「今まで無敵のような威い容ようを見せたレッド様ですが、果たしてこの試合でもその伝説を残し続けることが出来ますでしょうか!? では、思う存分に楽しんでください!」

 いつの間にか博ばく打ちのための集金が終わり、試合の開始が宣言された。進行係が素早く試合場から逃にげ出し、俺とデリックは互いに向かって歩き出す。

「早くやれ!」

「殺せ! 殺せ!」

 観客たちの声を後ろにして、俺とデリックは同時に戦闘態勢に入った。そして先に打って出たのは……俺の方だ。

「はっ!」

 左右の拳と下段蹴りの連続攻こう撃げき……軽い牽けん制せいだが、普通のやつならこれだけで倒たおせる。だが流石にデリックは倒れなかった。いや、倒れるどころか上段蹴りで反撃してくる!

「ほぉ」

 俺は少し驚いた。デリックの反撃自体は腕を上げて受け止めたけど、結構な衝撃が伝わってきた。

「やるな」

 たった一度の攻こう防ぼうで、デリックの実力が分かった。こいつは結構強い。反射神経がいいし、力もある。もしかしたらレイモン以上かもしれない。

「へっ」

 久しぶりに戦う相手が強くて……嬉しい。信じてもいない女め神がみに感謝したい気持ちだ。

「おい、化け物! 力でねじ伏ふせろ!」

 観客の誰だれかがそう叫んだ。そう、それが俺の戦い方だ。合理的な技のやり取りもいいけど……やっぱり俺には力任せの暴力が似合う!

「ぐおおおお!」

 小こ技わざは要いらない。真正面から突とつ撃げきして、力でねじ伏せてやる!

「うっ……!」

 デリックの慌てる顔を直視しながら拳を出す。強烈な攻撃だが、デリックも素す晴ばらしい反応で回かい避ひする。だが俺は諦めず再度突撃する。

「はあっ!」

 今度はデリックの腹を狙ねらって蹴りを入れたが、それも回避される。デリックの反応速度は本当に素晴らしい。

 でも俺はニヤリとした。逃げ回るばかりのやつらを追い込む方法なら、もう心得ている!

「うぐっ……!」

 デリックの口から低い悲鳴が漏もれる。やつが俺の横を通り抜けようとした時……俺は一瞬だけ速度を上げ、体当たりを食くらわしたのだ。

「もう逃げられないぞ」

 密着状態、至近距離での乱らん闘とう……逃げ場ばはない!

「ぬおおおお!」

 俺の拳がデリックの上半身を容よう赦しやなく強打し続ける。近すぎて思う存分に振ふるうことは出来ないが、威い力りよくは十分だ。

「ぐおおおお!」

 ふらつくデリックの頭に直ちよく撃げきを入れた。デリックは無様に倒れて、地面にぶつかる。

「ふう」

 倒れた相手を見下ろしながら息を吐はいた。完かん璧ぺきな勝利だが、これは早く医者を呼ぶべきだな。

「……何?」

 だがその直後、俺は目を見開いた。デリックが……立ち上がったのだ。

「た、立ち上がったぞ! どうなってんだ!?」

「あいつも化け物かよ!?」

 驚いたのは俺だけではない。観客たちも驚きよう愕がくの声を上げる。完璧に打ちのめされた選手が立ち上がるなんて、普通ならあり得ない光景だ。

「こいつは……」

 俺はデリックを睨みつけた。こいつの頑がん丈じようさは……明らかに人間の限界を超えている。俺の知っている限り、こういう人間は俺と爺だけだ。

 まさかこいつも『全身全霊の動き』が使えるのか? いや、違う。そんな感じではない。なら……どうやって?

「うおおおお!」

 俺が考えている間に、デリックが突進してくる。俺は足を運んで避けてから、デリックの様子を窺うかがった。

「はあ、はあ……」

 デリックは俺を見ていない。ただ荒あらい息遣いをしながら敵を探そうとしている。

「おい、デリック」

「うおおお!」

 俺の声に反応して、デリックがまた突とつ進しんしてくる。これは……普通じゃない。

「……そういうことだったのか」

 俺は歯を食いしばった。不本意だが、こうなったら仕方ない。

「うおおおお!」

 デリックがもう一度突進してきた時、俺はそれを避けてデリックの首に腕を回した。

「うっ!」

 俺が腕に力を入れると、デリックが苦しむ。こいつを倒すためには……意識を完全に奪うばうしかない!

「うぐっ……!」

 デリックは必死にもがいたが、やがて気を失ってしまう。

「レ、レッド様の勝利です!」

 進行係が驚愕の表情で俺の勝利を宣言する。

「おい、早く医者を呼べ!」

「は、はい!」

 俺が一いつ喝かつすると、進行係は素す早ばやく二階に登っていく。一人になった俺は、倒れているデリックを見つめながら拳を強く握にぎった。

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 俺は事務室のテーブルに座すわって、一人で考えに耽ふけった。

 しばらくして誰かが部屋に入ってきた。この事務室の主であるロベルトだ。

「レッドさん、医者の検査が終わりました」

 俺はテーブルから立ち上がった。

「結果はどうだ?」

「それが……レッドさんの読み通りです」

 ロベルトは暗い顔で言った。

「デリックは、覚かく醒せい作用と鎮ちん痛つう作用の強い薬物による中毒状態です」

「やっぱりか」

 試合の途と中ちゆう……デリックは人間の限界を超える、異常なまでの反射神経と頑丈さを見せた。あれは鍛錬で手に入れた力ではなく『無む理り矢や理り強化されている』感じだった。だから俺は危険な薬物の存在を予想し、彼かれの意識を奪った。

「薬物の効果は確かみたいですが、副作用も強いらしいです」

「つまりデリックは……」

「はい、彼の命は……後僅かです」

 しばらく沈黙が流れた。重い空気の中、俺とロベルトは床ゆかに視線を落とした。

「……ロベルトさん」

 やがて俺が沈黙を破った。

「この都市の組織は、薬物も流通させているのか?」

「いいえ」

 ロベルトが首を横に振る。

「もちろんお金は稼げますが、薬物の流通は紛ふん争そうの種でして。一昔前に大きな喧けん嘩かがあって以来、組織も薬物には手を出していません」

「じゃ、一体誰が?」

 俺の質問に、ロベルトは少し間を置いてから答える。

「噂があります」

「噂?」

「この都市の誇ほこる大きな港からは、いろんな国々のいろんな品物が入ってきます。その中には危険な薬物もありますが、ほとんどが警備隊によって取り上げられています」

「まさか……」

「はい、警備隊の誰かが……取り上げた薬物を密ひそかに流通させているという噂うわさがあります」

 なるほど、警備隊の腐敗か。

「そんな真ま似ねが出来るのは、それなりの権力者だろうな」

「そうでしょうね」

「心当たりは無いのか?」

「……現警備隊隊長のラズロさんは、欲の強い人でしてね。組織からすれば、そんな人だからこそ利用しやすいわけですが……たまに危険な真似をして、困る時もあります」

「そうか」

 第一容疑者は警備隊隊長か……。

「レッドさん、警備隊を敵に回すのは……」

「分かっている。俺だってそこまで無む謀ぼうではない」

 俺は微かに笑った。

「でも、そんな偉えらいやつが直接薬物を扱あつかうわけがない。もしやつが犯人なら、手下にやらせているだろう」

「そうでしょうね」

「薬物を直接扱っているやつらを追つい跡せきすることは出来ないかな?」

 ロベルトは顎あごに手を当てて考える。

「可能だと思います。デリックから情報を得ることも出来るはずですから」

「じゃ、そっちを頼たのむ。後は俺に任せてくれ」

「レッドさん……」

 ロベルトが心配げな顔で俺を見つめたが、俺はもう心を決めた。

「あんたの言う『安定した秩ちつ序じよ』とやらに、危険な薬物は要らないだろう? だから俺が掃そう除じしてやる」

「……分かりました。お願いします」

 ロベルトも覚悟を決めたようだ。俺はそんなロベルトを後にして、彼の事務室を出た。

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 俺の勝利を記念して、本ほん拠きよ地ちの一階で小さなパーティーを開くことになった。

 組織員たちはみんな楽しそうな顔だ。俺の試合にかなり感かん銘めいを受けたみたいだ。

「流石ボスです! 楽勝でしたね!」

「そうだな」

 俺は適当に相あい槌づちを打った。正直に言って、あまりパーティーを楽しむ気にならない。

 だが時間が経たつにつれ、組織員たちの楽しい気持ちがどんどん伝でん染せんし……いつの間にか俺の気持ちも晴れてきた。

「その、みんなに話しておきたいことがあります」

 パーティーの途中、ふとゲッリトが言った。

「実は俺、彼かの女じよが出来ました」

「何だと!?」

 突とつ然ぜんの告白にみんな驚愕する。

「レイモン、その裏切り者を殴なぐれ」

「はい、ボス!」

 裏切り者の処分は大事だ。ゲッリトはみんなに殴られた。

「ボ、ボスはどうなっていますか? 恋れん愛あい」

 殴られたゲッリトが笑顔で質問してきた。

「俺? 俺には彼女なんていないんだが」

「いや、可愛かわいい女の子に格闘技を教えているんでしょう? どうなっていますか?」

 その話か。俺は苦く笑しようしてしまった。

「何も起きていない。そもそも女の子にとって、俺は恐きよう怖ふの対象でしかない」

「それはどうですかね」

 ゲッリトがニヤリと笑う。

「深く考えずに、『俺の女になれ!』と言えば案外どうにかなるかもしれませんよ?」

「レイモン、そいつをもっと殴れ」

「はい!」

 俺はゲッリトが殴られるのを眺ながめながら、シェラのことを思い浮うかべた。