電子書籍版特典ショートストーリー『お買い物しようよ!』
「マグノリア、着替えを買おう」
ギルモア家の黒塗りの馬車の中、クロードの低音ボイスが響いた。無駄にいい声である。
心なしかため息交じりだったのは、孫娘万歳! と祖父馬鹿フィーバー中のセルヴェスに頭をぐりんぐりんされ、姪っ子の細い首がガクンガクンしていた為心配したからである。
「え、着替えならありましゅよ?」
口をVの字にしてされるがまま頭を撫でられていたマグノリアが怪訝そうな顔をした。
「いや、そうかもしれんが……」
何とも言えない表情をしたクロードが、ちろりと質素というか粗末というかなワンピースをみて口篭もった。
「着替えは幾らあってもよいだろう! 次の街でマグノリアに似合う服を選ぼう!!」
セルヴェスは可愛い服を着た可愛い孫娘を想像したのか、どエライテンション爆上がりで顔をキモチワルく上気させた。その斜め前では若干セルヴェスの様子に引きつつも、リリーが賛成といわんばかりにコクコクと首を高速で上下させている。
「…………」
面倒なことになりそうだと思いつつ、仏頂面の義叔父とお祭り騒ぎの祖父、ふんすふんすと鼻息の荒い侍女を見遣っては、光の消えた瞳で三人の顔を見比べたのであった。
そうして。
宣言通り次の大きな街で馬車を降りると、シュバッと光の速さでセルヴェスが洋品店に走り込んで行く。腕に抱かれたマグノリアのピンク色の残像が、高速な音と共に遠ざかって行くのを三人が見遣る。
「……セルヴェス様、随分張り切っていやすねぇ」
「そうだな……」
マグノリアに会ってからというもの、ずっとおかしなことになっている己の主をニヤニヤと眺めつつガイが楽しそうに言った。クロードとリリーは、マグノリアがムチ打ちにならないか心配しながらふたりの後をついて行く。
それでもって。
今現在、マグノリアは着せ替え人形のように服をとっかえひっかえしてた。
本来採寸してオーダーメイドになることが多いこの世界の服飾事情ではあるが、既製品も少なからず存在する。
何処から持って来たのか、やたらフリルとリボンがくっついたファンシーなドレスを何枚も着せられ、その度にセルヴェスに可愛いを連発されて。厚くて重い上にやたら嵩張るそれらにどんよりしながら、ぐったりとしていた。
クロードにはシンプルではあるものの正装らしい、しっかりみっしりした生地に超豪華かな刺繍の施された薄紫色のドレスを薦められた。……金糸・銀糸というものなのであろうか。これを幼児に着せるのか。信じられないくらい重い。
マグノリアは仏頂面の叔父と同じように眉間にしわを寄せながら、確認する。
「……えっと、もの凄く重いんでしゅケド……。家に、普通に帰りゅんでしゅよね?」
これからどこぞの舞踏会に行くのかというようなそれを見て、マグノリアが小さくため息をつくのも仕方があるまい。
幼いながらもお見合いだったり、王族などの高貴な方々に会うことになったり……まあそんなことがあるこの世界。急遽という時のために備え、サイズ直しをすればすぐに納品できるよう、既製品のドレスも各サイズ(?)何枚かはストックしてあるのだという品々。
「機会損失を防ぐためでしゅねぇ。でも、もっと動き易いほうがいいでしゅ」
「確かにどれもお可愛らしくてお似合いですが、窮屈ですわね」
リリーがうんうんと頷いて、同意した。
(……似合う……?)
フリッフリのそれらを見て、中身が過ぎている方のアラサーなマグノリアはドン引く。
「館に帰ってから着てもよいだろう。全部買おう、全部!」
「……そんなに要らないでしゅよ……!」
こんなブリブリ&動き難い&重いドレスを着て過ごすなんて、ゾっとして顔を青くする。
見れば店員は手揉みしながらニコニコとこちらを窺っている。高級品を売りつけるチャンスと思っているに違いなかった。
「それなら、こちらがいいか……」
そう言いながらクロードが、フリフリだが先ほどよりはだいぶ動き易そうな、水色のワンピースを手渡してきた。
マグノリアの頭の中には、七五三の写真撮影御用達の某写真スタジオと、原宿の竹下通りを闊歩する人が纏うであろう、ゴスロリとかフェアリー系いう単語がよぎるが。
(まあ、さっきのよりはマシだよね……)
背に腹は代えられぬというか(?)、いい歳をした人間がこれを着るとかどんな拷問なのかと心のうちで嘆きながら、しおしおと項垂れてフィッティングルームに消えて行った。
「まあ! なんてお可愛らしいのでしょう!」
地球でいうところのゴスロリちっくな、パステルカラーのワンピースに着替えさせられたマグノリアを見て、リリーは顔をほころばせた。透き通るような白い肌なうえ、髪も瞳も淡い色合いのその姿は精巧なビスクドールを連想させる。
「ちと、褒めしゅぎじゃにゃいにょ……」
そういいながら、ひきつるマグノリアを男性陣も眺めては各々感想を漏らす。
「いいんじゃないか?」
「可愛い、可愛いぞ! 世界一可愛いぞぉぉぉっ!!」
「どっからどうみてもお嬢様っすねぇ」
悶えながらぐりんぐりんと床を転がっているセルヴェスは放っておいて、マグノリアはちらりと鏡を見た。日本時代の自分が着たら乱心したのかと思うが、超絶可愛い四歳児(見た目は)が着るのなら問題なさそうである。多分。
これ以上変なものを押し付けられる前に、マグノリアはさっさと決める。セルヴェスとクロードに礼を言うと、そのまま着て行くことになり再びセルヴェスに抱っこされて店を出た。
******
食事をすべく街を歩いていると、クロードの視線を珍しいものが掠める。
「……この時期に、珍しいな」
果物屋の主人が、視線の先を確認してにっこりと笑った。
「へい。晩成種なんですが、流石にこの時期は珍しいですね」
国の場所や別の大陸では気候も環境も様々に違うため、時折アスカルドでは季節外れの食物が店先に並んでいることがある。やはり輸入品だという本来ならば春から夏にかけて多く出回るそれを見て、頬張るマグノリアを連想しては、小さく微笑んだ。
「幾つか貰おうか」
「へい。毎度!」
そのまま受け取ると、クロードは足早にみんなのあとを追う。
そこそこ広い街の食堂は、結構賑わっていた。
マグノリアはきょろきょろと店の中を見渡すと、隣の席に置かれているシチューを見遣り、うっ、と顔を仰け反らす。
本来、従者や侍女は主人たちのあとに食事をするものであるが、旅の途中でありマグノリアが全員で食べたがったこと、元々騎士団で大所帯に慣れているセルヴェスとクロードが同行者ということもあり、ガイもリリーも一緒にテーブルについている。
「今度は美味しいといいっすね」
前回はその土地ならではの珍しいものを食べたいというマグノリアの提案で、四人も食べたことのない名物だというスープを頼んだのだが。
何か判らない……多分発酵食品を使ったものらしく、ひたすら変な味のスープを食べる羽目になったのは記憶に新しい。みんな無言で無理やり飲み込んだのを思い出して、マグノリアとリリーは微妙な顔をした。
幸いにもまともな食事を各々胃に収めると、デザートに桃が出て来た。
先ほどクロードが買ったものを女将に渡して、剥いてもらったのである。
「わぁ、桃でしゅ! いい匂い」
小さな器に切り分けられた果物を見てマグノリアが首を傾げた。この世界では秋が桃の旬なのだろうか?
「他国の秋桃と呼ばれる桃だそうだ。晩秋に珍しいので買ってみたんだが」
甘い優しい香りがテーブルに広がり、全員がマグノリアを見た。
(なるほど)
ピンク色で。まん丸なはち切れんばかりのほっぺたは桃のようである。
「甘い! 美味ちい!」
そんな大人たちの感想を知ってか知らずか、躊躇なくモグモグと咀嚼しては瞳を輝かせるマグノリアを見て、大人たちは瞳を細めた。
名残惜しそうに空の器を見ているマグノリアの口元に、クロードが小さなフォークで自分の手つかずの桃を差し出した。
「お兄ちゃまも食べてくだちゃいましぇ」
美味ちいでしゅよ、と付け加える。わざわざ購入したのだから、好物なのかもしれないと思うマグノリア。
……それほど好き嫌いがないクロードは甘いものも食べられないわけではないが、どちらかといえば姪っ子に食べさせるために購入したといえよう。
「いいから、お食べ」
つん、と桃で唇をつつかれて、ひな鳥のように口を開いては、ぱくりと閉じた。
果汁がついてしまうと思って自然に口を開けてしまったが、食べてからハッとする。
(ちょっ! なんで公開『あーん』されなきゃならないの!?)
思わず恥ずかしさを誤魔化すように、真っ赤になりながら高速で咀嚼する。
(よ、四歳児だから! 見た目的にはセーフか!?)
心の中で自問自答しながら瞳を左右に揺らしつつ、真っ赤な顔でヤケクソ気味に食べるマグノリアを見て、クロードが小さく噴き出すと、他の三人も声を上げて笑った。