第6話 祭りのさなかに



「はい、どうぞ」

 第51回綾あや坂さか高校文化祭──通称・綾坂祭。

 2日間ある祭の1日目、13時すぎ。

 文字通りお祭り騒ぎな廊下で、俺は3-B運営の模擬店で買ったリンゴ飴あめをメイド姿の綺あや奈なに手渡していた。

「ありがとうございます」

 クールな無表情で言ってから、真っ赤なリンゴ飴に口をつける綺奈。

「おい見ろよ! ソロギャルがいる!」

「メイドじゃん! しかもウサ耳つけてやがる!」

「め、めちゃくちゃ可愛かわいい……」

「隣にいるホストって街まち川かわくん!? スーツえぐい似合ってるんですけどぉ!」

 廊下は外部からの客とはしゃぐ生徒でごった返し。

 各々のクラスTシャツ、キグルミ、ハッピ、コスプレ……周囲はお祭りコーデな生徒であふれてるけど、綺奈は誰よりも注目を集めていた。

 同居人が着ているのは以前街川庵いおりお料理教室で身にまとったメイド服。

 さらに黒いウサ耳をつけたバニーメイドスタイル。

「あの二人、TikTokに上げたら絶対バズる!」

「無理無理。撮影とか鈴すず原はらが拒否るに決まってる。最近少しクラスのヤツらと話すようになったらしいけど、相変わらずにこりともしねえし」

「外見は美人でも中身はガチブスだよな」

「あんなマズそうにリンゴ飴食う女初めてみたぜ」

 周囲から聞こえるヒソヒソ声。

(1-Aでの綺奈の評判はよくなり始めたけど、やっぱりクラスの外はまだか)

 マウント合戦は教室以外でも起きる。

 綺奈の容姿かわいさや急にクラスメイトと距離を縮め始めたことが気に入らなくて叩たたきたがる生徒アンチもかなりいるけど、綺奈は気にせずにリンゴ飴をかじかじ。

 たしかにその顔は不愛想なソロギャルモードだけど、

【んま~~~~い!】

 片手に持ったスマホで、実にゴキゲンな感想を送ってきた。

【ぼく、リンゴ飴食べるのが夢だったんだ!】

【前にDMで言ってましたよね】

【さすが親友よく憶おぼえてる! うわっはあ、甘酸っぱくてサイコー! やっぱりお祭りって言ったらリンゴ飴あめだよね! アニメや漫画でもお約束だもん!】

 DMで大はしゃぎな親友を見たら、つい笑顔になってしまった。

 綺あや奈なは極度の人見知り。

 LHRの一件以来、クラスメイトとも多少話すようになったけど、まだ彼らの前で笑顔を作るのは苦手っぽい。

 今も人ごみにいるせいか表情が固いけど、DMを見る限りお祭りを満喫してるようだ。

【というか、別にDMで話さなくてもいいのに】

【でもIORIはことりちゃんの恋人ってことになってるでしょ? ぼくと仲良く話してたら浮気を疑われるかも】

【友だちは男女問わず多いので平気です】

【このエリート人たらし!】

【この後ベストカップルコンテストってイベントにことりと出ることになってるんです。恋人アピールはそこでたっぷりしますので、今は仕事に集中しましょう】

 俺たちの役目は宣伝。

『1-A メイド&ホスト喫茶!』と綺奈がデコレーションした看板を肩に担ぎながら校内を回遊する。

 綺奈は接客が不得意だから、広告塔が適役。

 午前中は看板を持って教室前に立ってるだけで人々が立ち止まり、看板娘としての実力をいかんなく発揮してたっけ。

「今のところいいペースでお客が来てる。キミがデザインした内装も大好評だし」

「結果を出せてよかったです」

「可愛かわいいお店になったってみんな喜んでたし、おかげで俺が描いた内装デザインが採用されずにすんだ」

「え、えっと、あれはあれでインパクトがありましたよ? お医者さんに見せたらすぐさまロールシャッハテストを受けさせられそうなすごみがありました!」

「シルバニア的な猫をいっぱい描いたつもりだったんだけどね……」

 綺奈がデザイン案を描いてくれて助かったよ。

 クラス中が絶賛してたし、実行委員としての自信もついたはずだ。

「この調子で宣伝もがんばろ!」

「はい。ただ、まさか男の子と文化祭を回るなんて夢にも思ってませんでした」

「そうなの?」

「そんな薄っぺら学園ドラマみたいな青春はありえないって思ってましたし」

「たしかに昔DMで『学校で青春してる陽キャ見てるとF××Kって気持ちになる!』って言ってたよね」

「あなたがF××Kなんて言っちゃだめです!」

 綺あや奈なが小声で叫んだ。

「さわやか陽キャくんがそんな言葉使ったらそれこそ病院を勧められますし、女子生徒たちがショックで登校拒否になり、最悪クラス担任が責任を感じて退職届を出します!」

「ごめんごめん。心配ありがとう」

 たしかに街川庵ゆうとうせいが言っちゃいけない台詞せりふか。

 でも……息苦しくも感じるよな。

 品行方正なオープンオタクってキャラクターを作ったのは俺自身なんだけどさ。

「現実ではNGワードにするよ。絶対」

「あなたには似合わないですからね。まあ、私は陰キャなので『あいつらが青春してる間にもっとバズる漫画を描いてやる! このマイナス感情をプラスパワーに変えるんだ!』ってモチベーション上げてましたが」

「キミのそういう反骨心たっぷりなとこ、好きだよ」

「ありがとうございます。今日も店長としてモチベ上げますね?」

 右腕に巻いた『てんちょー』と書かれた腕章をうれしそうになでる綺奈。

 今朝ことりに「綺奈ちゃんはうちの店長だから!」ともらってたっけ。

 さらには俺と一緒に校内を回ることを提案したのもことりだった。

「ただ、街まち川かわくんはコミュ力オバケですし、接客の方が力を発揮できそうな」

「朝からずっと接客がんばってたら『街川働きすぎ』『接客マニュアル作って配って指導もしてくれたろ?』『社畜かよ!』『頼むから休め! 気分転換に外回りしてこい!』って追い出された」

「追放系ホストというわけですか」

 街川くんはたくさんがんばってましたからね、と微笑ほほえむ綺奈。

「レンタルショップと話をつけて、みんなが文化祭を満喫できるようシフト表を作って、お店の宣伝のために放送部に直じか談だん判ぱん、今日はもう20枚くらいお客さんとチェキを撮ったでしょう?」

「キミも手伝ってくれたじゃん。チェキのアイディアを出したのも鈴すず原はらさんだ。ネットでコンカフェ経営の記事を読んで研究したけど、チェキはかなり儲もうかる。ツーショットチェキの相場は大体1000~1500円。文化祭ってことでうちは安めの800円。これでも今食べたリンゴ飴あめ500円に比べたら高いけど、昨年と一昨年の来場者データを見たら大人の割合がかなり多かった。うちの高校は歴史が古いからOBOGがたくさん来るのと、商店街と提携して宣伝してもらってるおかげで地元民にしっかり認知されてるからだと思う。だから狙いは経済的にゆとりのある大人たち。チェキは文化祭のいい記念品になるし、他にも本物のコンカフェばりの有料サービスも用意してあって──」

「一つ質問があります」

「何?」

「あなたは人生何周目の勇者様ですか? 考え方がとても十代とは思えないのですが」

「転生ラノベ主人公扱いしないでよ」

 ただこんな解説をするくらい仕事に没頭してたのには理由があって。

 正直、綺あや奈なとキスして以来、何かに集中していないと顔と思考が発火しそうになる。

(あのとき壁越しに聞いた『大好き』は……)

 親友として?

 それとも異性として?

 そんな悩みを抱えながら今まで通りルームシェア生活を送るには、喫茶店経営者にジョブチェンするしかなかったわけさ。

「お仕事がんばっててえらいです」

 ふと、綺奈は小声になってから、

「──お家に帰ったらいっぱい甘やかしてあげますね? ホストさん」

 ウサ耳をぴょこりと揺らしながら、照れくさそうにささやいてきた。

(同居したばっかりのころは「現実ではなるべく私と会話をしないで欲しいんです」なんて言ってたのに)

 こんなどきりとする台詞せりふを言ってくるなんて。

 あのキスから綺奈はあきらかに変わった。

 実行委員の仕事も今まで以上にがんばるようになった。

 笑顔は作れなくてもクラスメイトとさらに会話するようになった。

 その証拠に、以前の綺奈は休み時間は耳にヘッドフォンをつけて、誰とも話したくないオーラを出してることが多かった。

 本人いわく、教室の騒音をシャットアウトするために俺が作ったサブスクのアニソンプレイリストなんかをヘビロテしてたそうだ。

 けど今はヘッドフォンをつけずに、がんばってみんなと話そうとしてる。

 そのせいか「ソロギャルって実はいいヤツなのか?」なんて声も聞こえてきた。

(異性経験がないのがコンプレックスだったのは綺奈も一緒で、そんな自分に劣等感を抱いてたのかもな)

 だからこそキスという劇薬体験ドーピングを得たことで一気に自信がついた。

 ただ、後遺症も出てる。

 学校では相変わらずクールだけど、家でのスキンシップが増えた。


『おかえりなさい! 今日もお仕事お疲れさまでした』

『庵いおりくんの髪ってさらさらですね。ずっと触ってたいです』

『お顔が眠そうです。お疲れなら、どうぞ。好きなだけおやすみしていいですよ?』


 訂正! 増えたどころか爆増だ!

 帰宅した俺の頭をなでてくれたり、

 風呂上がりの俺の髪をドライヤーで乾かしてくれたり、

 ソファでひざ枕してくれたり……。

 お祭り前からすでに健けな気げで献身的な御奉仕メイドスタイル。

 俺が甘えることで「信頼してもらえてる。必要としてもらえてる」って実感できるんだろう。

 さらには甘えさせくれるのに比例して、綺あや奈なが甘えてくる回数も増加。


『庵くんの体、あったかい。えへへ』

『その、おかえりのハグ……延長でお願いします』

『実行委員のお仕事で疲れて。ほんの少しだけ……おひざを借りてもいいですか?』


 ソファに座ってるときにおっかなびっくり俺の肩に頭を乗せてきたり、

 おかえりのハグをしたまま3分くらい密着して胸に頬ほおずりしてきたり、

 俺にひざ枕をねだってから幸せそうに眠ってしまったり……。

 さびしがり屋の保護猫みたいに、毎日たくさん甘えてくる。

 どうやらすっかり同居人スキンシップにハマってしまったようだ。

(……ただ、正直ギリギリだ)

 悩ましいことに、枯らせるはずの恋心は綺奈の言動を養分にしてぐんぐん成長。

 もう二度とキスはしない。

 そう決めたのに、綺奈とスキンシップをする度にキスした記憶が再上映。

 ほんの2秒にも満たなかった不器用なキス。

 それでもあそこまで夢心地になれたんだ。

 ──もっとしたら、どうなるんだ?

 また幸福感を味わいたい、あのやわらかさを感じたい、綺奈と触れ合いたい、キスしたい、いっそキスしたまま抱きしめたい、そしてそのまま……! なんて。

 思春期特攻リビドーを押さえつけるのに必死だったっけ。

 おまけに家の中でときどき視線を感じる。

 綺奈がどこか物欲しそうにこちらを見ている。

 一度「どうかした?」と訊たずねたら「何もっ」と顔を紅潮させた後で逃げてしまった。

 さらには、


『よし! 偉いぞぼく! 今日も我慢できた!』

『はぁ……したい~。したいしたいしたい~。したいよぉ~』

『もしもっとしたら……いやだめださすがにこれ以上IORIに甘えられないっ』


 なんて独り言が薄い壁越しに聞こえてきた。

 綺あや奈なも口ではもう二度としないって言ってたけど、ひょっとしたら──。

(いや、今は集中しろ)

 模擬店ランキングで1位を取る。

 その目標を叶かなえるために、俺たちは毎日実行委員をがんばってきたんだ。

(さらに綺奈の自己肯定感を満たすためのプランは他にも)

 思い出すのは1年ほど前に交わしたDM。


『そういえば今日、中学校の文化祭だった』

『おおっ、楽しかったですか?』

『仮病でサボったから行ってない。ぼく、お祭りって大の苦手なんだよね。人がいっぱいいてうるさそうだしさ』

『でも、サバトラさんってアニメのお祭り回大好きですよね』

『う……』

『この前も「堂々と正論でぶん殴ってくる真後ろのアリャリャさん」の夏祭り回、一緒にウォッチパーティーしたじゃないですか』

『フィクションの中のお祭りはいいの! 見てるだけだから! 現実のお祭りがあんなに楽しいわけないもん! ……まあ、お祭りとか一回も行ったことないんだけどさ』


 あの言葉が本当なら。

 サバトラさんは文化祭どころか地元のお祭りにも行ったことがない。

(人ごみ嫌いなことが原因かもしれないけど)

 ひょっとしたら、行くことを許されなかったんじゃないか?

 幼いころから絵を描くことを強いられる生活。

 遊んでる暇はないとイベント事への参加を禁じられてたとしても不思議じゃない。

 さっきリンゴ飴あめを初めて食べたって言ってたしさ。

 そして、親友のことだから……。

「今日もやりたいことリストを作ってきたんじゃない?」

「さすが親友。お見通しでしたか。ただ、リストを全部実行するのは無理です」

「どうして?」

「深夜に作ったのでテンションがおかしくなって……やりたいことを30個ほどノートに書いてしまって」

 それだけ書くってことは、やっぱりお祭りに憧れてたのかな。

「リストの画像は一応持っていますが、お仕事中の街まち川かわくんを巻きこむわけには……」

「この姿のまま綾あや坂さか祭を楽しむのは十分宣伝しごとになるよ? だからたくさん巻きこんで? 俺もリストを作ったけど、項目は一つだけだしさ」

「一つだけなんですか?」

「綺奈と二人で綾坂祭を回りたい」

 バニーメイドはワインでも飲んだみたいに赤くなった。

 あわてた様子で、俺のわき腹あたりをぽすんっと小突く。

「学校でその呼び方は禁止ですっ。誰かに聞かれたらどうするんですかっ」

「小声だったし、みんなお祭りに夢中でそれどころじゃないよ」

「陽キャホストは手に負えませんね……乙女をたぶらかす逆ハニトラ発言を大量生産しそうです……」

「ぐうっ、たしかに! こんな格好してるせいか仕事なんかサボってナンパに行けって頭の中のリトル充みつ哉やが叫んでる!!」

 だからさ、と。

 人生で一番と思うくらい、勇気を振り絞る。

「今日は俺のそばにいてほしい。ホストの監視役としてさ」

「本物のホストなみに丸めこむのがお上手ですね。今すぐ歌舞伎町ナイトキングになれるのでは?」

 軽口を叩たたきつつも、くすくすと笑みをこぼすソロギャルさん。

(ああ、よかった)

 この反応はOKってことか、なんて安心しつつも、思う。

(今の街川庵いおりはひどく矛盾してる)

 初恋を終わらせなくちゃいけないのに、文化祭デートするなんて。

 物語フイクシヨンの登場人物だったら読者にダメ出しされそうな問題行動。

 けど──それでも、俺は綺あや奈なを喜ばせたかった。

 親友を笑顔にしたかったんだ。

「仕方ありませんね。私がお供して差し上げましょう、ご主人様」

「っ」

 自分の顔がテキーラでも飲んだみたいに赤くなるのを感じた。

「ふふ、どうしました? メイドらしくしゃべってみただけですよ?」

「まったく。誰かに聞かれたらどうするのさ」

「小声でしたし、みんなお祭りに夢中でそれどころじゃないんでしょう?」

 さぁ参りましょうご主人様? と。

 祭りの喧けん騒そうの中で、フリルで飾られた純白のスカートをなびかせながら、同居人は悪戯いたずらっぽい笑顔を浮かべた。

    &

 やりたいことリスト① 射的で景品GET!

「こう?」

「とてもいいです。できればもう少し顎を上げて、獲物を狙う狩人かりゆうどのようなキリッとした表情をしてください」

「ポーズの指定が細かいね。というか俺が先に撃っていいの?」

「私はあなたの次に撃ちます。その前にスマホで撮影しないと」

「なんだと」

「ホスト姿のあなたがコルク銃を構えている姿は大変映えます。西にし野のさんからも『宣伝用にインスタ上げるから動画撮ってきて!』と頼まれました」

「なるほど。つまり狙いは……」

「景品ではなく女性客のハートです。私も……個人的に動画が欲しいですし」

「もう。おだてても上う手まくいくかは……おっ!」

「当たりました! 猫さんのストラップですか。猫好きな街まち川かわくんらしいですね」

「はい。どうぞ」

「えっ!? くれるんですか?」

「改めて見たら俺が持つには可愛かわいすぎる気がしてさ。キミも猫好きだったでしょ?」

「私が受け取りやすくするための建前ですね? 最初から私にプレゼントしようと考えていたのでは?」

「バレたか」

「気づかいを断るのも失礼ですので、もらっておきましょう。それに……」

「何?」

「……お、お家の合鍵につけるのにちょうどいいと思って」

「……そ、そっか」


 やりたいことリスト③ クレープ食べたい!

「このいひごくれーぷ、なきゃなきゃです。あなたのおりょうりにはかないまへんが」

「もう。食べながらしゃべるのはお行儀悪いよ?」

「ふふ。ごめんなさい。ついテンションが上がって」

「そんなにクレープが食べたかったんだ」

【『私立バニーガール学院♥えちえちご奉仕部バニ学!』でも文化祭でクレープ食べるシーンあったでしょ!? プレイしてからずっと憧れてたんだ~!】

【急にDM!】

【あはは、たとえ小声でも学校でエロゲトークはしたくないもん。IORIもエロゲやってることは隠したいだろうし】

【お気づかい感謝です。というか今ウサ耳をつけてるのって】

【もちろん『バニ学』リスペクト~!】

【なるほど。ただ、完全再現はしてないですよね?】

【まさか! ゲームではメイド服の下はノーパンだったもんね~】

【ノーパンはノーリスペクトでお願いします】

【わかってる! だから他のサプライズを用意した!】

【他?】

「──今は秘密です。楽しみにしててくださいね、ご主人様?」


 やりたいことリスト⑦ み■■と■■ハ■したい!

「あれ? この⑦番、塗りつぶされてるね」

「き、気にしないでください」

「けど」

「⑦番は深夜3時に考えたんです! なので抽象的かつド陰キャな私らしくない青春っぽい感じになってしまって! かなり恥ずかしい内容でしたし……」

「『み』『と』『ハ』は薄っすら見えるね」

「解読しちゃだめです!? 親友と言えど踏みこんではいけないラインがあるんですよ!?」

「ごめんごめん。お詫わびになんでもするから許して?」

「えっ、ホントに? では……お願いを聞いてもらってもいいですか?」

「もちろん! どんな?」

「『オバケ屋敷に行きたいリストの⑥番!』をやったとき、暗がりで脅かされてついあなたに抱きついてしまったでしょう?」

「もしかしてことりのこと気にしてる? あの状況なら脅かし役の生徒も浮気じゃなくて事故って思うはずで……」

「違います。その、この先は言いづらいのでDMしますが、抱きついたら」

【したくなっちゃった】

【っ!? それって、まさか……!】

【ぼく、さっきからずっとそのこと考えてる。正直お祭りどころじゃない。もう我慢できない。人前でぎゅ~しちゃいそう】

【あっ、なんだ。ハグですか】

【それ以外に何があるの?】

【いえ何も! ただここで抱きつかれるのは困りますね】

【文化祭マップを見たら、この廊下の先に空き教室があるんだ】

【なんとも都合がいい……あ、ハグするためにわざと私を誘導したとか?】

【う……さすが親友。迷惑、だったかな?】

【いいえ。こんなことDMでしか言えませんが、オバケ屋敷でサバトラさんにぎゅ~されたとき、こっちからもしたいなぁって思ったので】

「それはDMでも言っちゃだめなヤツですっ」

「ご、ごめん」

「………」

「………」

「……街まち川かわくん」

「……何?」

「ちょっと疲れたので空き教室に誰もいなかったら、3分くらい休憩しませんか?」


 やりたいことリスト⑧ 美術部の展示で友だち増やしたい!

「ようこそ庵いおりくん綺あや奈なさん! 綾あや坂さか高校美術部へ!」

「ホ、ホントに来たー!? 世界のAYANA SUZUHARAが!」

「お願いすればサインもらえるってガチ!?」

「おおお落ちつきなさい! 相手はプロの画家先生よどうか失礼のないように……!」

「もうっ。先輩たちも先生もあわてすぎっすよ~。ごめんね二人とも。仕事中に来てもらったのに騒がしくて……あれ?」

「どうかしました?」

「綺奈さん、少し顔赤いけど、体調悪い?」

「いいえ。……3分の予定が、15分になってしまっただけなので」

「は?」

「それはそうと! メイドナース姿似合ってるよ、西にし野のさん」

「わっ、ありがと庵くんガチうれしい~! さっきインスタ上げたら好評で……あっ、二人が宣伝で回ってることも話題になってる! ほらほら!」


【さっきソロギャルメイド見たんだけど!? ずっり~! あんなことされたら客全部持ってかれるじゃん! ♯綾あや坂さか高校文化祭】

【今日は母校の文化祭に来ています。メイド&ホスト喫茶の看板持ってた生徒さんが綺き麗れいでした。 ♯綾坂高校文化祭】

【廊下でイケメンホストとすれ違った~! ナンパしたらバニーメイドちゃんににらまれたのでお詫わびにお店行きますね~! ♯綾坂高校文化祭】


「けっこーつぶやいてくれてる! 教室からも『看板見て来た』ってお客さん増えたって連絡来た! 宣伝効果えぐすぎぃ!」

「すごい。結果を出せてよかったです」

「あ、あの、もしお疲れでしたら……」

「ぜ、ぜひここでご休憩なさってくださいませ。よろしければ展示されてる絵のご感想をいただけますと大変ありがたく……」

「ちょ、先輩!? さりげなくアドバイスもらおうとするのは……!」

「構いませんよ」

「えっ!? マっ!?」

「感想を言うくらいでしたら。まずは西にし野のさんの絵が観みたいです」

「だ、だったらこれ!」

「裸婦画ですね。モデルさんに来てもらったんですか?」

「ははははい! ヌードとか描くのけっこー好きで……!」

「やっぱり、芸術作品ってことなら高校でも裸の絵を展示できるんだね」

「? 街まち川かわくん、やっぱりって……」

「あ、なんでもない。それにしてもうまいね」

「そ、そんなことないよ!? 綺あや奈なさんに比べたらまだまだで……!」

「謙遜しないでください。友だちの絵を観せてもらうの、楽しみにしてたんですから!」


 やりたいことリスト、一時中断。

「大丈夫? お水買ってきたよ」

「……ありがとうございます。ごめんなさい、迷惑かけて」

「俺の方こそ気づくのが遅れてごめん。美術部で絵を観てたとき、実は無理してたでしょ?」

「西野さんの絵を観るのが楽しみだったのは本当です。ただ、油絵の具の匂いをかいでいたら、昔のことを思い出して気分が悪くなって」

「美術部のみんなには気づかれなかったと思うよ」

「はい。それにしても驚きましたよ。まさか屋上の合鍵を持ってるとは」

「休憩所代わりになって助かったね」

「ただ、もうすぐベスカプコンのお時間です。ごめんなさい。気づかってもらったのに、やりたいことリストを全部やるのは、明日を使っても無理で……」

「大丈夫。来年があるじゃん」

「えっ!?」

「来年も今日みたいに、二人で綾あや坂さか祭を回ろう? できなかったやりたいことはそのときに楽しもうよ。絶対さ」

「………。あなたが一時的に宣伝役に回ってくれたことに、心底ホッとしています」

「なんで?」

「ここまで完璧なホストさんがお店に常駐していたら、お客さんがいつまでも帰ってくれません」

「おお、それは困る。客の回転率が悪くなって利益が落ちる」

「ふふ、すっかりWEB小説家から喫茶店経営者にジョブチェンジですね」

「小説のこともちゃんと考えてるよ? 最近は創作活動を休んでたけど、綾坂祭が終わったら前よりも面白い小説を書ける気がするんだ」

「いい気分転換になったということですか?」

「うん! キミとお祭り回れてすごく楽しかった! 創作活動におけるいいインプットになったとも思う。だから早く小説が書きたい!」

「私もファンとして新作を読めるのは楽しみです! それに、私も楽しかったです。陰キャぼっちな私が文化祭を楽しめる日がくるなんて」

「予想外?」

「まるで夢みたいですよ。──あの名前が出なければ、もっと楽しめたのに」

「………。それって、美術部の先生が言ってた……」


「鈴すず原はら絵え眞ま。私の父です」


「先生は『いつか絵眞先生にもご挨拶がしたい』って言ってましたけど、無理ですね。父は私に一切興味がないので」

「………」

「私以上に名の知れた画家ですが、昔から作品を創ることしか頭にないんですよ。そのせいでお母さんと争って、私が幼いころに別居しています」

「でも、名字は……」

「世間体のために離婚はしてないんです。母も名の知れたファッションデザイナーなので。雑誌のインタビューなんかでは父も母も互いに仲が良いってアピールしてますが……家庭は崩壊していますね。もう直しようがありません」


「その証拠に、お母さんは私が物心ついたときから絵を描かせてきました。

 ──鈴原絵眞を超える画家を作る。

 それがお母さんの目的であり、自分を裏切った父への復ふく讐しゆうなんです」


「そして復讐の道具として一番都合がよかったのが、私でした。父と母の血を継いだおかげか、絵の才能だけはあったので」

「子供のころの思い出は、絵を描いてる記憶ばかり。母も父の才能と実力は認めていたんでしょうね。私がどれだけ絵を描いても、『こんなんじゃあいつに勝てない!』とほめてくれることはありませんでした」

「だから昔は他の子たちがすごくうらやましかったですよ。小学3年生の授業参観で、教室に貼られた生徒たちの絵を見て、他の子たちはお母さんやお父さんに頭をなでてもらっていました。私の絵は金賞を取りましたが、お母さんは仕事が忙しいと言って来てくれませんでした」

「絵を家に持ち帰ったら『この程度の賞けつかで満足してるの?』と笑われて、その場で破かれてしまいましたね……」

「そんな生活をずっとしてたからこそ、街まち川かわくんが描いた漫画に影響されて、オタクになれて本当によかったと思います。おかげで大嫌いだった絵を描くことも大好きになれましたし。ただ……」

「漫画やアニメにハマったせいか、大きなコンクールで一番を取れなかったとき、お母さんにひどく怒られましたね。あのときの言葉は、忘れようとしても忘れられません」


「『なんで? 手塩にかけて育ててあげたのになんでこんなゴミみたいなものに夢中になるの? 最初は見逃してあげてたけど、もう我慢できない!』」

「『あんたは私の物! でも私の言うことを聞けずに、結果を出せない子は、もう必要ない。あーあ、結局あんたはあの男の娘だったわね……』」

「『私を裏切るんだものっ!』」


「そして、私は実家を勘当されて……あっ、ご、ごめんなさいっ!」

「せっかくの綾あや坂さか祭なのにどうかしていました! 不幸自慢でもするみたいにこんな暗い話をするなんて……っ!」

「──大丈夫。自慢だなんて思わないよ。むしろ聞かせてくれてすごくうれしい。俺のこと、必要としてくれた気がしてさ」

「えっ……?」

「きっとさ。鈴すず原はらさん、心の中では自分の過去を誰かに打ち明けたかったんだと思う。誰かに聞いて欲しかったんだと思う。すごく共感できるよ。誰かと共有シエアすると背負ってるものが軽くなるって、俺もよく知ってるからさ」

「だから、俺もいじめられてたことをキミに打ち明けたんだと思う。自分の中にある暗い何かを受け止めてくれるんじゃないかって無意識に期待してた。キミは、俺にとって一番の親友だからさ」


「わかるよ。子供のときに言葉で刺された傷って、いつまでも残るよね」


「何年も前のことなのに今でもときどき夢に見る。いじめられてたときの記憶。貶けなされて、笑われて、オモチャみたいに扱われたこと。けど──嫌な夢を見た朝はキミのことを考えるようにしてるんだ」

「朝食に何を作ったら喜んでくれるかな、昨日のアニメの話したいな、次はどんな漫画を一緒に作ろう、どんな冗談を言ったら笑ってくれるかな……ってさ」

「それだけで心が軽くなる」

「鈴原さんは俺にとって必要な存在なんだ。だから、頼む。もっと俺のこと必要としてほしい。もし俺と過去を共有シエアすることで、鈴原さんが背負ってる何かが少しでも軽くなるんなら、俺は幸せだから──」

    &

 俺の言葉をさえぎるように。

 11月の空の下、屋上のベンチに座りながら──隣にいる綺あや奈ながキスをしてきた。

 応えるように華きや奢しやな腰を抱きしめ、くちづけをかわす。

 小さくて愛らしい唇に触れる。

 2秒以上のキスをする。

(二度としないってあんなにも誓ったのに)

 辛つらい過去を思い出したせいか今にも泣きそうになってる綺奈を見たら、なんとかしてあげたくなったんだ。

 陽キャオタクとソロギャル。

 クラスの立ち位置は真逆だけど、俺と綺奈は似た者同士だ。

 幼いころに心を言葉で滅めつ多た刺しにされた傷トラウマ。

 その傷をなぐさめるように、抱き合い、互いの体に触れ合って、キスを交わす。

「……信じられません」

 かすかな水音の後で。

 頬ほおを火ほ照てらせながら、綺あや奈なはつぶやく。

「ソロギャルなんて呼ばれた私が、クラスの陽キャ男子とこんなことしちゃうなんて」

「じゃあ、やめる?」

「……もう。わかってるくせに」

 あなたのそういうところ本当に反則です、と。

 すがりつくみたいに、甘えるみたいに、細い指で俺のスーツをつかんでから、

「もっと……たくさんしてほしいです」

「うん。知ってる? キスにはストレス解消効果があるんだって」

「道理で。キスしてると……なんだか頭がふわふわするんです。すごく安心して、何でもできる気になって……あなたが一緒にいてくれれば、絵画だって描けそうな気がしてきちゃいます」

「気分が軽くなるのは脳内でエンドルフィンとかセロトニンみたいな幸せホルモンが出る影響らしいよ?」

「もう。相変わらず博識な理論派さんですね。親しい人と触れ合ってるんです。幸せいっぱいになっちゃうのは当然では?」

「感覚タイプな鈴すず原はらさんらしい意見だね」

「私がキスしたいのはそれだけじゃありませんよ。女性経験がないっていうあなたのコンプレックスを少しでも解消してあげたいんです」

「ありがとう。気づかってもらえてうれしい」

「お礼をしたいのは私の方です。あなたのおかげで、私の日常はすっかり別物になって……あっ」

「どうかした?」

「サプライズを忘れてました」

 悪戯いたずらっぽく微笑ほほえみながら、綺奈はベンチから立ち上がって、

「ちょっ」

 メイド服を脱いだ。

 あらわれたのは黒と白のコントラスト。

 体のラインがまるわかりなぴっちりとしたデザイン。

 どこまでも煽せん情じよう的で魅惑的な衣装。

 バニーガール。

 もしこの格好のまま文化祭を回ったら5秒で教師が生徒指導にすっ飛んできそうな過激さだった。

「どうでしょうか?」

 瞬く間にバニーメイドから転職した同居人は、照れくさそうにはにかむ。

「通販でお買い上げしちゃいました。『ROSSOロツソ』のバニーガール回が好きだって言ってたので、あの回でリコが着てた衣装です」

「もしかして、俺に見せるためにメイド服の下にずっと着てたの?」

「えへへ。みんなにバレないかどきどきでした」

 そりゃあそうだよ!

「いっそこの姿で教室で写真を撮ってネットに上げればお客が増えると思ったんですが、やらなくてよかったかもしれません」

 正解! この服装は確実に校則違反だ! と叫びたいのを堪こらえた。

(ああ、そうだった)

 綺あや奈なはコスプレ好きなんだった。

 彼女いわく、別の自分になれる気がするから。

 陰キャなのにギャルっぽい派手な格好をしてるのだって、俺が初めて描いた漫画のヒロインの格コ好スがしたかったからだし、前に料理を教えたときも俺へのお礼だって言ってメイド服を着てくれたしさ。

 たぶん今回も俺を喜ばせようとコスしたんだろうけど……。

「……ごめんなさい。似合ってませんでしたか?」

 違う!

 似合いすぎてるから問題なんだ!

 ソロギャルあらためバニーギャルとか反則すぎだろ!?

 立ち上がって弁解しようとしたが、言葉が出てこなかった。

 迂う闊かつに何か言ったら止まらなくなるぞと理性がブレーキをかける。

 フォロワー50万越えの神絵師が俺のためにこんな格好をしてるって現実に、いつもは働き者の舌がストライキを起こしてて──。

「!」

 ぴとっと。

 綺奈が小さな掌てのひらで俺の胸板に触れてきた。

「──わぁ」

 バニーガール姿の同居人は掌で心臓の鼓動を確かめながら、

「すごい。たくさんどきどきしてます」

 あ。

「えへへ。とってもうれしいです。こんなにどきどきしてもらえるなんて。がんばってコスしたかいがありました」

 マズい。

 これ以上は本当にマズい。

「大丈夫です。言葉にしてくれなくても、十分伝わってますよ? ありがとうございます。私のコスをほめてくれて。あなたに喜んでもらえると、死んじゃいそうなくらいうれしいです」

 今まで街まち川かわ庵いおり15歳の恋心を必死に抑えつけていた自制心が虐殺されるのがはっきりわかった。

 いけない。

 親友との関係を壊すわけにはいかなくて──。

「私としては、もっと喜んで欲しいのですが……あっ、えっと……ご、ご主人様って呼んだら、うれしいですか?」

 あられもない姿の同居人を見てたら──もう止まれなかった。

 華きや奢しやな体を抱きしめる。

 きゃっ!? というか細い悲鳴を塞ぐように、唇を重ねる。

 綺あや奈なは一瞬驚いたけど──拒まなかった。

 すがりつくように細い腕を俺の腰に回し、くちづけを返してくる。

「んっ……ご主人様……」

「名前で呼んで? その方が好きだ」

「それは……私も一緒です」

「鈴すず原はらさん……」

「今は学校ですが、二人きりですよ? お家の中みたいに呼んでほしいです」

「綺奈」

「……もっと」

「綺奈、綺奈、綺奈、綺奈」

 至近距離で呼び捨てにすると、白磁の頬ほおが薔ば薇ら色いろに染まった。

 赤い顔をほころばせながら幸せそうに、

「庵くんにそう呼んでもらえるの、大好きです」

 俺の名前を呼んでから、キス。

 庵くん、庵くん、庵くん、庵くん。

 くちづけを交わしながらも、俺を求めるみたいに何度も呼ばれて、感情が沸騰する。

 少しだけ舌を伸ばすと綺奈も応えてくれた。

 不器用に、だけど情熱的に、互いに舌をからませる。

 熱い。

 触れ合った唇も舌先も溶けそう。

 肉体も、思考も、灼しやく熱ねつに侵される。

 理性ブレーキは完璧に壊れた。

 ガラス細工みたいに壊れそうな肢体を両腕で包む。

 互いの心の傷の痛みを分かち合うように、

 足りていなかった愛情を補うように、

 相手に慈しみを伝えるように、

 背負った『何か』を二人でシェアして軽くするように、

 何度も唇を重ねる。舌を踊らせる。彼女の存在を確かめるみたいに何度も名前をささやく。

 体温を、感情を、痛みを、快楽を、共有し合う。

 互いが互いを必要としてくれているという幸福うれしさに酔いしれる。

「──あったかい」

 キスの合間に聞こえてくるのは、サバトラモードでの本音。

「ずっと、こうしたかったんだ。キミにキスしてもらったあの日から。いけないことのような気がして必死に我慢してて」

 俺だって一緒だ。

 綺あや奈なに告白することはできない。

 親友関係を壊さないために、この初恋を終わらせなきゃいけない。

 わかってるんだよ。

 今の行動はひどく矛盾してるって。

 けど、今は、今だけは、恋人みたいに……!

「──お願い。もっと、して?」

 色欲に潤んだ瞳で見つめながら、綺奈は蝶ちようネクタイがついた襟を取り外した。

「襟をしてれば見えないから……こっちにも欲しいんだ」

 羞恥に染まりきった、おねだり。

 うっすらと桜色に上気した、少女の首筋。

「今日のこと、絶対に忘れたくない。だから、たくさんしるしをつけて?」

 まるですべてを許すように。

 俺の行動を全肯定するように、差し出された女の子の体。

「ひあっ」

 求められるのが、必要とされるのが、ただうれしくて、首筋にキスをした。

「んっ、いおり、くんっ」

 くすぐったいのか、それとも気持ちいいのか、桜色の唇から甘い響きが漏れる。

 今まで聞いたことない声。

 びくびくと震える華きや奢しやな体。

 自分の行動に喜んでくれたのがたまらなくて、さらに続ける。

「あっ、んうう……」

 やめろ。

「もっと……もっと、してください」

 これ以上踏みこんだら親友じゃいられなくなるぞ?

「す、すごい……私も、庵いおりくんの体も、熱あつ……きゃっ!?」

 辛うじて息を吹き返した自制心が警告するけど、止まれなかった。

 首筋にたくさん赤いしるしをつけながら。

 俺は屋上のベンチに綺あや奈なの体を押し倒して──。

「!」

 瞬間、ポケットのスマホが鳴り響いた。

 無機質な電子音が今更ながらに現実を思い知らせてくる。

 学校の屋上。

 立ち入り禁止だが生徒か教師がやってくる確率はゼロじゃない。

 なのに、俺たちは──。

「っ」

 それは綺奈も一緒だったらしい。

 まるで舞踏会の夜に0時の鐘を耳にしたシンデレラ。

 今まで自分が何をしてたのか自覚したんだろう。

 これ以上ないくらい顔を朱色に染めた後で、消え入りそうな声を絞り出す。

「だ、誰からですかっ」

「えっと、ことりだねっ」

 未いまだに騒ぎ続ける拍動を感じつつ、一度綺奈に背を向けてからスマホを確認し、画面を操作。

「もしもし!? 今大丈夫!?」

 全然大丈夫じゃない!

 元気いっぱいな妹の声を聞きつつも、感謝する。

 ……よかった。

 ギリギリで踏みとどまれた。

 あのまましてたらたぶん最後までやってた。高校の屋上。しかも相手はバニーガールコス。信じられない。なんだそのぶっ飛んだ文化祭は! 優等生な街まち川かわ庵はいつから迷子になった!? はしゃぎすぎだぞ恋愛ビギナー!

(最初は綺あや奈なの涙を止めたくてキスしたのに……)

 さすがに、強引に押し倒したのはやりすぎだろ!?

 激しく後悔。

 あんな乱暴なことしたら、綺奈に嫌われるに決まって──。

「っ」

「? どうかした?」

「な、なんでもないよ」

 なんとかことりに返答。

 背中に感じるやわらかさ。

 綺奈が後ろから抱きついてきた。

 親友同士の以心伝心。

 俺が申し訳なく思ってるのを悟ったのか──。

「──人生で一番、幸せです。庵いおりくんのおかげで忘れられない思い出ができました」

 同居人からの幸せいっぱい全肯定に。

 胸の中の炎が再び燃え上がるのを感じながらも、なんとか親友に引火させないように、俺は妹との電話に集中することにした。