第三章 ただの怒りではなく、それ以上の何かを



 かくとう場での戦いは、俺にとって本当に有益だった。お金もかせげるし、いろいろ勉強にもなる。

 俺はいろんな格闘技の技を身に付けたが、それらを思う存分に使ったことは無い。何しろ戦える相手が鼠の爺しかいなかったし、爺は強すぎて練習相手には不向きだ。でも格闘場には俺と対等に戦えるやつらがいくらでもいる。俺としては思う存分に技を練習できるわけだ。

 しかしアイリンは俺が格闘場でなぐられると悲しむ。だからあの子には試合を見せたくない。いつしよに出掛けたい時はなるべく試合の無い日を選ぶ。

 爺は俺がアイリンと『平和な時間』を過ごすのが気に入らない様子だ。俺の怒りが弱まることを心配しているんだろう。おかげで爺は以前よりもアイリンに冷たく接している。困ったものだ。

 確かにアイリンのおかげで俺の怒りは少し弱まったのかもしれない。でもだからといって止まるつもりは無い。俺の胸の中には……怒りとは別の何かが生じ始めたのだ。

 そう、あの夜からだ。爺から『覇王』という言葉を聞いたあの夜から……俺は自分の進むべき道が、ただの破壊やぞうとはちがうことに気付いた。

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 そして春のある日のことだった。格闘場で結構苦戦した俺は、宿で一晩休んでから小屋に帰った。ボロボロの姿で帰ったらアイリンが悲しむからだ。

 朝の日差しを浴びながら小屋の前まで行くと、俺の足音に気付いてアイリンが出てくる。

「あう!」

 アイリンは笑顔で俺に抱きつこうとした。しかし次の瞬間、その笑顔は消えてしまう。

「あ、あう……」

 俺の顔にまだ傷が残っているせいだ。アイリンは涙目になって俺を見上げる。

「心配するな。これくらい大丈夫だ」

 俺が笑うと、アイリンは指で地面に『本当に大丈夫?』と書いた。

「本当に大丈夫だ。俺は頑丈だからな」

 アイリンは少し安心した顔になり、また地面に文字を書いた。それは……『いつもありがとう、レッド』だった。

「……俺の方こそ、いつもありがとう」

 俺が何故なぜそう答えたのか、自分自身でもよく分からなかった。

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「今日も素晴らしい試合でした!」

 試合が終わって格闘場の二階に上がると、トムが明るい顔でタオルと水をわたしてくれた。

「これで九連勝ですね! 流石さすがレッドさんです!」

「ありがとう、トム」

 九連勝……もうそんなに戦ったのか。ま、格闘場で戦い始めてからもう三ヶ月くらいったからな。

 しかし考えてみれば相当厳しい日程だった。他の選手たちは、試合の傷やろういやすために何ヶ月もきゆうけいする場合もある。でも俺は大体十日に一回は戦ったわけだ。

「今日の報酬は、ボスが直接渡したいそうです」

「そうか。分かった」

 俺はトムにタオルとコップを返して、二階の奥の部屋に入った。まるで貴族の居所みたいにれいな部屋……そこであの男が俺を待っていた。

「レッドさん」

 ロベルトはゆっくりと席から立って俺にあいさつする。裏組織のボスとは思えないゆうな身のこなしだ。

「今日もお見事でした。レッドさんの試合にはいつも感心しています」

「ありがとう」

「こちらが今回の報酬です」

 俺はロベルトからこうの入った革袋を受け取った。結構なお金だ。格闘場の選手たちが命をかけて戦うのも頷ける。

「ところで……レッドさんと静かに話がしたいのですが、時間は大丈夫でしょうか?」

「問題ない」

 ロベルトが目配せすると、かれの部下たちが部屋から出ていく。一体何の話をするつもりなんだろう?

 沈黙の中で、俺とロベルトは一緒に窓の外を眺めた。窓を通じて夜の都市の光が見える。アイリンにも見せてやりたい風景だ。

「……今日の勝利で、レッドさんは九連勝ですね」

 ふとロベルトが話を始める。

「こんなに短期間で九連勝……本当に十七歳とは信じられない強さです」

「そんなことはいい。本論に入ってくれ」

「分かりました」

 ロベルトがかすかに笑う。

「実は……この格闘場には『十連勝のジンクス』がありましてね」

「十連勝のジンクス? 何だ、それ?」

 俺が首をかしげると、ロベルトが説明を始める。

「格闘場の選手たちはけん慣れした強者ばかりだから、十連勝は至難の業です。私はこの格闘場を二十年近く運営していますが、十連勝した選手は六人だけです」

 二十年の間、六人だけ……確かに少ない。

「ところが、その六人のほとんどは十連勝を記録した直後……不幸な事故にいました」

「事故って」

ひどいつぶれた状態で海に飛び込み、そのままできしたり……大通りで馬車にかれたり、そんな不幸な事故です」

「なるほど、それが十連勝のジンクスか」

 話が見えてきた。

「つまり十連勝をした時点から、だれかにねらわれるわけだな?」

 俺の質問にロベルトは笑顔を見せる。

「格闘場の試合を楽しんでいるのは、表の観客だけではありません。裏で試合を楽しんでいる人たちもいます。ちょっと力のある人たち……ですね」

 表の観客たちとは別に、裏でばくをしている連中がいるのか。たぶん……裏組織のボスたちなんだろう。

「あの人たちは試合の勝敗にびんかんでしてね。十連勝するほど強すぎる選手が現れると、あの人たちからきらわれるわけです」

 なるほど、特定の選手が強すぎると博打が成立しにくいから……裏組織の手によって『不幸な事故に遭わされる』わけだ。

「話は分かった。知らせてくれてありがとう」

「いいえ」

 ロベルトが優雅に笑った。

「自分はレッドさんに期待しています。何せレッドさんはあのねずみじじいですからね」

 俺とロベルトの視線が交差した。

「十連勝した六人の中で、不幸な事故にもくつせず勝ち続けた選手がたった一人います」

「それが鼠の爺か」

「はい」

 ロベルトがゆっくりと頷く。

「三十連勝した時点から、誰もじいさんの相手をしようとしなかったせいで……仕方なく引退してしまったのですが。それももう十年以上前のことですね」

「なるほど」

 俺も頷いた。

「その弟子のレッドさんも、どうか十連勝のジンクスに負けないでください」

「ああ」

 爺は俺に『南の都市で一年以上生き残れ』と言った。その言葉に隠された意味を理解した俺は、こぶしを強くにぎりしめた。

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 とうとう俺の十戦目の日がやってきた。

 俺はいつも通りフードを被り、手に包帯を巻いて小屋を出るたくをした。アイリンがそんな俺を見上げている。

「行って来る」

「あう」

 アイリンの頭をでてやってから、俺は小屋を出た。小屋の外には爺が立っている。

「格闘場に行くのか、レッド?」

「ああ、今日が俺の十戦目の日だ」

「そうかい」

 爺は無表情だ。

「爺」

「何だ?」

「俺のいない間、アイリンのことをたのむ」

 爺の顔にれいしようかぶ。

「まるであの子がお前の弱点であるかのような発言だな」

「さあな」

「……余計な弱点をかかえていては、いずれきゆうおちいるぞ」

 俺はその言葉に答えずに、足を運んだ。

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みなさん! これから十四戦十二勝二敗のレイモン様と、九戦九勝のレッド様の対決が始まります!」

 進行係が宣言すると、観客たちがねつきようてきかんせいを送ってくる。

「レイモン、赤い化け物を退治してくれ!」

「ここで勝てば十連勝だ! レッド!」

 俺は『レイモン』を眺めた。筋肉はあるけど、どこか静かなふんの若い男だ。顔は無表情で、視線を地面に落としたまま俺を見ようともしない。みようなやつだ。

「では、この試合を存分に楽しんでください!」

 集金が終わると進行係が試合場から逃げ出す。そして俺の十戦目の試合が始まる。

「うっ……!」

 試合が開始した直後、俺は思わず後退った。静かに立っていたレイモンがいきなり俺に殴りかかってきた!

「こいつ!」

 今までの相手は……多少の差はあれど、みんな俺の体格と肌色を見てけいかいしんを抱いた。しかしこのレイモンにはそれが無い。無表情のまま、全力で俺をたおそうとする。

「いいぞ、レイモン!」

「赤いろうをぶっ殺せ!」

 しかもレイモンの動きは、しっかりたんれんされた格闘技の技そのものだ。右の拳が飛んでくると思ったら、実際は左足のりが飛んでくる。そういう変則的なこうげきを自由に使えるのは、相当なれのしようだ。

「ちっ!」

 レイモンの華麗な技に、俺も技で対応した。またたに数十をえるこうぼうが交差したが……俺はやつの技の壁をとつできなかった。

 まずはこいつのきんこうくずすべきだ。そう判断した俺は攻防の途中、レイモンの足を狙って蹴りを入れた。するとレイモンは一歩左へげる。綺麗なかいだが……俺の予測のはんないだ!

「はっ!」

 俺は大きく前進して、レイモンの顔面に拳を放った。相手の移動経路を完全にとらえた上でのいちげき……これは回避できまい!

「くっ!」

 レイモンが声をらす。俺の一撃が当たったのだ。しかしやつは倒れなかった。せつ、レイモンはりよううでを交差して俺の拳を受け止め、がいを最小限にとどめた。

「おおお!」

「もっとやれ! 殴れ!」

 観客たちの歓声の中で、俺はおどろいた。こいつは……強い。他の選手たちに比べて速いわけでもわんりよくが強いわけでもないけど……格闘技をきわめている。こんなやつがどうして二回も負けたんだ?

 レイモンは目を見開いて俺を見つめる。やつも俺が自分の格闘技に対応してきて驚いたんだろう。

「へっ」

 やっぱり楽しい。経験したことの無い新たな敵との真剣勝負が……俺にはこの世の何よりも楽しい!

 俺は拳を握りしめた。俺とレイモンは、技なら互角だ。このまま技で対等に渡り合うのも楽しそうではあるけど……力でひねつぶしてやる!

「はっ!」

 短い気合と共に俺は全身全霊の力を集中させた。するとまるで燃え上がるように身体が熱くなる。俺の赤い身体がそのままえんになった気持ちだ。そしてその直後……俺はレイモンの目の前に立っていた。

「うっ!?

 レイモンがあわてる。俺のきよたいがいきなり目の前までせまってきたから当然のことだ。急いでぼうぎよしようとするレイモンの全身に、俺は無数のげきを与えた。せいけんき、ひじ打ち、体当たり、回しり……あらゆる技をいつしゆんに叩きむ!

「くっ!」

 一発一発がめいしようになり得る攻撃が、まるで台風でもれるように無数に飛んでくる。いくらレイモンが格闘技の達人でも、この連続攻撃を全部受け止めることは出来ない。

「ぐはっ……!」

 レイモンは一瞬でボロボロになってひざをつく。俺はやつの頭を強打する寸前で手を止めた。

「あ……」

「何だ、あれは……?」

 格闘場がせいじやくに包まれた。観客たちは前の光景に言葉を失った。俺のデビュー戦の時と同じだ。でもあの時に比べて、俺は落ち着いている。

「レ、レッド様の勝ちです!」

 進行係がさけぶと、やっと観客たちの歓声がもどる。しかし俺は落ち着いた気持ちで拳を握りしめた。これで十連勝……さらなる戦いが俺を待っている。

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 試合が終わって二階に上がると、いつも通りトムが近づいてくる。

「今日も本当にらしい試合でした!」

 俺はトムからタオルと水をもらい、あせいて水分を補給した。

「もうあつとうてきでしたね! 流石レッドさんです!」

「ありがとう」

「傷の手当てはどうしますか?」

「手当てはらない。ただ……少し休みたい」

「はい?」

 トムは少し驚いたようだった。俺はトムにタオルとコップを返して、近くのすわった。

「レッドさんが休みたいとおつしやるのは、初めてみました」

「それがそんなに驚くことか?」

 俺は苦笑した。

「俺だってつかれたさ。レイモンは今までの相手の中で一番強かったからな」

「でも……以前の試合に比べて大分楽勝に見えましたけど」

「それは俺が以前より強くなったからだ」

 トムが目を丸くする。

「レッドさんはもう最強なのに、まだ強くなるんですか?」

「最強……? 俺が?」

 俺はまた苦笑した。トムは俺に対して何かかんちがいをしているようだ。

「俺は別に最強ではないさ。何しろ、俺は俺よりずっと強い人間を知っている」

「そんな……」

「もちろんいつかはそいつを超えてやるつもりだ。だから俺は強くなり続けなければならない」

 その言葉を聞いたトムは視線を落とし、少し間を置いてから口を開く。

「自分は……自分も……」

「ん?」

「い、いいえ。何でもありません。どうかごゆっくりしてください」

 トムがその場を去った。不思議なやつだ。

 しばらく座っていると、次の試合の選手たちが姿を現した。彼らは俺が座っているところをげんそうに見つめる。仕方が無い。俺は本当に疲れているのだ。

 試合の最後、俺がレイモンを倒すために放った連続攻撃……その『ぜんしんぜんれいの動き』は、鼠の爺の技だ。限界をえて全身の筋肉を動かし、一瞬だけばくはつてきな腕力と速さを手に入れる技。実戦で使ったのは初めてだ。

 身体にねむっているせんざい能力を引き出すわけだから、確かに強い技ではある。だが……いかんせん負担が酷い。おかげで今も身体のあちこちで筋肉が悲鳴を上げている。ごろの鍛錬をおろそかにしていたら、レイモンを倒す前にめつしたかもしれない。

「うっしゃ」

 俺は席から立った。いつまでもこんなところで休んでいるわけにもいかないし、宿に行こう。裏組織のやつらも流石に今日は手を出してこないだろう。

「レ、レッドさん」

 俺が階段を降りようとした時、誰かが俺を呼び止めた。り向いたらそこには……。

「レイモン?」

 ついさっきまで俺と殴り合っていたレイモンが、ふらつきながら俺を見つめている。

「俺に何の用だ?」

「レッドさんと……少し話したいです」

 レイモンはとても真面目な顔だ。俺は少し考えてから頷いた。

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 俺とレイモンは格闘場を出て、人気の少ない路地裏まで行った。

 月は明るいが、誰かに見られている気配は無い。俺はまだふらついているレイモンをながめた。

「傷はだいじようか?」

「はい、レッドさんが手加減してくれたおかげです」

「手加減した覚えは無いんだが」

「いいえ」

 レイモンは真面目な顔で首を横に振る。

「最後の瞬間、レッドさんは拳を止めてくれました。あの拳が当たっていたら、ぼくいまごろ……」

「その話はいい。それより話したいことは何だ?」

 俺の質問に、レイモンは用心深く周囲を見回してから口を開く。

「……レッドさんは『十連勝のジンクス』という言葉を知っていますか?」

「その話か」

 俺は軽く頷いた。

「ロベルトから聞いた。十連勝した選手は不幸な事故に遭うって話だろう?」

「はい。しかしその話には……裏があります」

 レイモンの顔が暗くなる。

「実は一年くらい前、僕は九連勝を記録しました。しかし十戦目の試合を目の前にして……きようはくを受けました」

「脅迫?」

「はい。『不幸な事故に遭いたくなければ、次の試合には勝つな』という……裏組織からの脅迫でした」

「なるほど、だから二回も負けたのか」

「……はい」

 レイモンが視線を地面に落とす。

「最初はきよしましたが、家族にまで手を出すと言われて……結局彼らの望み通りに二回負けました」

 こんなに強いやつが、何故二回も負けたのか疑問だったが……やっぱり裏があったのか。

「もう知っていると思いますが、格闘場の裏には多数の裏組織がからんでいます。彼らにとって格闘場の試合は代理戦争と言っても過言ではありません。毎試合ごとに、とんでもないお金をけているらしいです」

 レイモンが顔を上げて、俺を見つめる。

「ある選手が十連勝すれば、博打のじやだとにんていされて彼らに狙われます。それが十連勝のジンクスの真実です」

「で、お前は俺を倒すことで助けようとしたのか」

「……はい」

 レイモンが頷いた。

「格闘場の選手たちの間にはおんうわさが流れています。レッドさんはたぶん脅迫に応じないだろうから、結局裏組織によって消されるかもしれない……という噂です」

「なるほど」

「もし僕がレッドさんに勝てば、レッドさんが狙われずに済むかもしれない。僕はそう思いました。でもやっぱりレッドさんには勝てませんでした」

こころづかいはありがとう」

 俺は笑った。

「でも俺はもう十連勝のジンクスの真実を知っていた。ロベルトがヒントをくれたからな」

「知っていたんですか? じゃ、やっぱり……」

「ああ、俺はそんな脅迫に屈するつもりは無い」

「でもそれでは……」

 俺は首を横に振った。

「心配は要らない。それより、もう一つ教えてくれ。お前を脅迫してきた裏組織のそうくつはどこだ?」

「どうしてそれを? まさか……」

 レイモンが目を丸くした。俺は拳を握りしめた。

「試合にばくだいなお金を賭けようが、代理戦争をしようが……俺は別に構わない。だが……勝ちたいなら正々堂々と勝負することだ。人々が楽しんでいるのに後ろでしやくをするやつらは……許せない」

「レ、レッドさん……」

かたぱしから叩き潰してやる」

 おれは自分の身体が熱くなるのを感じた。

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 朝のしんせんな空気を吸いながら、俺は街の中を歩いた。

「今日は日差しが強いな」

 空を見上げてふとそうつぶやいた。フード無しで街を歩くのは久しぶりだ。

「あそこか」

 しばらくして目的地が見えてきた。格闘場から割と近い、三階建ての建物。あそこがレイモンに教えてもらった『裏組織の巣窟』だ。

 巣窟の入り口には二人の男が立っていた。俺はそいつらに近づいた。

「な、何だお前?」

 俺の体格とはだいろを見て、やつらはさつそくけいかいし始める。

「お前たちのボスはどこだ?」

 俺が質問しても、やつらはこんわくした顔で答えない。下っとはいえ、裏組織のくせにけなやつらだ。

「お前たちのボスはどこにいるかって聞いている」

「何でそれを聞くんだ? ど、どこの組織だ?」

「組織?」

 俺は笑った。

「組織なんかねぇよ。俺はレッドだ。ボスにレッドが来たと伝えろ」

「……ふざけやがって!」

 下っ端の一人が拳を振るってきた。どうやら俺の笑いをちようはつとして受け取ったようだ。しかしあまりにもまつな攻撃だ。俺はやつの手首をつかんで、軽くひねってやった。

「は、はなせ!」

「今からでもおそくない。大人しくボスに案内しろ」

 下っ端は俺の警告を無視して、今度は蹴りを入れようとした。それに気付いた俺は先にやつの膝を蹴った。やつは悲鳴と共に倒れてしまう。

「き、貴様!」

 残り一人の下っ端はきようがくし、建物の中へ逃げてしまう。

「へっ」

 結局こうなるのか。俺は下っ端の後を追って建物に入った。

 建物の内部は広くて、所々にテーブルが置かれている。酒場か食堂みたいな感じだ。でも朝だからなのか、今は誰もいない。

「あ、あいつです!」

 誰もいないと思いきや、逃げ出した下っ端が二階から数人の男を連れてきた。たぶん二階がこいつらの生活空間なんだろう。

「てめぇ、何者だ!?

 こわもての男たちがいつせいに俺をにらみつけてくる。やっと裏組織らしくなってきたな。

「お前たちのボスに話したいことがある。案内してくれないか」

「……めんなよ!」

 やつらが動き出す。俺を囲んでタコ殴りにするつもりなんだろう。不良たちもそうだったけど、こんなやつらのやることはいつも同じだ。

 もちろんこいつらは裏組織の一員だけに、不良たちよりずっと強い。だが俺も不良たちを殴った時よりずっと強い。

「うぐっ!?

 まず先頭の男の顔面に拳を放った。軽い一撃だが、それだけでやつの鼻は折れてしまう。その直後、俺はかんはつれずに手をばして……左からかかってくる男の首を掴んだ。

「ぐおおおお!」

 たけびと共に、俺は男の首を掴んだまま振り回した。成人男性の体格と体重がそのまま俺の武器になり、数人の男を倒す。武器になってくれた男も、もう白目をむいていたので手放してやった。

「ば、化け物……!」

 ほんの刹那の、ただ二回の攻撃で……目の前の男たちは戦意を失いつつある。

「クソ野郎が!」

 俺の後ろに回り込んだ男が、ちからいつぱいりを入れてきた。俺は飛んでくる足を狙ってうらけんを放った。蹴りと拳がしようとつし、やつの足の骨が粉々になってしまう。

「こいつ!」

 今度は二人の男がテーブルをたてにして、俺にぶつかってくる。

「ぬおおおお!」

 俺は両手でテーブルを受け止め、逆にやつらをかべまでし返した。やつらは壁に激しくぶち当たり、そのまま気を失う。

「ひ、ひいいいっ!」

 残り一人がきようの叫び声を上げてしりもちをつく。皮肉にも、それは正門から逃げ出した下っ端だった。

「またお前だけ生き延びたな」

 俺はニヤリと笑った。

「ご覧の通り、お前たちが束になったところで俺の相手ではない。大人しくボスに案内しろ」

 俺がそう言いながら近づくと……下っ端は小便を漏らして気絶してしまう。

「……情けないな」

 化け物みたいな赤いはだきよかんかくされたら、恐怖を感じるのも当然だけど……本当にこんじようのないやつだ。俺はしようした。

「一体何事だ!?

 野太い声と共に、一人の中年男性が階段を降りてきた。険悪な顔をしている、太った体型の中年男性だ。

「これは……」

 組織員がかいめつさせられた光景を見て、中年男性が目を丸くする。

「あんたがここのボスなんだな?」

 俺が質問すると、中年男性がゆがんだ顔で口を開く。

「その肌の色は、噂の化け物か」

 中年男性は俺のことを知っていた。やっぱりこいつがボスなんだろう。

「あんたに話したいことがある」

「化け物の分際で……」

「これ以上格闘場の選手たちに手を出すな。分かったか?」

 俺は裏組織のボスを睨みつけた。しかしボスはひるむことなく、むしろがおを見せる。

「てめえ、私の部下がこれだけだと思うな」

 その答えに俺は鼻で笑った。

「こんなひんじやくなやつらが他にもいるのか? じゃ、早く呼び出せよ。まとめて潰してやるから」

「勘違いするな、化け物」

 裏組織のボスが冷たい顔になる。

「私たちは手段を選ばない。お前みたいな化け物はともかく、お前の家族を一人一人なぶり殺してやる。ここでお前が私を殺しても……結果は変わらない」

「あんたこそ勘違いするな」

 俺も無表情になり、ボスに近づいてそのかたを掴んだ。

「俺には家族なんかいねぇんだよ。そんなくだらない脅迫が……化け物にも通用すると思うな」

 ボスは更に険悪な表情をするが、結局何も言わない。

「あんたの仲間たちにも伝えろ。今度格闘場の試合にちょっかい出したら、その日がてめえらの終わりだと」

 そう言い残し、俺は裏組織の巣窟を出た。

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 街に出た俺は、まずフードをかぶって肌をかくした。

「腹減った」

 朝から運動をしたせいだろう。何か食べてから小屋に戻るか。

「……パンがいいな」

 俺はパン屋に行き、焼き立てのクリームパンを三個買ってかわぶくろに入れた。一個は俺の分、二個は爺とアイリンの分だ。

 ゆっくりと歩いて南の都市から離れ、人気の無いところまで歩いた。そこでフードを外して俺の分のクリームパンを食べた。

「うむ」

 まあまあ美味おいしいけど……アイリンといつしよに食べたパンの方がもっと美味しかった気がする。何故だろう。同じパン屋で買った同じパンなのに。

 それから一人で数時間歩いて、やっと小屋に着いた。俺の足音に気付いてアイリンが飛んでくるはずだ。

「……ん?」

 アイリンが……出てこない。家事をやっているのかな?

「アイリン? じじい?」

 俺は小屋のとびらを開いた。しかし……誰もいない。

 どういうことだ? まさか俺に何も言わずに二人で出かけたのか? いや、そんなはずはない。

「まさか……」

 まさか裏組織のやつらが……いや、それもあり得ない。俺がやつらをたたいたのはついさっきのことだ。やつらに小屋がしゆうげきされることは時間的にあり得ない。

 俺はむなさわぎを感じながらも、冷静に周りを見回した。そしてすぐかりを見つけた。じじいとアイリンのあしあとだ。つまり二人は一緒にけたのだ。

「でもこの方向は……」

 足跡は……北に続いている。北には大きな山があるだけだ。何故なぜ爺はアイリンを連れて山の方に……。

「爺……」

 俺は思い出した。ここ最近、爺はアイリンが俺に悪いえいきようあたえていると思っていた。つまり爺にとって……アイリンは計画の邪魔なのだ。だからアイリンを……。

「……くっ!」

 俺はパンの入った革袋を手放して走り出した。全身が熱くなって、頭が真っ白になって、必死になって走り続けた。

 数分後、俺は登山口に辿たどり着いた。

「やっぱり!」

 そこにも二人の足跡がある。やっぱり爺とアイリンは山に入ったのだ。

 俺は足跡をついせきした。足跡はちゆうから山道を離れて、ひとの無い山のおくに向かっている。

「アイリン!」

 思わず名を呼んだ。心臓が張りけそうに高鳴ったが、あきらめるわけには……!

「あ……」

 山の奥、大きな木の下に……二人のひとかげが見える。俺は放たれた矢のように走ってそこに向かった。

「アイリン!」

 それは……アイリンと爺だ。アイリンは何か草を手に持っていて、爺は切り株に座っている。

「レッドか」

 爺とアイリンが俺を振り向く。

「一体何なんだ、そんなおそろしい形相をして」

「何なんだじゃねぇよ!」

 俺は声を上げた。

「こんなところで何してるんだ!?

「見りゃ分かるだろう? 薬草を採取していたんだ」

「……や、薬草?」

 俺がまどっていると、アイリンが俺に近づいて手に持っている草を見せる。

「あうあう!」

「これが……薬草?」

 俺は爺の方を見つめた。すると爺が口を開く。

「この子は薬学を勉強中だ」

「薬学って」

「これだ」

 爺がふところから一冊の本を取り出す。

「こないだ買ってきた、薬学の本だ。この本を勉強すれば簡単な薬は作れるさ」

「何故アイリンがそれを……」

「分からんのか?」

 爺は切り株から立ち上がる。

「お前にとって、この子がただの弱点であってはいけない。これからの道、そんなんでは進めないんだよ」

 俺はアイリンの顔を見つめた。するとアイリンが笑顔を見せる。

「この子もお前の力になるべきだ。だからしっかり勉強させる必要がある」

「……そういうことだったのか」

 俺の反応に爺が苦笑する。

「お前、私がこの子を山に捨てるとでも思ったんだな?」

「ああ、爺はあくだからな」

「そりゃどうも」

 俺と爺の会話を聞いていたアイリンは、指で地面に文字を書く。それは……『これからいい薬を作ってレッドをいやしてあげる』だ。

「あうあう!」

「……うん、よろしく頼む」

 俺はアイリンの頭を撫でてやった。

---

 小屋に戻ったじじいとアイリンは、一緒に座ってパンを食べる。

「美味しいな」

「あう!」

 二人がパンを食べ終えた時、俺は爺に目配せした。爺は立ち上がって俺に近づく。

「何事だ、レッド?」

「話したいことがある」

 俺たちはアイリンから少し離れた。アイリンは薬学の本を読みながら、採取してきた薬草を分類し始める。ちゃんと勉強しているようだ。

「さっさと話せ」

「実は、今朝のことだけど……」

 俺は爺に今朝のことを説明した。

「……裏組織を正面から攻撃しただと?」

 爺がこつあざわらう。

「お前ってやつはな……本当に化け物なのか? 人間ならもう少し頭を使え」

「いや、頭使ったんだよ」

「はあ?」

「あんなきようなやつらは、弱者には強く出ても強者には逆らえないさ。つまりだれが強者なのか力を示してやるべきだ」

 俺の言葉を聞いて、爺がうなずく。

「あながちちがいでもないな。でも一度たたいたくらいで、裏組織がしつを巻くとは思うなよ」

「分かっている。次はやつらの方からおそってくるだろう」

 俺は爺を見つめた。

「爺、戦いが一段落するまで……アイリンのことを頼む」

「へっ」

 爺が苦笑する。

「ま、分かった。あの子ももう計画の一部だからな」

「ありがとう」

 俺と爺は会話を終えて、勉強しているアイリンの姿を一緒に眺めた。

---

 次の日、俺は朝から南の都市へ向かった。

 都市に向かう広い道で、ふと視線を感じた。誰かがこっそり俺をかんしているのだ。ま、これも予想通りだ。俺は視線を無視して歩き続けた。

 やがて都市の姿が見え始めたが、だんとは全然雰囲気がちがう。普段はあんなに活気あふれる南の都市が……今はやけに静かだ。俺は苦笑して都市の中へ一歩み入った。

「……やっぱりか」

 道が『人間の壁』でふさがれていた。もっとくわしく言うと、数十人のくつきような男が並び立って道を完全にふうしていた。そしてその先頭には中年男性が立っていた。先日俺と話した裏組織のボスだ。

「やっと来たか」

 裏組織のボスが顔を歪ませて笑う。

「待ちくたびれたぞ、化け物」

「へっ」

 俺も笑った。

「で、結局数にたよるのか?」

「化け物のお前に一つ教えてやる。人間の社会ではな、正々堂々は通用しない。どんな手段を使っても最後まで生き延びればいいんだよ」

「あながち間違いではないな」

 俺は頷いた。

「俺も別に手段を選ぶつもりは無いし、あんたにえらそうなことを言うつもりも無い。ただ……そのざかしい真似を、俺の暴力で捻り潰してやる」

「……大口叩けるのも今のうちだぞ、化け物」

 ボスの目に殺気がこもる。

「やつをなぐり殺せ!」

 ボスの命令と共に、数十人の男が叫びながら俺に向かってとつしんしてくる!

「ぐおおおお!」

 俺も雄叫びを上げて、人の波と正面からぶつかった。そして今まで身に付けてきたかくとうを極限まで活用し、迫ってくる敵を次々とたおした。本能的な暴力と合理的な技が一体化して……自分でも驚くほどのかいりよくを出す。

「はあああっ!」

 右からかかってくる男のみぞおちをこぶしで強打して、後ろのやつの腹を蹴る。そのすきに大男が俺に体当たりするが、俺はそいつの頭を肘で叩いて倒した。

「この化け物!」

 今度はせた男がナイフで俺をそうとした。俺は別のやつのむなぐらを掴み、ナイフの男に向かってはなした。ナイフの男が慌てると、その顔にいちげきを放った。やつはあごくだかれて倒れてしまう。

「こ、こいつ……」

 男たちの動きがにぶくなる。俺の化け物みたいな奮戦に怯んだのだ。俺は本能的に動いて、弱まったやつらを倒し続けた。

「一体何なんだ!?

「化け物……!」

 最初の勢いが完全に消え去り、男たちの顔に恐怖がかぶ。

「次はどいつだ?」

 俺は周りを見回した。まだ敵の数は多いが、誰も動かない。

「な、何してるんだ!?

 裏組織のボスが慌てて叫んだ。

「相手は一人だぞ! 早く叩きつぶせ!」

 しかしその指示にも誰も動かない。

「いいざまだな」

 俺は笑った。

「指示ばかりしてないで、あんたがそつせんしてみろよ。ボスなんだろう?」

 その挑発にボスの顔が俺並に真っ赤になるが、やっぱり動かない。

「じゃ、俺の方から行ってやる」

 俺はボスに向かってゆっくりと歩いた。ボスは少しあと退ずさる。

「……ん?」

 しかしその時だった。道の向こうから数十人の男が現れて、ボスの後ろに集まる。

「ふふふ」

 ボスが笑う。

「お前を潰したいのは私の組織だけではないんだよ、化け物」

「ちっ」

 これは流石さすがにやっかいになった。ぞうえんの出現で、もう戦意を失っていたやつらも目の色が変わる。それに比べて、俺はさっきの戦いで結構体力を使った。

「……ま、ここで全部そうしてやるさ」

 俺は血の付いた拳をにぎりしめた。ボスはそんな俺を嘲笑って指示を出す。

「やつを包囲しろ」

 やつらはやみに突進する代わりに、俺の周りを完全に包囲する。少しは頭を使うようになったのだ。

 まずはほうもうとつしなければならない。そう判断した俺は力をめて、突進する準備をした。

「ん?」

 だが俺が突進する前に、包囲網の一部が倒れた。新たに数人の男が現れて……裏組織をこうげきし始めたのだ。

「レッドさん!」

 先頭で戦っている男が俺を呼んだ。

「レイモン?」

 その男は俺の十戦目の相手、レイモンだ。そしてレイモンの周りにいるのは……みんなかくとう場の選手たちだ。

「お前たち……」

「これからレッドさんに加勢します!」

 レイモンと格闘場の選手たちは包囲網を突破して、俺の周りに集まる。これは……予想外のことだ。

「き、貴様ら!」

 ボスの顔が歪む。

「こうなったら全員殺せ!」

 裏組織の一員たちが一斉に動いて、攻撃を始める。

「はあっ!」

 俺は向かってくる敵を拳で倒した。敵の数は多い。だが俺の後ろには……。

「レッドさんに続け!」

 レイモンと格闘場の選手たちが、俺に続いて敵を倒す。不思議なことだ。まさかこの俺に味方してくれるやつらがいるとは。

---

 激戦の中、俺は不思議な感覚に包まれた。

 俺はあくまでも一人で戦うつもりだった。それが当然だと思った。戦いは俺にとって単なる暴力ではなく、自分を表現するゆいいつの手段なのだ。俺の存在をこの世に示すために、どこまでも一人で戦いくつもりだった。

 だが、今このしゆんかん……俺の周りには一緒に戦ってくれるやつらがいる。味方がいる。

「レッドさん!」

「分かっている!」

 味方の一人が敵に囲まれてしまった。俺は全力で突進し、三人の敵をぶっ飛ばして味方を助けた。その隙にナイフを持った敵が俺を刺そうとしたが、そいつはレイモンがり倒す。

 俺と一緒に戦っているのは、全員格闘場の選手……つまり戦いに慣れている強者だ。その強者たちがたがいの隙を補いながら戦っているのだ。そこから生まれる力は俺の想像を軽くえている。

「うおおおお!」

 敵の攻撃が弱まった時、俺はとつげきけて数人を倒した。そして味方が俺に続いて突撃してきて、次々と敵を倒す。

「何なんだ、こいつら……!?

 敵の顔に恐怖がかぶ。それを見て俺は確信した。こんなやつらでは……俺たちを止めることなど出来ない!

「何しているんだ?」

 俺は目の前に集まっている敵を睨みつけた。

「早くかかってきやがれ……!」

 俺が雄叫びを上げると、数十人の敵が後退る。やつらはもう敗北を予感している。そしてそれはやつらのボスも同じだ。裏組織のボスは真っ青な顔で棒立ちになっている。

「もう指示も出せないのか?」

「き、貴様……」

 俺の挑発にボスが何か言おうとした時、また大勢の足音が聞こえてきた。大通りの向こうから、また数十人の男が現れたのだ。

「レ、レッドさん……」

 レイモンがおどろいた顔で俺を呼んだ。敵の増援が現れたと思ったんだろう。しかし俺は首を横にった。

「あれは敵じゃない。よく見ろ」

 俺はそう言いながら、新しく現れた連中の先頭を指さした。そこには長身の中年男性がいた。格闘場の運営者であるロベルトだ。

「ロ、ロベルト!」

 裏組織のボスの顔が明るくなる。

「よくぞ来てくれた! 早くあいつらを……」

かんちがいして頂いては困りますよ、ビットリオさん」

 しかしロベルトは裏組織のボスに冷たい視線を送る。

「私は争いにきたわけではありません。逆にちゆうさいしに来ました」

「仲裁だと?」

「はい、みなさんの『軽いくちげん』が大事に至る前に……仲裁に入るべきだと思いまして」

 大通りのあちこちには多数の男が倒れている。これが軽い口喧嘩か。

「ロベルト、てめえ……」

『ビットリオ』と呼ばれた裏組織のボスが顔を歪ませる。

「まさか裏切るつもりか!?

「裏切りって、人聞きの悪いことは言わないで頂きたい」

 ロベルトが苦笑する。

「私はあくまでも善意を持って、これ以上の争いを止めようとしているだけです。皆さんの軽い口喧嘩に市民たちがおびえていますからね」

 ビットリオはロベルトの顔を睨みつけた。だが……これ以上俺と戦うのは自殺こうだということを、ビットリオが一番よく知っている。

「おい、化け物」

 ビットリオが俺を呼んだ。

「貴様の力はよく分かった。次はこうはいかないからな」

 その言葉にレイモンが「何だと!?」と反応した。しかし俺は手を上げてレイモンを制止した。

「引きげるぞ」

 ビットリオは部下に命令し、倒れている連中をしゆうしゆうして退散する。

「レッドさん」

 ロベルトが俺に近づく。

「お話ししたいことが……」

「その前にこいつらをりようしてくれないか?」

 俺は親指で後ろに立っている格闘場の選手たちを指さした。するとロベルトが笑顔を見せる。

「分かりました。では場所を移りましょうか」

「ああ」

 俺たちは足を運んで戦場から離れた。

---

 しばらく後、俺たちはロベルトの格闘場に入った。

 まだ午前だから格闘場は静かだ。ロベルトはまず医者を呼んで、俺と一緒に戦った選手たちを治療させた。

「レッドさん、これから……」

「分かった」

 俺は選手たちの状態をかくにんしてから、ロベルトと一緒にかれの事務室に入った。

「……レッドさんの力には本当に感服しました」

 事務室で二人きりになると、ロベルトが真面目な顔でめてくる。

「あの数を正面から叩き潰すとは、もうにんげんわざとは思えません」

「本論に入ってくれ」

「分かりました」

 ロベルトの顔にみが浮かぶ。

「レッドさんは、さっき私が仲裁に入った理由をごぞんでしょうか」

「もう勝負がついたと思ったからだろう?」

「左様です」

 ロベルトが頷く。

「レッドさんは一人でビットリオさんの組織をかいめつ状態に追いみました。どう見てもレッドさんの勝ちです。ま、ビットリオさんは最後に負けしみを言いましたけど……あれは部下の前だからからりをしただけです」

 ロベルトが苦笑する。

「彼は現実的な人ですからね。レッドさんと張り合うのは危険だと分かった以上、もう手出ししてこないでしょう。力を示してだまらせる……レッドさんの目的は最初からそれだったはずです」

「ああ、そうだ。ただ……」

 俺は自分の拳を見下ろした。

「あのビットリオというやつの顔に一発入れたかったな」

「それは困りますね。レッドさんに一発殴られたらビットリオさんは死んでしまいます。険悪な顔しているけど、だおしですからね」

 俺とロベルトは一緒に笑った。

「……レッドさん」

「何だ」

「私と手を組みませんか?」

 やっぱりそう来たか。

「あんたの組織に入れ、ということか?」

「いいえ、流石にそれは無理だと思っています」

 ロベルトがおれぎようする。

「私はあくまでもレッドさんと対等な関係を築きたいです」

「組織のボスであるあんたが、俺みたいなひんみんと対等な関係になりたいと?」

「左様です」

 ロベルトは真面目な表情だ。

「失礼ですが……私は最初、レッドさんがただいかりで暴力を振るうだけの人だと思いました。しかしそのにんしきじよじよに変わりました」

「そうかい」

「はい。レッドさんからは……特別な意志を感じます」

 特別な意志か。

「ただ暴力を振るうだけの人間は大事を成せない。しかしレッドさんは怒りや暴力以上の何かを、言わば無数の人々を受け入れられる器を持っている。私はそう思っています」

「買いかぶりすぎだな」

「いいえ、私は人を見る目には少し自信がありましてね」

 ロベルトがゆうな笑顔を見せる。

「だからこそぜひレッドさんと手を組みたいと思います」

「なるほど、あんたは最初からそれがねらいだったんだな」

 俺とロベルトの視線がぶつかる。

「あんたが俺に『十連勝のジンクス』について教えてくれたのは、俺にあのビットリオというやつの組織を潰させるため……そして俺の力を確認するためだったんだろう?」

「……流石です」

 少しのちんもくの後、ロベルトは身体の向きを変えて窓の外に視線を投げる。

「私はいつも思っています。この都市にはもう少し『安定したちつじよ』が必要だと」

「秩序か」

「その願い……レッドさんが私のそばにいてくれれば、かなえられると思いますが」

 ロベルトの態度にうそいつわりは無い。この男は本当に南の都市を心配している。

「……ま、分かった」

 俺は頷いた。

「あんたと組めば、いろいろと便利そうだからな」

まことにありがとうございます」

 ロベルトの顔が明るくなる。

「それでは一緒に食事でも……」

「待ってくれ。その前に、俺と一緒に戦ったやつらのことだけど」

「ご心配りません。彼らの安全は私が保障します」

「ありがとう」

 俺がロベルトと組むことにしたのは、あいつらの安全のためだ。ロベルトと手を組めば他の組織もかつには動けないだろ。しかしそれだけが理由ではない。

 俺も興味がいてきた。裏組織が乱立するこの都市を……俺の力でしずめられるかどうか、興味が湧いてきた。

---

 こうしようの後、ロベルトは俺と格闘場の選手たちに食事をおごってくれた。

「皆さんのかつやくを祝うための『小さな誠意』です。どうか楽しんでください」

 ごうな食堂を貸し切って、ごうせいな料理を注文した上での発言だ。流石組織のボスは太っ腹だ。

「レッドさん、ワインもたのみましょうか?」

「いや、俺はジュースでいい」

「なるほど、禁欲的なお方だ」

 ロベルトが頷いた。

 シチューとステーキ、丸焼きとサラダ、ケーキとチョコレート……全部最高の味だ。アイリンもこの場にいればよかった。

「……ロベルトさん。このケーキとチョコレート、少し持ち帰ることは出来るかな?」

「もちろんです。シェフに頼んで、持ち帰る分を別に用意させましょう」

「ありがとう」

 俺は頷いてから、となりのテーブルにすわっている格闘場の選手たちをながめた。そこまでおおをした人もいなく、みんな明るい顔で食事をしている。あの数を相手したのに大したもんだ。

 食事の後、俺はロベルトから大きな革袋をもらった。ふくろの中には紙の箱が入っている。ケーキとチョコレートだ。俺はロベルトに礼を言って、選手たちの方を振り向いた。

「お前たち」

「はい」

 レイモンが選手たちを代表して答えた。

「話したいことがある。ついてこい」

 俺が先に歩くと、レイモンと五人の男が俺の後ろについてきた。そして数分後、俺たちは人気の無い路地裏についた。

「……まずお前たちに一つ聞きたい」

 俺は選手たちの顔をわたしながら口を開いた。

何故なぜ俺に加勢したんだ?」

 少しの沈黙の後、レイモンが口を開く。

ぼくたちは……普段からレッドさんにあこがれていました」

「……俺に?」

「はい」

 レイモンが頷く。

「僕たちは生まれも育ちも違いますが、みんな強者に憧れて格闘技をたんれんしてきました。そんな僕たちだからこそ、レッドさんの強さが分かります」

 じゆんすいな力に対する憧れか。分からんでもないな。

「そのレッドさんが、格闘場の選手たちのために裏組織と戦っていると聞いて……僕たちも一緒に戦いたいと思いました」

「なるほど」

 俺はもう一度みんなの顔を見渡した。

「ありがとう。お前たちには本当に助けてもらった」

「いいえ」

「助けてもらった以上、俺にも責任が生じた。いざという時、お前たちを助ける責任が。だから……お前たちと一緒に組織を作りたい」

 俺の言葉に選手たちが驚く。

「その……レッドさん」

 レイモンがみんなを代表して口を開く。

「組織ということは、ロベルト組みたいな組織ですか?」

「いや、裏組織とはちょっと違う。俺たちが一緒に強くなり、一緒に戦うための組織だ」

「一緒に強くなり、一緒に戦うための組織……」

 格闘場の選手たちは戸惑いながらも、期待のこもった目で俺を見つめる。

「レッドさん」

 レイモンがまた口を開いた。

「組織にはボスが必要です。レッドさんが……僕たちのボスになってくれるのですか?」

「そうだな。俺が提案したことだし、俺が責任を取るべきだ」

 俺がそう答えると、選手たちの顔が明るくなる。

「賛成です!」

 レイモンが真っ先に答えると、他の選手たちも賛成の声を上げる。これで決まりだ。

「俺たちは裏組織のやつらとぶつかったばかりだ。ロベルトと手を組んだから、無暗に攻撃してくることは無いはずだが……それでも行動に注意してくれ」

「分かりました!」

 選手たちが口をそろえて答えた。

「今日は休んで体の回復を優先してくれ。明日格闘場で会おう」

「はい!」

 何か胸がさわいだ。名前もほんきよも無いけど……それは『俺の組織』が誕生した瞬間だった。

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 俺は格闘場の選手たちと別れて、小屋にもどった。そしてねずみの爺に今日の出来事を話した。

「組織ね」

 爺がしようする。

「お前、実は権力がしいのか?」

「違う」

 俺は首を横に振った。

「俺は人に指示を出すより、直接動く方が性に合う。だが……俺の力をためすいい機会だと思う」

「そうかい」

 俺と爺は、アイリンが幸せな顔でケーキを食べる姿をいつしよに眺めた。

「……爺が言っただろう? 『南の都市で一年以上生き残れ』と。その課題、俺のやり方でかんすいする」

「へっ」

 爺がおもしろそうに笑う。

「本当になるつもりか、『おう』に?」

 俺はその質問に答えなかったが、自分の胸の奥で何か熱いものが燃え上がるのを感じた。