このエルフの美少女の名前はリーンというらしい。

今二人は小料理屋に来ていて、リーンが一人忙しくだが、黙々と食事をしていた。

それでは話が進まないのでまず、年齢を聞いたが、その回答に驚いた。

十六、七歳に見えるのだが四五歳らしい。

エルフは長命で人間の三倍以上生きるそうだ。

母セシルから聞いていたが、実際目にすると驚きでしかない。

次に、なぜ困っていたのかを聞くと、家出同然で住んでいた村から飛び出してきたそうで、お金の持ち合わせも少なく、すぐに使ってしまったそうだ。

それで空腹の中、街を徘徊していたのだがそこに犬猿の仲であるドワーフが目に入り、店先をみると人手を募集していた。

リーン本人はドワーフに対して思うところが無かったので、背に腹は代えられない事もあり、扉を叩いたところあの揉め事になったそうだ。

「で、あなたは本当にそのなんとか男爵の子息なのね?」

食事をし終えたリーンは、落ち着いたのか改めて聞いてきた。

「ランドマーク男爵家の三男です。うちは今、昇爵したばかりで人手不足なんです。リーンさんみたいな優秀なスキルの持ち主は貴重なので僕の舎弟……じゃなく、従者になってほしいです」

「従者ねぇ……」

ピンと来ないらしい。

「エルフは高潔な人種なの。仕えるにしてもそれなりに立派な人でないと。リューはいくつなの?」

「九歳です」

「驚いた! 本当に人間って早熟ね……。昔あった人間もそうだったけど、エルフの九歳よりしっかりしているわ!」

すみません、前世を合わせたらあなたとあんまり年齢は変わりません……!

とは言えなかったが、「ありがとうございます」とだけ言っておいた。

「それに、リューの親にも会わないと今はうんとは言えないわね」

「そうですね。それでは祖父と父が宿に泊まっているので案内します」

こうして、エルフのリーンを連れて宿に戻る事になった。


帰ってきたリューがエルフの美少女を拾ってきた。

これには祖父カミーザも父ファーザも驚いていたが、「こちらが祖父のカミーザと父のファーザです。おじいちゃん、お父さん、こちらはリーンさんといって、うちに雇ってもらいたい人です」と紹介すると……。

「「「え?」」」

リューの紹介にカミーザもファーザもそして、リーンも驚いた。

「リーンとはもしかしてリンドの森の村の村長リンデスの娘のリーンちゃんか?」

カミーザが知っているエルフだったのか問いただした。

「そうだよね、父さん? 面影があるから私もそう思いました」

ファーザも知っているのかカミーザの質問に賛同する。

「という事はカミーザおじさんにファーザ君?」

家出エルフ、リーンも聞き返した。

これにはリューは蚊帳の外だった。

「三人とも知り合いなの?」

「ワシが冒険者の頃、妻のケイ、ファーザとセシルさんと一緒に立ち寄ったエルフの村で出会った娘さんだよ。あの時は小さいファーザやセシルさんと同じくらいだったが成長したな。それでも長命なエルフだからまだ若いが」

「本当にそうだ。自分だけ老けて不思議だな」

ファーザも呆気にとられながら目の前のリーンを見つめる。

「……えっとそれでね?」

リューが仕切り直して経緯とスカウトについて説明し直した。


「それなら、ワシは反対せんぞ?」

「私もリーンちゃんがうちに来るなら大歓迎だ」

「カミーザのおじさんは恩人だし、ファーザ君の子供なら私も問題ないわ。お願いしたいくらいです」

「でも、家出はアカンぞ、リーンちゃん。家には連絡するからの?」

「……はい。ごめんなさい」

リーンはシュンとして謝る、祖父カミーザには頭が上がらない様だ。

「それにしても、まさかリューがリーンちゃんを拾ってくるとはな……。セシルさんも喜ぶな。わははは!」

「え? セシルちゃんも元気なのカミーザのおじさん」

「私の妻になったよ」

ファーザが代わりに答える。

「やっぱり、そうなったのね。あの時から仲良かったもの」


思いがけない出会いから、祖父と父、リーンの話は翌日にスゴエラ侯爵との会談を前に深夜まで盛り上がるのだった。

ちなみに、リューは蚊帳の外のままだったので一人早く寝る事にしたのだった。


スゴエラ侯爵とランドマーク男爵の会談は思ったより長引いていた。

祖父カミーザもその会談に参加しているのでリューとエルフのリーンは控室で待たされていた。

「長くない?」

状況をよく知らないリーンがもっともな感想を述べた。

「だね。何か揉める事でもあったのかな?」

「私は事情がいまいち飲み込めてないんだけど、カミーザおじさんが命を助けたんだから揉める理由ないわよね?」

「そうなんだけど。お礼の話をするだけで何時間もかかるわけないしなぁ」

リューとリーンが何度目かの同じやり取りをしていると控室の扉が開いた。

「リュー、リーン。会談は終わったから帰るぞ」

父ファーザが疲れた顔をして二人を呼んだ。

「「はーい」」

二人はやっと息がつまりそうな豪勢な部屋から解放されたのだった。


宿屋に戻る馬車の中。

「お父さん、なんで長引いていたの?」

「……侯爵が陛下に子爵への昇爵を働きかけると言い出してな」

なるほど、陛下へ直に断りを入れたばかりなので、それは父も困った事だろう。

それに今回の件は国と関係ない事だし、昇爵を望まないと断ったらしいのだが。

「今度はジーロを召し抱えたいと仰ってな。まだ早いし、そもそもジーロは陛下に気に入られて来年は王都の学校に行かせる事になるかもしれん。だから断るのには苦労したよ」

「ジーロお兄ちゃんはタウロお兄ちゃんと同じ学校を望んでいたよね?」

「そうなのだが、わからん。陛下や宰相閣下から推薦されるとこれも断るのが難しいんだ」

ファーザはため息をついた。

ジーロが望む進路に行かせたいのが親心だろう。

「侯爵は、ならばうちの孫娘を、とジーロの相手に勧めてきたのだがタウロの事もあるからこれも返答が難しくてな……」

「侯爵もこの段階で拗ねていたな。わはは!」

祖父カミーザが横からファーザの説明に情報を足してきた。

「リューを婿養子にという話も上がったのじゃぞ?」

祖父カミーザがリューをからかう様に言ってきた。

どうやら、命の恩人であるランドマーク家に報いる為にスゴエラ侯爵は親戚縁者になる提案を色々としてきた様だ。

まだ七歳である妹ハンナをスゴエラ侯爵の孫の婚約者にという話も上がったが、スゴエラ侯爵の孫にはすでに婚約者がいるので、小さい内から複雑な状況に関わらせたくないと、これにもファーザは強く断ったそうだ。

この世界、裕福であれば複数の妻を迎える事も多々ある事だが、母セシル一筋の父ファーザには抵抗があった。

与力でなくなった以上、領地の割譲も王都に許可を得なければならない為、現実的ではない。

こうなると三男で一番影響が少ないリューが婿養子という話が有力になりそうだが、スゴエラ侯爵もそれはそこまで積極的ではなかった。

タウロは学校での評判を、ジーロの評判は陛下や宰相が高評価している事をカミーザから聞いているが、リューの事は知らない様で凡庸と解釈したのかもしれないとファーザが予測したのだが。それはそれで傷つくんですけど……!

意外な流れ弾に胸を撃たれるリューであった。

そこへ、リーンが、「リューは期待されてないの? 私、これから大丈夫かしら」と、追い打ちをかけてきた。

ぐはっ!

機関銃で撃たれたかのように内心、吐血する思いだったが、「だ、大丈夫! 僕もお兄ちゃん達と同様に頑張っているからね」と、強がって返答するのであった。

「でも、才能が無かったら努力も虚しいものよ?」

ぐはっ!

エルフの言葉が、狙撃手の弾丸の様に心臓を抉る。

リーン、わざと追い打ちかけてない?

と、思ったリューだったが本人はいたって真面目な様子なので、質が悪い。

「僕のスキルはゴクドーに器用貧乏、鑑定があって……」

「器用貧乏!? ……リューいいのよ、強がらなくて……。ゴクドー? は知らないけど鑑定が別にあるだけでもまだ希望があるのだから。私も出来るだけ見放さないわ」

リーンは明らかにリューに落胆した様子だったから、この子の出来るだけというのも当てにならないと思ったが、後でビックリさせてやろうと企むリューであった。


宿屋に戻ると一泊し、ランドマーク男爵一行は翌日には朝一番で帰路に就いた。

帰り道は順調で途中、村で一泊し、その翌日の昼にはランドマーク家に到着した。

部屋に入ってきたエルフの少女に母セシルは気づくと、

「……リーンちゃん?」

「セシルちゃん?」

「「久しぶりー!」」

きゃー!

母セシルの少女な反応には驚いたが、そこに祖父カミーザに呼ばれた祖母ケイも加わり、今度は状況をよく知らないジーロが蚊帳の外になった。

リューはこの数日間で慣れたが、ジーロにはびっくりだろう。

わかるよジーロお兄ちゃん……、僕も同じだった。

戸惑うジーロの肩を叩くリューであった。


祖父カミーザと祖母ケイ、父ファーザと母セシルの四人は、リーンの故郷の村を救った事があるそうだ。

そして、先の大戦を村の者達と共に戦った経緯がある。

なのでリーンは村の救世主であり戦友である祖父カミーザ達に頭が上がらないのだ。

「一応、僕の舎弟……、じゃない、従者になるはずなんだけどね?」

「あの雰囲気だと、リューのお目付け役みたいな感じがするよ?」

ジーロの指摘に、「でも、リーンはそんなタイプじゃない気が……」とリューはリーンのトラブルメイカー的な性格に難ありと思った。

まぁ、まだ可愛げがあるから許されるけど。

リューの評価はそんな感じであった。

「まぁ、お父さん達みんな喜んでいるし、いいんじゃない? 僕は来年学校でいなくなるから仲良くね」

「王都の学校の方に行くの?」

「あ、お父さんから聞いていたんだ。うーん……、手続きを考えるともう決めなくちゃいけないんだけど、まだ悩んでいるよ」

「ジーロお兄ちゃんなら王都でも大丈夫だよ!」

「ありがとう。でも、勉強は普通だからなぁ。タウロお兄ちゃんと同じ学校でいいかもしれないなぁ」

うーん、うちの兄達は自分を過小評価し過ぎている気がする……。

兄タウロは学校で評価されて自分の立ち位置がわかったのだろうけど、それでも自分はまだまだと謙虚である。

ジーロも多分同じような感じで、周囲が凄すぎるから自分が平凡だと思っているようだ。

それが兄達の良さでもあるのだが、少しは自信を持ってほしいと思うリューだった。


「で、この子がリューの兄ジーロなのね?」

リーンが蚊帳の外のリューとジーロに話しかけてきた。

「これからは私は従者としてリュー達の下で仕える事になるからよろしくね」

態度は完全に雇う側のそれだが、リーンはこれがお願いらしい。

ジーロは素直に受け止めると、「リューをよろしくお願いしますね」と、答えた。

お兄ちゃん、普通の貴族の子ならそこは態度を咎めるところだよ。

心の中でツッコミを入れるところだが、ここはランドマーク家、これが普通で良いよね、とリューは思った。

「そうだ、僕は夕方までいつものやって来るね」

日課である城壁作りのことだ。

「今日くらいは休めばいいのに」

ジーロがリューを労わるように言った。

「何々? いつものって」

リーンが興味を持った様だ。

そこに母セシルが声をかけた。

「リューの日課をみたらリーンちゃんもびっくりするわよ」

いたずらっ子の様な表情をセシルがする。

「何か変な事でもしているの? じゃあ、付いていくわ」

セシルに言われてリーンも興味津々になったようだ。

「じゃあ、付いてきて」

リューは早速リーンを驚かせる機会を得る事になったのであった。


リューは作りかけの城壁に近寄っていく。

この子は何をする気なのだろう?

リーンは疑問だらけだった。

カミーザおじさん達はリューが凄い子だというのだが、スキルが器用貧乏では最初は良くても後の人生苦労だらけだ。

鑑定スキルがあるのでうまく成長できれば食うには困らないだろうが、この歳では今は大した事はできないはずである。

「じゃあ、やるね」

リューはリーンに声をかけた。

「城壁」とつぶやくと、地響きと共に地面が盛り上がり城壁がせり出してきた。

ちょっとした土の壁なら自分もできる。

精霊使いであり森の神官のスキル持ちだから土魔法は得意だ、だが、この規模は無い!

それも、石一つ一つの作りもしっかりしていて作りは精巧だ。

「ちょっと何これ!?

リーンは見上げて口を開けたまま驚くのであった。


目の前の事実にリーンは頭が付いていかなかった。

まだ九歳の子供が自分より規模が大きい土魔法を使ってみせたのだ。

一番の疑問は、このリューは器用貧乏で能力の制限がある事だ。

有り得ない事があり過ぎて、リーンは開いた口が塞がらなかった。

「一応、この城壁は僕が一人で毎日作ったものだよ」

ここぞとばかりにリューは自慢した。

毎日コツコツとやってきた成果だ、このくらいは自慢してもいいだろう。

「……ちょ、ちょっと! リューのスキルは器用貧乏じゃないの!?

正気に戻ったリーンが一番の疑問をぶつけた。

「そうだよ? でも、限界突破の能力があるから」

「……限界突破?」

「そう、ゴクドースキルの能力の一つで──」

リューの説明をリーンは聞いていたが長命のエルフの中でもそんなスキルの話、聞いた事が無い。

まして、限界突破って何その無茶苦茶な能力……。

「それってつまり器用貧乏でほとんどのスキルが使えて、限界突破で制限無く成長できるって事!?

「そう、最近は『経験値増大』も覚えたから、熟練度も人よりは上がるのが少し早いかも」

同情の目で見ていたリューが、一番ヤバい子だった事をリーンはやっと理解した。

「お、OK……。私が仕えるのに相応しい事がわかったわ。うん、そうよ! それくらい凄くないと私が仕える意味ないものね!」

「ポジティブだね……」

リーンは想像通りの人だなとリューも理解した。

このエルフさんはエルフ特有の偉ぶったところはあるが、正直で人に同情する優しさを持った偏見の無い女性だ。

ドワーフにも独特だがお願いが出来るし悪気が無い。

これから雇用主と舎弟、もとい従者として仲良くやっていけそうだ。


ランドマーク領という田舎では珍しいエルフのリーンはすぐに有名になった。

リューにいつも引っ付いて道の整備や城壁作りを一緒にする様になったので領民からは好感を持って受け入れられた。


そして、収穫の時期が訪れた。

豊穣祭で今年も開いた、ランドマーク家のお菓子の出店でジーロやリューとその子分の子供達と一緒にリーンも売り子を務めた。

その結果、リーンは完全にランドマーク領のアイドル的存在になっていた。

「ははは。評判を聞くと実際の性格との差に笑えるね」

リューがリーンをからかう。

領民の間でのリーンはリューの後ろから甲斐甲斐しく付き添う淑女として映っている様だ。

実際は、好奇心旺盛でリューに色々と教えてもらい行動に移す、天真爛漫な子で淑女とはまた違うタイプだが、その容姿から領民には美化されているようだ。

「みんなが勘違いしているだけでしょ? 関係ないわ、私は私だもの。それよりリュー、あのお菓子はもうないの?」

今年の出店は準備が出来なくてリゴー飴とリゴーパイを再販したのだが、リーンはそれが気に入ったのだ。

「城壁作りの合間の休憩の時にあげるよ」

「じゃあ、早速今日も頑張りましょう!」

エルフの森では甘味と言えば果物だったらしく、お菓子の存在にリーンは心奪われていた。

最早、ジャンキー並みのハマり方である。

ふふふ、シャブ(砂糖)漬けだね。──おっと、冗談でも不謹慎な表現だった、ダメダメ。

一人でボケて一人でツッコむリューであった。


リーンは城壁作業も手伝う様になって、元々センスがあったから慣れてくると上手く作れるようになってきた。

規模はまだまだだが、おかげではかどる。

土魔法の強化にもなるのでリーンも意外に飽きずに毎日リューを手伝ってくれていた。

全てはお菓子の為では? と、思うところもあるが、一応、僕には敬意は持ってくれている様だ。

次男ジーロの事も剣技がずば抜けている事に感心していた。

「やっぱりカミーザおじさんの孫なのね。長男のタウロ君も凄いんでしょ?」

「文武両道で『騎士』スキル持ちの、ランドマーク家の次代当主だからね」

リューにとって自慢の兄だ。

「それじゃ、リューはどうするの?」

リーンにとっては将来性では断トツだと思っているリューがどうするのか気になっていた。

「僕は家族みんなを影からサポートできれば何でも良いんだけど、今は王都の学校に行って可能性を広げる事が目標かな」

「……そっか。なら、私ももっと勉強しないといけないわね」

「え?」

「リューが学校に行くなら私も行くわよ? リューがよく言っている舎弟? なんだから当然でしょ」

そうなの?

意外に忠誠心溢れるリーンの発言に驚くリューであった。


ついにランドマークの街の城壁が完成した。

新興の男爵家にしてはかなり立派な城壁だろう。

これで、魔物の襲撃に怯える必要も無くなり、守りやすくなる。

領民も城壁の完成に喜び、リューが歩いていると功績を称えたり、感謝の言葉を伝えてくれた。

これには少しながら手伝ったリーンもドヤ顔で、「うちのリューは凄いでしょ!」と自慢するのであった。


この城壁完成の時期に合わせる様にスゴエラ侯爵領から職人達の移住者が集団でやってきた。

スゴエラ侯爵との会談でお礼を話し合った結果、人手不足のランドマーク領への職人や農業従事者の移住を大々的に募集したのだ。

その結果、第一陣の職人を中心とした約百人がやってきた。

住居はリューが街の城壁を作る際に、区画整理の一環でリューが土魔法で作った長屋なる煉瓦造り風の効率的な住居も沢山建てている。

この長屋のしっかりした作りには、移住者だけでなく、街の者もそちらに引っ越す程の人気だった。

区画整理に伴い、職人の住む場所の通りを作ったりもしている。

これはファーザや職人達と話し合った結果だ。

今まで急に忙しくなった事から空いた土地に製造拠点を飛び飛びで建てていたので、一か所にまとめて効率化を図ったのだ。

人気商品である手押し車やスコップなどの製造もこれで、もっと効率が良くなるはずだ。

移住者達はもっと田舎を想像していた者も多かったが、ちゃんとした住居、そして当面の仕事も確保できそうなので安心してくれたようだ。

また、第二陣が来るのでそれまでに村の方の家も増やさないといけないだろう。

だからやる事はいっぱいある。

領民もリューの仕事も当分は絶えないどころか忙しいだろう。

ランドマーク領の好景気は本格的に波に乗ろうとしていた。


年末が近づく中、コヒン豆の収穫時期が訪れた。

前年に比べて収穫量は数倍で取引商人は大喜びだった。

貴族からの催促に苦慮していたのだ。

ランドマーク家のコヒン豆を加工した『コーヒー』は、もう、貴族の間で貴重な嗜好品として広まっていた。

うちの黒い粉で貴族はシャブ(コーヒー)漬けに…、ぐへへへ。

と、また不謹慎な冗談を妄想するリューであったが、「リュー、悪い顔しているわよ。その顔は私嫌い」という勘が鋭いリーンに指摘されて止める事にした。

「香りは良いけど、この苦い飲み物の、どこがいいんだろう?」

と、リーンは一口飲むと正直な感想を漏らした。

なので、リューはそこにマジック収納から取り出した水飴を入れて甘めにしてまた飲ませた。

!? 美味しい♪ もう、リュー、最初からその甘いの入れてよね」

リーンは一気にご機嫌になった。

ふふふ、リーンもまたシャブ(甘味)漬けに……。

あ、しつこいネタは嫌われる……、リューはもう、このネタは使わないと思うのだった。


ファーザの執務室。

執事のセバスチャン、領兵隊長スーゴに、学校から一時帰宅したタウロ、次男のジーロ、そしてリューとリーンがいた。

祖父カミーザは隠居の身だから財務の話はみんなでしてくれと参加しなかった。

「今回のコヒン豆の収穫、そして『コーヒー』への加工と販売で例年の数倍の大金が入った。手押し車やスコップの製造でも大分利益が出ている。諸経費を差し引いてもかなりプラスだ。それで、使い道だが……」

「王都に来年から通うジーロの学費もかかるよねお父さん」

タウロが大事な事だと最初に指摘した。

「……その事なんだけど、ぼくはお兄ちゃんと同じ学校に行く事にしたから」

ジーロの決断に父ファーザも驚いたが、息子の決断を快く歓迎した。

「そうか、わかった。じゃあ、リューとリーンが王都の学校に行く時まで貯めておかないとな」

「……ごめんねお父さん。陛下や宰相閣下から推薦してもらえる予定だったのに」

ジーロが申し訳なさそうにしていたが、「大丈夫だよ、ジーロお兄ちゃん。僕が王都の学校に行くからランドマーク男爵家代表として頑張るよ!」と、リューはジーロの罪悪感を拭ってやった。

「それにリーンも付いてくるから、学費も倍かかるしね」

もちろんジーロを笑わせる為の冗談だが、「そうだね、三人も王都に行っていたら学費だけでランドマーク家は大変だよね。ははは!」と、ジーロもそれをわかって笑ってくれた。

「おいおい、父さんは三人くらい王都の学校に行かせられない甲斐性無しじゃないぞ。わははは!」

父ファーザもそれを汲んで話に入ってきてくれたのだった。

話は脱線したが今年の予算は領内の開発に投資する割合を大幅に増やす事でまとまったのだった。


新年を迎えランドマーク家は新たな門出を迎えた。

ジーロの受験だ。

スゴエラの街の学校は南東部では一番の学校で、近隣から貴族達も多数受験する。

長男のタウロは二年前に受験して一番だった。

今年はジーロの番だ。

流石に文武両道のタウロの様に一番とはいかないだろうが、良い成績を残して合格してくれるだろう。家族みんなが期待した。


……大丈夫だろうか?

ジーロは一抹の不安を持って受験を終えていた。

筆記試験は母セシルに教わっていた事が偶然問題に出ていた事もあって、ジーロは合格が微かに見えてきたかもとは思っていた。

だが、南東部のみならず、南部、東部の貴族やお金持ち、優秀な庶民も受験する学校だ。

油断は禁物、実技試験はさすがに筆記試験の様にはうまくいかないだろうと、気を引き締め直して臨んだ。

魔法試験では得意の治癒魔法を見せて自分が出来る最大の事をアピールしたつもりだったが、試験官がぼくの駄目さに驚いていた、でも、気にせずに最後までやれたと思う。

武術試験では剣、槍、メイス、体術、これも自分の得意なジャンルでアピールした。

これは、全て試験官がわざと負けてくれた様で、驚く演技までしてくれた。

あまりの駄目さにきっと気を使われたのだろう、あんまり手応えがなかった。

武術は一番自信があっただけに、僕は自信を喪失しそうだ。


受験からジーロが帰って来てから翌日の事。

「……ジーロお兄ちゃん、試験から帰ってきてずっと元気がないよね」

元気の無いジーロを心配してリューが父ファーザに聞きに執務室に顔を出した。

「……試験の内容があまり良くなかったらしい。手応えがあったのが筆記試験だけだったみたいだからな」

ファーザも心配なのかため息をついた。

「え? 一番、苦手だと言っていた筆記試験が?」

「セシルから習ったところがたまたま出題されたらしい。本人はそれだけが良かったと漏らしていた」

これは意外な展開だった。

ジーロは、筆記は兄タウロに及ばないが魔法と武術は十分匹敵すると思っていたのだ。

なので、心配は全くしていなかったのだが、試験当日、緊張で本領を発揮できなかったのかもしれない。

そんなジーロは初めてだったのでリューも心配だった。

「もう、終わったものを心配しても仕方がないわよ」

二人の深刻な顔を他所にリーンが率直な事を言った。

「そうなんだけどね……?」

リーンの言う事も尤もだ。

だが、進路の事を考えなくてはいけない。

万が一、落ちていたら他の学校に行かせるのか、それとも一年待って再受験させるのか、悩むところだ。

スゴエラの街の学校は二十歳以下まで受験できるので一年待ってもおかしなことではない。

実際、そうする受験生も少なくないのだ。

ジーロはタウロと同じ学校を望んでいるし、来年の受験を勧めていいかもしれない。

後で母セシルにも話さなくてはいけないが、ファーザとリューはその方針で答えを出した。

「まだ落ちたわけじゃないんだから、合格発表を聞いてからにしなさいよ二人とも」

また、リーンが鋭い事を言う。

確かに、ジーロの落ち込む姿を見て、もう落ちた気分になっていたが、まだわからないのだ。

最悪、補欠合格もあるかもしれない。望みを捨ててはいけない、受かればいいのだ。

一縷の望みに賭けてランドマーク家の面々は合格を祈るのだった。


合格発表当日にスゴエラの街に再びジーロと付き添いのセバスチャンが訪れた。

合格発表後、手続きなどもあるので本人がくる必要があるのだ。

遠方からの受験者などは、受験日から合格発表までの間、街に宿泊するらしい。

だからこの時期は、一年中活気のあるこの街も異様な熱気に包まれる。

合格すれば箔が付き卒業後の就職にも有利に働く。

だが、落ちれば、それまでなのだ。

受験者は皆、必死だった、ジーロもその中にいた。


遂に広場の掲示板に合格者が張り出された。

受験者が受験票を握りしめて押し寄せる。

ジーロもその中に紛れた。

ジーロは自分の番号を探したが、肝心の自分の番号はそこには無かった。

愕然とするジーロ。

いや、まだ補欠がある、一番最後に張り出されているはずだ。

ジーロは最後の望みに賭けてそちらも確認したが、やはり番号はなかった。

ジーロは崩れ落ちそうになった。

そこにセバスチャンがジーロの肩を叩く。

「ジーロ坊ちゃん。あれをご覧ください」

セバスチャンの指さす方向には……。

『首席合格者:2801番ジーロ・ランドマーク』

と、張り出された紙だった。

そう、ジーロは受験者の中で一番の成績で合格していたのだった。


ジーロの首席合格はランドマーク家を沸かせた。

タウロ、使用人のシーマ、そして、ジーロと三年連続、三人続けて首席合格者を出したのだから喜ばずにはいられない。

この事はスゴエラ侯爵の耳にも入ったらしく合格を祝う手紙が送られてきた。

同じくタウロが交際しているエリス嬢の親、ベイブリッジ伯爵からもお祝いのメッセージが届いた。

こうなると……僕のプレッシャーが半端ないんだけど!?

二年後はリューとリーンが王都の学校を受験する予定だ。

ランドマーク家の未来の為にも連勝記録を伸ばす為にも期待されるところだが、ここはリーンに先に来年受験してもらって連勝記録を止めてもらえないだろうか?

「馬鹿な事を言わないで! 私はリューと一緒に受験して一緒の学年で勉強するんだから。それが出来れば、順位なんてどうでもいいの」

口は悪いけどランドマーク家への忠誠心は本物なんだなとリーンに感謝するリューだったが、やっぱりプレッシャーはかかる。

残り二年間、しっかり勉強して武術も磨き、魔法も強化していこう。

今は出来る事をやるしかないのだ。

幸い、城壁作りは終わったし道路整備もメインの通りは終えている。

移住者達の為に大工達と共に、まだ家を沢山建てないといけないが、最近ではコツを掴んだので数軒同時に作る事もできるようになってきた。

今のペースなら次の移住者が来る前に一通り建てて落ち着くだろう。


ジーロが学校に行く時期になり、それと同時にリューは十歳になった。

さらにランドマーク領にはまた、移住者の第二陣が押し寄せた。

今回は事前に報告があったが、三百人もの人がやって来た。

今回は二度目という事で前回よりもスムーズに家を割り振り、村の方にも農業従事者が沢山訪れた。

コヒン豆作りが人手不足だったので、これは大いに助かる。

職人も、欲しかった陶芸家が複数人含まれていた。

実はリューが地道に作っているトイレの便器を職人達で生産できないかと思っていたのだ。

ランドマークの街では、少しずつ普及して領民達からも絶賛されている。

最初こそ、道端でしたら駄目なの? とか、川でいいじゃんとか、衛生面でかなり問題な常識が当たり前にあったのだが、スライムによる排泄物処理でほとんど臭くなく汚くないので女性を中心に喜ばれ始めると、男性も病気が減るというリューの説明に、心動かされた。

それからは、各所に配置してあるトイレで用を足すのが、常識になりつつある。

この勢いは大切にしたい。

領外の街や村では未だに排泄物の処理はずさん過ぎて、それが原因で時折病が流行り、亡くなる者も後を絶たない。

この問題が解決すれば、自ずと平均寿命は上がるだろう。

なので、便器作りの為にリューは土魔法で大きな窯を作り、陶芸家に提供した。

もちろん、便器の構造を教え込んで一から作ってもらい、焼いて完成させるところまで指導する。

これが出来れば、ランドマーク家の新たな収入源になるはずだ。

道のりは遠いが、職人達と地道にやっていこう。


リューとリーンは毎日忙しかった。

勉強に武芸、街の発展の為に家を建てたり、職人達と新たな商品の開発、試行錯誤と奮闘した。

あと、妹のハンナが八歳になったので本格的に勉強と武芸の鍛錬に参加するようになったのだが、こちらがまたランドマーク家の才能の片鱗を見せていた。

最初、女の子という事で、勉強はともかく武芸は人並みで、他の女性らしいたしなみを覚えさせるつもりでいたファーザとセシルだったが、勉強は一を聞けば十を理解し、武芸は兄達の背中を見てきたせいか要領がよく、コツといったものを理解していて八歳とは思えない天才っぷりをみせた。

そう言えば、ハンナのスキルはなんなのか聞いた事が無いリューだったが、母セシルに午前の授業中に聞いてみた。

「これは人に絶対言っちゃ駄目よ?」

セシルが真剣な顔つきで念を押してきた。

何やら知られるとまずいらしい。

「……うん」

リューとリーンは頷くとセシルの言葉を待った。

「『賢者』と『天衣無縫』という特殊スキルなの」

「『賢者』!?

リーンがこれ以上ないくらいに驚く。

側にいるハンナは自分の話をされているので、耳を傾けていたがスキルの事で驚かれているのが不思議なようだ。

どうやら、人に言わない様口止めされているが、細かい事は説明されていないらしい。

リーンが驚くのも仕方が無い。

『賢者』はとても有名であり、とても希少なスキルだ。

『勇者』や『英雄』、『剣聖』、『聖女』などに匹敵する。

さらに『賢者』に加えて、『天衣無縫』というリューの『ゴクドー』と同じ特殊スキル持ちとなると成長次第で人類最強クラスになるかもしれない。

これは、本当に秘密にしないと、知られた時、世間が混乱すると思ったリューであった。


妹ハンナの件は、リーンとリューは一切口外しない事を母セシルと固く約束したが、二人もうっかり漏らす事を恐れた為、うっかりしても漏らさずに済むよう魔法の契約を結ぶ事にした。

魔法契約は、契約者が解除しない限り、切れる事は無い。

その代わり両者の同意が無いと結べないが、そこは問題なかった。

リューは散々兄達の天才ぶりを見てきたが、妹がそれを上回るであろう真の天才だという事を知った日であった。


リューは執務室に赴いて、ファーザに一つの提案をしていた。

「学校を作る?」

ファーザは首をかしげる。

学校は隣領のスゴエラ侯爵の元に大きなものがある。

リューの提案がいまいち理解できないファーザだった。

「はい、と言っても、お父さんが想像しているものではなく、読み書きや簡単な計算を教える学校です。残念ながら領民の識字率はとても低いです。国内的にも低いですが、それだけに読み書きできる者は重宝されます。領民が読み書きできれば、領内の発展にも繋がると思うんです」

「……なるほど。確かに、読み書きできると契約時に騙されたり、他所の商人から計算で欺かれたりする被害も無くなるし、領民が知識を得て豊かになる事は悪い事じゃないな」

「はい。学んでもっと勉強したい者は、それこそスゴエラの街の学校に行く者も現れるでしょうし、そこで学んだ者が領内に戻って発展に貢献する者も現れると思うんです」

「よし、学校を作ろう。教師役は知識人でリューの鑑定もした事があるサイテン先生や、読み書きができる隠居した者達を雇えば、なんとかなるだろう」

懐かしい名前を聞いた。

サイテン先生と言えば王都にも顔見知りが多いという知識人だが、自分の『ゴクドー』スキルの鑑定以来、接点が無かった。

今は何をしているのだろう?

教師の依頼も兼ねて挨拶に行ってみよう、と思うリューであった。


ランドマークの街の外れにサイテンの家はある。

四年ぶりなのでサイテンの顔を思い出す事ができなかったが、丁度、家から一人の男性が出てきた。

その顔を見てやっと、記憶の底からその男性がサイテンだと思いだした。

手には如雨露を持っているので庭の菜園に水をあげようとしている様だ。

「あれ? エルフと少年……。ああ、リュー坊ちゃんですね」

サイテンはリュー達に気づくと見聞きした事を思い出し、リューに辿り着いた様だ。

「約四年ぶりですね。大きくなられたのでわかりませんでした。ははは」

サイテンは笑顔で二人を歓迎すると室内に案内した。

「あ、そうだ。久しぶりにリュー坊ちゃんの『鑑定』をさせてもらってもいいですか?」

二人が席に着くとサイテンが先に聞いてきた。

「え、あ、……どうぞ」

リューはサイテンのマイペースさに困惑した。

「……おお! 未知のスキル『ゴクドー』には、限界突破に経験値増大が!? これは凄い。弱点になりそうな『器用貧乏』を、『ゴクドー』スキルが最高のものにしてくれているとは! それにしても、リュー坊ちゃんは努力を重ねられていますね。経験値増大が、あるにしてもこれ程のステータス、王都の学園の生徒にもいないでしょうね」

サイテンに『鑑定』スキルで丸裸にされて恥ずかしいリューだったが、最後に褒められたので嬉しかった。

「これは、論文を書かなくては! リュー坊ちゃんすみません、お越しいただきましたが今日はこれで……」

「いやいや、今、僕達来たばかりですから!」

リューは慌ててサイテンにツッコミを入れる。

「せめてこちらの用件を聞いてからにしてください!」

続けてリューが言うとサイテンも自分の悪いところが出たと思ったのか謝った。

「すみません、つい……。──それで、今日は何のご用件でしょうか?」

やっと本題に入れるとリューは安堵して教師の件をお願いした。

「うーん。そうですね。ご協力したいところですが、研究や論文作成など色々あるもので、上手く時間を割くのは難しいですね。あ、私のところに読み書きを学びに来ていた者が街にいるのでそちらを紹介しましょう」

体よく断られたが、代わりの人物を紹介された。

なんでも、『教師』のスキル持ちらしい。

今は『薬剤ギルド』で受付事務をしているそうだが、勧誘してみる事にした。

リューはサイテンに手紙を書いてもらい、それを薬剤ギルドの受付事務の女性に渡した。

腰まである黒い長髪に眼鏡、痩せ型ですらっとしている。

エルフのリーンが傍にいるので感覚が麻痺しそうだが、この女性も十分美人と言っていいだろう。

「サイテン先生から?」

驚いた顔をしていたが、手紙を読むと目を輝かせた。

「私、シキョウと言います。ぜひやらせてください!」

あっさりと今の職を辞める事に躊躇がないので、リューはびっくりしたが、本人がやる気なので任せる事にするのだった。


学校の建物に、教師の確保、あとは、生徒が集まるかどうかが問題だった。

どの時代でもそうだが、貧しければ子供は働き手であり、それを手放す親はそういない。

だが、今のランドマーク領は事情が違った。

インフラも整い始め、領主の改革で領民は裕福になってきている。

裕福になれば余裕が生まれ、子供の将来を考えるゆとりが親にもできつつあった。

早速、学校の設立と、その目的を領民達に伝え、生徒の募集を大々的にした。

すると、子供達を学校に行かせて読み書きを学ばせようとする者が思いのほか多かった。

あっという間に一クラス分の子供が集まった。

そこへ、時間帯によっては自分も読み書きを学びたいと希望する大人も現れた。

読み書きの重要性は、大人になって社会に出た者ほど現実を知り、子供の時に勉強出来ていればと後悔するものだ。

なので、夕方からは、大人向けの授業をやる事にした。

教師はシキョウ他、数人が確保できているのでシキョウに割り当てをしてもらう事にした。

シキョウは俄然やる気で、頼もしい。

本人も学校には思い入れがあり、色々と提案してくれる。

先を見通した意見も多いので、シキョウに学校の事は全面的に任せて良さそうだ。

リューは学校の為に黒板を用意した。

シキョウから何か書くものをという希望があったのだ。

作り方は簡単で土魔法で岩板の表面を綺麗にしただけだが、チョークで字が書ければ十分だった。

チョークは石膏を街で入手してそれを固めて作ったら完成だ。

作りは簡単だったが、教える側にはとても便利なものである。

生徒一人一人にも薄い石板を用意して、書けるようにした。

やはり、書いて覚えるのが一番だからだ。

難点は落としたらすぐに割れるということだったが、リューの土魔法でいくらでも用意できるので、学校の庭には、予備で作った石板が山積みになっているのだった。


学校の開始はスムーズに進んだ。

全てを任されたシキョウが一つ一つ問題を解決して、初日を迎える頃には慌てる事なく授業が行われた。

生徒達は目を輝かせて先生の話を聞いて、黒板を見る、積極的に石板に黒板の字をマネして書く。

消しては書く、その繰り返しだ。

廊下から初授業を眺めていた父ファーザとリューは、この光景にランドマーク領の未来に手応えを感じるのだった。


領民からの反響は大きかった。

日が経つごとに領都を歩いているとお礼や感謝の言葉が送られてくる。

「自分の名前が読み書き出来る様になりました!」

という、まだ、そのレベルではあったが、これから完全に読み書き出来る様になれば、本を読めるようになったり、仕事で計算出来る様になったりと、可能性が広がっていくはずだ。

読み書きと簡単な計算を教える授業は無料で行っていた。

その分は、ランドマーク家の負担になるが、目に見えない部分で将来、この領地にリターンがあると見込んでいる。

それに悪さをする商人もいなくなるだろう。

不当な契約書で騙されていた者は文字が読める事でそれを回避し、計算できずにピンハネされる者も自分で計算出来ればそれも無くなる。

悪い商人はこの街から駆逐されるのだ。

近い将来そうなるだろう事をリューは確信した。

もちろん、字が読めても騙される者はいる。

以前のランドマーク家がそうだった。

信用して任せていたら、請求額の水増しが行われていたのだから、信用するのも限度がある。

だが、字が読め、計算出来れば、いつか被害に気づき、訴え出てくれる者は現れる。

その時、ランドマーク家が裁けばいい。

領民の可能性が広がる事を想像したらリューは楽しみでウキウキするのだった。


ある日の事。

道を歩いていると、道路上に落書きがされていた。

○○好きだー!

とか、

○△の馬鹿!

などと書いている。

練習を兼ねているのだろうが、実名を書いちゃいけないだろ。というか景観を損なう。

なので、リューはすぐに看板を立てた。

「道への落書き禁止」

すると落書きはすぐに収まった。

文字が書けて、文字が読める、ちゃんと領民は出来る様になってきている。

その事にリューは嬉しかったが、それ以上に、領民が看板の内容にちゃんと従う良識がある事がもっと嬉しいリューであった。


学校の設立が完了したリューは次の事案に移っていた。

長旅に必要な馬車の地面から伝わる衝撃を緩和する為の改造だ。

職人達を集めてリューが描いた設計図を基に技術的に可能なレベルに仕上げていく事にした。

リューが考えたのは馬車の車輪部分と車箱(人が乗る部分)を別にして、前後四か所にアーチ状の衝撃を緩和する鉄と木製のフレームを付けて車箱を吊り上げる構造だ。

もちろん車箱と車輪の間にも鉄製のスプリングと木製の弓型の簡単なサスペンションを入れる。

これで、上からの人や荷物の重さを緩和し、下から上への衝撃を抑える。

問題は強度面で実際作ってみて確かめなければならない。

職人達はリューのこの提案に目を輝かせると喜々として作り始めた。

これが完成すれば、史上初の馬車になる確信が誰もにあったからだ。

それくらい、リューの提案した馬車は革新的だった。

リューにすればサスペンション有りきで最初から考えたので出てきた案だが、現在の馬車の構造から考えたら中々思いつかないものだろう。

それだけに職人達にすると、この十歳の領主の息子は天才に映っていた。


新型の馬車の製作と共に、リューはもう一つ、馬車よりは簡単なものを考えていた。

手押し車とは別の利用目的を持った二輪の引き車「リヤカー」である。

手押し車は一輪車だからこその小回り、機動性を持っているが、リヤカーは小回りが利かない代わりに安定感がある。

これは、リューが土魔法の鉄精製で形を作ると、車輪を付けてすぐに職人達に見せた。

これは、物珍しくなかったようで、何となくみんな思いついていたようだった。

が、形にしている物は木製で重く、ほとんど広まる事なく終わっていたので、すぐに商業ギルドに登録する事にした。

今更人が引かずとも馬に引かせればよいと思うところだったが、わざわざ馬に引かせる事も無い力仕事や、そもそも馬が無い者にとっては人力以外にないので、鉄で骨組みを作り、薄い板を貼っただけに軽量化されたリヤカーは魅力的に映るはずだ。

リューはこれもすぐに商品化させて商人に宣伝してもらった。

予想に反して街ではあまり売れなかったが、これは、主に農村部で売れる事になった。

やはり、馬や牛の様に餌を必要としないで軽い力で引けるリヤカーは魅力的に映ったのだ。

「うーん。街では何で売れないのかな?」

リューが原因を考えていると、リーンが一つ指摘した。

「街は狭くて道は馬車が通るから、リヤカーは場所を取って邪魔になるんじゃない? それなら、今まで通り小回りが利く手押し車でいいもの」

そう言われて、リューは前世の物に例えてみた。

「それは、日常で普通車と原付の使い分けをしていると、今更、軽自動車はいらないって事だね!」

「ケイジドウシャ? よくわからないけど納得したなら良かったわ」

リーンはリューの説明を理解できなかったが、聞かなかった事にした。


リヤカーは静かに農村部で火が付くと行商人達の間でも、流行しだした。

馬車を借りるお金は無いし扱う商品も多くないが、リヤカーなら丁度、商品が多めに運べて元が取れるから便利と話題になったのだ。

各地を行き交う行商人の実践込みの口コミで、より一層、村々に広まる事になる。

馬車は試作品が出来たがうまくいってなかった。

車箱を支えるフレームが鉄がメインだとコスト的にも技術的にも厳しいという話になったのだ。

そこで、木製フレームに変更、鉄板でそのフレームを補強して車箱を支える形に変更した。

その車箱を支えるサスペンションは板バネ方式を取り入れた。

板バネを何枚か重ねて両端をボディーにつなぎ、弓なりとなった板バネの中央に車軸を固定する構造で衝撃を吸収するものだ。

これは、最初に考えていたスプリングを、職人に提案したのだが、今の技術では無理だと判断された結果、絞り出したものだった。

そういった試行錯誤の末、『乗り心地最高四号改』(仮)が完成した。

リューのネームセンスは置いておいて、職人達の技術とリューの知識が詰まった馬車に父ファーザと母セシル、そしてリューが一緒に乗り込むと街を走らせてみた。

「おお! 衝撃がほとんどないじゃないか!」

ファーザが驚いた。

木製強化フレームの吊り上げ式と板バネで大きい衝撃は吸収されていた。

散々王都との往復を体験した父の発言だ、これ以上の評価は無い。

「本当に乗り心地が良いわね! 振動が柔らかいもの」

セシルも今まで突き上げるような衝撃をクッションで誤魔化していたので感心しきりだった。

二人とも満足してくれたので、リューはそのまま商業ギルドに向かうと特許登録するのだった。


開発から半月が経ち、ランドマーク製『リヤカー』は農村部でじわじわと、ランドマーク製『乗用馬車一号』(リューの名付けたものはファーザに却下された)は、都市部で貴族やお金持ちに口コミでじわじわと売れ始めていた。

『乗用馬車一号』は乗らないと良さがわからないので、売るためにはその外観に頼るしかなかったが、明らかにこれまでの馬車とは形が違うので街を走っていると目を引いた。

そして、商品名の頭にランドマーク製を付けた。

ランドマーク家の名前は「黒い粉」で有名な『コーヒー』でブランド力が高まりつつあったので貴族達の間では、「あの『コーヒー』のランドマークが作った馬車? ほほう、それは興味深いですな」と、新しい物好きの興味を引いた。

まだ、この『乗用馬車一号』の入手がしづらいなか、入手できた一部の貴族の間では、この革新的な馬車の乗車会が行われたとか。

というか、つまるところ、一足先に購入できた貴族の自慢大会なのだが、この個人的に行ってくれる乗車会のおかげで確実に貴族に浸透していく事になる。

取引を任せている商会を通じずに直接、ランドマーク家に注文の手紙を送ってくる貴族もおり、一時、その対応に苦心する事になった。

終いには、直接使者を送ってきた近隣の貴族もいた。

どうしても、早く手に入れたいと懇願されたが、それでOKを出すと今後もっと混乱する事が予想される。

なので、予約の順番があるのでお待ちください、と丁寧にお断りする事になった。

とはいえ、贔屓はやはりある。

元寄り親であるスゴエラ侯爵の元には頼まれていないが真っ先に贈呈したし、長男のタウロの交際相手エリス嬢の実家、ベイブリッジ伯爵家にも優先的に回した。

ここで迷うのが、王家だ。

王家には昇爵の件や、ジーロの推薦の件など何かと恩義がある。

だが、こちらから頼まれてもいないのに贈っていいものかとファーザは思った。

さらには王都までが遠すぎる。

献上するとなるとまた、直接、自分が行かないといけないだろう。

贈る為に往復一か月半は遠すぎる。

その間、またランドマーク家を留守にするにはここのところ色々あり過ぎた。

今は、離れるわけにはいかない。

ファーザはリューにそう漏らしたのだが、リューが一つの案を出してくれた。

それは、王家に献上できるほどの物ではありません、を口癖に近隣の貴族達に謙遜して回る事だった。

文字通り恐れ多くて気軽に贈れません、という形をとったのだ。

数か月後、そのせいなのかどうかはわからないが、王家御用達の王都の大商会から注文が入る事になり、ファーザが直接王都に行く心配は無くなるのだった。


夏、タウロとジーロそして、シーマが夏休みで一時帰宅してきた。

シーマはすっかりタウロとジーロの従者に収まっている。

この三人、学校での成績が優秀でずっと上位を守っていた。

学校ではタウロはその優秀さから上級貴族の子が占める生徒会に異例の推薦で、入る事になった。

さすがにシーマは平民なので駄目なようだがタウロの従者として出入りしていて結果的に仕事を手伝っているので、周囲からは関係者として映っている様だ。

そこに、首席合格で入ってきた弟ジーロの登場である、学校中はあのタウロ・ランドマークの弟が入学してきたと騒ぎになった。

とても控え目でいて、気が利き、剣も魔法もずば抜けているのだから羨望の的になった。

それでいて、努力を惜しまず、放課後も勉強し剣を振る姿を生徒達はよく見かけていたので、嫉妬される前に脱帽する者が多かった。

ランドマーク家はスゴエラの街の学校では、敬意を持って、迎えられている様だ。

それを聞いて、リューは嬉しかった、自慢の兄達だ。

シーマが、また、平民の中で人気らしく、気さくでいて、ランドマーク家への忠誠心が高いと評価されていて、貴族に仕える者や、これからそうしたい者にとっての手本になっているそうだ。

普段のシーマを知っているリューにとっては、想像できない話だったが、タウロが言うのだから事実なんだろう。

どちらにせよ、みんな頑張っている。

リューも一年半後にはどこかの学校に入学するのだから、ランドマーク家の看板を背負う事になる。

前世で組の看板を守ったようにランドマーク家の看板に泥を塗らない様に務めを果たす事が大事だと思うリューだった。


久しぶりにリュー達兄弟は剣の鍛錬を一緒に行う事にした。

そこに、シーマも加わる。

リーンは見学する事にした。

リーンの得手は突きに特化した細剣、弓にメイス、体術なので通常の剣は専門外だからだ。

兄タウロは背も伸びて体格もよくなってきていた。

それにやはり同年代のライバル達がいるから切磋琢磨して以前よりも十分強くなっている。

シーマも同じで学校に通っている一年の間に心身共にかなり成長した事を実力で示していた。

だが、みんなが驚いたのはリューの成長だった。

ジーロはタウロ達と違って数か月前まで一緒だったからあまり驚かないがそれでも、半年前に比べて随分成長しているのがわかった。

「リュー、何か特別な事でも始めたの?」

ジーロはリューがこの数か月で何をしていたのか気になった。

「? うーん……。リーンとおじいちゃんのところに行って特訓したり、魔境の森に行くのに付いていって魔物を退治していたくらいかな」

そう、リューはこの数か月、リーンと一緒に祖父のカミーザに付いてみっちり実戦を経験していた。

実戦を積み重ねる事で、余計なものをそぎ落とし、いかに効率よく魔物を倒すかを磨いていたのだ。

経験を積む事で咄嗟の判断にも迷いがなくなり、大抵の事では動じない鋼の精神を得ていた。

もちろん、リューには『ゴクドー』スキルの能力〈経験値増大〉があるのでそのおかげもあるが、実戦の経験はかなり大きかった。

「これは、僕もすぐに追いつかれそうだな」

タウロが笑って弟の成長を喜んだ。

「リュー坊ちゃん流石っす、自分全く歯が立たないっす!」

シーマもリューを褒め称えた。

「僕なんて大した事ないよ。リーンの弓矢の技術がまた凄いんだよ? 体術と合わせて弓矢による近接戦闘が鮮やかなんだ」

リューが自分の舎弟もとい、従者であるリーンを誇った。

「弓矢での近接戦闘?」

中・長距離専門の弓矢で近接戦闘とは聞いた事が無い、なのでみんな想像が出来ずにいた。

「敵に接近された時に、体術で相手を捌きながら至近距離で急所をことごとく矢で射抜くんだけど、魔物はみんな即死だよ。あまりの鮮やかさに驚くと思うよ」

見てみたいが、それをされると自分達が即死なので的を射抜いてもらう事にした。

普通の的と、木を間に視界を遮った的、壁の裏側に上に向けた的とリューは変な設定をした。

リーンは、「曲芸じゃないのよ?」と言いながら、弓矢を構えると普通の的の中心を射抜き、続けざまに真上を射る様に曲線を描いて壁の裏側の的を射抜いた。

さらに矢を少し曲げて、歪んだ矢を射ると鋭く野球のスライダーの様に曲がりながら木で視界を遮った的を射抜いてみせた。

最後に、また、普通の的を狙うと、最初に射た矢の尾の部分である矢筈に命中させて真っ二つにしながらまた、中心を射抜くのだった。

これらの技術には、タウロ達もびっくりし、拍手すると、「リーン凄いね! エルフの弓矢の技術に並ぶ者無しって言うけど、まさにそれだよ!」と絶賛した。

「まぁ、私はリューの従者だから当然だけどね!」

リーンもまんざらでもないのか、へへーん! と上機嫌で鼻を高くしてみせた。

「俺も従者として負けてられないっす!」

シーマがやる気を出して素振りをし始めた。

「シーマも頑張っているから大丈夫だよ」

タウロがフォローすると、ジーロも頷いた。

「そうだ、夏休みの間、僕達もリューの特訓に付き合って魔物退治に行きたいね」

タウロが提案するとジーロとシーマもそれに大いに賛同した。

「じゃあ、おじいちゃんにお願いしないと。早速行ってみる? 今の時間帯ならおじいちゃん森に出かけているはずだよ?」

リューが案内する気満々になった。

「今からだとおじいちゃんみつけるだけで大変そうだけど大丈夫?」

ジーロが素直な疑問を口にした。

「それなら、リーンが『追跡者』のスキル持ちだから、すぐみつけてくれるよ。迷子になる心配もないよ」

リューがリーンの有能さをアピールした。

「さすが、森の民だね」

タウロがエルフの別名を口にした。

「森は私の庭だから」

リーンもその別名に誇りを持っている様だった。


昼過ぎ。

リュー、リーン、タウロ、ジーロ、シーマの五人は装備を整えて、魔境の森の境の城壁まで来ていた。

途中はもっぱらここまで乗ってきた『乗用馬車一号』の話題で持ちきりだった。

特にジーロが、これなら馬車が苦手な人も苦にならないねとか、長旅に向いているとか、王都までの往復がトラウマになることないよねとか、本人が十分トラウマになっているっぽいしつこさで熱く語っていた。

ジーロお兄ちゃん……、やっぱり王都往復は相当苦痛だったのね……。

リューはジーロに心の底から同情したのであった。


タウロはこの魔境の森での戦いについて、話には聞いていた。

本人が学校で留守の時であったから、自分もその時ここに居ればと忸怩じくじたる思いがあるようで、「ジーロやリュー達が危険に身を晒して戦っている時、自分だけ勉強していたのを知った時は情けなかったなぁ」と、つぶやいた。

「タウロお兄ちゃんが勉強している間に貴重な体験したよ」

ジーロがタウロの罪悪感を払拭する様に冗談を言った。

「そうそう。タウロお兄ちゃんは残念だったね。おじいちゃんとお父さんが凄かったよ。確かに危険はあったけど、あの体験は貴重だったね」

リューもそれを察してタウロに意地悪な言い方をした。

「二人とも……。それは羨ましいな。ははは!」

タウロは二人に感謝する様に笑って罪悪感の全てを吹き飛ばすのであった。

「カミーザおじさん、見つけた」

リーンが城壁上から森の一か所を指さした。

みんながその指さす先をみると丁度いいタイミングで爆発と共にはるか向こうの森の一部が吹き飛んだ。

カミーザお得意の火魔法を使って魔物を吹き飛ばした様だ。

「おじいちゃん、派手にやっているね」

タウロが驚いたがリューとリーンは見慣れた光景だったので、「いつもここでは、あんな感じだよ?」と、フォローになってないフォローをした。

「そうなんだ……。じゃあ、とりあえず、行こう」

タウロが気を取り直して一同を行くように促す。

一行は頷くと、カミーザと合流する為に森に入るのだった。

「おじいちゃーん!」

リーンの案内で最短でカミーザの足跡を辿ると森の奥でカミーザを発見した。

「おー、なんじゃタウロ達も来たのか、少し遅かったのう。もう少し早かったら、オーガ達と戦えていたぞ」

タウロとジーロ、シーマはオーガと聞いて驚いた。

オーガは冒険者の間ではCランク帯の討伐対象で、鬼の様な容姿をした魔物だ。

その習性は武器を持ち、鎧に身を纏い、戦士然としていて、戦う事を喜びとしている厄介な相手だ。

「それは残念! 前回、勝負つかなかったから、やりたかったなぁ」

リューがリーンと相槌を打つ。

「え? リュー、相手はオーガだよ? そんな大物相手にして危険じゃない?」

タウロが自分の弟が想像以上に危険な事をしている事に動揺した。

「うん、強いよね。オーガ! リーンと二人がかりで、いい勝負だったから、お兄ちゃん達と一緒なら必ず勝てたのになぁ」

リューが残念そうに言う。

うちの弟、感覚が麻痺している!

タウロはリューとリーンに呆れたが、そもそも祖父の教育方針が危険なのかもしれないと原因を考えるのであった。

「リュー、カミーザおじさん。魔物が九時方向から二体接近している」

リーンが『索敵』で、魔物の接近にいち早く気づいた。

「お? さっきのオーガの連れかの。よし、タウロ達五人で戦ってみろ。オーガ二体は難敵だがうまくチームワークで倒すんじゃ」

カミーザはそう言うと、火魔法を唱えると、魔物と自分達の間の森を吹き飛ばした。

「ほれ、スペースは作ってやったから頑張れ」

カミーザは高みの見物と決め込んだのか、五人を前に出るように促す。

タウロとジーロ、シーマは戸惑ったが、リューとリーンは当たり前の様に前に出ると、「タウロお兄ちゃん。左は僕とリーンが、右はお兄ちゃんとジーロお兄ちゃんとシーマがお願い」と言うと丁度、茂みからオーガ二体が現れた。

「よーし! リーン、今日こそ勝とう!」

「そうね!」

リーンも頷くとオーガに戦いを挑んでいく。

タウロもリューに遅れてはいけないと駆け出した。

ジーロとシーマも慌てて剣を抜くとタウロに続くのであった。


夕暮れ時。

リュー達とオーガの戦いは、結論から言うと、引き分けに近い敗北だった。

ぶっつけ本番のタウロ達はチームワークでは劣っていたが、その分能力でカバーしつつ闘った。

リューとリーンは見事なコンビネーションだったが、相手のオーガが歴戦の戦士だったのかこれが手強く引き分けがやっとであった。

両者決め手に欠け長引いた結果、カミーザがタウロ達の方のオーガの背後から気配も無く近づくと簡単に首を刎ねて止めを刺した。

時間切れと割って入ったのだ。

もう一方のオーガは不利と悟り背中を見せた、そこにリーンの矢とタウロの風魔法で負傷させて動きを止めると、そこに追いすがったリューが止めを刺した。

「今回のオーガ強かった……」

リューが肩で息をしながら感想を漏らした。

リーンも頷くと、「確かに、このオーガは強かったわね。魔石、取っておきましょう」と提案した。

リューは頷くとオーガの胸から魔石を取り出す、角もついでに回収しておいた、材料として売れるからだ。

「ほら、もう暗くなるからとっとと帰るぞ」

カミーザが五人を促す。

シーマが疲れて座り込んでいたが、リューがポーションを飲ませて回復させると全員で帰途に就くのであった。


それからというもの、夏休みの間ずっと、タウロ、ジーロ、シーマの三人はリュー達の特訓と称した魔物討伐を連日繰り返した。

短い期間だったが魔物との命のやり取りは三人に心境の変化を与え、剣技にも無駄のない実戦的な鋭さが増した。

特に敗北から学ぶことが多く、死を覚悟する場面もあったので、学園生活でトップを歩んでいる三人のどこかにあった慢心も全て取り除かれた。

「あ、お兄ちゃん達、学校に戻る前に、そのシリアスな顔は元に戻さないとね」

リューが、三人の場違いな劇画タッチな表情を指摘した。

「そうね、その顔つきだと学校できっと浮いちゃうわ」

リーンも指摘するとカミーザもそこに混ざって笑うのだった。


夏休みが明け、タウロ達は学校に戻っていった。

短期間だがそれなりに成長できた筈だ。

リューとリーンはそれを見送るとまた、日常に戻った。

日常といっても昼から魔境の森に入って魔物を狩る事に変わりはない。

今日も魔境の森入りして先に入っていった祖父カミーザをリーンに捜してもらおうとしたら森の一部が吹き飛んだ。

「あ、いた」

二人はすぐにカミーザの仕業とわかってその場所に向かうと案の定だった。

複数のオーガの死体が丸コゲになって転がっていた。

「あれ? オーガを仕留めていたんだね。……おじいちゃんいつもオーガを魔法で仕留めているけどなんで?」

リューがふと疑問に思ったので聞いてみた。

「そりゃあ、物理耐性があって厄介だからじゃよ。その反面、魔法耐性が無いから、手っ取り早く倒すなら魔法一択じゃわい。魔法の弱点がなかったら、即、Bランク帯討伐魔物になっているだろうからな」

知らなかったのか? という顔でカミーザは答えた。

「えー!? これまで必死に物理攻撃で戦っていた僕達はなんだったのさ!」

「そーよ、カミーザおじさん! 私達やタウロ達の努力はなんだったのよ!」

リューとリーンはカミーザに怒った。

「なんじゃ、そうだったのか。剣で討伐する事にこだわっているのかと思っておったぞ?」

カミーザは怒られるのは心外とばかりに呆れてみせた。


カミーザから教えてもらった弱点を参考にオーガを探して二人はまた、挑戦してみた。

剣ではあれほどダメージを与えるのも大変だったオーガだが、二人が魔法の連携で攻撃すると容易にダメージを与える事が出来た。

祖父カミーザの様に一撃とはいかないが、ダメージを蓄積させていくと、これまでの苦労が嘘の様だった。

距離を取られて魔法の攻撃を受け続けたオーガは「ギィー!」という絶叫と共に倒れた。

「……こんなに簡単なものだったのか」

リューは呆れた。

もちろんリーンとのコンビネーションだからこそ、敵に反撃らしい反撃を受けずに倒せたのだが、それにしても耐性の有無でここまで差があるのかとリューは反省した。

これからは弱点を積極的に見つけて攻撃する必要がある、卑怯とは言ってられないと思うリューであった。