
「戦争が、起こる可能性があった……?」
私たちはミシェルの尋常とは思えない言葉に、驚きをあらわにした。
「どういうことだ。どうしてセレナにプロポーズをしないことが、戦争へと直結する」
ノクスはミシェルへと問いかけた。
そうだ。国王との話し合いで、私が婚約を断れば最悪戦争になる可能性がある、というのはわかった。しかしプロポーズをしないことが戦争に繋がる、というのは理解できなかった。
一瞬ミシェルが話を煙に巻こうとしているのかと思ったが、ミシェルの表情を見るに、嘘をついているようには見えない。
……いや、でも一度そう信じた結果、私は裏切られているのだ。
今だって演技をしている可能性がある。まだ警戒を解いてはいけない。
「言え、ミシェル。どうしてセレナにプロポーズしたんだ。戦争に直結するとはどういうことだ」
「……ここまで来れば、何を話しても同じか」
ミシェルはゆっくりとノクスの襟首から手を離すと、自暴自棄に笑って話し始めた。
「……ここは、防音が完璧なんですよね?」
「なにを……」
「誰にもこの話を聞かれない保証がないなら、私は話せません」
ミシェルは強固な意志を持ってそう告げる。
その目を見たノクスは冷静になり、頷いた。
「……ああ、大丈夫だ。この生徒会室は誰にも聞かれる心配はない。たとえどんな凄腕のスパイでもな。それは保証する」
「わかりました。それでは話します」
そう言ってミシェルは話し始めた。
「セレナ嬢、あなたにプロポーズしたのは――私がマリベル・シュガーブルームにそう命令されたからです」
「なっ……!?」
「マリベルですって……!?」
私だけでなく、ノクスやリリスも驚愕していた。
まさかマリベルの名前が出るとは思っていなかったのだから。
「マリベルだと……?」
「ええ、そうです」
「意味がわからない。王族であるお前がどうしてマリベルの命令を聞く必要がある」
「その通りです。いくら彼女がシルヴァンディアの王族の血縁とはいえ、現王族である私が彼女の言葉に従う道理はない。立場も私の方が圧倒的に上です。ですが……もし、脅されて従っているのだとしたら? 大切な人間を人質に取られれば、その限りではないでしょう?」
「人質? それは一体誰なんだ」
「私の妹です」
「……にわかには信じられないな。お前の口から出たその言葉が、真実だとする証拠はどこにある」
「この言葉が真実でないなら、多大なるリスクを背負ってわざわざセレナ嬢にプロポーズする必要があるのでしょうか」
「そうかな。単にシルヴァンディア王国の意向かもしれない。王族であるお前にも、より高位の王族なら命令できるんだから」
たしかにノクスの言う通り、いくらミシェルが王族と言ってもミシェルよりも立場が上の人間はいる。
誰にも命令されないような人間など、それこそ国王しか存在しない。
「そうだったとしても、私がプロポーズしてから行き着く未来は両国の関係悪化か、最悪の場合戦争です。ですがレイヴンクロフト王国とシルヴァンディア王国の間には倍以上の国力差がある。誰の目から見ても、明らかに負けるような戦争を仕掛けるような王族はいないでしょう」
「……」
ノクスは沈黙する。たしかに、ミシェルの言い分には一理あった。
いくら怪しいとはいえ、シルヴァンディア王国が倍以上国力がある相手に戦争を仕掛けるために動いている、と仮定するのは無理がある。
考えれば考えるほど、ミシェルが私にプロポーズをして、私たちの関係をかき乱すメリットがないのだ。
「彼女は私に対して、私にプロポーズさせるのはセレナ嬢とノクスの関係を破局させ、セレナ嬢の周囲をかき乱したかったからだと語りました」
するとミシェルは、今度は私に目を向けた。
「セレナ嬢には、以前話したことがあったでしょう。マリベル・シュガーブルームはイザベラ・ローゼンベルグと名を変えて、伯爵令嬢としてシルヴァンディアの社交界で、仲間を集めていると」
「それは本当なのか、セレナ」
「はい……たしかにそう言っていました」
マリベルは王族の血縁という立場を最大限に利用し、今急速に貴族の令嬢や令息を味方につけて回っている、とミシェルは言っていた。
「あれはほぼすべて真実です。ですがただ一つだけ、嘘をつきました。マリベルはその仲間集めに際して禁薬を使っている可能性がある、と言いましたが……マリベルが禁薬を使っているのは、確実なのです」
「禁薬だと……?」
ノクスが目を見開いた。
マリベルが禁薬を用いていたのは、この王国のなかでもごくわずかな人間しか知らない事実。当然ミシェルには知りようもない。つまり、ミシェルが禁薬の情報を知っているのは、実際にマリベルが禁薬を用いていたことに他ならない、とノクスはすぐ理解したようだ。
「マリベルは禁薬を用いて令嬢や令息を操り、現在社交界で急速に頭角を現しています。マリベルは人を操ることのできる禁薬を用いて人心を掌握し、社交界で立場を築きました。そしてそのなかには……私の妹もいたのです」
「ミシェル様の妹も……!?」
「マリベルは私の妹――ルナリア・シルヴァンディアを例の禁薬で操り人形にして、私に個人的な取引を持ちかけてきました。それは――あなたたち、セレナ嬢とノクスの仲をかき乱すなら、私の妹の命を助ける、という取引でした」
ミシェルは当時のことを思い出したのか、苦々しい表情でそう言った。
留学してきた当初から、やけにミシェルが私との仲を深めようとしていたのは、そういう理由があったのか。
先ほど盗み聞きした時にミシェル本人が言っていた「人質を取られた人間はよく働く」という言葉。あれは恐らく自分に宛てたものだったのだ。どこか皮肉気だったのもこれで納得がいく。
私のなかで点と点が繋がっていく。
「彼女は私に、もし断ったり、誰かにルナリアが操られていることをバラせば、悪い噂の絶えない老いた公爵に嫁がせるか、もしくはシルヴァンディア王国との関係が悪い国……例えばレイヴンクロフト王国にルナリアを連れ込み、国際問題に発展するような振る舞いをさせる、最悪の場合はそこで死なせて戦争の火種にすると言いました」
「……たしかにレイヴンクロフト王国のなかでシルヴァンディアの王族が殺されたとなれば、行き着く先は戦争しかないな」
「悪い噂の絶えない公爵に嫁がせる、というのも彼女がされていることです。自分がされたことを相手にし返す、というのは彼女のしそうなことですね」
ミシェルの言葉には説得力があった。気軽に戦争を起こそうなんて普通の人間なら考えないが、それを遊び感覚で実行に移すのがマリベル・シュガーブルームという人間だ。
「妹が殺される、という最悪の展開を示唆された私は……従うしかありませんでした」
そうして、マリベルとの取引を飲んだあと、急いでレイヴンクロフト王国にやってきたのだ、とミシェルは語った。
「手紙の返事を待たずに留学してきたのはそういうことだったんですね……」
「そういうことです。すぐに出発しろ、と命令されましたから」
ミシェルがレイヴンクロフト王国にやってきた時、荷物も少なく、使用人ですら一人しか連れてこなかった。
しかしそれは連れてこなかったのではなく、準備する時間すらなかったのだろう。
「どうして俺たちにそのことを話さなかったんだ。事情を知っていればいくらでも……」
「……ミシェル様は、私たちにどうするかを選んでほしかったんじゃないですか?」
私がそう切り出すと、リリスとノクス、そしてミシェルは驚いたような顔になった。
「……どうして、そう思うんですか?」
「その……これはただの予想ですが、尾行されてたとわかった時のミシェル様が、あまり驚いていないような気がして……。もしかして、私がミシェル様の秘密を探り当てるように仕向けたのかなー……と」
我ながらかなり突飛なことを言っているな、と少し恥ずかしくなる。
しかし、ミシェルは柔らかく微笑んだ。
「あなたは、天然のように思えて、人のことをよく見てらっしゃるのですね」
「ということは……」
「セレナ嬢のおっしゃる通り、尾行には気がついていました。その上で、セレナ嬢が私の秘密を探り当てるように誘導したのです」
「!!」
「そうだったのか……!!」
リリスとノクスは驚愕する。
「私はとある人物に四六時中言動を見張られていました。真実を話したくても誰にも話せず、プロポーズするしかなかったのです。今もこの完全に聞き耳を立てることができない生徒会室に、私とあなたたち三人しかいない……その状況だからこそ、あなたたちに真実を話しているのです」
「いくらマリベルが馬鹿とは言っても、王子が誰にも秘密を話さないように見張り役くらいは立てるでしょうね」
リリスもその点には同意した。
「私は本当に馬鹿だ……。彼女がそんな約束を守るつもりはないとわかっていても、従うしかなかった。無力な私では、妹を、ルナリアを救うにはこれしかなかったのです……」
ミシェルは声を震わせ……悔しそうに固く拳を握りしめた。
「ノクス様」
そのミシェルを見て……私は自分の考えをノクスとリリスに告げた。
「……私は、ミシェル様と、ルナリア様を助けたいと思います」
「正気かセレナ! ミシェルは今までお前を騙していたんだぞ!!」
ノクスは当然の反応を、そしてリリスは、
「……私は別に構わないと思う」
私の言葉に肯定を返した。
「リリス……!」
「だってあなたも知っての通り、セレナはこういうのを見捨てることができない人間でしょう」
「……」
ノクスが険しい顔で押し黙る。
「申し訳ありません、ノクス様。でも、この件にマリベル様が関わっているなら、それは私たちも無関係ではないと思うのです。それに、マリベル様を他国へと逃がしてしまった責任は、私たちにもあるでしょう?」
「…………はぁ。仕方がない」
ノクスはしばらく逡巡したあと、諦めたように息を吐いた。
そして微笑を浮かべてノクスは肩をすくめる。
「たしかに、セレナはそういう性格だったな」
「ノクス様……っ!」
ミシェルは何か信じられないものを見るような目で、私たちを見つめていた。
「助けていただけるのはありがたいですが……どうして私を……? 私は今まであなたたちを騙していたんですよ? そんな相手を信じるなんて……」
「ミシェル様は、アシュモアさんに『私の大切な人を人質にするのはどうか』と提案された時に、それを断りましたよね」
新たな情報に「そんなことが……」とノクスとリリスが驚いていた。
「それはそうですが……あなたが聞いてると知っている上での演技で……」
「本当にそうですか? 私はあの時のミシェル様の声に、本物の葛藤を感じました。あれが演技だったとはどうしても思えません。ミシェル様は、友人である私やノクス様を救おうとしたのではないですか?」
「それは……」
私が問いかけるとミシェルは目を逸らした。
やっぱり、私の考えている通りだ。
「今の話を聞いた限りでは、ミシェル様にはマリベル様と同じく、私に誰にも口外しないように脅すこともできたはずです。もしくは、禁薬を手に入れて私を操ることだって……」
王族なら人を思うがままに操ることができる禁薬を使い、最終的に両国間の問題にならないように調整することだってできるだろう。
「それをするという選択肢をミシェル様は取りませんでした。だから私はあなたを信じようと思ったのです」
「……たしかに、その通りです」
ミシェルは私の言葉を肯定した。
「妹を、ルナリアを操り人形にしたあの薬を使うことだけは、マリベル・シュガーブルームと同じような卑怯な人間になるのだけは耐えられなかったのです」
ミシェルは自分のてのひらを見つめる。
「ですが、追い詰められれば使っていたかもしれない」
しかしすぐに真剣な表情に戻って、私を見つめる。
「それに実際にあの場で語ったことは嘘ではありません。あの時は本心しか話すことができませんでしたから。私の心情は別として、一度禁薬を用いたことで警戒されているこの国でもう一度使用するのは難しい、そう思ったからこそ禁薬を用いることはしなかったのです」
「でも、使わなかった。そうですよね?」
「それはそうですが……」
「そうであれば、十分信じるに値すると思いますが、どうでしょう?」
「……あなたはとんでもないお人好しですね」
するとミシェルは諦めたようにため息をついた。
「ノクス様もリリスもそれで大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
「セレナが信じるなら私も信じましょう」
私の確認に賛同した。
「ですが、あなた方が私を助けるメリットが……」
「気にするな。今、ここでシルヴァンディア王国の王子を助けておけば、これから懇意にできるし、それに一つ〝貸し〟ができる。将来的に見れば十分、助けるメリットがある」
「右に同じく」
ノクスとリリスはなんてことはないように肩をすくめる。その仕草と表情がどこか似ていて、さすがはいとこだな、とこんな状況にもかかわらず、私は少しクスリと笑ってしまった。
「……ありがとうございます」
ミシェルは俯いてお礼を言った。
そして……。
「……セレナ嬢、今まで申し訳ありませんでした」
いきなり私へと頭を下げてきた。
「ミ、ミシェル様!?」
「私はあなたを騙し、傷つけました。本当に申し訳ございません」
「そんな、ミシェル様は脅されていたのですから、謝っていただかなくても……」
「いいえ、事情はあれど、私があなた方を騙していたのは事実です。けじめはつけなければなりません。それに王族として、私の言葉を信じていた相手に、今までの無礼を謝罪しないなんて許されません」
ミシェルは真剣な表情で首を振る。
恐らく、ここはミシェルにとって譲れないところなのだ。
ミシェルの
「わかりました……許します」
「ありがとうございます。セレナ嬢」
私が謝罪を受け入れると頭を下げ、今度はノクスへと謝罪した。
「ノクスも、今まで申し訳ございませんでした」
「もう気にしていないから、お前も気にするな」
「感謝します」
そして改めて謝罪が終わったところで、ノクスがミシェルへと質問を投げかけた。
「それでミシェル。二つお前の言葉のなかで気になった点があるんだが、まずその監視者とは誰だ? これからは基本、俺たちはミシェルの事情を知らない体で動かなければならない。だが監視者がわからなければ動きようがないからな」
そうだった。ミシェルを監視している、マリベルの手先。それが誰なのかわからなければこれから
私もそれが誰なのか薄々気がついているけれど、確認の意味を込めて改めて名前を聞かなければならなかった。
「私の監視者は――私の執事を演じているオリバー・アシュモア。またの名をカイル・ブラック。暗殺組織『
「やっぱり……」
私たちはやはりそうだったのか、という雰囲気になった。
ミシェルの留学に付いてきた使用人は一人。そしてミシェルにはマリベルの監視者が付いている、となれば怪しい人間は自然と一人に絞られる。
オリバーが、彼がマリベルの手先だったのだ。
「それにしても死囁か。厄介だな……」
ノクスはその言葉に食いついた。
「ノクス様、死囁について何かご存知なのですか?」
私はその暗殺組織とやらについて何も知らなかったので、何か知っているのかとノクスに質問してみる。
ノクスの代わりに答えたのはリリスだった。
「死囁はここらへんの国をまたいで活動している有名な暗殺組織よ。金額によっては誰からの依頼でも受け付けるし、暗殺組織と言いながらも様々な事情で市場に流通していない物を取り寄せたり、人身売買にも関わっているわ」
「そんな、人身売買なんて……」
恐ろしい言葉に私は息を呑む。
私はリリスの言葉に少し気になる点を見つけた。
「あれ、じゃあマリベル様が禁薬を手に入れることができたのは……」
「恐らく、死囁が取り寄せたものでしょうね」
「どうして禁薬が持ち込まれたのか謎だったが、これでやっとわかったな」
ずっと謎だったマリベルの禁薬の入手経路がやっと判明したが、私たちの顔は晴れなかった。
「従者すらろくに連れてこず、執事が一人だけだったのはそういうわけか」
「はい、私を見張るためにはこちらの方が都合がいいそうです」
「ですが、まさかアシュモアさんが暗殺組織の頭領だとは思いもしませんでした……」
「目立たないというのが暗殺者にとっては重要なのでしょうね」
こう言ってはなんだが、オリバーは強そうには見えない。中肉中背で、至って普通の平凡な雰囲気の人間だ。とても暗殺組織の頭領には見えない。
そして、そんな危険人物と今まで一緒に学園生活を送っていたのだと考えると、それだけで背筋がゾッとした。
「さっき言ってた『あの場では本心しか話すことができなかった』、というのはどういう意味だ」
「先ほどセレナ嬢に見られていた時、私は紅茶を飲んだでしょう」
「あ、はい。そうですね」
どうして紅茶の話になったんだろう、と思いながら私は頷く。
「たしかあの時は……ミシェル様がアシュモアさんに紅茶を淹れるように催促して、その独特な香りがする紅茶を……まさか」
自分で話していて気がついた。
あの場ではミシェルの豹変に意識が持っていかれて気がつかなかったが、独特な香りが何を意味するのか、私は知っている。
「そうです。あの紅茶のなかには禁薬が含まれていたのです」
「っ!!」
「なんですって!!」
これにはさすがに驚きを隠せなかったらしく、ノクスとリリスは声を荒らげた。
「といっても、ごく少量ですから完全に操られるわけではなく、本心を隠せなくなってしまうだけですが……」
「つまり、自白剤というわけか……」
「禁薬にはそういう使い方があったんですね……」
「本来はそのように使われていたそうですよ。大量に使うと人を操ることができるとわかったために、禁忌にされたそうですが」
まるで他人事のようにミシェルはそう言った。
知らなかった。今までミシェルがその身を禁薬に侵されながら学園生活を送っていたなんて。
「どうして一国の王子であるあなたに禁薬なんかが使われていたの?」
少し逸れてしまった話をリリスが本題へと軌道修正する。
「禁薬入りの紅茶は私がルナリアを解放しようと何か企んでいないか、誰にも事情を話していないかどうかを確認するために飲まされています」
「じゃあ、次に禁薬を使われたら……」
「そうですね。私は今日のことを自白するでしょう」
私はサーッと顔が青く染まった。
ミシェルが私たちに事情を話してしまったことを話すということは、つまりミシェルの妹であるルナリアが酷い目に遭うということなのだから。
「禁薬を用いての確認は毎日行われるわけではありません。この国で禁薬を使うのはリスクがありますから。いつものパターンから考えても恐らくはあと数日は確認は行われないはずです」
「つまり、リミットはあと数日というわけか」
「あと数日……」
私は呆然と呟いた。
タイムリミットまで短すぎる。この数日間で打てる手となると、あまりにも限られているのだ。
ノクスとリリスも同じ考えなのか、四人の間に沈黙が降りた。
「それよりも、一つ忠告が」
その沈黙を打ち破ったのはミシェルだった。
「協力していただける見返りとして情報提供をさせていただきます」
「情報提供、ですか?」
「はい。私の予想では恐らく……オリバー・アシュモアもといカイル・ブラックは――国王か王妃を暗殺するつもりです」
「なっ、暗殺……!?」
「っ!?」
「それは本当か!?」
私とリリスは驚愕し、ノクスはミシェルへと詰め寄る。
ミシェルはこくりと頷いて説明し始めた。
「あくまで予想で、弱い根拠しかありませんが……彼は国王か王妃を狙っています」
「……」
ノクスは険しい顔で考えこむ。
「暗殺者を送り込んでくるくらいだ。暗殺者の仕事が他にもあると考えるのはおかしくはないな……」
「あの女はねちっこいから、そういうことも考えてそうね」
「……」
その一方で私は顎に手を当てて、考え事をしていた。頭のなかで引っかかることがあったのだ。
なんだろう、すごく重要なことを忘れているような……。
「ミシェル、どうして父上が暗殺されると思ったのか、根拠を教えてくれ」
「まず、カイルは私の監視の任務があるはずが、よく私の前から姿を消していました。最初は泳がされているのではないか、と思ったのですが、あれは違う。何か目的を持って、別の行動をしている。そして、マリベル・シュガーブルーム自身が『自分に苦汁を
「あっ……」
その時、ミシェルの言葉で私の記憶が想起された。
そうだ、思い出した。
「そういえば……」
「どうしたんだセレナ」
「私、先日のパーティーの帰りに、アシュモアさん……カイルが、王宮の周りを歩いているのを見ました」
「それは本当なのか!?」
「はい……私が王宮から出る時に、王宮の柵を確認するように見ながら歩いていました。あれはカイルで間違いないと思います」
あの時はその直前に衝撃的なことがあったから疑問に思わなかったけど、今考えてみれば動きが不自然すぎる。
令嬢にひっきりなしに質問されていたミシェルを救うはずが、王宮の外を歩いていたりと、思い返せばいくらでもオリバーの正体に気がつくヒントはあったのだ。
「そういえば、パーティー会場に向かう途中にも会ったな。あれは王宮のなかを探っていたのか……」
ノクスは「どうして気がつかなかったんだ」と悔しがる。
「私も彼が王宮の周囲を確認しているのを見ました」
そこにミシェルの証言も投下される。
「これで、カイルが国王様か王妃様を狙っているのは確実ね」
「そうだな。ミシェル、暗殺はいつ頃行われるのかわかるか?」
「カイルの動きを見るに、ほぼすべての準備は終わっているはずです。計画を起こすならあと数日かと」
「あと数日……いや、何にせよ、あらかじめ計画を知ることができたのは大きなメリットだ。今なら警備を固めてカイルを捕らえられる」
「そうね。至急知らせに行くべきだわ」
ノクスとリリスが国王に暗殺の件を知らせに行こうとしている傍らで、私は少し違和感を覚えていた。
リリスの言う通り、マリベルは嫉妬深く、やられたらやり返す執念深い性格だ。
そんなマリベルが、一番恨んでいるであろう私やノクスを差し置いて、国王と王妃を暗殺しようとするのだろうか。
もちろん、国王によってマリベルの爵位は降格され、年老いた貴族と結婚させられそうになったりする原因となったのだから、十分に国王を恨む理由にはなるだろう。
それに、カイルが王宮のことを嗅ぎ回っているという証拠もある。二人の言う通り、ほぼ確実にマリベルは国王か王妃を暗殺しようとしている。
だというのに、私は拭いきれない違和感を覚えていた。
どうしてもいつものマリベルとは違うような気がして。
「もしかして……国王様と王妃様の件は囮?」
ありえる。いや、確実にそうだ。私にはわかる。
ミシェルを私たちの元へと送り込んできた理由は、私とノクスの関係をかき乱したいから。なのに、暗殺するのは国王と王妃? やってることと目的がずれている。
それに、王宮の外を歩いているカイルは王宮を調べていると言うよりも、どこからか「戻ってきた」ような素ぶりだった気がする。
となるとマリベルの目的は国王と王妃ではなく……。
「目的は……私?」
その時、私の頭にとても飛躍した考えが浮かんだ。マリベルの真の目的は、私を暗殺することなのではないか、と。
「ノクス様……!」
私はノクスを呼び止める。
「どうしたセレナ」
「恐らくですが、マリベル様の目的は国王様と王妃様ではなく、私だと思います」
「セレナを……? どうしてそう思ったんだ」
「先ほど、ミシェル様はマリベル様が『私とノクス様を破局させて、私たちの周囲をかき乱したかった』と言っていたとおっしゃっていました。そうですよね?」
「はい、彼女は『あのセレナとノクスには絶対に仕返ししてやるわ、そのためにあなたにプロポーズさせて、破局させるの』と語っていました」
ミシェルがマリベルの口調を再現する。
「それなら、やっぱり国王様と王妃様の暗殺は、マリベル様の『私とノクス様の関係をかき乱す』という目的からずれていると思います」
「たしかにそうね……」
「それに、私にはわかるんです。マリベル様の目的はもっと単純な、私やノクス様に対する復讐でしかないんじゃないか、って……。それに私はマリベル様に一番恨まれているでしょうし、狙うなら恐らく私の方を狙うんじゃないか、って……」
最後の方が自信なさげで尻すぼみになってしまったのは、なんだか自分で言ってて、ちょっと自意識過剰みたいで恥ずかしくなってきたからだ。
「ですから、マリベル様の本当の目的は私で、私を誘拐か暗殺することで国際問題に発展させようとしているのではないか、と思います」
「……たしかに、マリベルならありえる。奴が一番恨んでいるのはセレナだ」
「そうね……暗殺と言われて焦ったけど、言われてみればその通りだわ。あの女の性格上、絶対にセレナに仕返しするもの」
ノクスとリリスは私の言葉に賛同した。
「セレナ嬢にも同じように護衛を配置するべきでは?」
「いや、それは難しい。王族ならともかくセレナの周囲に警備を増やせば、俺たちがカイルの存在に気づいたことが気取られてしまう」
「そうなると、妹さんに危険が及ぶ可能性が高くなるわね」
「たしかにその通りですね……」
三人が沈黙する。
私は三人に向かって一つ、提案をした。
「一つ提案なのですが、私たちで暗殺者を罠にはめるのはどうでしょうか」
私は三人に向かってそう提案した。