新たなシノギを始めますが何か?
ある日の事。
この日も、リューとリーンは魔境の森に入って魔物討伐に励んでいた。
もちろん、カミーザも一緒である。
「そろそろ休憩にするか。ほれ、さっきそこで見つけた果実でも食べていろ」
カミーザが手のひら大の果実? をリュー達に投げて渡した。
「おじいちゃん、これって?」
どこかで見た事がある気がしたリューは祖父カミーザに聞いてみた。
「よく知らんが、カカオンの実とか言った気がするのう」
「カカオン……、もしかしてカカオ? まさか……ね」
リューは、『鑑定』スキルで確認してみてもカカオンの実と表示されている。
リューは、カカオンの実を短剣で半分に切ってみた。
断面は五個ずつ並んだ種子が見えた。
「あ、やっぱりこれ、カカオ豆だ……」
「カカオ豆? カカオンの実でしょ?」
リーンがリューの横から覗き込んで、カカオンの実を確認した。
「そうなんだけどね? もっと南の方で出来るもののはずなんだけど。まさかこんなランドマーク領に近いところで出来ているなんて!」
リューは素直に驚いた。
ランドマーク領は比較的に温暖な気候だが、カカオが出来る程の熱帯気候ではない。
「この魔境の森は魔素が濃いからのう。環境の変化が激しいのじゃ。ずっと奥に入っていくと氷の世界もあると聞く。まあ、伝説じゃがな」
カミーザが重要な事を教えてくれた。
「そっか、魔素が関係しているのか……。逆にそのお陰でカカオンの実が育つ環境が出来ているのならこんなに素晴らしい事は無いかも!」
リューの喜びように、リーンは不思議がった。
「この実がそんなに、嬉しいの?」
「この実が有ればチョコが作れるからね」
「チョコ?」
「そう、お菓子だよ。とても美味しいお菓子」
「お菓子! それは、水飴よりも美味しいものなの!?」
リーンは激しく反応した。
「水飴も使うけど、とても美味しいよ」
「きゃー! リューそれを作って! 食べてみたい!」
リーンは興奮気味に急き立てた。
「でも、時間と手間がかかるよ? まあ、作るけど」
リューは、答えた。
「えー! 時間かかるの? 頑張って、十五分くらいで作ってよ!」
「……無茶言わないで。最低でも一週間はかかるから……!」
「そんなに!?」
「そうだよ。それだけ手間がかかる食べ物だから」
「……そうなんだ。残念……」
リューの言葉にがっかりするリーンだった。
だが、これでやる事が一つ増えたと思うリューだった。
リューは考え込むと一つの答えを出した。
それは、ここまで直通の道を作り、一帯を城壁で囲んでカカオンの実の栽培拠点にする事だ。
それができれば、チョコの製造が出来る様になる。
これはランドマーク家の新たな収入源になるはずだ。
「よし、リーン、おじいちゃん。早速だけど、カカオンの実があるという事はバナナの実もあるはずだから探して。あと、この一帯を城壁で囲んで開拓するね!」
リューは二人には突然過ぎる提案をした。
それも、大規模工事のお知らせだ。
「バナナの実? ああ、バナーナの実の事か? 確かに前にこの辺で見かけた気がするのう。にしても、ここは魔境の森のど真ん中じゃぞ。どのくらいの規模で開拓するつもりじゃ?」
カミーザがリューの突飛な提案にさほど驚く事なく乗ってきた。
リューが木に登ると、ついて登ってきたカミーザとリーンに、「範囲はあそこからあの辺りまでで……。あっちがあの岩山辺りまで……かな?」と指し示した。
「かなり広いのう。とりあえず、囲いだけは邪魔が入らん様に作っておくか」
と、カミーザは言うと、地面に降りた。
カミーザは呪文を唱えると大規模な土魔法で雑だが石壁を広範囲に作り上げた。
「リュー、いつもの魔力回復ポーションを渡しておいてくれ。リーンはその間にバナーナの実を探してこい。リューは道を作っておけ。分担すれば少しは早く終わるじゃろ」
カミーザはリューの提案を疑う事なく、実行に移す事にした。
孫に対して全幅の信頼を置いている証拠であった。
リューとリーンは頷くとすぐに作業に移る。
リーンはすぐにバナーナの実をみつけると一か所に集め出した。
「あ、リーン。今はバナーナの実もだけど葉っぱの方も必要だから。あと、カカオンの実も沢山集めておいて」
リューが道の為に、木を土魔法で根元から浮き上がらせるとマジック収納で回収する作業をしながら指示した。
「え? 実だけじゃないの? バナーナの実、美味しいわよ?」
リーンがバナーナの実を頬張りながら言った。
「今は、チョコ作りに必要な材料が欲しいからそっち優先でお願い」
「? わかったわ。チョコ優先ね」
リーンはまだ見ぬお菓子、チョコを夢見てせっせとカカオンの実を集めるのだった。
リューとリーン、祖父のカミーザは魔境の森との領境に築いてある砦に一旦戻って、泊まる事にした。
見張りの領兵も駐在している施設なので、住み心地は悪くない。
「何だか思い付きでごめんなさい」
リューは二人に頭を下げた。
「構わんさ。リューがこのランドマーク領の為になると思ったんじゃろ? それにこういう作業は楽しいからのう」
カミーザは笑うとリューの頭を撫でた。
「それよりリュー。たくさん集めたカカオンの実はどうやってその「チョコ」にするの?」
リーンは楽しみが止まらない、という様にワクワク感を表に出して聞いてきた。
「それじゃ、下準備しとこうかな」
リューはマジック収納からカカオンの実を取り出し「種のみ収納」すると、それを改めてマジック収納から取りだした。
山の様なカカオンの種をリューは手に取り、「取りだしたらバナーナの葉っぱで包みます。そして、放置!」と言うと、リューはその場に置いてみせた。
「え、放置なの? それにマジック収納に直さないの?」
リーンが不思議そうに聞いた。
「うん、収納しちゃうと発酵が進まないからね。一週間かけて発酵させるよ」
「だから一週間かかるって言っていたのね」
「そう。そして、この分は今年の豊穣祭の屋台で出すお菓子の為の材料にするよ」
そう言うとリューは葉っぱに包まれたカカオン豆を指さした。
「じゃあ、私も手伝う」
リーンは納得すると、一緒にカカオンの種を葉っぱで包む作業を手伝うのだった。
翌日からもまた、三人は分担して作業を行った。
時折魔物が出現するが、リーンが前もって察知し、カミーザに知らせるので問題になる前に処置された。
一度、家に戻って報告をした日を含めて一週間が経った。
カミーザのカカオン畑予定地を囲む仮の城壁作りがひと段落した。
そのタイミングで、リューも道を引き終わったのでリーンの回収作業も一旦終了にした。
「じゃあ、一週間前に下準備したカカオンの種が良い具合に発酵したので葉っぱから取り出して乾燥させます。今回は早く終わらせる為に火魔法の熱と、風魔法の風で熱風を起こして早く乾燥させるね」
そういうと、リューは最近腕を上げてきている火魔法と風魔法を無詠唱で同時に使うと熱風を起こしてカカオンの種を乾燥させ始めた。
カミーザはリューの魔法の上達に目を細めて感心し、リーンも一緒に負けじと苦手な火の精霊魔法に苦戦しながらも、同じく熱風を起こしてカカオンの種を乾燥させるのだった。
魔力回復ポーションを飲みつつ、乾燥作業を続けると、リューが、「いい具合に乾燥できたから、次の作業に移るね」と、リーンに声をかけた。
リーンは頷くと魔法を解いた。
「長く持続するのが地味に大変ね……」
リーンが次の段階に移行するのに安心して一息をついた。
「それでは、完成したカカオン豆の
カカオン豆の突起している芽の部分が一瞬で消えた。
「マジック収納をそういう発想で使う人、……多分いないわよ?」
呆れる様に言うリーンだったが、それと同時にこのリューの発想に感心してもいた。
「このカカオン豆を加熱してローストします」
リューはフライパンと
その作業が済むと、「これを砕く為に風魔法の『真空の刃』の低威力版を使います」そういうとリューは手の平の上で小さく細かい真空の刃を起こし、球体にすると容器に入れたカカオン豆を粉砕しだした、前世で言うところのフードプロセッサーといったところだろうか。
カカオン豆が跳ねない様に、風の薄い壁を容器の周囲に作る事も忘れない。
魔力操作をセシルから学んでいるので細かい操作はお手のものだった。
「こりゃ凄いな。ワシには出来ん芸当じゃわい。わはは!」
カミーザがこの魔法に感心してリューを褒めた。
「風魔法は得意分野だから私も出来るわよ!」
リーンもリューに負けじとチャレンジする。
最初、操作に失敗して砕いた豆が飛んだが、すぐに風の壁を修正してうまくカカオン豆を包み込む様に使い、丁寧に砕き始めた。
「二人ともやるのう!」
孫達の成長に嬉しくなるカミーザだった。
見る見るうちに砕かれたカカオン豆はドロドロになっていく。
「え? 粉じゃなくてドロドロになったんだけど?」
リーンが慌てた。
「大丈夫だよ。それは豆から油分が出た結果だよ」
リューはそういうと、そのドロドロの液体にマジック収納から出した全脂粉乳と水飴を混ぜ込んだ。
「これを固めたらチョコの出来上がりだよ。今回はバナーナに絡めて完成させるよ!」
そういうと、同じくマジック収納からバナーナを出してチョコを絡めると風魔法で風を起こして冷やした。
それをカミーザとリーンに渡す。
食べる様に勧めると、二人はその「チョコバナーナ」を口にした。
「甘くて美味しい! チョコの苦みがある甘さとバナーナの果物の違う甘さが合わさって最高よ!」
「ほう。このチョコの苦みがわしは好きじゃのう! 水飴の調節で色々と楽しめそうじゃ」
二人から良い評価がされてホッとするリューであった。
新たなカカオン畑計画は難航していた。
何しろ魔境の森のど真ん中での作業である。
壁に囲まれているとはいえ、恐れない人はいなかった。
なので、カカオン畑で働く人の為の集落作りも頓挫していた。
予定では、魔境の森の境の砦の側に集落を作り、専用道路を使ってカカオン畑まで通い作業をする、という構想だった。
集落作りはリューとリーンが土魔法で住居を建てた後はドアや窓などを職人が作って完成なのだが、移住者の予定が無いので無人の廃墟状態であった。
今、ランドマーク領の産業はコヒン豆とそれを加工した『コーヒー』で成功している。
製造業もここのところずっと堅調な伸びを見せている。
カカオン豆畑もその柱の一つに必ずなれるはずなのだが、働き手がいないとどうしようもなかった。
「うーん……。今年いっぱいの内にめどをつけておきたいのだけど、無理なのかな」
リューが珍しくため息をついた。
「大丈夫よ。カカオン豆の素晴らしさを広めればいいのよ。簡単な事じゃない。今年の豊穣祭の屋台はあの『チョコバナーナ』を出すんでしょ? 楽勝よ!」
確かに、リーンの言う通りだ。
バナーナが珍しい果物というだけでも評判になりそうなところを『チョコ』を付けて売るのだ、話題性はバッチリだ。
領民には、カカオン豆から作ったものである事を大いにアピールしよう。
リーンに励まされたリューは、豊穣祭を控え、気合いを入れ直すのだった。
豊穣祭当日。
領民達は最大の楽しみの一つである、領主様のところの坊ちゃんが出す屋台に今年も期待していた。
今回は、これまで以上に凄い物を出すとその坊ちゃんと周囲が喧伝していたからだ。
スゴエラの街から移住したての者達は何事かと騒ぎになったが、地元住民から、毎年豊穣祭では、安い値段で砂糖菓子が食べられると聞いて大いに驚いた。
砂糖は贅沢品だ。
このランドマーク領では水飴というものが作られているが、まだ知名度は低く高級品だった。
それだけにその砂糖菓子が食べられるとあっては移住してきたばかりの者達も期待に胸を膨らませていたのであった。
朝から屋台を設置していると、すぐに行列ができ始めた。
販売は昼過ぎからなのだが、それを並んでいる人に説明すると、
「前回、俺、食べられなかったんだ。だから、今回は並ぶ事にした!」
「私は、前回食べられたけど今回も食べたいもの」
「ワシは移住組で今回初めてだが、砂糖菓子は食べた事がないから、どうしても食べてみたい! 昼まで待つよ!」
など、一人一人それなりに想いがあって期待してくれているようだ。
リューとリーンが大いに宣伝して回った効果が出ていた。
いざ販売の時間が訪れた。
並ぶ習慣が無い領民達がこの時ばかりは、みな綺麗に並んでいた。
リューの子分の子供達が並ぶように言って回っていた事も功を奏した様だ。
「それではランドマーク家の今回の出し物、カカオン豆から作った『チョコバナーナ』の販売を始めます!」
「買い占めしようとせず、一人一本のつもりでお願いしまーす!」
売り子であるリューとリーンが声を上げる。
お手伝いのリューの子分である子供達も声を張り上げてお願いする。
ざわざわ。
領民達は思い思いに話しながら自分の番を待って次々に串に刺された『チョコバナーナ』を買っていった。
「何これ!? 今までの砂糖菓子と全然違う!」
「このバナーナだけでも美味しいけど、この『チョコ』がほろ苦さと甘さが相まって最高だ!」
「初めて砂糖菓子を食べたが、こんなに美味しい物なのか! え? 普通の砂糖菓子とも味が違う? ワシはいきなり凄いものを食べたという事なのか!?」
これまでの砂糖菓子とは全く違う味に、領民達は嬉しい戸惑いをみせて喜んでくれたのだった。
リューは今回、移住者で領都の人口が増えた事もあり、例年より遥かに多い六百本を用意していたが、瞬く間に売れ、夕方には完売した。
リューはリーンと大いに喜び、それを手伝ってくれた子供達に取って置いた『チョコバナーナ』とお小遣いをあげるとお家に帰した。
子供達はリューにお礼を言うと『チョコバナーナ』を手に急いで帰宅していく。
それを見送ると、二人は満足して屋台を片付けるのだった。
出店でのカカオン豆アピールはすぐに各所に影響を及ぼした。
まずはいつもの如く、商人が屋敷に訪れた。
もちろん契約したいが、今の状態ではほとんどめどが立たないのでこれは断りを入れた。
次に各村の村長からうちの畑で生産したいと打診があったが、環境的に無理だと説明した。
魔境の森だと出来る事を説明すると、「村の者をそんな危険な場所には行かせられない」と、村長は断った。
それに、自分のところの村人が減るのは村長的には喜べないはずだ、移住者を募る事はしてくれないだろう。
次に現れたのは、旧エランザ準男爵領の端に位置する村長だった。
現在はもちろんランドマーク領なのだが、合併した為、領内では領都から一番離れた村になったので、今はあんまり村の雰囲気は良くないらしい。
そこで、コヒン豆の生産をうちでもやるかどうかを話し合っていたのだが、他の村から出遅れた格好で今は一時出ていた援助金も生産が安定してきたので止まっていた。
そうなると生産できる数年後まで我慢してやるしかないのだがそんな体力は村にはなかった。
一応、今まで通り、畑を耕していれば食えない事はないのだろうが、他のコヒン豆を栽培している村に比べたらじり貧なのは間違いなく、緩やかに廃れていくだろうと村長は危機感を持ったそうだ。
そこで、豊穣祭で口にした『チョコバナーナ』に衝撃を受けた。
聞けば、まだ、この栽培には誰も手を出していないという。
今なら援助金も出るというし、それならば村人達を説得して移住もする覚悟だと熱弁した。
「今の土地を捨てる事になりますよ?」
「このままでは、村はどちらにせよ、廃れます。ならば、村人の幸せの方を村長として優先します!」
「……わかりました。幸い用意した土地にはカカオンの木はかなり生えているので、生産量は結構見込めます。ただし、一から育てると五年以上を要するので覚悟はしてください。もちろん、そこまでは責任を持って支援します」
「わかりました……、お願いします!」
村長はリューに頭を下げた。
ファーザには前もって魔境の森の側への移住者募集は許可を貰っているので、大丈夫だが、まさか、村が丸々移転するとは思ってないだろう。
ランドマーク邸の執務室。
案の定、ファーザに報告すると驚かれた。
「村長はそれでOKしているのか?」
「はい、あちらから言い出したので」
「……そうか。あの村の事はどうにかしてやらないととは思っていたが、そういう決断をしたか。よし、最大限の支援を惜しまないと伝えておいてくれ」
ファーザは、そういうと机の引き出しからお金の入った革袋を取り出して、さらに、「これは移転や今後の出費に対する準備金として、村長に渡してくれ」と、リューに大金を預けるのだった。
端の村の村人達は日頃から危機感を抱いていたのか、村長の人望なのかほとんどの者が移住に賛成した。
一部の者は、隣の村に合併される事を望んだので、そのように取り計らった。
いざ、移住してみると、魔境の森と城壁で区切られた内側に集落はあって、家も立派だった。
側に砦もあるので何かの場合は避難も容易そうだ。
それに今までの村と違って道も石畳で、領都まで数時間の距離なので利便性も悪くない。
カカオン畑までも一本の専用道路で移動できて、畑は城壁で覆われ、魔境の森とは隔離されているので、思ったよりも安全そうだ。
良い意味での環境の変化に、移住してきた村人達は自分達の判断に十分満足するのだった。
カカオンの一からの栽培については、村人とリューでカカオンの木を直接前にして話し合いが行われ続けた。
魔境の森の特殊な環境なので、村人達もこの初体験にこれまでの植物の育て方でいいのか困惑もあったが、元からあるものからの収穫だけでも収入が十分得られ、それは年二回収穫できるので安定しますよと、リューから言われたので安心して研究する事にした。
城壁の外から時折、魔物の声がするのが怖いと漏らす村人もいたが、見張りの領兵もいるし、いざとなったら専用道路から砦まで逃げればいいと説明を受けて少し、安心したようだった。こればかりは慣れてもらうしかないだろう。
たまに避難訓練をした方がいいのかもしれない。
リューは前世でサツ(警察)のガサ入れ(家宅捜査)を想定した訓練を身内(組の人間)でやっていた事を思い出すのであった。
ランドマーク領内の事とはいえ、村の大移動は驚きを持って領内では騒がれた。
その事で豊穣祭で領民の間で話題となったあの『チョコバナーナ』の原料を栽培する為の移住である事がわかると、その栽培に興味を持つ個人もぽつぽつと現れた。
コヒン豆栽培と水飴の原料の大麦、もち米栽培もお金になるが、迷ってそれに手を出さず、周囲から
リューが領都の集会所で説明会を開くとその人達が参加してきた。
中には、魔境の森の中の畑に批判的な者も現れたが、リューはバッサリと、「そう思われる方は参加しなくていいんですよ? こちらも強制する気はありませんから」と、言うと説明を続けた。
言われた者は周囲からも、
「お前は何をしに来たんだ?」
「魔境の森の環境でしか育たないって坊ちゃんは説明しているだろ!」
「今の現状を変える気が無いなら帰れ!」
と非難されるとバツが悪くなったのか集会所から出ていくのだった。
そんな小さいトラブルもありながらも説明会は無事終わり、移住希望者が現れた。
やはり、村が丸々移動した効果で安心感もあったのだろう、さらに同じ考えの者が周囲にいる事で集団心理も働いて決断する者も続々と現れた。
これ以上増えても困るのでこの希望者全員で一旦、定員限界とする事にした。
「それでは、説明通り家も用意してありますので、各自準備が出来次第引っ越しをお願いします。魔境の森の村には、もう、移住者がいて研究と作業は始まっていますので現場の責任者に話をちゃんと聞いてくださいね」
こうして、カカオン豆とバナーナの栽培の為の人員確保は終了した。
あとは、生産体制を整え、軌道に乗るのを待つだけだ。
加工する為の工場はすでに領都に建築し始めている。
そうだ、商業ギルドに『チョコ』を登録しないと。
リューは集会所からそのまま、商業ギルドに直行するのであった。
商業ギルドに到着すると、リューをギルドの表に視認したギルド職員は慣れたもので、登録手続きの書類を用意し始めた。
「リュー坊ちゃんいらっしゃいませ。では書類も用意していますので奥にどうぞ」
当たり前の様に、奥の部屋に通された。
「用件を何も言ってないのに……。ちょっと、慣れ過ぎてない……?」
リューはギルドの対応の早さに呆れた。
「いえいえ、そんな事はありませんよ。それで今日はやはりあの『チョコ』の登録ですか?」
「う、うん」
「そう言えば出入りの商人に『便器』の商品化の話は無いかと、聞かれますよ。この領都では多くのトイレで見かけますから、契約したがっている商人は多いですよ」
「まだ、量産化するには安定して窯で焼く技術が追いついてなくてね。まだ、もう少しかかるかな」
「なるほど、〝もう少し〟かかるんですね。良い情報をありがとうございます」
商業ギルドでは情報がお金になる。
昨今のランドマーク家の商売情報は、商人なら喉から手が出る程欲しい。
何しろ飛ぶ鳥を落とす勢いなのだから、それに一枚噛めれば必ずお金になると思うのが商人として当然だろう。
そういう事なので、最近では近隣の大商会などもこの領都に支部を作る計画が上がっているそうだ。
それはもっともで、ヒットを出し続けているこの地に支部を置かないで放っておく方が利口とは言えない。
商業ギルド・ランドマーク支部の職員としても、この地がこれからもどんどん発展していく事は容易に想像が出来たのだった。
無事リューは『チョコ』の特許登録をし終わった。
「じゃあ、また何か考えたら来ますね」
表までギルド職員が見送る待遇でリューは商業ギルドを後にした。
それを見かけた商人達は慌てて商業ギルドに押しかける。
「ランドマーク家の坊ちゃんが来たという事は何か登録したのか!?」
「情報を売ってくれすぐ!」
「あ、私が一歩早かったから順番を守れ!」
受付はすぐに商人達が情報を得ようと揉み合いになった。
「みなさん、落ち着いてください! みなさんわかってらっしゃると思いますが、ランドマーク男爵家の情報は高いですよ?」
ギルド職員は指でお金の形をしてみせると、商人達は各々お金の入った革袋を出すと、「「「その情報、買った!」」」と、口を揃えるのだった。
今年もランドマーク領の最大の行事、コヒン豆の収穫がやってきた。
今までは生産量も少ないので同じ商人と契約を交わしていたのだが、生産量も増加したので複数の商人と契約してくれるよう商業ギルドから提案があった。
これまでの取引商人は贔屓にしたが、一部を競売で出して他の商人も入れる事で独占を無くす事にした。
価格は意外にもほとんど下がらなかった。
いくら生産量が増えたと言っても需要に比べるとまだまだなのだ。
その為、毎年収穫後、畑の開拓が行われ年々増産されているのだが、価格は下がらず収入はどんどん増えていた。
もちろん、コヒン豆はランドマーク領で加工され『コーヒー』として商人に卸しているので付加価値も付いているのだからある程度は当然なのだがやはり利益率は高い。
ランドマーク家の紋章が入った黒い粉である『コーヒー』は完全にブランド化したのだった。
国内の紅茶の生産で有名な名家アールグレン侯爵家と並んでランドマーク男爵家の『コーヒー』は評価され始めている。
これは異例で恐れ多い事だが、『コーヒー』の卸し商人は、王室御用達の商人からランドマーク印の『コーヒー』を多く回してもらえるよう色々と打診があるそうだ。
本当なら直接、ランドマーク家まで足を運んで交渉したいのだろうが、王都まで三週間の距離があるので、卸し商人頼みになるのも仕方が無い。
さらには、この新興貴族である〝男爵風情〟の躍進に、近隣の上位貴族からは、その生産や販売について圧力をかけてこようとする者もいたのだが、ランドマーク男爵家は寄り親であったスゴエラ侯爵の派閥にそのまま入っているため守ってもらえていたので安心だった。
「王家からの評判も良いし、ランドマーク家はまだなんとか安泰だな」
ファーザはホッと胸を撫でおろした。
というのも貴族社会では、足の引っ張り合いも珍しくないのだ。
他所の貴族からはうちの派閥に来ないかと誘いがある一方、わざわざ、「男爵風情が調子に乗るなよ!」という内容の手紙を書いて寄越す貴族も実際いたのだ。
当主である父ファーザにしてみたら、調子に乗った覚えが全くない為、どこか違う男爵と勘違いしているに違いないと思って返信を送って火に油を注いだ事があった事は誰も知らない。
逆に言うと、国内において、ランドマーク男爵の名が知れ渡り始めているという事だった。
ファーザとしては同じ有名になるなら、武門の家として有名になりたいという思いが、少しはあったが贅沢は言えない。
今は『コーヒー』でランドマーク家の名と家紋が知れ渡る事に満足するのだった。
「収益増加で今年も右肩上がりだな」
ファーザが執務室でみんなを集めて会議を開いていた。
そこにはリューとリーンも混ざっている。
「では今年も収益の大部分は開発への予算に回しますか?」
執事のセバスチャンが聞く。
「もちろんそうだが、リューとリーンの学費や、もしもの為にある程度貯金しておかないとな」
ランドマーク領の開発は急速におこなわれ、この数年で目覚ましいものとなっていた。
数年ぶりに訪れた商人や旅人はあまりの変貌ぶりに、訪れる場所を間違えたと思う程だった。
確かに、広く城壁が築かれ、道は街道に劣らない石畳で整備され、領都は区画整理されて別の街の様だった。
だが、訪れる者達は、領主の屋敷を見て思うのだ。
「あ、ランドマーク騎士爵領時代から変わらないところがあった」
と。
そう、未だに屋敷は騎士爵時代からのままで、領民もいい加減、建て直してもいいのでは? と、思っていた。
何しろ屋敷を広く囲む壁は立派で、初めて訪れる者はランドマーク男爵家の近年の勢いを外観から感じていたが、屋敷に近づくと目を疑う程小さく古い作りの屋敷なのだ。
そこで、セバスチャンとスーゴから提案がなされた。
「屋敷を新たに建て直しましょう」
と。
リューもそれを聞いて、失念していたとばかりに驚くと、「そうだよ、お父さん。迎賓館の方が立派で、屋敷がみすぼらしいと流石に領民が恥ずかしい思いをするよ。豪勢な家はいらないけどそれなりの屋敷は必要だと思う」と、リューもこの意見に賛同した。
リーンも同じくだった。
「一時、迎賓館にみんなで移って、その間に屋敷を建て直そうよ」
と、リューが案を出すと、ファーザも頷く。
「では父さんや母さん、セシルにも相談しないとな。それに屋敷の設計図は誰に頼んだものか……」
祖父カミーザ、祖母ケイ、妻セシルはすぐ賛成したので、呆気なく家が建て替えられる事が決定するのであった。
ランドマーク邸の建て替え作業が始まった。
迎賓館への一時的な引っ越し作業はすぐに終わった。
設計は整地と土台に関わるリューと地元の大工によって話し合われた。
この際、ランドマーク領のシンボルになるようなものにして、今後、建て直す必要がない様にしようという事になった。
リューの個人的な意見としては純和風建築にしたかったが、瓦屋根など土魔法では作れないものが多いので断念した。
「組屋敷みたいなのに憧れていたんだけどなぁ……」
完全にリューの個人的な趣味で最初、建築しようとしていたが、流石にそういうわけにはいかず、ファーザの意見を取り入れて小城を作る事にした。
それなら、リューの土魔法ですぐに作る事が出来る。
リーンと協力して広範囲の整地を済ませると、一か月かけて立派な円筒形の塔が四方にあり、それを繋ぐ回廊と建物、その中央、屋上には空中庭園があり、地下二階、地上三階建ての文字通り城を建築してみせた。
「……リュー。……さすがにこれはやり過ぎではないか……?」
ファーザは建築途中から大きくなっていく屋敷に期待と不安を感じてはいたが、完成するとその想定外の規模に呆れてしまった。
「ランドマーク家の象徴で、ランドマーク家の歴代当主が受け継ぎ繋いでいく城として作ってみたよ。これで当分は建て替えの必要がないでしょ?」
「だがな、規模が大きすぎるだろ……!」
「大丈夫だよお父さん。内装以外は土魔法だから、ほとんどお金はかかっていないのでちゃんと予算以内で抑えられているよ」
リューが良い笑顔でグッドサインをしてみせた。
「そうだが、世間体があるだろう……」
「スゴエラ侯爵からは、独立した男爵家なのだから、好きにすればいい。と、言われているじゃない」
「そうなんだがな……」
「お父さんの世間での評価は今、このくらいだと思っていいと思うよ。これまでの屋敷は控えめ過ぎて、与力時代の仲間にも呆れられていたじゃない」
リューはタウロの婚約騒ぎでの話を持ち出した。
確かに主要な道路の立派さに比べて、屋敷のみすぼらしさにお金の使い方が珍妙と揶揄されていた事をファーザは思い出した。
「そうか……、そうだな! 確かにリューの言う通りだ! よし、これからこの館をランドマーク家の象徴にしよう」
やっとファーザはリューの説得に頷いて納得するのであった。
その数日後、冬休みに入った兄のタウロとジーロ、そして従者のシーマが帰ってくるのだが、見慣れた素朴な屋敷が無くなり、その場所に小城と言わんばかりの館が出来てる事に度肝を抜かれる事になった。
「お帰りなさい!」
リューとリーンが兄達を玄関で迎えたのだが、驚いた顔は想定内だった。
というか建設を急いだのは兄達が帰ってきた時に驚かせるのが目的の一つだったのだ。
「……これは、一体どういう事なの?」
「夏はまだ、……家あったよね?」
「道、間違えたと思ったっす……」
館を前に三人は馬車から降りた状態でポカンとしたまま見上げたままだったが、リューが新たな家に招き入れると三人は入ってすぐに大きな階段が迎え入れる吹き抜けの広間に改めてびっくりした。
「あ、メイドや使用人もまだ、この家に慣れてないから迷子にならないでね」
リューはそう言うと兄達の新しい部屋に案内する。
二人は二階の一室をそれぞれ用意され、館に入ると螺旋階段があり上の階にいけるようになっている。
二人共、以前は一緒の部屋だったので急に広くなった事で、落ち着かない様子だった。
シーマは一階に個室を与えられて喜んでいた。
これまでは他の使用人と同室で狭かったのだ。
なので荷物もぎっしりだったのが、スペースがあり過ぎて落ち着かないほどで一か所に置いていた荷物を広げてスペースを何となく埋めるという無駄な事をしてみるのだった。
リューの部屋だが、タウロとジーロほど広い部屋ではなかった。
三男なのでその辺りはわきまえているつもりでいた。
それにマジック収納があるので、広い必要性が無いのだ。
リーンには広い部屋を用意するつもりでいたのだが、そこは怒られた。
「従者が主より広い部屋に住めるわけがないでしょ!」
ごもっともなので、もう少し、広い部屋にリューは移動してリーンにはその隣の部屋に入ってもらう事にするのだった。
ランドマーク家の新しい館の完成に領民からはお祝いの声が寄せられた。
そして連日、見物客が訪れた。
ファーザはよほど嬉しかったのか、ランドマークの街が眼下に見下ろせる塔の頂上に見物客を案内しては一緒に眺めたりしていた。
「年末の挨拶でもうすぐスゴエラ侯爵の元に行くんだよね? あんなことしていて大丈夫かな?」
長男タウロが父ファーザの喜びように呆れていたが、「その準備は、もう、しているみたいだよ」と、ジーロがフォローしていた。
「開発した『乗用馬車一号』の、スゴエラ侯爵家の家紋を入れたカスタムモデルをお土産にするって言っていたよ」
リューがジーロに頷いてタウロに教える。
「そっか、ならいいけど。それにしても数年前なら考えられなかった事だね」
タウロは頷くと過去を思い出したのかふと口にした。
「そうだね。以前は手土産を用意するどころか宿屋の宿泊費や交通費の捻出に頭を悩ませていたよね」
ジーロが父達の苦労を思い出したのか少し湿っぽい雰囲気になった。
「あの頃はリューが森に狩りに出かけて食べられる物を獲りに行ってくれていたよね」
タウロが、リューに感謝した。
「今もそれはあんまり変わらないけどね」
リューは照れ隠しに笑うと魔境の森で同じ事しているからと言うのだった。
「ははは! リューは逞しいから。僕達もまた休みの間、リューと一緒に鍛錬しないといけないね」
タウロがそう言うとジーロとシーマも頷くのだった。
タウロとジーロは魔境の森の境に集落が出来て、さらには魔境のど真ん中にランドマーク家の畑が出来ている事に度肝を抜かれた。
「……何しているの、これ」
タウロがジーロ達を代表して指摘したが言うのはそれが精一杯だった。
リューが経緯や、今後のランドマーク家の収入の柱の一つになる可能性がある事を説明した。
「今年の屋台ではそれを出したのかい?」
「うん! 大好評だったよ。だから、これから栽培を本格的にする為に研究も始まっているよ」
リューはそう言って、マジック収納からチョコバナーナを出すとタウロ達に配り、食べる様に薦めた。
タウロ達はこの不可思議な食べ物に最初、匂いを嗅いだり、触ってみたりしていたが一口食べると驚愕した。
「リゴー飴とは違った苦みがある甘さだけどそれがまた美味しいね!」
ジーロとシーマも感動してすぐに食べきった。
その横で食べた事があるはずのリーンが羨ましそうにしているので、リューは苦笑いするとマジック収納から再度チョコバナーナを取り出して渡すのであった。
「これは、果物のバナーナと一緒にしているけど、チョコ単体で型に入れて一口サイズにカットして数個一緒に包装して販売する予定だよ。材料のカカオン豆がまだ数に限りがあるし、加工するのに手間がかかるから高級品になると思う。学校に戻る時に三人にはお土産で渡すから学校で配るといいよ」
と、言うとリューはタウロに彼女用は、また別に渡すからと、付け加えた。
「うん、リュー、ありがとう。エリス嬢もきっと喜ぶよ」
照れる事なく笑顔でタウロは答えた。
これは、交際がかなり順調な様だ、成人(十六歳)を迎える時には婚約発表もあるかもしれないと期待するリューであった。
リュー達五人はカミーザと合流すると早速、魔物討伐を始めた。
タウロ達学校組は、前回の反省から魔物討伐が効率的になっていた。
学校の間もシミュレーションしていたのかもしれない。
前回討伐できなかったオーガも魔法攻撃を中心に立ち回り、倒せた。
これには、リューとリーンも弱点を言ってなかったので驚いたが、なんでも、学校の図書室でオーガについて調べたそうだ。
カミーザもそれには感心していた。
「強い敵も弱点がわかれば、格上でも倒せる事はあるからな。過去の冒険者の著作物も置いている学校での勉強は為になるじゃろ? もちろん、知っている事と、経験する事は別じゃ、次からはもっと効率よく倒せるようになるじゃろ」
カミーザの言う通り、タウロ達は休みの間に知識を経験で裏付けする事でより成長して学校に戻っていくのだった。
タウロ達が戻っていく数日前の事。
「そういえば、最近、学校やスゴエラの街で『ケンダマ』が流行っているんだ。あれ、リューが考えたやつだったよね」
え? 今頃?
驚くリューだったが、嬉しい事なので学校に戻る前にタウロ達にケンダマの技をいくつか伝授した。
タウロ達は学校に戻った後、リューに教わった技をみんなの前で披露するのだが、その結果、ランドマーク家のケンダマ名人三人衆と変なあだ名を付けられる事になる。
妹のハンナが最近リューとリーンの行く先々に付いてくるようになった。
まだ八歳だが、武芸の稽古で体力がついてきたので、足手まといになる事はなく、魔境の森以外は二人のやる事に付いてきては興味津々で観察していた。
リューとしては、ハンナに変な事を覚えられない様に気を遣っていたが、リーンはハンナに積極的に何でも教えた。
最初は変な癖がついても嫌なので止めようとしたが、ハンナは何でも呑み込みが早く、変な覚え方をせずに自分の物にして、さらには時間を必要としなかった。
『賢者』スキルには武芸の剣、杖、体術などもあったが、その中に弓は無いはずだった。しかし、リーンが教えるとハンナ独特の形で覚えていくのにはリューも驚いた。
覚える過程が違うがリーンが指し示すゴールにちゃんと到達するのだ。
文字通りの天才っぷりにリーンも教えるのが楽しい様で、自分の得意分野を次々に教えていた。
これはハンナが持つもう一つのスキル『天衣無縫』の力なのかもしれない。
だが、リューの『ゴクドー』同様、謎のスキルらしくスキルに詳しいサイテン先生も知らない様だった。
まさかハンナも転生者じゃないよね? と心配になるリューだったが、ハンナは頭は良いが、発想には前世の世界に関わりそうなものはなかったので、その可能性はなさそうだった。
兄としてリューはその事に安心した。
転生者は必ずしも幸せとは限らないと思ったからだ。
前世で家族がある場合もあるだろう。
自分は捨て子だからいなかったし、前世は裏稼業だったから未練もなかったので、この家族に恵まれて幸いとさえ思っているが、実際に転生したとして素直に喜べる人はそう多くないだろうと想像したのだ。
明らかに前世は恵まれた世界だ。
それを失ってこちらの世界に来たら困る事の方が遥かに多い。
自分はそれに馴染めたが、文明が一気に落ちるこの世界に慣れるのは便利さを知っている者には難しいだろうと思うリューであった。
リューはハンナに薬草採取と調合、ポーション作りを教えた。
道具も一式用意してハンナにプレゼントした。
ポーション作りは覚えて損はない。
まして『賢者』のスキル持ちなら魔力回復ポーションは必須だろうと思った。
ハンナはやはり頭が良いので呑み込みが早く、リューは味が不味い魔力回復ポーションしか作れないのに、ハンナは後味スッキリなものを完成させてしまった。
「ハンナ凄いな!」
リューは素直に驚くと、ハンナにその作り方を教えてもらうのであった。
「……で、この薬草を抜いて、こっちの薬草を代用すると味が良くなって効果も変わらないよ」
教えてもらいながら、リューはハンナの凄さに改めて感じ入った。
ハンナはゴールを教えてあげると、その過程を最良なものにする為に知識をフル活用して導き出す才能があるのだろう。
ただし、学んでいない事は出来ない様で、リューのこれまでのコーヒー作りや、手押し車、リヤカー、馬車、けん玉、チョコ作りなどこちらには無い知識と発想にはついていけないらしく、「リューお兄ちゃんは凄いのよ!」と、その事でハンナは街の同世代のお友達に自慢しているらしい。
「確かにリューは、発想が私達には無いものがあるから」
ハンナが言う事に誇らしげに頷くリーンがリューにはおかしかったが、それは言わず褒めてくれた事に素直にありがとうと感謝するのだった。
街ではリューとリーンそしてハンナの三人が各所に現れるのが新しい光景になりつつあった。
街の労働者達は昼時に、街の食堂で三人が揃ってうどんを啜っている姿に遭遇したし、学校で校長先生でもあるシキョウと四人で話し込んでいるのを子供達が目撃していた。
コヒン畑では農民達が新たな開拓予定地についてリュー達とみんなで協議していた姿が村の者達に見られていた。
ある時は、製麺所でうどん麺の売れ行きを心配する三人に近所の主婦達が出会っていた。
工房では馬車の製造工程にハンナが食い入る様に見ているのを休憩中の職人達が和んで見ていた。
あらゆるところでこの三人は目撃されるようになり、領民達の当たり前の光景になっていくのであった。
「ハンナ、今日はこの後、魔境の森に僕達は行くから、お家に一旦帰るよ」
「……わかった!」
ハンナは素直に頷くとリューとリーンの手を繋ぎ、スキップして家路に就くのだが、この光景が領民達からは一番尊いと言われていたのだった。