マリベルやミシェルの諸々の事件が終わったあと、俺はセレナを街へと連れ出していた。

 わざわざ街へと出てきたのは、学園では二人きりになる時間が滅多にないからだ。

 目的地へと向かう馬車のなか、俺の隣に座るセレナがニコリと笑う。

「それにしても久しぶりですね。ノクス様と一緒にお出かけなんて」

「最近は二人きりの時間も少なかったしな」

 まあ、二人きりになる時間がないのは、二人きりになろうとした瞬間どこからともなく現れて邪魔してくる、厄介な二人のせいなのだが……。

「ノクス様?」

 憎き恋敵二人――異国の王子と男装癖のあるいとこのことを考えていると、セレナが首を傾げた。

 ああ、そうだ。今はそんなことを考えている場合じゃない。セレナだけに集中せねば。

「いや、なんでもない」

 首を振って、セレナの頬に触れる。

 するとセレナは柔らかい笑みを浮かべた。

 その柔らかい笑みに、俺のことを信用してくれているのだと、心のなかが嬉しい気持ちで満たされる。

 同時に、俺は自省する。

 このどんなものよりも価値がある笑顔を、俺自身が曇らせていたということを。

 先日まで、俺とセレナは少しだけ喧嘩をしていた。

 俺がミシェルの存在に嫉妬して、彼を信じたいと言うセレナと言い合いになったのだ。

 そのことについてはすでに仲直りをしたが、俺がセレナの笑顔を曇らせてしまった、という事実は消えない。

 俺にとって一番大切なものは、セレナの笑顔だ。

 だからこそ、俺は誓う。二度とセレナの笑顔を損なうようなことはしないと。

 ともあれ、最近は二人きりの時間がなかった。

 その反動もあって、今までの分を埋めるように会いたいという気持ちが溢れていた。

「今日はどこへ連れていってくださるんですか?」

「それは着いてからのお楽しみだ」

「ふふ、じゃあ楽しみにしておきますね」

 セレナの笑顔を見ていると、自然と笑顔が浮かんできた。

「ノクス様?」

「いや、セレナはいつも可愛いな、と思って」

 俺がそう言うとセレナは顔を真っ赤に染めた。

 セレナは年頃の令嬢に比べてかなり初心で、俺がこんなことを言っただけで照れてしまう。

 普段はあんなナルシストっぷりを発揮しているのに不思議だ。

 それとも、俺に可愛いと言われるのがうれしいのだろうか?

 だとしたら本当に可愛い。

 その純真さに……たまに悪戯いたずらしたくなる時がある。

 セレナの頬に手を当てる。

「……?」

 すると何もわかっていない顔で首を傾げた。

 そして俺はその無防備な唇に短くキスをした。

「なっ……!?

 セレナが驚いたように身体を引く。

 俺はその反応にくすくすと笑う。

「い、いきなり何をするんですか……!」

「無防備すぎたから、ついな。嫌だったか?」

「別に……ノクス様なら嫌じゃないです」

「……」

 今度はこっちがダメージを受ける番だった。

 たまにセレナは意識せずこんな一言を言うものだから、俺の心臓が止まりそうになる時がある。

 それに加えてこの美貌だ。破壊力は想像を超えたものになる。

 あまりの可愛さに胸のあたりを押さえていると、セレナは不思議そうな顔で首を傾げた。

「ノクス様?」

 だが当の本人は全く意識せずに〝これ〟をやっているのだから、末恐ろしい。

 あのシュガーブルームもかくや、というほどの男たらしになってしまうかもしれない。

 いや、それはないな。セレナはあんなふうに大量の男を侍らせて悦に浸るような人種ではない。


 馬車が目的地に到着する。

「こ、ここはまさか……!?

 セレナは目を輝かせる。

「その通り。色々と片付いたし、ねぎらいの意味も込めてな」

 俺が連れてきたのは以前からセレナが来たいと言っていた会員制のカフェだった。

 連れてくると約束はしていたものの、最近はゴタゴタが多くてまだ連れてくるという約束を果たせていなかったのだ。

「でも、このお店はすごく予約を取るのが難しいんですよね? それをどうやって……」

 セレナの言う通りこのカフェは会員制だが、超人気店だ。

 少なくとも一ヶ月前から予約を入れておかねばならないほどだ。

 しかし、一ヶ月前といえばまだミシェルとの騒動の真っ只中。カフェの予約を入れられるような状況ではなかった。

「ツテがあったから、特別に予約を取らせてもらったんだ」

 本当はツテなどなかったので予約のためにかなり苦労したのだが、それはあえて言わない。

 スマートに予約したと言った方が格好いい。

「なるほど、ツテですか。……もしよろしければ私にもそのツテを……」

「だめだ」

「くっ……」

 セレナは悔しそうな顔になる。

 スイーツ好きのセレナにとっては、このカフェに好きな時に入れる、というツテは喉から手が出るほどほしいのだろう。

 残念ながらそんなツテは存在しないので教えることができない。

 まあ当分の間は問い詰められる心配はないだろう。

 今日、この店にセレナを連れてきたとはいえ、「セレナが会員になれるように計らう」というカードが残っている。

 きっと今日、スイーツを食べたら「私も会員になりたいです!」とおねだりしてくるはずだ。

 俺はそんな算段をしながらカフェのドアに手をかける。レディーファーストで先に入るよう促すとセレナは目を輝かせた。

「わあ、素敵……! ノクス様、ありがとうございます!」

 満面の笑みを浮かべるセレナを見て、俺もつい笑顔になる。

 普通の令嬢ならもっと華やかなドレスを買ったり、宝石を送った方が喜ぶのだろうが。

 どんな高価なものよりもスイーツが好きな子供っぽいところも含めて好きになったのだ。


 セレナの頼んだスイーツが運ばれてくる。

 その様子を両手を組んで、目を輝かせながら見つめるセレナ。

 六つほどスイーツを頼んだようだが、少し頼みすぎではないだろうか。

 セレナは机の上に並べられたスイーツをフォークで取り、口に運ぶ。

「んぅ~~っ!!!」

 セレナは幸せそうに頬を押さえた。

 それからしばらくスイーツを交互に口に運び、全体で半分ほど食べてから……ハッと何かに気がついた。

 俺はどうしたのかを尋ねる。

「どうした」

「……カロリーが」

 俺は呆れてため息を吐いた。

 どうやら今更頼みすぎたことに気がついたらしい。

 セレナはスイーツたちを見たあと……。

「……ノクス様、一口いかがですか?」

 フォークですくったケーキを差し出してきた。

 ぱく、と一口頬張る。

「美味い」

「っそうですよね! 特にこのラズベリーのケーキが絶品です!」

「ああ、恋人に食べさせてもらったから、さらに美味しい」

「……ほう?」

 照れるかと思ったが、セレナは目を輝かせるともう一口差し出してきた。しかもてんこ盛りの一口だ。

 俺は言わんとしていることを理解した。

「はい、どうぞ?」

「さすがにその量は俺でもカロリーが気になるんだが……」

「いえいえいえ」

 有無を言わさない無言の圧力。

 どうやらセレナは自分のカロリーのために、俺を犠牲にすることに決めたようだ。

 とはいえ、セレナがせっかくくれたケーキを拒否するという選択肢はない。

 それからしばらく差し出されるままケーキを食べていると、唐突にセレナが口元に手を当てて笑った。

「ふふっ……」

「どうした?」

「あ、いえ……幸せだな、って」

「それなら、俺も苦労して予約を取ったかいが……」

 しまった。俺は口をつぐむ。

 恐る恐るセレナの方を向くと笑みを浮かべていた。

「……やっぱり、頑張って取ってくださったんですね」

「……お見通しだったか」

「わかりますよ。だって、婚約者ですから」

「完敗だ。俺としてはもっとスマートに見せたかったんだがな」

「む、あのですねノクス様」

 頬を膨らませ、俺に指を立てるセレナ。

「女性というのは私のことを思って頑張ってくれた、時間をかけてくれたということが一番嬉しいんです。もちろん格好いいのだって好きですけれど、私のことを考えてくれたというのが、どんなことより幸せなんです」

 胸に手を当て、そう告げるセレナの蜂蜜色の瞳に吸い込まれそうになる。

 じっと見つめている俺を不思議に思ったのか、セレナが首を傾げる。

「……」

「ノクス様?」

「いや……一目惚れしただけだ」

 俺がそう言うとセレナは目を丸くして、照れた表情を浮かべた。

「もう……すでに惚れてるでしょ」

「そうだった」

「それはそうとして……もう一口、どうですか?」

 恋人のそれを断れるはずもなく……結局、そのままかなりの量のケーキを食べさせられたのだった。