そ、それは……。……それ以外でどうにかなりませんか?」

マミーレ子爵は泣きそうな顔で噴き出す汗を拭きながらリューに懇願した。

「残念ながら……。でも、あくまで担保ですので、借りたお金をちゃんと返済できれば子爵の元に戻ってきますよ」

「……情けない話ですが、今、借金しているものも返済が滞っています……。これを失うと我がマミーレ家は私の代で終わりになってしまいます!」

マミーレ子爵はがっくりと膝をつくと、リューにすがりついた。

「落ち着いてください。うちは担保を取ってお金を貸すだけのつもりはありません」

「え? どういう事ですか?」

「子爵の領地は財政の健全化を図れば、まだ支払い能力はあると思っています。だからまずはうちに借金は一本化して諸経費を削減、領地の改革で無駄を減らします。ここには数日滞在して骨子作りはしますので、それを参考にして改革を行っていってください」

「そんな事までしてくれるのですか!?

「うちは別に子爵から宝石を取り上げたいわけではありません。お金を貸すからには、ちゃんと返済プランを作って回収する、それが第一です。お互いがプラスになる貸し借りが一番なんです」

「よ、よろしくお願いします!」

マミーレ子爵は地面に額を押し付けると、救世主となるリューにすがるのであった。

「それでは、まず、他所から借りている借金の整理を始めましょう」

リューは、契約書を一通り見て、計算をし直し、すでに払い終わっていて逆に多く支払い過ぎている過払い金は取り戻したり、残金を肩代わりしたりと、借金のランドマーク家への一本化を進めた。

この調査の段階で、不正を行っていた経理、メイド長、それに加担していた商人がいた事が発覚してマミーレ子爵によって、処罰される事になった。

マミーレ家の執事がそれに気づかなかった事を恥じて退職を願い出たが、それは止めた。

その実直さは今のマミーレ家には必要なものだ。

その執事はセバスチャンの指導の下、数日間勉強し直す事になる。

数日かけて借金の一本化を図る間、マミーレ領が旧態依然とした二度手間三度手間の複雑怪奇な仕組みが出来上がっていたので、それをスリム化、手の空いた者は他の仕事に回すなどした。

税収自体は豊かな土地なので十分のはずだが、長い間の慣習や仕組みの複雑化、そして、不正などでそれは無駄になっていた。

数日の間でリューが気づくのだから、もっと徹底して調べれば幾らでも出てくるだろう。

あとは、セバスチャンがこちらの執事に教え込んでいるので、任せる事になる。

幸い、マミーレ子爵自身は贅沢三昧をしていたわけでもなく、ご先祖さまから続く借金や、仕組みなどが不正の温床になり、気づかない内に搾取される側になっていただけだ。

執事も実直な人物なようだし、ある程度建て直して、道を示せば大丈夫だろう。

「それでは、宝石は担保としてお預かりします」

マミーレ子爵は、汗をぐっしょり掻きながら宝石の入ったケースをリューに渡す。

「これは、すぐ、ランドマーク家の宝物庫に保管しますのでご安心ください。くれぐれも返済を怠らず、過度な贅沢は慎んでくださいね」

リューは宝石を受け取ると、念を押した。

「この度はありがとうございました。我が領、我がマミーレ家は救われました。ありがとうございます。お借りしたお金は返済を怠らず、完済してみせます」

マミーレ子爵と執事は、そう誓うと、深々と頭を下げた。

「感謝には及びません。お互いの利益になる事ですから」

リューは答えると馬車に乗り込み、次のブナーン子爵領に向かうのであった。


ブナーン子爵の領地に向かう道すがら、森の側に馬車を止めさせるとリューはランドマーク領に『次元回廊』を使って一度戻った。

ファーザへの報告と、マミーレ子爵からの担保として預かった宝石をランドマークの地下宝物庫に保管する為だ。

自分のマジック収納に置いていてもいいのだが、この辺りはちゃんと約束したので責任を果たしておくべきと思ったのである。

『次元回廊』から自室に一瞬で戻ったリューは、そのまま地下に向かったのだが、階段でたまたまメイドに出くわした。

「リュー坊ちゃんお帰りなさいま……、え!? リュー坊ちゃん!?

メイドはここにいないはずのリューを二度見すると、あまりの驚きによろめきそうになった。

リューは手を差し伸べて、体を支えると、「あ、お仕事ご苦労様。お父さんは執務室?」と、普段通りに聞いた。

「あ、すみません、坊ちゃん! 領主様は執務室でお仕事中です!」

メイドは姿勢を正すと答え、お辞儀をした。

「わかった、ありがとう!」

お礼を言うとリューはそのまま地下まで駆けおりて、宝物庫の前まで行くと扉を開け、宝石を奥の台座に丁寧に置くと、扉を閉じてしっかり鍵をかけた。

「やっと、作った宝物庫を使う日が来たけど、まさか第一号が担保で預かった宝石とは……」

リューは一人、苦笑いするとすぐさま、ファーザのいる執務室まで行った。

コンコン。

リューが扉をノックすると、「……入れ」と、中からファーザの声が返ってきた。

ファーザは、メイドだと思ったのかこちらを見ずに、「あとで、軽い食事を用意してくれ、頼む」と言いながら書類を書き続けていた。

「あ、お父さん。マミーレ子爵との金銭消費貸借契約書を持ってきました。後で目を通しておいてください」

「ああ、リューかご苦労……、リュー!?

ファーザは一週間前に出かけたリューが部屋にいる事に心の底から驚いた。

「ちょっと、お父さん慣れてよ」

「あ、ああ、『次元回廊』だったな……。一週間いないところに急に現れると流石に驚くな。そうか、マミーレ子爵とは無事契約したか」

「はい、担保となる王家から下賜されたという宝石を宝物庫に安置しておいたので、後で確認しておいてください」

「わかった、ブナーン子爵の方も頼むぞ」

リューから書類を受け取るとこの頼もしい息子を送り出した。

「うん、じゃあ、行ってきます!」

リューは自室に駆けて行くと、設置した『次元回廊』の出入り口から、リーン達が待つ馬車の傍の出口まで、一瞬で戻るのであった。


リュー一行は半日後にはブナーン領入りした。

ブナーン子爵が屋敷の前でリュー達の訪問を待っていた。

「マミーレ子爵のところで何日も足止めされて大変でしたな。マミーレ子爵はやはり、あの宝石を担保に入れるのを渋りましたか」

ブナーン子爵は、お金を貸してくれる予定のリュー達が予定よりも遅れていたので、気になって仕方がなかった様子だった。

「……それなら、マミーレ子爵は快く担保として差し出してくれましたよ。なので、お金もちゃんとお貸ししました」

「……ほほう。あのマミーレ子爵が? 私には見せる事すら憚り大切にしまっていたのですが、どんな魔法をお使いになったのですか?」

「それは、我が家の独自秘密とだけ言っておきます」

「これはこれは……、ランドマーク家の三男殿は秘密主義でおられますか、……これ以上は聞かない事にしましょう。ははは」

ブナーン子爵は余程知りたそうだったが、我慢したようだ。

「……ちなみに、あの宝石を拝見する事はできますかな?」

「それは、ご勘弁ください。あくまでもマミーレ子爵とうちの契約の品ですので、おいそれと他の方に見せびらかしては信用問題になりますので」

「少しだけでも駄目ですか?」

「……申し訳ありません」

ブナーン子爵は余程、マミーレ子爵の所有する宝石に興味がある様だ。

今に、売ってくれと言ってきそうだ。

「……ならば仕方がありませんな。……おっと、屋敷の中に案内もせずに失礼しました。ささ、どうぞお入りください」

ブナーン子爵の屋敷はマミーレ子爵の屋敷に負けない大きさと規模を誇っていた。

外観は立派で、お金がかかっているのはわかったが、室内に入り貴賓室ではなく、執務室に案内をお願いするとブナーン子爵は当初渋ったが、リューが、自分達はお客ではないので、と伝えると折れて案内してくれた。

屋敷の奥に執務室はあり、その動線上は手入れがあまり行き届いているとは言い難く、お金は外の者から見える範囲のみに使われているのがわかった。

どうやら思った通り、見栄を張る事にお金を使う人物らしい。

リューは執務室に到着するまでに、ブナーン子爵の性格を多少把握するのであった。


子爵の執務室は屋敷の奥にあり、その奥に行くにつれて急に手入れが行き届いてない壁や床が現れたのだが、どうも、お客が行き交う場所以外はお金をケチっている。

貴族の典型と言えば典型だ。

見栄を張るのが貴族だ。

お金が無くても、借金をして見栄を張って家名に傷が付かない様にしようとする。

古い家柄であればある程その傾向は強い。

マミーレ子爵は、その限度を超えて生活で手一杯まで追い詰められていたから見栄さえ張れなくなっていたが、ブナーン子爵はそういう意味ではまだ余裕がある様だ。

執務室は、扉から急に豪奢になっていた。

室内も美術品が飾られお金をかけているのがわかる。

本人曰く、「仕事をするには気分を高めないとはかどりませんから! ははは!」らしい。

なるほど、渋ったのはこの美術品を見られたくなかったのか。

リューは『鑑定』スキルで美術品を見たが、本物もいくつか混じっている。

贋作は多分、騙されて買わされたのかもしれない、贋作なのは黙っておこう。

リュー達は椅子に座ると領地経営についていくつか質問をして書類なども出してもらった。

これにも、ブナーン子爵は渋ったが、お金を借りる為ならばと、提出した。

コンコン。

メイド達がノックすると部屋に入ってきた。

手には美術品や、貴金属類を手にしており、リューの前に置かれていく。

「今回、担保に入れてもらう為に用意したものです」

ブナーン子爵は、貴賓室にこれらを運び込んでいたのが、リュー達に執務室に案内させられたのでこちらに持って来させたのだった。

リューは『鑑定』で、運び込まれた物を見たが、どれもこれも、贋作、偽物、模倣品と、価値のありそうなものは「零」だった。

どうやら、リュー達を甘く見て、一見すると派手で価値がありそうなガラクタばかり用意していた様だ。

それに比べ、執務室にあるものは本物が多い。

価値はわからないが、セバスチャンに聞けば、大体はわかるはずだ。

「これらは我が家の秘蔵の品ばかりでして、普段は表に出す事も憚って宝物庫に眠らせておりました。この絵画などは聖芸術家と名高いボレルワット作の──」

「贋作ですよね」

リューがブナーン子爵の説明を遮る様に指摘した。

「……え?」

「僕の前に積み上げられた物は全て、贋作、偽物、模倣品、模造品、一切価値が無い物ばかりですよね」

「……いやいや。この書物などは神筆と名高いメンタワイル作の……」

ブナーン子爵は焦りながら説明を続けようとしたが、「それも真っ赤な偽物ですよね」と、遮った。

「な、何をおっしゃるのですか! これらは私が人脈を駆使して収集した貴重な一品ばかりですぞ!」

「驚くくらい、全て価値が無い物ばかりですよ、ブナーン子爵。言い忘れましたが僕を騙そうとしない方がいいですよ? お金を借りようとする相手にそんなに不誠実では、信用は得られません。それは得策ではないです」

リューは笑顔で応じたが、言った内容でブナーン子爵を青ざめさせた。

「お金を貸してもらう気が無いのであれば、僕達は帰らせてもらいますね。セバスチャン、帰る準備を」

「御意」

「ま、待ってください!」

リューが立ち上がり、その背後に立っていたリーンとセバスチャンが、執務室の扉を開けて待機したので、ブナーン子爵が呼び止めた。

「全て偽物だとは思ってなかったのです! 本物もあるとばかり!」

「それは、偽物がある事はわかっていたという事ですね」

「あ……」

ブナーン子爵は自分が失言した事に絶句した。

「ブナーン子爵、僕は『鑑定』スキルを持っているのでこれ以上、嘘を重ねない事をお勧めします」

リューのその言葉にやっとブナーン子爵は自分の思惑が全てバレていた事を悟るのであった。


自分の企みが完全にバレたブナーン子爵は借金を止めるかと思われたが、それは別な様で、執務室にある物以外で宝物庫に隠してあった物を出して担保にしようとした。

それをリューが淡々と本物かどうかを鑑定し、セバスチャンが価値を付けたのだが、ブナーン子爵の求める額には届かず、結局、執務室にある美術品も担保に入れる事で貸す事にした。

「借りる額に対して美術品の総額が高すぎませんか?」

ブナーン子爵は不服そうに漏らした。

「そうじゃないと、担保の意味がありませんよね? こちらは慈善事業でお貸しするわけではありませんからご承知おきください」

リューはそう言うと、契約書にサインを求めた。

ブナーン子爵家には領地経営に対して口を挟まない事にした。

誠実さが相手に無いので、担保で補うのを前提にしたのだ。

ブナーン子爵側も、領地経営の内情について話したがらず、口を出されるのは以ての外という反応を示していた。

多分、このゴロツキは利息もまめに払う気がない気がする。

リューは肌でそれを感じたので親身になる必要性を感じなかった。

長男タウロの友人の親だが、ドライな関係性で波風を立たせない方がいいだろうとリューは判断するのだった。


ブナーン子爵は不服そうな表情の反面、躊躇することなくサインした。

もう少し、ゴネるかと思ったリューだったが、やはり、なにより現金が欲しいという事だろうか。

リューはセバスチャンから渡された鞄からお金の入った革袋を出す演出をして、ブナーン子爵に渡した。

本当はマジック収納から出したのだが、直接出すとあと現金がどのくらい用意があるか詮索されると思ったのだ。

ブナーン子爵はお金を受け取りながらお金が入っていると思われる鞄をチラチラみていたが、渡された革袋の重さを確かめるとすぐにその額を確認し始めた。

その間、リュー達は待たされるのだが、取引上これは仕方が無い。

お互い信用が無いので、ちゃんと目の前で確認してもらった方が後々言いがかりをつけられるよりはいい。

「あ、今月分の利息は契約書の通り、差し引かせてもらっています」

この辺りはリューは前世の手法をマネしておいた。

こちらでは金融に関する細かい法律がザルなので、両者間で納得した上で契約を交わされるとそれが一番の証拠になる。

もちろん王国が定める法に反する場合があると別だが、正当な手続きで結ばれていればサインした時点で両者間の問題だ。

最初の月の利息分を差し引く事は契約書にも書いてあるので、この場合こっちの世界ではセーフだ。

それを聞いたブナーン子爵は、驚くと契約書を見直したが、書いてあるので渋々納得するのであった。


リューとブナーン子爵は握手を交わす事なく契約が成立すると、リュー一行は用意された宿屋に泊まる事にした。

今回も契約成立の報告と担保の品をランドマーク家の宝物庫に納める為に、部屋に入ると『次元回廊』を使って一度戻った。

「お? 今回は早かったなリュー」

執務室に入ってきたリューに今回は驚かずにファーザが報告を聞いた。

「……そんな人物だったか。あまり関わりたくないが、息子はよく出来た人物の様だから、今回は大目にみよう」

「うん。僕もそう思うよ」

「じゃあ、今日はそっちで一泊して帰ってくるだけか」

「そうなんだけど、明日、パーティーを開くからもう一日いてほしいと言われて困っているんだよ、どうしようかお父さん」

「パーティー? 今日じゃなく明日か? まあ、断る理由も無いから一日楽しんできなさい」

「わかりました、じゃあ、明後日以降に帰路に就くよ」

リューはそう言うと出入り口を設置している自室に戻ると『次元回廊』で宿屋まで戻るのだった。

「あ、戻ったのねリュー」

部屋にはリーンがやって来ていた。

「どうしたの?」

「さっきブナーン子爵の使者が来て、明日のパーティーは中止になったそうよ」

「え? そうなの?」

「意味がわからないわよね。思い付きでパーティーを開くと言ったと思ったら、今度は中止って」

「そうだね……。まあ、あちらはお金を借りられた以上、引き留める理由は元々無いはずだから、パーティーをしようと帰り際に言った時は驚いたけど、意味が無い事に気づいたのかもね」

最後までブナーン子爵に振り回されたリュー一行だったが、翌日帰る事になったのだった。


ブナーン子爵との契約翌日。

リュー達一行はブナーン子爵に見送られる事なく、帰路に就いた。

「最後までよくわからない人だったわね」

リーンが馬車内で不満を漏らした。

「パーティーするって歓迎ムードかと思ったら取りやめるし、帰りは見送り一つしない冷たい態度だし……。あ、パーティーを期待したとかじゃないわよ? コロコロ変わる態度が不快なだけ。エルフの私にはあのブナーン子爵の考えは理解出来ないわ」

「同じ人間の僕にも理解できないから安心して。リーンが言う様にブナーン子爵の態度は不可解だったね」

リューは自分達を引き留めようとした理由が思いつかなかった。


ブナーン子爵領からマミーレ子爵領の領境の森の道に達した頃だった。

「……リュー、この先に不自然に固まっている一団がいるわ。待ち伏せしている可能性があるかも」

リーンがいち早く気づいてリューに警告した。

リューは急いで御者に馬車を止めさせる。

「数はどのくらい?」

リーンに確認をする。

「……三十人、いえ、三二人いるわ」

リュー一行は馬車二台に護衛の領兵が六人、セバスチャンにリーンにリュー、御者二人と計十一人だ。

うちの領兵は祖父カミーザに時折訓練を受けていて結構な実力があるので盗賊相手に後れは取らないと思っている。

それに、待ち伏せを先に気づいた事も大きい。

前世でもそうだったが、喧嘩は先手必勝、先に準備をした相手であっても、それを上回る準備をすればいいだけだ。リューは極道時代を思い出しつつ、領兵にこの先で襲撃される可能性を伝えると、一同は停車させていた馬車を進めた。


待ち伏せしているポイントに来ると、丸太を倒して道を塞ぎ、男達が立ち塞がっていた。

「命が惜しけりゃ、積み荷と女を置いていきな」

リーダーらしき男が、要求してきた。

その言葉にリューは少し引っ掛かりを覚えた。

なぜ、女がいる事を知っているのかと。

偶然かもしれないが違和感があった。

「おい! 答えろ!」

盗賊団のリーダーが怒鳴った時だった。

地鳴りが起き、盗賊団の足元が揺れた。

「カタギに手を出す外道は許さないよ! 土魔法『地面陥没』!」

リューの声がどこからかすると、前方の道を塞いでいた盗賊団のリーダー達がいた場所の地面は砕けて穴が開き十人以上いた盗賊団達を飲み込んでいく。

リーダーは咄嗟に飛びのいて辛くも穴に落ちるのを逃れた。

「クソがー! こんなバケモノみたいな魔法が使えるなんて聞いてないぞ!? 野郎共! 後ろの馬車の積み荷さえ手に入ればいい、後は皆殺しだ!」

盗賊達は馬車に群がった。

領兵達は一塊になると馬車の後方に下がって陣形を取る。

馬車が無防備の状態になった。

息巻いた盗賊の一人が馬車のドアを開けると中には誰もいない。

ましてや積み荷などあろうはずもない。

「ボス! 誰も乗ってませんぜ!?

「こっちも積み荷が一つもありません!」

手下達の報告にボスと呼ばれた男は色めき立った。

「あの野郎、俺を騙しやがったな!」

「それが最期の言葉でいいですか?」

ボスの男の背後から声がした。

振り返ると目の前には剣の刃先が向けられ、その握られた剣の先には子供がいた。

「……おいおい。何で俺の後ろに居やがる……」

「それは、わざわざ迂回してきたので。あ、動かない方がいいですよ。これでも、このリーンと僕は場数を踏んできているのでこの距離ならあなたを仕留める自信があります」

子供の背後に立つエルフがこちらに向けて弓を振り絞り、いつでも放つ準備が出来ていた。

この距離で躱す自信はこちらにもない。

「わ、わかった。降参する……!」

ボスと呼ばれている男は握っていた剣を手放した。

馬車の周囲にいた手下は領兵とセバスチャンと対峙していたが、ボスが降参したので動揺した。

「あ、仕込みナイフに触れようとしないでください、バレてますよ」

リューは『鑑定』スキルで仕込み武器の位置を把握していた。

「……くっ!」

手下のひとりがいよいよ状況がまずいと思ったのか手にしていた槍を投げ捨て、茂みに飛び込んで逃走した。

それを見た他の二十人弱の手下達もあっという間に蜘蛛の子を散らした様に森の中に逃げ込んでいくのだった。

セバスチャンは追おうとする領兵を止めると、ボスの男を縛り上げる様に命令した。

「くそっ! こんな事で俺も終わりかよ!」

縛り上げられたボスの男は、吐き捨てる様に自分の最期を悟った。

「本当なら、領主に引き渡してあなたの処分を見届けるところですが、ここはブナーン子爵とマミーレ子爵の領境。どちらに引き渡した方がいいと思いますか?」

リューは捕らえた盗賊のボスに質問した。

「……頼む。俺を雇ったのはブナーン子爵だ。おたくの積み荷とそこのエルフを欲しがっていたのは奴だ。証言するから助けてくれ!」

リューが想像していた答えが返ってきたのでどうするかと考えたところ、セバスチャンが提案した。

「リュー坊ちゃん。ここはファーザ様に判断を仰がれた方がよろしいかと思います」

確かにセバスチャンの言う事が一理ある。

問題はブナーン子爵の進退に及ぶものだからだ。

子供の自分の判断だけで決めていいものではない。

極道時代でも、ホウ(報告)レン(連絡)ソウ(相談)は大事で、他所の組とのシマの境界線ではそれをしない事で問題が大きくなる事もあったのだ。

「そうだね。ちょっとお父さんに会ってくる」

リューはそう答えると、次の瞬間にはその場から消えていなくなった。

捕らえられた盗賊のボスはその光景を目の当たりにして、ただ驚くしかないのだった。


リューは、『次元回廊』でランドマーク領の自室に戻ると、すぐ、ファーザがいるであろう執務室に直行した。

父ファーザは、案の定、熱心に書類に目を通してサインしていたのだが、リューがやってきたので手を止めると休憩する事にした。

「どうした? この時間だとパーティーの最中だろう?」

ファーザが当然の疑問をぶつけたのだが、リューの話を聞いて見る見るうちに顔が険しくなっていった。

「……そうか、みんな無事なんだな? ……ブナーン子爵は南部地域の派閥に属する貴族だ。南東部の別の派閥である格下のうちが子爵の進退に関わるのはまずい。セバスチャンに、その盗賊の首領は斬り捨てる様に伝えよ。ブナーン子爵には私から今回の件については釘を刺す手紙を書いて送っておく」

「それは、ブナーン子爵の罪を追及しないという事ですか?」

実直な父が見せた意外な反応にリューは驚いた。

「貴族社会で地位が上の者を相手に、盗賊の証言のみで批判する事は無謀なのだ。かと言って、盗賊を野放しにする事は貴族として許されない。盗賊には死をもって罪を償ってもらう。その首は、ブナーン子爵に届けさせよ。だが私も自分の子供の命が狙われて見過ごすつもりもない。ここは任せなさい」

リューは父の真剣な表情に圧を感じ思わず頷くと、父の判断に同意するのだった。

リューが戻ってセバスチャンに父ファーザの意思を伝えると、「わかりました」と、セバスチャンはそう短く答えて、盗賊のボスの男を茂みに引きずっていく。

命乞いをする声が遠ざかっていった……。

リュー一行は、今回の金貸しツアーは後味が悪い気持ちのまま帰郷する事になるのだった。


ファーザはリュー達が帰ってくる間に、派閥の長であるスゴエラ侯爵に会いに行っていた。

そこで今回の件を相談した。

スゴエラ侯爵は、ファーザから話を聞くとすぐにブナーン子爵が所属する派閥の長である侯爵に使者を立て、今回の件でブナーン子爵の行為を非難すると同時に、ブナーン子爵の息子は優秀なので、〝穏便〟に済ませる様に提案した。

派閥の長である侯爵はこの使者の話に驚くと同時に、ブナーン子爵の愚かな行為に怒りを覚えた。

それも相手は、今、勢いのある事で有名なランドマーク男爵だという。

スゴエラ侯爵はこちらの顔を立てて穏便にと提案してくれている。

これは助かる申し出だった。

確かに、スゴエラ侯爵側の言う通り、ブナーン子爵の跡取り息子は優秀だと聞いていた。

派閥の長としては頼もしい部下は欲しい。

スゴエラ侯爵には借りができるが、提案通り、〝穏便〟に済ませる事にしよう。

「ブナーン子爵に、すぐこちらに来る様に要請しろ」

ブナーン子爵はこの後、侯爵の雷の様な叱責を受け、ある約束をさせられる事になった。

この一年後、ブナーン子爵は、学校を卒業して帰郷し成人を迎えた息子に子爵位を譲って隠遁を強いられる事になる。


リューは久しぶりの故郷でやっと安堵した。

金貸しツアーの最後の締めが良くなかっただけに帰りの数日間はどんよりしていたのだ。

「やっぱりランドマーク領は良いね」

リューは屋敷に到着すると背伸びする。

「本当ね。リューが開発した馬車は乗り心地いいけど、やっぱり長く乗るのは疲れるもの」

屋敷の玄関で二人が話していると妹のハンナが迎えに出てきた。

父ファーザと母セシルも一緒だ。

「リューお兄ちゃん、リーンお帰りなさい!」

抱き付いてくるハンナにリューは一気に癒されるのだった。

「リュー、ご苦労様。リーンにセバスチャン、領兵のみんなもご苦労様、大変だったわね」

母セシルが一行を労った。

「リュー、リーン、あの件はもう、手を打っておいたから安心しなさい、危険な目に遭わせてすまない」

父ファーザはリューとリーンを労うと抱きしめた。

「ううん、大丈夫だよ、お父さん。魔境の森の方がもっと危険だもの。まあ、帰りは雰囲気が最悪だったけど……」

場数を踏んでいるリューとリーンは、目を合わせると頷いて笑った。

「それを喜んでいいのかわからないが、まあ、無事で何よりだ」

ファーザも笑うと一同もつられて笑いに包まれるのだった。


今年も一年の集大成である収穫の時期が近づいていた。

この時期はランドマーク領の発展が感じられるのでリューも楽しみだった。

そして、収穫後の領民の最大の楽しみが豊穣祭であり、リューが用意する甘味の出店だ。

贅沢な砂糖菓子が安く食べられる機会だから、領民もウキウキしていた。

「去年食べた、『チョコバナーナ』は美味しかったから、また、あれを食べたいなぁ」

「俺は『リゴーパイ』も好きだけどな。あ、お前は移り住んできたばかりだから、リゴーパイは食べてないか?」

「なんだそれ? 美味しいのか?」

「サクサクのパイ生地と、砂糖で味付けされた甘いリゴーの実が本来の酸味と相まって絶妙なんだよ。まあ、チョコバナーナも美味しかったけどな」

元からいた領民は移民したての領民に、ここ数年味わってきた砂糖菓子を自慢するのだった。

そういう事で領民達の期待は大きい。

リューは今回、何にするか悩んだが出店と言えば、何だろうかと考えるとやはり答えは限られてくる。

前世でも人気があり、こちらの技術で作れるもの。

「……よし、今年はクレープだ!」

リューは早速、ランドマーク家の料理長に相談すると、連日、試行錯誤する事になった。

前世での知識を頼りにリューは生クリームを作る事にした。

生クリームは、原材料のクリームが作れれば簡単にできる。

それは、精製していないモーモー(牛)の乳を加熱殺菌した後、放置、冷却してクリームを上層に分離させる事で出来た。

あとは、そのクリームを器に入れそこに砂糖を入れる。

それを冷やしながら(氷魔法)ひたすら混ぜる(風魔法)。

八分ほど混ぜたら出来上がりだ。

これを大量に作った。

料理長もリューのアドバイスを受けて、一緒に作ったのだが、こちらは自力でかき混ぜていたので翌日、腱鞘炎になり料理作りに大きく支障が出たのだった。

意外に苦心したのが、生地だった。

前世でテキヤ担当の先輩極道が、器用にT字の木の棒を使って円形に生地を伸ばし焼いていたものだが、同じものを作ってマネしてみたらムラが出来てこれが結構難しかった。

リーンは横で見ていたのだが、「リューがやりたい事がやっとわかったわ」というと、簡単にこれをやってのけた。

意外なところで意外な才能の開花であった。

「おお! リーンは器用だよね。クレープ屋さんに向いているかもしれない!」

と褒めると、まんざらでもなかったのか、「ふふん。私、エルフよ? 器用に決まっているじゃない。クレープ屋さん? には、ならないけど」と、鼻高々であった。

これはイケると思ったリューはリーンを褒めると沢山生地を焼いてもらう事に成功するのだった。

リーン、チョロいぞ。

と、思うリューであったが、もちろん本人には言わないのであった。

あとは具である。

リューは、バナーナとチョコと生クリームの組み合わせだけで最強の気はしたが、幸い魔境の森の奥地に入ると珍しい果物も手に入りやすい。

新たな発見もあるかもしれないし、祖父のカミーザにも協力してもらって、集める事にした。

「おーいリュー! こっちのこの紫色の小さい実、甘酸っぱくて美味しいぞ?」

「キャー、リュー! この赤い実も、甘くて酸味があって美味しいわよ!?

多くの人々が恐れ、冒険者と言えど、そう軽々と踏み込めない魔物達が跋扈ばっこする魔境の森で、それに似つかわしくない声が上がっていた。

カミーザが発見したのは前世で言うところのブルーベリーで、こちらではブルンの実と言うらしい。

リーンが見つけたのは、前世で言うところの苺だった。

こちらではイイチゴと言う。

リューも毛モジャの実(キウイ)を発見した。

この三種類だけでも十分みんな喜んでくれると確信したリューは集められるだけ集めてマジック収納に次々と入れていくのだった。


屋敷に戻ると、祖母のケイからメイド、使用人も集めて試食会を行う事にした。

リューとリーン、料理長で、みんなの前でクレープを作っていく。

「今回は簡単で良いのう」

カミーザは前回カカオン豆からのチョコ作りを見ていたので簡単に出来上がっていくクレープに感心していた。

「これが、『クレープ』か? 白いのはなんだ?」

ファーザが、リューが布を搾ってクレープ生地に出していた白い物体を覗き込んで聞いてきた。

「これは、生クリームだよ。美味しいよ」

そこに仕上げとばかりにランドマーク家自慢のチョコを溶かしたものを全体にかけて折りたたんでいくと完成だ。

みんな勧められるがまま、見た事がない果物が入った、生地に包まれたクレープを一口頬張った。

「「「「「「美味い!」」」」」」

一同は、その美味しさに感動するのだった。

「この生クリーム? の甘さとチョコの甘さと苦み、果物の甘さ、そして、酸味。複雑な味がこの生地に包まれて一体になっている!」

「この生地自体には味が付いてないけど、他の味を引き立てて、食感にもアクセントを付けているから良いね!」

「こんな美味しいもの、チョコバナーナ以来です……!」

次々に高評価が点けられた。

これで今年も領民に喜んでもらえるぞ!

リューは確かな手応えを感じるのだった。


ランドマーク領の領都であるランドマークの街の中央通り。

リューによる豊穣祭での出店は今年で最後との噂が流れ始めていた。

来年にはリューとリーンは学校に行く予定だからだ。

それと入れ替わりに嫡男であるタウロが学校を卒業して帰ってくるのだが、豊穣祭の出店のメニューはリューが考えている事を領民は知っているのだ。

なので、年に一度の贅沢な甘味を味わえるのは今年で最後かもしれないと街中の小料理屋で憶測をつぶやいた者がいた。

そのつぶやきを耳にした者は冗談と捉えず、他の者に「聞いたか、あの話?」と、事実であるかの様に話した為、瞬く間に広がっていったのだった。

そしてその噂には微妙に尾ひれが付き、「リュー坊ちゃんが考えた過去最高の甘味が豊穣祭で出されて、出店は今年で最後になるそうだ。これは食べないと後悔するぞ!」と、地味にハードルが上がるという状況になっていた。

リューもこの噂を耳にして、胃が痛くなっていた。

「過去最高かどうかなんて食べた人の味覚次第だからね!?

リューはメニューを再考するべきかと、プレッシャーに押し潰されそうになっていたが、「あのクレープは美味しいんだから自信持ちなさいよ!」と、リーンが太鼓判を押してくれて正気に戻るのだった。

領民は毎年、このランドマーク家の出し物を楽しみにしていたが、最後と聞き、領都から離れている村々の者が、「噂のリュー坊ちゃんの甘いお菓子を今年こそは食べねば!」と前日から領都入りして街は混雑し、異様な雰囲気になっていた。

中には宿を取らず、ランドマーク家の出店が出されると推測される広場で野宿しようとする者まで現れ、領兵が注意して回る事態になっていた。

一応、出店の場所は毎年、くじ引きで決められていてランドマーク家もそれに従っている。

領主なのだから一番良いところに、とはしないのが父ファーザの良いところだ。

広場の雰囲気を眺めながらリューとリーン、妹のハンナが歩いていると、「下見に来られているぞ。やはり今年もここか!」と、勝手に確信する者もいた。

多分、それがまた噂としてすぐ広まって野宿組が増える事になるだろう。

実は今回、妹ハンナに出店の場所決めのくじを引いてもらったのだが、広場がある大通りから一本入った通りの角が当たっていた。

そう、ハズレである。

通行人が行き交うので角はあまり良くないのだ。

広場が一番良いのだがハンナが自分の運の無さにショックを受けていたので、「どこで出しても同じだよ」と、リーンと二人で慰めたのだった。

なので……。

広場で野宿しようとしているそこの君、領兵と揉めるだけ無駄だよ。

と、広場で領兵と揉める若者を見て、内心ツッコミを入れるリューであった。


豊穣祭当日の朝早くの広場。

各々おのおの、割り振られた場所に出店の設置をする商売人達で賑わっていた。

リュー達はリューのマジック収納で一瞬で設置できるので昼ギリギリまで姿を現さない。

その為、広場の一角に設置してないスペースが数か所あると、そこがランドマーク家のスペースに違いないと、山を張ってその数か所のスペースの前に早くも列ができ始めた。

そこは、ただ単に、混雑を予想して休憩出来る様に空けてあるだけなのだが、行列はそうは思っていないのだった。

「きっと、この行列が当たりだよ!」

「いや、こっちだね! 昨年の対角線上になるここが正解だよ!」

「違うね。俺はくじを引いた商売人から聞いた話だと、意外な場所と言っていた。ならば、広場の隅のここだよ!」

「その情報、マジか!?

という具合に、行列同士で口喧嘩の応酬が始まった頃。

離れの村から来た一団が、おろおろしてどこに並んでいいのかわからず、広場から離れた角で固まって相談していた。

「最後と聞いてやってきたけど、これはどうしたもんかな」

「どこに並べばいいのか全然わからんなぁ」

村人達がそう漏らしていると、子供達が集団でやってきた。

「ここ、出店設置するので横に移動してもらっていいですか?」

子供の一人が村人達にお願いする。

「ああ、ゴメンよ!」

村人達はおろおろしながら、スペースを空けると次の瞬間、目の前に出店が現れた。

「「「なんじゃこりゃ!?」」」

村人達が驚く中、子供達に混じっていたエルフが口を開いた。

「喜びなさい。あなた達が、ランドマーク家の出店の行列の一番目よ!」

離れの村から来た一団は、運良くリュー達のお客の第一号になったのであった。


ランドマーク家の出店が大通りから一つ入った角に設置された事は、広場で山を張って出来た行列の後ろの方に並んでいた者達が、いち早く気づく事になった。

もう、そちら側がざわざわし始めているのが見えたからだ。

気づいた者は、誰にも言わず、そっと列を離れてそちらに走って向かう。

その前に並んでいた者も、その気配に気づくとまた、列から離れてそちらに走る。

それが、徐々に流れとなり誰かが、「あれ? もしかして坊ちゃん達の出店、あっちか?」と、口走った事により、広場に出来ていた何本もの行列の人々は、それを聞いて一気に雪崩を打ってリュー達の出店の場所に向かうのだった。

「押さないでちゃんと並んでください! 順番を守らない人は、僕達が覚えてリュー坊ちゃんにお知らせします!」

リューの子分、もとい、リューの妹ハンナを守る会の子供達が行列の整理を行っていく。

列の先頭には、離れの村からやってきた村人達がドキドキしながら待機していた。

その後ろに並ぶ男が言う。

「あんたら、よそ者だろ? よく気づいたな! 俺は去年食えなかったから今年こそはと、仕事をサボり、館からリュー坊ちゃん達を張っていたのに先を越されちまったぜ」

「うちらは偶然だったんですけどね……」

「なんだい、運だったのかよ? そりゃ、あんたら来年も幸運に恵まれそうなくらい、ついているな! がははは!」

行列は待っている間、話に花を咲かせて今年のリューの用意する甘味に期待に胸を膨らませるのだった。

昼になり、豊穣祭の開始の魔法が広場の上空に打ち上げられて大きい音と共に知らされた。

「それではランドマーク家の出店を始めます!」

リューが行列に大声で知らせると、

おお!

と、歓声が湧き起こる。

早速、先頭の一団がお金を支払うと、フルーツがいっぱい乗った生クリームとチョコでデコレーションされたクレープを、手渡される。

受け取った一団は見た目だけで感動すると、その場に固まってしまったが、子供達に広場に誘導されゆっくり食べる事にした。

「こんな美味しいもの、初めてだ……!」

「オラもだ! こんなに甘くて果物の酸味があって美味しいもの食べた事ねぇ!」

「今日は、来て良かったな!」

「これが噂で聞いて憧れたリュー坊ちゃんのお菓子なのね! 素敵!」

「『クレープ』って凄く美味しいよ父ちゃん!」

広場には過去最高の味に感動の渦が出来ていた。

リュー達は切れない行列に忙しくその反応を直接見る事はできなかったが、子供達が大評判だと知らせてくれた。

「ね? 言った通りでしょ! このクレープは最高なんだから! それを作ったリューは凄いのよ!」

リーンが子供達の報告を聞いてリューを褒め、自分の事の様に喜び、その傍らでハンナも大きく頷いた。

リューも最高の評価が領民達からされて、笑顔満面でクレープを売りさばくのだった。


用意した千二百食分は夕方には完売した。

前回の倍もの数を用意したのだが、領都民だけでなく離れの村々からも噂で駆けつけた者は多く、ランドマーク領にこんなに人がいたのかと思う程ごった返したのでその売れ方は凄まじく、あれよあれよという間に売り切れてしまった。

今回も沢山の領民が満足してくれて良かったとリュー達は喜んだ。

そして、手伝ってくれた子供達に残しておいたクレープとお駄賃を配るとランドマーク家の出店はこの年も大盛況のうちに、今年が最後かもしれないという残念さに惜しまれながら、お店を閉じるのだった。

リューが、マジック収納で、出店をあっという間に収納すると、「来年はどうするの?」リーンが聞いてきた。

「うーん……。タウロお兄ちゃんにお願いする予定だけど、場合によっては『次元回廊』で戻ってきてやる方法もあるけど……」

チラッっとリーンを見る。

「それなら私も参加したいんだけど?」

「そうなるよね……」

残念ながらリューの『次元回廊』は、本人と小さいハンナくらいの重さしか通れない。

物ならリューの『マジック収納』に入れればいいのだが、人ではそうはいかない。

リーンの事を考えると今は保留して『次元回廊』の熟練度を上げるしかないと考え直すリューであった。