「俺を脅迫するつもりか?」
「これは警告だ」
「じゃ、俺も警告してやる」
俺は彼女に一歩近づき、見下ろした。
「あんたが命令を出せば、十分以内に半数以上の兵士が倒される。そして十五分後にはあんたの命も危ない」
「自信満々だな」
俺とドロシーは互いを冷たい視線で見つめた。
「……ふっ」
ふとドロシーが笑い出す。
「無益な対立は止めよう。そもそも私たちが争い合うと、あいつが喜ぶだけだ」
「あいつ?」
「お前の言っていた『人体実験の黒幕』だ」
「じゃ、あんたも黒幕を追っていたのか?」
俺の質問に、ドロシーは小さく
「ついてこい。説明してやる」
ドロシーが歩き出した。俺は彼女の後を追った。
やがて俺とドロシー、そして兵士たちは都市の中心部から
「あの薬物……」
ドロシーが小さな声で話を始める。
「つまり『天使の
俺はドロシーの声に耳を
「数年前、とある高位貴族の子息が天使の涙によって命を失った。それで高位貴族は数人の騎士を『特別調査官』に任命し、天使の涙の流通経路の
確かロベルトもそういう話をしたな。ある貴族の子息が天使の涙によって死んだと。
「そして私たち特別調査官が調査を進めた結果……天使の涙の流通の中心には、ある人物がいることが分かった。しかもその人物は天使の涙を使った人体実験を行っていた」
「つまり、あんたはずっと以前から黒幕を追っていたのか」
「ああ」
ドロシーが頷く。
「私たちは王国の西部で黒幕を追跡し続けた。しかし三ヶ月前……私の
ドロシーの声は相変わらず冷たかったが、彼女の
「なるほど、『夜の狩人』の暗殺者にやられたのか」
「ああ、そうだ」
ドロシーの怒りが理解できた。彼女も黒幕によって大事なものを失ったのだ。
「私は
「なるほど」
任務を
しばらくの
「私は別にこの都市の裏組織を
「それなら俺と協力できそうだな」
俺は頷いた。
「あんたの方は、黒幕の正体について何か知っているのか?」
「残念ながらほとんど何も知らない」
ドロシーが首を横に振る。
「むしろお前の方が私より詳しいだろう。夜の狩人の暗殺者と直接戦ったみたいだからな」
「俺も具体的な情報を掴んだわけではない。ただし……心当たりならある」
「心当たり?」
「それを言う前に……あんたに俺たちのことを密告したのは誰だったのか、教えてくれないか?」
ドロシーは少し
「正直に言おう。あれは
「やっぱりか。じゃ、俺が知っていることを話そう」
俺は今まで集めた情報と、ゼロムについて説明した。
「ロベルトが黒幕の追跡を提案した時、真っ先に反対してきたのもゼロムだった。
「なるほど」
ドロシーは目を
「なら私がそのゼロムという男を取り調べようか?」
「いや、それはちょっと待ってくれ」
俺は首を振った。
「あんたはこの都市から誰も逃げられないように検問を強化してくれ」
「それは出来るけど、お前はどうする気だ?」
「直接調査を進めて、暗殺者に
俺は自分の計画について説明した。
「黒幕のやつに『一番の
「……
ドロシーが笑顔を見せる。
「分かった。ここはお前を信用してみよう」
「ありがとう」
「ただし……何か大事な情報を掴んだら、必ず私に知らせろ」
「ああ」
ドロシーは口を
---
夜になり、俺はリックと
トムから聞いた通り、店主はお店を売って故郷に戻るつもりだった。おかげで取引は簡単に成立した。俺はお金を
ところで、取引を終えて本拠地に帰る
「レ、レッドさん!」
「トム?」
それは『ロベルト組』の
「うちのボスからの伝言です!」
「ロベルトから?」
「はい! 至急港の東区域までいらしてください、とのことです!」
これは……何か異変が起きたに違いない。俺はリックを振り向いた。
「俺はこれから港に向かう。リック、お前は組織員たちにこのことを知らせて、港の東側に集合させろ」
「はい!」
指示を出した後、俺は走って港に向かった。トムも俺の後ろを必死に走った。
そして数分後……俺は港の東側についた。すると夜中の暗い海を背景に、ロベルトと
「レッドさん!」
ロベルトが俺の姿を確認して、声を上げる。
「何が起きたんだ?」
ロベルトに近づいて聞くと、彼は前方を指さした。そこには……白髪のルアンが、数十人の組織員を率いていた。
「どうやら例の手紙が効きすぎたようです」
ロベルトが
今日の午後……俺とロベルトは、ルアンが密告者か
「まさかあいつ……あの手紙を読んで、港からこっそり逃げようとしたのか?」
「はい、そうみたいです」
「どうしようもないな」
俺も笑うしかなかった。まさかあの手紙がここまで効くとは。
「おい、ルアンさん」
俺は前に出てルアンを見つめた。
「どこへ逃げるつもりだ?」
「化け物め……」
ルアンが慌てる顔で俺を見つめる。
「わ、私は別に逃げようとしているんじゃないぞ!」
「じゃ、そこの船は何だ?」
俺はルアンの近くに
「どう見ても密告がバレて逃げようとしているだけじゃないか」
「うるさい!」
ルアンの顔が俺より赤くなる。
「そもそもお前のような化け物が総会の一員だなんて、絶対認めない!」
「へっ。で、どうする気だ?」
「ここで始末してやる!」
ルアンは自分の後ろに並んでいる部下たちを振り向く。
「
その命令に、数十人の男が俺に向かって突撃してくる。数は結構多いけど……結局数だけだ。
俺は最初の男の腹に拳を一発入れ、そいつの胸倉を掴んで投げ飛ばした。そして左から接近してきたやつの
「はあっ!」
こういう対集団戦にももう慣れている。要は移動を続けながら、
「レッドさんに加勢しろ!」
後ろからロベルトの声が聞こえてきた。数はルアンの組織より少ないが、ロベルトの部下たちは
「ぐおおおお!」
俺は
「どけぇ!」
真正面の男の顔を右手で掴み、そのまま振り回して数人の敵を倒した。その後、武器になってくれた不幸な男を他の敵に投げ出してやった。
「う、うわああ!?」
「に、逃げろ!」
「化け物だ……!」
恐怖はすぐ広がる。そして恐怖に支配されたら、屈強な男も
「は、早く船を出せ!」
もう部下たちすら捨てて、ルアンは船に乗って一人で逃げようとする。しかし船乗りたちは動かない。
「
ルアンが慌てて
そして
「少し
それはクレイ船長だ。彼が組織を率いてこの周りを封鎖したわけだ。
「話は聞いた。ルアンが密告者だって?」
「ああ、来てくれてありがとう」
俺がクレイ船長と
「お二方の
「ルアンの野郎を取っ
俺たち三人はルアンの船に乗船した。ルアンはもう船乗りたちからも見捨てられ、一人で
「く、来るな!」
俺が近づくと、ルアンは真っ青な顔で
「ざまねぇな」
俺は笑いながら手を
「いろいろやってくれたな。
「ひいいいっ!」
ルアンが情けない悲鳴を上げる。裏組織のボスのくせに……見ているこっちが
「あんたも組織のボスなら、少しは
「わ、私は悪くない! 全部ゼロムの計画だったんだ!」
ルアンは必死な顔で『全部ゼロムが悪い!』と
---
朝の日差しを浴びながら、俺は一人で
屋敷は広くて
「あ、レッドさん」
ゼロムが俺に向かって
「一緒に食事しませんか?」
「いいだろう」
俺がゼロムの向かいに座ると、使用人が俺の分の食事を運んできた。俺は
「
「この屋敷のシェフは
ゼロムが
「でも残念です。この美味しい食事をもう楽しめなくなるなんて」
「そうだな」
「……この屋敷、完全に包囲されているんですね?」
「ああ」
俺はナイフで肉を切りながら頷いた。
「ロベルトとビットリオとクレイ船長の組織……それに警備隊まで来ている。もうこの屋敷からは誰も逃げられない」
「私一人を
ゼロムが笑った。
「でも私はただの小悪党です。そんな大物ではありません」
「そうか」
「はい、ルアンさんから話は聞いたでしょう?」
「ああ、大体のことは聞いた」
俺はゼロムの顔を見つめた。
「つまりお前は……『黒幕』じゃないんだな?」
「はい。本当にただの小悪党です」
ゼロムは恥ずかしそうに笑う。
俺はナイフとフォークをテーブルに置いて、水を飲んだ。
「お前が『天使の涙』の件に関わるようになった
「分かりました」
ゼロムも水を一口飲んで、話を始める。
「三ヶ月くらい前のことでした。今は
「薬物流通事業か」
「はい」
ゼロムの顔が少し暗くなる。
「ラズロさんが
「ラズロは何故お前とルアンを選んだんだ?」
「それは簡単な消去法です」
ゼロムが
「『総会』の一員の中で……ロベルトさんはこの都市に対する愛情が深く、薬物流通なんかに手を出すはずがない。ビットリオさんは
「なるほど」
「……最初は私もルアンさんも戸惑いました。もちろんお金は
ゼロムはまた水を一口飲む。
「ラズロさんは協力の謝礼金として、とんでもない大金を提示しました。どう考えても警備隊隊長が用意できる金額ではありませんでした。私とルアンさんが
「その力を持っている人が黒幕か」
「そう見るのが
ゼロムが頷いた。
「大金と脅迫、つまり
「具体的にどんな協力をしたんだ?」
「薬物の密輸入と保管、
「ずいぶんと本格的だな」
「薬物禁止の掟を破ったことが発覚したら危険ですから、なるべく
ゼロムは
「しかし……ある日のことでした。ラズロさんが『新しい薬物の開発実験を見せてやる』と言ってきて、私は顔を
やっぱりデリックが
「でもそこで私が見たのは『お金を稼ぐための開発』ではありませんでした。それは……どう見ても『軍事用の薬物の開発』でした」
ゼロムの声が少し
「私は怖くなりましたが……もう
「ラズロが首の無い遺体となって発見された日まで、か」
「はい」
ゼロムが視線を落とす。
「ルアンさんと私は慌てて、この件に関する全てを
ゼロムは顔を上げ、俺を見つめる。
「ルアンさんと私は貴方の存在に
「そうか」
「私はなるべく静かにするつもりでしたが、ルアンさんが
「なるほど」
俺とゼロムは一緒に苦笑した。
「ルアンは全ての罪をお前に着せようとしているぞ」
「ルアンさんらしいです。でも私はあくまでも小悪党……ラズロさんの手下として動いただけです」
「そうみたいだな」
ゼロムは手を伸ばして、テーブルの上のベルを鳴らす。すると使用人たちが入ってきてテーブルを片付ける。
使用人たちが食堂を去ってから、俺は口を開いた。
「黒幕について、何か知っていることはあるか?」
「具体的なことは何も知りません。だからこそ私は今生きていられるわけです」
「なるほど」
「しかし……情報を知っているわけではありませんが、私なりに推理をしたことはあります」
推理?
「実は港で天使の涙を密輸入していた時……たまに変な連中を目撃しました」
「変な連中だと?」
「はい。ラズロさんと一緒でしたけど、彼の手下ではありませんでした。しかも
覆面の連中か。
「私はそいつらが黒幕の手下だと推理しました」
「可能性は高いな」
「でもおかしい点があります」
ゼロムの顔が
「その連中は、いつもどこからか実験道具などを運んできました。多数の人間が、大きい荷物を運んで
ゼロムは
「不思議に思った私は、馬車の出入り、
「それは確かにおかしいな」
多数の人間が大きい荷物を運んで何度も出入りしていたのに、何の痕跡も無いとは。
「
「その結論は何だ?」
俺の質問に、ゼロムは少し間を置いてから答える。
「……不思議な話ですが、この都市のどこかに外部への隠し通路があるのかもしれません」
「隠し通路って」
「そうじゃないと説明がつかないんです」
俺はその結論について少し考えてから、席を立った。
「いろいろ情報ありがとう」
「どういたしまして」
「お前は……これからどうする気だ?」
ゼロムが
「お金をばら
「そうか」
「牢獄を出ても、私はもうこの都市では生きていけません。別のところで別の仕事を探さないと
「そうだな」
俺は頷いた。
「じゃ、
「はい」
ゼロムは
---
ラズロが死に、ルアンとゼロムが
だが……全てが終わったわけではない。三人を裏で
俺は裏組織を率いて都市の調査を続けた。黒幕に
そして数日後のことだった。いつも通り調査を指揮していた俺の前に、意外な人物が現れた。
「
「久しぶりだな、レッド」
それは
「お、おい……爺、その傷は何だ?」
久しぶりに会った鼠の爺は……身体に血のついた包帯を巻いていた。