リューは深夜零時に十一歳になった。

それと同時に脳裏に『世界の声』がした。

「『ゴクドー』の能力の発動条件〈ピンゾロの目十一歳〉を確認。[ダイス]を使用する事で能力をランダムで入手できます、ダイスを振りますか?」

え? 質問されている?

誕生日を迎えた深夜、寝ているところに『世界の声』がして、驚いて目が覚めたリューだったが、その『世界の声』に質問されている事に二重に驚いた。

……えっと、能力が得られるという事は、ダイスは振った方がお得だよね?

寝ていてもしっかり頭に響いて聞き逃す事が無い事に驚きつつ、リューは心の中で試しに『世界の声』に聞いてみたが、反応は無い。

……じゃあ、振ります! ダイス振ります! ……どうだ?

「確認しました。それではダイスを同時に振ってください」

『世界の声』がすると、目の前に小さい煙が出る演出と共に、手の平の上にサイコロが二個出てきた。

当然ながら手の平にサイコロの感触がある。

前世では事務所待機の時に先輩極道とチンチロリン(サイコロの賭け事)をよくやっていた事を思い出した。

「これを、同時に振ればいいのね? ……ふふふ! 僕、ちょっと自信があるよ。──じゃあ、ほい!」

リューは床にサイコロを放り投げた。

サイコロは転がり、二つとも転がった先でサイコロ同士ぶつかって止まった。

「おお! 六のゾロ目だ! これはいいんじゃない!?

リューは、前世の違法賭場でも思い出したのか、興奮気味にガッツポーズをした。

「六・六を確認しました。……『ゴクドー』の能力の発動条件〈近道を行く強運の者〉を確認。[次元回廊]を取得しました」

『世界の声』が言い終わると、小さい煙と共にサイコロは消えてしまった。

……ところで次元回廊ってなんだろう? 違法録画映画を転売していた先輩ヤクザから借りたSF映画で見た記憶が無い事も無いけど、ワープみたいなものかな?

深夜の能力取得に浮かれるリューは、早速試したいところだが今は止める事にした。

リーンが、自分がいない所で試すなんて! と怒りそうだと思ったからだ。

きっと、「一人で面白そうな事をズルい!」と言いそうだ。

リューは興奮を抑え込み寝るのに必死になるのであった。


朝。

午前中は、母セシルの授業がある。

リューはずっとそわそわしながら、授業を受けていたが、すぐに母セシルはそれに気づくと問いただした。

「ごめんなさい。深夜に寝ていたら、新たな能力を覚えたから早く試してみたくて」

リューは素直に母セシルに謝ると打ち明けた。

「寝ている時に? 何を覚えたのリュー」

母セシルは初めて聞く状況に興味を惹かれ、完全に授業を中断する事にした。

同席しているリーンもハンナも、興味津々だ。

リューはその時の状況を説明し、覚えたものが『次元回廊』と話すと、母セシルは大いに驚いた。

それはセシルが知っている限りでは、勇者スキルを持つ者が覚える能力のはずだからだ。

「え、勇者?」

母セシルの指摘にやはりチート級能力だという事を自覚したリューであった。


授業は中断され、一同は庭に移動していた。

「『次元回廊』は、移動したい場所に一瞬で移動できると言われているけど、もう、ずっと勇者スキルを持って生まれた人は誕生してない上に、最後の勇者スキル持ちの人物は『次元回廊』を覚える事なく亡くなったから最早、伝説級の幻の能力のはずよ」

セシルがみんなに聞かせる様に説明した。

ははは……、サイコロの出目で入手した僕って一体……。

「リューの説明の通りなら、本当に運が付いていたとしか言い様がないわね」

母セシルは息子の強運が嬉しそうだ。

「ねぇ、リュー! やって見せてよ!」

リーンは、ワクワクが止まらないとばかりに目を輝かせてリューにお願いする。

妹のハンナも右に同じとばかりにリーンに同意して何度も頷く。

「う、うん。わかった。やってみる!」

リューは、やり方がわからないが、とりあえず手を目の前にかざすと、「……次元回廊!」と、唱えてみた。

すると、目の前にマジック収納の時の様な空間が生まれた。

そして、リューは恐る恐るその中に入ってみる。

周囲は三六十度、映画で観た異次元空間を絵にした様な世界が広がっている。

だが、入ってきた入り口以外、出口が見当たらないので入ってきたところから出た。

「? リューが一瞬で消えたけど、同じところからすぐ現れただけよ?」

リーンが不思議そうに首をかしげる。

リーンのマネをしてハンナも同じ様に首をかしげてみせた。

「あ! そう言えば、出口をあらかじめ設定しないと駄目だった様な気がするわ」

母セシルが思い出したと言わんばかりにリューにアドバイスした。

「先に言ってよ、お母さん!」

一瞬、欠陥能力ではないかと頭をよぎったリューは安堵するのであった。


リューは気を取り直し、実験を続ける事にした。

母セシルの言う通り、出口が無いと次元回廊に入っても出ようがない。

まずは出口を作ろう。

「次元回廊出入り口作成……!」

リューが唱えると、空間に次元の裂け目が出来た。

ただ、母セシルやリーン、ハンナには全く見えないらしく、「何もおきないわよ?」と、ぼやいた。

リューはそこから少し距離を取ると、「次元回廊……!」と唱えて次元回廊に足を踏みいれた。

すると、そのトンネルの様な内部の少し先に出口が見えた。

「これで出口から出れば……っと」

リューは出口から飛び出すと、母セシル、リーン、ハンナが歓声を上げた。

「本当にリューが一瞬で移動したわ!」

「リュー凄いわ! 成功よ!」

「お兄ちゃん凄い!」

三人には一瞬で移動した様に見えるという事は、次元回廊の中は時間が進んでいないという事だろう。

文字通り、一瞬で移動できる事が証明されたのだ。

そこからは細かい実験に移行した。

まずは、他の人も一緒に移動できるかどうか。

これは、次元回廊の出入り口が三人には見えないので、出入りのしようが無い。

試しに手を繋いでリーンを次元回廊に引っ張り込む事ができるか試してみた。

「下半身が何かに引っ掛かった様な感覚があって先に進めないわ!」

リューから見るとリーンの上半身は次元回廊に入っている様に見えるのだが、その先がリーンが言う様に引っ掛かる感覚があって次元回廊に引っ張り込めない。

「上半身だけしか入らないなぁ……、どういう事だろう?」

リューは考え込んだが、試しに今度はハンナの手を引っ張って次元回廊内に入ってみた。

するとハンナはスムーズに入れた。

出口から二人は手を繋いだ姿のまま、一瞬で出てきたのだ。

「ハンナは入れて、リーンは上半身だけ?」

母セシルが首を傾げた。

「もしかしたら限界重量があるのかも」

リューは思いついたのか、厨房に行くとリゴーの実が入った大きな袋を持って戻ってきた。

そして、その袋を抱きかかえたまま次元回廊に入ると数個のリゴーの実がその場に落ちて、リューは一瞬でもう一つの出口から出てきた。

「……なるほどね。今、リューが手にしているリゴーの実の量が、限界重量という事になるのね」

母セシルは理解した。

ハンナは丁度ギリギリの限界重量内だったので次元回廊内に入ったのだろう。

という事は、ほとんどリュー以外の者は次元回廊内を移動する事は出来ないという事だ。

リューは次に出口を複数作れないか試してみた。

この答えはすぐわかった。

他所に出口を作れば、最初に作った出口は消えてしまったのだ。

つまり、往復できるところは一か所のみ、だから出口を設置する必要があるので行った事がある場所にしかいけない、便利は便利だがリーンやハンナを連れて移動する事が多いリューにとって、あんまり使い勝手が良いものではない。

物の持ち運びはマジック収納に入れて次元回廊に入ればいいから問題ないけど、この次元回廊、チート能力だと思ったけど、今の自分にとっては制限があり過ぎだ。

リューはどうしたものかと考え込んだ。

「うーん……。伝承では勇者一行が故郷から遥か離れた王都まで一瞬で移動した事になっているんだけどおかしいわね……」

母セシルが、疑問を口にした。

「……それが本当なら……、この能力、熟練度がある可能性があるね!」

使い勝手が悪い能力と思ったが、希望が見えるリューだった。


それからは、出来る範囲で次元回廊を積極的に使う様にした。

リューとリーン、ハンナの三人で基本領内を行動する事に変わりはないが、行く先で魔境の森に行く時間になると、一旦ハンナを家まで送り届けないといけないのだが、それを次元回廊で行った。

出入り口を屋敷に設定しているので、まさに一瞬で送る事が出来て、一旦引き返す事なくそのまま魔境の森に行ける様になった。

これだけでも、かなり時間短縮になる。

魔境の森にいるカミーザから屋敷にいるファーザに伝言するのにもあっという間だった。

リューがいる時に限られるが、魔境の森で何かあった時、リューからファーザに緊急連絡がすぐ出来るのだ。

強力な魔物が現れる事も稀にあったので、ファーザに連絡して、ギルドに緊急クエストを依頼し、現場まで来てもらうのも時間はこれまでの半分に短縮できた。

次元回廊は限定的だが徐々に使い方を工夫して活用するリューであった。


カカオンの実の収穫時期が来た。

魔境の森の村の民にとっては、待望の大規模収穫だった。

この為に、村を移転、もしくは移住してきたのだ。

未だ一から育てる為の研究が続けられているが、まだ、数年はかかる状況だ、だが元から生えているカカオンの木から収穫するだけでも結構な量の実が集まっている。

村人達にとってその量の多さがひとまずの安心に繋がった。

このカカオンがあの甘くてほろ苦い『チョコ』になるのだから、やる気も出るというものだった。

ついでにバナーナの実も収穫する。

こちらは収穫した熟したものは領内で販売するのが第一で、領外に出荷するものは、まだ実が青いものを収穫して、運んでいるうちに実が熟すとリュー坊ちゃんが教えてくれた。

これは、加工しなくても甘くて美味しく、村人達も食事やおやつに食べている。

坊ちゃんが言うには、「エイヨウカ」が高いから体に良いそうだ。

「エイヨウカ」の意味は分からないが、体に良いということは、収穫するこちらとしては、売り言葉として最高だった。

自信を持って売る事が出来る。


村人達の表情が明るい事がリューにとって何よりだった。

さらにこのカカオンの実の収穫は年に二回の予定だったが、村人が観察したところによると三回収穫できそうだと言うのだ。

実が落ちて腐ったものが沢山あったので、そう思ったらしい。

前世と違って、カカオンの実がそういうものなのか、この魔境の森が特殊なのかはわからないが、どうも周期が違う様だ。

これは、嬉しい誤算かもしれない。

年間の収穫量が増える事は大きい。

思っていたより『チョコ』を多く市場に出せそうだった。

カカオンの実を加工し、『チョコ』にする工程も、領都内の加工場で研究がされる事になった。

リューの記憶では、温めた『チョコ』をヘラで捏ねると食感が滑らかになると、前世のTVで見た覚えがあったので、それを伝えると『料理』のスキル持ちの責任者は興味を持ち、研究していいですか? と、聞いてきたからだ。

おかげで祭りの時に出した『チョコバナーナ』よりも、品質の良いものが加工される事になる。


ランドマーク家の新しい執務室。

そこに、ファーザと、リュー、リーンの他に一人の商人が訪れていた。

「こ、これは……! 昨年の豊穣祭で出されたものより美味しいですね!」

『チョコ』の契約をランドマーク家から取り付けた商人が、リューから出された〝試作品〟を口にすると絶賛した。

「こんな美味しいもの初めてです! 絶対、売れますよ! 値段が高くてもお金を出す貴族はいくらでもいますよ!」

商人は興奮気味に熱く語った。

「それでは、これを商品化しますね。製品版は『チョコ』にランドマーク家の剣が交差する月桂樹の家紋入りの型で型を取る予定です」

リューが、ファーザと商人の二人に確認を取る。

「はい! お願いします! いいですね、ランドマークブランドは有名になってきていますから、その名も使って大々的に宣伝させてもらいます! 販売はお任せください!」

「それでは、お願いします」

ファーザが商人と握手を交わすと、リューもそれに加わり握手を交わす。

これが世間を席巻する『チョコ』の第一歩である。


『コーヒー』のランドマークブランドが、それに合う『チョコ』というお菓子を出した事は、流行にうるさい貴族や金持ちの間で情報として、すぐに広まった。

『チョコ』という不思議な名前の響きにランドマークブランドのファンの期待感は増し、いち早く入手して味わった者は羨望の的だった。

食べた者はもちろん、これまで食べた事が無い味わいに酔い、集まる人々の前で詩的な表現で感想を述べる。

それを聞いた人々は、期待に胸を膨らませ、入手経路を聞き出すのに必死になった。

金に糸目はつけないこの人々により『チョコ』の値段は高騰するのだが、売れ行きが落ちる事はなかった。

需要が圧倒的に勝っていたのだ。

さらに拍車をかけたきっかけの一つに、ランドマークブランドのファンの、とある貴族が発した一言があった。

「『チョコ』は『コーヒー』の最高のパートナー」

このキャッチフレーズが魔法の言葉の様に広まり、『コーヒー』ファンの間で知名度を一気に高め、『コーヒー』と共に高値で取引される事になるのだった。