
「暗殺者を捕らえろ!」
「はいはい、降参でーす。痛くしないでくれよ?」
その言葉と共に私を暗殺しようとしていたカイル・ブラックは、衛兵によって取り押さえられた。
両手を上げて降参したカイルはあっさりと衛兵たちに拘束された。さすがにこの人数に取り囲まれては、逃げることはできないと思ったのかもしれない。
さっき、衛兵たちと一緒に寝室へと突入してくれたらしいリリスとミシェルは、少し離れたところでノクスと私、そしてカイルの様子を見守っていた。
すると、すっとミシェルがカイルの前へと歩み出た。
「年貢の納め時ですね」
自分を厳しい目で見下ろすミシェルを見て、カイルが笑みを浮かべる。
「俺を裏切ったのか、王子サマ」
「ええ、その通りです」
「へぇ、じゃああんたの妹が……ってて」
カイルが苦痛に顔を歪め、面倒くさそうに後ろの衛兵を振り返った。
「まったく……できるだけ痛くしないでくれって言ったんだけど?」
「黙れ、悪党が」
衛兵の一人がカイルの
捕まったというのに、カイルはそんなに焦っているようには見えなかった。それどころか笑みまで浮かべている始末だ。
そこにノクスが歩み出た。
「言え、カイル。誰に雇われた」
「はいはい、言いますよ。俺も命は惜しいんでね」
ノクスに雇い主を話すように言われたカイルは、肩をすくめて話し始めた。
「あんたらもわかっていると思うが、俺の雇い主はマリベル・シュガーブルームだ。今回はそこの王子様のプロポーズのお手伝いに加えて、あんたらの暗殺、もしくは誘拐をしろって依頼だったのさ」
カイルはくい、とミシェルへと顎を向ける。
ミシェルは苦い表情になった。
「大変だったんだぜ? お坊ちゃまのサポートをしながら、変なことをしないように見張って、なおかつ学園ではお坊ちゃまの執事としての仕事をこなす。それどころか、あんたらの暗殺か誘拐までしなくちゃいけないんだ。少しは労ってくれてもいいと思うんだけど?」
「残念ながら暗殺は失敗です」
「たしかにそうみたいだな。まさか、こんな手で罠にはめてくるとは思いもよらなかったよ」
カイルは獰猛な笑みを浮かべて私を見つめてくる。
その笑顔に背筋がゾッとしたが、それをどうにか抑え込んで私はカイルへと選択肢をつきつけた。
「これから、あなたには二つ選択肢があります」
「へぇ、選択肢?」
「一つ、このまま投獄され、処刑される」
「それは怖いね」
カイルは処刑という言葉にも飄々とした笑みを返すだけだった。
「二つ目、減刑する代わりに、私たちに禁薬の解毒薬を渡すことです」
「へぇ……解毒薬?」
カイルが少し驚いたように目を見開いた。
それは、私が囮になる作戦を提案し、ノクスが条件付きで受け入れたあとへと遡る。
作戦会議をしたのと同じ部屋で、私はミシェルにあることを尋ねた。
「さて、作戦の概要自体は決まったが……」
「あとはどうやってルナリア様を助けるか、ですね」
「え?」
ミシェルが驚いたような声を上げた。
「どうしたのですか、ミシェル様」
「いや、ルナリアを助ける、ですか……?」
ミシェルはひどく驚いたような顔で固まっている。
「はい、そうですけど……何か?」
私はミシェルの言葉の意味がよくわからなくて首を傾げる。
なぜ今更そんな当たり前のことを尋ねるのだろうか。
するとミシェルは俯いて、ポツリと呟いた。
「…………本当に、あなたたちには頭が上がりませんね」
「えっと……何か言いましたか、ミシェル様?」
「いえ、改めて感謝を、セレナ嬢」
そう言ったミシェルは胸に手を当てて、深く私へとお辞儀をしたのだった。
改めて私たちはどうやってルナリアを助けるかを話し合う。
「現在、ルナリアは禁薬を定期的に摂取させられ操り人形になるのと同時に、マリベルの息がかかっている者によって見張られています」
「どうやってルナリア様を救うのか、それと禁薬を抜くのか、という点が問題ね」
「どれもこれも難題だね……」
そう、ルナリアを救うのは難題だった。
見張りをしている人物は恐らく死囁のメンバー。それも指折りの実力者が数人で見張っているらしい。
「ルナリアを見張っている死囁のメンバーは、私の方でどうにかできると思います」
「そうなんですか?」
「王家には代々陰から仕える精鋭ばかりの組織があります。彼らを使えばルナリアを保護するのは容易いことでしょう」
「そ、そんなものが……」
「王家を守るために、大抵の王家には同じような組織が存在していますよ。ただ、ルナリアの場合、マリベルやその手先の者がルナリアと四六時中一緒にいて、少しでもこちらが手を出す素ぶりを見せたら、あの子に何をするかわからなかった……こちらへ留学に来る前に、せめて信頼の置ける組織の人間に隙を見てルナリアを助け出すように指示を出したかったのですが、マリベルに留学を急かされたせいで、それも叶いませんでした」
「まさかレイヴンクロフト王家にも、そんな組織が……?」
「もちろん、うちにもある」
私が尋ねるとノクスは肯定した。
「そ、そうだったんですね……」
「ただ、ルナリアを保護したとしても別の問題があります」
「別の問題、ですか?」
「禁薬の副作用です」
「副作用?」
「今のルナリアは、恐らくかなり禁薬を使用されています。その状態ですと、いきなり禁薬の摂取を止めた場合、副作用が出てしまうのです。これも組織を使って即座にマリベルを捕えることができなかった理由のひとつです。彼女が怒って、ルナリアに突然薬を与えるのをやめる場合を恐れたのです」
そこでリリスが質問した。
「副作用とは一体どんなものなの?」
「操り人形にされていた反動で精神が不安定になったりするくらいなら、まだ問題は少ないのですが……副作用が大きくなると最悪……精神に異常をきたす場合があります」
「そんな……」
私は恐ろしい副作用に息を呑んだ。
「ですから、保護するのと同時に副作用の問題も解決しないといけないのですが……」
「……それなら」
私はとあることを思いついた。
「解毒薬が、あるんじゃないでしょうか」
「解毒薬?」
「マリベル様が禁薬を手に入れたのは、カイル・ブラックからですよね」
ノクスは私の質問に頷く。
「ああ、死囁が手に入れた禁薬をマリベルが買い取ったのだろう」
「でしたら、死囁は解毒薬も所持しているのではないでしょうか」
「解毒薬……たしかに十分ありえるな」
リリスもノクスと一緒に頷いた。
「そうね。私も十中八九持っていると思う。毒を扱う人間は、大抵その解毒薬を持っているものだし」
「それを手に入れて、ルナリア様に飲ませることができれば、救うことができるのではないでしょうか」
私はミシェルに向かってそう提案した。
「今すぐに解毒薬を渡してください。そうすれば処刑だけはされないように手を回します」
目の前のカイルに向かって私はそう告げた。
「もし渡さなかったら?」
挑戦的な口調でカイルが問いかけてくる。
「処刑は免れないものと思ってください」
「ははっ、怖いね!」
からかうようにカイルが笑う。
「長いこと暗殺してきたけど、暗殺を阻止されたのはあんたが初めてだ……俺、あんたに興味が湧いてきたよ」
カイルはその肉食獣のような瞳を細めて、興味深そうに私の目を覗き込んでくる。
心臓をナイフで刺されたような感覚に、私は後ずさる。
しかしすぐに私の目の前にノクスが割り込み、カイルの視線から遮ってくれた。
「あー、ざんねん。怖い婚約者が邪魔しにきちゃったかぁ」
「解毒薬を渡すのか、渡さないのかどっちだ。言っておくが、お前を捕らえたあとに無理やり手に入れることもできるんだぞ」
「へー……」
カイルが目を細める。
「でも、それもこれも――俺を捕まえることができたらって話だろ?」
「何を……」
カイルの言葉にノクスが怪訝そうに眉をひそめた瞬間。
ダラン、とカイルが両腕を垂らした。手枷を嵌められ、背後に回されているはずの両腕を、だ。
あまりにも動きが自然すぎて、私やノクスはおろか、捕らえていた衛兵ですら反応が遅れてしまった。
「よっと」
カイルは背後の衛兵へと回し蹴りを放つ。
「なっ、いつの間に……がっっ!?」
カイルの足は衛兵の顎を捉えた。
周囲の衛兵たちが武器を構える。しかしその前にカイルはポケットへと手を突っ込み、とあるものを取り出した。
「俺が大人しく捕まると思ったか? それは間違いってやつだぜ」
そしてカイルは床へとポケットから取り出したものを叩きつける。
部屋のなかに煙が立ち込めた。
視界が真っ白に染まり、一メートル先ですら全く見えなくなる。
「こ、これは……」
「ごほっ! ごほっ!」
「煙幕だ!」
「煙に紛れて襲ってくるぞ! 全員気をつけろ!」
すぐにノクスが周囲に警戒を促す。
「セレナ、どこにいるセレナ!」
「けほっ、ここですノクス様……!」
私は名前を呼ばれた方へと歩いていこうとした。
しかし……。
ぐい、と誰かに腕を引かれた。
「ノクスさ……」
「今回はあんたに免じて言うことを聞いといてやるよ。特別に、依頼主にも秘密にしておいてやる。そっちの方が面白そうだからな」
「っ!!」
耳元で囁かれたのは、ノクスとは違う声。
カイルのものだった。
そして窓から煙が出ていき、部屋のなかから煙が晴れたあと。
「げほっ、げほっ……」
「セレナ、大丈夫か……!」
ノクスが私の元へと駆けつけた。
「怪我はしてないか」
「は、はい……私は無事です」
私は咳をしながらもノクスに大丈夫だと告げる。
「全員無事か!」
一人の衛兵の言葉と共に、私たちは周囲を見渡す。先ほどの煙幕で、誰も負傷させられていないかということの確認だった。
リリスとミシェルも、煙にむせながらも、無事であると頷き返す。
しかしどこにも負傷者はいなかった。
「誰も負傷していません!」
「カイルは、カイルはどこだ!」
私たちはすぐさまカイルを探す。
だけど想像通りと言うべきか、カイルの姿はどこにも見当たらなかった。
「窓から逃げられたか……!」
「まだ近くにいるはずだ! すぐに探し出せ!」
「はっ!!」
衛兵の隊長と思わしき男性が窓に駆け寄って舌打ちすると、部下に向かって指示を出す。衛兵たちはカイルを捕まえるために私の部屋から出ていった。
部屋の窓は開けっ放しで、カーテンが風で揺れていた。恐らくあそこからカイルは逃げたのだろう。
「くそっ、すぐにカイルを見つけないと……」
「ノクス様……あれを……」
私はとある方向を指差す。
そこにはティーテーブルがあり、その上には一つの瓶が置かれていた。
「これはまさか……」
「はい、恐らく解毒薬です。さっき……」
私は煙幕が立ち込めていた時に起こったことをノクスたちに説明する。
「なるほど、そんなことがあったのか……」
「はい、ですから恐らく解毒薬だとは思うのですが……」
今まで様子を見守っていたリリスとミシェルが、私たちに近づく。
小瓶を覗き込む皆の表情が、訝しげになった。
「たしかにそうでしょうけど、暗殺者の残した液体は……」
「そうだよね……」
リリスの言葉に私は頷く。カイルの残したこの瓶の中身の液体が、解毒薬である確証はない。
解毒薬と思わせて毒である可能性は十分ある。
「失礼、ノクス。それをいただけますか?」
「ああ」
ノクスがミシェルに言われた通り、その瓶を手渡す。
受け取ったミシェルはフタを開けるとそれを――口に含み、飲み込んだ。
「なっ……!?」
全員ミシェルの行動に驚愕する。
「……ああ、これは解毒薬ですね」
「なぜわかる」
「少量とはいえ、私は禁薬を定期的に使われていましたから、いまだに私の体には禁薬の影響が残っているのです。ですから、解毒薬かどうかを判断するには最適なのですよ」
「だからといって得体のしれない薬を飲むやつがあるか!」
「思考にかかっていた
毒かもしれない液体を飲み干したばかりなのに、ミシェルは至って冷静にそう答える。
「こ、怖いとか思わないんですか……?」
「危険な薬なら、これまでにたくさん使われてきたので今更ですよ。ルナリアの口へ入る液体が毒かどうか調べるくらい、お安い御用です」
「え、えぇ……」
私はちょっと引いていた。視線を動かせば私だけじゃなくてノクスとリリスも引いているのがわかった。
ミシェルがかなり妹を大切にしているシスコ……妹想いなのはわかった。
「ともかく、これで解毒薬であることはわかりました。今すぐにルナリアの元に行かないと……」
「すぐに馬を用意しよう」
ノクスはすぐに馬を用意させた。
そうして一段落ついたあと……いきなりノクスが私を抱きしめてきた。
「ノ、ノクス様……!?」
「さすがに今回はゾッとしたぞ……」
ノクスの言う通り、煙幕が立ち込めていた時、私はいつカイルに殺されてもおかしくない状況だった。
今こうしてノクスと話すことができるのは、ひとえに幸運だったからだ。
「はい……ノクス様」
ひとまず危険が去って安堵したからか、急に涙がこみ上げてきた私は、ぎゅっと強くノクスを抱きしめた。
一滴の涙が頬を伝う。
ノクスの指がそれを拭った。
「セレナ、すまなかった。セレナの言葉を信じずに、不安にさせてしまった……」
ノクスの謝罪に、私は首を横に振る。
「謝るのは私の方です。ノクス様が私を案じてくれているのはわかっていたのに、
「こんな俺を、許してくれるか?」
「もちろんです。ノクス様も、私を許してくださいますでしょうか」
「当たり前だ」
そう言ってノクスは私の頬に手を当てた。
見つめ合った私とノクスは……キスをした。
顔を離したあと、額に手を当ててやれやれと首を振っているリリスと、笑っているミシェルと、部屋に残っていた衛兵から、生暖かい視線を送られることとなったのだった。