第10話 ことりと
「あっ、もしもし、綺奈ちゃん?」
時刻は午前9時。
「どうしたの?」
「あの、ことりちゃん、今日は学校は……」
「休まないよ! ごめんね? ちょっと体調悪くて遅刻しちゃったけど、今から向かうからさ!」
精一杯明るい声を作ってるけど、体調は最悪。
(いや、体っていうよりメンタルか……)
昨日の光景が目に焼き付いて離れない。
綺奈ちゃんを
あのときみたいに、力なく床に倒れる兄の姿。
『い、嫌っ! こんなの嫌! 起きて! 起きてよ庵ぃ!』
完璧にパニックを起こして、庵の体にすがりつきながら泣き叫んだ。
ストレス性の胃潰瘍で吐血して倒れた庵の姿。
庵のあんな姿はもう見たくない。
誰にも庵を傷つけさせやしない。
二度とあんなことが起こらないように、平和なクラスを作る。
そのために
(私のせいで庵に
私が屋上に呼び出さなければあんなことにはならずにすんだ。
後悔でいっぱいで、みんなからの連絡に応えることすらできなかった。
庵から【腕にひびが入っただけだから大したことない。気にするな】ってLINEが来たけど、返信すらできなかったの。
昨日の放課後にちらっと耳にしたけど、綺奈ちゃんについてのよくないウワサが流れてるとも聞いた。
「綺奈ちゃんは今学校?」
「はい。誰もいない空き教室で電話してます。よかったです、出てくれて」
「
よかった。
声の感じからして綺奈ちゃんはもう立ち直ってるみたいだった。
(きっと、
安心するのと同時に、心が鉛のように重くなる。
恋人同士なんだから支え合うのは当たり前だよ、と考えるのと同時に、二人が屋上でキスしてた映像が容赦なく
「ありがと~! 心配して電話かけてくれたんでしょ!? 私は全然大丈夫! ちゃんと学校だって行くから!」
この期に及んでいい子らしい明るい声を作ったけど、不安だった。
本当に学校に行けるの?
むしろ私が行ったら迷惑なんじゃない?
お祭りの邪魔をしちゃったんだ。
(庵やみんなに合わせる顔がないよ……)
今の私は……自分に自信が持てない。
クラス委員として1-Aを支えなきゃいけないのに、みんなの努力を台無しにした。
最低最悪すぎる、罪悪感でいっそ死にたい。
学校に行かなきゃってわかってるのに、どうしても自分の気持ちに素直になれない……。
(学校に行けば、庵が優しくしてくれると思う)
私の行動に共感して、肯定して、はげましてくれる。
でも──今あいつに優しくされたら。
きっと私は自分の気持ちを止められなくなる。
そう、兄に恋人ができたっていうのに。
私はまだ、あいつのことが──。
「あの、ことりちゃん」
緊張した様子で綺奈ちゃんが口を開いた。
(そういえば、前に庵に借りたラノベにこういう展開があったっけ)
物語終盤でトラブルが起きて部屋にこもってしまったヒロイン。
彼女を助けるために立ち上がった仲間たち。
シリアスで感動的な説得。
そしてヒロインは部屋を出て、仲間と合流し、青春して、ハッピーエンド。
ひょっとしたら、綺奈ちゃんもあのラノベみたいに私を説得するつもりなんじゃ──。
「──恋バナ、しませんか?」
が。
兄の恋人が口にしたのはまったく予想外の言葉だった。
「前にスタバでもしましたよね? あれの続きをしましょう」
「……どうして今?」
困惑する私に、
「実は私──好きな人とルームシェアしてるんです」
「は!?」
「その人のペンネームはIORI。WEB小説を書いています。ネットでは女性作家だと勘違いされていますが、正体は
「ま、待って!? じゃあ……!」
「私が、サバトラです」
明かされた事実に頭どころか視界まで白黒しそうだった。
(
このタイミングで嘘をつく理由が思いつかないもん。
それに元々親友同士だったとしたら、二人が急激に仲良くなった理由も納得できる。
「それでここからが相談したいことなんですが……同居はしていますけど、庵くんとはお付き合いしてないんです」
「へ?」
「恋人同士じゃありません」
「………。待って? 昨日屋上でキスしてたよね? それに同居してるってことは色々してるんじゃない? 男女のスキンシップ的な」
「たしかに一緒にごはんを食べたり、ゲームをしたり、おかえりのハグをしたり、同じベッドで添い寝もしましたが……お付き合いは……」
「で、でも、まだお返事してないだけで、庵から告白されたりしたんじゃ……!」
「いえ。特に何も」
「はぁあああああっ!?」
あんのばか兄っ!
告白もしてない女の子にあんなことしてたの!?
しかも私の友だちに!
(い、いや、落ちつけ)
庵のことだ。
女癖の治安崩壊は起こしてないはず。
あいつってずっと初恋未経験だったもん。
「これが私の恋バナです。ありがとうございました。ことりちゃんに話せたら、なんだかすっきりしました」
考えこむ私に、綺奈ちゃんは続ける。
「次はことりちゃんの番です」
「!」
「恋バナ、聞かせて欲しいです。
「それは……」
「スタバで『庵が実の兄じゃなかったら好きになってた』って言ってたじゃないですか。ことりちゃんと庵くんは、血のつながった兄妹じゃないんでしょう?」
言葉に詰まる。
綺奈ちゃんは庵のことが好きなんだ。
だったら私は身を引いた方がいい。
「──うん。そうだね」
ついうなずいてしまっていた。
きっと、私は打ち明けたかったんだと思う。
誰かに聞いてもらいたかったの。
友だち、教師、両親、そして庵にも相談できなかった悩みを。
「私は、庵のことが好き」
「屋上で聞いてしまいましたが、二人は……」
「血のつながった兄妹じゃないんだと思う」
「ずっと前からわかってたんですか?」
「ううん。きっかけは中3の冬。一人で家の倉庫を整理してたら古いアルバムが出てきたの。その中に赤ん坊の私の写真があったんだ。生まれたばかりで新生児室にいる写真。ただ、私のベッドについた名札に書かれてたんだよね。『岬ことり』って」
「っ」
「
「そのことについて、ご両親には……」
「まだ話せてない。簡単に
でも、お父さんもお母さんも浮気するような人じゃないと思う。
離婚原因も浮気じゃないしね。
「両親が浮気相手と作った子供じゃない。だとしたら……」
「ことりちゃんは何らかの理由で今のご両親に引き取られた?」
少なくとも私はそう考えてる。
そして、同い年だった
「双子だということにしたのは……」
「お父さんたちの気づかいかも。色々話しづらい理由があったかもしれないし、私だけ血がつながってない家族ってことを明かすのもためらったんじゃないかな?」
「………。では……」
大きく深呼吸。
今までで一番真剣な声で、
「ずっと庵くんに恋をしていて、本当の兄妹じゃないって知ったことで、彼への
「ううん。全然そんなことない」
「は?」
「血がつながってないって知ったときはそりゃあショックだったよ。でも、それだけじゃ異性として意識しないでしょ?」
「ええええええっ!? どどどどうしてぇ!?」
「いや、どうしてって……」
「王道展開ですよぉ!? 幼いころからずっと好意を抱いていたお兄ちゃん! でも私は妹、結婚できないんだ……と思ってた矢先! あきらかになった衝撃の事実! 私とお兄ちゃんは義理の兄妹! そこから始まるラブストーリー!」
「ラノベやアニメに脳ミソ毒されてない?」
「妹キャラはなんだかんだお兄ちゃんが大好きなものなんですよぉ!」
「なんていうか、綺奈ちゃんってホントにサバトラくんなんだね……」
そりゃあ庵と仲良くなれるよ。
サバトラくんのSNSみたいにオタトーク全開だもん。
「たしかに庵のことは家族として大事に思ってたよ? 兄妹として好きだった。けど、それは恋愛的なものじゃなかったの」
「じゃあ、ことりちゃんはいつ庵くんに恋したんですか?」
「今年の5月」
「つい最近じゃないですか!? 15年間恋愛対象じゃなかったのにいきなり恋に落ちます!? 一体何が……!」
「ごめんね? それは言えない」
あのことが
あいつもまさかあのとき妹にほれられたとは思ってないはずだもん。
「……ずるい。教えてくれたっていいじゃないですか」
「いや、私は照れくさくてごまかしてるわけじゃ」
「気になりますよ!
「そんなことは……」
「
「その話題はけっこー照れくさいかな!?」
「あっ、ごめんなさい。つい勢いで聞いてしまって……」
「ううん、そこまで謝らなくても大丈夫。それにさ。私が庵を好きってことは忘れて?」
「えっ?」
「前にLINEで言ったでしょ? 綺奈ちゃんを応援するって」
そうだ。あの言葉は
「綺奈ちゃんは、庵にふさわしい女の子だって心の底から思う! 正体がサバトラくんならなおさらだよ! あそこまで庵が心を開いた友だちなんていない! だから──お願い。私の恋は忘れて? 私も忘れるようにするから」
「忘れるために、あんなことしたんですか?」
心臓が止まるかと思った。
声すら出せない私に、綺奈ちゃんは続ける。
「おかしいと思ったんです。ベスカプコンでことりちゃんが庵くんの
やめて。
「私を応援するって言ったのにキスをするなんて。行動が矛盾しています。ことりちゃんは何のきっかけもなしにああいうことをする人じゃないはずです」
やめて、やめて、やめて!
「きっと、屋上で私と庵くんのキスを見たことがきっかけなんですよね? あのとき私と庵くんが付き合ってるって思った。だから、吹っ切ろうとしたんじゃないんですか?」
なんで全部知ってるの!?
どうしてここまで私の気持ちを……!
「最後に庵くんにキスをして、彼への恋を終わらせようとしたんですよね? ──わかりますよ。私も同じ理由で、庵くんとキスしましたから」
「っ」
「本当に、痛いほどにわかります。でも……結局私は吹っ切ることができませんでした!
「ありがと、
友だちの言葉を遮るように。
私は必死に『いい子』な声を作って言葉をつむいだ。
「私なんかのこと気づかってくれてさ。でも、いいんだ。そもそも私が庵に恋をしたのが間違いだったんだよ」
「それは……義理の兄妹だから?」
「ううん。綺奈ちゃんなら知ってるかもしれないけど、庵は昔いじめられてた。それって私が原因でもあるんだ」
そう、庵が私と仲良くしてたことに嫉妬した男子たちが、あいつにひどいことをした。
それ以来、決めたんだ。
「もう二度と庵が傷つかないようにする。そのために私がクラスのムードメーカーになる。みんなが認める『いい子』になる。そして、誰も傷つかない理想のクラスを作る」
「ことりちゃん……」
「だから、恋愛してる暇なんてないの。庵との恋人ごっこだってあくまで告白
そう、理由はそれだけのはずなのに……どうして?
昼休みの屋上で二人でお弁当食べたり、
放課後に手をつないで下校したり、
恋人アピールをインスタにアップするために色んな場所にデートに行ったり……。
必死に忘れようとしてるのに、恋人ごっこをした半年間の思い出が頭を駆け巡る。
なんで、どうして……消えてくれないの!?
「──とにかくっ。私は綺奈ちゃんを応援する。綺奈ちゃんの願いを
そうだ。
まだ付き合ってないのなら、いっそ綺奈ちゃんが庵の恋人になってくれたらいい。
そうすればこの恋心も枯れてくれるはず。
(それに、綺奈ちゃんはシャイだ)
私には逆らわない、言葉で強く押せば従ってくれる!
「本当に、いいんですね?」
念を押すように、綺奈ちゃんは
「本当に、私の願いを叶えるためならなんだってしてくれるんですね?」
「もちろんだよ」
「助かりました。交渉の手間が省けましたので」
「? ひょっとして悪いウワサの件を解決してほしいって頼むつもりだった? 大丈夫! そっちは任せて!? 全部私がなんとかす──」
「嫌です」
「ことりちゃん一人にがんばらせることなんてできません。私だって実行委員として、クラスの力になりたいんです。
「任せるって……」
何を?
困惑する私に、綺奈ちゃんは語った。
メイド&ホスト喫茶2日目の戦略。