はだいろのせいだと思ってるのか? へっ、そんなのは殴るための言い訳に過ぎない。もっと根本的な理由がある」

「何?」

「仮にここが肌の赤い人々の王国で、お前だけ肌が白かったら……お前は『白くて気持ち悪いやつ』と軽蔑されて殴られる」

 それは……。

「分かるか? お前が殴られる根本的な理由は……お前が弱くて、しかも少数だからだ。そんなやつは殴られるのが人間社会のせつというものだ」

 俺は老人をぎようした。老人の鼠のような顔から……何故かが感じられる。

「殴られるのがいやだったら、同じ立場の人間を集めて多数になる方法もある。でもお前にその方法は無理だ。何せ肌が赤いのはお前一人だからな」

 老人の声はこおりつくほど冷たい。

「一人のお前が現実を変えるためには、力が必要だ。しかも百人か二百人くらい殺せるちっぽけな力では足りない。そう……この王国を滅ぼし、お前だけの新しい国を作れるほどの力が必要なんだよ」

 身体がふるえてきた。俺が……そんな力を?

「……あんた、まるで何もかも知っているような口ぶりだな」

「まあ、少なくともお前よりは知っているさ」

「じゃ、答えてみろよ。おれみたいな貧民が、どうやって王国を滅ぼせるほどの力を得られるんだ?」

「それが知りたいのか? なら私についてこい」

 老人はそう答えた後、俺の反応を待たずに歩き始める。

「お、おい! 待て!」

 俺はあわてて大声を出したが、老人は振り向きもせずに歩き続ける。

「人生の機会は待ってくれないんだよ。お前が追いかけろ」

「てめえ……!」

 俺はいつしゆんまどった。何らかのわなかもしれない。しかし……ここで追いかけなくても、しよせん俺には希望も失うものも存在しない。

 結局俺は迷いを捨てて、老人の背中を追いかけた。

---

 俺とみすぼらしい老人は、灰色の町をしばらく一緒に歩いた。

「お前、名前は何だ?」

 いきなり老人が聞いてきた。

「……レッドだ」

 俺が答えると、予想通り老人が笑い出す。

「へっ、何だそれ? 赤いからレッドか? ひでえ名前だな」

「そういうあんたの名前は何だ?」

「私には名前など無い」

「何だ、それ?」

 俺はまゆをひそめた。

「この俺でさえ名前があるんだ。あんたに名前が無いわけがないじゃないか」

「名前などとっくの昔に捨てたのさ。ま、人々は私のことを『鼠の爺』と呼んでいるけどな」

「鼠みたいな顔だから鼠の爺か? へっ、ひでえ名前だな」

だまれ」

 やがて俺と鼠の爺は町の入り口に辿たどり着いた。これ以上進めば、町の外に出てしまう。

「おい、爺! 一体どこまで行く気だ? ここからは町の外だぞ!」

「この先に小川があるだろう? 私の家はその近くなんだよ」

 やっぱり何かの罠かもしれない。いざとなったらこの爺を殴りたおして逃げよう……と俺は思った。鼠の爺はがらで白髪の老人だ。一対一なら流石さすがに俺が勝てるだろう。大勢に囲まれることだけ注意すればいい。

 結局俺は爺と一緒に町を出て、西の道を歩いた。

「あれが私の家だ。見えるか?」

 三十分くらい後、爺が杖で前方を指した。よく見ると道から離れたところに小屋がある。いつ倒れてもおかしくないほどみすぼらしい小屋……まさにこのみすぼらしい老人にぴったりだ。

 俺と爺は道から離れて、みすぼらしい小屋に向かった。

「ここなら気楽に話せるだろう」

 小屋の前に辿り着くと、爺がそう言った。

 俺は周りをかくにんした。他の誰かが隠れている気配は無い。

「ならさっさと話せ。俺みたいな貧民がどうやって王国を滅ぼせるんだ?」

 俺がいらった声で聞くと、爺は笑顔を見せる。

「よし、分かった。では一番大事な教訓から教えてやる」

 俺は「一番大事な教訓だと?」と言おうとした。しかし口から言葉が出るよりも早く……爺の杖が俺のみぞおちを強打した!

「うぐっ……!」

 まるでかみなりに打たれたかのように、俺の全身にしようげきが走った。不良たちに殴られた時より何倍も痛い……! 俺は苦痛に耐えられず、地面に伏せてしまった。

「お前の考えはもう分かってるんだよ」

 爺の冷たい声が聞こえてくる。

「こんなところまでホイホイついてきたのは、小柄な老人なら簡単に倒せると判断したからだろう? でもそれがだったんだ」

「こ、この野郎……」

「よく聞け。一番大事な教訓は……『油断するな』だ」

 俺はやっと立ち上がったが、まだ足が震えてくる。

「ここから西の地方に『うし』というやつがいた。多くのせんとうで功績を挙げた、名声高い猛者もさだったな。ところがある日、牡牛の騎士が自分の領地を見回っていた時……かれは一人の美しい女に出会ったんだ」

 爺はたんたんとした口調で話し続ける。

「事情を聞いてみると、その女はりんごくからきたぼつらく貴族だった。身寄りのないかのじよに同情して、牡牛の騎士はいろいろと面倒を見てやった。そして当然の如くこいに落ちてしまい……牡牛の騎士はその女と何度も密会した」

 そこから爺の声は再び冷たくなる。

「分かるか? そいつは今のお前と同じあやまちをおかした。つまり油断したんだ。ある日、名声高い猛者だった牡牛の騎士は……首の無いはだかの遺体となって発見された」

 爺がゆっくりと杖を動かして、俺のみぞおちを軽くたたく。

「相手がか弱い女、幼い子供、歯のない老いぼれだからって油断するやつは……殺されても文句言えないんだよ。そのことをきもめいじておけ」

「……分かった」

 俺は爺の顔を睨みつけた。

「それでその次は何だ? 早く教えろ」

「へっ、流石にこんじようだけはあるか」

 爺が気持ちよさそうな笑顔になる。

「じゃ、これから『王国を滅ぼせる力』を見せてやる」

「何……?」

 爺は身体の向きを変えて、みすぼらしい小屋のとびらを開く。

「この中にその『力』があるんだ。ほら、見てみろ」

 おれは爺をけいかいしながらも、小屋の中をのぞいてみた。そこには何かがたくさん積まれていた。

「これは……『本』だ」

 爺が一冊の本を持ち上げて言った。

「馬鹿にするなよ、爺。俺だって本くらいは知ってる」

「そうかい。じゃ、文字は読めるのか?」

 その質問に俺は口をつぐんだ。

「もちろん読めないだろう。だからお前は本の力が使えない」

「そんな紙切れに何の力があるってんだよ」

「『知識』だ。この紙切れには知識という力がある」

 爺はとても真面目な顔だ。

「例えば……お前は頑丈な身体を持っているし、わんりよくもある。その身体能力ならさっきの不良たちなんか簡単に制圧できて当然だ。それなのに殴られてばかりなのは……お前に『身体能力を有効に使う知識』が無いからだ」

 爺が本を開いて俺に見せる。

「この本には東の国のやつらが開発した『かくとう』が書かれている。この知識を身に付けて、実戦で活用できるようになれば……町の中でお前に勝てるやつはいなくなるはずだ」

 それは本当なんだろうか? 本当に知識にそれだけの力があるんだろうか?

「知識というものは……使いようによっては一人の人生を変えることも、無敵の軍隊を打ち破ることも、強大な王国を滅ぼすことも出来る。それが知識の本当の力だ」

 胸が高鳴った。爺の話が本当なら、この世に復讐できるかもしれない。

「じゃ、俺がその力を使って……?」

「まずは文字からだ。今日から私の指示に従って文字を勉強しろ」

 みすぼらしい老人の声が、俺にはまるで神のけいのように聞こえた。そして身体の底から力が湧いてきた。それは人生初めて味わう……『希望』だった。希望が俺の怒りに火をつけて、力をあたえている。

 しかし同時に疑念も生じる。この『鼠の爺』は何故なぜ俺を……。

「爺、あんた……何故俺を助けようとするんだ? あんたの目的は何なんだ?」

「私の目的? そんなの関係ないだろう。たとえ私があくで、私の目的が世界めつぼうだとしても……お前には私の言葉に従うしか道が無いんだよ」

「……そうかもな。所詮俺には何も無い」

 俺は自分の身体を見下ろした。そこにはみじめさと絶望感しか存在しない。

「分かった。あんたの言う通りにしてやる……!」

 俺を侮辱したやつらに、石を投げてきたやつらに、あの金髪の少女に、この世に復讐できるなら……! この爺が悪魔だろうが何だろうが関係ない!

「おっと、その前に……」

 爺が小屋の中から何かを持ってきて、俺に投げつけた。反射的に受け取ってみたら、それは服とせつけんだった。

「あっちの小川で身体を洗って、その服にえろ。お前、くさすぎるぞ」

「……分かった」

 むかつくけど、今はこの鼠の爺のげんを取ろう。ま、俺が強くなった後でしっかりとらしめてやるさ。そう考えながら、俺は服と石鹸を持って小川に向かった。

---

 鼠の爺と一緒に住んでから、俺の日常は何もかも変わった。

 もう物乞いをする必要も、ゴミを漁る必要も、農場で酷使される必要もなくなった。その代わりに俺は爺から授業を受けた。

 朝の食事が終わると、俺は木の枝を手にして地面に文字を書いた。そして何度も何度もそれを読み、ちゃんと覚えるようにがんった。

「へっ、意外と頭悪くないな」

「おい、爺。意外って何だよ、意外って」

 俺は不満げな声で言った。すると爺が杖で地面に三つの文字を書く。

「これが読めるか?」

「これは……」

 レ、レ……。

「これがお前の名前だ」

 そうか、これが『レッド』か。

 何か胸がドキドキしてきた。ずっと自分の名前がきらいだったのに……不思議にも今はそんなに嫌いじゃない。いつかは俺の名前を……この王国の全ての人間に教えてやりたい!

 文字の勉強の次は、格闘技の練習だ。俺は拳に包帯を巻いて木を殴り続けた。

かたの力を抜け。足とこしを使って拳を振るうんだ」

「分かったよ」

 爺の指示に従って拳を振るうと、結構太い木がれた。何か自信が湧いてくる。

「やっぱり身体能力は高いな」

 爺が満足げにうなずく。

「だがまだ道は遠い。その程度の木ならいちげきで折れるくらいじゃないと駄目だ」

「はあ?」

 俺は自分が殴っていた木をもう一度かくにんした。結構太くてかたい木だ。道具を使っても一撃で折ることは出来そうにない。

「何言ってんだ、爺? そんなこと、人間に出来るわけがないじゃないか」

「へっ」

 爺があざわらった。

「お前に出来ないからって、人間に出来ないとか言うんじゃねぇよ」

「じゃ、爺がやってみろよ。まさか自分でも出来ないくせに、大口叩いてるんじゃないだろうな?」

「ま、よかろう。お前に少しだけ見せてやる」

 爺が右手に包帯を巻いて、太い木の前に立つ。まさか……。

「よく見ておけ、レッド」

 爺はそう言いながら上半身の服をぐ。

「何だと……」

 俺は思わず声をらした。爺の小さな身体には……鋼のような筋肉がついている。しかも傷だらけだ。一体爺は……今までどんな生き方をしてきたんだ?

「力は……『集中』だ」

 爺がゆっくりと拳を上げる。

ろうをせず、全身の力を一点に集中するのだ。そうすれば……」

 次の瞬間、爺の拳が目に見えないほどの速度で木を叩く。すると人間が何かを叩く音とは思えないごうおんひびわたる……!

「……人間は木どころか、国だって倒せる」

 太い木があっけなく倒れ、ほこりが飛び上がる。自分の目で見ているのに……信じられない光景だ。

「お前の歩くべき道も同じだ。狂気的なまでにぜんしんぜんれいを目標に集中させて……迷わず進め。立ち塞がる者は貴族だろうが王族だろうがようしやするな。そうすれば必ず辿り着ける」

「爺、あんたは……一体何者だ?」

「へっ、それが知りたいのか?」

 爺は服を着て笑顔を見せる。

「もしお前が私より強くなったら教えてやる」

「……その言葉、忘れるなよ」

 俺は拳を握って自分自身にちかった。いつかは爺よりも、誰よりも強くなって……この王国をぶち壊してやる。そしてそのついでに爺の過去を聞き出してやる。

---

 その後、俺は爺の言葉通り……狂気的なまでに集中して自分をきたえた。

 まず文字を習得した俺は、本からかくとう理論を学び、身体をたんれんし、技を練習した。そしてその流れを何度も何度もり返した。昼にも、夜にも、暑い夏にも、寒い冬にも……俺は必死に考えて必死に身体を動かした。

 時間がつのも忘れて、雑念が生じるひまもなく……自分を極限に追いむ。もう本当に狂気的としかいえない日々だった。

 ある程度格闘技を身に付けてからは、爺との対決を始めた。

「全力でかかってこい、レッド」

「もちろんだ」

 おれは殴り殺す勢いで爺にっかかった。爺の本当の姿を見てしまった以上、適当にしては意味が無い。

あまい!」

「ぐはっ……!」

 爺はそんな俺を容赦なくぶっ飛ばした。小柄の老いぼれのくせに……爺の動きは目で追えないほど速いし、こぶしは一撃で気が遠くなるほど強い。

「立ち上がれ」

「……ああ」

 俺は痛みをこらえながら立ち上がった。そしてまた爺に突っかかって、またぶっ飛ばされた。

「へっ、でかい身体してるくせに……ざまねぇな、レッド」

「クソ爺が……」

 俺は地面に倒れて空を見上げた。

「次の対決は一週間後だ。それまでに死ぬ気で鍛錬しろ」

 冷たい声で言ってから、爺がその場を去った。俺は拳を握って再び立ち上がった。

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 勉強、鍛錬、練習、爺との対決……それだけの日々が流れた。

 そしてある春の日のことだった。対決のちゆう、俺の拳が爺の鋼のような身体にかすった。

「ほぉ」

 ちよくげきしたわけではない。あくまでもかすっただけだ。でも爺は少しおどろいたようだ。

「いいぞ、レッド」

 爺が笑顔を見せる。

「もっと強くなれ。私をえてみせろ!」

 言葉と同時に、爺はまるでしつぷうの如く動いて……俺の全身に無数のげきを与える。

「がはっ……!」

 俺は一瞬でボロボロになって倒れた。爺はそんな俺に見向きもせず去った。

「……何が『いいぞ』だ。このクソ爺が」

 綺麗な空を見上げながら、俺はしようした。別に悪い気持ちではない。自分でも……自分が少しは強くなったと実感できるからだ。

 必死に頑張って、少し強くなって、少し認められる……それがとても気持ちいい。そう、これが……初めて味わう『じゆうじつ感』というやつだ。

 俺は充実感など感じたことが無い。毎日生き残ることだけで精一杯で、自分を高めることなど想像も出来なかったのだ。しかし爺に出会って何もかも変わった。俺自身の歩くべき道が見えてきた。

 俺はこれからも強くなる。全身全霊を集中させて強くなる。そしていつかは必ず辿り着く。これは単なる望みではなく……確信だ。

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 あっという間に四年という年月が経った。

 十七さいの俺は、もう体格なら大人たちを軽く超える。そして俺の全身には鋼のような筋肉がついている。この四年の間、全身全霊を集中させて得た成果だ。

 変わったのは肉体だけじゃない。俺は爺の言っていた『知識』という力を手に入れた。格闘技、武器術、戦略と戦術……この王国を滅ぼすための力を手に入れたのだ。

 そして四年ぶりに……俺は灰色の町にもどってきた。

「……ここは相変わらずだな」

 フードをかぶって顔をかくした俺は、しばらく町の中を歩いた。灰色の風景、うつろな目をしている大人たち、えている子供たち、ゴミ溜め、つぶれた教会……暖かい春なのに、まったく活気の無い町だ。俺が小さかった頃と何も変わっていない。

「おい、しやべってみろってんだ!」

 若い男の声が聞こえてきた。路地裏の方からだ。俺はなつかしい気持ちになってそこに向かった。

「喋れないのか!? このガキ!」

 俺は目の前の光景に思わず笑ってしまった。四人の不良が一人の子供を囲んでなぐっていた。本当に懐かしい光景だ。

「お前らも相変わらずだな」

 俺が言うと、不良たちがこっちを振り向く。

「あ? 何だ、お前?」

 その質問に、俺はフードを脱ぐことで答えた。

「こいつ……レッド?」

 時間が経っても俺の赤いはだはそのままだ。不良たちはさつそく俺のことを思い出す。

「こいつ、確か変な老人といつしよに住んでるとか聞いたけど」

「おい、レッド。頭が高いぞ。ちょっとでかくなったからって……」

 そいつはそれ以上言えなかった。面倒くさくなった俺の拳がそいつの顔面を強打したからだ。やつは鼻の骨がくだけて、血を流しながら倒れる。二度殴る必要も無い。

「こ、このろう……!」

「面倒くさいからまとめてかかってこい」

 俺のちようはつに不良たちはいつせいに動く。昔のように俺を囲んでタコ殴りにするつもりだろう。しかし……爺に比べるとこいつらはあまりにもおそくて、あまりにもひんじやくだ。

 俺はまず一番前のやつのひざってやった。そいつは足があり得ない方向に曲がって、悲鳴を上げる。その悲鳴が終わる前に、俺は次のやつのみぞおちをせいけんで殴った。するとやつは衝撃で倒れてしまい、苦痛の声を漏らす。ま、その痛みは俺もよく知っている。

 最後のやつの顔はきように歪んでいる。またたに三人の仲間がやられたんだから当然のことだ。そして当然俺には容赦が無い。俺は最後のやつのかんを蹴って、男として生きられない身にしてやった。

「おい、レッド。やりすぎて殺すなよ」

 後ろから声が聞こえてきた。いつの間にか鼠の爺が俺の後ろに立っている。本当に予測不可能な老人だ。

「いくらゴミ共でも、殺したら殺人事件になるぞ」

「分かっている。俺もじゃない。ただ二度と歩けないようにしてやるだけだ」

「そりゃやさしいな」

 俺は倒れている不良たちに近づき、やつらの足を一本一本みにじった。すさまじい悲鳴が路地裏に響き渡り、四人のはいじんが作り出される。

「どうだい? 最初の復讐の味は」

「気持ちいい」

 俺は笑顔で答えた。しかしその笑顔は長く続かなかった。

「しかし俺は……この程度では満足できない」

「当然だ。お前の本当の復讐の対象はこんなゴミ共ではない」

「分かっている」

「ならさっさと行くぞ。こんなところで時間のづかいをしている暇は無い」

「ああ」

 俺は廃人共を置き去りにしてその場を去ろうとした。だがその時、視線を感じた。ついさっきまで不良たちに殴られていた子供が……俺を見上げている。

 その子供は……きたなくて、せて、傷だらけだ。しかも散々殴られたせいで鼻血を流している。本当にさんな姿だ。

 でも……泣いてはいない。まるで……昔の俺のように。

「レッド、何してるんだ?」

 爺の声が聞こえてきた。

「そのガキも殴るつもりか?」

「殴らない。俺を何だと思ってるんだ?」

「ならさっさと来い」

「分かったよ」

 俺は爺と一緒に町を出て、小川の小屋に向かった。

「レッド」

「何だ」

「あのガキ、ずっと後ろをついてきてるぞ」

 俺は後ろを振り向いた。すると本当にさっきの子供の姿が見える。町からずっと俺たちの後を追ってきたのだ。

「面倒くさいから、殴って追いはらえ」

「……あんた、本当に悪魔だな」

いまさら知ったのか? さっさと追い払えってんだ」

「ちっ」

 ちょっとかいだけど仕方ない。俺は爺の指示に従って子供に近づいた。

「おい、お前」

 暴力を振るう前に、俺はまず話しかけた。

「これ以上ついてくるんなら容赦しないぞ」

 たぶん十一か十二歳くらいだろうから、かくすれば空気を読んで逃げるだろう……と俺は思った。しかし子供は逃げずに……口を開く。

「あ、あう……」

 子供の口から出たのはまともな言葉ではなく、まるであかぼうのような意味の無い声だった。

「こいつ……喋れないのか」

 喋れないから殴られても助けを求めることが出来ない。それでずっと一人で苦しんできたにちがいない。まるで……昔の俺のように。

「何してるんだ、レッド?」

 爺が近づいてきた。

「まさか子供は殴れないってのか?」

「違う」

「じゃ、何をぐずぐずしてるんだ!?

 俺は爺の方を振り向いた。

「このガキ、俺が連れて行く」

「……はあ?」

 爺の小さい目に殺気がこもる。

「何言ってんだ、お前? そんなガキ、お前の復讐に何の役にも立たないんだぞ!」

「分かっている。それでも連れて行く」

「こいつ……!」

 俺と爺はたがいを睨み合った。もちろん爺にはまだ勝てないけど……俺は退かなかった。

「このクソ野郎、勝手なことしやがって」

 爺がそう言った。俺に一歩ゆずってくれたのだ。

「……お前が言い出したんだから、お前が面倒を見ろ」

「ああ」

「言っておくけど、そのガキは喋れないうえに女なんだぞ」

「……何?」

 俺は驚いて子供をり向いた。女の子には見えないけど……爺がそう言っているから間違いないだろう。