
ハートフィールド家の屋敷。
私は自分の部屋のベッドの上で、寝たフリをしていた。
明かりはすべて消して部屋のなかを真っ暗にし、静かに寝ていた。
こうしている理由は、少し前に
「わざと隙を見せて、死囁の頭領であるカイルを自分の元におびき寄せる……?」
「そこに衛兵を置いて逆にカイルを捕まえるですって?」
「そうです、ミシェル様。リリス」
先日の昼休みに生徒会室で、私は二人に頷いた。
私が提案した作戦とは、至ってシンプル。カイルが私のことを暗殺しようとしているのはわかっているけど、いつ暗殺してくるのかはわからない。
だからこそ、隙を見せることでカイルが暗殺するタイミングを作り出す、それなら奇襲されることはない。
そして、暗殺の奇襲というアドバンテージを逆手に取って、罠にはめる。
これが私が提案した作戦だった。
「それはだめだ。さすがに危険すぎる」
ノクスは真っ先に反対した。
「私も同意見ね。さすがにそれはだめよ。リスクが高すぎるわ」
続くリリスも私の意見に反対した。
ノクスもリリスも、私が予想していた通りの反応だった。
「でも、これしか方法はありません。有名な暗殺者であるカイルを捕まえるのは難しいのでしょう?」
私はミシェルへと尋ねる。
「それは……その通りです。カイルは
そう、暗殺者であるカイルはさすがは暗殺者の頭領と言うべきか、捕まえることは困難なのだ。
それどころか学園のなかにいるというのに、正確な居場所を掴むのは難しいらしい。
居場所が確かなのは授業を受けている時だけ。しかし授業中にカイルを捕まえてしまえば、すぐにその噂は広まってしまうだろう。マリベルが潜らせている手下がカイルだけとは限らない。
私たちがカイルの正体に気がついてしまったことを、マリベルが知ってしまえばそこでミシェルの妹であるルナリアの身の安全は保証できなくなる。
カイルを捕まえるチャンスは一度きりだけ。私の命を狙うため、周囲に隠れて行動する時だけだ。そこで確実に捕まえなければ、ルナリアの身が危険にさらされてしまう。
「だがしかし……」
ノクスもリリスも、それは理解している。だけど二人の言う通り、たしかにこの作戦はリスクが高すぎるのだ。
しかし、その危険を冒さなければ、恐らくカイルを捕まえることは不可能だろう。
「ノクス様、私を信じてください」
「……」
ノクスは少し沈黙したあと、
「……わかった。ただし条件がある」
そう言ってノクスは条件を出した。
一つ、その作戦は二日後にすること。
二つ、作戦はノクスが練ること。
三つ、私を守るために、ノクスも近くの部屋で待機すること。
この三つだった。
一つ目は作戦に対して私の安全を確保するために、準備する時間が必要だから。
二つ目は私の作戦では少し危険すぎるため、できるだけ危険を減らした作戦を練るつもりらしい。
そして三つ目は何かあった時、ノクスが自分の手で私を守りたいからだそうだ。
「はい、わかりました」
私はその条件を受け入れた。
「ミシェルもそれで構わないか」
「はい。セレナ嬢の危険を極力減らせるならそれに越したことはありませんから」
そして私は現在、ベッドの上に寝ていた。
できるだけ無防備に、何の警戒もしていないように振る舞いながらベッドにいた。
しかし……。
(あれ……なんだか眠くなってきたような……)
ベッドの上で静かにしていると最近色々とあって眠れていなかったのが
この寝たフリは作戦なのだからなんとか眠気を振り払おうとするも、どんどん眠気は強くなっていき、次第に思考も鈍り始めてきた。
(これはまず……)
そして、どうしても眠気に抗えなかった私はそのまま……眠ってしまったのだった。
***
その夜は、月が綺麗な夜だった。
キィ、と窓が開かれた。風でカーテンが揺れる。
真っ暗な部屋のなか、月光が差し込む窓から、重力を感じさせない身のこなしで入ってきたのは……黒目黒髪の青年――カイル・ブラックだった。
いつもは平凡を装って、目立たない風貌の彼は、今日に至ってはまるで肉食獣のような
ベッドの上に寝ているのはセレナ・ハートフィールド。
カイルにとっての今回の標的だった。
「……」
ゆっくりと、足音と気配を殺してカイルはセレナの元へと向かっていく。暗殺者として磨かれた歩法の技術は、完璧にカイルの気配を殺しており、眠っているセレナは全く気がつかなかった。
そしてセレナの近くへと歩み寄ったカイルが素早く右手を振ると、手のなかに小さな短剣が現れた。袖のなかに隠していた暗器だった。
カイルは注意深くベッドの上にいるセレナを観察する。
すぅすぅと寝息を立てているセレナを見て、カイルは確信した。
確実に寝ている。今がチャンスだ、と。
セレナやノクスは知らなかった情報だが、カイルには暗殺者の技術として、相手が本当に寝ているかどうかを確認する技術があった。よって、もしこの時セレナが本当は寝ておらず、ただ寝たフリをしているだけだった場合、カイルは罠を看破し、即座に逃亡していた。
それに加えて、カイルの方にも「罠にはめようとしている人物なら本当に寝ているはずがない」という先入観があった。
この奇跡の噛み合いによって、セレナの作戦は成功することになる。
夜空に浮かぶ月を雲が隠し、部屋のなかが暗くなった。
「あんたに恨みはないが……まぁ、運がなかったな」
カイルは言葉とは裏腹に口元に笑みを浮かべ……その短剣を振り上げた。
その刃がセレナへと振り下ろされる――その瞬間。
セレナとカイルの間に割って入る影があった。
金属と金属がぶつかる音とともに、カイルの短剣が弾かれた。カイルとセレナの間に入ってきた人物が、その手に持つ剣で受け止め、弾いたのだ。
部屋が暗いせいで顔は見えないが、カイルの短剣を受け止めた黒髪の男は、すぐにカイルへと向かって剣を突き出した。
恐ろしいほどに速く、鋭いその一撃にカイルは
「っ!」
カイルの判断は早かった。
剣を短剣で受け止めることはできない。だから短剣で突き出される切っ先を逸らし、そして同時に自分も大きく体をのけぞらせ、その突きを防いだ。
切っ先がカイルの黒髪を掠め、数本の髪が宙に舞った。
カイルが突きを防いだのを見て、黒髪の男はさらに踏み込む。
数度カイルと黒髪の男は切り結ぶ。
カイルは顔を苦しげに歪めた。
「くっ……!」
(なんだこの男は……! セレナ・ハートフィールドにこんな凄腕の護衛が付いてるなんて、聞いてないぞ……!)
そして短剣と剣で
鍔迫り合いになった時、カイルは初めて目の前の男の顔を観察することができた。
窓から月光が差し込み、正体不明の男の正体が顕になる。
「!」
カイルは驚愕した。
なぜなら今まで斬り合っていた相手は――ノクスだったからだ。
「……意外だな、あんた、剣術もできるのか」
「王族の嗜みとしてな」
「どう見ても嗜み程度じゃなかったんだが?」
「セレナを守るために、鍛えてきた」
ノクスは剣に力を込めて振り抜く。
さすがに短剣一本で剣を受け止めることはできず、カイルは後退した。
「っとと……」
カイルは逆手に短剣を持ち変えると、左手をポケットのなかに突っ込み、口の端を吊り上げた。
その時、セレナの部屋の扉が勢いよく開かれた。
「!」
ガチャガチャと音を鳴らしながら入ってきたのは、鎧を着た衛兵たちだった。衛兵たちはみるみるうちに部屋のなかを埋め尽くし、カイルを取り囲んだ。
同時に近くの部屋に待機していたミシェルとリリスも部屋に入ってくる。
「終わりだ、カイル・ブラック」
ノクスがカイルへと剣の切っ先を向けて宣言した。
「お前は完全に包囲されている。大人しく捕まるんだ」
カイルは自分を取り囲む衛兵を見渡したあと、肩をすくめた。
「そうかよ、そういうことかよ。罠だったんだな、全部」
「その通りだ」
ノクスはカイルの言葉を肯定する。
「にしても、まさか俺が罠にはめられるとはなぁ。そいつは寝てたから確実に罠じゃないと思ったんだが」
カイルはノクスの背後にいる、ベッドで寝息を立てているセレナを顎で指した。
「……これも作戦の内だ」
本当はセレナが寝ることは作戦の内ではなかったが、ノクスは作戦のうちに含めることにした。
「にしても、どうして王族であるあんたがそいつを庇ったんだ? いくら公爵令嬢とはいえ、王族の方が身分は上だろ?」
「愚問だな。婚約者であるセレナを守るのは俺の役目だ」
「……なるほどねぇ」
ノクスの返答にカイルは目を細めた。
その時。
「ん……?」
セレナが薄く目を開けた。
ノクスが戦う音や、鎧を着た衛兵が部屋に入ってきたことで、さすがに目を覚ましたのだった。
全員の視線がそちらへと向いた。
セレナは完全に寝起きのテンションで目をこすりながらベッドから身を起こし……。
「…………あっ」
そして、衛兵に取り囲まれているカイルを見てすべてを思い出した。
セレナは今の状況と、カイルを罠にはめるために寝たフリをするつもりが、本当に寝てしまったことを理解すると……。
「さっ、作戦通り……っ!」
誤魔化すようにそう告げたのだった。