
マリベルが逮捕されたことを聞いたのは、カイルの失踪から数日後のことだった。
マリベルは早急にレイヴンクロフト王国へと引き渡され、牢獄へと入れられることとなった。
どうしてシルヴァンディア王国がマリベルをあっさりと引き渡したのかは定かではない。しかし風の噂では、ミシェルが「レイヴンクロフト王国は自分を救ってくれたのに、これ以上恥を上塗りするつもりか」と国王を説得してくれたからだと言われている。
そしてマリベルを尋問したことにより、禁薬の出どころは予想通り死囁であることがわかった。
当然死囁の指名手配はさらに強化されることとなったが、マリベルを捕まえる際に死囁のメンバーを数人捕まえた程度で、死囁そのものを壊滅させるには至らなかった。
しかし死囁のメンバーはこれまでとは違い統率を失って、あっさりとアジトが発見されてしまい、全員が捕まるのも時間の問題だそうだ。
そんな自分の組織の危機にもかかわらず、肝心の頭領であるカイルに関してはあれから影も形もない。一切表に名前が上がってこず、カイルは死囁を見捨てたとも囁かれているが、真相は闇のなかだ。
現在はカイルと、死囁の残党が捜索されている。
ルナリアが禁薬で操られていたという事実は、内密にすることになった。王女が薬で操られていたというのは外聞が悪いからだ。
そうして、今回の一件は一応落着となった。
ガコン、という音と共に重そうな扉が開かれた。
目の前に続く
私は、マリベルが投獄されている牢獄を訪れていた。
その牢獄は半分地下にあるため、ジメジメとしており、積まれた石の隙間から光が差し込んでいるものの、雰囲気は暗かった。
そしてまた扉を開くと、目の前に檻が現れた。
その檻のなかに、マリベルはいた。
以前見ていた時のような豪華なドレスは、薄汚れた麻の布に変わっており、使用人によって丁寧に手入れされていた金髪は輝きを失い、傷みくすんでいた。
今や、彼女に公爵令嬢だった頃の面影はなかった。
マリベルは牢屋の前に誰かが来たことを察知して、顔を上げた。
そして私の顔を見て、歯を噛み締めた。
「セレナ・ハートフィールド……ッ!」
「久しぶりですね、マリベル様」
マリベルは私を睨みつけ、檻を掴んで怒鳴りつけてくる。
「何しに来たのよ! 私を笑いにきたわけ!?」
「最後に一目、あなたを見にきただけです」
私がそう言うと、マリベルの瞳に動揺が走った。
「なっ……」
私の言葉の意味がわかったのだろう。
そして私はマリベルに頷き返す。
「そうです。レイヴンクロフト王国での罪、禁薬の所持と、貴族のみならず王族への禁薬の使用、そして犯罪組織とのつながりによって……あなたの処刑が決まりました」
「っ……!!!」
さすがにこれだけ罪を重ねていれば、貴族と言えど処刑は免れない。
マリベルは髪をグシャグシャにかきむしった。
「なんなのよ……! どうして私ばっかりこんな! なんで私がこんな目に遭わないといけないのよ!」
自分が処刑されるという事実に耐えられないのか、目を逸らすように叫ぶ。
「あんたと私、何が違うっていうのよ!」
「……自分のことばかりを優先して、自分のためなら他人を平気で傷つけるようなあなたとは全く違います」
「っ!!」
マリベルは言葉を詰まらせる。
「あなたは、今まで数多くの令嬢たちから婚約者を奪ってきました。そのことに罪悪感はあるのですか? 私も含め、すごく傷つきました。今からでも謝るべきです」
「うるさい……!」
「そうやって奪った婚約者だって、結局はあなたは誰一人愛していない。相手のことも、相手の家だって傷つけてるんです」
「うるさい……っ!!」
「公爵令嬢で、王家の血が流れているからといって、薬を使って相手の尊厳を踏みにじっていいと、本当にそう思っていたんですか。そのことについて、反省は何もないんですか」
「うるさい黙れっ!! それの何が悪いのよ! 私は公爵令嬢なの! 私の思い通りに世界は回るべきなの! それなのに何もかも思い通りにいかない! 私だってノクスに振り向いてもらえなくて傷ついてたのに! どうして私ばかりが悪者にされるのよ!」
ああ、無理だな。
これは絶対に更生なんてできない。
それどころか、再び牢屋から出したら今度こそもっと酷いことが起こるだろう。
その予感が私にはあった。
「それが、あなたの答えならわかりました」
私は、マリベルを置いていく決心をした。
「それでは、さようなら」
私は踵を返す。
するとマリベルは慌てて檻に飛びついて、私に命乞いをしてきた。
「まっ、待ちなさいよ! と、取引をしましょう! そうだ、私がカイルとのコネを作ってあげるわ! そうすればムカつく人間も殺し放題だし、望むものなら奴隷だって、なんだって手に入るのよ!」
当然、私がマリベルの言葉に耳を貸すこともなく。
命乞いの言葉は、扉が閉められると同時に聞こえなくなった。
***
「セレナ、ちょっと疲れた顔をしているな」
「はい、最近いろんなことがありすぎて……」
「まぁ、たしかにここ最近は事件が起きすぎてたから仕方ないわね」
ノクスが私の顔色を心配し、私は顔色が悪い原因をため息とともに告げる。するとリリスは紅茶を飲みながら私の言葉を肯定した。
私たちは生徒会室のテーブルでお茶をしていた。
あんな大事件があったにもかかわらず、私たちは学園へと登校していた。
マリベルとの一件が終わったあとでも、学園生活は続いていく。今回のマリベルの一件はシルヴァンディア王国と同様、国内では公表しないことにした。
シルヴァンディア王国以外の他国に知られれば、弱みだと思って付け入られる可能性があるからだ。
しかし大変だったことは愚痴ったりしたかったので、こうして防音性が完璧で、誰にも聞かれる心配なく愚痴ることができる、生徒会室に集まることにしたのだ。
「そういえば、ミシェル王子は完全にシルヴァンディア王国へと帰るんですかね……」
ミシェルはカイルから解毒薬を手に入れたあと、すぐにルナリアに飲ませるためにシルヴァンディア王国へと戻っていった。
その後どうなったかの連絡は、いまだ来ていない。恐らくマリベルのことで、色々とやるべきことがあるのだろう。ノクスの話では、禁薬で洗脳されていた貴族たちを助けて回っているらしい。
「そうかもしれないわね。ミシェル王子は自分の意思で留学してきたわけではないもの」
リリスの言う通り、ミシェルはマリベルに強制的にレイヴンクロフト王国へと留学するように言われて、うちの学園へとやってきた。だからミシェルがこれ以上うちの学園に留学し続ける理由はない。
「ちょっと寂しいですね……」
「そうとも限らないんじゃないか。シルヴァンディア王国に戻る時は、かなりの強行軍だったからな。今は疲れを癒やしているだけで、いずれまた戻ってくるかもしれないぞ」
「たしかに、馬車なしで戻っていきましたしね……」
驚くべきことに、ミシェルは自ら馬にまたがり、馬車なしでシルヴァンディア王国へ戻っていったのだ。
一応護衛はつけていたものの、馬にまたがった状態で三日はかかる道のりを行くなんて、王族なのにすごい根性だと思う。それだけミシェルが、ルナリアを大切にしているということかもしれない。
「まあ、このまま戻ってこなければ、俺には都合がいいが……」
「え? それは一体どういうこと……」
ノクスの意味深な言葉に私が首を傾げたところで。
「おや、私の話をしているのですか?」
「えっ」
ここにいるはずのない、懐かしい声が聞こえてきた。
私は慌てて声が聞こえてきた生徒会室の扉の方を振り向く。
そしてそこにいた人物を見て、私は目を見開いた。
「まさか……」
「あらー……」
私だけでなく、リリスやノクスも驚いた顔でそちらを見ている。
そこにいたのは――ミシェルだった。
「ミ、ミシェル様……っ!?」
思いがけない人物の登場に、私は目を見開く。
「ど、どうしてここに……」
「やるべきことを終わらせて、飛んで帰ってきました」
「飛んで帰ってきたって……シルヴァンディア王国からレイヴンクロフト王国まで三日はかかるんですよ!?」
ミシェルが私たちの元を去って、まだ十日ほどしか経っていない。
しかも、行って帰ってきたのだから移動に六日は費やしているはず。
「それに帰ってきたと言っても、大丈夫なんですか? その……私たちの関係的に」
私は少し小声でミシェルに質問する。
私たちのレイヴンクロフト王国と、シルヴァンディア王国は今微妙な関係にある。なぜならレイヴンクロフト王国の元公爵令嬢が、あちらの貴族や王族に迷惑をかけていたわけだし、マリベルに脅されていたとはいえ、ミシェルはノクスの婚約者である私に突然公開プロポーズまでした。だから、ミシェルが留学するのは大丈夫かと思ったのだ。
「両国の国王から引き続き留学をする許可は取ってきました。それに、今まで留学していたんですから今更ですよ」
「む、たしかにそれもそうですね……」
「せっかく留学しましたし、このまま学んで持ち帰れるものを持てるだけ持って帰ろうかと思いまして。以前から留学したいと思っていたのは本心でしたし。それに……」
「それに……?」
「今、国に帰ると権力争いに巻き込まれそうでしたから……少し避難することにしました」
「ああ、なるほど……」
多分、一番の目的はそれかもしれない。
ミシェルは元々王位継承権を持っているものの、王位を継ぐために内政を蔑ろにすることには反対していた。争いに巻き込まれそうになったから、レイヴンクロフト王国で火の粉をかわすことにしたのだろう。
「では、ルナリア様は……?」
そう、ミシェルの妹であるルナリアも、王族だから権力争いに巻き込まれる可能性があるのではないだろうか。
「そちらはご心配なく。すでに手は打ってあるので」
ミシェルはそれだけ言うと、多くを語ろうとはしなかった。いくら留学生として戻ってきたとはいえ、自国の内情をこれ以上漏らすことはできないのかもしれない。
少し心配は残るけれど、きっと大丈夫だろうと私は納得する。
するとミシェルは私たちの方へと近づいてきて、私の目の前に手をつき、顔を覗き込んできた。
「あ、あの……?」
至近距離まで近づかれた私は、どうしてこんなに近くにくるのかと首を傾げる。
「あとは……早く戻らないと、知らぬ間に話が進んでいそうでしたから」
囁くようにそう言ったミシェルが、すっとこちらへ手を差し出して、私の髪を手に取った。
ミシェルの人差し指が、私の頬に触れる。
青い瞳に覗き込まれた私は、硬直してしまった。なぜならその瞳は、いつもミシェルが浮かべているような優しげな瞳ではなく、獲物を視界に収めたライオンのような瞳だったからだ。
「ミ、ミシェル様……っ!?」
私は仰け反った。
そこで横から助けが入った。
「そこまでだ」
ノクスがミシェルの手を掴んでいた。
「おやおや、どうしたんですかノクス?」
「どうもこうも、俺の婚約者に手を出そうとしている奴がいたんだが?」
「マリベルの監視下にあった時は、この騒動に巻き込まれている彼女をそういう目では見ることができませんでした。しかし彼女の優しさに私は自然と惹かれていた。ルナリアの問題が解決した以上……もう遠慮するつもりはありません」
「……そういうことでいいんだな」
「ええ、これからは正々堂々勝負です」
「ああ、いいだろう。言っておくが、渡さないぞ」
「少し出遅れたのは事実ですが、私も負けるつもりはありません」
「ふっ」
「はは」
通じるところがあったのか、ノクスとミシェルは笑いあった。
一方、私は二人が何を話しているのか全くわからず、疑問符を浮かべているだけだった。
リリスは「男って馬鹿……」と額に手を当てて呆れたようにため息を吐いていた。
「さて、セレナ嬢。これからお茶でも……」
「残念ながら、今から俺と二人きりになる約束がある」
「え? そんなの……」
「さ、行くぞ」
私がそんな約束があったかな、と思う前にノクスが私の手を握って、連れていく。
「ノ、ノクス様……!?」
強引に連れ出されたことに困惑しつつも、その背中についていった。
私が連れてこられたのは、図書館だった。
ノクスはいつもよりもひと気のない図書館の、さらに人がいないところまで連れてくると……私を本棚へと優しく押し付けた。
「きゃっ」
顎を指で持ち上げられたと思った瞬間……ノクスが唇を重ねてきた。
いつもと違って強引だったけれど、不思議と嫌な感じはしなかった。
「あの、唐突すぎませんか?」
「最近は、ずっと忙しかったからな。……嫌だったか?」
「嫌じゃないですけど……」
私が頬を赤く染め、視線を逸らしながらそう答えると、ノクスは柔らかい笑みを浮かべた。
「セレナ、愛している」
「私も、大好きです」
私たちはもう一度キスをする。
こうして、ミシェルも戻ってきて、私たちは新たな学園生活を送ることとなった。