第5話 今でもときどき



 ほりうちことりの一番の長所。

 それは間違いなく「人に好かれやすいこと」だとは思う。

 自分で言うものなんだけど、生まれ持った容姿とか、明るい性格とか、勉強やスポーツを無難にこなせるスペックとか……。

 そんな才能のおかげで、私の人生はつよつよ楽勝ルート。

「ことりちゃん! 一緒に遊ぼ~!」

「なぁなぁことり! 今日の給食当番、オレが代わってやろっか?」

「堀内さん家の娘さん、ホントいい子よねぇ。うちの子と交換したいわぁ」

 何もしなくても友だちが増えたし、

 勝手に周りが優しくしてくれたし、

 ただ笑ってるだけで『いい子』扱いされた。

(だから子供のころは、現実は子供向けの絵本とおんなじだって思ってた)

 みんなが笑顔になるハッピーな展開ばかり。

 つらいことなんて一つもないでしょ? と遊園地ではしゃぐ子供みたいに私は毎日を謳歌エンジヨイしてたの。

 うん。

 思い返すだけで、殺してやりたいくらい愚かだね。

 毎日友人たちと遊ぶことに夢中な私は気づけなかった。

 双子の兄がいじめられてたことに。

 今でもときどき夢に見る。

 いおりが被害者だと家族が気づいたきっかけは、私。

 小学3年生の1122日、1732分。

 両親は仕事でいない中、近所の友だちの家でゲームをしていた私がゴキゲンな足取りで自宅に帰ると、リビングに兄がいた。


 真っ赤な血を口から吐いて、床に倒れていた。


 今でもときどき夢に見る。

 力なく横たわったままおなかを押さえてけいれんしている幼い庵。ゲームキャラがプリントされたシャツを赤黒く染めた吐血。苦痛にゆがんだ青白い顔。氷みたいに冷え切った体。生まれてからずっと一緒だった半身の変わり果てた姿。

 半狂乱で泣き叫びながら119番した。

 あのときは本気でいおりが死んじゃうって怖かったの。

 病院の診断はストレス性の小児胃潰瘍。

 家族に心配かけたくなくていじめや症状をずっと隠していた庵は、3週間も入院した……。

(その間に、私はひそかに行動を起こした)

 怒りを押し殺して、隣のクラスで兄をいじめてた男子たちを問い詰めたの。

 最初は「庵が太ってるからいじめた」って言い訳された。

 たしかに当時の庵は太ってた。

 けど、それだけでああなるまでいじめる……?

 幼いながらに疑問に思ったけど、庵のクラスの女子たちから話を聞いた瞬間、私は生涯忘れられない答えを手に入れた。

「うちの男子たち、庵くんに嫉妬してたからね~」

「デブのくせに双子だからってことりちゃんと仲良くしすぎってさ!」

「『あんなに可愛かわいい妹がいるんだから、ちょっとくらいいじめたって平気だろ』ってやまぎしが言ってた!」

「まあ、ことりちゃんってすっごい可愛いから仕方ないよね……え!? ことりちゃん、なんで泣いてるの!?


「庵くんがいじめられてても気にせず遊んでたじゃん!」


 今でもときどき夢に見る。

 真夜中に冷や汗いっぱいで飛び起きる。

 庵が。

 世界で一番大切な双子の兄がいじめられたのは、私のせいでもあった。

 私はその事実に気づかず、ただ現実なんて簡単だって笑ってた。

 庵が死にかけたっていうのに……。

(だから、私は生まれ変わるって決めたんだ

 庵をいじめていた犯人たちに「庵が退院してもいじめないで。もし手を出したら二度と口を利かない」と一人一人言って回った。

 今考えたらなんとも幼稚こどもな圧のかけ方だけど、効果は絶大。

『いい子』に嫌われることを恐れた彼らはいじめをやめ、庵と仲良くし始めたっけ。

 さらに小4に進級した私は庵と同じクラスになれたの。

 双子は別々のクラスにされるって聞いたことあったけど、庵の支えとして私がいた方がいいと教師たちは判断したっぽい。

 私には好都合でしかなかったよね。

 家族やいおりを心配させないように普段通りを装いつつも、私はクラスでリーダーシップをとるようになった。


 現実が絵本しあわせじゃないのなら、絵本みたいな現実しあわせを私が作る。


 作ってみせる。

 たとえ庵みたいに血を吐くことになっても、絶対に!

 目指すのは、みんな仲良しで、いじめのないクラス。

 それこそ物語の中のように平和な箱庭。

(わかってる。こんなの自分の手が届く範囲を救おうとしてるだけ。自分が満足したいだけの、ただの偽善おままごと。けど、それでも──)

 また庵がいじめられるのだけは絶対に嫌だった。

 誰かが庵みたいな目に遭うのも許せなかったの。

(幸い、私には武器さいのうがあった)

 堀内ことりは人に好かれやすい

『いい子』に見られやすい。

 その力を精一杯使った。

 絵本に出てくる優しい天使みたいに、明るく振る舞ったよ?

 常に周囲にアンテナを張った。ケンカが起きれば仲裁に行ったっけ。悩みを抱えた子がいれば相談に乗って解決。もちろん勉強もスポーツも寝る間を削って努力。みんなから尊敬されるリーダーになって、クラスに平和と幸福をもたらすために。

 教室中に好かれるために偽物の笑顔を作り続ける兄とは真逆だ。

 私は自分にとって好ましい教室を作るために笑顔を振りまいた。

 誰もが認めるような『いい子』になろうとしたの。

 無事に小学校を卒業して、お父さんとお母さんが離婚して庵とは名字と中学校が別になっても、私は教室のムードメーカーになろうとしたっけ。

(だからこそ高校で再び庵と一緒になっても、クラス委員になったんだ)

 完璧な優等生。

 天使みたいな女の子。

 部活でも勉強でも結果を出して、みんなの尊敬と信頼を集めて、すっかり『いい子』でいることに慣れきった私は、いつの間にかそう呼ばれるようになったっけ。

 ただ、そんな私にも一つだけルールがあった。


 恋愛はしない。


 だってそうでしょ?

 私に必要なのはたった一人の特別な存在を作って愛することじゃない。

 そんなことしてる余裕はない。

 血を吐いて倒れた兄の姿は目に焼き付いてまだ消えない。

 いおりが、みんなが傷つかないために……もっとがんばらなきゃ。

 私は人に好かれやすい外見をしてるし、そんな見た目を引き立てる努力もしたつもり。

 自慢じゃないけど「可愛かわいい!」って言われるのにも慣れた。

 けれど──中身はひどく醜いよ。

 どんなにがんばっても「庵くんがいじめられてても気にせず遊んでたじゃん!」って言葉を忘れられないのは、きっとあの言葉を聞いたときに自分の正体みにくさを思い知ったからだ……。

 双子の兄が自分のせいでいじめられてた。

 そのことに気づきもせずに無邪気に笑ってたなんて、醜悪すぎるでしょ?

 私はそういう子なの。

 もし私の中身が醜いってバレたら、クラスのリーダーでいられなくなる。

 平和な箱庭を作れなくなる。

(だから、ほりうちことりは──)

いい子で居続ける努力をしなきゃ

 そのためなら、たとえこの胸に恋心が芽生えたとしても枯れさせてみせる。

 絶対に。

 そう決めてたけど──。

(今でもときどき夢に見る)

 今年の5月。

 堀内ことりは恋をした。

 たった一人の『特別』を見つけてしまったんだ。


 その相手の名前は、まちかわ庵。


 双子として育てられてきた、たった一人の兄。