シマを拡げますが何か?
農作物の収穫時期が訪れた。ここ十年で一番の大豊作らしい。農家のみんなの表情は明るい。
「これで今年のみかじめ料は安泰だね」
「ミカジメリョウって何っすか坊ちゃん?」
シーマがいつものリューのゴクドー用語に意味を聞いた。
「ああ、間違えた。税収ね」
「なるほどっす。コヒン豆はまだ収穫しないんですか?」
「それは、二か月後くらいかな? そっちも楽しみだね」
コヒン豆の加工場(小屋)も、手押し車の利益で建ててもらっていた。
「それより収穫がひと段落したら、コヒン畑を拡張する為に森を切り拓く作業があるからね。ダイチ村にもニダイ村にも、大きく切り拓く予定だよ」
「それは大変すね。自分も頑張るッス!」
シーマの気合いの入れように頷くと、自分も頑張らなくてはと思うのであった。
森の開拓作業当日。
「木は一々伐らなくて結構です。それは僕がやりますので。みなさんは木の運び出し、その木の枝払い、保管、あと、伐採後の整地をお願いします」
「え? 伐ったり、切り株の掘り出し作業しなくていいんですか?」
一番大変と思われる作業はやらなくていいらしい。
それも目の前の七歳の子がそれをやってくれるらしいのだから助かる話だ。
「じゃあ、始めますね」
村人達が見つめる中、「土ボコ!」とリューが木の根元に向かって手をかざし土魔法を唱えた。
ボコッ。
音と共に木の根元の土が盛り上がり、木が地面から押し上げられ、根っこをむき出しにした。
倒れそうになる木、その瞬間、「『収納』!」と、唱えた。するとリューの手のひらに吸い込まれる様に木が消える。
マジック収納だ。木のままでは、収納できないが、土魔法で一旦、物にする事で回収を可能にしたのだった。
そして、すぐに後ろを向くと収納した木を待機している村人の前に出す。
また、前を向くと、「土ボコ!」と、土魔法を唱える。
これの繰り返しだった。
最初、農民達は目の前に積まれていく木に呆気に取られていたが、慌てて作業に移った。
リューにだけやらせるわけにはいかないからだ。
そのリューは黙々とこの作業をしていく。
側でシーマが瓶を持って待機している。
「シーマ君」
「はい! 坊ちゃん!」
シーマがリューに水の入った瓶を渡す。
魔力回復ポーションだった。
まだ、七歳の少年だ、魔力の限界はたかが知れている。
魔力切れが起きて倒れる前に補充する必要があったので、シーマに持って待機してもらったのだった。
この魔力回復ポーション、さぞお金がかかるだろうと思うのだが、これはタダだった。
リューの自作である。
森に毎日入る中で薬草もよく入手していたのだが、直接、薬師ギルドに卸すと値段が安い、通常、冒険者の仕事だからだ。
なので、自分で作れないかと試行錯誤した結果、完成したものだった。
味は激マズだったが、効果は立証済みだった。
「不味い」
文字通り苦虫をかみ潰したような表情をしながら飲み干すと、土魔法を唱え収納をし続けるのだった。
あっという間に森は切り拓かれていった。
農民達は驚き、喜び、作業していく。
それと同時に、リューのお腹もポーションでタプンタプンだったが……。
「[マジック収納]の限界に到達しました。『ゴクドー』の能力[限界突破]により、現在の[マジック収納]の限界を突破します。[マジック収納]の容量が拡張されました」
脳裏に『世界の声』がした。
「よし! これで、出来る事が増えたぞ!」
タプンタプンのお腹を揺らしながら、リューは喜びにグッと拳を握るのであった。
リューは、一本ずつしか入れる事が出来なかった『マジック収納』に試しに何本か入れてみた。
限界をまだ感じない。
これは、結構拡張されたのかも!
限界を調べてみたいリューだったが、今は作業中である。
一気に沢山収納から出しても迷惑なので数本ずつ出し、作業を続けるのであった。
リューのお腹の限界があったので、休憩を数回挟んだが、森を切り拓く作業は順調に終わった。
あとは農民達の仕事だ。
リューは、整地作業をする農民達をお腹をさすりながら眺め、達成感を感じるのであった。
コヒン畑拡張の為の森の開拓作業は、予定よりも何倍も早く済み、数日で終わった。
リューの力業があってこそだったが、おかげで経費も労力も抑えられる事になった。
今年は大豊作でもあるので、毎年この季節になるとランドマーク領内で行われる豊穣祭も盛り上がる事だろう。
お祭りを少しでも盛り上げたいリューだったが、思いついた出店の定番「リンゴ飴」を作る為の砂糖が入手しづらい事がわかった。
この世界では砂糖が貴重なので価格が高いのだ。
だが、リューは諦めなかった。
なぜなら水飴の原料は麦芽糖だと知っていたからだ。
前世の極道時代、テキ屋(祭りの露店)担当の先輩極道に酔っぱらう度に聞かされたものだった。
「いいか、竜星。大麦を発芽させて麦もやしを作り、乾燥させて粉末にする。もち米で作ったおかゆに乾燥麦芽を加え、
ありがとう先輩。
酒代を人に出させようとするせこい人だったけど今は感謝。
幸い、もち米は家畜の餌の一部だったので容易に手に入った。
大麦も小麦と一緒に生産されていたので入手は楽だった。
つまり、これで前世のリンゴ飴、もとい、現世の「リゴー飴」も作れる、というわけだ。
リゴー飴は簡単だ、水飴を煮詰めてリゴーの実に絡ませて乾燥させれば出来上がりだ。
屋敷の厨房で手本を見せると、「これならいけそうですね」と、納得した料理人と兄達、そして、シーマは、みんなで協力し大量に作る事にしたのだった。
厨房に並ぶ大量のリゴー飴は圧巻だった。
「不思議とこう沢山あると、つまみ食いする気にならないね」
ジーロが言うと周囲は笑いに包まれるのであった。
沢山出来たリゴー飴をリューがマジック収納に入れると準備はOKだ。
あとは豊穣祭当日を迎えるだけだった。
豊穣祭当日。
人だかりができる出店があった。
領主様のところの息子達が出している出店だ、みんな気になって覗いていた。
そこに、ニダイ村の悪ガキだったシーマが、「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 砂糖の液体で包まれたリゴーの実の砂糖菓子だよ。名前はリゴー飴! 甘くておいしいよ! 数に限りがあるから早い者勝ちだよ!」と、見物人達を煽ってみせる。
「砂糖菓子!?」
見物人たちはどよめく。
「領主様の所の坊ちゃん達を疑うわけじゃないが、砂糖は高いのにその値段で大丈夫なのかい?」
見物人が疑問をぶつける。
「この日の為に、特別に用意しました!」
リューが言うと、説得力がある。
ここのところ、大活躍の坊ちゃんである。
そこへ長男のタウロが、「疑問を持つのはいいですけど、早い者勝ちです! 心配は食べた後にした方が良いですよ!」と言うと、囲むように見ていた者達は、どっと押し寄せた。
好奇心がタウロの言葉で後押しされたのだ。
「俺に一つくれ!」
「私も一つ下さいな!」
「砂糖菓子を食べるのは生まれて初めてだから、家族の分も含めて四つくれ!」
一気にリゴー飴は大人気になった。
買ったお客さん達は我先にと串に刺されたリゴー飴を頬張った。
「こ、これは甘い! リゴーの実の酸味がまた、砂糖の甘さと合って美味しい!」
「これが、砂糖菓子か……! こんなに甘い物があるなんて!」
「美味しい……!」
反響は凄まじく、ランドマーク領の住人の多くは砂糖を食べた事が無い人がほとんどだった為、初めての砂糖菓子に感動の
リゴー飴は完売した。
用意していた二百個があっという間である。
大豊作と手押し車バブルでみんな、ちょっとした贅沢が出来たのだった。
「大変だったけど、みんな喜んでくれたね!」
ジーロが興奮気味に言う。
「うん! みんな美味しいって言ってくれたし」
いつも穏やかなタウロも、みんなが喜ぶ顔に興奮していた。
「じゃあ、みんなの分」
リューがマジック収納から最後のリゴー飴を四つ取り出した。
「あ、僕達が食べてなかったね」
タウロが笑うとみんな一緒になって笑い、リゴー飴にかぶり付くのであった。
豊穣祭のリンゴ飴出店の大成功から二か月が経った。
コヒン畑の収穫が始まった。
大部分の畑はまだ成長段階なので収穫は出来なくても、それでも一部の木からは収穫が出来るだろうと思っていたが、思ったよりは収穫量が多かった。
早速、商人が来て出荷量を確認してきた。
「なるほど、本格的な出荷はやはり来年以降ですかね? 貴族様達から急かされていまして」
「そうなるだろうな。今は我慢してくれ。こっちも売れる事を見込んで森を開拓して畑を広げている。二、三年後からは一定量を出せると思う」
ファーザが答えた。
リューも側にいたが黙って話を聞いている。
「今回も高値で売れると思います。味を知った貴族様の中にはお金を惜しまない人も多いですから」
「あまりに価格が上がり過ぎてないか?」
ファーザが心配を口にした。
「需要に対して供給が間に合っていませんから、価格が上がるのは、仕方がありません。今は、沢山育ててもらって地盤作りをしていただくのが大事だと思います。あとですね──」
今、ランドマーク家の名が近隣の貴族の間で、知られる様になってきているらしい。
「コーヒー」という商品名の黒い粉の出どころとして、そして、手押し車という画期的な物を考え世に送り出した家としてだ。
それは嬉しい誤算だったが、それと同時に、寄り親であるスゴエラ辺境伯へ気を使う問題だった。
年末の挨拶で行くので、お土産を携えてご機嫌伺いした方がいいだろう。
ファーザの悩みが増えたところで、今季の「コーヒー」の取引価格についての話に移ったが、商人は破格の値段を提示してきた。
「今の市場価格を考えるとこのくらいかと」
提示された額に、思わずそばに座るリューを見るファーザ。
リューも正直びっくりした。
前回の取引の十倍である。
「前回の評判と今回の出荷量を考えるとこのくらいかと。もちろん、出荷量が安定すれば価格は下がると思いますが」
ファーザもリューも文句はない、即、契約であった。
良い契約が結べた後、商人の帰りの馬車に便乗してリューは商業ギルドに足を運ぶ事にした。
馬車に乗っている間、商人のバスコはこの子供に探りを入れた。
「ギルドに何の用ですか?」
「特許申請です」
「! ……それは、どういったもので……?」
気になるのは仕方がない。最近のランドマーク家は勢いに乗っているのだ、お金の匂いしかしない。
良い物ならまた、うちの商会と契約してほしい。
「申請し終わったら話します」
マジック収納から取り出した、布に包んだ物がそれらしい。
二つある。どちらともなのか、一方なのかバスコは気になって仕方が無かった。
バスコは申請し終わるまでリューをギルド前で待っていた。
商機は今だと思ったからだ。
申請が手間取り数時間が経っていた。
「あれ、待っていたんですか?」
リューは驚いた。後日、家に来るのだろうと思っていたのだ。
「家までお送りしますので、お話は馬車の中で」
バスコは馬車の中で話を聞くと、その中身は、「水飴」と「スコップ」という事だった。
説明を受けて、水飴は豊穣祭の時に売っていたリゴー飴の材料だとわかった。
これが本当なら、新たな砂糖の製造方法になる。
だが、管理が難しそうだった。
これはこの坊ちゃんがマジック収納持ちだから管理できる品だ。
ただ、王都に行けば、高いがマジック収納付きのバッグやリュック、ポシェットもある、それらを取り寄せてこの「水飴」の運搬用にすれば……。
あとは生産量にもよる、大量に扱えたら元は取れそうだが商会本部に相談が必要そうだった。
「スコップ」は、説明を受けて手押し車とセットで売れる事がわかった。
確かにこの形は今まで無かった。
土を掘る事に特化している優れものだ。
手押し車の契約を結んでいるうちが扱うべき商品だと直感したバスコは、リューを屋敷に送り届けるとそのまま付いていき、またファーザに会って交渉に移るのだった。
寄り親であるスゴエラ辺境伯の元に年末の挨拶の為、父ファーザは出かけていった。
リューも行ってみたかったが、今回は長男タウロを連れていったのでジーロと二人でお留守番だ。
その留守を狙ったのか、偶然なのか、スゴエラ辺境伯を同じく寄り親とする隣領のエランザ準男爵がランドマーク領に訪問してきた。
訪問を告げる使者が来たのが、来訪の数時間前。
これは少なくとも嫌がらせではあるだろう。リューはこれだけで、嫌な印象を受けた。
ファーザの代理人として祖父のカミーザが急遽、迎える事になった。
ジーロとリューも一緒だ。
馬車が到着すると派手目の服に口髭、髪型は前世で言うところのリーゼント、髪色は黒色の中年紳士が馬車から降りてきた。
歳は三六らしい。
祖父のカミーザの話だと父が二九歳だから、地位と年齢が上なのを笠に着て父には偉そうにしているようだ。
「カミーザ!? あ、こ、これは、カミーザ前当主殿、隠居なされたはずなのになぜ? 当主殿はどこですかな?」
祖父カミーザがいたのがよほど驚きだったのかエランザ準男爵は動揺していた。
「息子のファーザはスゴエラ辺境伯の元に挨拶に行っている。エランザ準男爵殿はこんな事で息子に嫌がらせするつもりだったのだろうが、入れ違いだったな」
カミーザは強烈な嫌味を言って大笑いした。
どうやら祖父はこの男の天敵らしい、遠慮がなかった。
「あ、相変わらず無礼な方だな! 私でなければ、その失礼な態度を問題にしたところですよ」
自分がやった事は棚に上げて自分は寛大だと言いたいらしい。
このやり取りでリューは完全にこの男を嫌いになった。
「問題にしてくれても構わんよ? そんな事より、今日は何をしに来たんだね。うちの息子はもう、挨拶に行ったのに、こんなところで悠長に隠居した人間を批判していていいのかな? スゴエラ辺境伯のお主への心証が悪くなると思うぞ」
「よ、予定日にはまだ時間があるから大丈夫なはずですよ! ……まさか早く行くとは……、これでは計画が……」
エランザ準男爵は後半ぶつぶつ言って聞こえなかったが、父に何か嫌がらせを計画していたようだ。
「何を企んでいるのか知らんが、外で話すのもなんじゃ、うちに入るといい」
カミーザが屋敷に招いた。
こんな男、外で十分なのに!
リューは思ったがジーロが先頭になってお客様として誘導する。
慌てて付いていくが、うちの家族は良い人過ぎると思うリューだった。
不本意だが、リューはメイドに頼んでお茶を出した。
うちの自慢の「コーヒー」だ。水飴を溶かし込んでいる。
「この黒いお茶……、これが噂の……」
エランザ準男爵はつぶやくと一口飲んだ。
「……! か、香りといい、味といい、これは素晴らしい飲み物ですね。ファーザ殿がいないのなら仕方ない。代わりにそこの子供達からでも、このお茶の生産方法を聞こうかな」
何を言っているんだこの人は? 教えるわけがないだろ。
リューはこのエランザ準男爵の厚かましさにビックリした。
「教えるわけがなかろうが」
カミーザがきっぱり断る。
「今、留守を預かっているのはそこの子供達では? 隠居された方は引っ込んでおられたらいかがですか?」
つくづく失礼な奴だな。
リューが言い返そうとするとジーロが口を開いた。
「先程も祖父が申し上げました通り、当主が留守にしています。スゴエラ辺境伯様の元に集う同じ臣下、困った時は助け合うお隣同士とはいえ、頭ごなしに教えろというのは無理がございます」
丁寧にジーロは断った。
いつもはおっとりとしているが、流石兄だ。
「その辺境伯様の同じ臣下であればこそ、お互いに有益な情報は共有するのが大事だと思わないかね」
「いいえ、そうは思いません。それを判断するのはスゴエラ辺境伯様です。一臣下がその判断をして良いとは思えません。それとも、エランザ準男爵殿は、寄り親である辺境伯様を蔑ろに出来る力をお持ちなのでしょうか?」
今度はリューが切り返した。
「確かに、今のはそう聞こえるの。隠居の身だが今の発言は見過ごせん。エランザ準男爵殿、辺境伯様に報告するが良いかな」
祖父カミーザは元々、スゴエラ辺境伯のお気に入りだった。
報告されたらただ事では済まないだろう。
もちろん、祖父は報告しないだろう。そういう人ではない。
「え、いや。そ、そんな事あるわけがないではないですか! もちろん冗談です。おっと、長居してしまった様だ、私も早く、スゴエラ辺境伯様の元に挨拶に行かねば。お邪魔した」
エランザ準男爵は慌てて馬車に乗り込むとランドマーク家を後にした。
「誰か玄関に塩を撒いといて!」
リューがメイドに言う。
「塩ですか?」
「そう、塩を撒く事でこの場を清める意味があるの」
それを聞いたメイドは納得するとすぐに塩を撒くのであった。
ファーザ達一行は、数日後にはスゴエラ辺境伯の元から帰ってきた。
予想外だったのはファーザがエランザ準男爵を伴っていた事だ。
リューもジーロもこの光景にお互い目を見合わせた。
つい先日ここで恥をかいて帰ったばかりなのに、さすがにこのエランザ準男爵の厚かましさには驚くしかない。
エランザ準男爵は満面の笑みでファーザと話しながらリューとジーロに気づくと、鼻で笑う素振りを見せて屋敷に入っていった。
兄のタウロを呼び止めるとジーロと二人でこの状況を聞いた。
タウロが言うには、帰り際にランドマーク家のここ最近の快進撃を褒め讃えてきたらしい。
タウロもエランザ準男爵は苦手らしくこれには警戒した様だ。
エランザ準男爵は、ファーザと一時の間、世間話をしていたが、今年が不作で困っているからお金を貸してくれないかという話を切り出してきた。
ファーザは当初、断っていたが、エランザ準男爵が同情を誘ってきてファーザも断りづらくなったようだ。それで、少しならという事になったらしい。
お父さん、だから人が良すぎますって……。
こうしてはいられない、ランドマーク家の財政面を預かる身として、お金の貸し借りの場にはいないといけない。
リューは慌てて、執務室に向かうのだった。
リューはすぐ、執務室に飛び込むと、「お父さんお待ちください!」と、お金を貸そうとしているところを呼び止めた。
「今、大人が大事な話をしている時に割って入ってくるとは! ファーザ殿、ご子息のしつけがなっていませんぞ」
エランザ準男爵がリューの邪魔をとがめた。
「どうした、リュー?」
ファーザがエランザ準男爵の意見を無視して聞いてきた。
「親しき中にも礼儀あり。お金をお貸しになるならば、ちゃんと借用書を作ってからにしてください」
「借用書!?」
エランザ準男爵が動揺する。
「エランザ準男爵殿は度々父からお借りになっているご様子。いくら親しくても何度も借りていれば心苦しいでしょう。ちゃんと借用書を作って、貸し借りの事実を受け止められて、お互い返す、返される意思がある事を書類にしておかないと、このままでは隣領同士の関係的に良くないかと思います」
「確かにそうだな……。リュー、書類を作ってくれ」
「はい、わかりました」
リューはすぐさま紙を取り出して書き始める。
「……ちょ、ファーザ殿! 子供にそんな事をさせていいのですか!?」
「大丈夫です、リューはうちの財政の改善の為に帳簿も付けてくれていますから」
「あ、いや、そうじゃなく……」
そんなやり取りを大人達がしている間にリューは借用書を作成し終わった。
「それでは、二人ともサインをお願いします」
ファーザがすぐサインをすると、ペンを渡されたエランザ準男爵は渋ったが、仕方なくサインした。
「これで、借りた事は記載されました。期日が来ましたら、回収しますので悪しからず」
リューはエランザ準男爵を見上げた。
そこには悔しそうに顔を歪める男の顔があったのだった。
お金を受け取るとエランザ準男爵はそそくさと帰っていった。
最初からこれが目的だったのだろう。帰る時はあっという間だった。
執事のセバスチャンが見送ると、「リュー坊ちゃんのおかげで今回はただで貸す事にならずに済んだようですね」と、つぶやいた。
タウロ達もホッとしたのだろう、リューを囲むと、「さすが僕たちの弟だよ。リューの機転でエランザ準男爵の悔しそうな顔が見られたよ」と、みんなでハイタッチを交わした。
「リューありがとう。お前が言い出してくれたから、借用書が作れた。いかんな、私もしっかりしないと」
隣領の当主には困っていたのだろう、ファーザは反省しきりだった。
これからは、エランザ準男爵も気軽にうちからお金を借りようとは思わないはずだ。
そうだ、メイドにお願いしてまた、塩を撒いてもらわないと……。
と、思ったところに塩の入った壺をもったメイドが現れると、玄関先に早速塩を撒くのであった。
「……うちのメイドは優秀だ」
リューはメイドの後ろ姿に親指を立てて讃えるのだった。