第7話 もし恋人ができたら



「第17回ベストカップルコンテスト! エントリーされた10組の中から優勝の栄冠を勝ち取ったのは、まちかわ庵&ほりうちことりペア~!」

 舞台上の司会の生徒の声に、体育館から大きな歓声と拍手が。

「やった~! これでもっとお客来る!」

「よかったですね、西にしさん」

 隣の席に座ったメイドナース姿の西野さんのハイタッチに応えます。

 ちなみに、私の服装はバニーメイドに再びチェンジ。

 あんな格好! 庵くんにしか見せられませんし!

「やっぱ優勝は街川たちか」

「あの二人、ホントいいカップルだよね。二人ともビジュいいのにベタベタしすぎないし、ちょうどいい距離感っていうか」

「てかホストの衣装似合いすぎ!」

「堀内もすげえじゃん! 反則だろあんなの!」

 周囲から感嘆の声が響く。

 舞台の上。まちかわくんの隣にいるのは、フリルたっぷりのメイド服、背中には実にれんな小さな翼、さらには頭には針金のついた銀色の輪っかをつけたことりちゃん。

 天使。

 そう、彼女こそが1-Aに舞い降りたエンジェルメイド。

 メイド&ホスト喫茶の接客エースです。

「よっしゃ。これでいおりが考えたプランを実行できるな」

 西にしさんの隣に座ったホスト姿のまつおかくんがニヤリ。

「そういえばみつ。お店はいいの?」

「きゅーけー。店が大繁盛で俺もことりもフル稼働だったしよ。すずはらが宣伝がんばったおかげじゃね?」

「……まあ」

「んだよ。他の生徒とも少し話すようになったんだし、俺への塩対応やめてもよくね?」

「ねえクサレホスト? あやさん口説く気? もぎとるよ?」

「はあん。やれるもんならやってみうおおおおやめろ!? なんでポケットからハサミ出てくんの!?

「わははー、メイドナースの小道具ー♪」

「あははー、緊急オペは勘弁してくれやー?」

 少子化をさらに加速させる気か? とおどける松岡くん。

 庵くんいわく悪い人ではないそうですが、パリピ感あふれる外見がどうも苦手です。

 緊張してついしゃべり方がそっけなくなってしまいます。

(それに、もし私が陰キャなオタク女子だってバレたら……陽キャプリンスな松岡くんに嫌われてしまうかもしれません)

 もしかしたら、それは西野さんも一緒かも。

 この前は「クールでかついい」なんて言ってくれましたけど、もし私がいまだに人間関係を築くのが怖いって知ったら……あきれられるに決まってますよ。

「準優勝のみなみがわカップルも素敵でした~」

 司会の女生徒にはげまされてるお二人は、なんとカップル。

 コンテストは様々な種目がありました。

 恋人についてのクイズに答える、目隠しした状態で複数人の手を握って恋人を当てる、仲むつまじさを観客たちに見せるアピールタイム……などなど。

「にしても驚いた。南と長谷川、アピールタイムで思いっきりキスしてたし」

「あー、たぶんアレ、俺への当てつけ」

「は? どゆこと?」

「あの二人、どっちも俺の元カノ。仲良くなったのもファミレスで俺への愚痴を言い合ってたことがきっかけらしいぜ?」

 さらっととんでもないことを暴露する金髪ホスト。

 西にしさんはあつにとられた様子でぽかんと口を開けてから、

「サ、サイテー!」

 同感です。

みつのことだからまた浮気が原因で別れたんでしょ!? なんで子供のころから節操がないわけ!?

 ヤリキン被害者の会に入会したくない赤ずきんちゃんたちは一刻も早く逃げるべきですね……ん?

「子供のころ?」

「あー、俺とって家が近所でさ。ガキのころからの付き合いなんだよ」

「あたしの記憶から消し去りたい事実ナンバー1だわ……」

「冷たいこと言うなって。昔は俺を『みぃくん』って呼んたくせにおいいいいいやめろ!? ハサミの先がベルトに刺さってんぞ!?

「あなたは女の子をからかわないと死ぬ病にでもかかっているんですか? いつかホントに刺されても知りませんよ」

 つい毒舌をかましてしまいましたが、まつおかくんは笑い飛ばしながら、

「心配すんな。そんときは別の女が守ってくれる」

「ねえ充哉? 一発顔パンしていい? みなみがわの恨みを晴らさせてよ?」

「勘弁してくれ。暴力沙汰は苦手だ」

「ん? あんた前に言ってなかった? 今年の春にいおりくんやことりと歩いてたとき、引ったくり犯を捕まえたって」

 私もそのウワサは聞いたことがありますね。

 なんでも駅前で暴れる引ったくりを松岡くんが拳でノックアウトしたとか。

「あー……まあな」

「充哉が撃退してくれて助かったけどさ。庵くんもスポーツ得意だけど、犯罪者相手のケンカは無理だもん」

 うんうんとうなずきます。

 庵くんがケンカしてる姿なんて想像もつきません。

 きっとこの世界で一番暴力から遠いところにいる人種でしょう。

「──そうだな。庵にだけは絶対ケンカさせちゃダメだ。あいつはさっきみたいなことするのが似合ってる」

「あれは南たちが先にキスしたせいでしょ? あんたに見せ付けるためにさ」

「ははっ、そうにらむなって。レアなもんも見れたんだからいいじゃねーか」

 たしかに、あの光景はレアでしたね。

 カップルが実にきらら的なキスを披露した後で、


『好きだよ、ことり』


 アピールタイムのマイクをしてから、いおりくんがことりちゃんのおでこに、キス。

 きっと最初から二人で相談して勝負手を用意してたんでしょう。

 そうめいな双子らしいとっておきの切り札。

(あのときの会場の盛り上がりはすさまじかったです)

 百合キスの方がインパクトはあったかもしれませんが、あの笑顔には勝てません。

 キスをした後で披露したのは、最大出力のまちかわスマイル。

 夏の青空みたいにさわやかで、嫌みなんて1ミリもなく、けれど恋人にキスをしたことで少し照れた……ように見える完璧な笑顔

 ずっと笑顔を作り続けてきた庵くんの努力の結晶。

 まさしく宝石みたいな表情に、会場はホストに魅了された乙女みたいに感嘆。

 ただ……。

「……さっきの方が、大胆でしたね」

 誰にも聞こえない声で、まるで自慢でもするみたいに襟で隠された首筋をなでる。

 屋上での体験がリピート。

 好きな人の体温。

 彼の唇のやわらかさ。

 何度も「あや」って呼んで、抱きしめて、求めてくれたこと。

 さっき振る舞った作り笑顔とは違う、私だけに見せてくれた街川庵の素顔……。

「えへへ」

 私だけが知ってる、ベストカップルになった二人は恋人じゃない。

 それどころか憧れの的になっている男の子は私と何度もキスをしていた。

 たくさんしるしをつけてもらった。

 彼の恋人になったわけじゃありませんが、あまりにも特別すぎる体験にほおが緩んでしまいます。

(調子に乗るのはよくない気もしますが、今日だけはいいですよね?)

 陰キャぼっちな私からしたら、夢のようなアオハルイベント。

 最高の思い出ができました。


 これならきっと、庵くんへの恋心を吹っ切ることができるはず。


 初めてキスをしたあの日から、同居生活の中で膨れ上がっていた彼への気持ちに終止符を打てます。

 いえ、それこそ夢みたいな妄想ですが……もしかしたら、いおりくんも私に異性として好意を抱いてくれてるのかもしれません。

 屋上で押し倒されたことを思い出したら、淡い期待が胸にともりますが……。

(恋人同士になれたからって、幸せになれるとは限らない)

 私の母と父がいい例です

 結婚までしたのに関係性は無残に崩壊。

 娘として間近で見てたせいか、つい恋愛に関してネガティブに考えてしまいますね。

 そして、それは庵くんも一緒かもしれません。

 彼のご両親だって離婚してますし。

 それにクラスメイトとの距離はちょっぴり縮まりましたが、いまだに私を嫌ってる生徒アンチは多いですし、恋人になったら庵くんまで嫌われてしまうかも。

(だから、きっと)

 親友同士でいた方がいいに決まっていますよね。

 誰にでも笑顔を振りまく親友が、私にだけ特別な素顔を見せてくれた。

 その事実だけで、満足しあわせなんですから。

「みなさん! ありがとうございました~!」

 納得しているとことりちゃんの声が響きました。

 優勝特権であるマイクによるスピーチ。

 優勝したカップルは自分たちの模擬店や出し物の宣伝ができます。

「1-Aのメイド&ホスト喫茶をぜひよろしくお願いします! ご帰宅をお待ちしていますね、ご主人様、お嬢様♪」

 大勢の前でも臆さずに、ことりちゃんは純度100%の陽キャスマイルをお見舞い。

(これにて庵くんの作戦は完了)

 コンテストはネット配信もされてますし、さらにお客さんが増えるでしょう。

 模擬店1位を取るという目標に向かって前進です!

「あ、それから」

 瞬間。

 あんした私の目に入ったのは、予想外の光景でした。


「さっきはありがとね? 私も庵のこと──好きだよ」


 ちゅっ、と。

 ことりちゃんが隣に立ついおりくんのほおにキスをしていました。

「ちょ、ガチ!? あ、あのほりうちが……!」

「うっわー、やるなぁ。ベスカプ取れたのそんなにうれしかったのか?」

「くっそ~、まちかわうらやましい~!」

「美男美女の完璧陽キャカップルとか勝てるわけねえよ……」

 会場が大騒ぎするのも無理ありません。

 せい。天使。

 付き合ってはいますが、ある意味アイドルみたいに純粋な存在に思われてたことりちゃんがあんなことするなんて……!

「な、なんで!?

 西にしさんも心底驚いた顔で、

あんなのことりらしくない!」

「あ、ああ。人前であんなマネしたのは初めてだな」

「庵くんもキスしたけど、それはアピールタイムだから仕方なくじゃん!? なのにどうして今……!」

「店の宣伝のためにインパクト残そうって考えたんじゃねえか? じゃなきゃあそこまでしねえだろ? すずはらはどう思う?」

「何か考えがあってのことだと思いますよ」

 大丈夫。

 冷静に返答できました。

(ことりちゃんは双子の兄妹)

 だったら頬にキスくらい大したことありませんよね。

 それに私は、もっと特別なことを庵くんにしてもらって……。

「えっ──」

 舞台上の光景に、私は自分の表情が凍りつくのを感じた。

 キスされたのに驚いたのか、少しだけ表情を固まらせた庵くんですが、すぐに笑顔を浮かべました。

 すぐにわかりました。

 さっき優勝するために作った偽物の笑顔じゃありません。

 本物の笑顔

 お家の中でだけ見せる、等身大のはにかんだ笑み。

 私にだけくれた──特別な素顔。

「っ」

 待って

 お願いやめて

 私以外にそんな顔しないで

 激しく脈打つ心臓がひどく自分勝手な主張を叫んでいる気がして、思わず胸を押さえる。

 それでも、ざわめきは収まりません。

 照れくさそうに微笑ほほえみながら、いおりくんがことりちゃんの頭を優しくなでていたから。


『女の人って軽々しく頭を触られるの割と嫌がるでしょ? だから俺も信頼のおける特別な相手じゃないと無許可でなでたりしない』


 以前、私にそう言ってくれたのに。

(い、いえ)

 何をばかなことを考えているんですか!?

 ことりちゃんに嫉妬するなんてよくありません!

 相手は血のつながった妹。

 素顔を見せるのは当然ですよ。

(そうです、動揺する必要なんてない)

 ことりちゃんは偽物の恋人。

 庵くんの好きな人じゃない。

 絶対に恋人になりえない双子の兄妹なんですから。

(でも──)

 もし庵くんに好きな人ができたら

 その人と恋人同士になったら……どうなる?

 以前、私は言いました。

 お家で庵くんにキスしてもらった後で「こんな勘違いするようなこと好きな人ができるまでは私にしかやっちゃだめです」と。

 彼もうなずいてくれたけど、それは文字通り好きな人が──恋人ができるまでの約束。

(だめ、こんなこと考えちゃだめです!)

 必死に抵抗しても思考は止まりません。


すずはらさんは俺にとって、これ以上ないくらい特別な存在だよ』


 ネット上だけじゃなく、同居生活でも庵くんはたくさん優しい言葉をくれました。

 でも彼に恋人ができたらすべてが変わる。

 私にだけくれた言葉を恋人にもあげるかもしれない


『キミと一緒にいるだけで楽しい。俺は──すずはらあやと過ごす時間が、世界で一番大好きだから』


 まるで告白みたいだったあの言葉も。


『キミと一緒に過ごすだけで俺は笑顔になれる。それは作り笑顔じゃない、心からの笑顔だよ。きっとまちかわいおりって人間がずっと求めてきたもの……。だからできるだけ長く、キミのそばにいたい! キミのことも笑顔にしてあげたいんだ!』


 私の心を救ってくれたあの言葉も。


『今日からよろしくね、鈴原さん』


 私が初恋をするきっかけとなったあの言葉も。

 本物の笑顔も。

 全部私以外の誰かのものになるかもしれない。

(やめろやめろやめろやめろ考えるな考えるな考えるな考えるな思い出すな思い出すな思い出すな思い出すなっ!)

 私は!

 鈴原綺奈は親友へのおもいを吹っ切らなきゃいけないんです!


『もし俺と過去を共有シエアすることで、鈴原さんが背負ってる何かが少しでも軽くなるんなら、俺は幸せだから』


 しかし、記憶の再上映は残酷なまでに鮮やか。

 つい数十分前に屋上でキスしたときの記憶までせい

 綺奈、綺奈、綺奈、綺奈、と幾度も名前を呼びながら何度も唇を重ねてくれました。

 私だけにくれた、思い出しるし

 けど──もし恋人ができたら?

 きっと庵くんは、今日私にくれたものを恋人にだけあげるようになります。

 鈴原綺奈には決してくれない。

 絶対に。

 親友よりも恋人の方が、特別たいせつだから。

「えっ!? どうしたの!?

 隣にいた西にしさんが心配そうに話しかけてきました。

 私の瞳から大粒の涙がこぼれていたから。

「だ、大丈夫です。店長として、いおりくんたちがコンテストで優勝してくれたのがうれしくて……きっとこれで、お客さんも増えますっ」

 涙でぬれた声で必死に弁解。

 あきらかに普通じゃない私の様子に、周囲の生徒がざわつく。

「とりあえずこれ使っとけ」とまつおかくんが手渡してくれたハンカチで必死に涙を隠しながら、私は自分の愚かさを思い知っていました。

 ──親友同士でいた方がいいに決まっていますよね。

 ──誰にでも笑顔を振りまく親友が、私にだけ特別な素顔を見せてくれた。

 ──その事実だけで、満足しあわせなんですから。

 さっきはそう自分に言い聞かせたけど、そんなわけはなかったんです。

(ああ)

 できません

 この気持ちを吹っ切れるわけがない。

 今でもはっきりおぼえてる。

 学校では欠点のない優等生だと思われてる親友が、私の部屋で涙をこぼしたこと。

 そう、いおりくんは完璧陽キャなんかじゃない。

(びっくりするくらい絵が下手で、小説の筆が鈍るとつい気分転換に猫動画ばっかり見ちゃって、対戦ゲームでは意外と熱くなりやすくて、推しアニメの脚本シナリオのことになるとじようぜつになって、お家の中では居眠りだってしちゃう……)

 そんな些細なこと一つ一つが、いとおしい。

 好き。

 庵くんが大好き。

 彼が私に色んな言葉をくれたように、私も彼の力になりたい。

 笑顔しあわせにしてあげたい。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう、嫌だ、嫌だ、嫌だ、親友のままなんてもう嫌だ、もっと触れ合いたい、キスしたい、心の傷を癒やしてあげたい、これからもずっとあのお家にお泊まりしていたい、私は、私は、私は……!

 庵くんの、恋人になりたい!

    &

 いつまでも止まらない涙が嫌で。

 生徒たちからの好奇のまなしが嫌で。

 もしくは、庵くんとことりちゃんが祝福される空間が嫌で──。

 私は体育館から逃げ出していました。

(気持ちを落ちつかせなきゃ)

 校舎の屋上のベンチ。

 夕日に照らされた誰もいない空間で深呼吸。

 どこか逃げこめる場所がないかと考えたとき、思いついたのがここでした。

 コンテスト前に庵くんと屋上から出るとき、急いでいたせいか彼は鍵を閉め忘れていたんです。

 時間がなかったので私も指摘しませんでしたが、おかげでこうして一人になれました。

「早く、教室に戻らないと」

 また看板娘をする予定になっていましたし、いつまでもここにいるわけにはいきません。

(でも……)

 庵くんの顔を見たら、きっとまた涙がこぼれてしまう。

 彼への気持ちを吹っ切るつもりだったのに。

 はっきりと自覚してしまいました。

 私は──いおりくんの恋人になりたい。

 それほどまでに彼のことが大好きなんだって。

 いっそ誰かに打ち明けたいけど、こんなこと相談できる相手なんて──。

「そうです、ことりちゃんなら……!」

 この悩みを打ち明けられる。

 スタバで「もし悩んじゃったら遠慮なく相談して?」って言ってくれたんです。

 彼女は私にとって特別な友だち。

 血がつながっていなかったら庵くんを好きになってたと言っていましたが、私みたいに彼に恋してるわけじゃ──。

「!」

 庵くんに会う前にことりちゃんと話をしよう。

 そう考えながら屋上を出ようとドアノブを握った瞬間、話し声が聞こえました。

 誰か来る?

 教師だったらどうしよう? 屋上は立ち入り禁止。見つかったら怒られる!

 反射的に判断してから、私は屋上に並んだ大きな室外機の陰に隠れました。

「あれ、鍵開いてる」

 途端、驚きのあまり呼吸が止まる。

「どうかしたの?」

「いや、なんでもない」

 室外機の陰からのぞくと、屋上に入ってきたのは庵くんとことりちゃん。

(なぜ二人がここに?)

 コンテストの後は教室で接客することになってたはずなのに。

「話ってなんだ?」

「実はさ」

 ことりちゃんの声はひどく緊張しているように聞こえました。

 彼女は気持ちを落ちつかせるように深呼吸してから、


「もう、終わりにしよ? 私たちの恋人ごっこ」


 どこかぎこちない笑顔を作って、告げました。

うそ……どうして?)

 ことりちゃんは、庵くんを告白から守るために、恋人ごっこを提案したはずで──。

「だってさ。庵、あやちゃんのことが好きなんでしょ? だから、ここでキスしてたんだよね?」