第3話 涙よりもあたたかな



 現実でも距離を縮めたIORIとサバトラさんだけど、暗黙のルールがあった。

 まちかわいおりすずはらあやの寝室には立ち入り禁止。

 いくら同居してるからって年ごろの女の子の寝室に入るのはマナーに欠けると思って、今まで足を踏み入れることはなかったんだけど、

「ごめんなさい。こんなお願いして」

「いえいえ。俺だってこの前ひざ枕してもらったしさ」

 あささんとの決戦が終わった木曜日の夜。

 綺奈の寝室。

 そのベッドの上で、彼女の華奢な腰を後ろから抱きしめるように座りながら、俺は心臓を必死になだめていた。

 好きな人の寝室に招待された事実だけで思考がカニみたいにゆで上がりそうなのに、至近距離で感じる女の子成分にどうがツーバスでも奏でそう。

 さらに先日の記憶までよみがえる。

 つい勢いで同居人を押し倒してしまった。

 俺を誘惑してきたのは、親友としてのからかいだったんだろうけど……。

(頼むから自覚してほしい)

 自分がとんでもなく可愛かわいい女の子なんだって。

 今でも目に焼き付いている。

 真新しいナイトウェアからのぞれいな鎖骨。細い肩。さらには豊かな双丘。

 お風呂上がりのせいか、興奮と緊張のせいか、桜色に上気した肌。

 欲とわずかなぎやく心をくすぐられる、ソファに押し倒された彼女の潤んだ瞳。

 どれもクソザコ恋愛ビギナーにとってはR指定映像。

 最後に理性が勝利しなければ、初恋を終わらせるどころか、間違いなく──。

「ことりちゃんにもこうしてあげたことがあるんですよね?」

「まあね。子供のころホラー映画をたときに」

「私もその話を聞いて、庵くんにこうしてもらえば安心できる気がして」

 ホントに?

 俺はどきどきして全然安心できないよ?

 そもそもそんな理由で同居人を自分のベッドにご招待なんてメチャクチャだ……という正論は頭から戦力外通告にしておこう。

(たぶん、かなりテンパってるんだろうな)

 もちろん、今日のLHRはうまくいった。

 予想通りあささんは自分も実行委員をやりたいと主張してきた。

 そこで西にしさんが「たしかにソロギャルじゃ不安かも。前にいおりくんにひどいこと言ったのに今さら仲良くしてるのも気に入らないしさ」と発言。

 無論、西野さんの発言は仕込みブラフ

 あやが話をしやすいように役者になってもらったんだ。

 西野さんが「そのあたりソロギャルは何か言いたいことある?」と話を振ると、綺奈は緊張しながらも教壇で言葉をつむいだ。


『私がまちかわくんと実行委員をしてることに不満を感じる人がいるのは当然だと思います。今年の6月、私は彼に「世界で一番嫌い」なんて言ったんですから。でも──それには理由があって』

『実は5月に、私は街川くんに告白したんです


 綺奈の言葉に、教室中がどよめいた。


『はぁああああ!? うそだろ!?

『た、たしかに庵くんはモテるけど……!』

『えっ!? 待って! てことはもしかして綺奈ちゃんって……!』


 驚く演技をしながら、ことりが会話を誘導。


庵に告白してフラれちゃったってこと!?

『はい。ことりちゃんの言う通りです』

『あっ! そ、そっか!』

『それで隣の席になったときついひどいこと言っちゃったの!?

『ええ。私はあのときの行いをすごく後悔しました。だからせめてもの罪滅ぼしに街川くんのお手伝いができればと思って、実行委員に立候補したんです』


 もちろん、綺奈が語った内容はすべてシナリオ

 俺が執筆した原稿だ。

 過去に起きた出来事エピソードを伏線として利用して、朝比奈さんたちを納得させるための理由を創作した。

 フラれた結果俺に冷たくしたというのは現実感リアリテイがある。

あささんも俺に平手打ちしてきたしね)

 さらには失恋した者同士だということにすればあやに嫉妬してた朝比奈さんも仲間意識を抱き、同情する。

 その証拠に、てのひらで口を覆って言葉を失う朝比奈さんの瞳にはきようがくと後悔が浮かんでいた。

 畳みかけるように、綺奈は今までそっけない態度を取ってきたことを謝罪。

 本当に申し訳なかった。

 自分は人間関係がわずらわしくて、他人を避けたくて、みんなに冷たくしてしまった。

 これからは今まで迷惑をかけてしまったクラスのみんなのためにも、精一杯あやさか祭を盛り上げたい。


『だ、だから……お願いします! こんな私でよければ実行委員を続けさせて欲しいです! みなさんの力を貸してください!』


 彼女の言葉に、アンチすずはら派隊長の朝比奈さんが「もちろんよ!」と掌ドリルした瞬間、流れが変わった。

(スピーチ内容はほぼ俺が書いた原稿だけど、この家で何時間も練習してくれたせいか、すごく気持ちがこもってたしね)

 教室からは拍手まで飛び出し、綾坂祭に向けて一致団結。

 無事にLHRをまとめられたことで綺奈自身も自信を持てた。

 もく通り、これにて万事丸く収まった……はずだったんだけど、

「ど、どうしましょう……」

 ゴキゲンで帰宅した後、ことりから【から話があるらしいんだ。三人でLINEしない?】と綺奈にお誘いが。

 ひどくろうばいした同居人は俺を寝室まで引っ張りこんだというわけだ。

「よ、世も末です……まさかパリピギャルとLINEする日が来るとは……!」

 自分も見た目はギャルなのにと苦笑しつつも、綺奈を落ちつかせたくて頭をなでる。

いおりくんもLINEを一緒に見ててください」

「ホントにホラー映画をてるみたいだ」

「怖いシーンになったら手を握ってくださいっ」

西にしさんをジェイソンか何かと勘違いしてない?」

「IORIぃ!」

「あ、ごめんなさい。そこまでじゃないですよね?」

「ジェイソン様はむしろ好きだよ! ウェイしてるパリピとかよく殺してくれるもん!」

「ゴキを食べてくれるクモみたいな扱いですね」

 なんて言いつつも、親友の背中越しにスマホをのぞきこむ。

【じゃあ、始めよっか~】

【お話の前に、ありがとうございました。今日は助けてくれて】

【別に? あたしはいおりくんに頼まれたから助けただけだし】

 西にしさんからのそっけない塩対応レシーブに、あきらかに落ちこむあや

 彼女の気持ちをほぐしたくて、スマホを持ってない左手をにぎる。

【ごめんね。がそっけない態度取って】

 綺奈を気づかってたのはことりも一緒だったっぽい。

 シュポっという音とともに届いたLINEは、

【萌果って、実は綺奈ちゃんのファンなんだ】

「は?」

 ぽかんと口を開ける綺奈。

 うん、びっくりするのもわかる。

 俺も昨日ことりから事情を聞いたときは驚いたしね。

    &

「西野さんがすずはらさんのファン?」

「そう。綺奈ちゃんが描いた絵画が大好きなんだって」

 昼休み。あやさか高校の屋上。

 いつもは生徒立ち入り禁止の場所。屋上の隅に置かれたベンチに座りながら、ことりはおにぎり片手にうなずいた。

 LINEじゃなくて直接相談したいことがあるとここに呼び出されたんだけど、

「萌果には秘密にしてって言われてたけど、庵になら話してもいいかなって」

「俺でよければ相談に乗るよ」

「ふふ、助かるぜブラザー」

「お礼も受け取っちゃったしね」

 相談に乗ってくれたらごはん作ってあげる! と言われたので本日のランチはほりうち弁当。

 才色兼備な妹は料理の腕前もかなりのもの。

 洋食なら俺に分があるけど、和食を作らせたら勝てる気がしない。

「しかもちょうど食べたかったヤツ」

「お、やっぱり? なんだか庵が食べたがってる気がしたんだ」

「双子の以心伝心か」

 二人分のお弁当箱の中には、ツナマヨとめんたいのおにぎり、鳥のから揚げ、タコ型ウィンナー、そして卵焼き。

「やっぱり最強セットは定期的に食べたくなるよ」

「あはは、その呼び方懐かしい~。二人で初めて作ったごはんがこれだったよね」

「小4の運動会な。母さんの仕事しめきりが前倒しになってお弁当作れないってなったとき二人でがんばったっけ」

「『最強のお弁当を作る!』ってね!」

 あのころは二人とも料理ビギナーで苦労したんだよな。

 二人でスーパーで食材を買って、朝早起きしてキッチンで料理して、運動会当日は見学に来た母さんや父さんにも喜んで食べてもらえたっけ。

「やっぱりことりの作ったおにぎりが一番おいしい。優しい味がする」

「えへへ、いおりにほめてもらえるなら作ったかいあったな~。あ、おみそ汁飲む? 水筒に入れてあるからあったかいよ?」

「ことりって今すぐにでもお嫁さんになれそうだよな」

 料理の腕も申し分ないし、とにかく気が利く。

「あ、話がそれた。西にしさんの件だけど」

って美大志望でしょ? 美術にハマったきっかけが、子供のころにあやちゃんの絵をたからなんだって」

「高校に入る前からファンだったってことか」

「小6のときに美術館で綺奈ちゃんの絵を観て、自分と同い年の子がこんなにすごい絵を描けるのかって感動したんだとか。だから綺奈ちゃんみたいに絵がくなりたくて中高で美術部に入ったんだって」

「ガチ度すごっ」

「でしょ!? 萌果にとって綺奈ちゃんは最推し。近づくと緊張で何を話したらいいかわかんなくなって挙動不審になっちゃう。だから……」

「推しにおかしな人だと思われたくなくて、つい遠ざけるような言動しちゃってたのか」

「相変わらず察しがよろしい! 話早くて助かるよ!」

 ことりはおにぎりをほおばった後で、

「綺奈ちゃん、私や庵とは話すようになったでしょ? そのせいか萌果もいつまでもこのままじゃ嫌だって思ったみたいで」

すずはらさんと友だちになりたいわけか。なら二人で話し合えばいいと思うよ」

「えっ、綺奈ちゃんって萌果が苦手っぽくない?」

「対面で話すのは無理でもLINEならなんとかなるはずだ」

 緊張はするだろうけど、チャットの方がハードルは低い。

 うちなら俺もそばにいてやれるしね。

「ありがと~! 早速萌果と相談してみる!」

「力になれてよかったよ。ことりは俺やすずはらさんのサポートもしてくれてるしさ」

「これでもクラス委員閣下様だからね~」

「他にもクラスメイトの相談によく乗ったりしてるだろ?」

いおりもそうでしょ? ここの鍵をゲットしたのもそれがきっかけだし」

「まあな」

 天文部の男子の恋愛相談に乗ったら、お礼に屋上の合鍵をくれたのだ。

「普段は立ち入り禁止だから、彼女と二人きりになりたかったら使っていいぜ! 俺らが持ちこんだベンチもあるしさ!」みたいな感じで。

「ただ相談件数ならことりの方が断然多い」

「それは……」

「大丈夫か? 厄介な相談事ととか持ちかけられてないか?」

「う~ん、相談事ってわけではないんだけど」

 ことりは困ったように苦笑してから。

「最近やまぎしくんからLINEがきた」

「っ。なんて言われた?」

「大したことないよ。ただプールに誘われただけ」

 山岸め。俺との電話では謝罪してたけど、ことりのことをまだあきらめきれなくて、どこかから連絡先を入手したのか?

 この様子だと、俺とあやが一緒にいたことまでは話してないみたいだけどさ。

「ま、やんわりお断りしたけどね~。相変わらず偉そうだったし」

「たまには怒っていいんだぞ? おまえって周りから『いい子』扱いされすぎて、他人のお願いを押し付けられることも多かったしさ」

 それでもことりは常に笑顔で周囲の期待に応え続けたっけ。

 昔から妹がいるクラスは人間関係トラブルが起きることがほぼなかった。

 ことりが事前にトラブルの芽を摘み取り、悩みを抱えた級友の相談に乗り、クラスのリーダー兼ムードメーカーとして輝き続けたからだ。

(ただ、兄としては少し心配だよな……)

 ときどき、ことりが教室クラスをまとめるために無理をしてるように見えて──。

「だいじょーぶ!」

 隣に座った妹はけな微笑ほほえんだ。

「たしかにいい子扱いされすぎて疲れちゃうときもあるけど、私には庵がいる。庵の前ならいい子な私じゃない一面も見せられるしさ」

「ことり……」

「たとえば本日の下着は驚きのBLACK! どうだ! いい子っぽくないでしょ!?

「唐突に下着カラー申告すんな。せっかくのおにぎりがマズくなる」

「ひっど!? 何その冷めた目! どきどきしないの!?

「双子相手にか? 下着どころか裸を見るのも日常だったろ」

「なっ」

「小4まで一緒に風呂入ってたしさ。てか、たしかにことりはいい子じゃない一面もあるよな。昔机の二重底の下に『恥ずかしランジェリー ~下着の色はあの人の好み~』ってティーンズラブ漫画を隠してて、夜な夜な読んでたじゃん」

「ほれ。パンチラ」

「っ」

「や~い、妹パンツにどきどきしてやがる~、ちょっとスカートめくっただけなのに~」

「からあげ吐き出させる気か!? 学校にヒモパン穿いてくんな!」

いおりにしか見せないから問題ないもん」

「服のセンス変わってないな。小6の夏休みにも母さんのアマゾンアカウント使ってエロ下着買ったのがバレて『お兄ちゃん一緒に謝ってぇ!?』って土下座してきたっけ」

「ちょ、信じらんない!?

「自分のムッツリドスケベな行動が?」

「女子の秘密を堂々と語る人間性がだよこのばか兄がぁ!」

「安心しろアホ妹。俺がこんなことするのはおまえだけだ」

 双子の距離感ゼロな会話インフアイトをしつつも。

 ぷんすかお怒りな妹をなだめるために、俺はことりの頭を軽くなでた。

    &

【うわああああごめんなさいごめんなさい~! あたし、世界のAYANA SUZUHARAになんて失礼を~!】

 ひとしきり事情を説明LINEした西にしさんは、あやに謝罪していた。

【いえ。そっけなくしてたのは私も一緒ですし。というか、もっとくだけた呼び方をしてもらって結構ですよ】

【マ!? だ、だったら! 「綺奈さん」って呼んでいい?】

【まだ固くな~い?】

【うっさいことり!? 相手は世界のAYANA SUZUHARA! ガチ推しなの! 画集だって観賞用と保存用に二冊持ってるし、なんならスマホの壁紙だって綺奈さんの絵画にしてる! ぶっちゃけサインもらいたいくらいなの!】

【絵画は色々とつらくて描けませんが、サインならいくらでもしますよ?】

【ふええええっ!? あざますあざますあざます家宝にしますインスタのヘッダーにしますあやさん神しゅぎりゅう! 推しが今日もクールでかっこよ~!】

「喜んでもらえて、よかったです」

 うん、ホントにね。

 ただ、さすがにLINEが終わったら俺と密着してる状況に違和感を覚えるはずで──。

!?

 予想は外れた。

 体を反転させてこちらを向いた綺奈が、ベッドの上で俺に抱きついてきた。

「ありがとうございます!」

 吐息すらかかる至近距離。

 気持ちを伝えるみたいに抱きしめながら、お礼を言ってくる。

「全部、いおりくんのおかげです! 今日のLHRでクラスのみんなとの距離が縮まった気がします! ずっとそっけなくしてたことも謝れました! それに西にしさんともお友だちになれて……!」

「綺奈ががんばったからだよ。実行委員の仕事もちゃんとやってるし、何度もスピーチの練習してた。その成果を今日出せたんだ」

「がんばれたのは庵くんがいてくれたからですよ!」

 体温を分け合うみたいに。

 綺奈は柔らかな肢体で俺の体を抱きしめながら、


「ずっと、友だちなんていらないって思ってたんだ」


 言いづらいことなのか、ネットの口調で静かに打ち明けてくれた。

「他人とはわかり合うことなんかできない。そう信じてた。ぼくはあの人……お母さんともわかり合えなかったから」

 抱きしめられてるせいで、綺奈の顔は見えない。

「物心ついたころから、お母さんに絵を描くことを強制されてきたんだ。『絵を描くことしか才能がない』『あんたは私の物でしかない』『私の役に立ちなさい!』。何度もそう言い聞かされて、いつの間にか絵を描くことが大嫌いになってた……」

 ひょっとしたら綺奈は泣いているのかもしれなかった。

 だけど、彼女がこぼすのは涙だけじゃない。

「──現実で人間と接することも、大嫌いになってたんだ」

 親友にすら打ち明けることができなかった、

「肉親とすらわかり合えないんだから、学校のみんなと仲良くなれるはずがない。友だちなんて作れない。みんなは当たり前のようにやってるけど、ぼくには絶対に無理。だってぼくには……絵を描く以外何の才能もないんだから」

 ひょっとしたら、俺たちは似た者同士なのかもしれないって思った。

 鼓膜の奥でよみがえるのは、いじめられたときに心に刻まれた

 ──おまえは必要とされてない人間だ!

 ──誰にも好かれない。

 ──いついなくなったっていいんだぜ?

 もしかしたらまちかわいおりすずはらあやと同じで、心の深いところでは他人とわかり合うことなんてできないって思ってたのかもしれない。

 誰からも必要とされないんじゃないか?

 表面上は笑い合えてもそれは所詮見せかけで自分は好かれてないんじゃないか?

 自分の存在する意味なんてないんじゃないか?

 そんな不安が、決して消えないやみとして街川庵をむしばんでいた。


『庵くんは学校ではいつも笑顔ですが、常に周りに気を配って隙を見せないようにしてる気がします』


 綺奈の言葉通りずっと周囲を警戒して壁を築いてた。

 不安を消すために、必死に作り笑顔を磨いて、友だちを増やして、陽キャを演じたけど……クラスメイトに心を開けなかった。

 両親やことりにも心配されたくなくて悩んでることを打ち明けられなかった。

 それが──ひどくさびしかったんだ。

「そんなぼくを、IORIが救ってくれたんだ!」

 だからこそ、綺奈の言葉は刺さった

 悩んでたのは、自分一人だけじゃないってわかったから。

「キミが書いた物語に憧れてぼくはイラストを描き始めた! ネットに上げたイラストをキミがほめてくれたおかげで、絵を描くことが大好きになれた! 一緒に暮らす毎日の中で、他人とつながることの温かさをキミが教えてくたんだ!」

 さっきまで涙を隠すみたいに俺の肩に顔をうずめてたのに、今は顔を上げている。

 端整な輪郭を彩るのは、淡くやわらかな微笑ほほえみ。

「──ありがとね? 心の底から言えるよ。ぼくにとってキミは世界で一番大切な存在だ。大好きな友だち。IORIがいてくれて、本当によかったよ」

 私だって同じ気持ちです。

 サバトラさんはたった一人の親友。

 やっとできた心を開ける大好きな友だち。

 あなたが私を救ってくれたんですよ。

 そんな風にうなずきたかったけど──。

「……いおりくん?」

 黙っている俺を不思議に思ったのか、あやが見つめてきた。

 透き通った大きな瞳。

 そこに映ったまちかわ庵の表情に、いつもの笑顔はなかった。

ごめんね?」

 口から出たのは、信じられないくらいかすれた涙声。

 オイ、うそだろ、笑顔製造機?

 涙を流すなんて何年ぶりだ?

(笑え! 笑えよ!? いつもみたいに笑顔を作れ!)

 じゃないと綺奈が不安になる。自分のせいだ。悲しい話を聞かせたせいで親友を泣かせてしまったって気に病む。せっかくつけた自信をなくしてしまう。子供みたいに情けなく泣いてる場合じゃないのに。

 どうしても、消えない。

 必要としてくれた。

 大好きな友だちだって言ってくれた。

 街川庵というそんざいを肯定してくれた。

 彼女の言葉が頭の中で何度もリフレインして、感情なみだが止まらなくて──。

「──泣いちゃっても、いいですよ?」

 ほおに感じるみずみずしくて温かなやわらかさ。

 涙じゃない。

 頬を伝う涙をぬぐうように、綺奈の唇が頬に触れていた

「綺奈?」

 吐息すら届く距離にある顔を見つめる。

 すると、綺奈は白磁の頬をいろに染めながらも、はにかんで、

「好きなだけ泣いていいです」

 さっき触れた頬とは逆の頬に、涙よりもあたたかなくちづけを贈る。

 ──なぜ俺が泣いているのか?

 そんなな詮索はせずに。

 なぐさめるように、慈しむように、包みこむように、寄りそうように。

 どこまでも優しくて、ほんのちょっぴりおっかなびっくりな、不器用なキスをくれる。

わかります。きっと庵くんは、今までいっぱい感情なみだを我慢してきたんだと思います。絵を描かされてたときの私と同じように」

………っ

「あなたはいつも優しい陽キャな優等生。周囲に笑顔を振りまいています。だから、たとえつらいことがあっても、悲しいことがあっても、泣かないようにこらえてきたのでは?」

 正解だ。

 他人に付け込まれる隙や弱みは絶対に見せない。それがまちかわいおりの生き方だった。

 でも──同居人の前でだけは、違う。

「ああ、もう。キミにだけは勝てないや」

 白旗を上げると、あやはくすくすと笑みをこぼした。

「私もあなたにだけは勝てません。泣いてるあなたを見て、つい可愛かわいいって思っちゃいましたから」

「おいコラ親友」

「ふふ。仕方ないでしょう? 学校でのかついい姿とはギャップがあって……やっぱり、キュートです」

「キスの次はほめ殺し?」

「あなたがそれを言いますか。ほめ殺しレベルでいったら私は初犯であなたは大量殺人犯。ジョン・ウィックも真っ青です」

「あはは、大した殺し屋さんだ」

「……そういう笑顔も可愛いので反則です」

「そんなに学校とは違うかな?」

「ええ。ただ……この笑顔を見せるのは私だけにしてほしいですっ。これ以上庵くんがモテたら『街川庵をストーキングする友の会』が結成されそうですから」

「もう、大げさだよ」

 笑った拍子に一筋涙がこぼれると、綺奈がまたほおにくちづけをくれた。

 照れくさそうに頬を緩ませながら、やわらかな細腕で俺の体を抱きしめてくれる。

 好きな女の子のベッドの上で、互いの体に触れ合っている。

(綺奈が好きだ)

 ようやく芽生えた恋心は感情という名のいばらで心を締め付けて、恋愛という果実を実らせようとしてくるけど、わかってる。

 俺はこの初恋を枯らさなくちゃいけない。

 ただ、それでも──今だけは、俺をはげますためにキスをくれた親友との時間を壊したくなかった。

(こんなことを言うのは矛盾してるかもしれないけど)

 なんだか本当の意味で、綺奈と親友になれた気がした。

 それくらい深くつながれた気がしたんだ。