第三章 ただの怒りではなく、それ以上の何かを
俺はいろんな格闘技の技を身に付けたが、それらを思う存分に使ったことは無い。何しろ戦える相手が鼠の爺しかいなかったし、爺は強すぎて練習相手には不向きだ。でも格闘場には俺と対等に戦えるやつらがいくらでもいる。俺としては思う存分に技を練習できるわけだ。
しかしアイリンは俺が格闘場で
爺は俺がアイリンと『平和な時間』を過ごすのが気に入らない様子だ。俺の怒りが弱まることを心配しているんだろう。おかげで爺は以前よりもアイリンに冷たく接している。困ったものだ。
確かにアイリンのおかげで俺の怒りは少し弱まったのかもしれない。でもだからといって止まるつもりは無い。俺の胸の中には……怒りとは別の何かが生じ始めたのだ。
そう、あの夜からだ。爺から『覇王』という言葉を聞いたあの夜から……俺は自分の進むべき道が、ただの破壊や
---
そして春のある日のことだった。格闘場で結構苦戦した俺は、宿で一晩休んでから小屋に帰った。ボロボロの姿で帰ったらアイリンが悲しむからだ。
朝の日差しを浴びながら小屋の前まで行くと、俺の足音に気付いてアイリンが出てくる。
「あう!」
アイリンは笑顔で俺に抱きつこうとした。しかし次の瞬間、その笑顔は消えてしまう。
「あ、あう……」
俺の顔にまだ傷が残っているせいだ。アイリンは涙目になって俺を見上げる。
「心配するな。これくらい大丈夫だ」
俺が笑うと、アイリンは指で地面に『本当に大丈夫?』と書いた。
「本当に大丈夫だ。俺は頑丈だからな」
アイリンは少し安心した顔になり、また地面に文字を書いた。それは……『いつもありがとう、レッド』だった。
「……俺の方こそ、いつもありがとう」
俺が
---
「今日も素晴らしい試合でした!」
試合が終わって格闘場の二階に上がると、トムが明るい顔でタオルと水を
「これで九連勝ですね!
「ありがとう、トム」
九連勝……もうそんなに戦ったのか。ま、格闘場で戦い始めてからもう三ヶ月くらい
しかし考えてみれば相当厳しい日程だった。他の選手たちは、試合の傷や
「今日の報酬は、ボスが直接渡したいそうです」
「そうか。分かった」
俺はトムにタオルとコップを返して、二階の奥の部屋に入った。まるで貴族の居所みたいに
「レッドさん」
ロベルトはゆっくりと席から立って俺に
「今日もお見事でした。レッドさんの試合にはいつも感心しています」
「ありがとう」
「こちらが今回の報酬です」
俺はロベルトから
「ところで……レッドさんと静かに話がしたいのですが、時間は大丈夫でしょうか?」
「問題ない」
ロベルトが目配せすると、
沈黙の中で、俺とロベルトは一緒に窓の外を眺めた。窓を通じて夜の都市の光が見える。アイリンにも見せてやりたい風景だ。
「……今日の勝利で、レッドさんは九連勝ですね」
ふとロベルトが話を始める。
「こんなに短期間で九連勝……本当に十七歳とは信じられない強さです」
「そんなことはいい。本論に入ってくれ」
「分かりました」
ロベルトが
「実は……この格闘場には『十連勝のジンクス』がありましてね」
「十連勝のジンクス? 何だ、それ?」
俺が首を
「格闘場の選手たちは
二十年の間、六人だけ……確かに少ない。
「ところが、その六人のほとんどは十連勝を記録した直後……不幸な事故に
「事故って」
「
「なるほど、それが十連勝のジンクスか」
話が見えてきた。
「つまり十連勝をした時点から、
俺の質問にロベルトは笑顔を見せる。
「格闘場の試合を楽しんでいるのは、表の観客だけではありません。裏で試合を楽しんでいる人たちもいます。ちょっと力のある人たち……ですね」
表の観客たちとは別に、裏で
「あの人たちは試合の勝敗に
なるほど、特定の選手が強すぎると博打が成立しにくいから……裏組織の手によって『不幸な事故に遭わされる』わけだ。
「話は分かった。知らせてくれてありがとう」
「いいえ」
ロベルトが優雅に笑った。
「自分はレッドさんに期待しています。何せレッドさんはあの
俺とロベルトの視線が交差した。
「十連勝した六人の中で、不幸な事故にも
「それが鼠の爺か」
「はい」
ロベルトがゆっくりと頷く。
「三十連勝した時点から、誰も
「なるほど」
俺も頷いた。
「その弟子のレッドさんも、どうか十連勝のジンクスに負けないでください」
「ああ」
爺は俺に『南の都市で一年以上生き残れ』と言った。その言葉に隠された意味を理解した俺は、
---
とうとう俺の十戦目の日がやってきた。
俺はいつも通りフードを被り、手に包帯を巻いて小屋を出る
「行って来る」
「あう」
アイリンの頭を
「格闘場に行くのか、レッド?」
「ああ、今日が俺の十戦目の日だ」
「そうかい」
爺は無表情だ。
「爺」
「何だ?」
「俺のいない間、アイリンのことを
爺の顔に
「まるであの子がお前の弱点であるかのような発言だな」
「さあな」
「……余計な弱点を
俺はその言葉に答えずに、足を運んだ。
---
「
進行係が宣言すると、観客たちが
「レイモン、赤い化け物を退治してくれ!」
「ここで勝てば十連勝だ! レッド!」
俺は『レイモン』を眺めた。筋肉はあるけど、どこか静かな
「では、この試合を存分に楽しんでください!」
集金が終わると進行係が試合場から逃げ出す。そして俺の十戦目の試合が始まる。
「うっ……!」
試合が開始した直後、俺は思わず後退った。静かに立っていたレイモンがいきなり俺に殴りかかってきた!
「こいつ!」
今までの相手は……多少の差はあれど、みんな俺の体格と肌色を見て
「いいぞ、レイモン!」
「赤い
しかもレイモンの動きは、しっかり
「ちっ!」
レイモンの華麗な技に、俺も技で対応した。
まずはこいつの
「はっ!」
俺は大きく前進して、レイモンの顔面に拳を放った。相手の移動経路を完全に
「くっ!」
レイモンが声を
「おおお!」
「もっとやれ! 殴れ!」
観客たちの歓声の中で、俺は
レイモンは目を見開いて俺を見つめる。やつも俺が自分の格闘技に対応してきて驚いたんだろう。
「へっ」
やっぱり楽しい。経験したことの無い新たな敵との真剣勝負が……俺にはこの世の何よりも楽しい!
俺は拳を握りしめた。俺とレイモンは、技なら互角だ。このまま技で対等に渡り合うのも楽しそうではあるけど……力で
「はっ!」
短い気合と共に俺は全身全霊の力を集中させた。するとまるで燃え上がるように身体が熱くなる。俺の赤い身体がそのまま
「うっ!?」
レイモンが
「くっ!」
一発一発が
「ぐはっ……!」
レイモンは一瞬でボロボロになって
「あ……」
「何だ、あれは……?」
格闘場が
「レ、レッド様の勝ちです!」
進行係が
---
試合が終わって二階に上がると、いつも通りトムが近づいてくる。
「今日も本当に
俺はトムからタオルと水をもらい、
「もう
「ありがとう」
「傷の手当てはどうしますか?」
「手当ては
「はい?」
トムは少し驚いたようだった。俺はトムにタオルとコップを返して、近くの
「レッドさんが休みたいと
「それがそんなに驚くことか?」
俺は苦笑した。
「俺だって
「でも……以前の試合に比べて大分楽勝に見えましたけど」
「それは俺が以前より強くなったからだ」
トムが目を丸くする。
「レッドさんはもう最強なのに、まだ強くなるんですか?」
「最強……? 俺が?」
俺はまた苦笑した。トムは俺に対して何か
「俺は別に最強ではないさ。何しろ、俺は俺よりずっと強い人間を知っている」
「そんな……」
「もちろんいつかはそいつを超えてやるつもりだ。だから俺は強くなり続けなければならない」
その言葉を聞いたトムは視線を落とし、少し間を置いてから口を開く。
「自分は……自分も……」
「ん?」
「い、いいえ。何でもありません。どうかごゆっくりしてください」
トムがその場を去った。不思議なやつだ。
しばらく座っていると、次の試合の選手たちが姿を現した。彼らは俺が座っているところを
試合の最後、俺がレイモンを倒すために放った連続攻撃……その『
身体に
「うっしゃ」
俺は席から立った。いつまでもこんなところで休んでいるわけにもいかないし、宿に行こう。裏組織のやつらも流石に今日は手を出してこないだろう。
「レ、レッドさん」
俺が階段を降りようとした時、誰かが俺を呼び止めた。
「レイモン?」
ついさっきまで俺と殴り合っていたレイモンが、ふらつきながら俺を見つめている。
「俺に何の用だ?」
「レッドさんと……少し話したいです」
レイモンはとても真面目な顔だ。俺は少し考えてから頷いた。
---
俺とレイモンは格闘場を出て、人気の少ない路地裏まで行った。
月は明るいが、誰かに見られている気配は無い。俺はまだふらついているレイモンを
「傷は
「はい、レッドさんが手加減してくれたおかげです」
「手加減した覚えは無いんだが」
「いいえ」
レイモンは真面目な顔で首を横に振る。
「最後の瞬間、レッドさんは拳を止めてくれました。あの拳が当たっていたら、
「その話はいい。それより話したいことは何だ?」
俺の質問に、レイモンは用心深く周囲を見回してから口を開く。
「……レッドさんは『十連勝のジンクス』という言葉を知っていますか?」
「その話か」
俺は軽く頷いた。
「ロベルトから聞いた。十連勝した選手は不幸な事故に遭うって話だろう?」
「はい。しかしその話には……裏があります」
レイモンの顔が暗くなる。
「実は一年くらい前、僕は九連勝を記録しました。しかし十戦目の試合を目の前にして……
「脅迫?」
「はい。『不幸な事故に遭いたくなければ、次の試合には勝つな』という……裏組織からの脅迫でした」
「なるほど、だから二回も負けたのか」
「……はい」
レイモンが視線を地面に落とす。
「最初は
こんなに強いやつが、何故二回も負けたのか疑問だったが……やっぱり裏があったのか。
「もう知っていると思いますが、格闘場の裏には多数の裏組織が
レイモンが顔を上げて、俺を見つめる。
「ある選手が十連勝すれば、博打の
「で、お前は俺を倒すことで助けようとしたのか」
「……はい」
レイモンが頷いた。
「格闘場の選手たちの間には
「なるほど」
「もし僕がレッドさんに勝てば、レッドさんが狙われずに済むかもしれない。僕はそう思いました。でもやっぱりレッドさんには勝てませんでした」
「
俺は笑った。
「でも俺はもう十連勝のジンクスの真実を知っていた。ロベルトがヒントをくれたからな」
「知っていたんですか? じゃ、やっぱり……」
「ああ、俺はそんな脅迫に屈するつもりは無い」
「でもそれでは……」
俺は首を横に振った。
「心配は要らない。それより、もう一つ教えてくれ。お前を脅迫してきた裏組織の
「どうしてそれを? まさか……」
レイモンが目を丸くした。俺は拳を握りしめた。
「試合に
「レ、レッドさん……」
「
---
朝の
「今日は日差しが強いな」
空を見上げてふとそう
「あそこか」
しばらくして目的地が見えてきた。格闘場から割と近い、三階建ての建物。あそこがレイモンに教えてもらった『裏組織の巣窟』だ。
巣窟の入り口には二人の男が立っていた。俺はそいつらに近づいた。
「な、何だお前?」
俺の体格と
「お前たちのボスはどこだ?」
俺が質問しても、やつらは
「お前たちのボスはどこにいるかって聞いている」
「何でそれを聞くんだ? ど、どこの組織だ?」
「組織?」
俺は笑った。
「組織なんかねぇよ。俺はレッドだ。ボスにレッドが来たと伝えろ」
「……ふざけやがって!」
下っ端の一人が拳を振るってきた。どうやら俺の笑いを
「は、
「今からでも
下っ端は俺の警告を無視して、今度は蹴りを入れようとした。それに気付いた俺は先にやつの膝を蹴った。やつは悲鳴と共に倒れてしまう。
「き、貴様!」
残り一人の下っ端は
「へっ」
結局こうなるのか。俺は下っ端の後を追って建物に入った。
建物の内部は広くて、所々にテーブルが置かれている。酒場か食堂みたいな感じだ。でも朝だからなのか、今は誰もいない。
「あ、あいつです!」
誰もいないと思いきや、逃げ出した下っ端が二階から数人の男を連れてきた。たぶん二階がこいつらの生活空間なんだろう。
「てめぇ、何者だ!?」
「お前たちのボスに話したいことがある。案内してくれないか」
「……
やつらが動き出す。俺を囲んでタコ殴りにするつもりなんだろう。不良たちもそうだったけど、こんなやつらのやることはいつも同じだ。
もちろんこいつらは裏組織の一員だけに、不良たちよりずっと強い。だが俺も不良たちを殴った時よりずっと強い。
「うぐっ!?」
まず先頭の男の顔面に拳を放った。軽い一撃だが、それだけでやつの鼻は折れてしまう。その直後、俺は
「ぐおおおお!」
「ば、化け物……!」
ほんの刹那の、ただ二回の攻撃で……目の前の男たちは戦意を失いつつある。
「クソ野郎が!」
俺の後ろに回り込んだ男が、
「こいつ!」
今度は二人の男がテーブルを
「ぬおおおお!」
俺は両手でテーブルを受け止め、逆にやつらを
「ひ、ひいいいっ!」
残り一人が
「またお前だけ生き延びたな」
俺はニヤリと笑った。
「ご覧の通り、お前たちが束になったところで俺の相手ではない。大人しくボスに案内しろ」
俺がそう言いながら近づくと……下っ端は小便を漏らして気絶してしまう。
「……情けないな」
化け物みたいな赤い
「一体何事だ!?」
野太い声と共に、一人の中年男性が階段を降りてきた。険悪な顔をしている、太った体型の中年男性だ。
「これは……」
組織員が
「あんたがここのボスなんだな?」
俺が質問すると、中年男性が
「その肌の色は、噂の化け物か」
中年男性は俺のことを知っていた。やっぱりこいつがボスなんだろう。
「あんたに話したいことがある」
「化け物の分際で……」
「これ以上格闘場の選手たちに手を出すな。分かったか?」
俺は裏組織のボスを睨みつけた。しかしボスは
「てめえ、私の部下がこれだけだと思うな」
その答えに俺は鼻で笑った。
「こんな
「勘違いするな、化け物」
裏組織のボスが冷たい顔になる。
「私たちは手段を選ばない。お前みたいな化け物はともかく、お前の家族を一人一人なぶり殺してやる。ここでお前が私を殺しても……結果は変わらない」
「あんたこそ勘違いするな」
俺も無表情になり、ボスに近づいてその
「俺には家族なんかいねぇんだよ。そんなくだらない脅迫が……化け物にも通用すると思うな」
ボスは更に険悪な表情をするが、結局何も言わない。
「あんたの仲間たちにも伝えろ。今度格闘場の試合にちょっかい出したら、その日がてめえらの終わりだと」
そう言い残し、俺は裏組織の巣窟を出た。
---
街に出た俺は、まずフードを
「腹減った」
朝から運動をしたせいだろう。何か食べてから小屋に戻るか。
「……パンがいいな」
俺はパン屋に行き、焼き立てのクリームパンを三個買って
ゆっくりと歩いて南の都市から離れ、人気の無いところまで歩いた。そこでフードを外して俺の分のクリームパンを食べた。
「うむ」
まあまあ
それから一人で数時間歩いて、やっと小屋に着いた。俺の足音に気付いてアイリンが飛んでくるはずだ。
「……ん?」
アイリンが……出てこない。家事をやっているのかな?
「アイリン?
俺は小屋の
どういうことだ? まさか俺に何も言わずに二人で出かけたのか? いや、そんなはずはない。
「まさか……」
まさか裏組織のやつらが……いや、それもあり得ない。俺がやつらを
俺は
「でもこの方向は……」
足跡は……北に続いている。北には大きな山があるだけだ。
「爺……」
俺は思い出した。ここ最近、爺はアイリンが俺に悪い
「……くっ!」
俺はパンの入った革袋を手放して走り出した。全身が熱くなって、頭が真っ白になって、必死になって走り続けた。
数分後、俺は登山口に
「やっぱり!」
そこにも二人の足跡がある。やっぱり爺とアイリンは山に入ったのだ。
俺は足跡を
「アイリン!」
思わず名を呼んだ。心臓が張り
「あ……」
山の奥、大きな木の下に……二人の
「アイリン!」
それは……アイリンと爺だ。アイリンは何か草を手に持っていて、爺は切り株に座っている。
「レッドか」
爺とアイリンが俺を振り向く。
「一体何なんだ、そんな
「何なんだじゃねぇよ!」
俺は声を上げた。
「こんなところで何してるんだ!?」
「見りゃ分かるだろう? 薬草を採取していたんだ」
「……や、薬草?」
俺が
「あうあう!」
「これが……薬草?」
俺は爺の方を見つめた。すると爺が口を開く。
「この子は薬学を勉強中だ」
「薬学って」
「これだ」
爺が
「こないだ買ってきた、薬学の本だ。この本を勉強すれば簡単な薬は作れるさ」
「何故アイリンがそれを……」
「分からんのか?」
爺は切り株から立ち上がる。
「お前にとって、この子がただの弱点であってはいけない。これからの道、そんなんでは進めないんだよ」
俺はアイリンの顔を見つめた。するとアイリンが笑顔を見せる。
「この子もお前の力になるべきだ。だからしっかり勉強させる必要がある」
「……そういうことだったのか」
俺の反応に爺が苦笑する。
「お前、私がこの子を山に捨てるとでも思ったんだな?」
「ああ、爺は
「そりゃどうも」
俺と爺の会話を聞いていたアイリンは、指で地面に文字を書く。それは……『これからいい薬を作ってレッドを
「あうあう!」
「……うん、よろしく頼む」
俺はアイリンの頭を撫でてやった。
---
小屋に戻った
「美味しいな」
「あう!」
二人がパンを食べ終えた時、俺は爺に目配せした。爺は立ち上がって俺に近づく。
「何事だ、レッド?」
「話したいことがある」
俺たちはアイリンから少し離れた。アイリンは薬学の本を読みながら、採取してきた薬草を分類し始める。ちゃんと勉強しているようだ。
「さっさと話せ」
「実は、今朝のことだけど……」
俺は爺に今朝のことを説明した。
「……裏組織を正面から攻撃しただと?」
爺が
「お前ってやつはな……本当に化け物なのか? 人間ならもう少し頭を使え」
「いや、頭使ったんだよ」
「はあ?」
「あんな
俺の言葉を聞いて、爺が
「あながち
「分かっている。次はやつらの方から
俺は爺を見つめた。
「爺、戦いが一段落するまで……アイリンのことを頼む」
「へっ」
爺が苦笑する。
「ま、分かった。あの子ももう計画の一部だからな」
「ありがとう」
俺と爺は会話を終えて、勉強しているアイリンの姿を一緒に眺めた。
---
次の日、俺は朝から南の都市へ向かった。
都市に向かう広い道で、ふと視線を感じた。誰かがこっそり俺を
やがて都市の姿が見え始めたが、
「……やっぱりか」
道が『人間の壁』で
「やっと来たか」
裏組織のボスが顔を歪ませて笑う。
「待ちくたびれたぞ、化け物」
「へっ」
俺も笑った。
「で、結局数に
「化け物のお前に一つ教えてやる。人間の社会ではな、正々堂々は通用しない。どんな手段を使っても最後まで生き延びればいいんだよ」
「あながち間違いではないな」
俺は頷いた。
「俺も別に手段を選ぶつもりは無いし、あんたに
「……大口叩けるのも今のうちだぞ、化け物」
ボスの目に殺気がこもる。
「やつを
ボスの命令と共に、数十人の男が叫びながら俺に向かって
「ぐおおおお!」
俺も雄叫びを上げて、人の波と正面からぶつかった。そして今まで身に付けてきた
「はあああっ!」
右からかかってくる男のみぞおちを
「この化け物!」
今度は
「こ、こいつ……」
男たちの動きが
「一体何なんだ!?」
「化け物……!」
最初の勢いが完全に消え去り、男たちの顔に恐怖が
「次はどいつだ?」
俺は周りを見回した。まだ敵の数は多いが、誰も動かない。
「な、何してるんだ!?」
裏組織のボスが慌てて叫んだ。
「相手は一人だぞ! 早く叩き
しかしその指示にも誰も動かない。
「いいざまだな」
俺は笑った。
「指示ばかりしてないで、あんたが
その挑発にボスの顔が俺並に真っ赤になるが、やっぱり動かない。
「じゃ、俺の方から行ってやる」
俺はボスに向かってゆっくりと歩いた。ボスは少し
「……ん?」
しかしその時だった。道の向こうから数十人の男が現れて、ボスの後ろに集まる。
「ふふふ」
ボスが笑う。
「お前を潰したいのは私の組織だけではないんだよ、化け物」
「ちっ」
これは
「……ま、ここで全部
俺は血の付いた拳を
「やつを包囲しろ」
やつらは
まずは
「ん?」
だが俺が突進する前に、包囲網の一部が倒れた。新たに数人の男が現れて……裏組織を
「レッドさん!」
先頭で戦っている男が俺を呼んだ。
「レイモン?」
その男は俺の十戦目の相手、レイモンだ。そしてレイモンの周りにいるのは……みんな
「お前たち……」
「これからレッドさんに加勢します!」
レイモンと格闘場の選手たちは包囲網を突破して、俺の周りに集まる。これは……予想外のことだ。
「き、貴様ら!」
ボスの顔が歪む。
「こうなったら全員殺せ!」
裏組織の一員たちが一斉に動いて、攻撃を始める。
「はあっ!」
俺は向かってくる敵を拳で倒した。敵の数は多い。だが俺の後ろには……。
「レッドさんに続け!」
レイモンと格闘場の選手たちが、俺に続いて敵を倒す。不思議なことだ。まさかこの俺に味方してくれるやつらがいるとは。
---
激戦の中、俺は不思議な感覚に包まれた。
俺はあくまでも一人で戦うつもりだった。それが当然だと思った。戦いは俺にとって単なる暴力ではなく、自分を表現する
だが、今この
「レッドさん!」
「分かっている!」
味方の一人が敵に囲まれてしまった。俺は全力で突進し、三人の敵をぶっ飛ばして味方を助けた。その隙にナイフを持った敵が俺を刺そうとしたが、そいつはレイモンが
俺と一緒に戦っているのは、全員格闘場の選手……つまり戦いに慣れている強者だ。その強者たちが
「うおおおお!」
敵の攻撃が弱まった時、俺は
「何なんだ、こいつら……!?」
敵の顔に恐怖が
「何しているんだ?」
俺は目の前に集まっている敵を睨みつけた。
「早くかかってきやがれ……!」
俺が雄叫びを上げると、数十人の敵が後退る。やつらはもう敗北を予感している。そしてそれはやつらのボスも同じだ。裏組織のボスは真っ青な顔で棒立ちになっている。
「もう指示も出せないのか?」
「き、貴様……」
俺の挑発にボスが何か言おうとした時、また大勢の足音が聞こえてきた。大通りの向こうから、また数十人の男が現れたのだ。
「レ、レッドさん……」
レイモンが
「あれは敵じゃない。よく見ろ」
俺はそう言いながら、新しく現れた連中の先頭を指さした。そこには長身の中年男性がいた。格闘場の運営者であるロベルトだ。
「ロ、ロベルト!」
裏組織のボスの顔が明るくなる。
「よくぞ来てくれた! 早くあいつらを……」
「
しかしロベルトは裏組織のボスに冷たい視線を送る。
「私は争いにきたわけではありません。逆に
「仲裁だと?」
「はい、
大通りのあちこちには多数の男が倒れている。これが軽い口喧嘩か。
「ロベルト、てめえ……」
『ビットリオ』と呼ばれた裏組織のボスが顔を歪ませる。
「まさか裏切るつもりか!?」
「裏切りって、人聞きの悪いことは言わないで頂きたい」
ロベルトが苦笑する。
「私はあくまでも善意を持って、これ以上の争いを止めようとしているだけです。皆さんの軽い口喧嘩に市民たちが
ビットリオはロベルトの顔を睨みつけた。だが……これ以上俺と戦うのは自殺
「おい、化け物」
ビットリオが俺を呼んだ。
「貴様の力はよく分かった。次はこうはいかないからな」
その言葉にレイモンが「何だと!?」と反応した。しかし俺は手を上げてレイモンを制止した。
「引き
ビットリオは部下に命令し、倒れている連中を
「レッドさん」
ロベルトが俺に近づく。
「お話ししたいことが……」
「その前にこいつらを
俺は親指で後ろに立っている格闘場の選手たちを指さした。するとロベルトが笑顔を見せる。
「分かりました。では場所を移りましょうか」
「ああ」
俺たちは足を運んで戦場から離れた。
---
しばらく後、俺たちはロベルトの格闘場に入った。
まだ午前だから格闘場は静かだ。ロベルトはまず医者を呼んで、俺と一緒に戦った選手たちを治療させた。
「レッドさん、これから……」
「分かった」
俺は選手たちの状態を
「……レッドさんの力には本当に感服しました」
事務室で二人きりになると、ロベルトが真面目な顔で
「あの数を正面から叩き潰すとは、もう
「本論に入ってくれ」
「分かりました」
ロベルトの顔に
「レッドさんは、さっき私が仲裁に入った理由をご
「もう勝負がついたと思ったからだろう?」
「左様です」
ロベルトが頷く。
「レッドさんは一人でビットリオさんの組織を
ロベルトが苦笑する。
「彼は現実的な人ですからね。レッドさんと張り合うのは危険だと分かった以上、もう手出ししてこないでしょう。力を示して
「ああ、そうだ。ただ……」
俺は自分の拳を見下ろした。
「あのビットリオというやつの顔に一発入れたかったな」
「それは困りますね。レッドさんに一発殴られたらビットリオさんは死んでしまいます。険悪な顔しているけど、
俺とロベルトは一緒に笑った。
「……レッドさん」
「何だ」
「私と手を組みませんか?」
やっぱりそう来たか。
「あんたの組織に入れ、ということか?」
「いいえ、流石にそれは無理だと思っています」
ロベルトが
「私はあくまでもレッドさんと対等な関係を築きたいです」
「組織のボスであるあんたが、俺みたいな
「左様です」
ロベルトは真面目な表情だ。
「失礼ですが……私は最初、レッドさんがただ
「そうかい」
「はい。レッドさんからは……特別な意志を感じます」
特別な意志か。
「ただ暴力を振るうだけの人間は大事を成せない。しかしレッドさんは怒りや暴力以上の何かを、言わば無数の人々を受け入れられる器を持っている。私はそう思っています」
「買いかぶりすぎだな」
「いいえ、私は人を見る目には少し自信がありましてね」
ロベルトが
「だからこそぜひレッドさんと手を組みたいと思います」
「なるほど、あんたは最初からそれが
俺とロベルトの視線がぶつかる。
「あんたが俺に『十連勝のジンクス』について教えてくれたのは、俺にあのビットリオというやつの組織を潰させるため……そして俺の力を確認するためだったんだろう?」
「……流石です」
少しの
「私はいつも思っています。この都市にはもう少し『安定した
「秩序か」
「その願い……レッドさんが私の
ロベルトの態度に
「……ま、分かった」
俺は頷いた。
「あんたと組めば、いろいろと便利そうだからな」
「
ロベルトの顔が明るくなる。
「それでは一緒に食事でも……」
「待ってくれ。その前に、俺と一緒に戦ったやつらのことだけど」
「ご心配
「ありがとう」
俺がロベルトと組むことにしたのは、あいつらの安全のためだ。ロベルトと手を組めば他の組織も
俺も興味が
---
「皆さんの
「レッドさん、ワインも
「いや、俺はジュースでいい」
「なるほど、禁欲的なお方だ」
ロベルトが頷いた。
シチューとステーキ、丸焼きとサラダ、ケーキとチョコレート……全部最高の味だ。アイリンもこの場にいればよかった。
「……ロベルトさん。このケーキとチョコレート、少し持ち帰ることは出来るかな?」
「もちろんです。シェフに頼んで、持ち帰る分を別に用意させましょう」
「ありがとう」
俺は頷いてから、
食事の後、俺はロベルトから大きな革袋をもらった。
「お前たち」
「はい」
レイモンが選手たちを代表して答えた。
「話したいことがある。ついてこい」
俺が先に歩くと、レイモンと五人の男が俺の後ろについてきた。そして数分後、俺たちは人気の無い路地裏についた。
「……まずお前たちに一つ聞きたい」
俺は選手たちの顔を
「
少しの沈黙の後、レイモンが口を開く。
「
「……俺に?」
「はい」
レイモンが頷く。
「僕たちは生まれも育ちも違いますが、みんな強者に憧れて格闘技を
「そのレッドさんが、格闘場の選手たちのために裏組織と戦っていると聞いて……僕たちも一緒に戦いたいと思いました」
「なるほど」
俺はもう一度みんなの顔を見渡した。
「ありがとう。お前たちには本当に助けてもらった」
「いいえ」
「助けてもらった以上、俺にも責任が生じた。いざという時、お前たちを助ける責任が。だから……お前たちと一緒に組織を作りたい」
俺の言葉に選手たちが驚く。
「その……レッドさん」
レイモンがみんなを代表して口を開く。
「組織ということは、ロベルト組みたいな組織ですか?」
「いや、裏組織とはちょっと違う。俺たちが一緒に強くなり、一緒に戦うための組織だ」
「一緒に強くなり、一緒に戦うための組織……」
格闘場の選手たちは戸惑いながらも、期待のこもった目で俺を見つめる。
「レッドさん」
レイモンがまた口を開いた。
「組織にはボスが必要です。レッドさんが……僕たちのボスになってくれるのですか?」
「そうだな。俺が提案したことだし、俺が責任を取るべきだ」
俺がそう答えると、選手たちの顔が明るくなる。
「賛成です!」
レイモンが真っ先に答えると、他の選手たちも賛成の声を上げる。これで決まりだ。
「俺たちは裏組織のやつらとぶつかったばかりだ。ロベルトと手を組んだから、無暗に攻撃してくることは無いはずだが……それでも行動に注意してくれ」
「分かりました!」
選手たちが口を
「今日は休んで体の回復を優先してくれ。明日格闘場で会おう」
「はい!」
何か胸が
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俺は格闘場の選手たちと別れて、小屋に
「組織ね」
爺が
「お前、実は権力が
「違う」
俺は首を横に振った。
「俺は人に指示を出すより、直接動く方が性に合う。だが……俺の力を
「そうかい」
俺と爺は、アイリンが幸せな顔でケーキを食べる姿を
「……爺が言っただろう? 『南の都市で一年以上生き残れ』と。その課題、俺のやり方で
「へっ」
爺が
「本当になるつもりか、『
俺はその質問に答えなかったが、自分の胸の奥で何か熱いものが燃え上がるのを感じた。