第六章 必ず捕まえてやる



 俺と爺とアイリンは、大きな木の下に一緒に座った。そして一緒にパンを食べた。

「どうしていつもクリームパンばかりなんだ」

「すまん、つい買ってしまうんだ」

「ったく……」

 文句を言う割には爺も美味おいしく食べる。それもいつもの光景だ。

「あうあう!」

 アイリンはクリームパン一つで幸せな顔になる。それを見ていると俺も笑顔になる。

 パンを食べ終えて、アイリンは薬学の勉強を始める。小さな手で乳棒とにゆうばちを持ち、いつしようけんめいに薬の調合を練習する。最近は少し上手になった感じだ。

「レッド」

 一緒にアイリンを眺めていた爺が、小さな声で俺を呼んだ。

「左肩は誰にやられたんだ?」

「やっぱり気付いていたか」

 俺ははだを二枚着て傷を隠している。でもやっぱり爺の目をあざむくことは出来ない。

「お前が傷を負ったってことは、よほどの強敵だったみたいだな」

「ああ、『夜の狩人』の暗殺者だった」

 その名前を聞いても、爺は無表情だ。だが……長い間爺と暮らした俺には分かる。爺は今……少しどうようしている。

「詳しく説明しろ、レッド」

「分かった」

 薬物『天使のなみだ』を流通させていたのは警備隊隊長のラズロだったこと、そのラズロを拉致しようとしたこと、ラズロを殺した暗殺者と戦ったことを……俺は詳しく説明した。

「不思議なことに、ラズロと一緒にいた女の首も持っていかれた」

 俺は爺の顔をぎようした。

「ロベルトは、あの女はただの娼婦ではなく連絡係だったんじゃないかと推測した」

「……その推理は半分正しい」

 爺が口を開いた。

「それは夜の狩人がひんぱんに使う手口だ。女の工作員を使って男をたぶらかし、見えないところからあやつる」

「じゃ、ラズロが毎晩娼館に出入りしたのは……ただ女好きだからではなく、指示を受けるためでもあったのか」

 女は娼婦でも連絡係でもなく、工作員だったのか。

「たぶん暗殺者は数日前からラズロをかんしていたはずだ。『ラズロが情報を漏らそうとしたら殺せ』という命令を受けていたに違いない。そしてラズロがお前に拉致されそうになったから、女の工作員をふくめて殺したわけだ」

「ラズロを助けるより、殺した方が簡単かつ確実ということだな」

 爺は頷いた。

「やけに詳しいな、爺」

「まあな」

 爺は相変わらず無表情だ。俺はそんな爺を注視しながら、話を続けた。

「ロベルトはラズロや女の周りを調査している」

だ。手掛かりなど見つからない。夜の狩人はそういうことに関しては隙が無い」

「じゃ、この件の黒幕は夜の狩人なのか?」

「いや、夜の狩人はあくまでもらいを受けて動く連中だ。つまり黒幕はそのらいぬしだ」

 やっぱりか。

「爺、夜の狩人に依頼するためには莫大なお金が必要だと聞いたが」

「ああ、そうだ」

「莫大なお金って、具体的にどれくらいだ? 貴族ならゆうはらえる程度か?」

 爺が首を横にる。

「暗殺の対象によって金額が違うけど……警備隊隊長くらいなら、大きな貿易船を買えるほどのお金を支払う必要がある」

「そんなに?」

 俺は眉をひそめた。

「ということは、黒幕はなみの貴族よりお金持ちってことか」

「そうだろうな」

 黒幕は薬物を流通させてきたから、それで大金をかせいだんだろうか。

「爺の話を聞いてみると、黒幕の尻尾をつかむことは難しそうだな」

「レッド」

「ん?」

「何故必死になってこの件を解決しようとするんだ?」

 爺が冷たい視線を送ってくる。

「別に関係ないだろう? 南の都市に薬物が広がっても」

「関係ない、か。確かに」

 俺はなおに認めた。すると爺の視線がさらに冷たくなる。

えいゆうになって認めてもらいたいのか?」

「いや、そんなわけがあるか」

 思わず笑ってしまった。

「俺は化け物だ。それでいい。英雄の称号なんからない」

「じゃ、どうしてだ?」

 俺は少し考えてから答えた。

「最初はただ気に入らなかっただけだ。大した理由は無かった。でも相手が強敵ということを知って、戦いたくなった」

「へっ、もう本当に化け物の思考だな」

「それに……都市一つ守れなくては、新しい王国を作ることなんて出来ない。そんな気がするんだ」

 じじいはしばらく俺の顔を眺めてから、席を立つ。

「……私はこれから少し旅に出る」

「旅? どこに?」

「その黒幕の尻尾を掴むためには、いろいろ調べる必要がある」

 俺はおどろいて席を立った。

「やってくれるのか、爺?」

「ま、この件に関しては私も少し興味があるんでな」

「……ありがとう」

 俺が礼を言うと、爺がしつしようする。

「言っておくけど、私の情報料は夜の狩人に負けないくらい高いぞ」

かんべんしてくれ。お金に困っているんだ」

「へっ」

 爺は足を運んで小屋に向かった。俺は心の中でもう一度爺に感謝した。

---

 南の都市のこうがいに出て、しばらく北へ進むと大きなしきがある。裏組織のボスであるロベルトの屋敷だ。

 俺はこの屋敷に頻繁に出入りしている。ロベルトのむすめ、シェラにかくとうを教えているからだ。しかし今日はいつもとはちょっと違う。何しろ今俺の傍には……アイリンがいる。

「あう……」

 アイリンは少しきんちようした顔だ。こんな大きい屋敷は初めてだろうから、無理もない。

「さあ、入ろう」

 俺は左手で荷物を持ち、右手でアイリンの手を取り、屋敷に近づいた。すると門番がすぐ扉を開けてくれた。

「あう!」

 アイリンが目を見開いて、声を上げる。いろんな花々がいている美しい庭園に驚いたのだ。

 俺とアイリンはしばらく庭園の中を歩き回った。正直花にはあまり興味が無いけど、アイリンが傍にいると不思議にも楽しい。

「レッド!」

 いきなり声が聞こえてきた。振り向いたらスカート姿のシェラが見えた。

「今日はどうしたの? しばらく授業は無いと言わなかった?」

「ああ、実は……」

「え? そっちの子供はだれ?」

 シェラとアイリンがたがいを見つめる。

「まさかレッドの妹さん?」

「いや、外見からして違うだろう」

 俺は笑ってしまった。

「こっちはアイリンだ。俺の……大事な存在だ」

「大事な存在って、レッドはそういうしゆだったの?」

「だから違うって」

 もう一度笑ってから、俺はシェラに事情を説明した。

「アイリンは爺といつしよに住んでいたけど、その爺が旅に出てしまった」

「ふむ」

「それで今日からこの屋敷に預けることになったんだ。もうロベルトの許可ももらった」

「そうか」

 シェラがアイリンに近づいて手を伸ばす。

「私はシェラっていうの。よろしくね、アイリンちゃん」

 アイリンは口をつぐんでシェラの手を取り、あくしゆする。

「実は、アイリンは言葉がしやべれないんだ」

「あ、そうだったのね」

「でも文字は読めるし、頭のいい子だ。よろしくたのむ」

「うん、任せて」

 シェラはアイリンを連れて屋敷に入り、空き部屋まで案内してくれた。俺は部屋のすみに荷物を置いた。

 部屋に入るやいなや、アイリンはうとうとし始める。結構歩いたから少し休ませた方がいいだろう。俺はアイリンを残して、シェラと一緒に部屋を出た。

「あの子にはやさしいのね、レッド」

「さあな」

「ちょっとしつしちゃうかも」

「どうしてだ」

「さあね」

 シェラが笑った。

「で、結局二人はどういう関係なの?」

「それが……」

 俺はアイリンとの出会いを簡単に説明した。

「家族ではないけど、家族みたいな関係……と言えるかもしれない」

「そうか」

 シェラがうなずく。

「じゃ、あの子の実の家族はどうなったの?」

「それは……知らない」

「え?」

「聞かなかったんだ」

 俺は少し間を置いてから説明を続けた。

ひんみんがいの子供たちは、なるべく家族に関する話はしない。俺みたいにまったくおくが無いならむしろいいけど……思い出したくない記憶を持っている子供も多いからな」

「そうか」

 シェラがしんみりした表情になる。

「だからえて聞かなかったんだ。アイリンの家族に関しては」

「それは理解できるけど……家族みたいな存在なら、やっぱり聞いてみた方がいいんじゃないかな」

「そうかもな」

「ごめん、ちょっと出過ぎた発言だったね」

「いや、いいんだ」

 シェラの言うことも一理ある。俺は内心そう思った。

「大体の事情は分かったし、私が大事に預かってあげるね。可愛かわいい妹みたいだし」

「ありがとう」

 俺が感謝すると、シェラは俺をじっと見つめる。

「ね、父さんもあんたも大変みたいだけど……何かあるの?」

「いろいろあるさ」

「詳しく説明する気は無い?」

「すまないが、知らない方がいい」

「ふーん」

 シェラが横目で見てきたが、この件に関しては本当に知らない方がいい。

 それから俺たちは庭園のながに一緒にすわって、あいのない話をした。俺は主にシェラの話を聞く方だった。

「そう言えばさ」

 シェラが俺の顔を凝視する。

「この間聞いた、あんたの目標なんだけど」

「ああ」

「それ……理解できなくもないかな、と」

 シェラは顎に手を当てる。

「王国をほろぼすってのはちょっと言い過ぎだけど、私も貴族たちはあんまり好きじゃないし」

「そうか」

「うん、それに自分を高めることは悪くないと思う。だからあんたの目標、私は認める」

「お前に認められてもな」

 俺は笑った。

「そういうお前の目標は何だ?」

「私の目標?」

 俺の質問にシェラはなやみ始める。

「そうね。いて言えば、かくとう場で戦ってみることかな」

「格闘場で?」

「うん」

「ロベルトがお前の参戦を許すはずがない」

「分かってるわよ、そんなこと」

 シェラは不満げな顔になる。

「でも私は戦ってみたいんだよ」

「下手したら命まで危ない。たとえ命が無事でも、鼻が折れたり顔に傷がつくことは普通にあるぞ」

「そ、そんなことこわくないから!」

「いや、怖がれよ」

 俺は苦笑した。

「一応俺も格闘場の選手だ。俺と散々戦ったからいいじゃないか」

「あんたは強すぎるし、私の先生だから別」

「ややこしいな」

 その時、いい考えが思い浮かんだ。

「そう言えば、俺以外の選手たちと戦う方法がある」

「本当? じゃ、早く戦わせて!」

「スカート姿で戦うつもりか?」

「あ、えてくるね!」

 シェラはばやく屋敷に入ってしまった。俺は苦笑しながらシェラを待った。

---

 それから十五分くらい後、俺はシェラと一緒に街を歩いた。

「あんたと一緒にけるなんて、何かおもしろい」

「面白い? 普通に歩いているだけじゃないか」

「いつも屋敷の中だったからね、私たち」

 シェラががおを見せる。

「外ではずっとフードをかぶっているの?」

「ああ」

「暑そうね」

 俺は夏にもフードを被って自分のはだを隠している。そもそも俺は暑さに強い方だし、そこまで問題ではない。

 街の中はぜんとして平和だ。情報が統制されて、人々はまだ警備隊隊長が死んだことも知らない。

「それにしても……」

 街の中をながめながら、俺は口を開いた。

「格闘場で戦うのが目標だったのか。普通の女の子の発想ではないな」

「あんたが言ったでしょう? 私にはしんけん勝負の経験が足りないって。だから……」

「なるほど」

 真面目に強くなろうとしているんだな。確かにシェラもそろそろ実戦の経験を積んでいく必要がある。

「でもそれだけじゃなく、単純に戦いたいという気持ちもあるんだろう?」

「うん、それもある」

「本当に好戦的だな」

「それはあんたも同じでしょう? 『気に入らないから王国を滅ぼしてやる』とか言ったくせに」

 シェラが俺の声をしてきて、俺はつい笑ってしまった。

「確かに反論は出来ない。俺も戦いが好きで好きでたまらないんだ」

「でしょう? 私たちって、ある意味お似合いかもね」

 俺は少し驚いて、シェラの方を見つめた。シェラは素早く視線をらす。

「こっち見ないで。失言だった」

「何をずかしがっているんだ」

「だからこっち見ないで」

 シェラの反応に俺は笑った。

「何なら俺の女になれ。それなら恥ずかしがる必要も無い」

「な、何言っているの!? ぶっ飛ばすわよ!?

 シェラが本気でいかり出して、俺は素直にあやまった。これは全部ゲッリトのせいだ。

 やがて俺たちは港の近くの倉庫で足を止めた。ここは『レッド組』のほんきよだ。

「ボス!」

 俺が入ると、たんれんしていた組織員たちがあいさつしてきた。そしてその直後、かれらは俺のそばにいるシェラを見てきようがくする。

「ボ、ボス……そっちのおじようさんは?」

 レイモンがみんなの代わりに質問してきた。

「ロベルトの娘のシェラだ」

「初めまして、シェラと申します」

 シェラが挨拶すると、組織員たちも「は、初めまして」と挨拶する。彼らは明らかにあわてている。男ばかりの空間に、いきなり女の子が入ってきたからだ。格闘技に慣れている強者たちとはいえ、こういう場面ではみんなじゆんすいだ。おれは内心笑った。

「何してるんだ? 鍛錬を続けろ」

「は、はい!」

 組織員たちは急いで鍛錬を再開する。

「へえ、すごいね。これがあんたの組織なんだ」

「みんな格闘場の選手たちだ。そこら辺の連中とは比べ物にならないほど強い」

「凄い……」

 シェラは目をかがやかせて組織員たちの鍛錬を眺める。

「ゲッリト、ちょっとこっち来い」

「はい!」

 俺が呼ぶと、鉄の棒で筋肉を鍛錬していたゲッリトがけ寄ってきた。

「何事ですか?」

「お前、今からここにいるシェラと対決しろ」

「わ、分かりました」

 ゲッリトは慌てながらも対決の準備をした。シェラも前に出て、真ん中の広い空間でゲッリトとたいする。他の組織員たちの視線がかのじよに集まる。

「ゲッリト、手加減は無用だ。いつも通り、真面目に戦え」

「はい!」

 ゲッリトとシェラが同時にせんとう態勢に入る。

 シェラは昔とは全然ちがう。相手を攻撃したりせず、きよを取ってしんちように動こうとする。

「はあっ!」

 ゲッリトが先に打って出た。彼は女の子に慣れているというか、女の子の前だからって必要以上に緊張したりしない。だからこそシェラと戦わせた。

「っ……!」

 ゲッリトの激しい攻撃に、シェラはぼうぎよしながらあと退ずさる。がんってきたがあって彼女の防御は結構かたい。だが……。

「おらあ!」

 ゲッリトの回しりがシェラの横腹にさる。そしてシェラがふらつくと、ゲッリトはようしやなく彼女の足をってたおし……顔面を強打する直前に手を止める。

「勝負ありだ」

 俺が宣言した。ゲッリトは手をばしてシェラを助け起こした。俺はシェラに近づいて彼女の顔をのぞいた。

だいじようか?」

「……だ、大丈夫。まだ戦える」

 シェラは平静をよそおったが、結構しようげきを受けたに違いない。

「無理するな。次の戦いは、完全に回復してからだ」

「うん……」

 俺はゲッリトの方を振り向いた。彼はとても申し訳なさそうな顔をしていた。俺が頷くと、ゲッリトは鍛錬にもどる。

 俺とシェラは一緒に本拠地の隅に座って組織員たちの鍛錬を眺めた。シェラは少ししずんだ顔だ。

「やっぱり私はまだまだ弱いんだね」

「いや、よく戦った。さっきも話したけど、ここにいる連中は全員強者だ。格闘場でも彼らのこうげきえられる者は多くない」

「うん」

 シェラの目にちようせん心が戻る。

「次は……もっと耐えてみせる」

「それでいい」

 俺は頷いて、組織員たちに視線を戻した。そしてあの夜の暗殺者を思い出した。

 レッド組の中で、あの暗殺者と対等に戦えるのは俺だけだ。レイモンなら少したいこうできるかもしれないが、勝算はかなり低い。

 やっぱりあの暗殺者は俺が止めなければならない。問題は……どうやってあいつを俺の目の前までさそい出すか、その点だ。

---

 次の日……俺は本拠地で『夜の狩人』の暗殺者と、そいつをやとった『黒幕』について考えてみた。

 俺が暗殺者と戦った時点から、当然黒幕も俺の存在に気付いたはずだ。そして少し調べれば、俺がロベルトやビットリオと手を組んだことも分かるだろう。

 つまり黒幕は『ロベルト』、『ビットリオ』、『レッド』の三人が自分の敵だということをにんしきしているはずだ。しかし……誰にも暗殺者を送ってこない。

 何故だろう? 絶対失敗しない暗殺者を派遣すれば、簡単に敵を始末できるはずなのに……何故そうしないんだろう?

 尻尾を掴まれることを恐れて、しばらく静かにするつもりなんだろうか? 次の計画のための準備をしているんだろうか? いや、単に暗殺を依頼するお金が足りないのかもしれない。爺の話によると、夜の狩人の依頼費は本当にすさまじい金額だそうだ。

 どちらにしろ、夜の狩人の暗殺者には俺をねらってほしい。ロベルトとビットリオも防備を固めているが、正直危ない。やつを確実に止められるのは俺しかいないのだ。どうにかして俺を狙うように仕向けたい。

「レイモン、ここは任せた」

 午後になり、俺は組織員たちの指導をレイモンに任せて格闘場に向かった。そこでロベルトと情報をこうかんする予定だ。俺の方は爺からの情報を待つだけだが、ロベルトなら何か掴んだかもしれない。

 格闘場の中はロベルトの部下でいっぱいだ。しかもみんな武装している。夜の狩人の暗殺者に対する備えだ。

 事務室に入ると、そこにも数人の護衛が配置されていた。ロベルトは俺の姿をかくにんして護衛たちを外に出した。

「慎重だな」

「はい、うでぷしにはあまり自信がありませんから」

 ロベルトが恥ずかしそうに笑った。

 暑い夏なのに、事務室の窓は閉められている。外からのげきを防ぐためだ。

「何か情報を掴んだのか?」

「いいえ。ラズロと女の周りを調査しましたが、何もありませんでした」

 ロベルトが首を横に振る。

「ただ……女の身分を証明する書類は、全てそうされたものだったことが判明しました」

「やっぱりただの娼婦ではなかったんだな」

「鼠のじいさんの話通り、工作員だったのでしょう」

 夜の狩人かりゆうどから派遣された女の工作員。しかも彼女は同じ夜の狩人の仲間に殺された。恐ろしい連中だ。

「結局黒幕に関する情報は『お金持ち』ってことだけか」

「はい。しかし……お金持ちなのは確かですが、貴族ではない気がします」

 ロベルトが慎重な口調で言った。

「貴族ならもっと安全で簡単に人体実験を行う方法があるはずです。例えば一族の領地のけいしゆうを使うとか。でも黒幕はこの都市のひんみんを実験に使いました。つまり……」

「お金はあっても、表に立って行動するほどの権力は無い……ということか」

「はい。いつぱんの平民、または裏社会の人間である可能性が高いです」

 この『南の都市』は言わば『自由都市』だ。貴族によって統治されているわけではなく、王室からけんされたかんが統治する。ある程度の自由が保障されているからこそ、活気あふれる商業都市に発展できたわけだ。

 だが黒幕はその自由のすきを狙って薬物を流通させ、人体実験を行った。

「もしかしたらこの都市の市民かもしれません」

「それが本当なら、みちばたですれ違った可能性すらあるな」

 俺は想像してみた。きわめてつうの、『善良な市民』にしか見えない黒幕の姿を。

「だからこそ、この都市をもう少し細かく調査したいのですが……」

 ロベルトがあごに手を当てる。

「私とビットリオさんの組織だけでは、どうしても目の届かない場所がいくつかあります」

「他の組織が管理している場所か?」

「はい」

 ロベルトとビットリオはそれなりに大きな組織のボスだが、この都市全体をしようあくしているわけではない。他にも有力な組織がいくつかある。

「それで私とビットリオさんは、この件を『総会』に報告しました」

「総会?」

「はい」

 ロベルトが頷く。

「この都市には無数の組織が存在しますが、その中でも特にえいきようりよくの強い組織が五つあります。その五つの組織のボスの会議が総会です」

「なるほど」

「私とビットリオさん、そして他の三人が協力すれば……この都市を隅から隅まで調査することも可能です」

 俺は頷いた。確かに今の時点では一番有効な方法だろう。

「実は、今夜その総会が開かれることになっています」

「そうか」

「レッドさんもいらしてください。組織のボスとして」

「俺?」

 俺はまゆをひそめた。

「俺の組織はたった七人だけなんだが」

「いいえ」

 ロベルトが俺の顔を凝視する。

「今回の件、レッドさんの力が無ければ解決できません。私もビットリオさんもそう思っています。だからこそ六人目のボスとして……総会に参加して頂きたいです」

「……分かった」

 あの暗殺者を俺の目の前までおびき出す必要がある。総会の協力があれば、それが可能になるかもしれない。俺はそう判断した。

---

 それはめつに見られない光景だった。

 深夜なのに、街の中に大勢の人が並んでいる。しかもみんな険悪な顔をしているくつきような男だ。どこをどう見ても『善良な市民』ではない。

 俺は彼らの視線を浴びながら、ロベルトと一緒に夜道を歩いた。

「あそこです」

 ロベルトが手を伸ばし、大きな酒場を指さした。その酒場も屈強な男たちに囲まれている。

「あそこが今日の『総会』の場所です。さあ、行きましょう」

「ああ」

 おれとロベルトは酒場に近づき、その中に入った。

 酒場の内部には一台の大きな円形テーブルがあるだけだ。そして四人の男がそのテーブルに座ってお酒を飲んでいる。ロベルトが空いている席に座り、俺もそのとなりに座った。

「お集まり頂き、ありがとうございます」

 ロベルトが口を開くと、四人の男が飲酒を中止する。

「今回の総会を始める前に、みなさんにごしようかいさせて頂きます。こちらのお方が……」

 ロベルトが俺の方を振り向く。

「今日から総会に参加することとなった、六人目のボス……レッドさんです」

 全員の視線が俺に集まる。彼らは俺の肌の色を見ても別に何の反応も見せない。入り口側に座っている若い男だけが、少しこうまなしを向けてきたくらいだ。

「レッドさん、総会の一員をご紹介させて頂きます。まずビットリオさんは、もうごぞんでしょう」

 ビットリオと俺の視線が交差した。先に来ていた四人の男の中で、ゆいいつ俺が知っている顔だ。

「ビットリオさんの隣のお方が、船乗りと港の労働者を束ねている『クレイ船長』です」

 クレイ船長はいかにも海の男らしい、体格のいい中年の男だ。

「クレイ船長の隣のお方が、この都市のきんゆうを率いている『ルアン』さん」

 ルアンは頭の良さそうなしらの男だ。裏組織のボスというより有能な経営者に見える。

「そして最後に、かんらくがいつかさどっている『ゼロム』さんです」

 ゼロムはちやぱつのかなり若い男だ。25さい? いや、それ以下かもしれない。

「今日からレッドさんも総会の一員ですから、どうか皆さんと友好的な協力関係を築いてください」

「ああ」

 俺はもう一度総会の一員を眺めた。ロベルト、ビットリオ、クレイ船長、ルアン、ゼロム……この五人がこの都市の裏をぎゆうっているのだ。

 ロベルトとビットリオは俺に好意的な眼差しを送ってきた。しかし他の三人は……多少の差はあれど、決して俺に好意的ではない。

「ロベルトさん」

 最初に口を開いたのは、白髪のルアンだ。

「ロベルトさんに少し質問したいことがあるのですが」

「何の質問でしょうか」

「この会議に参加できるのは、それなりの影響力を持っている組織のボスだけです」

 ルアンは事務的な口調で話を続ける。

「もちろんレッドさんの格闘場でのごかつやくは私も知っています。しかし彼の組織は、ボスをふくめてたった七人だけと聞きました。果たして総会に参加できる資格があるのでしょうか?」

 ルアンの冷たい視線が俺に向けられる。

「資格ならあるさ」

 そう答えたのはビットリオだ。

「この化け物の組織はな、戦いに慣れている連中の集まりだ」

「いくら強くても、たった七人だけでは……」

「あんたの組織のせんとういんは何人だ? 二百人? 三百人? それでもこの化け物の組織に勝てる保証はないぞ」

 ビットリオが笑顔で言った。

「ビットリオさんの話通りです」

 ロベルトが口をはさんだ。

「確かにレッドさんの組織は七人だけですが、そのせんとうりよくは他の組織に勝るともおとらないほどです」

「たとえそれが本当だとしても……」

「それに」

 ロベルトがルアンをぎようしする。

「今回の件……薬物を流通させていた連中をいちもうじんにしたのも、その背後にラズロがいたことを明らかにしたのも、『夜の狩人』の暗殺者と戦ったのも……全部レッドさんです。彼のがらがあってこそ、この総会が開かれたわけです。参加する資格は十分あると思いますが」

「……ロベルトさんがそこまでおつしやるなら、分かりました」

 ルアンが視線を逸らす。

「皆さんがなつとくしてくださるのなら、前置きはここまでにして本題に入りましょう」

 別の不満が出る前に、ロベルトが話を進める。

「皆さんもご存知の通り……私たち裏社会の人間は、もう二十年以上昔から薬物禁止のおきてを守ってきました。深刻なふんそうけるためです」

 みんな息を殺して、ロベルトに注目する。

「しかし数年前から薬物による事件が発生し始め……今年は十数人の貧民が薬物の実験に利用され、死にました」

 俺はデリックのことを思い出した。あいつはまだ生きているんだろうか。

「もう疑いの余地はありません。死んだラズロと手を組んでいた『黒幕』は、私たちの目をぬすんで薬物を広めていました。つまり私たちは……知らないうちに攻撃を受けていたわけです」

 ロベルトがみんなの顔を見回す。

「今こそしかるべき行動を取る時です。私たちは力を合わせて黒幕をしなければなりません。今回の総会はそのためです」

 ロベルトの話が終わると、しばらくちんもくが流れた。

「ロベルトさん」

 沈黙を破って口を開いたのは、若手のゼロムだ。

「この都市に対するロベルトさんの愛情にとてもかんめいを受けました。でも『私たちが攻撃を受けていた』という言葉は、少し言いちがいではありませんか?」

「言い間違い、ですか?」

「はい。私たちが直接がいを受けたわけではなく、単に少数の貧民が死んだだけでしょう? 別に私たちが動く必要は無いと思いますが」

 ゼロムは笑顔でそう言った。

「おい、ゼロム。薬物禁止の掟を知らないのか?」

 ビットリオがにらみつけたが、ゼロムは笑顔をくずさない。

「もちろん知ってますよ。でもその掟は紛争を避けるためのものでしょう? 貧民が死んだところで、私たちの間に紛争が起こったりはしないはずです」

「私もゼロムの意見に同意します」

 白髪のルアンが口を挟んだ。

「そもそもの話、ラズロが死んでから何も起きていません。つまり黒幕はもうこの都市から手を引いた可能性が高いです。我々が動く必要があるんでしょうか?」

 ロベルトとビットリオは協力を主張し、ゼロムとルアンは反対した。それでみんなの視線が自然にクレイ船長に集まる。彼はだまったまま、まだ何の意見も表明していない。

「うむ」

 クレイ船長はゼロムの方を見つめながら頷いた。彼もゼロムに同意しているのだ。

 それからしばらく論争が続いた。ロベルトとビットリオは例の薬物が悪名高い『天使のなみだ』であること、人体実験の危険性などを説明したが……ルアンとゼロムは反論を続けた。

 そして論争を眺めていた俺は……席から立ち上がった。

「……あんたら」

 俺が口を開くと、みんな論争を中止して視線を送ってくる。

「本気で言っているのか?」

 俺はゼロムとルアン、クレイ船長を睨みつけた。

「あんたらは全員この都市の裏を牛耳っている人間だ。この都市はあんたらの縄張りと言っても過言ではないはずだ」

 酒場の中に俺の声がひびわたる。

「得体の知れないやつが自分の縄張りに入ってきて、好き勝手にしているのにそれを見過ごすつもりか? それでも組織のボスと言えるのか?」

 ゼロムとルアン、そしてクレイ船長は何も言わなかった。

「……化け物の言う通りだ」

 ビットリオが言った。

「これはもう損得の問題ではない。黒幕のやつは私たちをめているんだ。しっかり返さないとつぶされるぞ」

「しかし……」

 ルアンが口を開く。

「その黒幕は、もうこの都市から手を引いた可能性もありますが」

「そんなわけがあるか」

 俺が反論した。

「そもそもやつがこの都市で活動していたのは、ここが数少ない自由都市だからだ。毎日数えきれないほどの人々と商品が出入りしているからこそ、やつも自由に動くことが出来た。それなのにこの都市から簡単に手を引くわけがないじゃないか。いや、手を引くどころか……次はもっとてつていてきに攻撃してくるぞ。そうなる前に、こちらから先手を打つべきだということが分からないのか?」

 ルアンは口をつぐんだ。そして再び沈黙が流れたが、いきなりだれかが笑い声を上げる。若手のゼロムだ。

「これは面白いですね。まさか新参からそこまで言われるとは」

 ゼロムと俺の視線がぶつかる。

「ま、仕方ありませんね。正直に言いましょう。私は怖いんです」

 ゼロムはに深く座り、頭の後ろで両手を組む。

「どんな方法を使ったのかは知りませんが、その黒幕ってやつは……伝説の暗殺集団である夜の狩人を雇いました。つまりやつに対抗すれば、私の頭も一晩で消えてしまうかもしれないんです」

 みんなゼロムを見つめたが、ゼロムは顔色一つ変えずに話を続ける。

「私はもっと生きたいんです。この件を解決するために命までかけるつもりはありません」

「ゼロムの言う通りだ」

 ルアンがまたゼロムに同意する。

「私たちは黒幕についてほぼ何も知らない。それに対してやつはいつでも暗殺者を派遣できる。こちらから動くにはあまりにも危険度が高い」

「その危険、全部俺が背負ってやる」

 俺は声を上げた。

「あんたらが動く必要も無い。ただ俺の行動をもくにんするだけでいい。そして……」

 全員の顔を見回して、俺は説明を続けた。

「この件の実質的な指揮者は俺だと公表しろ。黒幕に対する調査やついせきは、全部俺の独断で行われているんだと。そうすれば黒幕も真っ先に俺を狙ってくるだろう」

 全員息を殺して俺を見つめる。

「このまん工作を完成させるために、あんたらは今日から俺に敵対しろ。何なら部下たちに俺をしゆうげきさせてもいい。それであんたらが危険になることは無くなるはずだ」

「……面白い」

 ずっと黙っていたクレイ船長が口を開いた。

「面白いやつだな、レッド。気に入った」

 クレイ船長は席から立ち、俺に近づく。

「欺瞞工作はらない。この件に関して、今日から私と私の組織はお前に協力しよう」

「ありがとう」

 俺はクレイ船長とあくしゆした。

「他の2人は? さっき話した通り、協力したくなければ俺の行動を黙認するだけでいい」

「ま、分かりました」

 ルアンが答えた。

「協力はちょっと危険がありますが、情報交換くらいなら出来そうです」

「ありがとう」

 俺は残り一人、つまりゼロムの方を見つめた。彼は俺を好奇の目で見ている。

「あんたはどうだ? 協力したくなければ……」

「いえいえ」

 ゼロムが首を横にる。

「ちょっとかんたんして言葉を失っていました。レッドさんはこの都市の出身でもないのに……何故なぜそこまでするのかな、と」

「別に大した理由は無い。黒幕を探し出して、その顔にこぶしを一発入れたいだけだ」

「なるほど」

 ゼロムは笑った。

「分かりました。私も情報交換くらいなら出来ます」

「ありがとう」

 これでこの都市をすみずみまで調べられるようになった。まだ道は遠いが、少し進展したわけだ。そしていつかは……黒幕の首をこの手でつかんでやる。

---

 総会が終わり、俺とロベルトはいつしよに夜道を歩いた。

 周りにはまだ屈強な男たちが並んでいる。ボスたちの安全のためだ。

「……レッドさんのおかげです」

 ふとロベルトが口を開いた。

「レッドさんのおかげで、全員の協力を得ることが出来ました」

「これで少しでもかりが見つかるといいけど」

 大きな都市を徹底的に調査するのは、決して簡単な作業ではない。でも今は出来るだけのことをやるしかない。

「しかしレッドさんが指揮をっていると公表すれば、本当に『夜の狩人』の暗殺者に狙われるかもしれません」

「最初からそのつもりだったのさ」

 俺は笑った。

「直接戦ってみたから分かる。あの暗殺者は……俺が相手にしなければならない」

「……本当に感服いたしました」

 ロベルトが俺を見上げる。

「私はレッドさんの器を高く評価しているつもりでした。でもそれすら過小評価だったのかもしれません」

「さあな」

 俺はニヤリとした。

「それよりロベルトさん、総会の一員なんだけど」

「はい」

「あの中の一人が『黒幕』である可能性は無いのかな?」

 俺の質問に、ロベルトは少し間を置いてから答える。

「その可能性は……否定できません」

「やっぱりか」

 俺はうなずいた。

「ま、あんたとビットリオは除外してもいいだろう」

「はい」

 ロベルトが笑顔で頷いた。

 ロベルトとビットリオを除けば……残りはクレイ船長、ルアン、ゼロムの三人だ。この三人なら暗殺者を雇えるほどの財力もあるだろう。

「三人をこっそり調べることは出来るだろうか?」

「難しいと思います」

 ロベルトが首を横に振った。

「彼らは組織を率いているし、ある程度の情報力も持っています。気付かれずに調査することはほぼ不可能でしょう」

「そうだな」

 やっぱり今は少しずつ手掛かりを探していくしかないか。いそがしくなるだろうな。

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 そして翌日の朝、俺は組織員たちと一緒にけるたくをした。本格的にこの都市を調査するためだ。

「もう説明した通り、暗殺者が俺を狙ってくる可能性が高い」

 俺は組織員たちを眺めながら話した。

「もしあやしいやつを見つけても、一人で対応するな。まず俺に知らせろ」

 組織員たちは口をそろえて「はい!」と答えた。

「よし、出るぞ」

「その、ボス」

 リックが俺を呼んだ。

「どうした、リック?」

「例の食堂のことですが」

「食堂?」

 おれは眉をひそめた。

「トムが紹介してくれた食堂です」

「……ああ、あれか」

 俺が率いている『レッド組』は、まだちゃんとした収入源を確保できていない。だからいつも運営資金にゆうが無い。トムはそれに気付いて、俺に『食堂の買取り』を提案してきた。それで俺はリックにその食堂の経営状態を調べさせたわけだ。その後いろいろあってすっかり忘れていたけど。

「で、どうだった?」

「トムの話通り、結構安定した食堂でした。買取りすれば組織の運営に役立つはずです」

「それはよかったな。じゃ、今夜食堂の店主に会ってみよう」

「はい」

 俺は組織員たちを率いて本拠地を出た。今日は本拠地の周り、すなわち港の周辺を調査するつもりだ。

「……ん?」

 ところが……本拠地を出たたん、俺は少しおどろいた。誰かが本拠地の前に立っていたのだ。しかもそれは……。

「お前は……デリック?」

 それはデリックだ。薬物『天使の涙』の実験に利用され、俺と戦ったあのデリックだ。

「どうしてここにいるんだ?」

 デリックは薬物中毒により、もう長く生きられない。だから俺はかれを故郷に戻らせたんだが……。

「レッドさん、ぼくは……」

 デリックの顔はひどくやつれていて、今にも倒れそうだ。

「僕は、役に立ちたいんです」

 デリックはうなれて、ふるえる声で話を続ける。

「僕はです。故郷に戻っても……一人で死ぬだけです。だから……ここに来ました」

 いつの間にか彼は泣いている。

「知っています。僕は馬鹿です。生まれてこの方、人の役に立ったことなどありません。いつもめいわくばかりかけて……でも……」

「デリック……」

「でもせめて、死ぬときだけは……役に立ちたいんです!」

 デリックは涙を流しながらさけんだ。俺は彼のかたに手を乗せた。

「その心、しっかり受け取った」

「レッドさん……」

「今日からお前は俺の組織の一員だ。一緒に……この都市を守りこう」

「……ありがとうございます!」

 そうやってレッド組は八人になった。

---

 俺は組織員たちと一緒に船着場に行った。そこには数十人の屈強な男が並んでいた。俺が近づくと、その中の一人が俺に話しかけてくる。

「レッドさんでいらっしゃいますか?」

「ああ」

「クレイ船長の命令により、今日からレッドさんに協力することになりました」

 彼らはクレイ船長の部下たちだ。約束通り、俺を手伝ってくれるのだ。

 俺は彼らと俺の組織員たちに調査を命令した。怪しい連中、捨てられた建物、よう不明の場所……この周りを隅々まであくしておきたい。

 もちろんその中に手掛かりがある可能性は低い。だが『その中に手掛かりは無い』ということだけでも確認するべきだ。

「デリック、お前は俺についてこい」

「はい」

 デリックは今にもたおれそうなのに弱音一つもかず、俺の後ろを歩く。

「……大丈夫か?」

「はい」

 デリックの声にはるぎが無い。これ以上心配するのは彼のかくに水を差すことだ。俺はもう何も言わないことにした。

 やがて俺たちは港のすみに位置する建物の前で足を止めた。一見ただの捨てられた倉庫に見える建物だ。

「ここは……」

 デリックが目を見開く。ここはデリックが俺に教えてくれた、薬物の売人のかくだ。

「先日、俺と組織員たちがここを襲撃して、中にいたやつらを全員つかまえた」

「そうですか……」

「だがまだ手掛かりが残っているかもしれない。探してみよう」

「はい」

 俺とデリックはこわれたとびらを開いて建物に入った。内部は暗いけど、高いところの窓から日差しが入ってきて完全に見えないほどではない。

「お前はここで実験を受けたんだろう?」

「はい、あそこの地下室で……」

 デリックは手をばして、地下室への通路を指さした。

「薬物を飲まされたり、持久力と筋力をためされたりしました」

「それで最後はかくとう場で戦わされたのか」

「はい」

 なるほど。

「実験を担当したのは誰だった?」

「売人とその手下たちでした」

「そいつらは全員捕まえたけど……その背後にいる『黒幕』については何か知らないのか?」

 デリックはしばらくかんがんでから、口を開く。

「そう言えば……」

「何か思い出したのか?」

「はい、たった一度だけ……見知らぬ二人が実験に立ち会ったことがありました」

 見知らぬ二人?

「一人は中年の男でした。体格がよくて、ちょっとえらそうな態度で……長いくちひげが印象的でした」

「もう一人は?」

「もう一人は……フードをかぶっていて顔が見えませんでしたが、普通の体格の男でした」

 体格のいい中年の男と、顔を隠していた男か。

「今考えてみると、その二人は売人に指示をしているような感じでした。もしかしたら実験の黒幕だったのかもしれません」

「その二人について、他に覚えていることは無いのか?」

「はい。一度だけ、しかも遠くから見ただけでして……」

 俺は頷いた。

「ありがとう、いろいろ助けになる情報だった」

 俺がそう言うと、デリックの顔が少し明るくなる。

 二人の男……俺はこの情報についてもっと調べるために、売人の隠れ家を出た。

---

 俺はまずほんきよでデリックを休ませた後、格闘場に向かった。ロベルトに会うためだ。

「レッドさん」

 格闘場の事務室に入ると、ロベルトが俺をむかえてくれた。

「ロベルトさん、ちょっとかくにんしたいことがあるんだ」

「何でしょうか」

 俺は単刀直入に話を進めた。

「死んだラズロのことなんだが」

「はい」

「彼は口髭を生やしていたのか?」

「はい、彼は長い口髭を生やしていました」

「じゃ、可能性はあるな」

 俺はデリックから聞いた情報をロベルトに話した。

「長い口髭が印象的な、体格のいい中年の男……確かにラズロさんのとくちよういつしますね」

 ロベルトと俺の視線が交差した。

「つまり、もう一人が……?」

「ああ。顔を隠したまま実験に立ち会ったこと、そしてラズロと対等な関係に見えたことからして……そいつが『黒幕』である可能性が高い」

「そうですね」

 ロベルトが頷いた。

「デリックは『普通の体格の男だった』と証言した」

「普通の体格の男……」

「ロベルトさん、『総会』の一員の中に……普通の体格の男がたった一人だけいるような気がするんだが」

 俺がそう言うと、ロベルトが目を見開く。

「まさか……」

 この都市の裏を牛耳っている総会の中で……ロベルトは長身、ビットリオは太った体型、クレイ船長はきよかん、ルアンはがらだ。たった一人……若手のゼロムだけが普通の体格だ。

「もちろんゼロムが黒幕だと確定したわけではない。だがやつは総会で黒幕に敵対することを反対した。怪しいといえば怪しい」

「そうですね」

「ゼロムのことをくわしく調べてほしい。気付かれても構わない」

「分かりました」

 その時、ロベルトの部下が事務室に入ってきた。

「ボス、急な知らせです!」

「何事だ?」

「ビットリオさんが……警備隊隊長殺害の容疑でたいされました!」

 俺とロベルトは驚いて、たがいを見つめた。

「ロベルトさん、これは……」

「はい、しき事態です」

 ロベルトが深刻な顔で言った。

「ラズロさんが殺害された事件と、ビットリオさんの関係性についてはまだ知られていないはず。それなのに逮捕されたということは、どこかで情報がれたにちがいありません」

「まずビットリオから話を聞いてみよう」

「はい、面会に行きましょう」

 俺とロベルトはさつそくかくとう場から出て、大通りを歩いた。そして二十分くらい後、都市の真ん中に辿たどり着いた。そこに警備隊の本部がある。

 警備隊本部は高いかべに囲まれていて、その周辺には武装した兵士たちが見回りをしている。流石さすが正規軍の本部だけあって防備がかたい。

 俺たちは正門に近づいた。すると門番が無表情で口を開く。

「どういうご用件ですか?」

「容疑者の面会に来ました」

 ロベルトはがおで答えてから、門番に数枚の銀貨をそっと渡す。

「……身体検査をします」

 門番は俺たちが武器を持っていないか検査した後、正門を開けてくれた。

 正門をくぐると、無骨な三階建ての建物が見える。あれが警備隊本部だ。本部の周りにも兵士たちが二人一組になって配置されている。結構殺風景だ。

 警備隊本部の内部に入ると、士官に見える男が「貴方あなたたちは誰ですか?」と聞いてきた。

「容疑者の面会に来ました。規則上、問題ないはずです」

 ロベルトは士官にも数枚の銀貨をそっと渡した。士官はするどい目つきで俺たちを見つめる。

「余計なをすると、貴方たちも逮捕します」

「分かっています。注意します」

 結局俺たちは兵士たちのかんを受けながら、本部の地下に向かった。地下には広いろうがあり、左右にてつごうの部屋が並んでいる。ろうごくだ。

「おい、こっちだ」

 階段のすぐ隣の牢獄から呼び声がした。振り向くと、太った体型の中年男性が見える。

「ずいぶん早くきてくれたな、ロベルト。そして化け物」

 がんじような牢獄の中に、ビットリオがすわっていた。別になぐられたりはしなかったみたいで、むしろ余裕のある顔をしている。

「意外と気楽みたいだな」

「私を誰だと思ってるんだ? 牢獄などもう慣れている」

「流石裏組織のボスだ」

 俺は笑った。

「で、どうやって逮捕されたんだ?」

「女がめ込んできたのさ」

「女?」

「ああ、特別調査官とかいう若い女だった。結構いい女だったなー」

 特別調査官?

「その女は私たちがラズロを試みたことを知っていた。それに殺害の容疑までかけられて、結局逮捕されたわけだ」

 ビットリオは顔をゆがませて笑った。ロベルトは深刻な顔になり、ビットリオに一歩近づく。

「ビットリオさん、拉致に関する情報が漏れたということは……」

「密告だ。他に何がある?」

 ビットリオが立ち上がる。

「拉致について詳しく知っているのは、私の部下たちと総会の一員だけだ。もちろん部下たちが私を裏切ったはずはない。そんなことすればどうなるのか、みんなよく知ってるからな」

「じゃ、総会の誰かが密告したと?」

「もちろんだ。たぶんルアンかゼロムだ。私たちをぼうがいするつもりだろう」

 俺とロベルトの視線が交差した。やっぱりゼロムが怪しい。

「とにかくお前たちも注意しろ。あの女……わいきようはくが通じる人間じゃないぞ」

「あんたこそ気を付けろよ」

「だから私を誰だと思ってるんだ? 適当にお金をばらけば、牢獄も天国だ」

 ビットリオが不敵に笑う。この調子だとしばらく問題なさそうだ。

 俺とロベルトはビットリオと別れ、警備隊本部を出て正門へ向かった。これから密告者の正体を追跡するべきだ。ところがその時……誰かが兵士たちを率いて、正門を潜ってきた。

「レッドさん」

「ああ」

 俺とロベルトはけいかいした。正門を潜ってきた人物は……かわよろいを着て、こしけんを差しているきんぱつの若い女だ。たぶんビットリオの言っていた『特別調査官』なんだろう。

「そこの二人」

 女がこちらに向かって声を上げる。

「ちょっとこっちに来い」

 確かに美人ではあるが、なかなか高圧的だ。俺たちはかのじよに近寄った。

「フードを外せ」

 女が俺に向かってそう言った。俺は無言でフードを外した。

「……なるほど。本当に赤いんだな」

 女がかすかに笑う。

「お前たちがロベルトとレッドなんだろう?」

「はい」

 ロベルトが女の質問に答えた。

「仲間の面会に来たのか?」

「はい、ビットリオさんと面会して帰るところでした」

「……少し話がある。ついてこい」

 結局俺たちは女の後ろを歩いて、今出たばかりの警備隊本部にもどった。そして一階の隅の部屋に入った。

 女が窓側の大きな机にこしけると、四人の兵士が彼女の左右に並び立つ。

「私は」

 女が俺たちをながめながら口を開く。

「王室直属のであり、特別調査官である『ドロシー・テレント』だ」

 立派な貴族様か。ま、高圧的な態度からしてそうだろうな。

「お前たちについてはいろいろ聞いた。特に赤い方は……一人で百人を倒したとか」

 ドロシーが俺に冷たいまなしを送ってくる。

「そのうわさ、本当か?」

ちようされた噂だ。でももう説明するのもめんどうくさい。信じたいように信じろ」

 俺の答えにドロシーは「ふっ」と笑う。

「まあ、いい」

 ドロシーは机から腰を上げて、俺に一歩近づく。

「私は警備隊隊長ラズロを殺した犯人を探している」

「言っておくけど、ビットリオと俺たちは殺していないぞ」

「それは分かっている」

 何?

「犯人は……『夜の狩人かりゆうど』の暗殺者だ」

「知っていたのか。じゃ、どうしてビットリオを逮捕したんだ?」

 俺はドロシーを睨みつけた。赤いはだの巨漢に睨まれたら、男でもつうひるむけど……ドロシーは動じない。

「お前たち三人がラズロのを計画していたという密告があってな」

「誰からの密告だ?」

「それを教えるとでも思うのか?」

 ドロシーの声が冷たくなる。

「現場の状態からみて……誰かがラズロの護衛を倒し、彼を拉致しようとしたのは確かだ。そしてその誰かは相当な強者だ。護衛を全員いちげきで倒したからな」

 ドロシーが俺の顔をぎようする。

「レッド、お前ならそれが出来ると思うけど」

「ドロシーきよう

 ロベルトがばやく口をはさむ。

「ラズロさんと私たちの間に少しごとがあって、彼の護衛としようとつしたのは事実です。しかし私たちは拉致まではやっていません」

「そんな言い訳は通用しない」

 ドロシーの声がさらに冷たくなる。

「正直に言ったらどうだ?」

「ああ、正直に言ってやる」

 俺はドロシーに一歩近づいた。もう俺とドロシーは互いの息を感じるほど近い。

「ラズロの拉致を計画して、護衛を倒したのはこの俺だ」

「レッドさん」

 ロベルトがあわてたが、俺は無視した。そしてドロシーはそんな俺を見上げる。

「……どうしてラズロの拉致を計画した?」

「あいつがこの都市に薬物を広めていたからだ」

 俺は全部説明した。ラズロが薬物を広めていたこと、だから拉致を計画したこと、しかしもう殺されていたこと……もちろん全部俺が独断でやったことにした。

「ロベルトとビットリオは、俺の独断に巻き込まれただけだ。計画を立てたのも、実際に動いたのも全部俺だ」

「ふーん」

 ドロシーがこうの眼差しで俺を見つめる。

「つまり、お前たちは裏組織のくせにこの都市を守ろうとした……そう主張するのか?」

「ああ、そうだ」

 俺もドロシーに冷たい視線を送った。

「そもそもお前らかんと警備隊がはいしていなかったら、俺たちが動くまでもなかった」

 俺がそう答えると、ドロシーの左右の兵士たちがいつせいにらんでくる。

「言ってくれるね」

 だがドロシーはむしろ笑顔を見せる。

「ま、ここでお前たちを逮捕することも出来るけど……」

 ドロシーは足を運んで、再び机に腰掛ける。

「今日のところは帰っていい。ただし……この都市からげられると思うな」

 ドロシーの眼差しはこおりつくほど冷たい。俺とロベルトは無言で警備隊本部を出た。

---

 その後、俺とロベルトは格闘場に戻って今のじようきようを整理してみた。

「密告者か」

 やっぱり当面の問題はそれだ。一体誰が俺たちの拉致計画について密告したんだろう? やっぱりゼロムだろうか?

「でも少し雑ですね」

「雑?」

「はい。密告って、裏社会ではそこまで有効な方法ではありません」

 ロベルトがあごに手を当てて説明を続ける。

「たとえ密告で逮捕されても、組織のボスがしよばつされることはほぼありません」

「ふむ」

「たまにドロシー卿のような使命感の強い人もいますが、その上の人間に賄賂をわたせば済む話です。ビットリオさんの話通り、お金をばら撒けばそこまで問題ではありません」

 なるほど。

「それに密告したことが追跡されて正体を知られたら、密告者はもう裏社会では生きていけません。つまり密告って効果は低いのに危険度だけ高い方法です」

「じゃ、もしゼロムが本当に『黒幕』だとしても……密告したはずはないと?」

「はい、ゼロムらしくないし……黒幕らしくもないです」

「確かに」

 自分の正体を隠すために味方まで殺した黒幕が、そんな雑な方法を使うわけがないか。

「しかもこの密告によって、薬物や人体実験の件が警備隊の耳にも入るようになりました。黒幕としては損ばかりであまり得はありません」

「そうだな。じゃ、一体だれが?」

 ロベルトはしばらく考えてから口を開く。

「そうですね。いて言えば、ルアンさんなら密告をやってしまうかもしれません」

「どうしてだ?」

「あの人はしんちようよそおっていますが、実はただのおくびようものです」

 俺はしらのルアンの姿を思い出した。彼は裏組織のボスというより、有能な経営者に見えた。

「その臆病な性格のおかげで、てつていてきな計画を立てることにけている人です。しかし危機に弱いというか……想定外の事態が起こると、とんでもないちがいをおかしたりします」

「なるほど」

 裏組織のボスのくせに臆病者か。

「じゃ、ルアンが密告者かどうか……確認してみよう」

「確認、ですか?」

「ルアンのろうに手紙を送るんだ」

 俺はニヤリと笑った。

「手紙の内容は『お前のやったことは全部分かっている。レッドより』でいいだろう」

「なるほど」

 ロベルトもニヤリと笑う。

「確かに効きそうですね。すぐ手配します」

「ああ」

 俺は頷いてから、話題を変えた。

「しかし……何故ドロシーは俺たちを逮捕しなかったんだろう? もちろんすぐしやくほうされるかもしれないけど、逮捕しておいて損はないはずなのに」

「あのお方は、たぶんレッドさんに興味を持っています」

 俺に興味?

「レッドさんの力を上手うまく利用したいと思っているに違いありません」

「なるほど、そういう興味か」

「もうすぐ向こうからせつしよくしてくるはずです」

「そうかもな」

 あの女が何をたくらんでいるのか気になる。今度会ったらそれを確かめる必要があるな。

---

 俺はロベルトと別れて大通りを歩いた。組織員たちと合流しなければならない。しかし一人で歩いてから間もなく、俺は自分がこうされていることに気付いた。

「へっ」

 俺もいろんな意味で注目されているな……と思いながら、ひとのない路地裏に入った。するといきなり三人のくつきような男が現れて道をふさぐ。

「やることがこつだな」

 いつの間にか後ろからも三人の男が現れ、俺は完全に包囲された。

 お前らの所属はどこだ? と聞くまでも無い。パッと見ただけでも、よく訓練されている連中だと分かる。この都市でここまで訓練されている連中は……『レッド組』を除けば、正規軍だけだ。

 六人の屈強な男は少しずつほうもうを縮めてくる。そして俺とのきよが約五メートルになったしゆんかん、俺に向かってとつげきする。

「ぬおおおお!」

 俺も正面のやつらに向かって突撃した。三人の男が俺をしようとするが……そのままぶっ飛ばされる。

「ぐおおおお!」

 倒れた男の身体を持ち上げて、後方からせまってくるやつらに投げ飛ばした。後方の三人がしようげきでふらつき、俺はそのすきのがさずこぶしるってやつらをこうげきした。

「うぐっ……!」

 結局六人はていこうらしい抵抗も出来ないまま倒れた。俺は一人のむなぐらつかんで持ち上げて、じんもんをしようとした。

「そこまでだ」

 いきなり女の声が聞こえてきた。振り向いたらそれは……もちろんドロシーだ。彼女は多数の兵士を率いて、俺に冷たい視線を送っていた。

 俺が無言で見つめると、ドロシーは俺に近寄る。

「……訓練された六人の兵士をいつしゆんで倒すとは」

 彼女は倒れている男たちを見下ろす。

「騎士の中でも、こんなことが出来るのは少数だ。しかも武力だけではなく、じようきようあくりよくと判断力もなかなかだな」

 俺はドロシーを睨みつけた。

「俺の力を試してどうするつもりだ?」

「利用価値がある者は、利用せねばな」

 ドロシーのれいな顔にみがかぶ。

「どうだ、私の下で働いてみないか?」

「断る」

 俺はそくとうした。

「対等な関係を築きたいのなら、協力してやる。しかしあんたの下で働くつもりは無い」

「対等な関係? 私と?」

 ドロシーがれいしようする。

「私が一言命令を出せば、お前はここから生きて帰れない」

 多数の兵士たちが並び立って、ドロシーの命令だけを待っている。場合によっては……らんとうが始まる。