
それから、ミシェルとの学園生活が始まった。
異国からの王子であり、ノクスに匹敵するほど見目もいいミシェルは、すぐに学園の人気者となった。
そのあまりの人気ぶりからはじめは訝しげな視線を向けていた男子生徒も、ミシェルを次第に見直すようになっていた。
王族にもかかわらず、
風の噂で聞いた話だが、令嬢たちの間では、すでにミシェルのファンクラブのようなものができつつあるようだ。
そしてミシェルのことを除いて一番大きな変化となったのは……私とミシェルが生徒会役員になったことだ。
これは慣例として、留学してきた他国の王族には生徒会に入ってもらう、ということになっているからだ。
生徒会には王族や高位の貴族、そしてレイヴンクロフト王国のなかでも優秀な生徒が揃っているので、親睦を深めてもらおう、という狙いがある。
留学生はこの国の王族や高位の貴族と親睦を深めることができ、私たちは他国の王族と親睦を深めることができる、という算段だ。
「というわけで、ミシェル第三王子、そしてセレナが生徒会役員に加入することになった」
ノクスが私とミシェルを紹介する。
私は去年、少しだけだが生徒会の仕事を手伝ったことがあったので、生徒会のメンバーとは顔見知りだった。
ノクスは生徒会長、リリスは生徒会副会長だ。
ちなみに、私が担当するのは会計の仕事だ。ノクスに理由を尋ねると「お金の勘定が得意そうだから」だった。失礼だなと思ったので笑顔で肩を強めに叩いておいた。
「セレナ・ハートフィールドです。会計を務めさせていただきます。これからよろしくお願いします」
拍手が鳴る。リリスはなぜか特に大きい拍手を鳴らしていた。
つつがなく自己紹介を終えると、今度はミシェルが自己紹介をした。
「改めまして自己紹介を。私はミシェル・シルヴァンディアと申します。書記として精一杯生徒会の仕事を全うさせていただきます」
ミシェルが丁寧に腰を折り曲げ、自己紹介する。
ミシェルが一礼すると、生徒会室のなかからパチパチと大きな拍手が鳴る。
ちなみに、ミシェルの背後には執事であるオリバーもいる。
黒髪黒目に、寡黙な雰囲気の男子生徒だ。
彼は生徒会には入らなかったが、ミシェルの生徒会での仕事を手伝いたいらしく、雑用を手伝ってくれることになった。
「どうぞ」
すると、オリバーが紅茶を私へと差し出した。
どうやら生徒会全員に紅茶を淹れてくれているようだ。
「ありがとうございます」
「いえ、大したことではありませんので」
私がお礼を言うと、オリバーは真面目な表情で首を振る。
オリバーはかなり真面目な性格のようで、主人であるミシェルの前には決して出ず、ミシェルを立てる使用人の鑑のような人だ。
「ミシェル王子、それでは早速……」
「ノクス王子、私のことはミシェルと呼んでいただければ。私はただの一生徒でしかありませんので」
「わかったミシェル。俺のこともノクスで構わない。早速だが、書記として仕事を頼めるか」
「はい、もちろんです」
ミシェルは頷いて、議事録をまとめる紙を受け取った。
「では今年度の……」
生徒会長であるノクスが会議を再開する。
会議が終わると、そのまま仕事に入った。
ミシェルもオリバーも、仕事が始まれば黙々と自分の仕事をこなしていた。
しばらくすると、ノクスが私の方へと書類を持ってきた。
「セレナ、これを頼む」
「はい、ノクス様」
ノクスが持ってきた書類を受け取る。
「どうだセレナ、仕事は慣れてきたか」
「はい、おかげさまで。それはそうと……」
「ん? どうした?」
「私、ノクス様が私のことを『お金の勘定が得意そう』って言ってたの、まだ忘れてませんから」
私が笑ってない笑顔を向けると、ノクスは目を泳がせた。
「い、いやそれは言葉の綾で……」
「言葉の、綾」
「……今度、例の店に連れてってやるから許してくれ」
「えっまさか……!」
「そのまさかだ」
例の店とは、会員制のスイーツ専門店のことだ。
そこでしか食べることのできないスイーツがたくさんあり、世間のスイーツマニアの間ではその店の会員である、ということが一種のステータスになっているくらいの店なのだそうだ。
ノクスは王子という立場だからかその店の会員のようだが、以前私が「紹介してほしい」と頼むと断られてしまった。
たぶんいざという時のカードとして残しておきたかったのだ。
この店の会員になれるチャンスは、今だ。
「許します」
私はニッコリと笑顔を浮かべた。
今からお腹の調子を整えておこう。
その時、私の隣に座っているミシェルが質問してきた。
「セレナ嬢。少し教えてほしいところがあるのですが……」
どうやら、仕事について質問があるみたいだ。
ノクスの笑顔が少し固まった。
ピクリと眉を動かし、自然に私とミシェルの間に入ってくる。
「まあ待て。俺が、教えよう」
俺が、の部分を強調してノクスはそう言った。
それに対し、ミシェルは申し訳なさそうな顔で遠慮する。
「ノクスの手を煩わせるわけには……」
「気にするな、俺は生徒会長だからな。それに男同士の方が教えやすいだろう」
「はは、たしかにそうかもしれませんね。では、お願いします」
ノクスとミシェルはにこやかに笑顔を交わす。
表面上はノクスも普通に接しているし、ミシェルもにこやかな表情を浮かべている。
しかし、どこか生徒会室には不穏な空気が漂っていた。
***
それから一週間ほど経っただろうか。
その日は、どうやら珍しくノクスの生徒会の仕事がなかったらしく、昼に私とノクスの二人で食堂へとやってきた。
リリスも一緒に食べないか、と誘ったのだが「今日はお二人の邪魔をしないであげましょう」と言って、固辞してきた。恐らく、ジュリエットと一緒に食事を食べるのだろう。
リリスが私たちと別れる時に「これで一つ貸しね」とノクスに言っていた。
生徒から無駄に注目を集めないように、私たちはテラス席へとやってきていた。
この顔が整いに整っている王子様は、近くにいるだけで周囲の生徒から否応なしに注目を集めてしまうのだ。
それでもテラス席はガラス張りになっているため、食堂の生徒たちからは私たちのことは見えているのだが。
「こうやってノクス様とご一緒するのも久しぶりですね」
「そうだな。最近は生徒会の仕事が多かったから。ずっとこうやってセレナと食事をとりたいと思ってた」
サラッとそんなことを言ってのけるノクスに、少し頬が赤くなる。
「本当に可愛いな」
「えっ……あ、ああ! もうっ、冗談は程々にしてください!」
「俺は冗談なんて言った覚えはない」
一瞬冗談かと思って、照れ隠しも含めてそう言ったのだが、ノクスは真剣な表情で首を振った。
思っていたよりも真正面から照れることを言われて、私はたじたじになってしまった。
「それはその……ありがとうございます」
嬉しいは嬉しいんだけど……直接的すぎていつも私が負けた気分になる。
少しは私だってノクスにやり返したい。
私が照れていると、ノクスは自分の手元にあるチョコケーキに、私が視線を注いでいると勘違いしたようだった。
「食べたいのか?」
「あっ、いえ、そういうわけではなく」
「ほら」
私が何か言う前に、ノクスがフォークでチョコケーキを切って、私の方へと差し出してきた。
有無を言わさない雰囲気に押され、私はチョコケーキを頬張る。
「……美味しいです」
頬を赤く染めながら私はそう答えた。
……本当は、味はあまりわからなかったけど。
ノクスはさらに柔らかい笑みを浮かべた。
「いつかの仕返しだ」
そう言われるとムクムクと反抗心が湧き上がってきたものの……また返り討ちに遭いそうだったので断念することにした。
そうして、二人で食事を取っていた時のことだった。
「おや、セレナ嬢、それにノクスも」
人のよさそうな笑みを浮かべながら現れたのは、まるで白馬にでも乗っていそうな王子様、ミシェルだった。
ミシェルは胸の前に手を当ててニコッと笑い、私に挨拶する。
ノクスは露骨に嫌そうに顔をしかめていた。