私、マリベル・シュガーブルームは計画が順調に進んでいることに満足しながら、紅茶を飲んでいた。

「おかわりをちょうだい」

「かしこまりました」

 私が空になったティーカップを、持ち手の部分に指をかけてプラプラすると、すぐにそばに控えていた使用人が紅茶を注いだ。

 一時期はどうなることかと思ったが、現在では元々住んでいた公爵家の屋敷での生活とほぼ変わらない生活を送っている。

 それもこれも、すべて私にシルヴァンディア王国の王家の血が流れているからだ。


 レイヴンクロフト王国でのノクスとの一件のあと、私はとある組織を利用し、レイヴンクロフト王国から脱出した。

 その名も『死囁』。多数の国を股にかけて暗躍している暗殺組織だ。

 死囁はシュガーブルーム家が昔から贔屓ひいきにしてきた組織で、公爵という地位に上り詰めるために邪魔な人間を消すことや、大きな声では言えないことをさせてきた組織だ。

 死囁を使ってレイヴンクロフト王国から脱出した私は、悔しさに唇を噛み締めた。

 私にはレイヴンクロフト王族の血が混じっているのに、その国から逃げ出さなければならないというのは屈辱でしかなかった。

 何より憎かったのは、あの取るに足らないと思っていたセレナ・ハートフィールドが、私が今までいた公爵令嬢という地位も、ノクスの婚約者という立場でさえも、すべて奪っていったことだ。一時期は、屈辱と怒りでどうにかなるかと思った。

 セレナとノクス、そしてレイヴンクロフト王国にだけは絶対に復讐しなければならない。特にセレナ、あの女だけは何があろうと私が味わった苦しみを味わわせてやる。

 だから、私はセレナとノクス、そしてレイヴンクロフト王国に復讐することにした。

 シルヴァンディア王国に赴くと、王族との血縁、そして公爵家という地位にいることで手に入れたレイヴンクロフト王国の内情という手札を使い、私は伯爵家の地位を手に入れた。

 シルヴァンディアの国王は物分かりがよかった。レイヴンクロフト王国の内情という情報と引き換えに、私に貴族の地位を用意した。

 だけど、その地位もばんじやくじゃない。いくら私に王族の血が流れているとはいえ、不要になったり邪魔になれば切り捨てられる可能性は十分にある。

 だから私はその地位を固める必要があった。

 社交界には積極的に出て、いつものように味方を作った。

 禁薬を使用した。

 お茶会に貴族を招いては、お茶に禁薬を混ぜて飲ませて私の駒にした。

 目論見は驚くほど簡単に成功した。私は社交界においてどんな命令にも従う駒を大量に獲得した。

 でもその途中でトラブルがあった。この国の第一王女で、十五歳の小娘――ルナリアに私の計画がバレそうになったのだ。だけどそんな問題はすぐに解決した。私は彼女にも禁薬を飲ませることに成功したのだから。

 かいらいとなった王族は操りやすかった。ルナリアという使いやすい駒を得た私はさらに計画を加速させた。

 一国の王女である彼女が、私と親友のように振る舞ったことから、私は国内で信用を得やすくなった。駒をさらに増やすために、ルナリア自身が社交界で他の貴族に禁薬を盛ったりした。

 社交界でレイヴンクロフト王国への悪感情をどんどん広めていった。その途中でセレナとノクスの悪評を流すのも忘れなかった。

 ルナリアはとにかく使い勝手のいい駒だった。もし国内でやることがなくなったら、レイヴンクロフト王国へと留学させて、セレナたちを攻撃させるのもいいかな、と思っていた。

 私の目的は、シルヴァンディア王国の国内でレイヴンクロフト王国への悪感情を高め、世論を誘導し、戦争させることだった。

 戦争が起これば私も巻き込まれるかもしれないが、その時はまた死囁を使って別の国に逃げ出せばいいだけのことだ。

 だがその途中で、また計画に気づかれてしまった。ルナリアの兄であるミシェルが異変に気がついたのだ。私は気取られた瞬間にミシェルへと取引を持ちかけた。

 いいことを思いついたのだ。

 ルナリアを留学させる計画を、ミシェルに交代するのだ。

 その方が、セレナとノクスの仲をもっと引っ掻き回せるだろう。

 それに、ルナリアを留学させたら私は彼女に禁薬を投与し続けなければならないが、一度禁薬の件がバレたあの国でそれをするのは難しい。

 だけどミシェルを使えば、私は安全な場所でルナリアに薬を与えつつ、ミシェルを思い通りに動かすことができる。

 そうして私は計画を実行することにした。

 大切な人を人質にとられた人間は、本当によく言うことを聞く。

 人質を守ろうと、私よりも身分の高い男が必死に動き回る姿を見るのが楽しみで仕方がなかった。

 私はミシェルに、セレナと仲を深めてプロポーズし、ノクスとの仲を引き裂きに行くよう命令した。

 しかしミシェルは「まだ準備ができていないうえに相手から返事も返ってきていない」とか「返事がないうちに行ってはシルヴァンディア王国の評判に差し障る」だとか言って、なかなか出発しない。私に対して何かする気なのは明白だったので、そんな暇を与えるつもりはなかった。シルヴァンディア王国の評判が悪くなったとしても私には関係ない。

 だが、ミシェルのこのささやかな抵抗は、私にさらなる知恵を授けてくれた。留学先でミシェルが何かを企む可能性に思い至ったのだ。だから私は彼に監視役として一番信用している人間をつけることにした。あちらに行って何か企まれても困るので、私が一番信用している組織である死囁のリーダー、カイル・ブラックに執事のふりをさせて、ミシェルの動向を監視させることにした。カイルは死囁の頭領だ。さすがにこの監視の目を逃れることはできない。

 さらにミシェルには禁薬を使って、本心を隠せないようにした。さすがにリスクが高いが、数日に一度、そしてほんの数滴なら問題はないだろう。

 結果的に、ミシェルは留学先にカイルだけを連れて行くことになった。

 王族なのにろくに準備もできず、みすぼらしく少ない荷物だけを持って留学するのは、さぞかしプライドが傷ついただろうが、私にとってはただただ愉快だった。


(ああ、今頃どうなっているのかしら)

 私はレイヴンクロフト王国の学園へと思いを馳せる。先日、ミシェルの元にいるカイルの報告で、ついにミシェルがセレナにプロポーズをしたことを知った。それも傑作なことに、パーティーで大勢の貴族が見ているなか、ミシェルはプロポーズをしたらしい。

 傍目からわかるほどセレナもノクスも動揺していたようだ。それを聞いた時、少しだけ気が晴れたような気がした。

「ああ、憎らしいセレナ……あなたはこれから無惨に殺されるのね……」

 私は紅茶を飲みながら、計画の最終段階に思いを馳せた。

 せっかく監視役としてカイルをつけたのだ。彼の特技を活かさないともったいない。

 プロポーズが終わった今、セレナに待ち受けるのは私が描いた最高の復讐――無惨な死のみだ。