さすがにこの計画にはエランザ準男爵も反対していたのか、隣国側から決断を迫る高圧的な内容が記された手紙もあった。

「何じゃこの部屋は? ……お? リュー、お前が見つけたのか?」

祖父のカミーザが隠し部屋に入ってきた。

「おじいちゃん、ヤバいものがあるんだけど」

「なんじゃそれは?」

リューが持っていた書類や手紙を上から覗き込む。

「……ほう。これは、いかんのう。計画が継続しとる可能性があるな」

リューの手から受け取ると、内容を確認し始めた。

「なんと、この計画は実行後、ランドマーク家に罪を着せる事になっとるのう。我が家も隣国には脅威らしい。わははは」

それはそうだろう。

先の大戦で隣国軍が侵攻して来た際には、当時のスゴエラ辺境伯が指揮する王国南東部貴族連合軍が、神出鬼没な奇襲戦を行って隣国軍の後方をおびやかした、その急先鋒が祖父カミーザの所属する部隊だったのだ。

隣国にしたら痛い目にあわされたスゴエラ侯爵と、祖父は葬りたい相手だろう。

「これは直ぐに報告に向かった方が良さそうだ。ワシが直接行くから、リュー、あとは頼むのう」

「え、僕も行きたいです!」

「ファーザも、タウロもジーロも、居らんのにこれ以上は屋敷を留守にするわけにいかんじゃろ。お母さんと屋敷を今守るのはリューお前じゃ」

リューの頭をポンと叩くとカミーザは一階に降り、セバスチャンを呼んで事情を伝えると、屋敷をすぐ後にした。

この後、祖父カミーザの消息は途絶えた。


リューは日々、悶々としながら道の整備や、城壁作りをしていた。

祖父カミーザがスゴエラ侯爵の元に向かってから半月が経っていた。

連絡は一切なく、消息は不明。

父とジーロ、それにスーゴは片道三週間の王都に行っているのであとひと月近くは帰ってこない。

長男のタウロは丸一日あれば帰ってこられる距離だが、連絡していない。

勉強に集中してほしいからだ。

それは母セシルの意向でもあった。

祖母ケイは心配していると思っていたが、いつも通りゆっくりしている。

普段、祖父カミーザが、魔境の森に出かけていく人なので連絡がなくても慣れっこの様だ。

「……なんか最近、よく見られている気がする……」

領民からは未だに拝まれたりする事はあるのだが、その視線とはまた違うものを感じていた。

だが、視線は感じても見ている人を見つける事はできなかった。

これは、監視されている?

領兵隊長スーゴの能力『鷹の目』の様なもので遠距離から見られているのかもしれないとリューは感じた。

前世でも、組(ヤクザの組事務所)がポリ(警察)の監視対象になっていた時は、向かいのビルからよく見られていたなぁ。

リューは前世の思い出を振り返りながら、監視している相手を想像したが、身に覚えがない。

強いて言えば、エランザ準男爵関連だが、一党は捕らえられ、裁かれる為王都に送られているはずだ……。

だが、元極道の勘から、首筋にチリチリと走る違和感は警察のガサ入れか、敵対する組の鉄砲玉による襲撃前の感覚に似ていたから、ろくな事ではないだろう。

屋敷に戻ったリューは母セシルに監視の件を一応報告した。

「あら、よく気づいたわね。セバスチャンからも報告が来ているわよ」

「知っていたの!?

「ええ、もちろんお母さんだって気づくわよ、最初に気づいたのは私なんだから。そうだ、リューは、一応、人気のないところで一人にならないようにね」

母セシルはドヤ顔をすると、息子の行動を注意喚起した。

「……はい、わかりました」

さすが、父と冒険者をしていただけある。

監視への対応は専門じゃないはずだが、スキルや能力とは関係ないレベルの経験の差だろうか。

とりあえず、母セシルの言う通り、当分は森などに一人で行かないようにしておこう。

相手の目的がわからない内は下手な行動は出来ない。

妹のハンナも、母に注意されたのか、ここ最近は母に付きっきりだった。

黙って相手の出方を待っているつもりもないリューは、屋敷の周囲に土魔法で大人の背丈くらいある壁を建てた。監視している相手の視線を切る事にしたのだ。わざわざ監視相手に情報を与えるつもりはない。それに、前世の極道での経験上、先の先、後の先を取る事でこちらが有利に立つ事は可能だからだ。

これには母セシルも反対しなかった。

人の良い母セシルでも、ただで私生活を見られるつもりはなかったようだ。

そんなちょっとした相手への嫌がらせをした数日後、スゴエラ侯爵の領都である街の学校に通うタウロから緊急の手紙が来た。

母セシルが声に出して読んでくれたのだが、その内容がなんとスゴエラ侯爵を狙った暗殺未遂事件が起きたそうだ。

タウロも詳しい事はわからないらしいが、かなり大掛かりな事件だった様で、タウロの通う学校もそれに連動して襲撃されたらしい。

タウロ自身も敵に遭遇して一戦交え撃退したようだ。

怪我はないので安心してと綴ってあった。

「……無事なのね、良かったわ」

母セシルは手紙を読み終わるとほっとため息を漏らした。

そこにセバスチャンが足早に部屋に入ってきた。

「監視していた者達が動き出したようです、こちらに向かってきています」

このタイミングという事は、どうやら、スゴエラ侯爵暗殺未遂事件と関係があるのかもしれない。

セバスチャンから報告を受けた母セシルが、使用人やメイドにすぐに末娘ハンナと一緒に地下室に隠れる様に言うと、

「リュー、ランドマーク家の男子として、意地を見せなさい」

「はい!」

リューは返事をすると壁に向かう。

壁に小さい穴を掘っていたのでそこから覗いて確認する。

数は……十七人。

家族カタギに手を出す外道は許さない! 僕の誇りにかけて絶対守って見せる!」

リューは、決意を口にした。

そして、先手を打って敵を引き付けるとお得意の土魔法を唱える。

「岩槍!」

ギャッ!

突然地面から伸びる岩の槍に反応できなかった二人がその場に倒れた。

他の者は咄嗟に魔法の気配を感じて反応し、防御魔法で防いだ。

「魔物と違って反応が早い!」

その監視者達、もとい、襲撃者達は統一された黒装束に身を包み、組織だった動きからただ者ではなかった。

実際、リューの得意な土魔法も、ほとんどが防いでみせた。

「じゃあ、もう一発」

壁に肉薄してきた襲撃者を引き付けると、寸前のタイミングで初歩だが、瞬時に出せる土魔法『石礫いしつぶて』を大量に放った。

近距離でのこれには、敵も防御魔法で反応する時間は無く、剣や盾で防ぐのが精いっぱいで、クリーンヒットした二人を戦闘不能に追い込んだ。

そのタイミングに合わせる様に、母セシルが、広範囲攻撃の大技、雷魔法の『雷撃驟雨らいげきしゅうう』を放った。

敵は土魔法を防いでいる直後である、隙が生じた。

降り注ぐ雷の槍に貫かれ四人がその場に倒れた。

それでも敵は怯まず、壁を飛び越えてきた。

リューは慌てて飛び退る。

襲撃犯達が地面に着地した瞬間だった。

リューが仕掛けた罠が発動した。

壁は罠を仕掛ける為の目隠しだったのだ。

地面が消失し、穴に落ちてそこから生える杭に貫かれる者、土の中から槍が飛び出し、それに刺され負傷する者、足に罠が絡まり逆さに吊り上げられる者。

合計三人が戦闘不能に陥った。

どうだ! タマ(命)の取り合いは念入りに準備した方が勝つんだ!

リューは、前世も含めての経験の差を見せるのであった。

そこに動揺する敵の隙を見逃さず、セバスチャンが一人を斬り捨てた。

残り五人。

それでも、リュー、セシル、セバスチャンの三人対五人ではまだ分が悪い。

睨み合いながらリュー達は屋敷内に退いて行く。

外でこれ以上戦えば組織だった動きをする相手が有利と見たのだ。

狭い屋敷に引き込めばまだ戦えるはずだ。

リューは背後を、セバスチャンは前を、セシルはその間で魔法によるサポートをする体制になった。

屋敷の廊下は広くない。

相手は一人ずつセバスチャンと戦う事になる。

と、思ったのも一瞬で、リューの方が狙い目と見た敵がすぐ外から窓ガラスを割って侵入して背後に回りリュー側に二人来た。

挟み撃ちだ。

「これは、子供に容赦ない大人だね」

と、リューはつぶやく。

セシルが咄嗟に庇ってリューの前に出ようとしたが、「お母さん大丈夫。僕もお父さんの子だよ」と、母セシルを押しとどめた。

「やれ!」

敵のリーダーらしき男が後方から指示を出す。

その瞬間、前ではセバスチャンに後方ではリューに敵が斬りかかる。

「力強化、俊敏強化」

セシルがそれに合わせる様にセバスチャンとリューの二人に魔法をかける。

二人は敵と切り結び跳ね返す。

セバスチャンはともかく、リューの剣技に敵は驚いた。

「このガキ、できるぞ! 魔法だけじゃなかったのか!?

監視の間は一日中、土魔法で道の整備と城壁作りしかしてなかったので勘違いしてくれていたようだ。

それからは膠着状態だった。

狭い廊下での攻防は実力が伯仲していて、たまにリューが負傷するがすぐ、母セシルが治療する。

その厄介さに敵はセシルを先に倒したいがセバスチャンとリューが邪魔というジレンマに陥った。

「ならば!」

リーダーと思しき男は火魔法で屋敷に火を点けようとした。

「それは、いかんじゃろ」

敵リーダーの背後から声がした。

「な!?

振り返ろうとする敵の胸から剣が生えてみえた。

突然現れた祖父カミーザが背後から剣で貫いたのだ。

「うちの家族に手を出した時点で悪手だったのう」

リーダーをやられた後の襲撃犯達は脆かった。

セバスチャン側の残り二人はカミーザとの挟み撃ちで直ぐ倒され、リュー側の二人は逃走しようと外に出たが、追いすがったセシルが背後から風魔法で切り裂いた。

「息子に手を出した報いよ」

容赦がなかったが、自分も親だったら子供を狙った相手に容赦はしないだろう。

同情の余地はなかった。

「長い事留守にしてすまんかった。スゴエラ侯爵暗殺計画を防ぐのに忙しくてな。無事防いでみたら、うちも狙われていると知って、慌てて戻ったんだが間にあって良かったわい」

「おばあちゃんは大丈夫?」

「ああ、あっちは狙われてなかったわい」

あっ、おばあちゃんのところに最初駆けつけたのね。

と、祖父のラブラブっぷりを指摘しようかとも思ったが今は止めておこう。

みんな助かったのが何よりだった。


スゴエラ侯爵暗殺未遂事件では、祖父カミーザからの報告でスゴエラ侯爵自身が事前に知ったことで、二人は協力して裏で調査し事件当日まで動いていた。

その結果、先手を打って防ぐ事ができたのだが、その中で、学校襲撃は暗殺の前に目をそちらに向けさせると同時にランドマーク家の次の当主になるであろうタウロも暗殺できれば一石二鳥という計画だったと思われる。

それほど、隣国は先の大戦で散々自国軍の後方をかく乱したランドマーク家が目障りだったようだ。

当初、スゴエラ侯爵暗殺後、その罪をランドマーク家へ着せる為の準備をしていたようだったが、失敗に終わった事で暗殺に切り替えたらしい。

それを祖父カミーザが直後に知って、駆けつけてくれたという事が、全ての顛末だった。

暗殺計画を知っていたエランザ準男爵は王都に移送されたので、王都到着後の尋問まで明るみにならなかっただろう事を考えると、たまたま自分が隠し部屋を見つけた事は、本当についていたと思うしかなかった。

「リューが隠し部屋を見つけてくれたおかげだ」

祖父カミーザがリューの頭を撫でた。

そう言ってくれたが、その後はほぼ祖父カミーザの活躍によるものだった。

自分はほとんど何もしていない、もっと強くならなければいけない。

そう誓うリューだった。


その後、ファーザとジーロが王都から帰ってくるまでは、ほとんど何事も無く過ぎた。

途中、スゴエラ侯爵から謝意の使者が来たが、ファーザが留守だったので、カミーザが代わりに相手をし、ファーザが帰還した後、改めてお礼をしたいとの事だった。

そんな中、ファーザは帰ってくる途中でスゴエラ侯爵暗殺未遂事件と、ランドマーク家襲撃事件を知った。

なので、その知らせを聞いた後は昼夜休まず馬車を走らせた様で、ファーザ一行は予定より数日早く帰ってきた。

城門を過ぎ、祖父カミーザに遭遇したところで馬車を止めた。

「なんじゃ、急いでも結果は変わらんのだから、ゆっくり戻ってくればいいものを。馬がかわいそうじゃろ」

ファーザが血相を変えた顔で馬車を降りてきたのを、息荒く、泡を吹く馬達を労いながら、祖父が笑ってみせた。

「みんな無事なんですか!?

「うむ、留守をリューとセシルさんがちゃんと守ってくれたわい。ワシも家を離れていたから、ちと焦ったがのう」

「そうですか、無事なら良かった……。おっと、セシル達に早く会わないと」

そう言うファーザの脇から、「おじいちゃん、ただいま」と、ジーロが馬車から顔を出した、げっそりしている。

連日、馬車を飛ばしていたから数日間あんまり寝られていなかったのだろう。

「ジーロお帰り。大丈夫か、げっそりしとるぞ。ファーザ、早く帰って休ませてやれ」

ファーザは馬車に乗り込むと今度はゆっくり走らせ屋敷に帰っていくのであった。


ファーザが王都から戻ってから数日後。

ファーザの元に、スゴエラ侯爵から会談要請が来た。

もう、与力ではないから、要請という形の様だ。

父カミーザを同席させてほしいとの事だが、今回の一件での父の活躍についてだろう。

それは誇らしいのだが、もう少しゆっくりしたかったというのが、本音だった。

今年は片道三週間かかる王都の往復を二回立て続けにやっている。馬車に揺られるのには正直飽きた。

だが、侯爵からの要請だから断れない。

「よし、……行くか。今度は旅行をしたがっていたリューを連れていこう。……ジーロはさすがに帰りに無茶させ過ぎたからな」

ジーロは文句一つ言わず強行軍での帰途に耐えてくれた。

それだけにジーロも当分馬車は嫌だろう。

「そう言えば、今回の件で王都での出来事が有耶無耶になったな。……帰ってから改めて話すか」

今回、子爵への昇爵を断りに行ったのだが、連れて行ったジーロが国王陛下や宰相閣下らにやけに評価されていた。

多分、知らぬ間に人物『鑑定』をして優秀だと判断したのだろう。

来年から王都の学校に入学できるように推薦してくれる事になった。

本当は、タウロと一緒の学校に入れるつもりだったのだが、昇爵を断った手前、ジーロの事は断りづらかった。

陛下は純粋に子爵昇爵の代わりにその子、ジーロの将来を考え、取り立てるつもりで、まず、王都の学校にと考えたのだろう。

ジーロもそれを察して、何も言わなかった。

それだけにファーザはジーロに申し訳ない気持ちだ。

ジーロはタウロと同じ学校に行くのを楽しみにしていたからだった。