ゴロツキに絡まれますが何か?

オークキングとオークジェネラル、その群れの討伐から一週間が経った。

領内外にもこの武勇譚は広まり、スゴエラ辺境伯の下にランドマーク騎士爵家あり、と、その勇名はより一層高まった。

スゴエラ辺境伯からも親子三代の活躍に惜しみない賛辞が贈られた。

ランドマーク家が敗れていれば、明日は我が身だったのだ、聞けばオークキングがAランク討伐対象のオークエンペラーになりかけていたと、冒険者ギルドからの解剖報告も受けている。

ランドマーク家は魔境との防波堤の役割をしっかり果たしてくれた。

スゴエラ辺境伯は最近のランドマーク家の躍進も鑑みて、王都に、この忠臣の準男爵への昇爵を求める事にした。

後日、これが認められ、ランドマーク家は昇爵するがそれはもう少し後のお話。


祖父カミーザとリューは魔境の森との境に、改めて土魔法による城壁と、それに付随する小さい砦を築き始めていた。

今回は急ごしらえのものではなく、丈夫な恒久的なものである。

今まではカミーザが一人、森で魔物狩りをする事でバランスを保っていたが今回の件で歳を感じたらしかった。

「すまんなリュー、手伝わせて。ワシは細かい魔力操作は苦手でな、助かるわい」

「いいえ、おじいちゃん。僕も必要だと思っていたから」

そう、リューも今回の戦いでランドマーク領を守る為にもちゃんとしたものを作る事が必要だと認識したのだ。

とはいえ、魔力回復ポーションも無限ではない、流石に今回の件で在庫が不足気味になっていた。

「おじいちゃんは、魔力回復ポーションの材料を森で見つけてきてください」

「人使いが荒い孫だわい、わはははっ!」

もちろん、冗談だが、「在庫切れなら仕方ないのう」と、森に入っていくのだった。


数日、カミーザとリューは魔境の森との境で寝泊まりして、高さは低いが丈夫な城壁と小さい砦を完成させた。

これから、領兵を数名見張りとして常時滞在させる事になるので、費用もかさむが景気が上向きな今のランドマーク家なら負担にはならないはずだ。

領境にはこれまで通り祖父カミーザも定期的に顔を出すし、これからランドマーク領も今以上に安全になることだろう。

リューは城壁の大事さを今回の件で知ったのだが、ランドマークの街にはその城壁が無い。

なので父ファーザに作る事を進言した。

もちろん、リューがまた、道路と同じようにコツコツ毎日作るので経費はそんなにかからない。

「それは私の願いでもあるが、一旦、主であるスゴエラ辺境伯に相談してみよう。勝手に城壁を作ったら謀反を勘繰られるかもしれん」

確かに、父ファーザの言う通りだった。

家臣が急に城壁を築き始めたら、戦争の準備と勘繰られてもおかしくない。

ランドマーク家の為にとの思い付きが、時には危険をもたらす可能性がある事をこの時気づかされた。

これからはもっと思慮を持って行動しなければならないと自分に言い聞かせるリューであった。


今年も収穫の時期が来た。

例年通り作物は豊作でコヒン畑も二か月後の収穫が楽しみだった。

豊穣祭も盛り上がり今年もリュー達がお菓子に力を入れ、リゴーパイを出店で販売すると、

「今年も美味しい甘い菓子をありがとうございます坊ちゃん達!」

「今年も密かに楽しみにしていたから感謝だよ!」

「去年食べられなかったリゴー飴が出ないと聞いてがっかりしていたんだが、これ、美味しかったよ!」

と、領民達からも大好評の末、今年も完売した。

楽しみにしてくれているのが嬉しかった。

来年は何にしよう? それを考えるだけでも楽しいリューであった。

が!

そんな楽しいところに今年も奴が来た。

隣領の領主エランザ準男爵である。

性懲りも無く今年も不作だからと言ってお金を借りに来たのだ。

もちろん借用書を作成してサイン後に貸したが、貸す際、昨年貸した分の利息を差し引いて渡した。

これにはエランザ準男爵は大いに不満そうな顔をしたが、「別にこちら側は貸さなくてもいいんですよ?」と、リューが言うと、エランザ準男爵はファーザの手からお金の入った革袋を奪うように掴み取り出ていった。

「借りる人の態度じゃないね」

とファーザとリューはその姿に呆れかえるのであった。

もちろん、うちのメイドは言われなくても仕事をする。

エランザ準男爵が去った後の玄関先に、疫病神を祓う為に塩を撒くのであった。


コヒン豆の収穫時期が来た。

切り拓いた最初の畑からも収穫出来た事でこれまでより沢山出荷できそうだ。

驚くべきは商人の買い取り額が前回とほとんど変わらない事だ。

「今回、格段に生産量は上がりましたが、それでもまだ、需要に対して供給が追い付いていませんから、値段は下げられませんね。ただ、今まで以上に出荷できますから需要のすそのはまた広がると思います」

商人のバスコが今季の『コーヒー』の売れ方について予測を立てた。

「まだ広がりますか!?

リューが期待に胸を躍らせた。

「ええ、王都方面にも商会本部が売り込むつもりでいるようなので、まだまだ需要は伸びますよ」

バスコが後の事は商会にお任せください、と胸を叩いて張り切る姿勢を見せる中、「そういえば、少しですが模倣品が出てきました」と、バスコが報告してきた。

「模倣品!?

ファーザとリューは驚いた。

もう、誰か真似してきたようだ。

「この『コーヒー』は、ランドマーク家の特許商品ですからそれは許されていませんが、今回の模倣品が少々質が悪くてですね……」

「「質が悪い?」」

「ランドマーク家の剣が交差する月桂樹入りの家紋を商品の表にちゃんと入れていて、さらに出荷元はランドマーク家から許可は貰っていると言い張っていたそうです」

ファーザとリューはお互い目を見合わせた。

「ただ、早摘みで豆が若い上に加工が雑で味がランドマーク家の物とは雲泥の差だったので、すぐに偽物と判断して商業ギルドが即刻市場から排除しました。買い付けてきた商人も罰則に照らし合わせて処分済みです」

「それで、出荷元とはどこなんですか?」

ファーザが、確認をした。

「……隣領のエランザ準男爵領です」

はぁー。

ファーザとリューのため息が執務室に響いた。

またあの三下か。

リューは思わず内心で極道用語を口にした。

「どうも、エランザ準男爵が自らの命令で、農作物の収穫直後に領民に森に入らせて集めさせたようです。取引した商人が言うには、『弟分である騎士爵からは許可は貰っている、元々、あれは、自分が教えてやったものである。安心しろ』と言われて信じてしまったようです」

「本当に質が悪いですね、お父さん」

リューが呆れた。

ファーザは再びため息をつくと、「商業ギルドの素早い対応に感謝します。今のところ、バスコ殿に相談なしで他に『コーヒー』の出荷を許可するつもりはありません。エランザ準男爵の対応についてはこちらで何とかします」と、絞り出すように伝えるのだった。


商人バスコとの今季の契約を結び、感謝を告げて帰るのを丁寧に見送ると、リューとファーザはまた一緒にため息をついた。

「どうしたものか……」

「どうしたものでしょう……」

ランドマーク家の家紋を使用して粗悪品を売ろうとしただけに本当に質が悪い行為だ。

今回は商業ギルドの対応の早さに助けられたが、下手をしたらランドマーク家の信用に傷が付くところだった。

何しろ『コーヒー』の取引相手は羽振りがいい貴族だ、一度誤解されたら文字通りランドマーク家が潰される可能性もある。

これは厳重に抗議して、対応しなければならない。

寄り親であるスゴエラ辺境伯にも報告しなければならないだろう。


後日、ファーザが直々にエランザ準男爵領に乗り込み抗議したが、馬耳東風という対応だった。

反省をする気はないらしい。

なので、事の顛末をスゴエラ辺境伯に報告する事にした。

聞いたスゴエラ辺境伯はこれには呆れ、「わかった、エランザには儂から言っておこう。ランドマーク家の名に傷が付けば寄り親であるスゴエラ家の沽券にも関わるからな」と、約束してくれるのであった。

こうして、エランザ準男爵はスゴエラ辺境伯に呼び出されると叱責され、ランドマーク家に謝罪に行くようきつく言われたようだ。

ようだ、というのはまだ、謝罪に来ていないからだ。

どうやら、格下とみている騎士爵に頭を下げるのは相当プライドが許さないようで、兄貴分と弟分として兄弟共に仲良くして行こうじゃないか、という内容の手紙が来ただけで謝罪は一言もなかった。

どうやら、それで仲直りしたつもりらしい。

ファーザからその手紙を渡されたリューは、「これ以上、相手にするのも無駄な労力だから無視しようお父さん」と、ファーザにアドバイスした。

ファーザは苦笑いしてその意見に賛同するのであった。


年末、学校から一時帰宅していたタウロはゆっくりする暇も無く急遽ファーザに連れられてスゴエラ辺境伯の元に挨拶に出かける事になった。

リューは、今度こそは父ファーザに付いていって辺境伯の街を観察したかったので残念がった。

聞けば今年一年、学校でずっと学年一位の成績だったタウロを、スゴエラ辺境伯がまた会いたいと言うのでまた連れていく事になったのだ。

確かに、次にランドマーク家を引き継いで臣下になる予定の優秀な者をちゃんと確認したいと思うのもわかる。

きっと、前回はあまり気にしていなかったのだろう。

これはこれでランドマーク家の未来に関わる事なので、良しとしよう。

でも、やっぱり行きたかった!

リューの残念な気持ちはさておき、ファーザとタウロは出かけていった。


二人が留守の間、何事も起きる事なく数日が過ぎスゴエラ辺境伯の元からファーザとタウロは戻ってきた。

家族が緊急招集され、揃ったところで突然、深刻な表情のファーザから発表があった。

「タウロにお見合いの話がいくつか持ち上がった」

という事らしい。

聞けば、スゴエラ辺境伯が催すパーティーの席で、他の同じ辺境伯の与力である者達が、ランドマーク家の最近の勢いに、よしみを通じておきたいと思ったのか、娘を紹介したいと集まってきたらしい。

中にはタウロより八つも年上の娘もいる他、下は五歳の子供もいるらしい。

仮に下の子は、婚約という事で成人まで待つとしても、年上の娘の方は、タウロがランドマーク家を継いだ時に何かと揉めそうだ。

世継の事もあるし、気を使うし、それに歳が離れすぎていると統治について姉さん女房という立場で口を挟まれるかもしれない。

もちろん、相手が必ず口を出すとは限らないが、立場的に気は使う。

リューはそれを想像するとゾッとした。

自分は三男で良かった……。

と思う反面、兄タウロが可哀想だった。

タウロが今は学校に集中したいと、全く乗り気でない為、すぐ断りたかったが、同じスゴエラ辺境伯の与力という横の繋がりを大切にしないわけにもいかない。

「とりあえず、会わない事にはどうしようもないわ。その上でタウロが判断しなさい」

みながこの初めての状況に悩む中、母セシルが親としてまともな意見を言った。

祖母ケイも頷く。

「出会いのきっかけなんてわからないものよ。タウロが気に入る娘が現れるかもしれないじゃない?」

確かに、そうだ。

自分も出会ってないがそんな子が現れるかもしれない。

要はきっかけなのだから、お見合いも悪くないのかもしれない。

ただ、今回のは相手の親側の打算が見え隠れしているのがやっぱり嫌だけど……。

リューの感想はさておき、タウロの学校が始まる数日前、タウロとお見合いをさせたい一行がランドマーク家に集まってきた。

その一行が驚いたのは領地内の道が街道並みに整備されている事だった。

ランドマーク家が勢いにのっているのは十分知っていた、噂も聞いていた。

だがこれ程とは……。

綺麗な道に感心しきりの一行は、移動の馬車の中、親が娘に気合いを入れる声が、いたる所で聞こえてくるのであった。

だが、屋敷に着くと一行は違う意味でまた驚かされる。

ランドマーク邸が、自分達の住む屋敷より大したことがないからだ。

離れのトイレは煉瓦造りの立派なものなので、それだけに質素な屋敷が際立った。

「ランドマーク騎士爵殿はお金の使い方が変わっておられる」

と、感想をひそひそと漏らす者達もいた。

自分なら屋敷を真っ先に建て直すと言いたいのだろう。

「いやいや、ランドマーク騎士爵殿の、領地、領民への想いが見えた気がします」

と、称賛した者がいた。

スゴエラ辺境伯の与力から独り立ちしながらも、今もスゴエラ辺境伯派閥で知られる新興のベイブリッジ伯爵だ。

この伯爵はお見合い話が持ち上がった当初はいなかったのだが、集団お見合いの席が設けられる事が決まると急遽参加を申し込んできた。

リューが名簿を確認すると、側にいる娘は次女で、タウロと学校で同級生という事が備考欄に書いてあった。

もしかしたら、娘の方が希望したのかもしれない。

でないと普通、騎士爵家と伯爵家では格が違いすぎて参加しようとは思わないだろう。

リューの個人的な感想だが、この中で、一番有り得ないが、一番、動機は純粋で、一番タウロと結ばれると良いのにと思うのであった。


今回のお見合いを裏で取り仕切っていたリューが一言で表現すると、お見合い会場は地獄絵図だった。

庭で立食式のパーティーだったのだが、女性陣がタウロを囲みアピール合戦が始まった。

そこまでは、想像も容易だったが、その後ろには、前世のTVで観た記憶があるどこかのつぶやき女将の様に、親が娘の背後から台詞を吹き込む輪が出来ていて、異様だった。

「……ご趣味は何ですかって聞いて話を広げなさい」

「……ここは自然が多くて良いところですねって、褒めるのよ」

「……料理が得意だとアピールするんだ」

タウロに筒抜けのつぶやき女将合戦が展開される中、徐々にヒートアップしてくると、娘同士の嫌味、中傷が始まった。

その頃にはタウロの作り笑顔も表情筋と共に死んでいた。

そんな地獄絵図が展開される中、輪に入らず遠目から心配する娘がいた。

ベイブリッジ伯爵の娘、エリスである。

父親と共に、タウロを囲む輪には入らず、遠巻きに見つめていた。

「これはタウロ君も可哀想だな」

娘の心配する顔に気づいてか、ベイブリッジ伯爵が背中をそっとさすった。

そんなエリスにタウロが気づいた。

同級生なので顔見知りなのだろう、視線があったので弱弱しい笑顔を見せた。

エリスも、すぐに笑顔で答え、小さく手を振った。

その光景を見ていたリューは、この二人が引っ付けば、良いのにと考えた。

そこで、タウロに背後から近づくと、「兄さん、エリス嬢にも話しかけてください、じゃないとベイブリッジ伯爵に失礼に当たります。それと、ベイブリッジ伯爵の娘さんが相手なら他の人も文句は言えません」と、助言した。

そう、取り囲んでいるのは騎士爵から男爵のところの娘がほとんどで、地位的に伯爵の娘と話すとなると、邪魔だてできる者はいないだろう。

タウロは、リューが自分に助け舟で助言してくれたと思ったのだろう。

素直に従うと、自分を囲む輪を「すみません」と言って突っ切り、エリスの元に行って話しかけた。

他の娘達は最初、その二人の会話に入ろうとしたが、娘の背後に立っているのがベイブリッジ伯爵と知ると親の方が娘を止めて首を振る。

「すみません、伯爵を利用する事になりました」

タウロが正直にベイブリッジ伯爵に謝罪する。

「いや、かまわんよ。それより娘と話をしてあげてほしい。今日は娘が望んで来たのだから」

笑顔でタウロの謝罪を受け入れた伯爵は父親として娘を案じていた。

「はい。──エリス、今日は来てくれてありがとう」

その後の二人の会話は学校生活や家での事など他愛のない会話ばかりだったが、リューの目に映るのは、二人の今日一番の笑顔だった。

父のファーザはその間、他の参加者の相手を妻のセシルと一緒にするのだが、お見合い一行は標的をタウロからその親である二人に方向転換し、美辞麗句の嵐を注ぎ込んできた。

こちらも後半は表情筋と共に作り笑顔は死んでいたのであった。


お見合いに来た一行は、ランドマーク家が用意したレンガ造りの立派な宿泊施設に一泊するとおもてなしに満足して自領に帰っていった。

ちなみに、宿泊施設はリューが半月かけて、屋敷の近くに土魔法で建てたものだったが、ランドマーク家の屋敷より立派だったと噂になったらしい。

お見合いの返事だが、タウロはこの後すぐにお断りの手紙を全員に出した。

そう、全員にである。

理由は、今はまだそういう事は考えられないというタウロの正直な気持ちが綴ってあった。


数日後に新学期が始まり、タウロは学校に戻るのだが、そこでエリス嬢に会うとすぐに交際を申し込んだ。

タウロからの手紙では返事はOKだったそうで、ベイブリッジ伯爵にも交際の許しを、連名で手紙に綴ってお願いしたらしい。後日、伯爵本人がその件で会いに来るそうだ、多分、雰囲気的に大丈夫だろう。

ファーザもこの報告には驚き、日にちを確認してタウロに会いに行く事になった。


ちなみに、お見合い大作戦のちょっと前、シーマが試験にトップ合格し、今年からタウロと一緒の学校に通う事になった。

その為、タウロのお見合い騒ぎで何となく有耶無耶な雰囲気になったのだが、本人は、目の前でタウロがエリス嬢に交際を申し込み、それが成功した事を喜んでいて、気にも留めていないらしい。

どちらにせよ、めでたいこと続きでランドマーク家は我が世の春であった。


リューは九歳になった。

それと同じくして、父ファーザが昇爵の儀の為に王都に行く事になった。

これは異例な話だ。

こう言っては何だが、普通、準男爵への昇爵程度なら王都からそれを伝える使者が来てその証書を渡して終わりの簡単な手順らしい。

だが、王都に呼ばれたとなると他にも何かあるのかもしれない。

リューは付いていきたかったが、今回は寄り親であるスゴエラ辺境伯も同行する片道三週間の長旅なので護衛に領兵数名と隊長のスーゴが付いていく事になった。

スーゴが行くなら僕も良いじゃん!

と、言いたいところだがそういうわけにもいかない。

なのでまたリューとジーロは一緒にお留守番だ。

留守の間、祖父カミーザが二人の武術の稽古をしてくれる事になった。

何げに今まで稽古をしてくれた事がなかったので楽しみだったのだが、父ファーザやスーゴと全然違って、その剣先は変則的でとてもやりづらいものだった。

「ファーザは、冒険者歴より貴族になってからの正規の訓練の方が長いからのう。スーゴも正規の訓練が長い。ワシの独学で身についた剣はやりづらいじゃろ?」

祖父の言う通りカミーザの剣技は変幻自在で型にとらわれないものだった。

だがこの剣技でAランク(超一流)冒険者まで上りつめただけあって、その動きに一切の無駄は無く、合理的でいて、予想だにしない動きを見せるという、リューとジーロが体験した事が無い剣技だった。

祖父との稽古でリューは、自分はこっちの方が向いているかもしれないと思った。

真似してみるとしっくりくる。

ジーロはファーザから習った剣筋から急に祖父の剣筋に切り替えたりする器用さを見せた。

ジーロは、剣の才能だけなら、兄弟の中でも一番なのかもしれない。

だが、リューも負けてはいない、前年に戦ったオークキングを倒した際(厳密にはほぼ祖父と父だが)経験値が驚くほど入ったようで基本ステータスが跳ね上がっている。

そのおかげでジーロと剣は互角以上に渡り合えるようになっていた。

それに付随してリューは土魔法の熟練度も上がり中位魔法が使えるようになった。

鉄を練成できるようになったのだ。

魔法攻撃力は格段に上がったと言えるだろう。

と、同時にその魔法をランドマークの街の城壁作りに活用した。

鉄の芯を壁の内部に入れる事で強度を上げる前世の壁作りの手法を真似したのだ。

城壁はさほど高いものは作れないが、これだけ丈夫に作れば破られる事はそうはないだろう。

もちろん、城壁作りはスゴエラ辺境伯から許可が下りているので、リューが少しずつ作り始めている。

そんな城壁作りだが、リューがファーザと話し合って最初に決めたのは城門だった。

城門に関してファーザはこだわりがあったらしく、リューと念入りに話し合った。

ほりを作って敵が来たら橋を上げる跳ね橋式にしないかとか、それなら石橋にしてどっしりしたものが良くないかとか意見を言い合ったが、結局、シンプルなものに落ち着く事になった。

なぜならここは、騎士爵程度の街だ。

そこまで立派にしても他所から反感しか買わないだろう、という現実問題にぶち当たったのだ。

だがリューも引けないところはある。

それは城壁で囲う規模だった。

ファーザは最初、リューの負担を考えると小さい範囲でいいと言っていたのだが、これは頑としてリューが譲らなかった。

今後の発展を考えて広めに作りたかったのだ。

意見はぶつかったが、そこに昇爵の話が来た事でリューは勢いに乗り、ついに広めに作る事を説得したのである。

それからは、リューの日課に城壁作りが加わった。

祖父のカミーザに相談しながら地形を活かしたり、整地したりと大変な作業ではあるが少しずつコツコツと進めていくのであった。

そんな充実した毎日を送るリュー達の元に来客があった。

隣領のエランザ準男爵である。

その日は、祖父カミーザとランドマーク領の地図を広げて城壁の位置の確認をしていたのだが、いつもの如く来訪を伝える使者もろくに送ってこずに現れた。

当主である父ファーザが留守の時に来るなよ、と呆れるリューだった。


「ランドマーク騎士爵殿はおられるか!」

エランザ準男爵は憤慨収まらぬという態度を見せて馬車から降りると、メイドが止めるのも聞かず屋敷に乗り込んできた。

執務室で話し込んでいた祖父カミーザとリューは乱暴にドアを開けて飛び込んできたエランザ準男爵の姿に驚いた。

また「ファーザ殿はどこだ!」と、エランザ準男爵の怒号を聞くと、「なんじゃ、またお主か。位が上とはいえ、これは礼儀が無さ過ぎているのではないかのう?」と、カミーザがうんざりだと言わんばかりに嫌な顔をした。

「ファーザ殿はどこだと聞いている! 今回ばかりは、隣領の誼と言えど見過ごせぬぞ!」

「そちらと誼を持った記憶はないのう」

「黙れ! ファーザはどこだ!」

「いい加減にせんか。息子は王都に出かけていて居らぬわい。その礼儀知らずのお主のケツを蹴り上げてもいいのだぞ?」

息子を呼び捨てにされたのでカミーザも静かに怒りをみせた。

「……むっ! わ、私が礼儀知らずなら、ファーザ殿は寄り親であるスゴエラ辺境伯に弓引く大逆賊人ではないか!」

「人の親を大逆賊人呼ばわりとは、ただ事ではすみませんよ? スゴエラ辺境伯に弓引くとは一体なんの事でしょうか?」

リューはこの人は何を言っているんだと呆れながらも、気になるワードについて問うた。

「街道のような道の整備を、隣領の私に許しも無く行ったばかりか、今度は城門に城壁まで作り始めるとは! 貴様らがスゴエラ辺境伯の一部与力の貴族達と、何やら企む会合を開いた事も知っておるぞ! こうなったらファーザを引っ立ててスゴエラ辺境伯に私が忠臣である事を示す機会──」

あ、この人思いっきり勘違いしている。

リューとカミーザは呆れたが、もう少ししゃべらせる事にした。

「私がファーザを捕らえれば、お前達一族郎党も縛り首だ。ふふふ、この土地も褒美で頂けるかもしれぬ。借金もチャラどころかコヒン畑も手に入って今まで以上に裕福に暮らせるわ。わははは!」

とことんクズだな。

リューはこの男の本音が聞けたのでこちらも話す事にした。

「父ファーザは今、〝スゴエラ辺境伯様〟と一緒に〝昇爵の儀〟の為、王都に出かけております。道の整備はそもそも自領の事なのでエランザ準男爵に許可を得なくてはいけないものではありません。さらに、城壁に関しては、すでに辺境伯様から許可を得ています。あまり高く作り過ぎて他から反感を買わない様にと注意を頂いていますのでそこはしっかり守っています。与力の同胞一行が来たのは事実ですが、それは兄タウロのお見合いの為です。ところで、先程から父を呼び捨てにされていますが、これからは同格になりますので、その辺りはお言葉にお気をつけください。今回は勘違いが元での言動の様なので、行き過ぎた発言も祖父カミーザ共々、聞かなかった事にしておきます」

「ファーザ……殿が、昇爵!? そんな馬鹿な話聞いてないぞ! それに辺境伯の許可がある、だと!?

リューの言葉に唖然とするエランザ準男爵。

「馬鹿とは失礼ですよ。辺境伯様直々のご推薦があったからなのですから」

「くっ! 私は認めんぞ。奴と同格になるなど!」

「それは、スゴエラ辺境伯の判断を否定するという事じゃぞ?」

祖父カミーザが眼光鋭く指摘する。

「そ、それは……」

口ごもるエランザ準男爵。

「あと、お越しになったついでに、お借りになっているお金の利息でも支払っていってくださいますか?」

リューが追い打ちをかけた。

「……ちっ! もう、用は済んだから帰る!」

舌打ちするとエランザ準男爵は慌てて部屋を出て、待機してあった馬車に乗り込み、すぐ屋敷を後にした。

「一人で騒いで、罵倒して、ショックを受けて、迷惑な奴じゃの」

「でも、本音がはっきり聞けて良かったね、おじいちゃん」

二人が会話しているとメイドが壺を脇に抱えて玄関に猛然と走っていく。

祖父カミーザが何事かと見ると、メイドは扉を開けて外に出ると、勢いよく塩を撒くのが見えるのだった。

「なんじゃあれは?」

リューに聞く、カミーザ。

「あれは疫病神から厄を祓う為の簡単な清めの儀式みたいなもので、塩を撒いてくれているんだよ」

「ほう、そうか! うちのメイドはよくわかっとるのう。わはははっ!」

リューの説明に納得すると二人で大笑いするのであった。


約一か月半ぶりに父ファーザが王都から帰還した。

早速、家族全員に緊急招集がかかり、学校に行っているタウロとシーマ以外の者はメイドから料理人、使用人に至るまで集められた。

昇爵の報告だという事はみんなわかっていたが、それはかなり予想を超えていた。

ファーザはまず、最初にスゴエラ辺境伯が侯爵に昇爵した事が報告された。

寄り親の昇爵はもちろんめでたい事でみんな喜んだのだが、次にファーザが、国王陛下直々に、騎士爵から、準男爵を越えて、男爵位を授けられたと話した。

「「「えー!?」」」

一つ飛びの昇爵に、みんなここが驚きの頂点だと思っていた。

がしかし、驚くのはここからで、さらには、スゴエラ新侯爵の与力から独り立ちし、魔境との境を守る者として一帯を治めよと国王陛下自ら、勅令が下された。

これにはリューをはじめ、みんなポカンとした。

話が飛躍し過ぎていまいちみんな状況が飲み込めないでいたのだ。

ファーザはかみ砕いて報告を続ける。

「スゴエラ辺境伯じゃない……、侯爵からのお話では国王陛下が父カミーザの冒険者時代を知っておられ、オークキング討伐談を耳にして、大変喜ばれたらしい。それで、あの者が国境を守ってくれるのは頼もしいから、息子を男爵位に昇爵させてそれに相応しい領地を与えよと宰相に申された。スゴエラ侯爵は『ランドマーク家は魔境の森との境を守ってくれている頼もしい強者達です、その者達がいなくなると私だけでなく領民達も困ります』と」

ファーザは一息ついた。

「そこで私もその場に呼ばれ、陛下に問いただされた、『領地を与えるがどうしたい?』と」

みんな続きをファーザが話すのを待って、息を殺す。

「なので、私は今の領地に愛着があり、領民も好きなので今のままが良いですと答えた。すると、陛下が『ならば、スゴエラ新侯爵よ、お主の領地を加増するから、この者にその分、周囲の土地をやってほしい』と、仰られた」

……という事は……?

「話をまとめると……、男爵位への昇爵と領地加増、スゴエラ侯爵から独り立ちし、王家に直接仕える貴族という事になった!」

わー!

その瞬間、みんな大騒ぎになった。

使用人達にしても敬愛する領主様の出世はめでたかった。

早速、使用人の一人が街に走った。

領主様の昇爵を知らせる為だ。

「領主様が男爵になられたぞー!」

ざわざわ。

何事かと家から、お店から、酒場から、ギルドから、人が続々と出てきた。

「領主様が男爵になられたー!」

もう一度、使用人の男が叫ぶと、どっ! と、みんなが沸く。

領民達の間でも噂にはなっていた。領主様に準男爵への昇爵の話があると。だが、予想を超えて男爵だという、これはめでたい。

「準男爵でなく、男爵とはさすが領主様だ!」

「今日は祭りだ!」

「領主様のところにお祝いを言いにいかないと!」

「そうだ、お酒で祝わないとだな!」

「お前はずっと飲んでいただろ!」

領民達から色んな声が上がったが、多くは祝福する為に領主邸に押し寄せて大騒ぎになった。

ファーザはこの騒ぎをめでたいからと、訪れる人々に酒を振る舞い、料理を出し、お金を配って歓迎しお礼を言って回った。

自分のお祝いなのに逆にもてなす父に、本当に人が良いと思ったが、だからこそ慕われる人なのだと、誇りに思えたリューであった。


祭りは二日間続き、集まった領民達の体力の限界で、やっとお開きになったのだが、その数日後から連日、祝いの品が屋敷に届くようになった。

それは領民達からの物だったが、スゴエラ新侯爵の下の与力の貴族達からの物も続々と贈られてきた。

同胞のランドマーク家の出世は羨ましい限りだったが、あの家なら素直に祝福できるというのが大半の意見で、どこかの隣領の当主の様に妬み、ランドマーク家の悪口を広めようと躍起になるようなことはなかった。

全ては祖父カミーザとファーザの上げた功績と人徳であった。


スゴエラ侯爵は、ランドマーク男爵に譲る土地の選定に悩んでいた。

その一部として隣領のエランザ準男爵に新たな土地を与えて移動を打診したが、頑として首を縦に振らないどころか、ランドマーク男爵の罵詈雑言を手紙に書き連ねて送ってきた。

この妄言としか思えない内容にスゴエラ侯爵も閉口した。

エランザ準男爵にはここのところいい噂が無い。

この手紙を読むと、どうやらその噂もあながち嘘ではない様だ。

そこでランドマーク男爵宛に一通の手紙を送った。

その内容は、エランザ準男爵からランドマーク家をそしる手紙がきた事や、隣領のランドマーク男爵ならばエランザ準男爵にまつわる噂の真実を知っているかどうかと、問いただすものだった。

もちろん、ランドマーク男爵に譲る領地候補であることは記さない。

そこまで記せば事実とは異なる報告が来るかもしれない、まあ、ランドマーク家は悪い話は聞かないし、初代当主のカミーザは自分の部下として先の大戦で大いに活躍してくれた信頼すべき男なので疑ってはいない。

息子のファーザもこれまでカミーザと共によく尽くしてくれた。

そんなファーザからは、昇爵の儀直後に今後も恩を忘れず、スゴエラ侯爵の派閥の一員として付いていくとも宣言してくれた。

同じ派閥の一員であるベイブリッジ伯爵とも最近親交を深めているというし、信頼は変わらない。


ランドマーク家に、スゴエラ侯爵から手紙が来た。

何でも、隣領のエランザ準男爵からランドマーク家を誹る手紙が来たそうだ。

ファーザはため息が出る思いだったが、スゴエラ侯爵がそれを真に受けてない事が伝わってきたので良かった。だが、これ以上の放置はランドマーク家の沽券にかかわる問題だ。

そこでリューを呼ぶと、この手紙をみせた。

「やっぱりこうなったんですね、ははは……」

「リューが言っていた通り、エスカレートしてきたな」

「実はお父さんには黙っていたけど、エランザ準男爵の身辺調査をやっておきました」

「そうなのか!?

「債務者の身辺調査は金貸し屋の基本なんで!」

ガッツポーズをするリュー。

「そうなのか?」

「そうなんです!」

またもガッツポーズをするリュー。

「よ、よし、それならば、私見を入れず、証拠だけをまとめて侯爵にお送りし、その上で判断してもらおう。で、エランザ準男爵の評判はそんなによくないのか?」

「はい、まず、領民への重税は噂通りです。そして、払えない領民にお金を貸して高利で追い込み、強制労働を強いたり、妻子に手を出すなど悪辣な限りを尽くしています。あと侯爵に納めるべき税を不作を理由に着服していますね。他にも……」

「ちょっと待て、そんな事を領主なのにやっているのか!?

領民の幸せを第一に考えるのが領主の務めと考えているファーザには考えられない事だった。

「はい、そして、最大の問題が……、スゴエラ侯爵領を含むこの南東部地域の機密情報を積極的に入手しては隣国に売っています。この情報はつい最近、調査に雇っていた冒険者チームから報告がありました」

「な……! それは、侯爵への背信行為のみならず、国への反逆罪だぞ!?

ファーザは、リューの衝撃的な報告に思わず立ち上がった。

「この調査結果には僕も驚きました。税収以上に羽振りがいいので資金源を調べさせていたらこの結果でした」

ファーザは隣領の自分も、あの男の悪事にこれまで気づかなかった事に、ショックだったのか椅子に崩れる様に座り込んだ。

「徹底的に追い込みをかける時です。貸し付けたお金の回収のみならず、ランドマーク家に対する無礼の数々、ケリをつける時かと」

「……わかった、侯爵への報告書はリューに任せる」

「はい、準備はできているので早速、お送りします」


リューはすぐに大量の証拠書類をまとめてスゴエラ侯爵の元に送った。

噂については判断しかねるので、事実のみをまとめました。後は、侯爵の判断にお任せします、としたためて。


数日後、エランザ準男爵が自領の兵、数十人を連れてランドマーク領内に乗り込んできた。

これは、不可侵の誓約があるので、許可なしに兵を連れてきたエランザ準男爵に非がある事になる。

この行為に、ランドマーク側の領兵達が、新しく出来た城門前で止めようと揉み合いになったが、エランザ準男爵が爵位を盾に強行突破しようとしていた。

「平民ごときが触れるな! 私はエランザ準男爵様だぞ!」

この騒ぎに近くを通りかかった祖父カミーザが現れた。

「何事かと思うて来てみたら、これはこれはエランザ準男爵。これはランドマーク〝男爵家〟に対して喧嘩を売ったとみていいのかな?」

「私は認めていない! それに貴様らだろう! 有る事無い事スゴエラ侯爵に吹き込んだのは! そうに決まっている……、私に嫉妬したに違いない! この平民出の成り上がりが!」

「お主に嫉妬する要素は皆無じゃぞ? それより、息子が国王陛下直々に賜った男爵位を軽視する発言は無視できん、殺されても文句は言えんぞ」

カミーザが剣に手をかける。

「兵達よ、あの男を捕らえよ。私を侮辱したランドマークの首魁の一人だ。引き立ててスゴエラ侯爵への手土産とする!」

エランザ準男爵の領兵達は動揺した、命令でついて来たのはいいが、元Aランク冒険者、赤髪鬼のカミーザを捕らえよときた、それも他領で、である。

どう考えても非はこちらにあるので、領兵達は目を見合わせて動けずにいた。

そこに騒ぎを聞きつけ、ファーザやリュー、ジーロ、隊長のスーゴと領兵数名が駆けつけてきた。

「これはどういうことですかな、エランザ準男爵。兵まで連れてお越しになるとは……、これが意味するところをおわかりですか?」

ファーザが落ち着いているが、どこか圧を感じる質量の声で問いただした。

「黙れ! 貴様らのせいで、スゴエラ侯爵から出頭命令が来たのだぞ! 私に濡れ衣を着せ、失脚させようとしてもそうはいかん! 即刻、私のお縄を頂戴しろ! そして、貴様ら全員スゴエラ侯爵の前に引き立ててやる!」

「その出頭命令とは、侯爵に納めるべき税を着服していた事でしょうか?」

ファーザは静かに答える。

「! やはり貴様のせいだったか!」

「私のせいではなく、あなたの行った罪のせいでは?」

ファーザはまたも淡々と答える。

「黙れ! 私の領から出た税収だ、私が好きにして何が悪い!」

「勘違いしてはいけない。スゴエラ侯爵から頂いた領地領民である以上、侯爵に税を納めるのは義務ですよ。エランザ準男爵、それとも、あなたはスゴエラ侯爵を寄り親と思っておられないのか? いや、仕える国自体が違うのか?」

「ど、どういう意味だ!」

「あなたがこれまで、スゴエラ侯爵領のみならず、王国南東部の機密情報を入手しては隣国に売りさばいて、お金にしていた件ですよ」

「な、な、な、何の話だ! そ、それは貴様らランドマーク家がやっていた事に違いない……。そうだ、貴様らが隣国に情報を流し私腹を肥やしていたのだ! 私はそれを知って今日捕らえに来たのだ! 黙ってその首を差し出せ!」

「最初言っていた内容と違う事に気づいていますか? その場限りの嘘に酔って自分を正当化するのはお止めなさい」

ファーザはエランザ準男爵の醜態に呆れた。

「黙れ、黙れ、黙れー! 兵達よ、即刻この嘘つきの反逆者達を捕らえよ! 捕らえた者にはたっぷり報酬を与えるぞ!」

エランザ準男爵は剣を抜くと自領の兵達に命令を下す。

だが、兵士達は相手当主と自分達が仕える当主とのやり取りから、今、剣を抜くと同罪に扱われる可能性がある事に気づいた。

「剣は抜くなよ、兵士達。抜けばこの男と一緒に極刑は免れないぞ!」

大柄でがっちりとした領兵隊長スーゴがファーザと兵士達の間にドンと立ちはだかると言い放った。

その言葉に威圧された兵士達は鞘に収まったままの剣を投げ捨てた。

「何をしている貴様ら!? 命令に従わんか!」

怒ったエランザ準男爵は近くにいた自領の兵を斬りつけた。

ギャッ!

肩を斬られて兵士は悲鳴と共にその場にうずくまる。

「スーゴ!」

ファーザの鋭い指名に、「了解!」と答えると馬上のエランザ準男爵にスーゴは身軽に飛びかかり引きずり下ろすと、あっという間に取り押さえた。

こうして、エランザ準男爵とのご近所付き合いは終焉の時を迎えたのであった。


エランザ準男爵の逆恨みによるランドマーク家への襲撃事件の話は、スゴエラ侯爵領全域にすぐ広まった。

それはエランザ準男爵が隣国に機密情報を売り飛ばしていた事実で衝撃を与え、この問題はスゴエラ侯爵の手を離れ、エランザとその一党は王都に罪人として送られる事になった。

ランドマーク男爵は事件を暴いた手柄もあり、エランザ準男爵領の統治移行がスムーズに行われたのだが、その二か月後、国王陛下直々に子爵への昇爵の提案がなされた。

さすがにこの早いペースでの昇爵には他から反感を買うだろうという事で、ファーザは直接断る為に、また王都に行く事になった。

リューも今度こそ付いていきたい気持ちがあったが、新領の道の整備にランドマークの街の城壁も完成していない。

それを考えると、王都までの往復の時間で色々と出来る事がある。

なので今回は次男であるジーロに譲る事にした。


「なんじゃ、リュー。ファーザに付いていかなかったのか?」

新領の道の整備をしていたリューを、セバスチャンと領兵を率いたカミーザが発見した。

「うん。おじいちゃんは何でセバスチャン達とここにいるの?」

「今から、エランザの住んでいた邸宅内の物の整理と取り壊しじゃわい。あんな無駄に立派な建物はいらんからな」

「ああ、あの屋敷は……。仕方ないよね。趣味が悪いもの」

納得したリューは屋敷の中に興味が湧き、カミーザに付いていく事にした。


屋敷の内部は準男爵のレベルにしては贅沢極まりない作りだった。

これが、領民に重税を課して搾り取った結果なのだろう。

うちも、お金を貸していたのでその一部はこの調度品の数々に変わったのかもしれない。

「やれやれ、悪趣味の塊じゃわい。こんなものにお金をかけて喜ぶのは自分だけだろうに」

近くにあった壺を無造作に手に取ると眺めながらカミーザが呆れた。

「それは、金貨八枚相当の価値があります!」

管理を任されていたこの屋敷のメイドの一人が、慌てて前に出る。

「そうか。ワシには全然わからんわい。この執事のセバスチャンにひとつひとつ教えてやってくれ。処分する時に助かる」

カミーザは壺を元の台に戻すと手を上げてみせた。


リューは一通り、見て回ると二階の執務室に向かった。

書類をいくつか見てみたが、際立って問題はない。

「……うん?」

側にある書棚の支え部分が宙に浮いているのがわかった。

壁に固定されている?

リューは本をどけるとそこに小さい穴があり、そこに小さい突起物がある。

それを押すとカチッという音と共に書棚が壁からゆっくりとドアが開く様に動いた。

裏に隠し部屋があったのだ。

「本当にあるんだこういうの……!」

中に入ると色んな魔道具や、高価と思われる貴金属類、それにいくつかの書類や手紙があった。

「こ、これは……!? ヤバいんだけど……!」

そこにあったのは、隣国から届いたと思われる、スゴエラ侯爵の暗殺計画が記されている書類だった。