リューは驚いて手を引っ込めそうになるが、「手を離してはいけませんよ」という、神父の声に離しそうになる手を戻す。

「領主様のご子息のスキルは……ゴクドー? に、器用貧乏……か、うーん……、これは残念だ。あ、だが鑑定が別にあるな、これは重宝されますよ」

「器用貧乏は駄目なものなんですか?」

リューは神父の言葉に、心配を口にした。

「器用貧乏は、ほとんどのスキルが使えるようになる特殊なものですが、その反面、いかに努力を積もうとも、どれも大成する事がありません、スキルにはS+からGまで才能評価があると言われていますが、器用貧乏はそれらの評価が全てG+止まり。いかに努力しようともこれ以上に上がる事はありません。ですが中にはマジック収納(小)など有用なものもあるから悲観なされないでください。それに、特殊スキルである鑑定が別にあるという事は、これは、個人の才能限界もありますが、努力すれば成長する可能性を意味します。ご安心ください」

「この、ゴクドーとは何でしょうか?」

前世で聞き覚えがある職に就いていたが、まさかね。と、リューは思いながら神父に聞いた。

「この職について四十年ですが、初めて見るスキルです。一度、領内に住んでいる有名な学者、サイテン先生に人物鑑定をしてもらって分析してもらう事をお勧めします。それでは以上です」

「わかりました、ありがとうございます」

お辞儀をすると退室する。父ファーザと母セシルが、リューの時だけ時間がかかっていたので心配していたのか、部屋から出てきたリューに駆け寄った。

「大丈夫かリュー! 何があった!?

「神父様に何か言われたの?」

二人の聞き捨てならない言葉に神父が、「ここは教会です、領主様、お静かにお願いします」と、注意した。

「すみません……」

両親は頭を下げるとリューを伴って外に出た。

外には洗礼の儀を終えた親達が子供と一緒に得たスキルに一喜一憂していた。

中には、家業を継げそうにないスキルに落ち込む親もいたが、子供の門出の日だ、ほとんどは祝福されていた。

領主として、親として、この光景をファーザは何度も見てきていた。

毎年、この光景を見る度に領内の未来は明るいと思うのだが、今年は神童と思われる息子のリューの門出だ、嬉しさもひとしおだった。

そんな喜ぶこの優しいカタギの両親を見て、リューは気が重かった。

神父も落胆した『器用貧乏』を伝えて、家族はがっかりしないだろうかと。


洗礼の儀を終え、すぐに馬車で家に戻ると、そこには家族である祖父カミーザ、祖母ケイに、兄のタウロとジーロ、妹のハンナ、執事のセバスチャン、領兵の隊長を務めるスーゴ、メイドに料理人など使用人たちが集い、祝う為に待機していた。

「「「リュー、洗礼の儀おめでとうー!」」」

「「「「リュー坊ちゃん、おめでとうございます!」」」」

リューが室内に入るなり、祝福される。

前世でもされた事のない初めての体験に、驚き、涙が出そうなほど嬉しかった。

「……みんなありがとう!」

それ以上言うと泣きそうだった。

嬉しいのはもちろんだが、神父からも残念がられたスキルの事を思い出すと違う意味でも泣きそうだった。役に立たないと思われたら、失望されないだろうか? そんな不安にリューの表情も曇りがちだった。

ひとしきり祝福され、食事になり、談笑、そして、落ち着いてくると、家族が揃ったところでリューは自分のスキルについて打ち明けた。

「器用貧乏?」

家族はリューが申し訳なそうに告げたスキルに全く驚かなかった。

そんな家族を代表して父のファーザが言う。

「なんだい? それを聞いたみんなが、がっかりすると思ったのか? ハハハ、リューはリューじゃないか。その歳で読み書きもできる。それに他にも『鑑定』に『ゴクドー』? のスキルもある。悲観することなど一つもないさ。それに、『器用貧乏』には貴重なマジック収納も小さいながら使えたはずだぞ」

そう言えば、神父様もそんな事言っていたな、と、思い出したリューであったが、聞きなれぬ言葉に「?」となった。

察したファーザが、「まだリューは知らなかったか。では、このリゴーの実を『収納』してみなさい」と言うと、前世での果物でリンゴに似た実を父親のファーザはリューに渡した。

「収納?」

リューがつぶやくとリゴーの実が手の平に吸い込まれる様に消えた。

「それが、『マジック収納』だ。今、リュー個人の時空に収納されたんだよ。時空は時が止まっているから、生ものでも傷まない。収納する規模は『器用貧乏』だから小さいが、とても使える能力なんだ」

おお! リューの表情が明るくなった。それを見て、家族も笑顔になった。

「それに、『鑑定』のスキルも、貴重だぞ。才能によって今後どこまで鑑定できる内容が増えるかわからないが、『器用貧乏』のものと違って、授かったスキルである以上、ある程度は才能が伸びるはずだ」

「はい」

父親からのアドバイスにリューは素直に返事をした。

「『ゴクドー』というスキルは初めて聞くが……、セバスチャン、何か知っているかい?」

ファーザはこの家に祖父の代から仕える物知りの白髪の執事に聞いてみた。

「初めて聞くスキルですね。世間で言うところの特殊スキルの一つなのかもしれません」

「あ、神父様もわからないとおっしゃっていました」

リューは思い出して答えた。

「それじゃあ、今度、わかりそうな人に聞いてみよう。サイテン先生はまだ、領内におられるかな?」

ファーザが執事のセバスチャンに聞く。

「はい、サイテン教授は来月に王都に出かけるそうですが、それまではご自宅におられるかと」

そう言えば、神父様も言っていたなと二人の会話を聞いて思い出すリューであった。

「よし、それならサイテン先生に会う予約を取っておいてくれ」

ファーザが、セバスチャンに指示する。

「承知いたしました」

セバスが頷く。

「それじゃ、リュー。明日からはタウロとジーロと共に、勉強はお母さん、武芸は私とスーゴが教えていくよ。『器用貧乏』とはいえ、伸びしろがあるのだから、その分は限界まで上げていこう」

「はい!」

今までは、二人の兄達の稽古を見ているだけだったので、一緒にやれる事が素直に嬉しいリューであった。


リューの母親であるセシルが、息子達三人を書斎の椅子に座らせると授業を始めた。

「じゃあ、タウロとジーロは昨日の課題の続きを、リューは読み書きはできるから、それは飛ばして、簡単な数字から教えるわね」

「「「はい!」」」

三人とも元気よく返事をする。

リューはもちろん数字どころか計算もできる。

というか前世の職業は裏の金貸し屋だ、金勘定に関しては誰よりも早い。

基本から教えようと、リゴーの実を用意して数を覚えさせようとしていた母親セシルだったが、数を数えるどころか足し算もすらすら答えるのには、上の兄達も一緒になって驚いた。

「ファーザが言っていた通り、リューは神童かも知れないわ……!」

「凄いやリュー!」

「天才ってやつだね!」

兄達も一緒になって、弟の頭の良さに手放しで喜んだ。

嫉妬や妬みは全くなく、そこにあるのは、いつも優しい兄達の姿だった。

「……うーん。じゃあ、何を教えようかしら、……そうね、歴史を学びましょう」

「歴史!?

家族に褒められ有頂天になっていたリューだったが、歴史という言葉に気分は一転した。

前世で苦手な科目だったからだ。特に世界史で出てくる横文字は頭に入らなかった。それにこちらは前世の知識とは全く関係ない。これこそ、「零」から学ばないといけないものである。

嫌な顔をしていたのだろう、母親のセシルはそれに気づき、「私が教えられる事もちゃんとあるようね」と、いたずらっぽく笑うのであった。


それからは、リューはクレストリア王国の歴史とそこに仕えるランドマーク騎士爵家の歴史を集中的にやらされることになった。

学んだ事を簡単に説明すると、ランドマーク家は厳密にはスゴエラ辺境伯に領土の一部を与えられ、仕える与力である。なので寄り親であるスゴエラ辺境伯の危機には駆けつける義務がある。

ランドマーク家は先代である祖父カミーザ・ランドマークが先の大戦でスゴエラ辺境伯軍の一兵卒として活躍し、その戦功から領地持ちにまで出世したらしい。

今はその息子でありリューの父であるファーザが引き継ぎ二代目として頑張っている。

祖父カミーザは今も元気だが、祖母のケイと離れの屋敷で悠々自適な老後生活を送っている。

老後と言っても、二人ともまだ四十代と若々しく元気で、ファーザとセシルを助ける事もしばしばである。

引退したのは、ただ、貴族のパーティーに呼ばれるのが二人とも嫌だったから、らしい。

お父さん押し付けられたのね……、苦労しただろうな、と思うリューであった。

体を動かすのが好きなリューには剣の訓練は向いていたが、兄達との実力差を痛感した。

早くから森に入り、獣を獲っていたリューだったが、剣の扱いは全く違った。

前世でリューは、日本刀の扱いも慣れたものであったが、こちらの世界ではそれ以上の問題があった。

これが、スキル持ちとの差だろうか?

長男タウロは、『騎士』のスキル持ちで剣、槍、斧、盾、棒、メイスに適性を持つ優秀職だ。

次男ジーロは、『僧侶戦士』のスキル持ちで剣、槍、メイス、体術に治癒士の適性を持つ、こちらも優秀職だ。この二人がいる限り、ランドマーク家は安泰だろう。

自分はこの二人のサポートが出来ればいいのだが、まだまだだった。

いや、何か役に立てるはずだ。

それを時間をかけて見つけていこうと思ったのだが、案外簡単に見つかった。

それは、お金の管理だった。以前からランドマーク家の財政が困窮しているのは知っていた。

その財政は、一応、当主である父が管理しているのだが、どんぶり勘定だった祖父からの伝統らしく適当だった。

領民にお金を貸すシノギ……じゃない、副業も、ざっくりで一応借用書はあるが、帳簿をちゃんとつけておらず、回収は記憶任せだった。これでは、ランドマーク家は財政面で破たんすると思ったリューは、執事のセバスチャンと協力して帳簿をちゃんと見直す事にした。

最初、父ファーザが難色を示したが、リューとセバスチャンに理屈でもって説得されると納得するしかなかった。