「四歳で読み書きができるようになりましたからね。リューは頭が良いんですよ」

父ファーザがリューの頭を撫でながらまた自慢する。

「それは凄い! 私が聞く神童でも、六歳の洗礼の儀を過ぎてからスキルを使用して短時間で覚えたという話があるので、スキルと関係なく覚えている時点で素晴らしいです。それはまさに神童ですね!」

サイテンが素直に驚いてみせた。

「そうなんですよ! この子はスキルに関係なく学校に行かせようかとも家族で話し合っていまして……」

リューの自慢について止まらない父ファーザであった。


サイテンのランドマーク家訪問から数日のこと。

リューの『鑑定』能力に変化があった。

今までの能力では全ての物に名前が表示されるだけだったが、説明が付くようになったのだ。

これはかなり便利だった。今までは名前がわかるとそれを頼りに父の書斎で本を開き調べてどういうものなのか確認していたのだが、それが不要になったのだ。

試しに森に行くと植物を〝視る〟、もちろん鑑定できるのは物だけなので表示されないが、これは簡単にクリアできる問題だった。

一旦摘んで、物にして確認すればいいのだ。

これで、名前と説明を確認できる。

この裏技のようなやり方で食べられるか食べられないか、薬草なのか毒草なのか、判断できる。

一々、摘まなくてはいけないのが難点だが、そうする内に外見も覚えるので一石二鳥だった。

こうして、ランドマーク家の食事事情にまた、大きく貢献出来るようになった。


リューの日課は、午前中に勉強、お昼から剣の稽古、その後森に出かけて罠の確認など食料調達、その後は夕飯まで自由だったが、その自由時間、新たな日課が生まれていた。

領兵の隊長を務めるスーゴもこの時間は暇なので付いてきてもらう。


小高い丘にあるランドマーク家の領主宅のふもとに位置する領都である街に二人は来ていた。

領都と言っても騎士爵領程度の街は規模が村に近い。それでも、商業ギルド、冒険者ギルドの支部があるだけかなりましだろう。

おかげでメインの通りにあたる大通りにはそこの相手をする為に商店がいくつか並び、酒場もある。

「出入りしているのはこの酒場だよね?」

リューが同行しているスーゴに確認する。

「ええ、そのようです。リュー坊ちゃん、本当に大丈夫ですか、俺が行きますよ?」

酒場に子供を連れてくるだけでもはばかられるのに、リューをとなると後々面倒そうだと思ったのか念を押した。

「いや、打ち合わせ通りでお願い」

「わかりました」

スーゴは渋々了解した。

二人は酒場に入っていった。

中にはまだ夕方でもないのにお酒を飲んでいる者が数人いた。冒険者に紛れて農民もいた。

「あいつです」

スーゴがその農民を指さす。リューは頷くとその農民に話しかけた。

「どうも、あなたがミソークさんですね? 切り取りに来ました」

「ああ? なんだガキんちょ。……切り取りってなんだ?」

「あ、すみません、つい極道用語が……。あ、取り立てに来ました」

「ご、ゴクドー? 取り立て?」

「はい、数年前にミソークさんが父から借りたお金の事です」

「父?」

「はい。領主である、ファーザの事です」

「りょ、領主様の子供!?

農民のミソークは慌てて姿勢を正した。よく見ると子供の後ろにはいかつい男が立っている。

その瞬間、ヤバい事になっていると、酔った頭でも理解できたらしい。

「わ、私に何のようでしょうか!?

「だから、借金しましたよね?」

「ど、どうだったかなぁ……」

「借用書は……、ここにありますよ」

リューがスーゴから一枚の紙を受け取りミソークに見せる。

すぐにスーゴに借用書は返すと、「この数年、豊作であなたも例外なく潤っているはずですが、利息の一銅貨たりとも支払いが無いですよね? どうしてでしょうか? 見る限り、お金には困っていない様子ですが?」とリューはミソークの姿を見て確認する。

「借りたものは返すのが筋だろうが!」

スーゴがリューの背後からすごんだ。ミソークはその迫力に悲鳴を上げてたじろいだ。

「スーゴ止めなさい。ミソークさんが怯えています。すみません、スーゴは気が短くて困ります。……で、返済についてですが、よろしいですか?」

「……は、はい! 返します!」

六歳の子供より、スーゴに怯えたミソークは間髪を入れずに答えた。

リューはにこりと笑顔を向けると、「それでは、無理のない支払い方法について話し合いましょう」と、続けるのであった。

そこからはリューの独壇場であった。

ミソークにも家族があるので、あくまでも無理のない返済プランを提案する。

その内容に、ミソークもポカンとしたが、怖いスーゴと違って領主の息子は話がわかる事に安心すると、リューが指し示す紙にサインをする。毎月、少しずつ支払うという内容の契約書だ。

「それでは、今度からちゃんと月々支払ってくださいね」

リューが笑顔でお願いするとミソークも頷く。

こうして、ランドマーク家の財政が一歩、改善されたのであった。


前回の取り立て以後もランドマーク家が各方面に貸し付けていたお金は少しずつ回収されはじめ、財政面の足しになった。帳簿をちゃんとつける事で支出の無駄を省き、収支の安定化も図る。

ここまでくるとファーザも安心してリューと執事のセバスチャンに任せる事にした。

ここでいい流れをさらに上向きにしたいリューは、商人に取引を提案していた。

それはコヒン豆を炒り、その豆を粉砕して粉にし、布の袋に入れそこにお湯を注いで淹れた飲み物の商品化だ。

コヒン豆はランドマーク家の領地内の森に自生していたものをリューが見つけて持って帰り、食べられないか炒った結果、前世のあるものに香りが似ていた事から、もしやと思ったものだった。

そこで、この普通では食べられない豆を、借金で首が回らない農家に給金を出して採取をお願いしている。それと同時にその農家にコヒン豆の生産も持ちかけた。

前世で言うところのコーヒー豆である、これはランドマーク家の新たなシノギに……、副業になりそうな予感がした。

「……最初、この黒い液体の見た目には驚きましたが、いい香りに苦み、深い味わい、スッキリした後味。癖になりますね。元が何かは気になりますが……、今はそこは聞きません」

どんなものを使用しているかはまだ内緒だった。

商業ギルドには申請済みで、近いうちに特許が取れるだろう、それまでは企業秘密だった。

それと相手は普段、ランドマーク家と取引のある商人とは違う別の商人ということもあった。

これまで信用していた商人は、取引請求書を水増しし、ランドマーク家から不正に搾り取っていた。

それはランドマーク家の人々の人の良さに、つけこんだものだった。

商業ギルドにはこれを証拠と共に報告し、代わりに取引出来る様に、この商人を紹介してもらったばかりだった。信用はこれから積み重ねていく事になるだろう。

「生産ラインに乗り次第、商品化して、売り出しましょう。それまでは、私共は貴族やお金持ちにこの商品を売り込みます」

「貴族やお金持ち?」

「はい、新しい物好きの貴族やお金持ちはきっと飛びつきますよ。お茶会などに持ち込んで試飲していただき、お金を出してもらいます」

「そこで元手を得て、大々的にということですね?」

「そういうことです」

結果が出るのはまだ先だが、これが軌道に乗れば、現在、特別な特産品も無いランドマーク領内の財政も安定するだろう。借金を抱えた生産農家もこれで潤うはずだ。

そうなれば、貸付金も回収できてお互いウィンウィンになる。

さらにリューは他の商品化を考えた。シノギと言えば出店、出店と言えば、粉ものだ!

ということで、お好み焼き、うどん、パスタなどを思いついた。

タコ焼きは近くに海が無いから諦めた。

だが、うどんやパスタ、お好み焼きなら簡単だ、利益率も高い。

幸い、この世界の食文化はあんまり発展していない。

そこにランドマーク家がねじ込める隙があるとみていた。

だが、自分はあんまり料理が出来ない。

ここはランドマーク家の料理人に相談するのが手っ取り早いだろう。

「……初めて聞く代物ですね」

ランドマーク家の料理長の自負もあったが、雇い主の三男からの奇妙なお願いに困惑しながら聞き、言われるままに小麦粉を捏ね、一度、布を上に引き、踏んだ。

さらにそれを伸ばし、重ねる。それを太めに裁断していった。

「これでいいんですか?」

初めての作業に、困惑しかなかったが、出来た太い麺? に、自分で驚いた。

「じゃあ、それを茹でてください」

言われるままに茹でる。それを湯切りして皿に置く。

試食してみると、コシがあってつるつるしている。

「これは……!」

初めての食感に驚く料理人、そこへ、「それじゃあ、スープ作りもお願いします」と、マジック収納から森で獲った鳥と、同じく森で見つけた丸ネギなどの食材を渡す。

「これを使って、この麺に合うものを作ってください」

ここからは料理人の感性頼りの丸投げだった。

「わかりました!」

料理人魂に火が付いたのだろう、食材を受け取ると調理に移るのだった。


この後、いくつかスープの候補が出来て、リューが前世で食べた味に近い物を選び、二人で食べ比べした結果、「鶏がらスープのうどん」が完成したのである。


料理人とリューの力作、うどん。

それは最初、ランドマーク家の面々には不評だった。

ナイフとフォークで食べられないからだ。フォークのみで食べるにしても麺が太すぎる。

箸を教える時間がなかったので、無理やりフォークで刺して巻いて食べてもらったが、最初、不評だったにもかかわらず、その後はみんな完食だった。

「このもちもちした食感が美味しいわ!」と、母セシル。

「食べ応えがあって腹持ちが良さそうですね」と、執事のセバスチャン。

「僕これ好きだよ!」と長男タウロ。

「僕もこのモチモチ好きだな」と、次男ジーロ。

「こんなおいしいものをお前が考えたのか! やりおるのうリュー!」

と、祖父のカミーザ。

「しかし、太いから食べにくいな」

痛いところを抉ってきた父ファーザ。

「そうねぇ、もう少し細いと助かるわ」

追い打ちをかけてきた祖母ケイ。

賛否両論あったが、味の方は問題なしのようだ。なので麺を細くする事で解決する事にした。

その後、試しに予備の案のつもりで出した「トメートの実のソースのパスタ」の方がもっと好評だった。麺も細めだったのだ。うどんがイチオシだったのに!

前世ではうどんが大好きだったリューは少なからず凹むのだが、それを察したのか、「僕はうどんが好きだよ、リュー」と、長男のタウロに励まされるリューであった。


好評だったからには領内のみんなにも食べてもらいたい。

そう思ったリューは、自分も過去に何度も足を運んでいるお店、街の人気小料理屋に持ち込む事にした。ここに認めてもらえれば、後が楽だと踏んだのだ。

「あら、領主様のところのリュー坊ちゃんじゃないかい。うちはお金、借りてないよ?」

女将さん渾身のジョークをドヤ顔で言われた。

「それ、前回食べに来た時も言っていたじゃないですか、もう」

リューの借金取り立ては、方々で行われていたので有名になっていた。

「ははは、いいじゃないかい! 返せるのに返さない、それが出来ない奴から取り立てたんだから痛快な話だよ! でも、うちは借りてないから返せないけどね。あははは!」

領主の息子相手でも豪快である。

これぐらいの度胸がないとゴロツキの相手はできないということだろう。

冗談はさておいてもらって、マジック収納から麺を出して交渉する。

「こりゃまた、珍しいわね」

女将の目が真剣になった。

調理したものもあらかじめマジック収納に入れてあるのでそれを出し、皿に取り分けて食べてもらった。

今回はリューのお勧めのうどんではなく、家族に好評だったパスタの方だ。

「これは美味しいわね! ……うん、ぜひうちで出させてほしいわ」

さすが女将、決断が早かった。

作り方を早速聞いてきた。

こちらで製麺所を準備し、そこで麺を作ってお店に朝一番で卸す、女将側はソースの作り方を覚えてもらい、麺は茹でるだけである。

その説明をすると、「そんなに簡単なものなのかい?」と、驚いた。

リューは、はいと答えると、肝心の麺の単価を女将に伝えたのだが、「そんなに安くて大丈夫かい?」と、心配された。

もちろん、利益が出る価格なのだが、女将の目に映る麺は、貴族が食べる料理だと思ったらしかった。

「みなさんに食べてほしいのであんまり高く値段を付けないでくださいね」

と、リューがお願いすると、「あいよ。それならうちも助かるわ。庶民の味方がうちのモットーだからね。あははは!」と、これまた豪快に笑うとすぐに、交渉成立だった。

この後の交渉は楽だった。

他のお店にも売り込むと、あの小料理屋が出すならうちもと、立て続けに契約を結んでくれたのだ。

早速リューはファーザの許可を得て、お金を出してもらい「製麺所」というか見た目はただの小屋を作ってもらった。

人も雇い、作り方を指導する。

ただ、子供のリューが責任者なので不安の声も上がったが、「ケツ持ちはランドマーク家ですので安心してください。あ、後ろ盾はランドマーク家の意味です」と念を押して安心してもらったが、ちょいちょい極道用語が出てしまう、リューであった。


製麺所は早くも稼働した。

契約を取った各店舗から多くの注文が殺到したからだ。

製麺所内はその忙しさに粉が四六時中舞っている状況だ。

「みなさん、お疲れ様です。一つ注意しておきますが、粉じん爆発にはお気をつけください!」

従業員の手が止まる、不穏な単語が出てきたからだ。

「「「爆発?」」」

口を揃える従業員達。

「はい、粉じん爆発です。この粉が充満した状況下で火を使うと引火して爆発します。なので、火気厳禁でお願いします。火を使う場合は建物外で使用してください」

「そんなに危険なの?」

「はい、爆発したらこの小屋は跡形も無く吹き飛ぶと思います」

笑顔で答えるリューに、従業員は震撼し、全員が火気厳禁を徹底する事になった。


パスタは女将が新メニューとしてメインに推したので、すぐにお客さんに食べられるようになった。

この世界の主食はパンなのだが、庶民のパンは黒パンである。

この黒パンはとても硬く、スープに浸して食べないと硬すぎて食べられた物ではない。

なので、それと比べた時に、もちもち食感で、腹に溜まって満腹感があるパスタはそれに取って代わった。

その為、ランドマーク領内での黒パンは、携帯食専用に押しやられる事になったのである。

試しにリューは、小料理屋の女将に、うどんとお好み焼きもどきも勧めてみた。

うどんに関しては底が深いお椀と箸を提供して強めに推す念の入れようである。

お好み焼きもどきはソースを作るのに苦心したが出来ず、仕方なくパスタのトメートソースをお好み焼きにかけ、チーズを乗せる暴挙に出たら、人気が出たのでお好み焼きもどきという名に収まったのだ。ピザ? そんな子は知りません。

今、人気はトメートソースのパスタ、それに並ぶ勢いで、お好み焼きもどき、その下にうどんという順番だった。

「……うどん。お前の良さは僕が知っているからね……!」

そう言うと、リューは人知れず泣いたとか泣かなかったとか。