私、リリスは憎き相手を呼び出していた……いや、王宮へと押しかけてきていた。

「なんなんだ、せっかくの休日に呼び出して……」

 せっかくの休日に自分の部屋へと押しかけられた王子様は、ムスッとした顔で正面に座っている。不機嫌みたいな顔に見えるが、実はこれがこの男のデフォルトの表情だ。

 たった一人の相手にだけありえないくらい緩むだけで、いとこと言えど「黒氷」と呼ばれているその仏頂面は崩せない。

 一応身だしなみも完璧だ。たまに屋敷に遊びに行ったら九時くらいまですやすやと寝てる時があるセレナとは大違いだ。

 まあ、その寝顔も天使みたいに可愛いのだけど。

「いとこなのに用がなければ来てはいけないの、ノクス様?」

「お前が何の用事もなく俺のところに来るわけがないだろ……」

 私の言葉にノクスはゲンナリした表情で呟いた。

「よくわかっているようね」

 一応客人ということで目の前に出された紅茶を私は一口飲んだ。

 王宮に仕えている王国最高の給仕の腕と、王室御用達の茶葉を惜しげなく使い淹れられた紅茶は今日も美味しい。

 この紅茶を飲むためだけでも押しかける意味はある。あ、そうだ。これから毎日押しかけようかな……いや、セレナに教えてあげよう。多分喜んで押しかけるはずだ。

 私はどちらかと言えばコーヒーより紅茶の方が好きだ。コーヒーは飲めないわけではないのだけど、どうしてもミルクが必要でそれが子供っぽく見えるから、人前で飲むのは嫌なのだ。だから涼しい顔でブラックを飲むノクスを見ると、段々腹が立ってくる。

「用件はわかってるんでしょう?」

「……」

 私がそう言うと、ノクスは気まずそうに視線をそらした。

 心当たりがあるのだろう。

 私は腕を組んで目を細める。

「で、申し開きを聞きましょうか」

「……自分が、客観的に見て少し冷たい態度を取っているのはわかっている」

「わかっているならなおさらよ」

 私はテーブルから身を乗り出し、ノクスを睨みつける。

「私のセレナをあんな顔にさせて……張り倒すわよ」

「お前が言うと本当に聞こえるからやめてくれ……」

「あら、冗談で言ってるわけないでしょ。私は本気よ」

「目が怖いんだが……」

 おっと、いけない。

 表情にまで気持ちがにじみ出てきていたようだ。

 私は何事もなかったかのような表情でノクスから離れると、話を戻す。

「どうしてあの子に冷たい態度を取るのよ。セレナが悲しんでいるのは知っているでしょう」

「わざとじゃないんだ……ただ、嫌われてしまったんじゃないかと思ってな……」

「……はぁ?」

 思わず、そんな声が出てしまった。

「ミシェルとのことで少しキツイ口調で言ってしまったからな……」

「それで、ぎこちなくなってたの?」

「情けないが……その通りだ」

「はぁ……」

 私は額に手を当ててため息を吐く。

 この話、つい先日にも聞いたような気がするんだけど……。

 もしかしてこの二人、似た者同士なのだろうか。

「セレナはあなたを嫌ったりしないでしょう」

「だが、最近セレナの様子がぎこちないだろ。俺がミシェルのことで色々と言ったから、嫌気が差したんじゃないのか」

「あのね……セレナがあなたを……」

 私はそこまで言って口を閉じた。

 これは私が言うことではないかもしれない。

 だから代わりに、セレナを取り巻く問題についてどうするつもりなのかを聞くことにした。

「いつまでもそうやって悩んでいる暇はないわよ。――あの王子様、どうするつもり?」

 私の質問の意図を察して、ノクスは目を細める。

「俺の見立てでは、ミシェルは何か隠し事をしている。確実に」

「同意見ね」

 私とノクスの意見は一致しているみたいだ。

 ミシェル・シルヴァンディア。

 外見はいかにも優しそうな美少年で、まるでおとぎ話や恋物語に出てくるような王子様にそっくりだ。

 目の前の王子様と違って性格が捻くれているわけでもなく、性格はとても素直で、誰に対しても分け隔てなく接する人格者。

 その上、最近では自分が生徒会の仕事に遅れることがわかった上で人助けまでしたらしい。

 非の打ちどころがない完璧さだ。

 だからこそ、怪しい。

 私やノクスは貴族社会のなかでもさらに煮詰めたような場所で生きてきたから、表向きがきれいな人間ほど、内側に何かを隠していることをよく知っている。

 そしてそれを知っているからこそ、セレナのようなまっすぐで優しい人間を好きになるのだ。

「ミシェルには何か裏がある。だからこそセレナにはあいつに気をつけろと言っているんだが……上手く伝わらなくてな」

「どうやら、あのミシェル王子は相当上手くやっているみたいね」

 セレナだって貴族として揉まれて生きてきているから、私たちと同じくあんな優しい人間には裏があることを知っている。

 それでも優しい人間だと信じてしまうということは、ミシェルはかなり手練れだということだろう。

「彼は着々とセレナと距離を近づけているわ。お世話役、という役割を通して外堀まで埋まり始めている」

 二人の間柄が親しいものだとして学園の生徒の間では定着してきている。

 ノクスとセレナが婚約していることは周知の事実だが、それでもだ。

 十代の彼ら彼女らは、面白いと感じた方に流される。

「気をつけなさい。あまりに隙を見せると、取られるかもしれないわよ」

「……わかっている」

 これも言いたいことがわかっているのか、ノクスは頷いた。

 さっきの憂いを帯びた表情とは一転して、力強く。

 人のいいセレナは、ミシェルの「たまたま選んだのがセレナだった」という言葉を信じているようだけれど、普通、婚約者がいる令嬢を学園で一緒にいる役に選ぶわけがない。

 確たる証拠があるわけではないが、ミシェルは何らかの理由でセレナを狙っている。

 今まで公爵令嬢として生きてきたことで磨かれた直感が囁いている。

 ノクスに一途なセレナのことだから、ミシェルに言い寄られたところで気持ちが傾くようなことはないと思うが、それでも万が一ということもある。

「わかっているなら何も言うことはないわ。さっさと仲直りしなさい」

「……わかってる」

 苦い顔で頷くノクスに、仕方がないから一つアドバイスをあげることにした。

 本当は私からセレナを奪ったノクスに、こんな助言はしたくないのだけど。私の敵だし。

 でも、私には少し負い目がある。

 ミシェルが学園にやってきたばかりの頃、ノクスが彼に嫉妬しているということを、私はあえてセレナに伝えなかった。

 あの時、しっかりとノクスの本心をセレナに伝えていたら、二人の関係がこんなに拗れることはなかったかもしれない。

 これ以上、セレナが悲しむ顔は見たくない。

「いとこのよしみで一つアドバイスをあげましょう。女はね、男の弱いところも好きなのよ。その胸の内、正直にさらけ出してみたら?」

 そして美味しい紅茶を飲み干して、立ち上がると質問する。

「あなたは、セレナを愛してる?」

「もちろんだ」

 ノクスは断言した。

 その目には一切の曇りはない。

「まあ、その言葉が聞ければいいわ」

 これだけ断言できるなら、きっとセレナが悲しむような結末にはならないはずだ。

 今度こそ私は王宮をあとにした。