第四章 共に強くなる



 俺は格闘場の隅すみで『俺の組織』の組織員たちを眺めた。

 まず最年長の『レイモン』がいて、他の五人がそれぞれ『ジョージ』、『カールトン』、『ゲッリト』、『エイブ』、『リック』だ。

 こうして見るとみんな本当に若い。最年長のレイモンがまだ21歳さいだ。ま、俺も人のことは言えないけど。

「……俺たちに必要なのは、何よりも結束だ」

 俺が口を開くと、組織員たちの視線が集まる。

「昨日の戦いのように、互いが互いを守る。それで俺たちの力は何倍にもなる。裏組織のやつらなど恐れるに足りない」

 六人の男が俺を見上げて、耳を傾かたむける。

「結束を強めるために、そして格闘技を更さらに極きわめるために……普段から一緒に訓練する。それが俺たちの組織の方針だ」

 みんなを統とう率そつし、強い組織を作る。それがボスとしての俺のやることだ。

「訓練の場所や日程については、後からレイモンを通じて教えてやる」

 俺はレイモンの方を振り向いた。

「レイモン、組織員たちの管理や連れん絡らくはお前に任せる。普段から全員の安全の確認を怠おこたるな」

「はい」

 レイモンから視線を外し、今度は他の五人を見つめた。

「お前たちも何かあったら俺やレイモンに真っ先に報告しろ。一人で悩なやむな。分かったか?」

「はい」

 組織員たちが同時に答えた。俺は頷いた。

「今日はこれくらいだ。質問は?」

「あの、ボス」

 レイモンが手を挙げた。

「何だ?」

「その、うちの組織の名前はどうしますか?」

「組織の名前か」

 俺は苦笑した。

「このあたりの裏組織は、ボスの名前をそのまま組織の名前として使っているらしいな」

「はい、そうみたいです」

「俺たちは別に『裏組織』ではないけど……」

 みんなの顔にも笑みが浮かんだ。

「『レッド組』。それでいいだろう」

「レッド組……分かりました」

 レイモンが頷いた。

「じゃ、他に質問が無いなら今日はこれで解散だ。レイモン以外は家に帰って体力の回復を優先しろ」

「はい」

 五人の組織員が俺に挨あい拶さつして格闘場から出た。俺はレイモンに視線を送った。

「レイモン、お前に聞きたいことがある」

「はい、何でしょうか」

「組織になったからには、俺たちにも本拠地が必要だ。適当な場所を知っているか?」

「本拠地ですか……」

 レイモンが困こん惑わくする。

「すみません。僕もこの都市に詳しくなくて」

「そうか。お前はこの都市の出身ではなかったのか」

「はい、二年前から住んでいます」

 俺は頷いた。

「分かった。他に聞いてみよう。お前ももう帰っていい。組織員たちの確認を忘れるな」

「分かりました!」

 レイモンも俺に挨拶して格闘場を出る。

 一人になった俺は階段を登って二階に上がった。二階には小こ柄がらの少年がホウキで掃除をしていた。俺が探していたやつだ。

「トム」

「……レッドさん!」

 俺の姿を見て、トムが嬉うれしそうな顔で近づいてくる。

「話は聞きました! 流石レッドさんです!」

「昨日の話か」

「はい!」

 トムが勢いよく頷うなずく。

「みんな噂うわさしてます! レッドさんが一人で百人を倒したって!」

「いやいや」

 俺は苦笑した。

「せいぜい六十か七十くらいだ。しかも俺一人で倒したわけでもない」

「それでも凄すごすぎます!」

 トムが目を輝かがやかせる。

「やっぱりレッドさんは最強です! これでレッドさんの名声も急きゆう上じよう昇しようですね!」

「名声か」

 街であんなに戦ったんだから、噂されるのも当然か。

「それよりトム、一つ聞きたいことがある」

「はい、何でしょうか!?」

「お前はこの都市に詳しいんだろう? 実は……」

 俺は本拠地の問題について話した。

「レッドさんが組織を……!?」

 トムが目を丸くする。

「俺を含ふくめて七人だけの組織だ。そんな大げさに反応することでもないさ」

「それでも凄すぎます!」

 トムはさっきの台詞せりふを繰くり返した。俺も苦笑を繰り返した。

「で、本拠地として使えそうな場所を知っているか?」

「そうですね……」

 トムは少し考えてから口を開く。

「港の近くに、使われていない倉庫が数すう棟とうあります。うちの組織の所有物もありますので、ボスに話せば借りられるはずです」

「なるほど」

 倉庫か。この格闘場と似たような構造なら、確かに本拠地として使えそうだな。

「ロベルトはいつ来るんだ?」

「今日は格闘場に来ないらしいです。明日の午後に来てくださると、ボスと話せると思います」

「そうか」

 借りが出来るのは気に食わないが、しばらくはロベルトの力を頼たよるしかない。俺はトムに礼を言って格闘場を出た。

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 小屋に戻ると、鼠の爺じじいとアイリンの姿が見えた。

 アイリンは地面にしゃがみ込み、手で何かを動かしていた。よく見るとそれは乳にゆう鉢ばちと乳棒だ。薬学の勉強のために爺が買ってきたものだ。

 爺は少し離はなれてアイリンを見つめていた。俺の勘違いかもしれないけど、爺はいつもより優やさしい顔だ。

「あう!」

 俺の足音に気付き、アイリンが明るい顔で立ち上がる。

「レッドか」

「ああ、ただいま」

 俺は爺とアイリンに革かわ袋ぶくろを渡わたした。

「またクリームパンか。少しは献こん立だてを増やせってんだ」

「分かったよ」

 俺は苦笑して、爺とアイリンがパンを食べ終えるまで待った。愚ぐ痴ちを言うわりには爺も美味おいしく食べる。

「それで、どうなったんだ? お前の『組織』ってやらは」

 爺の質問に、俺は今の状じよう況きようを説明した。

「ロベルトの力を頼るつもりか」

「ああ、借りが出来るのが気に食わないけどな」

 爺が鋭するどい眼まな差ざしで俺を見つめる。

「レッド、もう忘れたのか? あの男は危険だと警告したはずだ」

「覚えているさ」

 俺は軽く頷いた。

「確かに裏組織のボスだから危険なんだろう。しかし俺はあいつが信用できる人間だと思う」

「信用の問題ではない」

 爺が首を横に振る。

「お前の言った通り、ロベルトは裏社会の人間にしては珍めずらしくも信用できるやつだ。だがそれとは別に危険なんだよ」

「何の意味だ?」

 俺が首を傾かしげると、爺が杖つえで地面を軽く叩たたく。

「ロベルトは頭がいいし行動力もあり、何よりも夢を持っている。南の都市を変えたいという夢を。だからあいつの周りには自然と人々が集まる」

「なるほど」

 そういう意味だったのか。

「俺がロベルトの夢に飲まれて、あいつの手て駒ごまに成り下がることを警けい戒かいしているんだな? 余計な心配だ」

 俺は笑った。

「もう何度も言っただろう? 俺に限ってそんなことは無い。爺の望み通り、この王国を滅めつ亡ぼうさせてやるから安心しろ」

「本当に口だけは一人前だな」

 爺も笑った。

 ま、爺の心配も理解できる。ロベルトの歩こうとしている道も魅み力りよく的てきだ。しかし俺は俺の道を諦あきらめるつもりは無い。

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 次の日の午後、俺はやっとロベルトに会えた。

「レッドさん、よくぞ来てくださいました」

 ロベルトは自分の事務室で俺を迎むかえてくれた。

「ロベルトさん、実は……」

「話はトムから聞きました。本拠地のことですね」

 ロベルトが頷く。

「ご心配要りません。私が所有している倉庫の中の一棟とうを、内部を掃そう除じしてからレッドさんにお貸しします」

「ありがとう。この恩は必ず返す」

「いいえ、その必要はありません」

 ロベルトが首を横に振る。

「レッドさんのおかげで私の影えい響きよう力りよくも増大しましたから」

「俺がビットリオの組織を潰つぶしたからか」

「はい。ビットリオさんは以前から格かく闘とう場の運営に対していろいろうるさかったのですが、レッドさんのおかげで静かになりました」

「なるほど」

 俺と手を組んだことで、周りの組織を牽けん制せいしているわけだ。

「しかしレッドさんがこうも早く組織をお作りになったとは……流石さすがですね」

「七人だけの組織さ。そんな大したことも無い」

「レッドさんがいるだけで、七十人の組織より強いはずですけどね」

 ロベルトが笑え顔がおを見せる。

「同じく組織を運営している身として、少し言わせて頂きますと……何よりも安定した収入源が必要です」

「そうだな」

 俺は頷いた。

「俺にはそれが足りない。しばらく格闘場で働くしかないな」

「残念ですが、それは駄だ目めです」

「何?」

「実は……昨日の時点で、レッドさんの試合は全部取り消しになりました」

 俺は驚いた。

「取り消しだと? どういうことだ?」

「レッドさんが強すぎるせいです」

 ロベルトは笑顔で説明を続ける。

「レッドさんがビットリオさんの組織を正面から潰したことは、もうこの業界では大きな話題です」

「まさか……」

「はい、対戦相手たちが次々と試合を諦めました」

 ロベルトの笑顔が苦笑に変わる。

「レッドさんは一人で百人を倒たおしましたからね。そりゃみんな諦めますよ」

「百じゃない。六十か七十だ」

 くっそ、これは本当に困る。

「鼠の爺じいさんの時は、小柄な彼を甘あまく見て挑ちよう戦せんしてくる命知らずが多かったんです。でもレッドさんはもう外見から強そうですからね」

 ロベルトが面白そうに笑う。

 俺は悩んだ。格闘場の高い報ほう酬しゆうが頼りだったのに、これでは本当に困る。

「レッドさん、別の仕事をしてみませんか?」

「別の仕事?」

 裏組織のボスが提案する仕事……悪い予感しかしない。

「……一応内容だけ聞いてみよう」

「極めて簡単な仕事です」

 愉ゆ快かいそうな顔で、ロベルトは予想外の言葉を口にする。

「私の娘むすめに格かく闘とう技ぎを教えて頂きたい」

 それを聞いて、俺は目を見開いた。

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 午後三時頃ごろ……俺とロベルトは一緒に馬車で移動し、ある屋や敷しきの前に辿たどり着いた。

「これが私の『小さな屋敷』です」

 ロベルトが目の前の屋敷を指さしながら言った。

「……どこが小さな屋敷だ」

 俺は苦笑するしかなかった。

 南の都市の郊こう外がいに位置するロベルトの屋敷は、まさに『豪ごう邸てい』だった。鉄てつ格ごう子しの正門の向こうには広い庭園があり、その後ろには二階建ての巨きよ大だいな本館がある。これなら並なみの貴族の屋敷より大きいはずだ。しかも屋敷の隅すみ々ずみに警備員が配置されていて、防備も堅かたい。流石裏組織のボスの住すみ処かといったところだ。

「さあ、入りましょう。娘もレッドさんに会えたら喜びますよ」

「それはどうかな」

 俺がこの屋敷に来たのは『新しい仕事』の詳しよう細さいを確認するためだ。組織を運営するための収入源が必要な俺は、『ロベルトの娘に格闘技を教える』という仕事を受け入れたわけだ。

 ロベルトに案内されて、俺は屋敷の広い庭園を歩いた。庭園にはいろんな色の花が植えられている。アイリンにも見せてやりたい風景だ。

「一時間の授業を週に三回。それでどうでしょうか」

「報酬は?」

「毎週金曜日に、格闘場の試合の報酬と同等な金額をお支し払はらいします」

「かなりいい条件だな。あんたの娘、十六歳と言ったか?」

「はい」

 まだ十六歳の小こ娘むすめ一人を教えるだけであんな大金を……いくら何でも条件が良すぎる。

 もちろんロベルトは俺と手を組んだし、なるべく俺に協力しようとしているのは分かる。しかし協力するだけならもっと簡単な方法があるはずだ。わざわざ『私の娘に格闘技を教えて頂きたい』と提案してきた理由が分からない。何か裏があるのかもしれない。

「あちらです」

 ロベルトは俺を屋敷の裏側に案内してくれた。そこには小さな裏庭園と空き地があった。とても平和そうな空間だ。

 だがその平和そうな空間に……砂すな袋ぶくろがある。木の枝にぶら下がっている砂袋だ。そして一人の少女がそれを殴なぐっている。

「シェラ!」

 ロベルトが呼ぶと、少女がこっちを振ふり向く。

「父さん!」

『シェラ』は短い茶ちや髪ぱつと茶色の瞳ひとみ、健康的な体型の少女だ。足を露ろ出しゆつした軽い服装だけど、父のロベルトと同じくどこか気品がある。

「あ!」

 シェラが目を丸くする。父の傍にいる俺の姿を確認したのだ。

「レッドさん、紹しよう介かいさせて頂きます。こちらは私の一人娘、シェラと申します」

 シェラの表情が驚おどろきから好こう奇き心しんに変わり、俺に近づいてくる。

「本当に肌はだの赤い人がいたんだ!」

「シェラ、レッドさんに失礼な言葉は……」

「いや、別にいいんだ」

 俺は苦笑した。これくらいに一々反応したら切りが無い。

「ねえ、あんたでしょう? 『格闘場の赤い化け物』!」

「シェラ!」

 ロベルトがシェラに怒ど鳴なりつけたが、俺は手を上げてロベルトを制止した。

「俺はレッドだ。これからお前に格闘技を教えるつもりだ」

「あんたが新しい格闘技の教師?」

 新しい格闘技の教師……ということは、前任者がいたのか。

「でも今まで父さんが連れてきた人は全部弱かったよね。この人は本当に強いの? 噂だけじゃない?」

「シェラ、レッドさんに……」

「いいんだ」

 なるほど、『裏組織のボスの生意気な娘』か。

「俺が強いかどうか、試してみるか?」

「うん、いいよ!」

 シェラが自信満々な表情で答える。言葉より行動が先に出る娘だ。

「レ、レッドさん。娘に……」

「分かっている。傷つけたりはしない。互たがいの実力を確かく認にんするだけだ」

「……分かりました」

 いつも余よ裕ゆうのあるロベルトだが、今はちょっと焦あせっている。裏組織のボスでも娘は大事なんだろう。

「ね、早さつ速そく始めてもいい?」

「もちろんだ」

「それじゃ、行くわね」

 シェラが少し姿勢を低くし、体重を前にかける。攻こう撃げき的てきな構えだ。それに対して俺は直立のままだ。

「……ちょっと私のこと、舐なめすぎじゃない?」

 言葉と同時にシェラが一歩大きく踏ふみ込こみ、右拳こぶしで一いち撃げきを放つ。俺の横腹を狙った攻撃だ。しかしそれはあくまでも陽動……本命は上段回まわし蹴げりだ。

「あ……!?」

 俺が手を上げて蹴けりを受け止めると、シェラの顔色が少し変わり、素す早ばやく後ろに下がる。

「噂だけじゃないみたいね」

 シェラが鋭い眼差しで呟つぶやいた。

 それにしてもいい蹴りだった。体重を十分に乗せている。街のチンピラくらいは一撃で倒せるほどだ。それなりに格闘技を鍛錬してきたんだろう。

「でも……!」

 シェラが拳と蹴りで連続攻撃を仕し掛かけてくる。本当に攻撃的な女の子だ。俺は防ぼう御ぎよしながら機会を待つことにした。