俺は拳を握にぎりしめた。次の一撃で……勝負を決める。

「へっ」

 フクロウも俺と同じ事を考えている。やつは相変わらず無口だが、不思議にもやつの意思がはっきりと伝わってくる。

「はあっ!」

 気合と共に、俺は最後の拳を放った。フクロウも同時に拳を放った。両者の攻撃は交差して……互たがいの心臓を強打する。

「くっ……」

 俺はふらついて壁にぶつかった。そしてフクロウは……倒れてしまう。

 地面に倒れたフクロウは震ふるえる手で自分の覆面を外し、口を開く。

「……見事だ」

 その一言を残して、フクロウは目を閉じた。

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 夜の山道を、一人の男が必死に走っていた。

 だが男の足は遅い。おかげで俺は難なく男に追いついた。

「……どこへ逃げるつもりだ?」

 俺が声をかけると、男は足を止めてゆっくりと俺を振り向く。

 月明かりの下で、俺は男の顔を眺ながめた。男は……若い。それにどう見ても『善良な市民』にしか見えない顔だ。だがこいつは決して善良な市民ではない。

「……私のことをご存ぞん知じですか?」

 男の質問に、俺は笑った。

「ああ、よく知っているさ。お前は……俺の獲え物ものだ」

 そう、この男こそが……この善良な市民にしか見えない男こそが、薬物『天使の涙』を使って多くの人を苦しめてきた張本人……『黒幕』だ。

「初めまして。私は『アンセル』と申します」

 黒幕が笑え顔がおで自己紹しよう介かいをした。

「俺はレッドだ」

「存じています。貴方あなたの存在は私にとって一番の脅きよう威いでしたから」

 黒幕、つまりアンセルは落ち着いた態度だ。

「でもまさかフクロウが負けたなんて……想定外ですね」

 アンセルが苦く笑しようする。

「ご存知ですか? 貴方を暗殺する報ほう酬しゆうとして、フクロウは一国の王を暗殺する時と同等な金額を要求してきました」

「そうか」

「流石さすがに私もあれだけのお金を支し払はらったら計画が破は綻たんするので、ついさっきやっと心を決めて依い頼らいしたのに……まさか失敗したとは」

 アンセルは俺の顔を凝ぎよう視しする。

「やっぱりレッドさんは強者です。だから……レッドさんなら私のことを理解できるはずです」

 俺は何の反応も見せなかった。

「この世の多くの人間は、無知で無力な弱者に過ぎません。だからこそ力を持った強者がこの世界を変えるべきです」

 アンセルの声は確信に満ちている。

「もちろん多少の犠ぎ牲せいは生じますが、それは強者の力に耐えられなかった弱者の宿命です。無知で無力な弱者たちはそんな宿命を受け入れるしかない。貴方のような強者なら……私の言うことが理解できるはずです!」

「へっ」

 俺がつい笑ってしまうと、アンセルは眉まゆをひそめる。

「……何が可笑おかしいんですか?」

「お前は自分の敗因すら知らないんだな」

「私の……敗因?」

「ああ、お前は『一番大事な教訓』を分かっていない」

 俺は懐から血まみれになった文書を取り出して、アンセルに見せた。

「これが見えるか?」

「それは……」

「これはな、お前の実験の犠牲になった男が……最期の瞬間、誰だれよりも強い意志を発揮して俺に残してくれたものだ。俺はこれのおかげでここまで来られた」

 アンセルの顔が強こわ張ばる。

「俺を信じて、命までかけてくれた人々がいるからこそ……俺はここにいる。つまりお前の敗因は……人々の力を舐めすぎたことだ」

 しばらく沈ちん黙もくが流れた。月明かりの下で、俺とアンセルは互いを見つめた。

「……分かりました」

 アンセルが微かな笑顔を見せる。

「敗北を認めます。私を逮たい捕ほしてください。甘あまんじて罰ばつを受けましょう」

「……俺も舐めるつもりか?」

 俺も微かな笑顔を見せた。

「偉えらい貴族の中にも、お前の薬物に操あやつられている連中がいるんだろう? だから今まで捕つかまらなかったし、たとえ捕まっても……お前が処しよ刑けいされることは絶対ない。違うか?」

 アンセルの顔から笑えみが消える。

「……じゃ、私を殺すつもりですか?」

「それはお前次し第だいだ」

 俺は拳を握りしめた。

「たった一発だ。俺はこれからお前の身体にたった一発だけ拳を入れる。もしお前がそれに耐えたら……逮捕してやってもいい」

「ちょ、ちょっと待ってくだ……」

 俺は大きく踏み込んで、アンセルの腹に一撃を入れた。

「うぐっ……!」

 アンセルは血を吐はきながら膝ひざをつき、無様に倒れる。やつの内臓はもちろん、背骨まで粉々になってしまった。

「がはっ!」

 何度も血を吐いたアンセルは……やがて動かなくなる。俺はやつの死を確認して、その場を去った。

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 砦に戻もどると、もう戦いは終わっていた。

「レッド!」

 ドロシーが俺の姿を見つけて駆かけつけてくる。

「黒幕は? やつはどうなった?」

「やつは死んだ」

 俺の答えを聞いて、ドロシーは視線を落とす。

「……ありがとう」

「感謝される筋合いは無い」

 俺は俺を待っている組織員たちに向かって足を運んだ。