以後、リューが街で食事をする時は箸を使ってうどんばかりを食べていて、その姿が領民によく目撃される事になる。
「領主様のとこの坊ちゃんが器用に使っているあの木の棒はなんだい?」
領民が疑問を口にする。
食事と言えばナイフにフォーク、スプーンの三つだ。
木の棒は見た事も聞いた事も無いものだった。
「あれかい、リューの坊ちゃんが考えた『はし』って言うんだよ。見ときな、……こう持って……こうで、こう挟む」
女将が実践してみせる。
「女将も使えるのかい。器用なもんだね」
「これが慣れると便利なんだよ。片手で小さい物も掴めるしね」
お客のスープの具を掴んでつまみ食いしてみせた。
「そうなのかい? って……本当だ。こりゃいい! ちょっと持ち方を教えてくれよ?」
こうして少しずつ箸の文化も広がっていくのだが、それはまだ先のお話であった。
粉もの料理は浸透しそうな予感だった。
ランドマーク家では、すでに浸透し、ランドマーク家自慢の名物料理となっている。
うどんはお椀を持って箸で食べる事が、家族に中々浸透しなかったのだが……。
それを悲しんでいるリューを見て、長男タウロが実践してみせ、ジーロもそれを真似し、末娘ハンナが一生懸命練習する姿を見た事で親達もやる事になった。
「食器に口を付ける事はマナー的に良くないんだが……、だが慣れると食べやすいな……。リューが考えてくれたのだし、うちで食べる分には問題ないか」
父ファーザは箸の有用性に気づかされたようだ。
「そうね、便利というのは大事な事よね。子供の発想には驚かされるわ」
母セシルも感心すると箸で器用にうどんを食べてみせた。
二人とも、それは、前世では数千年の歴史文化があるんですよ。
とは言えないリューだったが、家族が受け入れてくれたのはとても嬉しい事だった。
リューは、コヒン豆の生産販売、麺の売り上げ、貸付金の回収など来年が楽しみであった。
「来年のみかじめ料、楽しみだなぁ。あ、違う、税収ね」
未だに極道用語が抜けないリューであった。
剣の稽古が休みの日。
暇が出来たリューは、森に入る事にした。
ちょっと早いが罠の様子を見にいく事にしたのだ。
森の奥に入ると、大物狙いの落とし穴にビッグボアがかかっていた。
うまく仕込んであった杭に刺さって絶命している様だ。
早速、穴から引き上げるが、想像以上に重い。
一人で直接は無理そうなので、木の上にロープを渡してそれをビッグボアの足にくくり付け引き上げた。
それでも、相当な力が必要だったが、初期レベルとは言え『器用貧乏』の能力の一つ、[肉体強化]を使用する事でそれをカバーできた。
引き上げたところで、脳裏に声がした。
「『猟師』がG+の限界に到達しました。……『ゴクドー』の能力の発動条件〈限界に挑戦し道を極めようとする者〉を確認。能力[限界突破]を取得しました。よって、猟師の限界を突破します。……G+からF-ランクに上がりました。ランク昇格で器用と敏捷に若干のステータスボーナスが付与されました」
突然の『世界の声』だったが、リューは初めての体験だ。慌てた。
周囲を見渡し、自分の頭に直接響いているのを理解すると、そこで初めて『世界の声』に思いが至った。
「……これが世界の声……か。本当に声がするんだ……」
驚きからまだ熱が冷めないという感じであったが、
「あ、器用貧乏ではG+までしか上がらないはずなのに、限界突破したって言っていたよね!?」と気づいた。
それが本当なら、『器用貧乏』のスキルに悲観するどころか、逆に強みになるのでは?
器用貧乏は何でもできるが、何も高みに到達できない不遇スキル。しかし、『ゴクドー』の能力[限界突破]と合わさる事で最強になりうるのではないか?
もちろん努力は付き物だが、やりたい事を努力し高める選択肢が増えた。
これからは、もっとランドマーク家に貢献できると確信した瞬間だった。
「あ、ビッグボアの血抜きしないと」
慌てて現実に戻って作業するリューであった。
それからのリューは努力の鬼になった。
勉強にも身を入れてやるようになり、すぐ『教師』の限界に到達、能力で限界突破。ランク昇格で知力に若干のステータスボーナスが付与された。
剣の稽古でも、すぐに『剣』の限界に到達、そして限界突破。
槍、斧、弓、盾、メイス、体術とたて続けに限界突破してステータスが少しずつだが上がった。
武術以外にも、『商人』、『料理』なども限界突破し、『世界の声』が何度も脳裏に響くのであった。
そして……。
「……パタリと、止んだなぁ」
一通り限界突破したからだろう、連日の様に聞こえ慣れ始めていた『世界の声』が聞こえなくなった。
「いや、これからもコツコツとやってれば、聞こえてくるはず」
と気分を切り替えるリューであった。
リューは気づいてなかったが、沢山の限界突破をすることで、一つでは大したことがない若干のステータスボーナスが、塵も積もれば山となるで、リューのステータスをかなり上昇させていた。
しかし、それに気づくのはだいぶ後の事であった。
季節は過ぎ、リューは七歳になった。
この時期になり、ランドマーク家には、新たな仲間が増える事になった。
執事のセバスチャンの孫が使用人として雇われる事になったのだ。
茶色い髪に茶色い瞳を持つ、負けん気の強そうな十歳の少年だった。
きっと長男タウロの代のランドマーク家の執事になってくれる事だろう。
いつもの剣の稽古にこの十歳の少年、シーマが参加する事になった。
最初、その負けん気の強さをみせて、長男タウロに挑んだが、『騎士』のスキルを持つ武闘派である、格の違いをみせつけた。
続いて、次男ジーロ。
こちらも『僧侶戦士』のスキル持ちである。年下と思い今度こそはと挑んだシーマを、圧倒してみせた。
そして、三男のリューの番である。
負け続けとはいえ相手はまだ七歳、それも『器用貧乏』と『鑑定』の、武術とは縁遠いスキルに、よくわからない『ゴクドー』持ちだと聞いていたので、シーマもさすがに気が引けた。
だが、主人であるファーザに、
「シーマ! 戦う前から相手を侮るな、戦場ならすぐ死ぬぞ!」
と、一喝され剣を握り返した。
──結果。
リューの圧勝だった。
リュー本人も驚いていた。
普段、とても強いファーザやスーゴ、優秀な長男タウロに次男ジーロを相手にしていたので感覚が麻痺していたのだ。
いつの間にか、自分も強くなっていた事を、リューは知るのであった。
シーマは愕然とした。
自分もこの日の為に稽古を積んできていたつもりだった。
だが、一つ年上の『騎士』持ちの長男タウロは格が違った。
次男ジーロは一つ年下だがやはり戦闘系でも上位の『僧侶戦士』持ち、強かった。
だが、三つ下の三男リューに関しては、体格も自分が勝っているし、スキル的にも勝っているから大丈夫だと思っていたのだが、全く歯が立たなかった。
やはり、祖父や父に言われた通り、ランドマーク家は凄い一族なんだ!
シーマは
そんな心の中の変化をリューは知らなかったが、長男タウロに仕える事になるであろう年上のシーマに勝ったのはまずかったかもしれないと、冷静になってから反省した。
表向きの戦闘系スキルは『器用貧乏』で、役立たずのはずなのだ、相手にしたら騙し討ちみたいなものだ。
聞けば、シーマは戦闘系を剣、槍、体術の三つも持っているらしい、自信喪失していないだろうか、もしかしたら、騙されたと怒っているかもしれない。
どうしたものか、と悩んでいるところで家の廊下でバッタリシーマと顔を合わせる事になった。
「あ……!」
固まるリュー。
「剣の稽古の時はすみませんでした!」
目が合うなり、間髪を入れず、シーマが謝ってきた。
「え?」
きょとんとする、リュー。
「俺、みなさんを甘くみていました。これからは驕りを捨て、心を入れ替えて、お三方にお仕えします!」
年上だがリューに舎弟が出来た瞬間だった。
「う、うん。よろしくね……」
想像していた展開と全く違ったので、リューは戸惑いながら返事をするのであった。
「リュー様、流石っす!」
リューの森への散歩について来たシーマがリューの狩りの腕を褒めた。
今日に限って罠に獲物がかかっていなかったので、急遽、鳥を狩る事にしたのだが、シーマは弓矢が苦手というので代わりに射落としたのだ。
「リュー様は何でも
意外にシーマは弟分肌なのかもしれない。
かといって兄貴分になる気はないのだが……。
兄タウロやジーロに付いてればいいのだが、そのタウロとジーロに、「リューは一人でよく行動して心配だから、付いていてあげて」と、お願いされたらしい。
それで、今である。
お兄ちゃん達、僕に押し付けましたね!?
違うとは思うのだが、シーマのヨイショが中々面倒臭いと思ったリューであった。
まぁ、悪い子ではないので、その辺は我慢しよう。
と、自分に言い聞かせるのであった。
鳥を数羽捕獲後、マジック収納に入れて、そのまま農家の畑に向かう事にした。
借金で首が回らなくなっていた農家に、コヒン豆を安定して生産できるように畑を作ってもらったので、今日は順調にいっているかの確認だった。
「森に生えていたコヒンの木は、枯らす事なくうまく畑に移す事ができました。タネを撒いた方の畑はあと二、三年かかると思います」
「そうだね、安定生産にはあと数年はかかりそうだね」
「はい」
「生産ラインが安定するまでちゃんと支援するから安心して。それまでは、森と、ここに移したもので出荷しよう」
「買い手はつくのでしょうか?」
農家にとってはそれが一番の心配である。
もう、これにかけるしかないのだ。
「それは、大丈夫。契約を交わしている商会から、ブツがもっと欲しいと言われているくらいだから。ふふふ」
前世なら、通報されそうな発言だが、事実、森からの採取だけでは量が足らず、加工したコヒン豆の粉は貴族の間で飲まれすぐ無くなっていた。
「ブツ?」
「あ、豆の事ね。粉でもいいけど、それはそれで、聞こえ方が危ないから」
「危ないんですか!?」
農家の男はよくわからないが、危ないという言葉に驚く。
「あ、こっちの話です。大丈夫です」
「ならいいんですが……」
一抹の不安はあったが、今のところうまくいきそうだし、信じるしかない農家の人々であった。
リューの行くところに、シーマあり。
いつの間にか領内の領民達からはそう認識されるようになった。
シーマが住んでいた村ではヤンチャが過ぎる子供として有名だったのでシーマの言動は領民が警戒するところであった。
貸し付けの取り立ての時はスーゴもいるのだが、基本、リューとシーマはワンセットの扱いになりつつあった。
「シーマ君。君、領民に迷惑をかけていたんだね……」
「俺ですか? ちょっと子供の間で喧嘩したりしていましたけど」
「『体術』持ちなんだから、カタギとステゴロしちゃ駄目だよ」
「カタギとステゴロっすか?」
「あ、一般人と素手の喧嘩の事ね」
「あ、それなら俺、心入れ替えたので、もうしないっす!」
「不良から足を洗ったならいいけどね」
「足を洗う?」
「あ、辞めることね」
「リュー坊ちゃんはたまに不思議な言葉使いますよね」
シーマが疑問を口にした。
「気にしないで、ただの業界用語だから」
「ギョウカイヨウゴ?」
「会話を聞かれても、身内しかわからない単語使っていたら内容がバレないでしょ」
「なるほど。流石っす!」
いや、本当は単に前世のクセが抜けないだけなんだよ?
とは言えないので、シーマの解釈に任せるリューであった。
領内の街と二つの村のうちの一つで、ダイチ村というところがある。
執事のセバスチャンとシーマの家族が住んでいるところだ。
セバスチャンとシーマは、ランドマーク家に住み込みなのでシーマはひと月くらい家に帰っていないはずだ。
シーマに「家に行ってみる?」と、聞いたがあっさり断られた。
一人前になるまでは我慢するらしい。
「うん、でも、凄く近いけどね、うちからシーマ君の家まで……」
そんなやり取りの中、そのダイチ村にシーマと一緒に、借金の利息の回収に来ていた。
「では、今月分の利息、確かに頂きました」
リューが村人からお金を受け取っていると村長が現れた。
「リュー坊ちゃんこの後、お話よろしいでしょうか?」
「?」
導かれるまま、リューとシーマは村長宅に案内された。
「早速ですが、ニダイの村の事です。領主様にもお伺いするつもりだったのですが、リュー坊ちゃんが関わっているとお聞きしまして」
「「?」」
リューとシーマは何事か思い至らず、視線を交わした。
「うちの村人が聞いた話では、ランドマーク家の肝いりで一部の農家で新たな作物を育てているとか、資金も出されて支援しておられるとか。我がダイチの村にはそんなお話が無く、村人の中には不満を漏らす者もおります」
なるほど、そういうことか……!
コヒン豆の栽培の事だろう、確かに外から見たら贔屓している様に見えたのかもしれない。
「えっと。誤解をさせたのなら、申し訳ないけど……。元々、借金が払えない一部の農民に、仕事を与えて返済する当ての一つにしてもらう為に、僕がお願いした事なんだ」
「返済……、ですか?」
「そう。それが軌道に乗るかまだわからない実験的な部分もあるから、その人達にお願いしているんだよ。一応、収穫に成功したら、売れる見込みはあるんだけど、まだ手探りだからね」
「見込みはあるんですね?」
村長がその部分に食いついた。
「そうだね。でも、一から育てて収穫までは数年かかるだろうから、あくまで実験だよ」
このままだと、村長も挙手しかねないと思ったリューは、念を押す。
「うちの村の畑でも作らせてください!」
前のめりになった村長が、旨そうな話と判断して志願してきた。
「いやいや、今、ランドマーク家にはこれ以上のお金出す余裕ないから待って」
「私の畑の一部は、今、空いているので大丈夫です!」
「そうじゃなくて、支援するお金がもうないの!」
「いえ、とりあえず、育てさせてください! 遊ばせている土地で作るので領主様にはご迷惑はお掛けしませんから!」
ここまで言われると断る理由もない。
農作物の収穫量は下がらないのだからいいだろう、あとは、父ファーザに話してみないとわからないが……。
「……わかりました。それじゃ、父に話してみます」
「ありがとうございます!」
どちらにせよ、結果が出たらシマ(生産農家)を増やすつもりでいたので説得する手間が省けて良かったのかもしれないと思うリューであった。
父に祖父、執事にスーゴというランドマーク家の大人達の中に混ざって、リューもその場にいた。
父ファーザの執務室である。
「リューのおかげでランドマーク家の財政再建は進んでいるが、未だ厳しいことに変わりはない。何か案は無いか?」
ざっくりした質問である。
みんな答えようがない。
「もう、今年はお金に余裕がないんじゃろ?」
祖父カミーザがファーザに聞き返した。
「はい、リューの提案してくれたコヒン豆栽培にお金を使ったので収穫までは我慢です」
「収穫量が今以上に上がれば来年にも繋がるんじゃがのう」
「この十年では、ここ数年の収穫量は良い方なので、それは望み過ぎかと」
執事のセバスチャンが指摘する。
「土地が痩せていて、元が悪かったからなぁ。わはははっ!」
スーゴが他人事の様に笑って見せた。
「せめて隣領くらい収穫があれば、余裕が出来るのだが」
ファーザがため息を漏らす。
「……来年に向けて、畑の改善はほぼタダで出来ると思いますよ」
黙って聞いていたリューが口を開いた。
「領内は森が多いです。その森の枯れ葉を集めて、畑の土に混ぜ込めば肥料になって来年はもっと収穫量が増えると思いますよ」
「そうなのか?」
ファーザ達大人は初耳とばかりにリューを凝視した。
「コヒン畑は今順調にきていますが、それは森の枯れ葉と土を混ぜて環境を同じにしたからだと思っています」
「おお! それを何で今まで言わなかったんだリュー!」
コヒン畑は去年から始めた事だったのでファーザがリューを問うた。
「すみません、確証が無かったので今までは報告できませんでした」
これは本当だ。リューの前世の知識でも農業について詳しくなかった。
ただ、森に毎日入っていて、土の違いには気付いていた。
なのでコヒンの木を育てる時、土の環境を同じにした方が良いんじゃないかと農民と話し合った結果だったのだ。
「それなら、今からでもできるな。村長達に提案してみよう」
提案というのがまた人が良い。
領主なのだから命令すればいいのだが、それをしないのがランドマーク家の当主だった。
リューはそんな父を誇りに思うのだった。
村長達はコヒン豆栽培がうまくいっているのを見て納得していたので、この提案にすぐ頷くと村民を集めて作業を始めた。
もう、初夏なのでこれからやって効果があるかわからないがやらないよりはマシだろう。
収穫時期の楽しみがまた一つ増えたのであった。
森からの枯れ葉と土を運ぶ作業を見て、リューは一つ気になった。
それは、効率の悪さだ。
ズタ袋に詰めて運ぶ者、布にくるんで首にかける者、二人がかりで木に吊るした袋に入れて運ぶ者、みんな思い思いの恰好で運んでいたが、結果、量が少ないから往復回数が増えるばかりだった。
リューはこの世界に猫車はないんだろうか? と疑問に思った。
猫車とは工事現場などで人が押す手押し車の事である。
工事現場では主に「ネコ」や、「猫車」と呼ばれている。
リューは前世で十代の頃に、工事現場でアルバイトをしていた経験があった。
リューは街の木工屋と鍛冶屋に猫車の設計図を持ち込み、試しに合作で一台作ってくれるようお願いした。
代金は後払いだ。
ごめん、お金がないんだよ……ううっ!
最初、職人達に渋られたが相手は領主の三男であるリューである。
それに設計図を見ると面白そうだった。これには木工屋も鍛冶屋も職人として興味をそそられた。
共同合作の結果、一部変更が加えられた。
タイヤの部分は馬車の車輪を小さく作ってもらい、この世界ではゴムが無いので強度アップの為に
「坊ちゃん、これは大発明ですよ! こんな便利なもの初めてです。作っていてワクワクしましたよ!」
そこまで言われると、お金になるかもしれない、と思ったリューはその足で商業ギルドに向かい、特許を申請するのだった。
数日後、商業ギルドからこの手押し車の特許が下りると、商人がすぐにリューの元に訪れた。
商品化の話である。
もちろんランドマーク家には今、お金がない。
なので、商人に投資させる形で木工屋と鍛冶屋にお金を支払わせ、増産する事にした。
ランドマークの街ではこの手押し車が大ヒットした。
一人で重い物が運べるのだ、バランスさえ保てば誰にでも押せる。
ちょうど、小料理屋の女将が楽しそうにこの手押し車を押していた。
上には小麦の袋が載せてあるが、楽そうだ。
これを目撃してリューは嬉しくなった。また、ランドマーク領の役に立てたと思ったのだ。
好感触を得たリューの元に、すぐに商人から販路の拡大の申し入れがきた。
すぐさまリューはOKを出し、領外にも販売先を広げる事になるのであった。
ランドマーク家にとって収穫の前に予想外のまとまったお金が手に入った。
手押し車の売り上げ金だ。
地元の木工屋と鍛冶屋も製造を請け負う事で日夜、作業に追われ嬉しい悲鳴だった。
「リューの坊ちゃん大変ですよ! 発注が多くて生産が追いついていません! 助手も何人か雇ったんですが、まだ、腕が追い付いてなくて」
ランドマークの街は小さい。
この想像を超える注文の多さに応える事が出来る大きなお店が無かった。
「じゃあ、分担作業にしてはどうですか?」
職人の作業する姿を見てリューは提案した。
「分担作業?」
これまで職人達は手押し車一台一台を、一人ずつが作っていた。
だからそのやり方を変更し、一人一人が作る部品をそれぞれ決めて、最終的にその部品を組み上げるところまで役割分担する事を勧めたのだ。
これなら、まだ腕に自信のない助手も、作業が簡単で、覚える技術も少なくて済む。
「なるほど。分担ですか」
この、リューの提案で一人一人の作業は大幅に単純化され、助手を沢山雇っても効率が落ちる事なく、逆に生産性が大いに上がった。
これにより自ずと仕事も増えるので、街には良い事尽くめだった。
ランドマーク騎士爵領は、元々人口は少ない。だから景気が良くなると潤うのも早かった。
農家に恩恵がなさそうだが、農家も一日中畑にいるわけではない。
空き時間に組み立てのアルバイトが出来る。
なので、この手押し車バブルに乗る事ができたのだった。
ランドマーク家執務室。
「初夏にはお金がないと心配していたのにな」
ファーザが感慨深げに言った。
収穫時期が近づいてきたので、その前の話し合いの席だった。
「うちの孫には驚かされるわい。わはははっ!」
祖父のカミーザが豪快に笑う。
「タウロ様も次代当主として成長しているし、その補佐としてジーロ様も励んでいる。リュー坊ちゃんも財政に貢献してくれて、ランドマーク家は安泰だな!」
隊長のスーゴもカミーザに続いて豪快に笑った。
「うちの孫のシーマも御三人を助けられる様に努力を惜しませず、頑張らせます」
執事のセバスチャンが恭しく頭を下げる。
「シーマも同世代の中では優秀だと思うぞセバスチャン。うちの孫達が優秀過ぎるんじゃ」
祖父カミーザが褒めつつ、のろけてみせた。
「そうだぞ、セバスチャン。シーマはよくやっている。時には褒めてやらないとな」
ファーザもシーマを評価してみせた。
「ありがとうございます。そう伝えておきましょう」
セバスチャンは冷静に受け止めた。
「そういえば、リューは呼ばなくていいのか? 今回の作物の出来はリューのアイディアが大きかっただろう」
カミーザが言った。
「そろそろ来ると思いますよ」
コンコン。
執務室の扉から音がした。
「入れ」
ファーザが短くノックに答えた。
「失礼します」
リューが入室する。
「来たな、リュー。ほら座れ」
祖父のカミーザが、自分の横をポンポンと叩いて座る様、促した。
「はい、おじいちゃん」
リューは素直に従った。
「リューが揃ったところで今年の作物の出来の話だが、昨日、各村を回ったが今年は大豊作になりそうだ」
「そりゃーいい。それなら、ランドマーク家も潤いますな」
スーゴが手放しで喜ぶ。
「それもこれもリューの提案のおかげだ。村長もあの森の土の入れ替えで土壌が変わったと言っていたからな。それとコヒン畑も順調なようだ。今年はまだ、収穫できるのは少ないだろうが、来年、再来年と続きそうだ。だから、今ある利益をコヒン畑の拡張に使いたいと思っている」
領主の決断である。
コヒン豆は確実にランドマーク家の生命線になると判断したようだった。
「……となると、あの広い森を開拓しないと駄目ですね。木の伐採はもちろんですが、切り株も取り除かないといけませんし整地も考えると、大変な作業になるかと」
セバスチャンが現実的な話をした。
「……それなら、僕が協力できると思います」
リューには勝算があるようだった。