「セレナ、今日は外の庭園で食べてみない?」

 私、リリス・ドラクシスは親友である眼の前の彼女に向かってそう提案した。

「庭園で?」

 教室で向かい側に座っているのは、私と同じく公爵家であるセレナ・ハートフィールド。私もかなりの美人であると自負しているが、こちらは私とは違い可愛いタイプだ。

 可愛らしく首を傾げるセレナに、私は心のなかで感嘆のため息を漏らす。

 はぁ……やっぱり今日も可愛い。セレナを堪能しながら私は頷く。

「そう。いつもと同じく食堂で、っていうのもいいと思うけど、庭園の花がきれいに咲いているらしいの。そのなかでお茶したら、きっとすごく癒やされるんじゃないかと思って」

 私はそうセレナに説明したが、これはただの方便だ。

 もちろん花が咲き誇る庭園でお茶したいのは本心ではあるが、本当の目的は……セレナを独占することである。

(いつも食堂にいると、邪魔されるものね)

 私から愛おしいセレナを奪っていった憎き馬の骨を思い浮かべる。

 ノクス・レイヴンクロフト。この国の第二王子で、セレナの婚約者でもある。

 本来なら私のセレナと婚約するなんて、誰であっても許すわけにはいかないが、一応ノクスが何年もセレナに片思いしてたのは知ってるし、今のところは大切にしているので見逃してあげている。もしセレナを泣かすようなことがあれば、すぐにでも張り倒すつもりだ。

 話を戻すが、食堂にいるとノクスが邪魔しに来てしまう。セレナとの二人きりの時間は日々減っている。今は例のいけ好かない留学生も登場し、隙あらば私のセレナを奪おうとしてくる。だからこそ、私はこうしてノクスにも誰にも邪魔されない場所へと行くことにしたのだ。

「別に構わないけど……でも、ノクス様にいつもと違う場所にいるって知らせてあげないと」

「それは私がやっておいたわ」

「あ、もうやってたんだ」

 もちろんノクスには知らせていない。二人きりの時間を邪魔されたら困るから。

 セレナに嘘をつくのはちょっと罪悪感があるけど、これくらいの嘘は許容範囲だろう。

「さ、そういうことだから早く行きましょ」

 うかうかしているとノクスがやってきてしまう。私はセレナの背を押して、まずは食堂へと注文しに行き、その後庭園の方へと向かった。


 庭園にて、スイーツを頬張っているセレナを、私は満足げに眺めていた。

 いつもは生クリーム系のスイーツを選ぶけど、今日は珍しくフルーツタルトの気分だったらしい。

 セレナがフルーツタルトを一口、フォークで口へと運ぶ。そして幸せいっぱいの笑みを浮かべた。

(か、かわいぃぃぃ……っ!)

 つい顔がニヤけてしまいそうになる。

 でも、と少しだけ不安になる。

 私の考えでは、最近のセレナはかなり無防備になってきている気がする。少し前まではもっと令嬢然としていたというか、もう少ししっかりしている子だったのに、今では無防備になっている。ミシェルにうっかり隣の席を取られて、お世話係まで引き受けることになったのがいい例だ。

 こんなの、悪い虫が寄ってきてしまう。私はセレナへと忠告することにした。

「その……セレナ」

「どうしたの?」

「ちょっと最近、緩んできてない?」

「へ?」

 私の忠告にタルトを口に入れた状態のまま固まるセレナ。

「その……言いにくいんだけど、最近ちょっと警戒感みたいなものがなくなってきてない?」

「そ、そんなことはないと思うけど……そうなのかな?」

「絶対そうよ。なんだか最近のあなた、純真すぎて怖いんだけど」

「ノクス様が私のこと守ってくれるから、ちょっと気が緩んでるのかも……」

 照れくさそうに笑うセレナ。恋する乙女という見出しがすごく似合っていた。

 こんな顔をさせるノクスに少しだけ怒りが湧いてきた。この無防備なセレナも、大前提としてもちろんすっっっっごく可愛いのだけれど、ちょっと複雑な気分になる。

 とりあえずここにはいないノクスを睨んでおいた。

「……奴め、私のセレナを……」

「ん? 何か言った?」

「なんでもないわよ」

「一瞬、すごく怖い表情を浮かべてたような気がするんだけど……」

「大丈夫。セレナのことじゃないから」

 私はニッコリと笑う。するとセレナは「そっかー」とまたフルーツタルトを食べ始めた。

 するとその時、セレナを取り合う相手、私にとってのたいてんの敵がやってきた。

「セレナ、ここにいたのか」

「ノクス様」

 もう来たのか、と私は心のなかで舌打ちする。案外見つかるのが早かった。庭園というありきたりな場所だったのが悪かったかもしれない。

「息が荒いみたいですが、運動でもなさってたんですか?」

 食堂にいないセレナを探し回っていたせいで少し疲れているノクスに、セレナが首を傾げる。

「いつものテラス席にいないから探し回ったんだ」

「ああ、申し訳ありません。今日はリリスの提案で、庭園でお茶をしよう、ということになってたんです」

 セレナの言葉を聞いてノクスがチラリと視線をよこしてくる。

 私は何も関係ないわよ、と言わんばかりに、すっとぼけながら何食わぬ顔で紅茶を飲んだ。

「リリスからはノクス様には知らせておくと聞いたんですけど……」

「ほう、そんな話は聞いていないが?」

 ジロ、とノクスが私を睨んでくる。

 どうやら犯人に気がついてしまったみたいだ。

「あらごめんなさい。生徒会の仕事で忙しいんじゃないかと思って」

 バレてしまっては仕方がない。私はとぼけることにした。

「お前……わざとだろ」

「なんのことかしら?」

「俺を遠ざけるために、わざと教えなかっただろお前」

「ひどいわ。私がそんなことをする人間だと思ってるの?」

 きゃるん? と私はわざとぶりっ子のような表情を作った。言い逃れるのは難しそうなので、できるだけノクスを苛立たせることにしたのだ。

「ああ思ってる」

 即答。実際に合ってるけど、ちょっとしやくだったから意地悪することにした。

「まあいい。それよりもセレナ、せっかく時間ができたから俺ともお茶を……」

「だめでーす。セレナはもう私が占領してるんだから」

 私はセレナを抱き寄せて占領権を主張する。

 もちもちですべすべの頬が私の頬に当たった。

 何これ……最高……。頭のなかで何か幸せ成分がたくさん放出されているのがありありとわかる。

 あまりにも幸せすぎて一瞬意識が飛びそうになったところで、さらに追い打ちがやってきた。

「へへ……」

 セレナはにへっと嬉しそうに笑った。

(かっ、可愛すぎる……っ!! 何この笑顔! 私が守らなくちゃ!!

 ほっぺたもすべすべだし……ああ、至福。無防備なところがちょっと複雑だったけど、この笑顔が私に向けられてると思えば…………うん。やっぱりこのセレナも悪くない。というかむしろすごくいいんじゃないかと思えてきた。

 気が緩むとすぐにニヤけてしまいそうになるのをこらえて、私はノクスへと自慢げに笑う。

 親友というポジションの役得だ。せいぜい羨ましがるといい。

「ほら、セレナも嫌がってないじゃない」

「くっ……」

 ノクスは悔しそうな表情になった。

 いい気味だ。普段からセレナを取られている私の気持ちを味わうがいい。

 その日はセレナを独占できたのと、ノクスの羨ましがる顔を見れたので、私は一日上機嫌だった。

 そのせいで、私はセレナを二人きりのお茶会に呼び出した本来の理由――さっき、ノクスが生徒会室で微妙な反応を示していたのは、ミシェルに嫉妬していたからだということを伝えるのを、すっかり忘れていた。

 まあ、私の大事なセレナを奪ったノクスを助けてあげる義理はない。せいぜい苦しんで、やきもきするといい。

 ――この判断が、あんな結果につながるなんて、この時の私は思ってもいなかった。