第一章 いつかは必ずだ



 俺はいつも自分自身に言い聞かせていた。これは『仕方の無いことだ』と。

 人々から侮辱されるのは仕方の無いことだ。石を投げられるのも仕方の無いことだ。不良に殴られるのも仕方の無いことだ。

 俺に出来ることは何も無い。ていこうすることも出来ない。だから抵抗する必要も無い。そうやって全てを観念していたのだ。

 しかし美しい金髪の少女と出会ったあの日から、俺は変わった。俺は……怒りをいだくようになった。俺を侮辱し、石を投げた人々に対して、俺を散々殴った不良たちに対して、俺を苦しめるこの世に対して……!

 いつかは全員まとめてぶっ殺してやる! 俺を侮辱したやつらの口を裂いてやる! やつらの家族も一人一人なぶり殺してやる!

 怒りが俺の中を満たした。だが……怒りに身を任せたところで、返りちにされるだけだ。それくらいは俺だって知っている。

 どうすればこの世にふくしゆうできるんだろう? 十二歳の俺にはそれが分からなかった。何しろ俺は生き残ることにせいいつぱいで、じっと考えているゆうすらなかった。

 つらすぎる冬を過ごして、春をむかえた俺は十三歳になった。しかし現実はそのままだ。『復讐したい』という気持ちだけでは、現実は何も変わらないのだ。

「こいつ、気持ち悪いんだよ!」

 不良たちに殴られるのもこれでもう何回目なんだろう? 身体が頑丈じゃなかったら俺はとっくに死んでいる。

「今度その面見せたら、二度と歩けないようにしてやる」

 やっと暴力が終わって不良たちが去った。俺はボロボロになった身体で立ち上がり、ふらつきながら歩いた。口の中から血の味がする。くやしいけど……今の俺に出来ることは無い。

「おい、お前」

 いきなりそばから声が聞こえてきた。り向くと一人の老人がこっちを見つめている。

 しら、ぼろぼろの服、まつつえ……背は低く、顔はねずみみたいだ。つまりどこをどう見てもただのみすぼらしい貧民の老人だ。

「何で泣かないんだ?」

 老人が俺に向かって質問した。俺は無視しようとしたが、老人がもう一度口を開く。

「そんなに殴られて、何で泣かないのかって聞いてるんだよ」

「……泣いても誰も助けてくれないから」

 めんどうくさくなった俺は小さい声で答えた。

「へっ、分かってるじゃないか」

 老人は気持ちよさそうながおになる。

 一体何なんだ、このクソみたいなじじいは……と思った俺は老人を無視して足を運ぼうとした。しかし老人はばやく動いて、俺の前をふさぐように立つ。

「お前、それでいいのか?」

「何言ってんだ……?」

「殴られてばかりでいいのか? やつらに仕返ししたくはないのか?」

 その質問を聞いたたん、俺の身体は不思議なくらいに熱くなった。

「いつかは……」

「ん?」

「いつかはやつらをぶっ殺す! 必ず……!」

 俺の答えを聞いた老人がまた笑顔になる。しかしそれはさっきの気持ちよさそうな笑顔ではなく、冷たいちようしようだ。

「そりゃ、ずいぶんちっぽけな復讐だな」

「……何だと?」

 俺は老人をにらみつけた。しかし老人はびくともせず、話を続ける。

「仮にお前がさっきのやつらをぶっ殺したところで、結果はお前が殺人犯としてつかまるだけだ」

「そ、それでも……」

「それでもいいのか? お前は貴族でもお金持ちでもない。殺人罪で捕まったらちがいなくけい、それもきの刑だ。うでと足がぷちっともぎ取られて、血まりの中で悲鳴を上げながら死ぬ。お前はそんな結末に満足するのか?」

 老人の言葉が俺の胸にさった。

「仮に運良く捕まらずにげたとしても、お前が人々から軽蔑される現実は何も変わらない。別のところで別の不良に殴られるだけだ。そうなったらまた八つ裂きの刑をかくして殺人をするつもりか?」

「あんた、一体何が言いたいんだ……?」

「そんなちっぽけな復讐に満足するな、と言っているのだ」

 老人の小さい目が……ざんこくな眼差しを放つ。

「一人か二人を殺したところで、お前の現実は何も変わらない。百人? 二百人? それでも足りない」

「あんた……」

「お前の現実を変えるためには……この王国をほろぼすしかないんだよ」

 こ、この老人は一体何なんだ? みすぼらしい貧民のくせに、王国を滅ぼす……?

「そもそもお前は何故なぜ自分自身が殴られるのか、その理由を分かっているのか?」

「それは……」

 俺の肌が赤いからだろう……。